ここに作品タイトル等を記入
更新日:2022/07/15 Fri 00:21:56
あらすじ
今回のあらすじを担当させていただきます、紫水家に仕えておりますばぁやこと冴子です。
前回は雪花様が孤独と焦りを感じながらも龍香お嬢様を含めた周りの人間に支えられ、見事それらを張り切り姉の仇であるシードゥス、アンタレスに一杯食わせたのですね。
だが、当然シードゥス達がこれで終わるハズもなく…どうなるのでしょう第17話
前回は雪花様が孤独と焦りを感じながらも龍香お嬢様を含めた周りの人間に支えられ、見事それらを張り切り姉の仇であるシードゥス、アンタレスに一杯食わせたのですね。
だが、当然シードゥス達がこれで終わるハズもなく…どうなるのでしょう第17話
痛い、痛い。
「✖️✖️。お前は今日から男として生きるんだ。」
「✖️✖️。お前は今日から男として生きるんだ。」
痛い。殴らないで。
「男が泣くな!男は涙を人前では見せん!」
痛いよ。やめて。
「飛鳥。こんな女々しいものは捨てろ。男らしくない。」
痛いのが止まらない。もう無理だ。これから先ずっとこうならいっそもう死んーーーーー
「ねぇ。アタシが付き合ってあげるからさ。ちょっとだけまだ、生きてみない?」
君は。誰?
「アタシは」
目を開く。一面に広がる白い見知った天井。黒鳥はベッドの上で目を覚ます。
「…夢、か。」
黒鳥はため息をつくと、身体を起こす。眠気が残る顔を水で洗い、着替えを済ませると部屋を後にしようとドアノブに手をかけ、ふと。机の上にある写真を見つめる。
「…行って来るよ。シロ。」
その写真には仲良さげに手を繋ぐ、黒鳥と白髪の少女の姿が写っていた。
剥き出しの配管やひび割れた壁、見るからに荒れた廊下を老年の男性を筆頭にライフルなどを持って武装した複数人が歩いていた。
「海原さん。ホントにこんなところにいるのでしょうか。」
隊員の一人が老年の男性、海原に尋ねる。
「うむ。情報が確かならあの男が最後に目撃されたのはここだ。」
海原は廊下を歩いて進みながら隊員達に答える。
海原は廊下を歩いて進みながら隊員達に答える。
「“新月”から情報を抜き取り、姿を眩ませた…黒鳥天鳥(くろとり あとり)…。」
「その天鳥が抜き出した情報と言うのはそんなに重要なものなんですか?」
その隊員の質問に海原の目が険しくなる。
「奴が抜き取ったのは“新月”内でもトップシークレットに危険な情報…雪花亜美のとある研究内容だ。」
雪花亜美……“新月”の技術の大半を開発し、実用化させた若き天才。妹である雪花藍が使用している“デイブレイク”など彼女の技術はロストテクノロジーに片足を突っ込んでいるレベルで高度だ。
そんな彼女の研究内容ともなればその重要性は計り知れない。
「その中でもとびきりの情報…魂の定着、取り出しに関する技術を奴は盗んでいきおった。」
「魂の…取り出し?」
「最早半分オカルトだよ。一度亜美君に仕組みを聞いたがこれっぽっちも理解出来んかった。」
海原はドアを開ける。
「だが、仕組みは分からんが何が出来るのかは分かる。魂を肉体から抜き取り、他の物に定着させる。不思議に思わないか?シードゥスに何故現代兵器が通用しないのか、何故同じシードゥスを介していない“デイブレイク”の攻撃は通用するのか。」
海原は呆気に取られる隊員達に言う。
「やつらは“魂の皮膜”を張っている。彼らの身体から放出される謎のエネルギー…そして、それを破れるのは同じ“魂の皮膜”を纏った攻撃のみ。」
「し、しかしその“魂の皮膜”とやらはシードゥスにしか発現しないのでは?」
隊員の一人の言葉に海原はカッカッカッと快活そうに笑うと隊員の胸をトンと叩く。
「何を言っている。あるじゃないか。ワシら人間にも。魂が。」
「…!なら、まさか“デイブレイク”には…」
「あぁ。君が思っている通りだ。“デイブレイク”には現装着者の雪花藍の姉、雪花亜美の魂が宿っている。だから攻撃が通用するのだ。」
