安価でオブジェクト製作スレ @ ウィキ

『わだつみの呼び声』第二章

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第60機動整備大隊ベースゾーン、整備班長室にて

 あぁ、少なくともこの件に関してキミは何も悪くない。
 全く以て不幸な事故、きちんと歩道の内側を歩いていたらトラックが突っ込んできたようなものだと思ってくれていい。
 災害や偶然のような事故ではなく、私のような故意犯に遭遇したのがキミの不幸だろう。

 キミの意識が失われるまでには少々時間がある。
 少しだけ簡単な問答をしようか。勿論キミに拒否権はないから安心したまえ。
 あぁ、そうか、開く口も喉ももうないのか。

 ならば、私のような老いぼれの自分語りになるな。
 まぁ、いいか。老人の自分語りは末期症状だが、私はそのとおりなのだからね。

 最も優れた『軍人』とは何だと思う?

 軍の命令にこそ絶対に忠実であることか?
 受け渡された任務にこそ、最期の時まで邁進することか?
 自らの名を残す悪逆であろうと、心を殺し、己が手で敵を打ち据えることか?
 秩序の下に、清濁併せ呑み、右手で人を救い、左手で人を無慈悲に殺すことか?

 私は違うと断言しよう。
 確かに、悍ましい悪逆は必要だ。容赦のない粛正は必要だ。

 しかし、だからこそ。
 最後の最後まで。地獄の底に落ちたとしても、『良心』を忘れないものこそ、理想的な軍人だろう。

 だが現実、そのようなものはほんの僅かだった。
 この狂気の時代。人々は『名誉』『知識』『黄金』『信仰』こそを優先してしまう。
 私の望むような『軍人』、それもエリートというものは現われなかった。

 私の信条は『コストパフォーマンス』と『トータルコーディネート』、そして『継承』だ。
 限られた資金の中で最大の成果を。搭載されるエリートに最も適合したオブジェクトを。
 これまで積み上げた技術、過去から発掘した技術は全て書籍に残した。

 私に残ったのは、この僅かな余生という、極少額のチップのみ。

 私は賭けることにした。待つことを止めた。残り幾ばくかの寿命の使い方を決めた。
 理想の『軍人』を待つことをせずに、自分で造ってみようと思ったのだ。

 見たまえ、コレはきっかり50億ユーロの怪物。
 7割の世界に泳ぐ、鉄の大鯨の1匹だ。

 まぁ、巻き込まれたキミには悪いとは思っているが、大人しく天国で私を呪ってくれ。

 死に際の老人の、傍迷惑な御国奉公。どうせならば派手に地獄に落ちよう。
 『星』はキミ、『煙火玉』はコレ、『花火師』は私。

 さぁ、汚い花火を上げようじゃぁないか。

傍迷惑な大鯨>>アラスカ湾沖潜水機戦

「なぁ、クウェンサー」
「なんだよヘイヴィア」
「これ、どうすればいいと思う?」

 うんざりとしたような表情でクウェンサーが手元の端末の画面をヘイヴィアに見せる。
 映し出されていたのはびっしりと詰め込まれた、無駄に画質の素晴しい画像フォルダ。
 金髪碧眼の見目麗しく、そして可憐にしてキュートなエリート、シャルルの写真集。
 『情報同盟』らしく、無数の防護に何故か最高級のファイアーウォールについているおまけ付きだ。
 正直、このファイアーウォールだけ移植したいまである。

 『情報同盟』というものは『正統王国』がエリートを騎士として扱っているように、オブジェクトの広告塔および権威としてアイドルのような活動をさせていることが多い。
 その中で、シャルルはそれを受け入れなかった(おそらく恥ずかしかったのだろう)ため写真集やビデオは殆ど出回っていることはないが、彼の部下に優しい性格から記念写真や、仲間とのツーショットというものには積極的に応じている。

「みんなにゆうきを与える『しっぷうのきし』としてのやくめだからね!」

 本人はこのように供述していたが、絶対に写真はマトモな扱いを受けていないことは想像に難くない。彼は性別さえ無視してしまえば、金髪碧眼の傾国の美少女だ。正直、男と知らなければ巨乳派の二人だろうとも傾いてしまうぐらいには可愛い。

 だが、男だ。

 一緒に作戦を行った、ショタコンイカレドライブ金髪巨乳曰く、最近のエリートの実験による遺伝子の変異によって、シャルルの骨格はその性別に反して女性のものらしく、ヒップラインもとてもえっちで美しいと宣っていたが、きちんとあるものはあるらしい。

「よかったなヘイヴィア。いつもと違ってお前だけ仲間はずれってことはなかったな」
「ちげぇんだよぉ。ガキの写真集なんかいらないんだよぉ。しかも、削除できないようにガチガチに防護組みやがって、俺の端末に一生残るんじゃねーだろうな?」
「コピーはできたよ。コピーしたものも削除できなかったけど」
「ウッソだろマジかよあの巨乳。ようやく俺にも連絡先交換の機会が来たと思って受け取ったら野郎の画像だったのにさぁ? なんだ、アイツの価値観狂ってるのかよ。『信心組織』みたいに裏に黒いもの隠した嫌らしい笑顔浮かべながら、俺らに宣教師の真似ごとをやれと? 布教するにも喜びそうなのがミョンリぐらいしかいねーよ」
「よかったな、いるじゃん」
「よくねーよ」

 馬鹿二人がだらだらしているのは第37部隊の船舶の内の1つの甲板だ。
 第37部隊は基本的には基地構成車両を大量に並べて構成される移動型拠点だが、当然海上での展開は不可能だ。よって、移動の際はこのように船団を持って移動する。
 大隊規模の部隊のため構成員は約1000人だ。
 よって普段であれば、小規模な船団となるが、今回は少々事情が異なる。

 構成する艦船は二桁以上。
 護衛するオブジェクトの数は2つ。
 第37機動整備大隊所属『ベイビーマグナム』ともう一つ。

「おい、見ろよあれ」
「ん? あぁ、第61部隊のとこの『ホエールスナイプ』だっけ。にしてもデカイなぁ、全長160mだっけ? ざっとお姫様の二倍あるんだから、海のオブジェクトは恐ろしいよね」

 ベイビーマグナムと併走して進むのは『正統王国』所属の味方オブジェクト。
 海戦専用第二世代、それも太平洋にチューンされた特別製、『ホエールスナイプ』だ。



ホエールスナイプ/WHALE SNIPE】
  全長…160m
最高速度…515km/h
  装甲…0.1cm厚×10000層
  用途…海上防衛兵器
  分類…海戦専用第二世代
 運用者…『正統王国』
  仕様…エアクッション式推進システム
  主砲…精密狙撃用ロングバレルレールガン
  副砲…高精度反響式有機音波ソナー、小口径レールガンなど
コードネーム…ホエールスナイプ
       (主に遠隔砲撃を行うことから)
メインカラーリング…青



 『ホエールスナイプ』のデザイン自体は極々シンプルだ。
 海上で活動するためにエアクッション式推進を採用し、長方形のフロートを2×2の4枚を装着し、オブジェクト同士の戦闘で必須となる超大な主砲、ロングバレルレールガンが球体型の本体に半分めり込むようにして、ずっしりと本体の真上に背負っている。
 他には海上で活動する艦船ように各種探査機器が搭載され、また自身の360°全周をカバーできるように副砲としては少々大きめのレールガンがびっしりと本体に埋まっている。
 太平洋という海洋の中でも飛び抜けて広い海を主な戦場とするため、ホエールスナイプは他の海戦専用第二世代と比べ異形の発展を遂げていた。

