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『銀塔の虚栄都市』第三章

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三章 千変万化の三番札>>ロズウェル空軍基地跡制圧戦



1

「諸君、事態は急を要する」

 世界をオレンジ色に染めんと太陽が地平から顔を覗かせる直前、夜でも朝でもないその間。

 フローレイティア=カピストラーノ。
 クウェンサー=バーボタージュ。
 ヘイヴィア=ウィンチェル。
 ミリンダ=ブランディーニ。
 ノエル=メリーウィドウ。

 指揮官室にて彼ら5名は皆一様に険しい表情を浮かべながら執務デスクの周りを囲い、卓上に広げられた地図や資料を睨みつけていた。

「知っての通り、我々は現在友軍を失い敵地のど真ん中で孤立している。このままでは疲弊したところをハイエナ共に取り囲まれて貪り食われるのは必至だろう」

 『正統王国』軍第37機動整備大隊のトップに立つ者として、フローレイティアはただ淡々と残酷な現実を述べていく。
 今部下達に必要なのは甘っちょろい慰めではなく、早急な状況把握だと理解した上での言動であった。

「そろそろ一晩経ちますけど、援軍要請は結局どうなりました?」

 それに対してクウェンサーはとりあえず上官に質問をぶつけてはみたものの、彼女の眉間に深く刻まれた皺から既に大体の察しはついていた。
 案の定彼の予想は裏切られることはなく、最も聞きたくなかった答えだけが返ってくる。

「相変わらず芳しくないといったところだな。腰抜けの上層部はこれ以上の損害を避けるために、敵勢力の『本国』に挟まれた北米大陸に追加の戦力を投入することを躊躇っているようだ」

 この時代の戦争の本質とは『資本企業』にあやかるわけではないが、はっきり言ってしまえば「金」だ。
 莫大な命や資源を消費して、最終的に黒字にならなければ続ける意味がない。
 ましてや此度のようにわざわざ高いリスクを背負ってまで、時代遅れの第一世代たった一機を救援するという行動は、リターンが釣り合わないと判断されるのも無理はないだろう。
 つまり現在、クウェンサー達は『正統王国』全体から見捨てられているに等しい。

「あのー……、ちょっといいデスカ?」

 ここで徐ろに挙手したのは元『情報同盟』所属の操縦士エリートであり、先の件を経て第37に保護された亡命者兼捕虜、ノエル=メリーウィドウであった。
 逃走防止用の手錠と首輪を嵌められた黒髪眼鏡の少女はおずおずと自信なさげに口を挟む。

「どうした?特別ゲスト様。意見する前に手を挙げるのを覚えていたことは褒めておいてやる」
「アッハイ……。えーと、いまたいへんなことになってるのはわかってるんですけどぉ、ぶっちゃけもう兵士でもなんでもない囚われのわたしがなんでここによばれたのかなーって……?」

 部屋全体の空気がピリリと僅かに軋む。
 フローレイティアは溜息混じりに紫煙を吐き出すと、露骨に大きな舌打ちを放ち、正面にいた学生と不良貴族を顎で指した。
 どうやら麗しの銀髪爆乳上官は、これ以上馬鹿に向かって説明することが億劫になってしまったらしい。
 仕方なく代役を預かった二人が、まるで子供にでも言い聞かすように丁寧に、執拗に、そして冷淡に理由をノエルへと告げていく。

「それはね、インテリジェンスガール。ほんとのほんとのほんとのほんっとーに忌々しいことに、次の作戦はアンタと『サイトシーカー』を投入しなきゃいけないくらいに危険で切羽詰まっているからだよ。アンタのような本来頼りたくもない存在を利用しなくちゃままならないくらいにな」
「え"ぇ"っ!ナニソレ!?」
「そもそもてめぇらが取り扱ってたモンが厄ネタ過ぎんだよ。ブリーフィングで現場にいた俺達以外のベースゾーンの連中においそれとバカ正直に伝えられるわけねぇだろ!それに元はといえばそっちの管理不十分でこうなったことを忘れんじゃねぇ。今更無関係ですなんて絶対に言わせねぇからなこの野郎」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!ほごされれば安全だっておもってたからあなたたちに下ったわけであってぇ、いまさらちょっとかおがかわいくてスタイルばつぐんで天才なだけのかよわいノエルちゃんが役にたてるばめんなんてないってば!ほ、ほら、エリートとしてもクソザコもいいとこですし!しかも……、」

 いちいち大げさなリアクションで喚き散らす次作戦の要(双方不本意)だったが、その途中でカァンッ!と裁判官のハンマーのような威圧感を含む音が部屋全体に鳴り響いて強制的に黙らされた。
 どうやら音源はフローレイティアが手に持っていた煙管を執務デスクの角に鋭く打ち付けたかららしい。

「貴様の首のそれ、」

 不敵に佇むドSの女王様は自分の首の横、頸動脈をトントンとピアニストのような細長い指で軽く叩いた。

「正式名称は『エンゲージ・ハイロゥ』といってな、私の機嫌とスイッチ一つで貴様のku
「だああああああァァっ!ききたくない!ききたくないぃ!みなまで言わなくていいですハイっ!したがいますぅ!やらせてくださいっ!」

 以前どこかで見たようなやり取りを経て、半べそでその場に膝から崩れ落ちるノエルにデジャブを感じつつも一同が彼女を特に気の毒と思うことはない。何故ならこいつが全ての元凶の片棒を担いでいるからである。

「……それで?わたしたちのいまの最優先目標は?ぐたいてきに何をすればいいの?」
「うむ、何はともあれ援軍が呼べなければ多勢力入り乱れるこの戦場を突破するのは不可能だ。だから早急にお偉方が怯えている原因を取り除く必要がある」
「と、言いますと?」
「この北米大陸南西部に集まった31機のオブジェクトの中で最強の機体、『セリーヌ』改め適性コードネーム『ヴァニッシュラプター』を打倒する」

 その名を聞いて、約1名のせいで緩みかけていた指揮官室の空気が再び引き締められた。

 『ヴァニッシュラプター』。

 オブジェクト5機を立て続けに相手取って撃破せしめたアンノウン。
 いくらお姫様が手練といえど、『ベイビーマグナム』だけで挑むには確かに危険過ぎると断定できる強豪。
 そして何よりも今回の騒動を引き起こした謎の人物、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインなる操縦士エリートが深く関わっている。

「やっぱりやるしかないのか……この化け物を」
「ああ、何れにせよこいつを倒さない限り、私達はジワジワと嬲り殺されるのをただ待つだけ。それならば時間と物資に余裕があるうちに、こちらから出向いて直接叩く」
「そうすりゃメキシコ湾や中南米経由で増援をデリバリー可能になるっつうことか。そんで?肝心な野郎の居場所は?」
「目星はとっくに付いているから焦るな足軽上等兵。衛星写真によれば、奴はとあるポイントに6時間以上留まっているのが確認されている。どうやらそこが虎穴というわけだ」
「とあるポイント?」

 首を傾げるお姫様を余所に、フローレイティアは広げられた地図の赤く塗り潰された一点を煙管で指し示した。

「ロズウェル空軍基地跡。世界最大の航空機、及びオブジェクトの墓場よ」



『やぁ「女帝」。調子はいかがかな?』

 威厳と空虚さを同居させる男の声が、モニターから漏れる光だけが照らす薄暗い空間に響き渡る。

「こうしてあなたのこえを聞くまではわるくなかったってところね。『市長』」

 それに対するのは不機嫌さを隠そうともしない艶のある女の声だった。


 スラリとした長身と均整を失わないギリギリの黄金比を誇っている豊満なスタイルを包み込む黒の専用スーツ、ウェーブのかかった長い金髪に端正な顔立ちの女スパイ。
 そして『セリーヌ』の操縦士エリートとして核たる中心、深奥のコックピットに居座ることが許されるこの世で唯一の人物。

『まったく毎度のことながら手厳しい。嫌悪されるのは慣れているつもりだが、君ほどの有能な同志からそれを向けられるのは中々に堪えるよ。実は「島国」に伝わる何だったかな……。そうそう、ツンデレというものだったりするのではないかな?ん?』
「まだ私とよきビジネスパートナーでいたいなら無駄口をつつしみなさい。わらわない観客にジョークをとばしてもおたがいにむなしいだけでしょう」
『ハハハッ、違いない!お気に召さなかったのなら次は違うネタを振るとしよう』 

 『市長』と呼ばれる男の態度は朗らかで笑い声すら上げているのに、芝居がかった口調のおかげで微塵も楽しそうではない。
 女はこれまでの付き合いに基づく経験から、彼の台詞には何一つ本心を述べられていないことを嫌というほど理解していた。
 うんざりとするのにだって体力が要る。精神衛生を保つため、さっさと会話を進める方向へシフトしていく。

「それで?指令どおりにオブジェクトのかずはへらしたわよ。あとはれいのデータのかいせきをおえるまで待機だったはず。いまさらなんの用かしら?」
『ああ、そうだ!最初に伝えたかったのにすっかり忘れていたよ。君にとっても嬉しいニュースだ!例の「情報同盟」から得たデータについてだが、「アンナマリー」のシュミレートによると、当初の予定よりずっと早いあと三日ほどでロックを解除できるとのことだ。喜びたまえ!やや前倒し感は否めないものの、漸く我々の計画が報われる時が訪れる!』
「…………そう、あと三日で」
『おや、思いの外反応が薄いじゃないか。君が欲しがっていた自由までの刻限が早まったというのに。もしかしていざ終わりが近づいた途端、私との契約に愛着でも湧いてくれたのかな?』
「まさか。これからのよていが多少くるいそうだから、どう調整しようかかんがえていただけよ」
『ふむ、旅行を計画しているならチケットやホテルの予約を変更することをおすすめしよう。連絡は以上だ。それでは失礼するとしよう。全ては「ネバー」のために』 

 こうして最後まで大嫌いな無駄口と不快感を残して、『市長』からの通信は終了した。

「……………………」

 静寂に包まれた薄暗いコックピット。
 一人収まるアドレイドの口から、誰に聞かせるわけでもない呟きが小さく零れ落ちた。

「少々やっかいなことになったわね……」


3

─────ニューメキシコ西部ロズウェル。

 未確認飛行物体墜落事件で有名な(尤も、実際に墜落したのはかつての市街地から100km以上北西に離れた地点なのだが)この土地は、北米大陸のほぼ中央に位置している。
 そのため大陸東西の海岸にそれぞれ『本国』を構える『情報同盟』『資本企業』からの干渉を受けにくいグレーな『空白地帯』となっていた。 
 主な地形は広大な砂漠及び荒野と、点在する数少ない森林で構成されている。そして語る上で欠かせない要素といえば、

「旧時代の頃から軍事基地、核やロケットの実験場とかの施設がゴロゴロ建てられていたんだと。んで、オブジェクトが登場してからも性能を試す物騒なサーキットとして利用してきたから、民間人は今では殆ど住んでいない。避難させたのか、巻き込んで消し飛ばしたかは知らないけど」
「昔ながらの鉄と火が飛び交う遊び場っつーわけか。パンピーが居ねぇなら後腐れなくドンパチできるってことだから、それに越したことはねぇけどよ」

 今回の作戦の舞台へと赴く行軍中、軍用車両の座席にてドラゴンスレイヤーコンビはいつも通り暇潰しに駄弁っていた。当然クウェンサーは未だに運転免許を取得していないので、やることもなく暗愚な王様のように助手席に収まっている。

「『ヴァニッシュラプター』の野郎が絶賛潜伏してやがるロズウェル空軍基地跡もそういった中の一つってわけか」
「そ。正確には『だった』だけど。今あるのは打ち捨てられた廃墟と、処理に困った航空機やオブジェクトの残骸が遺棄されている碌でもない風景だけとのことだ」
「なるほど。だから『オブジェクトの墓場』なんて縁起でもねぇ名前で呼ばれてやがるのか……。おい、聞いたかお姫様にノエル!俺達もそのお仲間に加わんねぇようせいぜい気を付けようぜ!」

 不意に貴族のボンボンが手に取った通信機で声をかけたのは、彼が運転する軍用車両の前を先行する巨大な二つのシルエット。
 『ベイビーマグナム』。
 『サイトシーカー』。
 現在は後方支援や兵員輸送の車両団との距離を開き過ぎないように徐行中なので、まだ視界に収まる範囲に存在している。

『じぶんでえんぎでもないって表現しているのにどうしてデリカシーのないこと言うかな。婚約者の子にきらわれるよ』
『なんでこんなことに……。わたしそんなにわるいことしてないはず……。すべての元凶っていってもせいぜい25……20……、いや15%くらいだし……。のこりはぜんぶあの『資本企業』の女スパイのせい……。オノレ……ユルサン……ユルサンゾ……!あ、ごめん。なんか言った?』

 両者共に心頭滅却の最中だったのか、エリート娘達からの返礼は何やら不機嫌でギラギラしていた。特にノエルの方は恨み節全開モードから、シームレスでニュートラルに戻っているのが逆に恐ろしい。