海原の言葉に隊員達はざわつく。
「まさか、彼女は生きて…」
「いや、雪花亜美は死んでいる。そもそも魂を完全に定着させるのは彼女の頭脳を持ってしてもなしえなかった。まぁもしまだ生きていたならあるいは出来たかもしれんが。だからこそ彼女は死の間際に妹に託したのだろうが。」
海原達は物々しい鉄扉の前に立つ。そして、一瞬時間を置いた後、その重い鉄扉を開ける。開けた先には天井から垂れたチューブがそこかしこに拡がる何とも不気味な空間、そしてその中央に黒い一機の人型の人形のようなモノが鎮座していた。
その人形を見て、海原は懐かしそうな顔をして言った。
「……久しぶりだな。ようやく見つけたぞ、天鳥。」
「……久しぶりだな。ようやく見つけたぞ、天鳥。」
氷で出来た結晶があちらこちらに並ぶある種幻想的な洞窟内に三体の怪物が歩を進めていた。
シードゥスのボス、プロウフを先頭に後ろをアルレシャ、ルクバトが続く。
「着きましたね。」
そう言ってプロウフは歩を止め、だだっ広い空間の中央にある氷の玉を見上げる。
「…ホントに目覚めさせるのか?」
「しょうがないだろう。スピカも倒れた今、こっちには戦力が必要なんだ。」
今から仲間を復活させると言うのに渋い顔をするルクバトにアルレシャは諭すように言う。
レグルス、その実力はツォディア内でも上位に位置し、その忠誠心からプロウフが信頼を置いていたシードゥスの一人。だが、前の他戦いにてアルテバラン亡き後にその忠誠心が仇となり、無理な強襲を仕掛けて壊滅させたもののツォディアの半数と多くのシードゥスを失った責任でプロウフに封印された。
「アルレシャ、お前が言ったんだからお前が面倒を見ろよ。俺は関与しないからな。」
「わーってるよ。プロウフ、早く始めてくれ。」
「分かりました。」
プロウフはそう言うと手を翳し、力を込める。するとパキィンという音と共に氷が砕け、氷片が雪の如く舞い散る。
そしてその中から一体の怪物が解放され、プロウフの前に跪く。
そしてその中から一体の怪物が解放され、プロウフの前に跪く。
そんな怪物、レグルスを見下ろしながらプロウフは尋ねる。
「頭は充分冷えましたか?レグルス。」
「ハッ!私が至らぬあまりプロウフ様にご不快な思いをさせてしまったこと、償え切れぬものではありませんが十二分に反省しました!」
「今回は封印という処置を取りましたが…次はありませんよ。」
「ハッ!肝に銘じます!」
「…相変わらず気持ち悪ィなアイツの忠誠心。」
プロウフの前に傅き、忠誠の意を示すレグルスを見てアルレシャはぼやきながら近づいて肩に手を置く。
「レグルス。もう勝手な真似はすんな」
「触るな汚れる。」
置いた瞬間パチンと腕を弾かれる。
「あ?」
「お?」
二人は睨み合いながら一瞬で一触即発の状態になる。
「テメェ……久しぶりに出てきたくせに随分なご挨拶じゃねぇか。」
「私に触れていいのはプロウフ様だけだ。何やら随分とイメチェンしてるみたいだが私に勝てると思うなよ。」
「上等だテメェ表出ろや。」
「はいはい。そこまでにしなさい。」
バチバチと火花を散らす二人をプロウフが諫める。これではどっちが保護者なのか分からないな、とルクバトが二人を眺めながら思っていると。
「「テメェ今失礼なこと考えただろ。」」
二人が揃ってルクバトに言う。
…やっぱりこの二人仲が良いのでは?ルクバトは二人に睨まれながらそう感じた。
「むむ…むむ……」
「どうしたの雪花ちゃん?」
ミーティングルームで何か広告のようなものを見ながら唸る雪花に龍香が声をかける。
気になった龍香が雪花が見ているものに目を落とすと、そこには色とりどりの果物を使ったスイーツの写真が並んでいた。
「今丁度期間限定のスイーツフェアをこの喫茶店でやってるんだけど…ただ、ここに行ったら間違いなく今月のお小遣いが無くなる…」
どうやら雪花はこのスイーツフェアに行きたいようだが、懐事情を考えると行きあぐねると言った様子だ。