 異形なのはその装甲。0.1㎝厚という驚愕の薄さの装甲を10000層も鎧っている。
 聞くにはオニオン装甲の軽量化やコストカットの研究によって生まれた代物らしいが、逆に職人の技術力に高く依存することになり、1枚の値段が高額化、さらに10000もの層でベイビーマグナムを優に上回る巨体を包むのだから、異形化というか、誰も止めることは出来なかったのかと思わんばかりの代物だ。

 オブジェクトは一人で作るものではなく、大人数のプロジェクトとして建造される。
 さらに当たり前のことだが、建造費の約50億ドルというのはかなりの巨額だ。
 よって個人の遊び心が残りづらく、そのため『正統王国』ではスタンダードな機体が多く、旧アメリカの企業形態をそのまま受け継ぐ『資本企業』と『情報同盟』は徹底して、オブジェクトの掲げるテーマに邁進する。
 『信心組織』は正直ちょっとよく分からない。

 だが、大勢の意思が介在することでの弱点も秘めている。
 集団心理によって途中で止めることが非常に難しいのだ。計画と止めることはそのまま約50億ドル、兵器の先鋭化と高額化は比例する関係からもっと金額は高いかも知れない、その巨額で動く計画を停止することで被る損害は、それはもう目を覆いたくなるものだ。

 だからこそ、誰もが目を覆う。
 故におかしな方向に進んでも止まることが出来ず、地球の上をオブジェクトとしても異形な代物やもはや変態としか呼べないものまで、あらゆる巨人が闊歩しているのだろう。

 オブジェクトに関する議論を思い浮かべながら思考に耽るクウェンサーの頭に冷水をぶっかけるように身も竦むような冷気が全身を舐めた。

「うぁ、見えてきたぜ。クウェンサー」
「う、出来たらもう帰って来たくなかったんだけどなぁ」

 山から降り下りる極寒の風が二部隊連合船団を迎える。
 見渡す限りの白い世界、山々や木々ですら雪によって覆い隠されている場所、船団を迎え入れるベースゾーンを兼ねた巨大な湾港のみが剥き出しの岩石のように露出している。

 そこは旧アメリカの飛び地、現在は『正統王国』占領下にある地域。

「「アラスカ」」



「今回の任務。あえて誤解されるように言うならば、内部粛清よ」
「うっわぁ、ついに俺らにも回ってきましたか」
「え、関わりたくない」
「正直でよろしいなぁクウェンサー」

 『ベイビーマグナム』と『ホエールスナイプ』を担当する大隊規模の船団出発前の某日某時間にて、いつもの馬鹿二人と銀髪爆乳美人の大隊指揮官様が会合していた。
 SHIMAGUNI趣味の指揮官様は優雅に畳の上に服を着崩して座って、少し広めのちゃぶ台の上に紙の地図とホログラム装置を置いていた。
 ちなみに勿論馬鹿二人は正座である。

「現在、アラスカ沖に展開している第60部隊、主に『資本企業』本国の同行に睨みを利かせるための部隊よ。この部隊が新たにオブジェクトを受領したの」
「受領したってことは、オブジェクトがやられたってことですか?」
「そうね。前任のオブジェクト、『ホワイトメロウ』が2年前に『資本企業』のオブジェクト『セカンダリウェポン』との戦闘で撃沈。幸いエリートは無事だったから、また新しくオブジェクトを建造して、この部隊はそれを受領したんだけど、問題が発生したの」

 我らが大隊指揮官殿はホログラムを起動し、空中に湾港の立体図を映し出す。
 おそらくはそこがこれから向かう場所なのだろう。オブジェクトを整備するための大きな区域があるということは、推定するに海戦用オブジェクトのベースゾーン。

「第60部隊内で、言うなれば内戦が勃発したの」
「は? 同じ部隊内でってことですか?」
「そうよ。対立図はそうね。第60部隊指揮官の東欧系貴族と、オブジェクト整備班達かしら。数では指揮官側が圧倒的に勝っていたのだけど、オブジェクトの周りを固める整備班達が大隊の武器庫を吹き飛ばし、残った武器を全て自身で持って抵抗を続けているそうよ」
「う、うわぁ、想像したくねぇ」
「整備班達は言うなれば卓越した技術屋にして職人よ。オブジェクトのオニオン装甲を修復できるというのは、それだけで一生食いつなぐことのできる希少技能なの。機械で再現できない職人芸なのだから当然よね。下手に殺せば、正統王国全体の損失に繋がる。だから、指揮官側も細心の注意を払っていたのだけど、パワードスーツすらも持ち出して徹底的に抵抗しているようだから、ついに根を上げて、私たちが呼ばれたって訳ね」

 気怠げに煙管を回してフローレイティアはため息をつく。
 クウェンサーはホログラムに表示された例の「受領された新型オブジェクト」に目を奪われているため、ヘイヴィアが代わりに手を上げた。

「はーい、先生―。なんで整備班が反乱したんですかー」
「ふむ、こういうのも悪くないな。では答えよう。新たに受領したオブジェクトに多大なる問題があったのよ」
「問題って?」
「深刻な環境汚染」

 クウェンサーがホログラム機器の電子ボタンをタップすると、二人の軍用端末(なぜか待ち受けや背景にまでシャルルの写真が侵蝕してきてる)にデータが送信される。
 データ化された立体図の画像と共に詳細なスペックデータとして送られてきたのは、第60機動整備大隊が受領したというオブジェクトのもの。

「正式名称は『ラストマイン』。海戦専用ではなく、海戦特化型として設計された『正統王国』最新鋭の海戦オブジェクトよ」



ラストマイン/LAST MINE】
  全長…110m
最高速度…400㎞/h(潜水時100km/h)
  装甲…2cm厚×500層(耐錆+耐爆+潜水コーティング)
  用途…海上制圧兵器
  分類…海戦特化型第二世代
 運用者…『正統王国』
  仕様…海上:エアクッション式推進
     水中:可変ピッチスクリュー&電磁流体制御システム
  主砲…水蒸気爆発発生用高熱源装置
  副砲…水中対応型小型重金属荷電粒子砲×4、強酸性広範囲金属腐食機雷散布装置×6、強酸性物質搭載無音魚雷発射管×10など
コードネーム…ラストマイン
       (錆の地雷、そして最後の地雷)
メインカラーリング…藍



「オブジェクトの性能自体は確かに高い。けれど上層部は、重金属による深刻な環境汚染からこのオブジェクトの爆破解体命令を第60部隊に出したの。指揮官はこの指令を了承したけど、整備班達はこの命令に対して抵抗をしているって訳ね」
「うっわ、えげつねぇ。というか作るまでにヤバイって気付けよ」
「でもですよ、フローレイティアさん。オブジェクトが戦場の汚染云々はもう大前提まであるんです。海洋に深刻な汚染を引き起こして漁獲量に変動があったとしても、その程度の理由で上層部が解体命令を出したんですか? オブジェクトだって安くないんですし」

 解体したとして開発費用から建造完了までの値段は50億ドルが全て帰ってくる訳ではない。良くて半分程度の元を取れば良い方だ。人件費や輸送費という目に見えない資金はオブジェクトの定額とされる50億ドルの外にある。
 それにオブジェクト建造に掛かる平均時間、約2~3年という長い時間はお金に換えることはできない。頑張ってポジティブに見ても担当した整備班達に経験値を積ませられたというだけだ。よりによって、整備班達が反乱しているようだからこれも意味はない。