「んだよ緊張を解してやろうってのにノリ悪ぃな。それと婚約者のことなら心配ねぇよ。あいつならその辺も引っ括めて愛してくれるに決まってる」
「急に惚気けるなよヘイヴィア。この前『黒軍服』のお姉様にナンパしてたの言いつけるぞ」

 即座に「ソレダケハオユルシクダサイ」と平謝りする相棒を無視して、クウェンサーは『サイトシーカー』の方に目を移す。
 その機体表面は隣に並ぶほぼ万全の『ベイビーマグナム』と比べると、全体にかけて損傷が多く目立っている。
 先の『ヘッジホッグボマー』と『ラバースキン』との戦闘後に満足な補修ができなかったのだろう。装甲は所々凹み、副砲は半分以上失われ、主砲に至っては全4門のうち一つが毟り取られて丸々喪失していた。
 オブジェクト設計士希望の学生による見立てでは、ギリギリ小破以上中破未満といったところか。

「やっぱり『ベイビーマグナム』を直すだけで手いっぱいだったか……」
『でしょでしょ!うちの「ウェブ004」ちゃんカワイソウでしょ!?』

 クウェンサーの呟きに操縦士エリートの黒髪眼鏡少女が勢い良く食い付いた。
 駆る者として愛機のこの状態にやはり不満を抱くのも当然と言えば当然か。

『そもそも、「正統王国」と「情報同盟」じゃ規格がぜんぜんちがうからむりって整備兵のおばーちゃんにバッサリきりすてられちゃってさー。予備部品をつかわないさいていげんの修復をしてくれたのはかんしゃしてるけど……。でも、ぶっちゃけどうよ?機体ボロボロ弾薬カツカツメンタルボロボロ、それでもノエルちゃんハタラカセマスカ?』
『はたらかせるよ。そうでもしなきゃかてそうにない相手なんだから』

 未だに遠回し(露骨)に作戦への不参加を表明するノエルにお姫様はきっぱりと言い放つ。そして、それ以上無駄なことは何も喋らなかった。
 もしかしたら彼女が先程から精神をピリつかせているのは、感じているからなのかもしれない。
 或いは『インドミナス』、或いは『テトラグラマトン』、或いは『フツノミタマ』のような強敵が発していた「匂い」というものを。
 それら三機と対峙した時は、いずれも十数機というで数の優位を以て囲い込み、多数の犠牲を払ってようやく討伐に至ることができた。
 流石にアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインと『ヴァニッシュラプター』にそれ程の力があるとは考えにくい。しかし短期間のうちに5機のオブジェクトと立て続けに戦闘を行い、全てを撃破したという実績を無視するには余りにも浅慮が過ぎる。
 少なくとも、特徴の薄い第一世代と壊れかけの戦闘向きではない第二世代のタッグだけで挑むには心許ないのは間違いないだろう。

(あの時に似た『嫌な予感』は、うちの部隊全員で共通みたいだな……)

 会敵する前だというのに、暑さとは違う原因でクウェンサーの額から吹き出た汗が頬を伝う。
 いつの間にか隣で運転中のヘイヴィアの表情も、普段のおちゃらけた締まりの無い顔から全く似合っていない険しいものに変貌している。

「…………………………」
「…………………………」
『…………………………』
『え?なんでみんなきゅうにだまるの?コワインデスケド……』

 杞憂であってほしい。だが、否定材料が圧倒的に足りていない。

(全ては実際に戦わなければ何もわからない、か……)

 そうしてどんよりとした重たい空気を払拭できないまま、彼らは荒野を貫きながら車輪を転がしていく。
 進めば進む程、確実視される死闘の足音が徐々に大きく、近くなっていった。それでもなお、歩みを止めることは許されない。
 そして、そして、そして、…………、

『あら、おもったよりおそかったじゃない。すこしばかり過激なおもてなしになるけれどかまわないかしら?』

 たどり着いた先に奴はいた。


4

 遥か昔に役目を終えた兵舎や格納庫に管制塔など、一つ一つが大型ショッピングモールを上回るサイズの巨大な廃墟群。
 そして数多の航空機、オブジェクト達の物言わぬ骸が所狭しと敷き詰められた滑走路。
 それらが入り組み、織り成すことで形成されるロズウェル空軍基地跡の総面積はちょっとした街にも匹敵する。
  『ヴァニッシュラプター』はその中心で仁王立ちでもするかのように、堂々と第37 機動整備大隊を待ち受けていた。

「あなたが……」
『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン……っ!』

 彼我の距離は10km程度。  
 クウェンサー達歩兵は肉眼で捕捉は出来ないが、高性能なカメラやレーダーを有するオブジェクトの恩恵により、お姫様とノエルには敵の姿がはっきりと見て取れた。

『あら、私のなまえをしっているの?だとしたらあなたたちを始末しなきゃいけない理由がはっきりとできてしまったわね』

 一方で件のアドレイドは二人のエリートから睨まれているというのに、わざわざ回線を開きっぱなしにして話しかけてくる余裕の態度。
 この『資本企業』の女スパイは敵との会話を楽しむタイプなのかもしれない。尤も、「強者の戯れとしての上から目線」を大いに含んでいる前提で成り立っているには違いないが。

「……『遅かった』?まるでわたしたちがここにくるのをさいしょからしっていたみたいだけど」
『ええ、この『宝探し』につられてやってきたおバカなエリートとオブジェクトたちのしょうさいはとうに履修済み。運よくいきのこったあなたたちがこうやってコンビをくんで強襲してくることもすべて私のてのひらの上』

 あからさまな嘲笑と嗜虐心を帯びた挑発は敵対する者達の心を波立たせ、思考に余計な燃料を焚べていく。
 だが呑み込まれるな。冷静さを失った順から女帝の顎の餌食となり、底無しの臓腑へと追い落とされるのは必定。
 そう、頭では理解している。

『ねぇ、ミリンダ=ブランディーニちゃん。あなたはじぶんでおもっているより随分ゆうめいじんよ』

 それでも、それでも、

『それととなりにいるのはたしか……、ノエルちゃんだったかしら?あなたは……フフッ、もう用はないわ。ヘタクソなダンスだったけど、それなりにたのしめたわ。どうもご苦労さま』

 物理的に何かが千切れたわけでもないのに、ブツリという音が確かに鳴ったような気がした。

『……ッ!ォあああアアアアアアッ!!』
「ノエル、ダメ!まって!」

 出会った時点で、限界などとっくに飛び越えていた。
 激情に身を駆られたノエル=メリーウィドウはお姫様の制止を振り切り、フルスロットルで怨敵への突撃を敢行する。

『おまえっ!おまえがぁっ!おまえのせいでぇっ!!』

 ノーコンならば数で補う。
 『ヴァニッシュラプター』との距離を最速で詰めながら、弾切れを気にする素振りもなく、『サイトシーカー』の主砲が次々と火を吹いた。
 空間全体を揺さぶる轟音と共に音速以上で放たれた金属砲弾のが、ターゲット食い破らんと殺到する。
 が、いずれも『ヴァニッシュラプター』が何かを光らせると同時に命中する手前で弾道があらぬ方向に逸れ、関係の無い地面や建造物を派手に吹き飛ばした。
 一体何が起こったのかは操縦士エリートにしか分からなかっただろう。

「あらかじめじぶんにあたりそうな砲弾だけをよそくして副砲ではじきとばした!?」
『射線さえよめていればいがいとかんたんよ?弾道ミサイルのげいげきといっしょで、ちょっと側面にキズをつけて空気抵抗をふやしてあげただけ』

 驚愕するお姫様を余所に、アドレイドの口調は世間話でもするかのように軽い。
 彼女にとってこの程度の「神業」は、騒ぐほどでもない「一発芸」の粋を出ないということか。

(技量の差がここまでだなんて……!「嫌な予感」がみごとてきちゅうしている!)

 本物の天才とは困難を困難と感じないまま、自分以下の大勢を置いてけぼりにして成し遂げてしまう者を指す。
 そして今、その本物の天才は目の前に敵として立ちはだかっている。
 だが、怖気づくな。進め。
 退いて得られるものなど何も無い。

(まだなにもはじまっていない。相手がどれだけつよくたって関係ない!たたかって勝つ。いつだってそうしてきた。ただそれだけ!)

 気圧されかけた一瞬前の自分を振り払い、お姫様はノエルに続いて『ヴァニッシュラプター』へと操縦桿を切る。
 数の優位を活かすには多方面から畳み掛けるのが定石。
 『サイトシーカー』の進路とは反対側に『ベイビーマグナム』を回り込ませようとしたその時だった。

 『ヴァニッシュラプター』の周囲の何もなかったはずの地面や廃墟群から、突如夥しい量の砲台が生えた。

「なっ……!?」

 バネ仕掛けのビックリ箱のように展開されたそれらは、

「オブジェクトの、副砲のスペア……!?」
『かずかずの強豪をほうむってきたあなたたちを相手にするんだもの、これくらいはよういして当然でしょう?』

 本物の天才の条件が前述のものだとするならば、本物の強者とは如何なる手段を用いても勝利を奪い去る者を指すのかもしれない。
 『ヴァニッシュラプター』を中心に据えて、オーケストラのように扇状に展開された無数の砲の先端が、女帝の領域へ無遠慮に侵入した不埒者達へと向けられていく。

『しゃらくさいっ!このていどでわたしと「ウェブ004」をとめられるとでもっ!!』

 それに対しノエル=メリーウィドウは航空機の残骸を蹴散らしながら、荒々しく吠え立てた。
 確かにオブジェクトのオニオン装甲を貫くには、同じオブジェクトの主砲クラスの火力が要求される。いくら一発で巡洋艦の腹に風穴を開け、地面に深いクレーターを穿つ副砲と言えど、多少被弾したところで大した痛手にはならない。
 しかし単発では痛手とはならなくとも、数十にも重なり続ければ効果は着実に現れる。

「ノエル、とびだしたタレットの狙いはおそらくこちらの主砲。なるべく数をへらすようにするけどおおすぎる。それまでは装甲のひょうめんでうけて」
『わかってるってば!むこうの目的はわたしたちのもつ最大火力をうばって、絶対的優位にたつこと!いしきさえしていればダメージは最小限におさえられる!』

 即興の打ち合わせ通りに対通常兵器への汎用性に優れた『ベイビーマグナム』が砲台群を次々と刈り取っていき、その隙間を縫うように『サイトシーカー』が『ヴァニッシュラプター』へと食らいつくように迫った。
 あと数秒もしないうちに、どれだけ砲撃が不得手なエリートでも確実に命中させることが可能な射程圏内へと踏み込めるだろう。

『うんうん、この状況ならそうくるわよね。でも、いいのかしら?私やまえばかりみていて』
『……ッ!?』

 一方で、トラップを突破されたアドレイドの様子はどこか楽しそうだった。
 艶を帯びた成熟した声音なのに、まるで悪戯好きの少女のようなアンバランスさで彼女は告げる。
 まだ仕掛けは全て見せてないとばかりに。

『たしかそのあたりにうめた気がするのよねぇ。地雷がわりに試作動力炉をいくつか』

 JPlevelMHD動力炉の爆発の威力は撃破時の惨状からわかるように、まともに巻き込まれれば堅牢なオブジェクトとて溶けたアイスクリームの様相へと成り果てる。先程の固定砲台とは異なり、明確に致命の一撃となる威力を発揮するだろう。ただ、

(あからさまにネタばらしするということはおそらくブラフにきまってる!でも、もしも……)

 裏の裏を読み損ねて、極低確率の「本当」を引き当ててしまったら?

『──────ッ!』

 刹那の葛藤の末、安全を優先したノエルは愛機を後退させ、石橋を叩いて渡るが如く先程まで自分のいた地面に満遍なく砲撃を浴びせる。
 が、やはり何かが起爆することは無く、視界を覆い尽くす砂塵だけが舞い上がった。
 それぞれの視界が塞がれ、しばしの膠着状態が生み出される。次に互いの姿を視認した時が仕掛けどころとなるだろう。そして、

『は?』

 いざ煙のカーテンが晴れると、50mを優に超える巨大兵器は影も形もなく消失していた。

(きえたっ!?どうして……!?)

 カメラやセンサーで索敵を行っても、反応はどこにも見られない。ノエル=メリーウィドウの脳内が「?」で埋め尽くされていくが、いつだって戦場はこちらの都合など待ってくれたりはしない。
 彼女が考察を張り巡らせたり、パニックに陥るよりも早く答え合わせの時間はやって来た。

 つまりは『サイトシーカー』のすぐ背後。
 何も無かった虚空から『ヴァニッシュラプター』が唐突に現れた。

『ここよ。やっぱりダンスがヘタクソね、あなた』

 次の瞬間、『サイトシーカー』に残った3門の主砲の一つが宙を舞った。
 灯台のように長大な砲塔が空中で回転しながら、ヒュンヒュンと空気を切り裂いていく。

「ノエル!」

 吹き飛ばされた主砲の残骸が地面に接触すると同時にお姫様は叫ぶ。
 僚機を救援せんと不意に放った下位安定式プラズマ砲が、回避挙動を取ろうとする『ヴァニッシュラプター』の装甲をわずかに抉り取る。

(……?)