「え?そんなに高いの?」
気になった龍香がその広告に目を落とす。その値段を見て、龍香はキョトンとした顔をする。
「え?そんなに高くなくない?」
「は?お前だってこれ」
突然価値観の違う素っ頓狂なことを言う龍香に抗議の声を言いかけて雪花は思い出す。
「…そういやアンタ、普通にばあやとかいるような良いとこの出だったわね…。」
「?」
不思議そうな顔をする龍香を何処か複雑そうな目で雪花が見つめていると。
「あら、ユッキーとリコピン。何を見てるの?」
「あ、風見さん。」
ミーティングルームに入ってきた“新月”のメンバー風見が二人に尋ねる。
風見は雪花が見ている広告を見ると。
「あら、これ町外れの喫茶店じゃない。何?二人で食べに行くの?」
そう言うと風見はポケットからチケットを取り出す。
「それは?」
「福引で当たった一時間食べ放題半額券よ。マイマイかヤマピー誘おうかと思ったんだけど、二人で行くならあげようか?」
「ホント!?」
初めて見る目を輝かせた雪花に龍香は少しビックリするが、風見はどうやら慣れた様子で。
「うんうん。沢山食べてきなさい。」
「ありがと!風見!」
雪花は嬉しそうにそれを受け取る。そして雪花はそのまま龍香の方を振り返る。
「さぁ龍香!早速行くわよ!」
「え、今から!?」
「あ、それ四人までだからせっかくだしハーちんとクロクロも誘えば?」
風見が赤羽と黒鳥を誘うことを提案すると、雪花は少し嫌そうな顔をして。
「えー、黒鳥はまだしも、アイツとっつきにくいのよね。なんか常にしかめっ面だし絶対誘っても断ってくるわよ。」
(……正直初めにあった頃の雪花ちゃんに似てるよね赤羽さん。)
(あぁ。今言ったことまんま会ったばかりの雪花だもんな。)
「なんか言った?」
「い、いや。何も?でも誘うくらいはした方が…」
龍香がそう言うが、雪花はハッと鼻で笑うと。
「絶対断るって。頭でっかちで頑固そうだし常に怒りっぽいし面倒臭いじゃないあの人。」
雪花はべらべらと悪口を言い連ねるが、何かに気づいた龍香は顔を青ざめさせると恐る恐る雪花に言う。
「そ、その。雪花ちゃん。そこまでにしといた方が。」
「え?だって龍香も思うでしょ?絶対人付き合い苦手よあの人。」
「へぇ。悪かったわね。人付き合い苦手な面倒臭い頭でっかちで。」
その声にビックリした雪花が振り返るより早く、いつの間にか背後に立っていた赤羽は雪花のこめかみに拳を当てるとグリグリとめり込ませる。
「いだだだだだだだだだだだ!!?黒鳥!黒鳥ィー!」
悲鳴をあげながら雪花が助けを求めると。
「なんだどうした?」
騒ぎを聞きつけたのか黒鳥が部屋に入ってくる。そして雪花のこめかみに拳をグリグリする赤羽、呆れ顔の風見を見ると。
「…雪花、赤羽に何言ったんだ?」
「…雪花、赤羽に何言ったんだ?」
「何で察してんのよいだだだだだ!」
悲鳴をあげる雪花をほっといて黒鳥は龍香に尋ねる。
「何があったんだ?」
「いや、そのこのスイーツ一時間食べ放題に赤羽さんと黒鳥さんを誘おうか、みたいな話をしてて。」
「スイーツ!?あの、町外れの!?」
“スイーツ”という言葉に反応したのか大きな声を出す黒鳥。珍しい彼の行動に全員が固まる。そのことに気づいた黒鳥はコホンと咳払いをすると。
「む、失礼。はしたないところを見せたな。」
《いやいやいやいやこっから取り繕える訳ねーだろ。》
流そうとする黒鳥にカノープスがツッコミを入れる。
「黒鳥さん。スイーツ好きなんですね。」
「スイーツ好きなんて、あなたも結構“女々しい”とこあるのね。」
「ッ」
赤羽の言葉に黒鳥が一瞬、複雑そうな顔をする。
「コラコラ。男だってお菓子が好きでもいいじゃない。」
「っ、とにかく。早くスイーツ食べに行きましょ!んで、結局二人は来るの?」
宥める風見に雪花が早く行こうと催促する。
「あ、ああ。行かせて貰う。」
「私はやめとくわ。なんせ、頭でっかちの面倒くさい女が一緒じゃ楽しめなあでしょうし。」