「確かに『ラストマイン』が他の海域で運用されるのであれば問題はないわね。でも場所が不味かったの。アラスカは『資本企業』の本国の目と鼻の先、しかも海流の先には『資本企業』の重要地域である『島国』まである。運用する訳にはいかないというわけだ」
「北極圏等の北米大陸北方ルートとかの輸送で整備班達を宥められることってできないんですかね。何とかオブジェクトを移送すれば整備班達が抵抗する理由はないんですし」
「元々アラスカ湾沖から太平洋側の広域を担当していた『ホワイトメロウ』が沈没した穴埋めが上手くいかなかった。『資本企業』としても本国の近辺は安全にしておきたいでしょうからね。おかげで『資本企業』とやってる内に北極海で『情報同盟』に押されてるの。オブジェクトによる汚染をしないように輸送すると、オブジェクトは頼もしい守り神から巨大なお荷物になる。輸送途中に他の三勢力の妨害を避けれることはほぼ不可能よ」

 つまり現在のアラスカは陸路では繋がっているが、海上行動はかなりの制限を喰らっているということ。疑似的な孤島のような状態になっているらしい。
 北極圏は『情報同盟』に、太平洋は『資本企業』に封鎖され、さらにクリーンな戦争の時代にあたって兵士達の心の支えとなるオブジェクトを上層部から爆破しろと言われれば、非戦闘員で構成される整備班達もパニックを起こすのも無理はないのだろうか。

「だから外にお利口さんな黒軍服の人らに、軍属じゃない海洋保全団体の皆さんがいたって訳ですか」
「そうね。あくまで私たちは『ラストマイン』に睨みを利かせることが仕事よ。黒軍服だけで鎮圧出来なかったときの予備兵力も兼ねているわ。海洋保全団体を呼んでいるのは汚染についての調査をさせるため。オブジェクトを二機も連れてきているのは『ラストマイン』暴走時の迅速な鎮圧は勿論、『正統王国』の内部のゴタゴタの隙を突いてきそうな不届き者を近づけさせないため。そのための『ホエールスナイプ』よ」

 海上でもある程度の鎮圧性能を持つ『ベイビーマグナム』と遠隔からの長距離砲撃が可能な『ホエールスナイプ』によって万が一を予防する。
 オブジェクトは基本的に1対1だが、2体を相手にした場合勝率はガクンと下がる。
 次にフローレイティアは再びホログラム機器の電子ボタンを弄ると、馬鹿二人の端末が軽快な電子音を鳴らした。

「それと、この二人を確認しておいてちょうだい。どちらも相当な重要人物よ」
「うぉ! 美人!」
「え?」

 ヘイヴィアとクウェンサーがそれぞれ別の人物に食いついた。
 ヘイヴィアが食いついたのは勿論美人の方。
 元『ホワイトメロウ』のエリートで、現在『ラストマイン』のエリートに認定されている女性、バレンシア=スポモーニ。しっとりとした黒髪を複雑に編み込んでまとめている眉目秀麗な女性であり、冷徹とすら思える無表情がヘイヴィアの琴線を刺激したのだろう。

 クウェンサーが食いついたのは珍しく女性ではない、老人だった。
 第60機動整備大隊整備班班長にして、『ラストマイン』の設計士、御年89歳の老爺であるギムレット=ジントニック。クウェンサーの記憶が正しければ、『正統王国』の王立テクノアカデミーにそこそこな地位を持っていたジジイで、オブジェクトの設計士として半世紀以上関わった権威だ。彼の記録した書籍はオブジェクト関連のものばかり、自伝0というオブジェクトに脳を炭になるまで焼かれた筋金入りだ。

「エリートは反乱当日から消息が不明。整備班班長は反乱を主導するご老人。厄介なことに上層部は新参の東欧の貴族やエリートの安否よりも、こちらの身柄の絶対確保を命じている。『正統王国』のオブジェクト技術の権威を寿命以外で失うのは惜しいらしい。では、歳が来てガタが来たご老人には、とっとと本国の老人ホームにお帰り願おうか」



 第37部隊と第61部隊、黒軍服に海洋保全団体のWOUがドカドカと乗り込んだ時には第60部隊の湾港を兼ねたベースゾーンは既に自らの手で内乱を鎮圧しており、銃撃も爆発音もせず、黙々と船団が湾港に停泊して、物資を補給する音が僅かに聞こえるのみ。
 そう本来のベースゾーンでは昼夜を問わずに響いているようなオブジェクト整備音すらない。現在のアラスカは雪が降り積もる豪雪日和。雪はその結晶の形から音を吸収してしまうため、普段よりも音が響きにくいというには、あまりにも静かだった。

 北国の田舎を思わせる不気味な静寂は嫌な予感を募らせる。
 クウェンサーが抱いた予感は当たって欲しくない時だけ当たるのは悲しいまでに普段通りだった。

「端的に言おう。最悪の事態だ。『ラストマイン』の所在が分からなくなっている」
「どうして?」

 不謹慎だが、内部粛清という今回の任務に少しワクワクしていたところがある。
 『正統王国』のオブジェクトの歴史の土台を築いたとも言える人と、彼の作り上げた『正統王国』最新鋭の海戦特化型のオブジェクトを間近で見ることができる。
 それもすぐに爆破解体をするというのだから、スペックデータ自体は不要なもので、実際クウェンサーのような木っ端にもデータが届くぐらいには統制が甘い。
 というわけで、オブジェクト設計や整備に将来関わりたいと思っていたクウェンサーにとっては絶好のチャンスだったのだが。

 第60部隊のブリーフィングルームはもぬけの殻、第60部隊や鎮圧にやってきた第61部隊は後始末に追われ、黒軍服は現在反乱を引き起こした整備班達を拘束して動機などの取調中、上から依頼という名目で派遣されてきた海洋保全団体のWOUの皆さんはオブジェクトドックや湾港近海を調査中だ。
 なので手の空いている第37部隊はベースゾーンの調査および制圧という、ほぼ自由行動のような任務を与えられており、暇だったクウェンサーとヘイヴィアは麗しき銀髪爆乳美人上司からブリーフィングルームに呼び出されていた。

「でもよー、そんなことってあるか? オブジェクトって超巨大兵器な訳だ。『ラストマイン』が可潜艦だっつっても静音性も何もないし、稼働するだけで重金属粒子をばらまく危険物質の塊だったらソナーでも何でも拾えません?」
「『ホエールスナイプ』も名前の通りオブジェクト規格のソナーだの何だの積んでるしな」
「事実、『ラストマイン』の行方が不明になっている。どうやって全長100メートル以上のオブジェクトをベースゾーンから持ち去ったのかは不明だがね」

 スペックデータに記述されている通り、『ラストマイン』は潜水が可能なオブジェクトだ。潜水を前提としている潜水艦とは違い、基本的な運用方式は他の海戦専用オブジェクトと同様水上での運用を主とするように設計されているが、移動方法や戦闘形態の一つとして”潜水”という手段を取ることができる。
 とは言え、オブジェクトという本体が巨大な球体を前提としている兵器であるため、潜水艦の敵に気付かれないように行動するという目的のためのデザインやサイズという大前提自体に支障を来す。
 よって、基本的にオブジェクトは水上艦の延長線であることが多かった。

 『ラストマイン』もオブジェクトである以上、その制約から逃れることはできないはず。

「現在、黒軍服の連中が整備班達を拘束し、事情聴取をしている。どんな理由であろうとも名誉と秩序を重んじる『正統王国』軍に泥を塗ったのは確かだ。このままなら順当にオニオン装甲を作るだけの機械になるのが順当だが......」
「やぁ」