 強敵に初めて「逃げの一手」を選択させ、ダメージらしいダメージを与えることには成功したが、お姫様の表情に達成感や安堵といった色は無い。寧ろ新たな疑問が湧いて出た。

(いまのいちげき、どうしてあたった?)

 咄嗟に『サイトシーカー』から引き剥がすための牽制のつもりだった。
 もちろんノエルを巻き込まないように細心の注意を払ったが、ある程度狙いが大雑把であったことは否めない。

 だが命中した。

 相当な手練であるアドレイドに対して、「たまたま運が良かっただけ」が果たして通用するものなのだろうか?

(思えばさいしょからおかしかった)

 用意できたにしろできなかったにしろ、格下相手に地雷が埋まっているなどと、わざわざ心理戦を行う意味などあるだろうか?
 できたのなら何も言わず起爆のスイッチを押し、できなかったのならそんなものに頼らずとも真正面から迎え撃てばいい。

「………………」

 仕組みは不明だが一度消えた後、隙だらけの『サイトシーカー』の背後を完全に取った際に何故主砲だけが破壊された?
 あれだけの時間的猶予があれば機体のど真ん中を撃ち抜いて、そのまま撃破することができたはず。
 単にノエルの回避が優れていた、獲物を甚振るのが趣味、くだらない慢心などという理由だけでは説明がつかない。

「……………………」

 そして、決定的な違和感を覚えたのは先程の不可解な被弾。
 お姫様の目には彼女が自ら当たりに行ったようにも見えたのだ。

(いったいどういうこと?)

 敵対する者に容赦しないかと思えば無駄であるはずの対話を好み、チャンスが訪れたとしてもそれを最大限に活用しない。

(アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン……)

 女スパイの抱える矛盾した二面性。
 果たしてその意図とは。

(あなたはなにをかくしているの?)

【ヴァニッシュラプター/Vanish Raptor】

全長…95メートル

最高速度…時速620キロ

装甲…〇.五cm厚×1200層(溶接など不純物含む)

用途…三点用途特化兵器(対人暗殺・拠点破壊・情報取集)

分類…水陸両用第二世代

運用者…『資本企業』

仕様…高静音性イオンスラスター+エアクッション式

主砲…拠点破壊用特殊榴弾専用大型レールキャノン

副砲…対人暗殺用・情報収集用ドローン射出機、小型消音コイルガン&レールガン多数、ハッキング用人工筋肉搭載型特殊ケーブル、高精度狙撃用センサーなど

コードネーム…ヴァニッシュラプター(自在に姿を消し、獰猛に敵へと襲いかかるところから。なお、『資本企業』の正式名称はセリーヌ

メインカラーリング…灰(光学迷彩搭載)


5

 ──────一方同時刻、オブジェクト3機が入り乱れる戦場の端。
 クウェンサーとヘイヴィアのドラゴンスレイヤーコンビは、麗しの爆乳銀髪上官フローレイティア=カピストラーノ少佐より「他に罠が張り巡らされていないか調査、及び破壊工作を行え」というありがたーい指令を賜り、絶賛奔走中であった。
 戦渦の中心から距離を置いているとはいえ、いつ流れ弾が降り注ぐかわからないおっかなびっくりの滑走路跡を荒っぽい運転の軍用車両が駆け抜けていく。
 彼らが通り過ぎていく傍らには一般的に空軍基地と聞いてイメージしやすい航空機のみならず、戦車や装甲車などの陸上兵器、信管や燃料を抜かれた巨大なミサイル、そしてオブジェクトの残骸が地平の果てを埋め尽くすように打ち捨てられていた。さながら産業廃棄物ならぬ軍用廃棄物と言ったところか。

「ヒュー!こんだけ人殺しのスクラップ共が並べられているともはや廃材アート美術館みてーだな。良からぬ気を起こしたコソ泥転売ヤー共がせっせと盗みに来たりとかしねぇのかこれ?」
「一応この辺は普段『資本企業』軍が管理しているらしいよ。仮に侵入できたとしても一攫千金をゲットするにはそれなりの台数のトラックや解体用の重機、それに見合った人数が必要になる。こんな無人砂漠の真ん中までにかかる燃料費や人件費とかの手間賃を考えると割に合わないって。元が軍の備品なら足も付くし」

 10秒前に通過した地点に落ちた流れ弾の衝撃にケツを叩かれつつ、適当なトークを繰り広げる馬鹿二人。
 現在彼らが目指している目的地……というより巡っていると表現した方が近い「モノ」といえば、

「主砲が無事な状態で残っているオブジェクトの残骸か……」
「あの『資本企業』のエリートが報告通りに罠を色々と仕掛けてやがるなら、撃てるように修復してるかもしれねぇって電子シュミレーター部門の連中は推測したんだろ。細工された跡が見つかんなくても、『何も無かった』っつう報告だけで可能性の一つを潰せて安心材料が増えるんだから有用には違いねぇよ。トラップ除去の流れなんて大体そんなもんだ」
「いや、それはわかるんだけどさ。もし本当に稼働してて、俺達が不用意に近づいた瞬間に発射されたら輻射熱と衝撃で棺桶に入れられない死体がそっくり二つ出来上がるんじゃ……」
「そればっかりは運次第だクソッタレ。精々お姫様とアホのノエルが野郎をそんな手段取る暇が無ぇくらいに足止めしてくれるかとっととぶっ倒してくれることを祈ろうぜ。ほら、一つ目着いたぞ」

 軍用車両から降りた二人の目の前に横たわるのは、かつてこの時代を作りし象徴の一つ、今ではただ巨大なだけの鉄の塊。

 規格外兵器オブジェクト。

 この機体の場合、球状本体が袈裟斬りにでもされたかのように斜めに両断されているが、どうやら左側面の主砲の一つは無事のようだ。早急に調査する必要がある。
 しかし、ここでオブジェクト設計士志望の学生の悪い癖が発露した。

「アカデミーの教本で見たことある。これって『バレルザキッド』じゃん!今から30年くらい前に『早撃ち王』って呼ばれて活躍した機体だよ!たしか最後はうちの『オールドパラディン』とやり合ってスッパリやられたらしいけど。まさかこんな所でお目にかかるなんて!」
「おい、クウェンサー!俺達は博物館に遊びに来たわけじゃねぇんだよ!『早漏王』だかなんだかなんて知ったこっちゃねぇから正気に戻れって!」

 何やらわかる者にはわかる歴史的価値を含む遺物に遭遇し、生粋のギーク(本人は強く否定)は鼻息を荒らげて目を輝かせながら聞いてもいないことを早口で捲し立てている。いや、どちらかというと他者のレスポンスなど期待しおらず、思考がそのまま垂れ流された独り言に過ぎないのかもしれないが。どちらにせよ大変気色が悪いことには変わらない。

 「あっちにあるのはひょっとして『サウザンドレイピア』か!?オブジェクト黎明期における名機オブ名機!鹵獲されて行方知れずになってたのにはるばるここまでようこそ!うっひょー!宝の山じゃーっ!!」
「いい加減にしやがれこの馬鹿!オブジェクトお馬鹿っ!!」

 このままでは作戦全体に支障を来す恐れがある。
 ドン引きする不良貴族は徐ろに腕を後ろへ引き、割りと本気で射出したグーで相棒を現実に引き戻して差し上げた。
 一応過酷な訓練で鍛え上げられた拳が、浮かれポンチの顔面に突き刺さる。

「ぶべぁっ!」

 頬を赤く腫らして地面に横たわるクウェンサーに、ヘイヴィアはニコニコスマイルで問いかける。その額には青筋がビキビキと脈を打っていた。

「……今俺達がやるべきことは何だ?」
「ひゃい……、生きてる主砲が無いか調べることデス。アンティークをギャラリー感覚で眺めることじゃないデス。ずびばぜんでじだ……」
「上出来だ。続きがしたけりゃ勝って生き残ってからにしろ。爆乳が許すかは知らねぇけどな」

 平和的解決方法によって絆を深めたジャガイモコンビは、改めて作戦に従事する。
 やり方は至ってシンプル。巨大兵器の成れ果ての全体や周囲を観察し、異常な点が見られないかチェックしていくだけだ。
 各種機材を用いれば、一機につき数分とかからない。

「熱源センサーに反応無し。有線コードが延びてる様子もねぇから外部から電力を供給してる線も無しっと」
「マイクロ波とかで無線送電ってやり方もあるけど、それならとっくにこんな距離にいる俺達は茹で上がっているだろうからやっぱりただの死体か。次に行こう」

 こうして幾つかの残骸を洗ってみたものの、いずれも懸念していたような事態に繋がる痕跡は見られなかった。
 自分達を脅かすと推測していた存在が杞憂だったことを作戦本部に報告し終えた二人は、束の間の休息を享受する。

「一先ずは俺達が担当のエリアはこんなものか。なぁヘイヴィア、お姫様達は今のところどうだって?」
「敵さんのステルスニンジャ戦法に苦戦してるみてぇだが、なんとかやり合えてるってよ。さっきからうるせぇくらいに続いてやがるドンパチの音が途切れてねぇから、そいつがまだ生きてる証拠になるってわけだ」

 ヘイヴィアの言うとおり、戦場の中心地と見られる地点からは断続的に爆音が轟き、何条もの太い光線の柱が立ち昇っている。
 それぞれ音の質や光線の色合いが異なる3種類なので、『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』は健在と見ていいだろう。
 戦闘開始前は『ヴァニッシュラプター』の戦歴を知って戦々恐々としていたが、どうやら一方的な虐殺にはなっていない。少なくとも「勝負」自体は成立している。

「よかった……。となるとこれからどうするかだよな」
「ベースゾーンに戻るって選択が真っ先に浮かばねぇあたり、社畜根性が染み付いてんぜ。素直に楽な道に進んでもやるべきことはやったんだから誰も怒りゃしねぇよ。第一、あのデカブツ共に近づいたからって俺達に何ができるってんだ」
「そりゃあ、そうだけどさぁ……」

 確かに課されたノルマは達成している。自らの命を危険に晒してまでこれ以上の無茶はしなくてもいい。
 だが今この瞬間も強敵とぶつかり合っているお姫様、ついでにノエルを置いて何もせずに立ち去るのはどこか気が引けた。

「結局足手まといにしかならない、か……」

 己の無力さを痛感し、モヤシ野郎は特に意味も無く天を仰ぐ。
 視界に映るのは黒煙で汚された空と時折煌めく閃光。そして、

「ん?」

 空中に浮かぶ黒いナニカ。

(何だ……アレ?)

 鳥や昆虫、コウモリなどではない。この地に生息する生物は皆、オブジェクトが放つ危険な存在感を野生の勘で感じ取りとっくの昔に逃げ出している。
 何よりこの惑星に息づく生き物の中であれだけ細かくホバリングを繰り返したり、鋭角に三次元的な方向転換が可能な生命体などクウェンサーの有する知識の中には存在しない。

「なぁ、ヘイヴィア。ちょっと見てほしい物があるんだけど。あそこの空を飛んでるやつ」
「あん?風に舞い上げられたブラジャーでも見つけたか?」

 相棒の突然の催促に不良貴族は怪訝そうな表情を浮かべながらも、指し示された方向へ視線を投げ掛けた。
 そこに浮かんでいたのは4枚のローターによって揚力と推力を得る複合素材の塊。即ち、

「うちの大隊で採用しているドローンってあんなデザインだっけ?」

 言い終わると同時だった。
 前の瞬間まで掴みどころ無く飛行していたはずの所在不明の無人兵器が、獲物を仕留めんとする猛禽類のように突如こちらを目指して急降下を敢行してきた。

「うわぁっ!こっち来る!」
「カメラのレンズとてめぇの目がバッチリ合ったからだろうが余計なことしやがって!危ねぇから物陰にでも隠れてろ!」

 クウェンサーが完全に退避するのを待たずにヘイヴィアは背負っていたアサルトライフルの安全装置を外し、ドローンに向けて鉛玉を乱射する。

「クソ、全っ然当たりゃしねぇ!」

 しかし直線的で軌道が読みやすい飛行機のラジコンとは異なり、変則的に空中で自在に動き回るドローンに対してはすこぶる命中率が悪かった。時折火花は散らせても墜落させるまでには至らない。
 生物ならば頭部などの明確な急所を撃ち抜いて終わりだが、機械はどこに何発当てれば停止するというセオリーが存在しないのだ。そもそも柔らかいタンパク質でできた皮膚とカーボンや強化プラスチック製の外装フレームでは耐久性がまるで違う。

(銃器は搭載されてない!?突っ込んで自爆するタイプか!?お誂え向きにアームで得体の知れねぇ「箱」か何かを抱えてやがる!)