「悪かったわよ!悪口言ったのは謝るわ!」
「んもう。根に持たないの。四人とも、車出してあげるから乗りなさい。」
風見が四人を乗せて町外れの喫茶店に案内しようとすると、龍香がおずおずの申し訳なさそうに手を上げる。
「あ、あの〜ごめんなさい。せっかくのお誘いなんですけど私、遠慮させて貰います…。」
「え」
申し訳なさそうに辞退を表明する龍香に雪花が詰め寄る。
「な、何でよ!アンタ一番来そうなのに…!」
「…いや、別に皆が嫌いとかそう言うのじゃなくて、個人的な問題と言うか……」
モジモジとして何故か辞退の理由を口籠る話そうとしない龍香に代わってカノープスが。
《あぁ。それがな。毎晩夜食してたのが祟って増量して今龍香は》
「わあああああああああ!!」
《もが》
余計なことを言おうとしたカノープスを頭から素早く取って握りしめて黙らせると、龍香は取り繕うように笑って。
「あ、あはは!お、おかしなことを言うな〜カノープスも!わ、私!実は甘いものがそんなに得意じゃないから!行ってもあんまり元が取れないかな〜って思って!」
「……ま、その。がんば☆リコピン」
「また今度、行こうな…。」
必死に言い訳をする龍香を全員が少し生温かい目で見守るのだった。
「あれー?あれあれー?」
「…何探してんの?」
キョロキョロと辺りを見回し、時には机の下やタンスを開けたりするカストルを見ていたアンタレスが声をかける。
「いやーボク、プロウフからプロキオンの面倒を見るように頼まれたんだけどさぁ、いなくなっちゃって。」
「あぁ、あのガキ?」
カストルが探し人の名前を言うと、アンタレスは面倒くさそうに言う。
「まぁまぁ、プロウフのお気に入りだからさぁ。それにあの子結構愛されてるよ?アルレシャとかルクバトが結構可愛がってるの見るし。」
「随分と丸くなったもんね全く…。」
「もしかしたら、外出ちゃったかなぁ。なんか、色んな広告とか新聞見てたし。」
カストルは拾い上げた紙切れを放り捨てて、パンパンと手を叩く。するとヌッと大柄な鯨のような外見をした怪物が姿を現す。
「お呼びになりましたかぁ?」
妙に間延びした声でカストルに呼ばれた怪物が尋ねる。
「メンカル。呼び出して悪いけど、お目付を頼んでたプロキオンがいなくなっちゃったから探しに行くよ。」
「はい〜。」
そう言うと二人は扉を開けて、館を後にする。アンタレスはそんな二人を見ながら呆れたようにため息をつく。
「ツォディアもガキのお守りをする時代、か。」
「もう!もう!カノープス!何で皆の前で言っちゃうのな〜!」
ぷりぷりと怒りながら龍香は今はいないカノープスに文句を言う。それが発覚したのは昨夜のことだった。
昨夜風呂上がりにアイスを食べていた時だった。たまたま帰っていた龍賢は龍香の様子を見て。
「龍香、丸くなったか?」
「……え。」
恐らく龍賢は特に気にしてはおらず、なんとなくで言ったのだろうがその言葉に龍香は固まる。
「り、龍賢ぼっちゃま…!」
そのことに気づいた冴子が龍賢に声をかける。だが龍賢は。
「良いじゃないか。この時期は丸いくらいが将来良く成長すると母が言っていたのだが…」
「そういう問題ではありません!いいですかおぼっちゃま。そもそも…」
龍賢はそう言うが、冴子はデリカシーがないと龍賢を説教し始める。
龍香はすぐに洗面所に向かい、置いてある体重計に乗る。
緊張の瞬間。体重計が示した数値に龍香は目を見開く。
緊張の瞬間。体重計が示した数値に龍香は目を見開く。
《あー、…その、全然気にする必要はねぇって…》
カノープスがショックを受けた龍香にそう声をかけると。
「そ、そうだ!カノープス着けてるからだよ!全くもう!カノープスったら〜!」
《いや、絶対そんな変わんない…》
そう言うと龍香はカノープスを外すともう一回チャレンジする。
だが、その程度のことで劇的な変化が起こるはずもなく。龍香の悲鳴だけが響いた。