 ブリーフィングルームのドアが開き、しわがれた声が無機質な部屋に響く。
 現われたのは年齢故に真っ白に変化した髪と、オブジェクト整備のために長年強い火力装置と向き合ってきたことによってほぼ失明状態に近い白く濁った瞳。
 第37部隊の整備兵の婆さんをそのまま男体化させたような老爺。
 ギムレット=ジントニック。第60部隊整備班班長にして今回の内乱騒ぎの主犯格だ。

 両脇二人ずつに銃器を持った屈強な黒軍服が逃げ出さないように周りを固め、ギムレット本人も使いこまれた整備服のまま両手両脚に枷を掛けられている。
 背筋をピンと伸ばしたまま、彼は日常のように気さくに隣の黒軍服に声をかけた。

「あー、単なる情報提供だ。安心したまえ。こちらとしても、『ラストマイン』を沈めて貰わなくては困るのでね。少しいいかな」

 フローレイティアが上座、馬鹿二人はいつも通りすぐ側の生徒側に座っているが、それよりも後ろによっこいしょと腰掛ける。いつでも黒軍服が銃殺できるように手持ちのサイレンサー付きのライフルの安全装置を外していることにクウェンサーは気づいてしまった。

「ご老体。今更何の用か。反乱の主犯格としてそこの黒服に銃殺されるか、本国の老人ホームで監禁されるかの二択を今すぐにでも選んで貰っていいのだが?」
「前者を勧めよう。名誉を重んじる軍隊に私は故意に泥を塗ったのだからね。組織としての体裁のために即刻銃殺刑こそが相応しいよ。既に生殺与奪はそちらが握っているのだから」
「こちらの上層部がご老体の絞り滓のような体をお望みだと知って言っているのか」
「勿論だとも。だからこそ、鉄の組織としては秩序を優先すべきだと思うがね。上層部のコネや血統による癒着は腐敗の始まりなのだから。とは言え、余生が僅かにでも伸びるのであれば、『ラストマイン』の後処理をする君達を出来る限りサポートするのが、反乱主犯格、設計主任としての役目だと思った次第だ」

 内部粛清という不名誉な仕事を負わされて不機嫌な女上司と、反乱の主犯格であるというのに反省の色すら見られない老爺の会話に挟まれた馬鹿二人の肩身は狭い。

「その軍に泥を塗った貴様の言葉を信用することが出来るとでも?」
「自白剤なら東の冷凍保管庫にあるぞ少佐殿。それに私の言葉は全て黒軍服の方々に記録されている。証言0から捜査をするよりも、犯人の自供の裏取りをした方が建設的だろう」

 あっ、フローレイティアさんがもの凄い不機嫌になってらっしゃる。
 顔にこそ何とか出していないものの手癖や口調の変化で馬鹿二人は変化を察知した。
 だが、後ろの老爺は知ってか知らずか、彼女と目線を合わせたまま言葉を続ける。

「今回のキミ達の仕事の妨害はしないとも。事情聴取は円滑であればあるほどいい。あぁ、聞かれたことだけに答えるなんていう意地悪はせんから安心したまえ」
「死にかけの老人の自分語りほど醜いものはないぞ」
「そうだな。全く以てその通りだとも。老木が自らのことについて話せることは特にない。だが、今回の事件の首謀者が面倒な老人であったことが少佐殿の不幸なところだな」

 周りを取り囲む、銃殺の権限を持つ黒軍服の方々が腕の中で「さっさとこいつぶっ殺してぇ」とばかりに密かに銃口を老爺に向け、引き金に手を掛けている。
 勿論、老爺はそれに気付いているが、いつでも殺されても構わないとばかりにゆったりとリラックスしている。大物なのか、もうヤケになっているのか。

「さて、では『ラストマイン』は今どこにあるのか。これについては大人しく湾港のドックから続く重金属汚染を辿れば分かることだが、何、今は時間が惜しいのでな。具体的な地名で言おう。『正統王国』領アラスカ州のコディアック島に存在する湾港だ」
「(おい、どこか知ってるかクウェンサー)」
「(知らないよ多分アラスカにある島のどっかでしょ)」
「(結局どこだよ! アラスカでひーこらやったじゃねーか!)」
「(知るか! というか、なんで軍人が知らねーんだよ!)」

 銀髪美女と白髪老爺の言葉による鍔迫り合いに挟まれる形になったとしても、二人はいつも通りだった。ただのブリーフィングルームに防音措置はあれど、内部の吸音措置がされているはずもなく、二人のヒソヒソ話は部屋にいる全員に聞こえている。
 あからさまにフローレイティアがため息をついてブリーフィングルームから公開ネットに接続して、ネット上の衛星地図から検索し、ホログラムに投影する。

「アラスカ湾に存在する島の一つだ。旧アメリカにとって、ハワイの次に大きい島だな」
「あっ、ども。で、ここから大体どのぐらい離れてるんです?」
「そこそこの距離はある。ギリギリ『ホエールスナイプ』の射程圏外だな」
「うっわ、微妙に遠い」
「それで? なぜそんなところに『ラストマイン』が存在する」

 上司の冷徹な瞳が皺だらけの肌の中にある、静かながらも爛々とした白瞳を射貫く。

「『ラストマイン』をテロリストに引き渡した。ついでにコディアック島はテロリストの拠点が複数ある反政府組織の温床でもあるな」
「は?」

 困惑の声は一体誰のものだったか。少なくともフローレイティアのものではない。

「テロ組織自体に特に大した名前はないな。ただ『正統王国』の社会制度に不満を持つような連中が集まっただけの極々普通のよくある反社会勢力だ。今までに大した人殺しもしてないような連中だね。強いて言うなら、彼らはその不満を自然にぶつけることで発散していたようだな。あぁ、何だったか。「環境破壊は気持ちいいZOY!」だったか。だいたいそんな感じだ」

 テロリストというよりも、地元のヤンキー共の集まりと言った方が正しいだろう。
 クウェンサーやヘイヴィアは特に疑問を覚えたことはないが、他の三大勢力からやってきた人々は『正統王国』の社会体制に不満を抱きやすいとは聞いたことがある。
 国家ごとに社会体制や常識が違うのは当然なのだから、大人しく自国に帰るか、諦めて帰化するかすればいいのだが、どうしてもそのような社会からあぶれた者は現われる。
 まだ人も殺したことがなく、自然に不満をぶつけているのならば、まだマシだろう。
 土地の所有者が訴えれば、罰金を払わせるか、刑務所に突っ込むかすれば片が付く。

「つまり、何だ? 貴様は自然をなぎ倒してキャッキャしている無害なクソガキ共にオブジェクトをプレゼントしたと」
「その通りだとも」

 テロリスト未満のパリピ連中が自然を破壊してヒャッハーしていたのは自分達では『正統王国』という巨大な複合組織にはどうやっても立ち向かうことはできないからだ。
 『正統王国』において社会体制を変えることのできる参政権を持っているのはヘイヴィアのような『貴族』階級であって、一般のクウェンサーのような『平民』に参政権はない。
 実際、人を殺したり事件を起こしたりしていないのであれば、彼らはよくある治安を低下させる原因であるヤンキー連中というだけで処理される。
 しかし、そのような現実が見えていない連中に、オブジェクトという特級の武力をポンッと与えてしまえばどうなるか。理想的に見積もっても、玩具を貰ったばかりの子供のようにキャッキャして振り回すだろう。

 第二世代のオブジェクトは対オブジェクトを想定してデザインされている。
 しかも今回テロリストに譲渡されたのは寄りによって、すぐ近くの海で活動することを想定された上、海戦特化と銘打たれた最新鋭のオブジェクトだ。
 鎮圧を行うとしても『ベイビーマグナム』と『ホエールスナイプ』に一体どれだけの被害が出るというのか。
 その損害を脳内でざっと計算し、煙管を口に咥え、瞬間的に溜まったストレスを排出するために紫煙を吐き出す。