 接近を、許す。

「もういいヘイヴィア、逃げろっ!」

 クウェンサーの呼びかけに反応し、ヘイヴィアは撃墜を諦めて声の方へと踵を返そうとする。だが判断するのが数秒遅かった。
 ドローンが積載していた「箱」が投下される。
 地面に落ちても慣性に従って勢い良く転がるそれは熟練のプロゴルファーのような精度で、今まさに合流しようとした彼らのちょうど真ん中の地点で正確にピタリと止まった。
 片手に収まるちっぽけなサイズであったが、タマゴ程の質量の手榴弾でさえ人間の命を奪うには事足りる。

「「やばっ……!」」

 そして──────、


6

 5秒……、10秒……。
 無傷でやり過ごすというよりは、被害を最小限に留めて己の生命だけは守る。
 そんな意味合いで反射的に頭部を両腕で保護しながら腹ばいになって伏せる二人だったが、いつまで経っても予想していたような派手な爆発や有害な気体が彼らに襲いかかって来る気配はない。

「何も……起こらない……?」
「……みてぇだな」

  恐る恐る立ち上がって、脅威と見做していた物体に目を向けてみる。
 そこにあったのは六面に展開された「箱」だった容れ物とその中身であろう数枚の折り畳まれたメモ用紙、そしてもう一つ。

「フラッシュメモリ……?」

 今にもそよ風に吹き飛ばされそうな頼りない重量の紙切れとせいぜい切手程の大きさのプラスチックの塊。
 どちらも明らかに直接自分達に危害を加える目的のアイテムではない。

(これってもしかして……)

 確信に似た予感と好奇心に突き動かされたクウェンサーはゆっくりと謎の郵便物に近づき、なるべく刺激しないようそっと手に取ってみる。
 警戒心もへったくれもない悪友の突然の行動に、ヘイヴィアは思わず素っ頓狂な声を上げる羽目となった。

「ゔおぉぉいバッカてめっ、下手に触んなっ!いいからそんなモン放ってさっさとズラかるぞ!一機に見つかったっつうことは、いつスズメバチの大群みてぇに仲間を呼んで押し寄せて来てもおかしくねぇ!」

 しかし至極真っ当なツッコミと撤退の忠言を受けても、『箱』の『中身』にご執心のギークはどこ吹く風。様々な角度から注視したり、軽く振ったりと弄んでいる有様だった。完全に悪い癖その2が発動してしまっている。
 小心者の不良貴族がもう一度友情のグーをお見舞いするか置き去りにして一人で逃げるかの最後の選択に迫られる直前になって漸く、長考を終えたモヤシ野郎は何かに納得した様子で導き出した結論を告げた。

「多分大丈夫。デリバリーされた物品自体はおそらく安全だ。第一本当に俺達を殺したかったなら、機銃なり液化爆薬なりを積んで上空からばら撒けば楽勝だった。だがそんなことはしないで、ただこれだけを置いて去って行った。わかるか?こいつは何かのサインだ」
「サインだぁ?どこのどいつが何の為に?」
「答えはこのメモ帳に書いてある」
「あん?」

 クウェンサーの勿体ぶった態度に苛ついているせいか、ヘイヴィアは差し出された数枚の紙切れをやや乱暴に受け取ってメッセージに目を通す。ありふれた手帳サイズのそれには、何故か甘い香りのする口紅で文字が描かれていた。

『拝啓 ドラゴンスレイヤーコンビへ』

『まず始めに、罠を承知でこのでメッセージを手に取ってくれたことに深く感謝する』

『現在私はとある人物に監視され、命を握られている。そのためこのようなアプローチをかけさせてもらった』

『私からの伝えたいことは3つ。まず最初に何も言わず全力で「セリーヌ」を倒してほしい。私もエリート同士にしかわからない程度に手を抜くが、疑われないためには「奮戦した末の死亡」という結果が必要なので一方的にならないよう応戦はさせてもらう』

『次に「ウェブ004」の破壊。あれはこの世界にいてはならないオブジェクト。存在するだけで新たな戦争の火種を呼ぶ。バックアップや後継機を設けられる可能性を完全に断たせてもらう。悪く思わないでほしい。なお、ノエル=メリーウィドウの生命は保証するので安心されたし』

『最後にフラッシュメモリの中身について。一度挿したら時間経過でデータがクラッシュする仕掛けを施してある。誰にも明かさずにベースゾーンの上官に渡せ』

『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン』

 まさかまさかの送り主は、現在進行系で敵対しているはずの女スパイだった。今だって砲撃が地形を変え、レーザーが空気を焼く殺し合いの音が絶えず遠くから聞こえてくる。
 読了し終えたヘイヴィアは、信じられないとばかりに自らの手で口を覆わずにはいられなかった。

「おいおい、マジかよ……」
「ああ、俺だって完全に受け止め切れていない。何なら今でも罠の可能性の方が高いと踏んでいるくらいだ」
「だよな。寧ろそうであった方が楽かもしれねぇなこりゃ」
「だがやっぱりこんな凝った真似をする意味を無視するにはまだ早いとも思ってはいる」

 考察の時間だ。
 いつも通りクウェンサーがアクセル、ヘイヴィアがブレーキとなって、得た情報から仮説を立てていく。

「なぁ、部隊全体の油断を誘うために手当たり次第に歩兵達に同じメッセージを飛ばしてるって線は?俺達は偶々その中の一つを拾ったとか」
「『ドラゴンスレイヤーコンビ』って明確に名指しされてんのに?あの女は明らかに俺達のことを知ってやがる。だからピンポイントで狙って来たんだろ。試しにミョンリ辺りに連絡してみるか?どうせ『何ですかそれ?』って返ってくるのがオチだぜ」
「いや、確かに時間の無駄だろうな。有象無象の歩兵をどうこうしたからってオブジェクト同士の戦いに影響するわけがないし、そもそも眼中に入れる必要すらない」

 ならばもう一つ。正体不明のアンノウンの方はどうだろうか。

「じゃあ、フラッシュメモリを持ち帰らせてサイバー攻撃に使わせるとか?」
「そいつを行うには得体の知れねぇ記録媒体を拾って、よく調べもせずに機密情報がたっぷり詰まったパソコンにブチ込むっつう愚行を挟む必要がある。そこまで底抜けのアホだとおちょくられてんなら戦争をする理由が一つ増えちまうな」
「うーん、まいったなぁ。まだ情報が足りないか……」

 送り主であるアドレイド本人の意向を聞き出せない以上、明確な答えを出すことはできない。
 だが彼女という人間を理解し、パーソナリティを浮き彫りにすることで正解に限りなく近づくことはできる。
 その為には、

「もしもしエリート娘共。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 直接対象と対峙している人物に聞くのが手っ取り早い。
 馬鹿二人で延々と悩んでも進展しないなら、更なる情報源に頼るのが吉。そもそも操縦士エリート含めて、大隊という一つのチームなのだから。

『なに、クウェンサー?いまちょっと切羽つまっているんだけど』
『あわばばばばばば!さっきからなんでわたしばっかり集中砲火するのー!?マジやめろこんにゃろー!!……というかんじだからしつもんなら手短にぃ!』

 焦りや苛立ちを含んだ返答が返って来たが、どうやら彼女達は未だに健在のようだ。
 安心する一方、この時点でクウェンサーは違和感を感じていた。

 二人には通信に応じる余裕が存在している。

 『ヴァニッシュラプター』は一分の隙すら晒すことが命取りとなる強敵だ。指揮官のフローレイティアはともかく、下っ端でしかない自分の戯言を聞いてる暇など本来なら生まれるだろうか?
 それにそもそも戦闘が始まって何十分が経過した?短時間で容赦無くオブジェクト5機を葬った悪魔が万全でない『サイトシーカー』、それもエリートとして実力的には優秀と言い難いノエル=メリーウィドウをこれ程の長時間仕留め切れないものなのだろうか?
 次々と湧く疑念を一旦飲み込んで、クウェンサーは単刀直入に問いかける。

「ぶっちゃけさぁ、二人共戦ってみてどう?『ヴァニッシュラプター』、それとアドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン」

 学生からの質問に対して、最初に答えたのはノエルだった。もはや聞き慣れた落ち着きの無い調子で彼女は早口で捲し立てる。

『めちゃつよだしいじめてくるからきらいっ!なんど死にそうになったことかぁ!ゔうぇっ!ほらまたかすったし!もうやだー!!あっちいけあっちいけぇ!』
「そ、そうか。後はお姫様と話すから戦闘に集中してくれ。邪魔して悪かった」

 メッセージの内容通りに優先的に狙われているという情報は参考になったが、残念ながらそれ以外はあまり情報として役に立ちそうにない。
 自分がきっかけとなって操縦を誤り、大破でもされたら流石に気の毒なので一旦黒髪眼鏡少女との通信は切り上げる。
 当てにするは本命のもう一人。アドレイドと相対的に実力が近く、数々の強豪オブジェクトと矛を交えた経験を持つお姫様の意見だ。

「で、お姫様はどうだ?直感でもなんとなくでもいいからさ」
『……しょうじきに言うと、おもっていたよりもてごわくない。もちろんゆだんはできないけど、いがいとなんとかなってしまっている。なんていうかその……たぶん」

 心底屈辱といった口調でお姫様は言葉を絞り出す。理由は負けず嫌いな彼女が最も癪に障る行為を働かれているせいだろう。つまり、

『手加減されているとおもう』

 クウェンサーは自らの脳内で歯車がカチリと嵌ったような音を確かに聞いた。

「そうか」

 一見意味不明な贈り物、不可解なメッセージ、不自然なくらい長時間に及ぶ戦闘、そしてノエルとお姫様による生の所感。
 バラバラだったパズルのピースが揃っていき、結論という全体図の輪郭がぼんやりながらも浮かび上がって来た。しかしよりはっきりとしたものを導き出し、これからの指針を決めるにはまだ根を詰める必要があるだろう。

「ちょうど俺達もそう思ってたところだ。だからもう少しだけ話を聞いてほしい。まず最初にさっき拾った物についてなんだが……」


7

「──────というわけなんだけど」

 ざっくりとではあるものの、お姫様に自分達が遭遇した出来事と抱え込んだ事情を説明し終える。尤も予想していた範囲内を出なかったせいか、無表情ガールのリアクションは『へぇ』や『そうなんだ』といった淡白なものばかりであった。そこはジャガイモコンビ的にはちょっとでもいいから驚いてほしかったのはナイショである。

「それで、だ」

 クウェンサーがわざとらしく台詞を一拍区切る。会話の流れを新たな方向へ転換させようとする合図だ。

「これからどうする?メッセージに従うなら『サイトシーカー』がやられたのを見計らって、『ヴァニッシュラプター』を叩くっていうのがセオリー通りだけど」

 『ベイビーマグナム』の優先度は低く設定されているとはいえ、このように悠長に戦闘の片手間に相談する暇があるのもアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインの計らいのおかげなのだろうか。
 掌の上で踊らされている感があって気に入らないが、今は勝利のために必要な時間だ。利用し合うのはお互い様。足元を掬われない範囲で乗ってやるほかはない。
 しかしその前に、

『ちょっとまって、ノエルをこのはなしあいにまぜなくていいの?』

 お姫様が話を遮った。

 ノエル=メリーウィドウ。

 先程通信からフェードアウトした女スパイからのメッセージにおいてキーパーソンとなる少女。
 定石に寄るならば要となる彼女にも参加してもらい、全てを伝えた上で共に実行に移して然るべきではあるのだが。……だが。

「あぁ、うん……」
「そのことについてなんだけどよ……」
『?』

 学生と貴族はどこか歯切れが悪そうに何かを言い淀む。いつもの鬱陶しいくらいの饒舌さはどこへやらといった様子だ。
 サービスタイムをアドレイドから与えられているとはいえ、無駄に使っていいものではない。如何にも仕方がないといった風にクウェンサーが口火を切る。

「……ノエルにはさ、何も明かさない方が良いんじゃない?」
『………………………………なんで?』

 一見すると明らかに無責任でいい加減な提案。
 これを受けたお姫様の第一声が否定や非難ではなく、速やかな納得の優先であったことは二人にとってはありがたかった。流石は感情よりも合理性を優先できるエリートといったところか。

「いやだってさぁ、ノエルにとってアドレイドは『情報同盟』での地位や信用をまるごと奪った怨敵そのものだろ?そんな奴から更に『負けてあげるからみちづれにあなたの愛機こわすけどゆるしてね♥てへペロ』なんて要求を伝えたとしても、『ふざけんなこのやろー!ぶっころーす!』って一蹴されるのがオチでしょ」
「やること自体は変わらねぇんだ。向こうの負けたい理由は知らねぇが、とにかくこっちは全力を尽くして『ヴァニッシュラプター』を撃破する。そんだけだ。下手に火に油を注いであのアホ眼鏡の暴走を招くくらいなら、いっそ何も知らせずに泳がせといた方が吉なんじゃねぇかってな。それにアドレイド曰く、『サイトシーカー』をぶっ壊しても、ノエルの命自体は保証してくれるみてぇだしよ」

 身も蓋もない表現をするならば、「強大な敵よりも、ちゃらんぽらんな味方の方が厄介理論」であった。
 古来から戦における常識ではあるのだが、余りにもあんまりなジャガイモコンビの提案に対しお姫様は、