なんてことが昨夜あり、龍香はちょっとピリピリしていたのだ。そこにカノープスが失言をしたものだから龍香はカノープスを投げ捨てると“新月”基地から走り出してしまった。
龍香がカノープスにブツクサ文句を言いながら道を歩いていると。
「う、うぅ…。」
道端に倒れ伏している女の子がいた。その子は帽子を被り、ぶかぶかのジャケットを羽織った何処かバックパッカーのような服装をしていた。
「だ、大丈夫!?」
「うぅん…」
龍香は慌ててその少女に駆け寄る。少女は外傷こそはないものの、苦しそうな顔をしている。
もしかして何か病気か…?と龍香が携帯で救急車を呼ぼうか少し迷った瞬間。
ぐぅぅぅぅぅ……と腹の底から響くような音が少女から聞こえる。
「……え?」
「お、お腹空いた…」
少女は死にそうな声でそう呟いた。
「はぐっ!ふぐっ!もぐっ!うぐうぐ!」
「お、落ち着いて食べて?喉に詰まっちゃうよ?」
公園まで倒れていた彼女を運んだ龍香は近くのコンビニで今持っている手持ちのお金で出来る限りパンを購入した後、彼女にそれらを渡すと恐ろしい勢いで彼女は食べ始める。バクバクと勢いよく食べる様はまるで獣のようだ。
そしてしばらくすると彼女はウッと声を上げ、苦しそうに呻いて顔を青ざめさせる。
「あぁもう言わんこっちゃない!」
龍香がお茶を渡すと彼女は一気にそれを飲み込んで、ドンドンと胸を叩いて飲み込むと、フゥと一息をつく。
「ふぅ、助かった!ありがと!ホントに死ぬかと思った!この恩は一生忘れないよ!」
「それはよかったけど…何であそこで倒れてたの?」
龍香が尋ねると、彼女は遠くを見つめると。
「実は…ケーキ屋に行こうと思ったんだけど、お金を持ってくるのを忘れて…」
「一旦取りに帰れば良かったんじゃ?」
「こっそり抜け出して来たから…怒られる。」
「な、成る程。」
彼女は何処か恥ずかしそうに答える。そして彼女は切り替えるように龍香に尋ねる。
「それにしてもありがとう恩人!その、名前を教えてくれ!」
「えっと…龍香だよ。」
「りゅーか……龍香だな!ありがとう!この恩は忘れないよ!私の名前は…プロ…」
そこまで言いかけて少女はバッと口を押さえる。
「プロ…?」
龍香が不思議そうに見つめる中、少女は上を見たりと目をギョロギョロ動かせて何か考える素振りを見せた後、何かを思いついたようで。
「な、なんでもないよ!そ、でね!私の名前はプローク・シオンだよ!」
「へー、シオンちゃんって言うんだ。外国の人?」
「う、うん。」
赤い瞳と帽子から赤茶色の髪を見て、龍香がへー、興味深そうに見ていると、シオンは慌てたように立ち上がって。
「龍香!この恩は絶対今度会った時に倍にして返すから!そ、それじゃまたね!」
「あ、ちょっと待って……行っちゃった。」
嵐のような子だったなー、と龍香が走り去るシオンを見ていると、ピリリリと携帯に着信が入る。
「?着信?」
龍香が携帯を操作して、通話に出る。そこから告げられた一言で驚きのあまり龍香の目が見開かれる。
「えっ、シードゥスが出た!?」
「爆弾セット完了しました。」
「黒鳥天鳥が抜き出したと思われるデータも削除完了しております。」
「うむ。ご苦労。この技術は最早我らの手に負えん禁忌の技術。葬り去るしかあるまいて。」
中心に黒い人型のロボットが鎮座する空間に隊員達が手際よく情報抹消のための準備を進めていく。
準備完了した合図を受けた海原は部下なら起爆装置のスイッチを受け取ると、チラッと部屋の片隅にあるベッドに横たわる一つの遺体に目をやる。天鳥は外傷一つなく、祈るように両手を握って、眠るように死んでいた。
「天鳥……妻と息子を失ったお前がどれだけの苦しみを味わったかは知らん…だがそのために娘を差し出してまでこの禁忌の情報を得て、お前は何がしたかったんだ…?」
海原が遺体の天鳥に問うが、当然返事が返ってくることはない。何故なら彼はもう既に死んでいる。死体が返事をするハズがないのだ。