「仕事中の喫煙は構わないが、せめて分煙して欲しいものだがね。今にでもなくなりそうな余命がさらに縮まる思いだ。あぁ、そうだ。そろそろ時間か」
「貴様、後何を隠している」
「いや、私が行うものではないよ。先ほど話題になっていた自称テロリスト達の話だ。今、展開しているネット地図を『正統王国』の動画配信サイトに切り替えてはどうかな。オブジェクトの現状が分かると思うよ」
「ん?」

 公開ネット上の配信サイトの見出しには、瞬間的にトップに躍り出た生配信があった。
 しかしそれは老爺の指摘とは異なり『正統王国』限定のネットではなく、全世界規模四大勢力全てが閲覧できる世界規模の公開サイトだった。

 極寒により澄み渡って晴れ渡る空と、厳冬の仄暗い黒い海の背景。
 所在地、アラスカ州コディアック島。映っているのは何人かの地元と思われる若者達。
 背景には海水に偽装した暗い水色の塗装の巨大なオブジェクト。

『今から海を汚しまくるから見ててくれよ人類の皆! 俺たちはやるぜ!!』

 晴れやかな顔でリーダー格の青年が港の高台に立って『出っ発―! 発進―!』と叫ぶと、オブジェクトは指示に従ってアラスカ湾に向かって進み、ゆっくりと可潜機能を見せつけるようにして沈みながら進んでいく。

「どうやら『ラストマイン』はアラスカ湾に出航したようだね。しまったな、流石に全世界配信をするとは思わなかった。君達二機だけで沈めるのが私にとっての最善だったのだが。まぁ、『資本企業』のオブジェクトも来るなら、それはそれでいいか」
「――ッ!」

 アラスカ湾は北米大陸沿岸の近海部だ。
 北米大陸の東海岸に存在する『情報同盟』の本国には影響はほぼないだろうが、太平洋沿岸部を主な勢力図とし、さらにアラスカ湾のすぐ隣に存在するどころかバッチリ接続している西海岸に本国を持つ『資本企業』はまず間違いなくオブジェクトを引き連れて鎮圧に乗り出すだろう。

 もし『正統王国』のテロリストのオブジェクトが、すぐ近くにオブジェクトが二機も存在したのに『資本企業』に処理されてしまえば、『正統王国』は多大なる貸しを『資本企業』に作ることになる。
 血相を変えてフローレイティアは立ち上がって、『ベイビーマグナム』と『ホエールスナイプ』を出撃させるために所属大隊を纏めに外に飛び出した。

 残されたのは馬鹿二人と、黒軍服にガチガチに固められた老爺のみ。
 例え犯罪者であっても、オブジェクト設計の権威であり、母校の地位者であることに多少の尻込みをしてしまったクウェンサーの代わりにヘイヴィアが口を開いた。

「なぁ、碌でもねぇクソジジイ。一ついいか」
「一つでなくても、知っていることなら何でも答えるがね。構わんよ」
「テメェ、なんでそんなに余裕面してやがる。黒軍服にセーフティを外された銃口を向けられてもそれだ。自分の地位を分かって、即刻の銃殺を勧めたのもそうだ。アレはガチの目だ。死んでもいいっていうロクデナシの目だ。テメェ、その薄気味悪い白目の下に何考えてやがる」
「うーむ、キミは勘違いをしているようだね。私は特にこれからのビジョンは何もないよ。企みもね。キミ達に協力しているのがその証明だ。ただ、強いて言うなら」

 現在でもあるそうだが、昔の鍛冶屋は鉄の温度を見るために目をつぶったり、鉄を溶かす火炎を見続けたりしていたことから視力の低下や失明と深い関わりがあったそうだ。
 それをまさに象徴するように酷く弱まった視力を証明する薄暈けた、けれど未だに老いを感じさせない爛々とした白目が不気味に光った。

「私の目的は、もう果たされているからね」



 それは仄暗い厳冬の海の中を超大な丸い影がゆったりと進んでいた。
 可変ピッチスクリューを回転させ、内部を回る電磁流体を計算されつくしたバランスで制御し、姿勢をきっちりと保ちながら、アラスカ湾沖に泳ぎ出る。

 ゴポリ、と音がした。
 自らの領域を示すように、野生動物の領域主がマーキングを行うように搭載された六つの機雷散布装置から対オブジェクト想定の巨大にして大火力の海の地雷が広がっていく。

 『正統王国』における冬海の女王、白亜のマーメイド『ホワイトメロウ』の後継機。
 かつての鱗とは真反対の色。アラスカ湾の真っ黒の岩質を再現するような海水に偽装するためにべったりと艶も消されて塗られた仄暗い水色を纏う。

 今や世界の敵と化した『ラストマイン』は待ち構える。

『……ァア』

 エリートすらも呑み込んで。己が使命を果たすために。



「では、ベースゾーンの司令室に一緒に行くついでに反乱の動機でも話そうかな」
「うわっ、聞きたくねぇ」
「ハッハッハ。捕縛された私にはキミ達の職務に協力する必要があるのでな。反乱を主導した全ての元凶の私の話は必要だろう?」
「うっわ、このクソジジイ厚顔無恥どころの話じゃねーぞ」

 ブリーフィングルームから出て、クウェンサーとヘイヴィアが追加されたことで老爺を拘束し、いざというときに殺害できる相手が2名増えた。見方によっては老爺を守る護衛に見えるかもしれないが、6人全員が即座に老爺を殺せるようにしているのだから笑えてくる。
 周りの黒軍服の方々も即刻銃殺刑の権利自体は持っていても、実際にそれをやらかせば首が飛ぶのは自分自身だと分かっているためセーフティを外し、銃口をバリバリに老爺の脳天や心臓等の急所を向けて、引き金に指を掛けているだけで引いてはいない。
 階級に関わらず違反者を拘束する権利や『緊急時措置』の権利を持っていようとも相手が悠然とそれを受けようとしているけれど、軍中枢にいるという立場から、軍のお偉いさん方々が欲しがっているクソジジイを射殺することができないのだろう。
 任務と権利がバッティングしてしまい内面が可哀想なことになっている。

「まぁ、端的に言うとな。爆破解体処理される前に『ラストマイン』の実戦闘データを残したかったから。これだけだ」
「それだけ?」
「嘘を言う必要もないからな。私は今日寝て起きたら、明日には死んでいる可能性が高い老木だ。『ラストマイン』が私の人生最後の作品なのでな」

 憂いも後悔も憎悪もない。ただひたすらにオブジェクトという存在に魅入られた白暈けた白目をギラギラと輝かせて、しわがれた声を紡ぐ。

「そうと決めた後は簡単だ。『ラストマイン』を暴れさせるために移動するまでの時間をベースゾーンで稼げばいい。移動させたら、勝手に連中が解き放ってくれる。こちらとしては『ラストマイン』が連中に渡れば戦う理由もないのでな。降伏して今に至るよ」
「テメェ、生粋のロクデナシだよ」
「全くその通りだよ」

 機械のような合理や理論に見えて、その実、自らの命を省みない感情論で行動している。
 自らの行った行為を誇るでもなく、卑下するでもない。
 淡々と非合理的な目的のために順序立てて行動するのはいっそ不気味だ。

「ギムレットさn......いや、ギムレット」
「なんだね?」
「お前は『ラストマイン』の実戦データが欲しいから反乱を起こして降伏した。なら、反乱中は勿論、上がお前を欲しがってるからと言っても黒軍服に銃殺刑に処される可能性があった。言動と行動、そして動機が一致してない」