『それもそうだね。わかった』

 あっさりと承諾した。

「「え!?いいのっ!?」」
『うん』

 前提として彼ら三人とノエルは別に仲良しグループのお友達同士というわけではない。そもそも出会ってから24時間程度しか経っておらず、それ以前は敵だった。
 暫定的な同盟を結んでいる現在でも作戦を遂行する上での障害となったり、組むメリットが無くなれば元の関係に戻ることに変わりはない。この辺りのある種根底にあるドライな価値観は、戦地派遣留学生のクウェンサーも含めて軍に属する者らしいと言える。流石にお姫様が二つ返事で即答するとまでは想定していなかったが。

『わたしたちがだまっていれば、「ヴァニッシュラプター」に勝ててノエルはたすかる。それでぜんぶまるくおさまるならいいと思う。厄ネタまみれの「サイトシーカー」の処遇については、はかいしたほうがいいっていうのはおおむね同意見だし』
「了承してくれて助かるよ。もちろんフローレイティアさんを通す必要があるけどね」

 ここで漸く一区切り。まだまだ話し合いは終わらない。
 「方針」を定めたならば、必然的に次の議題は「手段」についてとなる。

『じゃあどうやって「ヴァニッシュラプター」をたおすかなんだけど……』
「単に負けてぇなら無抵抗で撃ち抜かれるどころか、もっとお手軽にコックピットの中でてめぇで勝手に額を撃ち抜けばいいのにわざわざオブジェクト戦にこだわってやがるのが引っかかるな」
「お客さんのオーダーは『奮戦した末の死亡』だ。わかりやすすぎるミスや隙はそう晒してくれないだろうな」

 八百長や接待プレイというのは難しい。
 目の肥えた観客を騙し切り、望んだ結果へ誘導するように選手同士で場面ごとでの細かい調整やアドリブが求められる。
 ましてや今回のケースにおいては、ノエルという予測不能なイレギュラーが介入するのだ。

 「なるべく自然に、違和感を感じさせず」。

 その道筋が困難を極めることは想像に難くない。

「お姫様、アドレイドのエリートとしての技量の高さは一旦置いといてさ。結局『ヴァニッシュラプター』の機能のうち何が厄介だ?そいつを封じ込めるようアプローチしてみたいんだけど」
『うーん……』

 お姫様は一瞬の刹那の間で、これまでの戦闘を脳内で振り返る。

 奴の最大の特徴とは何か?
 静音と高機動を両立する足回り。否。
 広範囲を破壊する榴弾を放つ主砲。否。
 戦闘を多角的に補助する無数のドローン群。否。

 どれも違う。ならばやはりその名に由来する──────、

『光学迷彩、かな。あれのせいでせめとまもりのどっちも捉えにくくなってる』
「なるほど光学迷彩……。うゔぁー、ちょくちょく搭載している機体は見かけたけど着実に実用化されつつあるなぁ……」
『クウェンサー?』

 通信機を握る学生は目を細めてどこか遠くを見ていた。少なくとも、今の彼の視界に映るものに向けられてはいない。
 設計士希望としては未知の技術が生み出されるのは研究対象が増えて喜ばしいことなのだが、同時に自分で開発したかった分野を先に切り拓かれるのはそれはそれとしてもやもやするのだ。何事においても「先駆者」というワードは耽美な魅力を放ち、ましてや最初の一口ともなれば一際甘い。
 悔しさやその他諸々でギーク野郎は少しの間使い物にならないので、代わりに隣のヘイヴィアが応答を務める。

「オブジェクト馬鹿はほっとけ。どうせ直ぐに復活する。それよりも透明になるつっても色々あんだろ。まさか完全にスケスケの透明になって、レーダーやセンサーにすら反応しねぇデタラメな代物だったりすんのか?」
『ううん、そこまでじゃない。レーダーとかの計器のはんのうがうすぼんやりとするていど。でも視覚からはかんぜんにきえちゃって、カメラにうつらないってかんじ。エネルギーをおおくつかうのか持続時間は30びょうくらい』
「そいつは大変めんどくせぇなクソッタレめ」

 光学迷彩は人間が情報を得る上で最大の感覚器官である目を欺き、奇襲や回避に極悪なアドバンテージを発揮する。
 いくら優れたエリートだったとしても、ずっと目を凝らしてレーダーを注視するだけでは『ヴァニッシュラプター』からの攻撃に対応するのは困難だろう。現に手加減モードであっても、手練のお姫様は苦戦を強いられている。
 色々と制限は有るようだが強力な機能には間違いない。なので具体的な仕組みと攻略法は、この場で一番詳しい者に聞くとする。

「おいクウェンサー!てめぇのことだから、野郎が消えるカラクリに大体の見当は付いてんだろ?寛大な俺様がいつものやつに付き合ってやるってんだ。さっさと話しやがれ!」
「『いつものやつ』って言われるとやる気削がれるんですけど……まぁいいや。まず軍関係で『見えなくなる』って聞くと何を思い浮かべる?」
「あん?そりゃお前……」

 ヘイヴィアは自身の眼前に立ち並ぶ「兵器」へ無造作に眼差しを向けながら吐き捨てる。

「ステルス戦闘機だろ。だが航空機のステルス性ってのは機体の面積を薄く最小限にして、レーダーが飛ばす電波を散らすように全体を緻密に角ばらせることで始めて成り立つもんだ。デカくてまんまるなオブジェクトに同じことやらせようったって不可能に決まってんだろ」
『じゃあ、電波をきゅうしゅうするそざいでできてるとか?』
「RAMのこと?多少は使われているとは思うけど、単体そのものでは実はあんまり効果は高くないんだよ。そもそもお値段や維持費が高すぎて、費用対効果に釣り合わないだろうな。お金にうるさい『資本企業』なら尚更だ」
「自分で催促しておいてなんだがやっぱイラついてきやがった。もういいから正解吐け」
「ギブアップ早っ!まぁ勿体ぶって長引かせる理由は特に無いか」

 斯くして答え合わせの時間はやって来る。
 クウェンサーは歌うような軽い調子で、誰もが良く知る生物の名を羅列した。

「カエル、イカ、カメレオンだよ」


8

 一方その頃──────。
 『正統王国』軍からは『ヴァニッシュラプター』と呼称されているオブジェクト、『セリーヌ』のコックピット内にて。

「やだ、私ちょっとつよすぎかしら」

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインは物騒な規格外兵器を駆りながら、緊張感の無い声で自画自賛を気怠げに呟いていた。
 現在彼女はとある人物の監視下に置かれ、同時に生殺与奪の権限を握られている。
 具体的に記すと叛意を察知された場合、操縦士エリートである彼女よりも高い優先度の自爆コードが遠隔で入力されるというものだ。

(それにくわえて……)

 アドレイドは自身の身体の一部分に目を向ける。視線の先にあるのは、大胆に前が開いたライダースーツ風のエリート専用スーツから覗く豊満な胸元。その扇情的かつきめ細かな美しい肌の表面を縦断するように、5cm程の小さな縫い跡が無粋に奔っていた。
 こちらには黒幕であるどこかの誰かさんがスイッチを押せば、迅速に彼女の生命活動を停止させる装置が埋め込まれている。おまけに直接確かめたわけでは無いが、十中八九盗聴機能が付いているだろう。

 二重の裏切り防止策。

 双方が女スパイ縛る鎖と首輪であった。

(たかすぎるひょうかはおそれに転じるという好例ね。『アルカナ』の構成員や『第2位』であることなんてべつにほこれるほどすばらしいかたがきでもないというのに)

 かといって今の『雇用主』は「一身上の都合で辞めさせていただきます。お世話になりました」が素直に通じる相手でもない。
 反逆へと転じるには「従っているフリ」をしつつ、裏をかいて拘束を破る必要がある。のだが、

(まずいわね。タイムリミットがちかい)

 意図的に敗北を喫するために仕留められるタイミングで止めを刺さない、わざと攻撃に当たるなどの自分にとって不利な戦闘行動をしてきたつもりではあった。しかし戦闘が予想以上に長引いているせいで、そろそろ誤魔化しが効かなくなって来ている。グラスを片手に安全圏から戦場を俯瞰しているであろう黒幕に不審がられるのは時間の問題だろう。
 考えられる要因としては二つ。
 ・優先的に狙っている『ウェブ004』の予想外の健闘。
 ・『セリーヌ』の光学迷彩に手間取っている。
 前者は操縦士エリートのノエル=メリーウィドウの生命を奪わないように機体へ一撃で致命傷を与えるような砲撃は避けて、ジワジワとダメージを蓄積させるような戦法を取ったのが仇となった。彼女の能力が回避に優れていることが災いし、『ウェブ004』は機体の各所が毟り取られた中破状態にありながらもあと数手が及ばない。

(おこってはいるけど、うごきはわりとクレバーね。やろうとおもえばうまく踊れるじゃない)

 後者については手を抜きながらにしても、光学迷彩が如何せん強過ぎた。
 高速鉄道すら凌駕する速度を保ちながら格闘技のようなフットワークを行うオブジェクト同士の戦闘で、「見えなくなる」という特性は前述した通り大きなアドバンテージとなる。
 攻めにおいては身を隠して死角から一方的に砲撃を叩き込み、守りでは追い詰められたとしても敵の視界から消失して直ぐ様仕切り直しに持ち込めてしまう。

 高い技量と強力な機能。

 当たり前過ぎるくらいに単純な足し算の暴力でアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインはこれまで幾つもの勝利を重ねて来た。
 弱小オブジェクトを相手取るならともかく、何度も世界を滅ぼしかねない怪物達と渡り合って生還して来た『ベイビーマグナム』に対して自身の最大の武器を出し惜しみするのは誰が見ても不自然に写るのは必至。
 そのため「光学迷彩を使わない」という選択は取れず、真正面から攻略された上で撃破されなければ黒幕を欺くことは叶わない。

(どんなオブジェクトも打破できるジョーカーとしてドラゴンスレイヤーコンビにこえをかけたのだけれど)

 残された時間は少ない。
 抱いている「計画」を完遂するための協力者として彼らに期待を寄せていたが、このままでは裏切りを懸念した黒幕によって『緊急措置』が取られてしまう。
 自分が死ぬこと自体は別に構わない。
 しかし、それは黒幕に繋がる細い糸と迫っている危機を伝えられる存在の断絶を意味している。その後に待っているのは『ウェブ004』の持つ機密情報の全てを掌握された碌でもない世界の暁だ。

(この北米大陸南西部にあつまったほかのオブジェクトたちではダメだった。他力本願すぎてあきれるけどあなたたちがさいごのきぼう。このきかいをのがしたらもうあとがない)

 祈るように操縦桿を強く握り込む。
 その直後だった。
 『セリーヌ』の装甲表面に火花が散り、コックピットが小さく揺れた。

(…………!)

 驚声を上げる失態は犯さなかったが、アドレイドの目が一瞬だけ大きく見開かれた。
 愛機がダメージを負ったからではない。先程から決定的な一撃にまで届かなかっただけで、故意に当たりに行ったものも含めて被弾による損傷自体はありふれていた。
 問題はそのタイミング。

 初めて光学迷彩の使用中に砲撃が命中した。

 せいぜい牽制に用いられる副砲によるものであったが、一度きりのまぐれではない。相対する2機の砲口が正確にこちらを追って、二、三と次々に数を積み上げていく。
 もはや可視状態とそれ程遜色は無い。つまりは光学迷彩が破られつつある証拠だ。

(フフッ……)

 女スパイが口角をゆっくりと、そして獰猛に釣り上げる。
 漸く状況打開の新しい風が吹いたのだ。あらゆる自由を奪われたとしても、この期待に満ちた笑顔だけは渡さない。渡してなるものか。

(やっと「解明」してくれたみたいね。スロースターターのおねぼうさんたち……!さぁ、ごじまんのちえとゆうきをもって全身全霊で私と『セリーヌ』をたおしてみせなさい!)