そう、結局の所これは海原の感傷から出た独り言。答える者などいない。“そのハズ”だった。
《強者になるためだ。》
何処からともなく男性の声が聞こえる。その声に隊員達はどよめき、海原はこの見知っていた男の声だと言うことに気がつく。
「なっ、この声はどこから…」
全員が辺りを見回し、声の発生源を探していると。ギョロリと部屋の中央に鎮座していた人形の瞳が輝き、動いたかに見えた。
次の瞬間人形はガラスケースの扉を叩き壊すと、海原を突き飛ばす。不意の事に面食らった海原の身体は宙を待って地面に叩きつけられる。
隊員達が狼狽えながらも銃を構えるが、人形はそれよりも早く腕に付いている亀の甲羅のような手甲から刃を展開させると、それを一振りする。
するとポロポロと銃口が切断され、発射不可能となったライフルの部品が床に落ちる。
「そ、その声は…あ、天鳥なのか…?」
思い切り地面に叩きつけられた衝撃に悶えながらも海原が黒い人形に尋ねる。
人形はちらと海原を一瞥すると、その場に転がっているスイッチを拾い上げて言う。
『そうだ。俺は今度こそ強者となって再びこの世に舞い戻ったのだ。』
そう言うと人形、天鳥はスイッチを押し込む。起爆装置が爆発までのカウントダウンを知らせる中、天鳥はポイとスイッチを投げ捨てその場を後にする。
天鳥はその去り際に独り言のように呟いた。
『……飛鳥。』
「お、ようやく見えてきたわね。」
龍香が諸事情で抜けたため、風見の運転で雪花、黒鳥、赤羽を乗せた車は町外れの喫茶店へと向かっていた。
「雪花的にはどれが食べたい?」
「ん〜やっぱこの旬の桃を使ったタルトね。これは外せないわ。赤羽は?」
「和風の奴ないの?」
後ろの席でワイワイと皆が楽しそうにしているのを見て風見がフッと笑ったのも束の間。
目的地が何やら騒がしいことに気づく。しかも満員御礼と言った様子ではなく、周りの人間の慌てぶりからどうやら何かトラブルがあったようだ。
「何かしら?」
風見が何事かと車を一旦止めて、店の方を注視するとその騒ぎの中心に異形の怪物が二体見えた。
「シードゥス!?」
「え!?」
風見の声に三人は一斉に外を見る。風見の言う通り、そこには半身を所々繋ぎ合わせたようなグロテスクな外見の怪物と、ブヨブヨと醜く太った鯨のような怪物がいた。
「だーっ!?なんだってこんな時に、しかもこの場所に出るのよ!?」
せっかく楽しみにしていた喫茶店でシードゥスがトラブルを起こしたことに雪花は怒りを隠せないようで、すぐに“デイブレイク”に指を這わせる。
「とにかく、今は戦うしかない、風見さん。俺達が行きますので、龍香ちゃんに連絡を!」
「分かったわ。気をつけなさい!」
「クソシードゥスが、ブった斬ってやるわ。」
黒鳥が風見に龍香を呼ぶように頼み、赤羽は血気盛んに外へと飛び出す。
そしてそれと同時に変身し、武装を身に纏った三人はパニックになって蜘蛛の子散らすように逃げる人々を飛び越えて、怪物達の前に立つ。
「そこまでよシードゥス!」
「お、もう来ちゃった?」
雪花が“マタンII”を構えて、その切先をシードゥスに向ける。だが、突きつけられたツギハギのシードゥスは両手を上げておどけて見せる。
「ふふっ、君達が“新月”かァ。話はかねがね聞いてるよ?それにしても若くて可愛い子ばっかだねぇ。ふふっ。」
「なんでここにきたのか知らないけど、会った以上ブった斬らせて貰うわ。」
「おぉ、血気盛んだね〜!いいね〜!嫌いじゃないヨォ。」
赤羽が殺気を放つが、目の前のシードゥスはおちゃらけた様子のままだ。
「シッ!」
次の瞬間、雪花と赤羽は同時にツギハギのシードゥスに仕掛ける。雪花と赤羽の斬撃が左右から襲い掛かる。だがその刃が届く前に、隣にいた鯨のシードゥス前に立ちはだかる。
「ッ!仲間が盾に!」
「関係ないっ!」
二人の斬撃が目の前の鯨のシードゥスに炸裂する。そしてその一撃が目の前の怪物の命を……終わらせることはなかった。
「!?」