 外から二機のオブジェクトの巨大な稼働音が鳴り響く。
 どうやら『ベイビーマグナム』と『ホエールスナイプ』は無事に出撃したようだ。
 後は海上では特に何か出来るわけでもないクウェンサーとヘイヴィアはエリートのお姫様のお気に入りということや、観察眼を理由に司令室で補助をするだけ。
 そのためには『ラストマイン』設計士であり、今回の事件の全ての元凶から情報を可能な限り全て引き出しておく必要がある。

 けれど、老爺は出来の悪い生徒を見るような目でクウェンサーを見た後、自ら己の知識を全て書籍に絞り尽した絞り滓だと証明するように言う。

「言っただろう。別に私が『ラストマイン』の実戦データが欲しい訳ではなく、データを残したいと。オブジェクトの歴史は長い。そして一人二人の天才が大きく飛躍させるものであろうとも、基礎土台は数多の凡人によって出来ている。私の信条の一つは『継承』だ。私が死んだとしても、記録が『正統王国』に残るのであれば、何故死を恐れる必要がある?」

 心底疑問に思っているような老爺の瞳は、狂気とは違った何かに染まっていた。



「どうしてこうなった......!」

 ベースゾーンの司令室、管制室と併合された巨大な空間の上座でフローレイティアは呻いていた。『ラストマイン』の位置は特定した。例の島から出航し、現在アラスカ湾を通って北米大陸沿岸を添うように南下を続けている。
 既にテロリスト達にはこちらから命令を出して現地組織に捕縛させている。
 だが、彼らは『正統王国』のギムレット老にオブジェクトという特大の武力をポンと与えられて、調子に乗って跳ね上がった馬鹿というだけで敵国との繋がりすらも出てこなかった。

 完全に『正統王国』の問題というのが一番の問題なのだ。
 テロリストが外国に問題を起こした場合、責任問題を問われるのは所属する国家だ。
 今回の場合、『正統王国』になる。

 よって迅速に問題を鎮圧する必要があるのだが、問題の『ラストマイン』は『資本企業』の本国近辺どころか、北米大陸旧アメリカ西海岸に向かっているのだ。
 まだアラスカ湾沖という位置で『資本企業』の『戦争国』の経済水域であるのはいい。
 だが、国家防衛を任せられた『資本企業』のオブジェクトが出てこない訳がない。

 先ほどまで通信していた、あちらの現地司令官の言い分はこうだ。

『潜行するオブジェクト一機とそれに引き連れられるオブジェクト二機。これは明確な侵略行動である。今すぐにオブジェクトの全機撤退を要請する。要請を拒否する場合、我々『資本企業』は『戦争国』の経済と財産を守るため、断固として戦うだろう』

 勿論、あちらが全世界ネットで配信された自称テロリストのヤンキーから、本物のテロリストに変貌した若者達のどんちゃん騒ぎを見ていない訳がない。
 だが、それはそれだ。テロリストを理由にした侵略は四大勢力全員の常套手段。
 もしテロリストが理由だったとしても鎮圧に協力する義理はあちらには一切無い。
 むしろ敵オブジェクトが内部分裂している内に少しでも敵オブジェクトを減らそうという魂胆なのだろう。

 死に際の老人の好き勝手がとんでもない自体を引き起こしてくれたものだ。

「カピストラーノ少佐。『情報同盟』のオブジェクト司令官からの通信です」
「今度はなに!?」

 表示されたのは『情報同盟』の士官服を纏った男性将官の映像。
 しかし会話する気は一切ないのか生通信ではなく、ただのビデオ映像だ。

『アラスカ湾沖に出撃した『正統王国』オブジェクトに深刻な海洋汚染を引き起こす重金属粒子を確認した。また『資本企業』オブジェクトによる放射能汚染をも確認した。我々『情報同盟』は世界秩序と地球環境の保護のため、二者共々の戦闘行動の停止を要請する。要請を拒否する場合、国際協力の観点からオブジェクトによる武力鎮圧を行う』

 つまり意訳すると「これから横やり入れて漁夫の利しますね、よろしくお願いします」という煽りだ。連中に世界秩序も地球環境も国際協力をする気がないのは分かっているし、こちらとしてもやる気はない。

「アラスカ湾沖に集結したオブジェクトの総数が判明しました」
「今すぐに詳細を提示して頂戴」
「はい。まずテロリストオブジェクト『ラストマイン』、『正統王国』からは『ベイビーマグナム』と『ホエールスナイプ』です。『資本企業』からは『セカンダリウェポン』および『メイルストロム』、北極圏から急速に接近してくるのは『情報同盟』の『フォルケンバーグ』です。計6機による海上の大混戦になると予想されます」
「チッ、どいつもこいつも横槍を......!」

 フローレイティアが舌打ちし、悪態をついた時だった。
 レーダー計測器全てが一瞬で閃光に染まり、観測機は気が狂ったように異常な数値をたたき出す。
 オブジェクトによる大混戦の火蓋を切ったのは、『資本企業』の『セカンダリウェポン』だった。

「これはッ!」

 フローレイティアにとっては資料でしか見たことはないもの。
 けれど、今、窓の外を見ているギムレットにとっては酷く懐かしいもの。

 オブジェクトが封じ込めたはずの『核の時代』。

 それが今、蘇った。



 まさしく、旧時代、オブジェクト以前の世界を支配した神の光だった。
 あるいは海上に顕現した小さな小さな太陽か。

 閃光と衝撃波、爆風とキノコ雲がアラスカ湾沖を舐め尽す。
 それはいつか北極海の島の上空で炸裂したツァーリ・ボンバに匹敵するもの。
 致死域が瞬間的に広がり、殺傷威力を持つ爆風と致命的な火傷を持つ熱線をまき散らす。
 爆発による火球が遙かなる蒼海を抉り取った。

『核兵器による掃海とは、これまた乱暴な。お姫様、無事かしら』
「だいじょうぶ。そんしょうはけいび。レーダーもあと少しでちょうせいがおわる。フローレイティア、アレが『しほんきぎょう』の?」

 広大なる太平洋沖でのオブジェクト同士の海戦は至近距離で行われることは稀だ。
 基本的に水平線の向こうから互いに衛星情報やレーダーを基にオブジェクト主砲を撃ち合うことになり、『ホエールスナイプ』のロングバレルがその象徴だろう。
 だからこそ、オブジェクトを狙わない範囲砲撃に先手を撃たれた。

『ええそうよ。こっちがつけたコードネームは『セカンダリウェポン』。名前の通り、旧世代技術を先鋭化させて振り回す第二世代。今回あっちから派遣されてきた内の一機よ』
「オブジェクトはかくへいきにもたえるそうこうをもってる。あのばくはつみたいな目くらましが目的? どういうオブジェクトなの?」
『オブジェクトのオニオン装甲に求められたのは確かに核兵器に対する優位よ。でもそれは核分裂技術を用いた原水爆に対するもの。『セカンダリウェポン』は核融合技術による巨大な核融合弾頭、通称純粋水爆によって敵オブジェクトを正面から打ち破ることを目的としたオブジェクトよ。7th直属で反物質触媒を利用した核パルス推進だか何だかを使ってるらしいわ』



【セカンダリウェポン/SECONDARY WEAPON】
  全長…120m
最高速度…500km/h
  装甲…5cm厚×200層
  用途…海上技術試験機
  分類…水陸両用第二世代
 運用者…『資本企業』
  仕様…エアクッション
  主砲…アトミックキャノン
  副砲…連速ビーム砲、レーザービーム砲など
コードネーム…セカンダリウェポン
       (純粋水爆を運用することから)
       『資本企業』軍正式にはクラリス
メインカラーリング…黒