 八百長、マッチポンプ、やらせ、茶番、予定調和、……。
 どう言われようと構わない。
 逆転劇の幕は上がった。
 クライマックスはここからだ。


9

 時は数分前まで遡る。

 カエル、イカ、カメレオン。
 これら3つの生物に共通する要素。つまりは、

『ほごしょく?』
「正解だお姫様。『ヴァニッシュラプター』の光学迷彩の正体、それはフィクションでよくある光の屈折を弄るだのこちらのカメラやセンサーにサイバー攻撃を仕掛けて干渉したわけでもない。自然界でよく目にする性質を擬似的に再現したものに過ぎなかった。やつは本当にガラスみたいに無色透明になったんじゃない。自身の装甲をスクリーンにして背景に溶け込んでいたんだ」

 保護色。
 自然界において生物が自身の体表を背景と同系色にして成し得るカモフラージュ。その主な目的は身を隠すことで獲物を待ち伏せしたり、天敵の目を欺いて逃れるのに用いられる。
 変わったところでは求愛などにも使われるそうだが、既知のとおり今回のケースはシンプルに「擬態」だろう。

「保護色による擬態は戦闘機のステルスとは真逆で、表面の立体感が無い影を生み出しにくいのっぺりとしていた方が精度が上がるんだ。その点オブジェクトは球体だから相性はこっちのほうが断然良い」
「なるほどな。じゃあやつはどうやってコロコロと色を変えてやがる?磁力でカラフルな砂鉄でも制御してんのか?前にやり合った『ロックンロール』みてぇに。いや、光の三原色さえ抑えときゃ大抵のカラーリングは出力できるか」
「その方式は最初に思いついたけど周囲の状況を鑑みてすぐ諦めた。こんな廃棄された鉄屑だらけのフィールドで磁力を操作なんてそもそもできっこない。機体のあちこちにスクラップがくっついて擬態の意味が無くなる」
「じゃあ何だってんだよ。マジでカメレオンやイカみてぇにリアルタイムで違和感を感じさせずにセルフプロジェクションマッピングしてやがるってのか?」

 ヘイヴィアは反射的にそれっぽい回答を嘯いたつもりだったのだろう。実際に本気ではなかった。
 しかしクウェンサーはパチンッと指を打ち鳴らして小気味の良い音を響かせる。どうやら当てずっぽう本当に命中してしまったらしい。

「お、珍しくなかなか冴えてるな。まさかヘイヴィアに正解を当てられる日が来るとはな。もしかして俺の枕の下に隠してある科学雑誌見た?」
「え?マジで当たり?サウナでクイズ番組見てるおっさん気分でてきとーに呟いたつもりだったんだがよ……。それと俺様に野郎のベッドを漁る趣味はねぇよ!そもそも隠すならムフフ本を隠せ非健全青少年!逆にキモいわ!」
『ムフフ本……てなに?』
「はいはい!変な方向へ飛び火し始めたから一旦この話題終わり!俺はキモくないし、そういう本を隠す時は「黒軍服」のお姉さん達にバレないようもっと巧妙な場所に隠します。以上。話を戻すぞ!いいね?戻すったら戻すの!!」

 最初に枕元がどうたらこうたら発言した元凶が早口とオーバーリアクション気味な身振り手振りで強引に時間を巻き戻す。男子の花園についての詳細は純粋な小動物系少女にはまだ少し早い。いや、永遠に知らなくていい。

「えーとどこまで話したっけ?」
『光学迷彩のしょうたいがプロジェクションマッピング』
「ありがとうお姫様。カメレオンの体色変化については簡単にザックリとだけど、虹色素胞っていう細胞が受けた光を瞬時に反射・調整することで起こしている。そんで『ヴァニッシュラプター』はこれを光受容ナノ結晶で科学的に再現して装甲表面に貼り付けてるんじゃないかと思う。あれだけの表面積に反映させるためのコストやエネルギーを考えたらゾッとするけどね」
「いや、ちょっと待てよ」

 ここでブレーキ役としてヘイヴィアが黄色信号を出した。疑問を全て拭い去り、攻略法を打ち立てて初めてアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインと同じ土俵には立てない。横槍が仮説を補強する作用に成り得ることだってある。

「カラクリは大体わかった。だが、そりゃ枝に止まりっ放しでじっとしてるカメレオンだから通じる話だろ?新兵訓練で教わったアンブッシュ、暑苦しいことこの上ないギリースーツ着ての擬態の基本は動かねぇことだ。高速でビュンビュン飛ばしてるオブジェクトにそんな真似できんのか?しかも『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』の別々の方向からの視線に野郎は晒されてるんだぜ」
『わたしもきになってた。「ヴァニッシュラプター」はどうやって「見る側の視点」を得ているの?』
「それなら簡単。特にヘイヴィア、お前は既に直接遭遇しているはずだぞ。ちょっと考えればすぐにわかる」

 学生に促され、不良貴族は顎に手を添えて目を細める。そしてきっかり3秒を経て、心当たりへと辿り着く。否、正確には短い思案に耽る前から彼の視界にそれは写り込んでいた。

「ドローンか」
「グッド。やつの飛ばすドローン達が『耳目』だ。取り付けられたカメラで戦場を俯瞰したデータを素に、限りなく『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』の2機から見た視点に近い角度を割り出している。見つけ次第、片っ端から撃ち落とせばそれだけ精度は落ちるはず。第一世代だから得意だろ?」
『オッケー。ドローン……。なんだかいっぱいとばしてたけど、直接こうげきしてこないしあんまりよゆうがなかったから優先度をひくくしてた。失念』

 自らの見落としに、お姫様はややしょぼくれた声を発する。
 しかし今回はアドレイドの技量の高さと心理の隙間を突く巧みさを素直に認めて、強がりでも構わずに前へ進むしかないだろう。手加減しているとはいえ「それほどの相手」だった。
 反省会なら後でいい。クウェンサーは不敵な笑みを浮かべて、少女に発破をかけ直す。

「なーにまだ巻き返せるさ。お姫様、照明弾に採光弾、暴徒鎮圧用のスタングレネードに余裕はあるか?」
『このさばくにきて一回もつかってないからたっぷりと。でも、なにつかうの?』
「それはあとで説明する。おっと、光学迷彩についてはノエルと共有しとかなきゃな。ついでにどうにかしてアドレイドともコンタクトを取りたい。あの女スパイの真意が知れるとは思わないけど、ある程度の打ち合わせは必要になる」
『コンタクトっていってもどうする?通話やチャットはログがのこるから、たぶんむこうにとってNGだとおもうけど』
「だったら電子的な手段は取らなければいい。こればかりは彼女が気づいてくれるかどうかの賭けだがやってみる価値は十分有る。どうせオブジェクトとばかり戦ってこっちも持て余してるんだろう?」
『?』

 それは『ベイビーマグナム』に搭載された、最も小さく弱い武装。大凡対オブジェクト戦で活躍することなど全く想定されていない第一世代が誇る多彩さ(器用貧乏)の象徴。

「対人機銃」


10

『オラオラー!わが「ウェブ004」の主砲をしゃぶりやがれコンチクショー!』

 ドカドカドカドカッ!!と連続する砲撃音が戦場に轟く。
 断続的でありながらも途切れることのない野蛮な旋律に伴う跳ね散る火花は、『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』が虚空に隠れ潜む『ヴァニッシュラプター』の姿を見失わず追い立てている証左であった。

「とっぱこうを知ったとたん……。べつにいいけど。じゃあわたしがアシストで『耳目』のドローンをおとしてまわるからメインよろしく」
『え?ふつう適材適所でやくわりぎゃくじゃない?いいの?』
「あの女スパイからいちばん被害をうけたのはあなたでしょ。リベンジするチャンスをあげるって言ってるの」
『そーいうことネ☆ねがってもないぜベイビー!うらみはらさでおくべきかーっ!』
「(ちょろいなぁ……)」

 一方で勢い付く2機のペースを崩すべく『ヴァニッシュラプター』が音も無く姿を消す、もとい装甲表面を背景と同化させるが相対する二人の手が緩むことはない。散々手こずって来たが、対抗手段なら既に心得ている。

『ほいミリンダちゃん、またきえたよ!れいのアレ夜露死苦ゥ!』
「言われなくとも」

 ノエルに促される形で『ベイビーマグナム』の副砲の一つから、何かが真上にむけて射出される。
 それは空中で炸裂すると、強烈な閃光のシャワーを全方位へと撒き散らした。マグネシウムの粉末と硝酸ナトリウムの化学反応によって生み出された燃焼効果が、風景に溶け込まんとする鉄のカメレオンの実像を逃さずにくっきりと浮かび上がらせる。

『かくれたってムダムダムダァ!キサマの光学迷彩は光受容ナノ結晶でせいぎょしているらしいからつよいひかりをあびせればいちじてきに機能をみだせるのだ!しばらくのあいだつうようしないもんね!』
「ぜんぶクウェンサーのうけうりでしょそれ。ドヤがおしてるヒマあったらほら撃つ撃つ」

 異なる方向からそれぞれプラズマとレーザーの光り輝く二条の帯が『ヴァニッシュラプター』へと突き刺さる。
 不可避の十字砲火があれだけ強大だった敵の装甲の少なくない面積を抉り、モクモクと人体と環境に悪そうな黒煙を吐き出させていく。
 機体の表面に損傷を与えれば与える程、擬態の核を担う光受容ナノ結晶は減少する。いずれは照明弾を用いずとも、カメラのみで看過可能となるのは時間の問題だ。
 この辺りが此度の戦闘の落とし所として相応しいのではないだろうか。

「タネのわれた手品ほどつまらないものはない。とうこうして」
『かんだいでじひぶかいノエルちゃんに土下座してこころからのしゃざいといのちごいをするならたすけてやらんでもない』

 しかし、少女達の要請を一蹴して女スパイは心底可笑しそうにクスクスと笑う。

『みりょくてきなていあんだけど遠慮するわ。だってあなたたちはおおきなかんちがいをしているんだもの』

 そもそもの前提として──────。
 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインの誇る武器は一つではない。

『光学迷彩をつぶしてようやく私と「対等」、あるいは「優位」に立ったとでもおもっているのでしょうけど』

 真に警戒するべきは。

『あますぎる』

 搦手に頼らずとも真っ向勝負で相手を捻じ伏せる操縦士エリートとしての高い技量なのだから。

「『ッッッ!!』」

 ベールを脱ぎ捨てた『女帝』が真なる牙を剥く。
 『ヴァニッシュラプター』の取った挙動はシンプルにして最短。
 突如として光学迷彩を完全に解いて姿を現出させると、雷光のように鋭い軌道を描いて『サイトシーカー』の後方へと回り込む。
 それをただ早く、速く、疾く。これまでとは一線を画す機動力を持ってして。

「ここにきてまだ速度が!?ノエルっ!」
『ダメ!まにあわなっ』

 そして絶好のキリングポイントより放たれた『ヴァニッシュラプター』の主砲が『サイトシーカー』の左半身を大きく吹き飛ばす。倍返しと言うには生易しい破壊によって、元々中破だったダメージ規模が一気に大破にまで押し上げられる。
 逃げ惑うように『サイトシーカー』は襲撃者から距離を取ろうとするが反撃は行わない。否、できない。
 たったの一撃で残されていた主砲の全てを喪失させられてしまっているのだ。
 何とかまだ比較的損害の少ない足回りだけを頼りに、覚束ない足取りで蛇行を繰り返す。

『づあぁっ……!ぐぅッ……!』
『光学迷彩をつかっているとそっちにエネルギーをもってかれてうごきがにぶくなるのよね。こんなもの、奥の手というより得意分野にきりかえただけ。ほんりょうはっきと行きましょうか。かたほうはもうおわったも同然だけど』
「くっ、よくも……!」

 何処か楽しそうな口調からして、やはり遊ばれていた。この女スパイはむしろずっと待ち侘びていたのだろう。光学迷彩を打ち破ってガチンコ勝負に持ち込んでくれる誰かを。
 お姫様達が知る由もないが、これが『資本企業』における『第二位』の実力。他の三大勢力を含めた世界を見渡してもトップランカーに位置する化け物。
 現在自分達の前に立ちはだっているのはそれ程の相手、なのだが──────。

(とまぁここまでは「お芝居」のはんちゅう。でもたまにこうやってあやしまれないようにほんきをだすからへたに気をぬけない。ノエルは……、いちおう生きてる。やっぱり『約束』をまもるきはあるみたい)

 茶番だとわかった上で尚、アドレイドの迫真の演技に冷や汗が流れて来るが次の「幕」への移行を急がねばならない。
 コックピットの片隅。目立たない箇所より伸びているとある武装のレバーに手を添える。

 対人機銃。

 対『人』と銘打ってある通り、ガトリング状に束ねられた銃身(セミオート可)からばら撒かれる毎分5000発もの親指サイズの弾丸は人体ならば掠った部位ごと引き千切り、コンクリートの柱でさえも粘土細工の如くあっさりと噛み砕いていく。
 一門あれば押し寄せる雑兵など、正にシューティングゲームのように蹴散らせるだろう。しかし、

(ふだんはあんまりつかわないんだよね。……コレ)

 お姫様が脳内で呟いたように、実際に作戦で必要となるケースは非常に少ない。
 第一世代の仮想敵となる通常兵器群、飛来する弾道ミサイル、テロリストを始めとする武装勢力のいずれにせよ、目的を撃滅に限定するならば艦砲射撃以上の飛距離と威力を誇る適当な砲弾やレーザーの雨を降らせて一網打尽にした方が効率が良い。そもそもオブジェクトが出撃した時点で戦意を喪失し、投降してくる場合が多いくらいだ。
 なので肝心の対人征圧における出番は全くと言っていい程無い。死体の原型が中途半端に残ってしまうグロテスクでわかりやすい「一方的な虐殺」による軍のイメージ低下を避ける意味合いが幾らか含まれているせいも有るのだろうが。
 よって残された細く短い主な用途は最低限の威嚇射撃と最小限の露払い。
 おかげで無用の長物を抱えるロートルの象徴と不当に蔑まれる原因に少なくない関連性を有してすらいる始末。
 ましてやこれから銃口を向けようとしているのは同じオブジェクト。
 いくら命中させたとしても、戦況に影響を及ぼすに足るダメージらしいダメージを与えるまでには至らないだろう。だとしても。

(つうしん、開始……!)