てゅるん、と二人の刃はこの怪物を滑るだけで傷を一切与えられていなかったからだ。
「な、に?」
「か〜ゆ〜い〜」
「はははははは!面白いだろうメンカルの身体は!」
ツギハギのシードゥスが笑う。見ればメンカル、と呼ばれたシードゥスの体表はヌメヌメとした油が分泌されており、どうやらこの油が斬撃を滑らせ攻撃を無力化したようだ。
「このっ!」
雪花が躍起になって、何回も“マタンII”を振るうが全ての攻撃がダメージを与えることはなく、滑るだけだ。
「なら!」
赤羽が一旦距離を取って太腿のホルダーから針型の徹甲弾“椿”を抜き取ると、メンカルに向けて投げ飛ばす。だがその攻撃はメンカルが猛烈な勢いで腕を振るったことにより放たれた油の散弾が全てを撃ち落とし、メンカルに届くことはなく途中で爆発する。
「!この技、あの魚野郎の…!」
「お、アルレシャを覚えてるんだ。そうだよ。コイツはアルレシャの一番弟子って奴さ。」
まぁ、あっちは水分だけどね。とツギハギのシードゥスが言う。
「だが、迎撃したと言うことは!その攻撃は有効打になると見た!」
黒鳥は両腕に蜘蛛を模したような手甲を装着すると、そこから粘性の糸を噴出させる。
そしてその糸は瞬く間にメンカルに絡みつく。動きを制限し、その隙に攻撃を当てようという算段だ。
だが絡み付いた糸はメンカルの全身の油によって粘着することなく、するすると地面に落ちて無力化されてしまう。
「ッ、なら!」
黒鳥は今度は背中きら黒翼を拡げると飛び立ち、翼から黒い羽根を飛ばす。勿論放たれた羽根はメンカルの油の膜に阻まれ、その身体を傷つけることはない。だが、顔を中心に攻撃することで、その視界を塞ぐことは出来る。
「み〜えな〜」
「今だ!」
これを好機と見たか、赤羽と雪花はそれぞれ徹甲弾を取り出すとメンカルに投擲する。
音もなく放たれるこの攻撃には視界が塞がれたメンカルでは防ぎようがない。
「これで終わりよ!」
二人が直撃を確信した次の瞬間。横から飛んできた円盤状の物体がそれらを叩き落とす。
「なっ!?」
「ッ!下よ黒鳥!」
「え」
赤羽の叫びで黒鳥は間一髪下から襲いかかってくる円盤の存在に気づく。
「くっ」
ギリギリ仰反るようにしてその攻撃を回避するが、黒鳥の胸元の衣服が切り裂かれる。
「お〜か〜え〜し〜!」
「何……きゃっ!?」
さらには目隠しの羽根を全て流し終えたメンカルが頭頂部の穴から猛烈な勢いで油を発射する。それは黒鳥を捉えて地面へと叩き落とす。
「おやおや?ボクを忘れてないかい?」
円盤を投げた張本人であるツギハギのシードゥスが可笑しそうに三人に言う。
「お前ッ!」
雪花と赤羽がそのシードゥスに飛びかかる。同じように二方向からの同時攻撃。だが、そのシードゥスはその二人の攻撃をゆらりと簡単にかわすとお返しと言わんばかりに雪花に肘打ち、赤羽に膝蹴りを叩き込む。
「がっ!?」
「ぐぅふ!?」
手痛い仕返しに二人は慌てて距離を取る。そんな二人を眺めつつ円盤を掌でクルクル回しながら。
「自己紹介がまだだったねぇ。ボクの名はカストル。アルレシャの同じツォディアの一人さ。」
そう言うとカストルは雪花達に円盤状の武器を投げつける。
「喰らうか!」
雪花は横へと跳んで、その一撃を回避すると反撃の為に距離を詰める。メンカルと違ってカストルには油のような防護膜はない。そして雪花が“マタンII”を振り上げた瞬間。
「ッ!」
何かに気づいた赤羽が横から雪花を蹴り飛ばす。不意の一撃に雪花は対応出来ず、ズサァと地面に倒れる。
「へぶっ!?、って、何すんのよこの…」
雪花が文句を言おうとした瞬間、さっきまで雪花が立っていた場所をカストルの円盤が通り過ぎる。
「あの武器、紐のようなものがついてるわ。ただ投げるだけの道具じゃなさそう。」
「おっ、気づいちゃった?ま、でも流石にボクも“サダルメルクの瞳”を誤魔化せるとは思っちゃあいないからね。」
どうやらカストルが操る円盤状の武器には紐がついており、ヨーヨーのように器用に投げつけた後も操作出来るらしい。