 かつて原水爆の所有数が重要視された長い長い冬、冷えた戦争の時代があった。
 21世紀初頭を越え、オブジェクトが核兵器に耐えるようになって核分裂兵器は一線を退いた。
 しかしオブジェクトは核兵器を耐えるだけで完全に無効化している訳ではない。
 ほぼ通用しないというだけで痛痒を与えることはできるのだ。
 よって今まではオブジェクトの支援やその他通常兵器の打倒のために核分裂弾頭を搭載した魚雷やミサイル、地雷が細々とでも使われていた。

『奴の主砲は時代外れのアトミックキャノン。直撃は絶対に避けなさい。でないとオブジェクトの装甲ごと抉り飛ばされることになるわ。例え避けたとしても1発の範囲の規模がとんでもなく大きいから照準系と足周りに支障が出る可能性がある。気をつけなさい』
「りょうかい」

 旧時代の骨董品であろうとも敵を打ち倒すことができるならば利用できる。
 着実に進歩しつつある核融合技術、まだ研究途上の反物質技術を噛み合わせ、新技術を次々と生み出す超大国と古きもののアップデートを得意とする島国によって構成される『資本企業』によって誕生した異形のオブジェクトだ。

 『セカンダリウェポン』が純粋水爆弾頭による過剰な掃海行動を行ったのは機雷に対する警戒よりも、迫り来る『正統王国』オブジェクト二機に対する牽制だろう。
 暴走したオブジェクトが『資本企業』の海域に侵入し、しかもそれは全世界規模で『正統王国』の不備だと大々的に発信されているわけだ。
 『ラストマイン』を『資本企業』が仕留めてしまえば、特大の外交カードを手に入れることができる。
 ついでに仲違いする『正統王国』のオブジェクトを一機でも減らそうという目的があるのだろう。
 だからこそ、同一海域にオブジェクト二機も派遣してきた。

『もう一方のオブジェクトのコードネームは『メイルストロム』。自律するスクリューを砲弾で吹き飛ばし『島国』の鳴門海峡の大渦のような急速な海流の変化を誘発、敵オブジェクトの足周りを妨害することを目的としたオブジェクトよ』
「スクリューをほうだんでとばす?」
『副砲に例の大渦を引き起こす独自のスクリューを積んでいるの。それを散弾銃の容量で空中に飛ばすと拡散して海に着水する。そこからスクリューの寿命が尽きるまで大渦を形成し続けるの。製造元を聞きたいかしら? メイドインシマグニよ』



【メイルストロム/MAEL STROM】
  全長…100m
最高速度…500km/h
  装甲…1cm厚×1000層
  用途…海上防衛兵器
  分類…海戦専用第二世代
 運用者…『資本企業』
  仕様…静電気式フロート
  主砲…高密度ライフリング回転加速式コイルガン
  副砲…潮流予測演算センサー、コイルガン、スクリュー散布用拡散砲など
コードネーム…メイルストロム
       (大渦を起こすことから)
       『資本企業』軍正式にはメルセデス
メインカラーリング…銀



 『島国』は列島であり、また複数の海流が川のように流れるため、世界的に見ても近海の海流の速度は屈指のものだ。津軽海峡を始めとする各種海峡や瀬戸内海は勿論、先ほど話題に上がった鳴門海峡では条件さえ揃えば渦潮すらも発生するほどだ。
 天災だけではなく、日常的な自然条件さえも過酷な『島国』の現象から着想を得たオブジェクト。

 海上オブジェクトの基本の足周りはエアクッション式。
 莫大な空気を吐き出すことで空気の層を作り出すことで巨体を支えている。
 だが、それは平坦な海上やなだらかな砂漠であることが前提だ。

 大きな渦潮によって平坦なはずの海上がボコボコになってしまえば、オブジェクトの吐き出す空気は不安定となり、横転するまではいかないものの、行動に大きな制限がかかる。
 現代になっても『島国』近海の艦船は速い海流に苦しめられている。
 人工的にそれを再現しようとしたわけだ。

 『メイルストロム』の渦潮による足止めと太平洋兵器特有の長距離主砲で躊躇すれば、『セカンダリウェポン』の純粋水爆で正面から打ち破られる。
 オブジェクトに踏み荒らされたはずの自然と完封されたはずの核技術。
 相容れない、けれどオブジェクトという共通の敵に対しての対抗法。

 新技術開発の超大国と過酷な自然の島国が一緒になるとどれだけ厄介かが身に染みる。

「これは『ホエールスナイプ』にえんごを任せたほうがよさそうね」

 二者を遮っている巨大なキノコ雲は『ラストマイン』の機雷域の海上で発生している。
 よって、現在の『ラストマイン』の位置情報は本人がまき散らしている機雷による欺瞞情報と、炸裂した純粋水爆が引き起こした超規模の電磁波によって不明のままだ。
 『ラストマイン』は浮上する気配も攻撃してくる気配もないけれど、『資本企業』の二機のアトミックキャノンと高密度ライフリング回転加速式コイルガンはこちらを向いている。
 先にどちらを片付ければいいのかは明白だ。

 現在、ベイビーマグナムの搭載している回転式アーム兵装はビーム兵器だ。
 太平洋という広いフィールドでは射程の短い下位安定式は使えないし、特殊進化した連中に他と比較して威力の低いコイルガンが通用するとは思えない。
 レールガンは『ホエールスナイプ』がいることから、彼女の武装は自然と大出力のレーザービームとなった。

「だから近づかないと」

 しかし、レーザービームでは顕現したキノコ雲を貫くことは難しい。
 せっかく主砲が7門もあるのだから、まずはあの面倒極まりないアトミックキャノンの排除をしよう。
 お姫様はそう判断して『ベイビーマグナム』を駆動させ、キノコ雲による戦場の壁からひょっこりと顔を出して、接近しつつある『資本企業』の二機を捕捉する。

「ヒャッハー! うつゼうつゼうつゼ! デカブツ、さんひキ! ぶっこわス!」
「おだまりなさい。やばんじん。はぁ、こちらはもうサポートにせんねんします。えんごをしますから、かってにやってなさいな」

 公開通信にキャッキャと喚き散らす女性の声とうんざりしたような女性の声。
 どちらも女性エリートのようだが、幸いにも意思疎通は出来ていないらしい。
 おかげで付けいる隙が判明したが、逆に『メイルストロム』が連携を諦め、援護に集中することで役割分担がはっきりし、より厄介になったとも見れる。

「”コンク”はいいゾ、よくやっタ! ハデなバクハツ、サイコウダ! ツギ、”スカラップ”! じだんそうてン、いってみヨー! うなるゼ、オレのアトミックゥ!」

 時代遅れのキャノン砲。けれど、撃ち飛ばすは核融合弾頭。
 狙いはキノコ雲の壁の隣、ちょうど『ベイビーマグナム』がひょっこりと顔を出したところだった。
 レーザービームという発動と同時に着弾する高火力兵器、そして『ベイビーマグナム』の7門の主砲による拡散と収束の砲撃理論であれば、海上に着弾するまでに弾頭を撃ち抜くことは可能だろう。

 だが、問題は撃ち抜いたとて、純粋水爆弾頭の脅威は爆発範囲。
 レールガンやコイルガンの弾頭は撃ち抜けばそこで終わりだが、核融合は下手に撃ち抜いてしまえば、超強力な電磁波と瞬間的に跳ね上がる熱線によってレーダー情報が役に立たなくなる。