 『敵』を信じて発砲に繋がるトリガーを強く握り込む。
 機械は裏切らない。操縦に従って、電動ミシンを何倍も激しくしたような射撃音と共に無数の弾丸が『ヴァニッシュラプター』へと殺到する。
 勿論12.7mmの鉛色をしたスズメバチの群れが分厚いオニオン装甲を貫く奇跡など起こるはずもない。その分厚い表面に尽くが弾かれ、少しの火花と金属と金属がぶつかり合う甲高い音だけが生み出されていく。

(でもこんかいはその「音」が重要ないみをもつ……!)

 そう、ただ無駄弾と喧しい発射音を吐き散らしているように思える連射にはある一定の法則性が見受けられた。知識を有する者が耳を傾ければ、同じ区切り方で繰り返し撃たれていることがわかっだろう。即ち。

「た、い、わ、も、と、む。し、き、ゅ、う、お、う、と、う、さ、れ、た、し」

 モールス信号。

 電子的な方法に頼らずとも、音の長短の組み合わせによって文字へと変換する通信手段。

(つうじてくれるといいけど……。いや、軍にかかわっているならぜったいにふれる機会があったはず。だいじょうぶ)

 果たしてお姫様の祈りは届いたのか、アドレイドからの返事は直ぐに送られて来た。『ヴァニッシュラプター』側からは照準補正に使うレーザーポインターの明滅という形で。

 光でもモールス信号は成立する。

 流石は一騎当千の強豪。相応に勘と洞察力も鋭い。

『り、ょ、う、か、い、し、た。お、う、じ、る』

 コンタクトに成功したならば、もう最初のメッセージを延々と繰り返す必要は無い。操縦士エリートの情報処理能力を活用して各々のオブジェクトのセンサー類が拾った反応を解析した結果が、文章という形でチャット会話のように交わされていく。

「きづいてくれてよかった。さっそくだけどあなたにはききたいことがやまほどある」
『ええ、私もちょくせつてきなアプローチをそちらにかけたかったところだったからねがってもなかった。かんしゃするわ』

 挨拶も程々、現在もコックピットの外では激しく戦闘を繰り広げる「フリ」を崩さずに密談は進む。

『私の「目的」がしょうりでないことはこれまでのこうどうからりかいしてくれてるはず。それにしても光学迷彩のこうりゃく、みごとなお手前だったわ。おねえさんひさびさに柄にもなくちょっとあつくなっちゃった』
「すごいのはわたしじゃない。打開策やこのれんらくほうほうをかんがえてくれたクウェ……『仲間』のおかげ」
『そう?コーチの指示をすぐにじつげんさせてみせるのもりっぱなひとつの才能だとおもうけど。というか光学迷彩のカラクリがしりたかったならこうやって聞いてくれればよかったのに』
「こうりゃくほうとモールス信号。思いついたのはほぼどうじ。それにかんぜんにあなたをしんようしていたわけじゃなかったから。いまだってそう」
『ええ、それくらいでいいわ。かおをあわせたことのないあいてをバカしょうじきに信じていては、このせかいで生きていけない』
「けっきょくあなたがなにをしたいのかがわからない。なぜまけたいのか。まけてどうしたいのか。どうして『サイトシーカー』から機密情報をぬすみだしたのか」

 スムーズだった無言の会話が数瞬だけ途切れた。アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインについて把握していることは僅かだが、あらゆる面で優れる彼女を躊躇わせるだけものなのだろうか。
 件の女スパイからは慎重に言葉を選んだであろうメッセージだけが送られて来る。

『ごめんなさい。いますべてを伝えきるにはあまりにもじかんがたりないの。でも、これだけは言える。私はべつにはでな自殺がしたいわけじゃない。「死亡した」という虚構のじじつがほしいだけで、生きてまだやるべきことがある』
「またはぐらかされてる気がする……。なら死んだふりをしたあと、わたしたちにとうこうすることを誓って。これだけのことをやらかして、ノコノコとまけにげなんてぜったいにみとめない。ワケはベースゾーンではなしてもらうから。ぜんぶ」
『りょうかい。たしかに数々のいんぼうをうちやぶってきたあなたたちなら、まきこ……託してもいいかもしれないわね。それとつかまるなら私の事情を知っているドラゴンスレイヤーコンビのぼうやたちでいいかしら?』
「そういうことで。でもあのふたりに妙なマネしたらゆるさないから」

 こうして密約が締結された。
 『ヴァニッシュラプター』、『サイトシーカー』の両機のダメージ蓄積は十分。次の一撃で破壊されたとして、誰も違和感を感じないだろう。
 後は打ち合わせ通りに事を運ぶだけ。それだけで損害は最小で済み、抜き取られた機密情報の行方に一歩近づける。

 だが作戦終了目処が立ったその手前。

『ぐっ、ここまでか……!だかしかァーし!ここでおわれるものかァァァァァッッ!!』

 予想外の動きを見せる者がいた。

「え?」
『は?』

 これまで止む終えないとはいえ、完全に置いてけぼりを食らっていた存在。
 イレギュラーにしてトラブルメーカー。
 嵐を呼ぶ少女。

 ノエル=メリーウィドウがスクラップ寸前の『サイトシーカー』を駆り、決死の突撃をかまして来やがった。


11

 いつだって大惨事を引き起こすのは思い詰めた賢者、もしくは暴走する無知と相場は決まっている。ノエル=メリーウィドウがどちらに属するかは、彼女のパーソナリティとこれまでの行動から鑑みるに説明するまでも無いだろう。

『だぁらっシャアアアアアアアあああぁぁっ!!天ッッッ誅ゥゥゥぅぅうううっ!!』

 先の『ヘッジホッグボマー』・『ラバースキン』戦を倣うかのように、『サイトシーカー』が果敢に敵へ向かっていく。
 しかし臆病な彼女が振り絞った勇気に対して盟友達は、

「なにしてんだあのアホは……?」
「さぁ?知らね」
『たぶんせめていっしむくいるためのやぶれかぶれの特攻?せっかくうまくはなしがまとまりかけていたのに……』

 一様に冷ややかだった。

「えっと、どうするんだアレ?ひょっとしてノエルの奴、殊勝にも自己犠牲精神に目覚めて自爆でもする気なのか?……ヘイヴィア」
「俺に振るんじゃねぇよ。壊れかけとはいえ、全身タイツのスーパーヒーローでもない人間がオブジェクトを今すぐ止められるわけねぇだろうが。というわけでお姫様」
『とししたのおんなのこにノータイムで爆弾をパスするとかはじしらずなの?……でもしょうじきなところ、わたしもどうしたらいいのかちょっとわからない』

 こうしている間にも瀕死の『サイトシーカー』が『ヴァニッシュラプター』へ肉薄せんと迫まっている。おかげで損傷度や実力の差から考えて、圧倒的に優位なはずのアドレイドが逃げ回っているという奇妙な光景が繰り広げられていた。誰がどう見ても不自然な絵面である。

「あんな事態になってもまだノエルにトドメを刺すのを躊躇ってるのか?もしかしてあの女スパイさんめっちゃ律儀?『黒幕』とやらにおかしな動きをしてないか監視されてるらしいっていうのに」
「気の毒には違いねぇが同情して絆されんなよ。そもそもあいつらが今回の騒動の発端だろ」
「うん、それはわかってるよ。つーか俺気付いちゃったんだけど……」

 学生が一拍置いてぶっちゃける。どこまでも気の抜けた真実を。

「連中が諸共沈んでくれるなら、別に必死になってでも止める必要無くない?」
「『えぇ…………』」

 「いくらなんでも」と引いている他二人の様子を察して、モヤシ野郎は急いで便宜を図る。自慢ではないがこの男、逃げ足と自己保身だけは早い。

「いやいやいやいや!決して薄情だとか面倒になったからとかじゃないよ!ホントホント!だってお姫様達が打ち立てた当初のプランは体力ゲージが残り一ミリの『サイトシーカー』に適当な最後の一撃を当てて脱出装置を作動させることで中のノエルを安全に排出させた後、空になった機体と『ヴァニッシュラプター』を破壊するっていう算段だったんだろ?」
『うん』
「だったらこのまま状況を放置しても、最後に戦場に立っているのは『ベイビーマグナム』っていう結果自体は特に変わらないよな?最初は呆れたけどよくよく考えると、ノエルの行動は俺達にとって都合の良い展開を運んで来てくれたことに違いないんだ」
「つまり?」

 元々共倒れする予定だったのだ。ならば利用しない手は無いだろう。
 自分達は品行方正な正義の味方ではない。時には綺麗とは言えない手段を取らざる負えないことだってある。

「もう全力でこの展開に乗っかろう。そっちの方がスムーズだ」
『その方針はべつにかまわないんだけど、ノエルはどうするの?あのままほうっといたら死んじゃうよ』
「うーん、それについては……」
「ああ、誠に遺憾だがよ……」

 学生と不良貴族は少し悩んだ後、心底仕方が無いといったお揃いの表情を浮かべた。どうやら同じ意見を抱いているらしい。

「何も知らずにやられっ放しのピエロになって無駄死にはあまりにもあんまりだから生かす方で頼む。フローレイティアさんに問い詰められたら、事情聴取がまだ完全に済んでないとかそれっぽい理由でもこじつけよう」
「あの野郎……、拾われたのが同胞を見殺しにすることを許さねぇ俺達誇り高き(笑)『正統王国』だったことに死ぬ程感謝しやがれ。今回だけだからなチクショウ」
『うん、いいと思う。ノエルはバカでうるさくてじいしきかじょうでめんどくさくてむだに乳がでかいけど、すくなくとも「悪人」じゃない。それだけはたしか』

 無線から響いて来るお姫様の声はどこか安心しているようだった。
 彼女にとってノエルは知り合い以上友達未満の存在だが、それでも直接共闘関係を築いた同じ操縦士エリートとして思うところがあったのかもしれない。

「んじゃ、そうと決めたら善は急げ。調子が狂うかもしれないけどお姫様、やってくれ」
『まかされた』

 シンプルな返答と共に『ベイビーマグナム』がこの茶番に終止符を打つべく加速する。
 追撃に加わるように見せかける形で『サイトシーカー』の隣に並び立ち、再び対人機銃を唸らせて『ヴァニッシュラプター』にメッセージを打ち込む。

『ノエルをうけいれて。かのじょはおそらく期待をうらぎらない。ひきつづきえんぎと脱出のじゅんびよろしく』

 敏腕の女スパイは了承の証にわざわざわかりやすい返事など寄越さない。
 代わりに受け取った直後、愛機の速度をガクンと落とした。ボロボロの『サイトシーカー』が追いつくことが可能な程に。

『ぐっ……、あしまわりにもしらずしらずのうちにダメージがちくせきしていたですって……!?』
『そこっ!キャッチ&デストロォォォォイッ!!』

 どこか説明臭いセリフと喧しい雄叫びが交差した次の瞬間、弩級サイズの規格外兵器同士が激突した。
 大質量同士の接触が奏でる凄まじい轟音が周囲一帯に撒き散らされ、数km離れていたはずのクウェンサーとヘイヴィアの鼓膜を震わせる。

『おのれ……、死にぞこないふぜいがいまさらなにを……!』
『それはいまからのおたのしみィ!地獄までいっしょにあいのりとしゃれこもうZE!』

 ロマンチックなドライブへの誘いと共に『サイトシーカー』は打ち捨てられたスクラップ群を踏み潰し、蹴散らしながら『ヴァニッシュラプター』をブルドーザーのように押し出していく。

 目指すはとある一点。

 大型ショッピングモールをも凌駕する規模の巨大な空港ターミナルビル。その廃墟。

 そこへ勢いをそのまま。仲良く突っ込んだ。

 大量の粉塵が巻き上がり、ガラス・金属・石材等のあらゆる建材が薙ぎ払われていく。
 しかし、反対側まで突き破って横断することは叶わない。
 自らが次々と生み出す瓦礫の壁によって減速を交えながら両機はズブズブと建物にめり込んで行き、やがては建物の半ば程で限界を迎えて進行を停止させた。

「おーおー、相変わらず滅茶苦茶やってんなぁおい。オブジェクトがオブジェクトに世界一ダイナミックな壁ドンかましてやがる。設計士希望のギーク的にはああいうシチュエーションにも股間は反応すんのか?」
「流石にそこまでは倒錯してないよ!?俺が性的興奮を覚えるのは有機物!有機物限定かつヒト科ヒト属の性別メスオンリーだっつーの!ロボ娘とかもどちらかと言うとアリ寄りのナシデスッ!」

 しかし今日だけで心当たりが相当数有るせいか、学生の必死の否定を不良貴族は如何わしい視線を向けて訝しむ。
 コイツらやることが無くなった途端これである。至極どーでもいい猥談によって、砂漠の真ん中の寂れた基地跡が男子校の休み時間に早変わり。二人揃って怖い怖い銀髪爆乳の上官に怒られろ。