「それにしても、カノープスはいないのかい?彼がいたらもっと楽しくなりそうなんだけど。」
「あいつなら今ダイエット中だよ!」
そう叫ぶと雪花は腰から取り出した銃をカストルに向けて発砲する。
「ダイエット?ふふっ、面白い冗談だね。いいよ気に入ったよ君。」
だが、放たれた弾丸をカストルは涼しい顔をしてかわす。
「マジなんだけどね…!」
「マジなんだけどね…!」
雪花は一旦銃を牽制するようにカストルに放って動きを制限すると、メンカルの攻撃で撃ち落とされた黒鳥の元まで下がる。
「黒鳥大丈夫!?言っとくけどここで倒れられたらめっちゃ困るんだから!」
「あ、あぁ…何とか、大丈夫だ…。」
頭を押さえながら黒鳥がフラフラと立ち上がる。どうやら軽い脳震盪を起こしているようで、足元が覚束ない様子だ。
「おいおい、大丈夫な…の…?」
黒鳥の方を振り返った雪花が固まる。その視線は黒鳥の胸に向いている。
「どうし…た?」
「あ、あんた……“女”だったの!?」
「ッ!?」
雪花の視線が釘付けになっていたのは。先程のカストルの攻撃で切り裂かれた衣服よりとても男性のものとは思えない円弧を描く乳房が露わになっていたからだ。
「み、見るな!!わ、私は?俺は、男だ!男…なんだ!」
「は、はぁ!?いや、どう見てもそれは女…?」
「違う!違う違う違う!」
“女”。その一言に黒鳥は酷く動揺し、顔が青ざめ、若干半狂乱になりつつある。赤羽も黒鳥が女という事に少し驚くが、今はそれどころではない。
「あんたが男だろうが女だろうが知ったこっちゃないけど!今は…!」
赤羽が一瞬気を取られた瞬間、メンカルが赤羽に対して襲いかかる。メンカルの巨体から繰り出される猛烈な体当たりに、赤羽はギリギリ刀を盾にするが衝撃は殺せず、大きく吹っ飛ばされる。
「赤羽!?」
「ふふっ、女であることを隠すなんて、何か“トラウマ”でもあるのかい?」
「ッ!?」
いつの間にか距離を詰めていたカストルが武器を振るう。雪花はその一撃を“マタンII”で受け止める。
「クッソ!今アンタなんかに構っている暇ないのに!」
「つれない事言わないでヨォ。その子から面白そうな闇を感じるのサ。ドロドロして、最高に最低な闇を!」
「こんの悪趣味野郎が!」
“マタンII”を振るって斬り払うと銃をカストルに発砲する。カストルは身体をイナバウアーのように倒して回避すると、お返しにと逆立ちするように足を上げ、雪花の銃を蹴り上げて弾き飛ばす。
「くっ」
「まずは1人!」
カストルが拳を振り上げた瞬間。横から黒い影がカストルに襲いかかる。
「!」
咄嗟のことだったがカストルはギリギリ腕をクロスさせて影の攻撃を防ぐ。しかしどうやら体勢不利だったらしく倒れながらも直ぐ様立ち上がってバク転しながら後退する。
「新手か!?」
黒い影が黒鳥と雪花の前に降り立つ。そこにいたのは黒い、のっぺりした曲線が大きく多様された装甲を持つ機械の人形だった。
機械の人形はギョロリと黒鳥を見る。その瞳を見た黒鳥はゾクっと背筋が凍るような思いをする。
忘れていた瞳。忘れたい瞳。その瞳は忌々しい記憶を呼び覚ます。暴力、冷遇、強制。
震えが止まらない。気のせいだと思い込もうとしているとその人形が喋り始める。
『飛鳥……なんだ、そのザマは。』
「!」
人形の声を聞いた黒鳥がさらに震え始める。今までに見たこともないあまりの怯えぶりに雪花は不審がる。
「く、黒鳥大丈夫?って言うかアンタ何よ!」
雪花が黒鳥の前に立つと“マタンII”を人形に突きつける。
『……勇敢な子だな。それなのに、お前はなんたるザマだ。』
人形は何処か呆れたようなそんな佇まいで黒鳥を見つめる。
『それでも私の子か?』
その言葉に雪花は目を見開く。
「え、そ、それって」
雪花は思わず声を上げる。この人形の言うことが本当なら、今ここにいる人形が。
“黒鳥の親”ということなのだから。
To be continued…