 しかしそれは相手も同じこと。
 下手に使えば味方の『メイルストロム』のレーダーすらも無差別に妨害することになり、せっかくの援護射撃と精密砲撃を同時に失うことになる。
 常識が頭を過ぎるが、エリートがどうせマトモではないことは先ほどの通信と今までの経験から察知し、アーム式の主砲を収束させる。

「ヒャッハー!」

 巨大な十字のマズルフラッシュがアトミックキャノンの砲口で輝き、そして『セカンダリウェポン』の目の前、衝撃波が直撃するほどの近距離で巨大なキノコ雲を炸裂させた。

「ヌワー!」
「えっ」

 全機が同時に動いた。
 盛大に退いた『セカンダリウェポン』に即座に標的を切り替え、収束したレーザービームを狙うも、事前に放たれていた『メイルストロム』のコイルガンが牽制するように次々と突き刺さる。
 『ホエールスナイプ』がキノコ雲を突っ切って支援狙撃を行い、『メイルストロム』に至近弾を浴びせて『ベイビーマグナム』への砲撃を停止させる。

 お互いに牽制しての一当て、僅かに出来た空白の中で横槍を入れてきた相手を知覚する。
 北極圏から急速に接近してきていたという新手、『情報同盟』のオブジェクト。

「『フォルケンバーグ』」



【フォルケンバーグ/FALKEN BURG】
  全長…100m
最高速度…550km/h
  装甲…1cm厚×1000層
  用途…海上防衛兵器
  分類…海戦専用第二世代
 運用者…『情報同盟』
  仕様…エアクッション
  主砲…大口径コイルガン×2
  副砲…海水プラント装置、塩分濃度操作ポンプ×6、コイルガン、レールガンなど
コードネーム…フォルケンバーグ
       (海霧と共に行動することから)
       『情報同盟』軍正式にはブレイズ069
メインカラーリング…海洋迷彩



 巨大な海霧を常に発生させ、体に纏いながら表われたのは『情報同盟』の第二世代。
 スペックからすると、非常に素直なものであることから1.5世代とも揶揄される機体。
 『情報同盟』の『ヒートヘイズ』の海洋バージョンとも言える代物だ。

 『ヒートヘイズ』が砂嵐を発生させるように『フォルケンバーグ』は海霧を発生させる。
 目的も大量の霧によるレーザー兵器やレーダーの欺瞞だ。

 進化を繰り返した結果の『ヒートヘイズ』とは異なり、元々そういう目的で設計された『フォルケンバーグ』には無駄がなく、本体の両脇に備えられた大口径のコイルガンはまるでダブルバレルのように戦闘を行っている4機のオブジェクトを外から捉える。

 おそらく躍り出た核融合弾頭を撃ち抜いたのは『フォルケンバーグ』だろう。
 レーザーではなく、コイルガンの弾頭による精密狙撃は曲芸にも等しい。
 以前相対した『ヒートヘイズ』は暴走していたためエリートが機能していなかったが、熟練のエリートが乗ったオブジェクトは単純に厄介だ。

「ころす。ころすころすころすころすころすころすころすころすころすぅ! ぶっころしてやるっ!!」
「ヒャッハー! しねぇ!」

 あっ、とお姫様の目から若干光が落ちた。
 ここにいる全員が女性エリート、しかしマトモなのはたったの半数。
 会話が出来れば、言葉による誘導や挑発が効く可能性があるが、会話すら出来ないのであれば、完全に実力と性能による勝負となる。

 これで2対2対1。『正統王国』と『資本企業』、そして『情報同盟』による三つ巴だ。

 公開通信はヒャッハーと殺意ウーマンによってほぼ機能していない。
 常に喚き散らす声が入ってくる中でもオブジェクト達は時速400km以上の高速で常に沖合を動き回り、大艦巨砲主義を体現する砲撃戦は容赦なく推移する。
 『セカンダリウェポン』は主砲による影響力が強すぎるためか意外にも冷静に副砲である連速ビーム砲やレーザービーム砲に切り替えて応戦。
 主に相手をすることになるのはこの中で唯一の第一世代であり、太平洋での戦闘を前提として設計されていないため超長距離砲を持ち込めていない『ベイビーマグナム』だ。

 2つのキノコ雲を軸にして、クルクルと互いに後ろを取ろうとすり鉢状に移動する。
 『ベイビーマグナム』と『セカンダリウェポン』の殴り合いに当然それぞれの援護担当はそれぞれ主砲のレールガンとコイルガンを撃ち合うも、乱入してきた『フォルケンバーグ』が両者にチマチマと邪魔をするように牽制を行うため、思ったように行動ができない。

「ヒャッハー! サスガはだいいちせだいダ! ムダにトシとってるわけじゃネーナ!」
「は? まずはあなたからしずめてあげる」
「ゆるせねぇよなぁ!? なんでおまえらいるんだよ! ぜんいんまとめて ぶっころしてやる!」
「アヒャヒャヒャヒャッ! イイネ、イイネェ! きたないダンスをおどろうゼ! ハデなハナビをさかせてやるヨ! うなレェ! オレのアトミックゥ!」
「しねしねしねしねしねしね! ぶっころ!!」
「ヒャッハー!」

 純粋水爆が花開き、レーザービームが空を灼き、巨大な砲弾が飛び交う。
 総勢5機ものオブジェクトによる大乱戦だ。通信も機能しないのだから質も悪い。

 むちゃくちゃに機動する彼女らを”それ”はじっと待っていた。
 5機全てが”それ”の形成した海域に踏み込んだ時が勝負時。

 最後に『メイルストロム』が海域に踏み込んだ時、泡沫のように足元が弾けた。

「え?」

 泡沫の正体は対オブジェクトとして製造された巨大な機雷。

「なんで、さっきまで、そこになかったのに」

 深海から狙い澄まし、弾丸のように飛来してきた跳躍機雷。
 追撃に次々と巨大な魚雷が足元に突き刺さる。

 ガクン、と『メルセデス』が傾いた。

「なに、これ、錆び?」

 機雷に魚雷。対オブジェクトに設計されているとは言え、副砲にも劣る武装だ。
 けれど、工夫次第ではそれらで海のオブジェクトに致命傷を与えることはできる。

 狙うは海上にオブジェクトを浮遊させているエアクッション式推進システム。
 タマネギ装甲に本体は守られていようとも、土台となる足周りは特殊な金属だ。
 錆びさせ、爆破することによって剥離させた破片や元々機雷や魚雷に詰めていた金属片がエアクッションの穴に詰まってしまえば、浮力を失い、あっさりとオブジェクトは沈む。

 ここは海だ。
 破壊し尽くさなくても、沈めてしまえば勝負は付く。

「くっ、『クラリス』。あしもとをやられた。『メルセデス』のさくせんぞっこうはふかのうとほうこく。すまない」
「あン? おゥ、りょうかイ。さっさとかえっテ、なおしてこイ」
「ありがとう。『メルセデス』、てったいする」

 最後っ屁として主砲副砲を敵陣へと乱射しながら撤退し、後退する『メイルストロム』を援護するように新たに『セカンダリウェポン』が複数のキノコ雲の花を咲かせる。
 大量の電磁波と熱線、衝撃波と爆風の中で、ゆっくりと”それ”は浮上した。

「やっときた」
「しゅやくのとうじょう、ッテカ?」
「ぶっころしてやる!!」

 浮上した仄暗い塗装のオブジェクトは荷電粒子砲を薙ぎ払うことで迫り来るコイルガンの弾頭を消し飛ばし、自らの狩りの場所であることを示すように深海から大量の機雷を浮上させる。

『......ッ、ァ、ガ』

 4つ巴が始まった。

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