「ほんとかー?ほんとにほんとかー?」
「よせってば!なんだよその目は!?やめろっ!やめてください!証拠に帰ったら秘蔵の厶フフ本貸すから!」
「直球のエロ本やオブジェクト図鑑にしろ、てめぇの汚ぇモンでガビガビになったやつなんざ要らねぇよ。ほら、クライマックスシーン始まんぞ」

 馬鹿二人の馬鹿話はさておき、燃えている側の対岸の様子は矢継ぎ早に流れていく。

『もうにがさない』

 決して離すまいと『ヴァニッシュラプター』を抑え込むノエルは怨敵へ端的にチェックメイトを突き付ける。三文芝居でなければ多少はカッコヨク映ったかもしれない。

『このきょりなら主砲もちかすぎて無意味。げんきょうどうし腹ァくくってもらおうか……!』
『はな……れなさい……!このていどの拘束なんてすぐにふりはらって……!』

 口ではこう言っているアドレイドであるが実際の状況として、彼女が望んでいた敗北に繋がる決定的なシチュエーションは既に出来上がっている。
 残された工程は『サイトシーカー』の脱出装置を作動させるための適度なダメージを与えるだけ。なのだが、密着した状態では使える砲は限られる。チマチマと副砲をささやかな反撃に見せかけて撃ち込んではいるものの、「あと少し」に今一歩届かない。
 このままでは埒が明かずタイムアップとなってしまう。なので趣向を変えて「外」からではなく、「内」へ働きかけてみる。

 つまりは説得。

 余談ではあるが、ノエル=メリーウィドウ救出に関わる全員の脳裏に「『自分は今何をやっているのか』と思ったら負け」と浮かんでいるのは秘密だ。

『こんなところで死ぬひつようなんてないでしょう!?かなしむひとがいるはず……!えーと、たとえば……そう!そこのミリンダちゃんとか……?』
『え、わたし?あー、うん。そういうよくないとおもう。いのちだいじ。生きていればきっといいことある。たぶん』

 思わぬ流れ弾を食らって素で驚くお姫様だったが、取り敢えず思いつく限りの「前向きな言葉」を並び立ててみる。
 だが知っての通りいつ無表情な彼女の口調は平時でさえ平坦で細い。
 ましてやアドリブともなるとそれは凪いだ湖よりも起伏が無く、抑揚という抑揚が死を通り越して荼毘に伏されていた。

「心の揺さぶられ具合で表すなら震度1ってところか。お姫様には今度おほほ主演の映画でも見て演技の勉強してもらおうかな』
「身内込みでも随分と甘めに採点してんじゃねぇか。それはそれとしてその提案は断固却下だ馬鹿野郎。ベースゾーン中のモニターやシアターが根こそぎ叩き壊されちまう」

 しかし、肝心の受け手側の反応は誰も予想していなかったものであった。

『ハァ?さっきから死ぬだのいのちだの、なんのこと言ってるかさっぱりわかんないんだけど?自爆?ビビリのノエルちゃんがそんなのおっかないマネするわけないじゃん』

『『「「…………………………………は?」」』』

 示し合わせたわけでもないのに一人の少女のために奔走していた四人の台詞が重なる。
 ついでにトドメとばかりに件の少女は追加で爆弾発言を投下した。ノエル=メリーウィドウは「間が悪い」という概念を知らない。

『いや、ふつうにころあいを見て脱出するよていだったから。あ、もしかしてしんぱいとかしてくれてたの?だったらあんしんしてイーヨー。ダイジョブダイジョブ!ホラホラ、トドメキャモーン!いつでもじゅんびはできてるZーーーッ!!』
『『「「………………………………………………」」』』

 結果は全員不正解。
 A.ヘタレは最初から死ぬ気なんて無かった。
 ただ単に買い被りし過ぎていただけでしたとさ。

「あのさぁ……」
「そうだな。こういうヤツだよなてめぇは」
『(「きたいをうらぎらない」ってあるいみでは合ってたけど……。なんだかぜんぶばかばかしくおもえてきちゃうわね……)』
『………………………………………………』

 ドン・キホーテの如く「ノエル=メリーウィドウ(覚悟の姿)」という存在しない幻影に振り回されていた各々が脱力モードに陥る一方で、お姫様は愛機の主砲の制御を司るレバーへゆっくりと手を伸ばした。トドメ役を直々に任ぜられたからには全うする義務がある。

『かってにかんちがいしたのはこっちだけど……』
『はえ?』

 安全カバーを外し、発射ボタンにそっと指を置く。そして、

『ムカついたからちょっと派手にふきとんで……!』
『なんでおkk……!!』

 いつもより5割増の力を込めて発射ボタンを押し込んだ。

 斯くして幕切れ。

 主人の感情に呼応するかのように放たれたプラズマの鉄槌が『サイトシーカー』と『ヴァニッシュラプター』を同時に貫き、長きに渡って上演された三文芝居は終劇となった。

 虚しい勝利の味と共に。


12

「クウェンサー=バーボタージュ戦地派遣留学生から作戦本部に通達。『ヴァニッシュラプター』の撃破を確認しました。それに伴って犠牲となった『サイトシーカー』は修復不能なまでに完全大破。尚、操縦士エリートのノエル=メリーウィドウは脱出に成功した模様です」

 過程はどうあれ事の顛末を見届けたクウェンサーは作戦司令室にて指揮を取るフローレイティアに自軍の勝利を報告する。
 しかしながら無線機越しの上官の声は落ち着いており、驚きの色は見られなかった。おそらくは先にお姫様から同じ情報を受け取っていたのだろう。

『ふむ、よくやったと一応は褒めておいてやろう。そちらの回収については落着予想地点から程近いミョンリ達の班を向かわせている。ま、どうせ逃げようとしたって「エンゲージ・ハイロゥ」があるから無理でしょうけど』
「そいつは助かるっす。今あのアホ女と面を合わせたら、有無を言わさずウィンチェル家流格闘術奥義を炸裂させちまいそうなんで」
「大仰な字面だけど、それってこの前見せてもらったただの太腿へのローキックだろ?」

 何はともあれ、目下最大の脅威であった『ヴァニッシュラプター』は排除した。
 これにより孤立していた第37機動整備大隊に増援や補給を寄越すのを出し渋っていた軍の上層部も態度を改めることだろう。他勢力に集られて嬲り殺しにされたり、食糧や水の備蓄を切らして干上がるなどという最悪のデッドエンドは少なくとも回避された。だがしかし。

『浮かれているところに水を差すが、まだ作戦終了ではない』
「「デスヨネー」」

 眼前の目的を達成しても、まだやるべきことが残っている。

『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン、あの女スパイの生死が未だに確認できていない。「サイトシーカー」から奪われた機密情報の行方が分からなければ、黒幕の元に一週間と経たずに渡ってしまう可能性が大いに考えられる。手がかりを見失わないために、生きているのなら絶対に今ここで確保しておきたい』
「黒幕……」

 アドレイドに命じて今回の事件を引き起こさせた真なる首謀者。

 そいつがどこの勢力に属しているのか定かでは無いが、多くの血が流れるのを承知で野望のために31機ものオブジェクトを巻き込んだ戦争を引き起こすような輩だ。
 顔も声も性別も年齢も経歴も不明だが、自分の手は汚さずに他人を平気で利用するような自己中心的な性根の持ち主ということだけは容易に予想できる。
 データを手に入れた際には掌握した無限の価値を持つ手札を駆使して、自らの都合の良い方向に世界を作り変えていく気だろう。
 そんな奴が生み出す世界が幸せで明るいものだとは到底思えない。

「放って、おけないよな」

 学生はか細いが確かな決意を口の端から零す。
 別に義憤や正義感、責任感に駆られたからでは無い。
 原動力は至ってシンプル。

 このままでは知らず知らずの内に「日常」が侵食され、昨日までの常識がいきなり通用しなくなるかもしれない。そんなの嫌だ。ただそれだけ。

 名誉、知識、金、信仰心、愛、ポリシー、アイデンティティ……。
 各々が掲げる「戦う理由」はそれぞれだが、これらが個人の裁量で塗り潰されてしまう事態は看過できない。
 だから阻み、抵抗する。
 自分を形作り芯となる「当たり前」を守るために。他人なんてそのついでだ。

「ヘイヴィア、行こう。お姫様曰く、アドレイドの目的はダイナミックな自殺じゃなく死の偽装だそうだ。まんまとノエルのベースゾーンからデータを盗み出した腕前のスパイが間抜けにも脱出をミスるようなタマに思えるか?奴は絶対に生きている」
「そいつにゃ同意見だけどよぉ。こんな殺風景な場所でどうやって人間一人を見つけ出すんだ?この前の『ロックンロール』のエリートの時とはワケが違うぜ。あの時は洞窟っつう出入り口が限定された閉鎖的な空間だからローラー作戦が通用した。でも、今回のフィールドは無限に広がるオープンワールド仕様の砂漠ときた。もうとっくに俺達の手が届かねぇどっかにズラかってんじゃねぇの?それともまた大声で名前でも叫ぶか?」
「いいえ、それにはおよばないわ」

 唐突に。
 本当に唐突にいないはずの四人目がナチョラルに会話に割り込んだ。

「「ッ!!」」
「ハァイ、はじめまして」

 二人揃って勢い良く振り返る。既に声の主は手を伸ばせば触れられそうな距離まで迫っていた。
 ウェーブのかかった長い金髪、端正だがどこか作り物らしさが残る顔立ちにライダースーツ型の扇情的なエリート専用スーツを着た女。
 そして、無線機越しではあったが聞き憶えのある艶っぽい声。
 思い当たる人物は唯一人。
 今まさに捜索を敢行しようとしていた対象。

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインがすぐ背後にいた。

「うわ出たぁっ!?ヘ、ヘイヴィア!ウィンチェル家に伝わるナンタラカンタラの奥義出せ!ほら、コマンド入力!左スティックを↑、↓、→、Aボタン、Bボタン!」
「咄嗟に人様の影に隠れる腰抜け野郎がうるせぇよ!ったくそもそもなんでエリートの女はどいつもこいつも後ろから急に声かけてくんだっ!?心臓が持たねぇっての!」

 ワタワタと相棒の背中に隠れたり、奥義を忘れて肩にかけたアサルトライフルをモタモタと構えようとするジャガイモコンビだったが致命的に遅すぎる。
 アドレイドがその気なら、ナイフ一本で仲良く無力化されていただろう。つまりそれ程までに距離を詰められていたことを意味していた。

『狼狽えるなジャガイモ共!クウェンサーかヘイヴィア、どちらでもいい。そこの女に無線機を渡せ。話がしたい』
「「イエス、マムッ!」」

 上官の一喝により軽いパニック状態だった馬鹿二人は、即座に戯言を吐くのを止めて命令を速やかに実行へと移す。無駄にカクカクとした挙動は緊張と普段の調教の賜物といったところだろうか。
 そして──────。
 作戦本部にて佇むフローレイティアと無線機を受け取ったアドレイド。
 追っていた側と追われていた側が無線機越しに対峙する。

『一応は確認しておく。貴様がアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインだな?』
「ええ、今はそういう名前だったわね。私こそがこんかいのじけんのトリガーをひいた張本人。アルカナの『女帝』をつかさどり、『ランカー制度』のだい2位にくんりんするびんわんスパイ兼つよつよエリートのアドレイドおねえさんよ。以後おみしりおきを」
『ふざけた挨拶は結構。素直に姿を現したということは投降するということでいいんだな?』
「あなたのところのかわいいミリンダちゃんとのやくそくだもの。私はうそつきだけど義理ははたすしゅぎなの」

 フローレイティアは一度だけ忌々しそうに舌打ちをするとそれ以上無駄な質問はしなかった。尋問の続きを行うのに相応しい場所なら別に在る。

『薄汚い女狐め。ベースゾーンに着いたら持っている情報全てをあらゆる方法で絞り出してやるから覚悟しておけ』
「フフッ……、それはたのしそうね。でも……、残念ながらもう少し先になり……そう」

 アドレイドが小さく微笑んだ直後だった。
 フローレイティアが『何?』と聞き返す前に、彼女はふらりと身体を揺らすとその場でパタリと力無く倒れてしまった。自力で起き上がる気配は無い。

「っ!おい!」
「あ、クウェンサー!待て!」

 ヘイヴィアの制止を無視して、思わずクウェンサーがアドレイドに駆け寄る。抱き起こして仰向けにすると豊満な身体のとある一点の異常が目に入った。

「なんだ……これ?」
『二人共、何が起きた!?説明しろ!』

 箇所は大胆に開いた胸元のやや左。
 正体は黒ずんだ火傷と小さな赤い孔。
 そして、口の端と傷口から流れ出す少なくない量の赤い液体。

「銃創じゃねぇか……!それも極至近距離からの……!」
「まさかアンタ……、自分で自分の心臓を撃ったのか!?」
「ギリギリうめこまれた監視装置だけを……ね。『セリーヌ』のていしと同時にはかいするひつようがあったの。……あらっぽいやりかただけど、こうでもしなければごまかせなかった。死ぬかのうせいもあったけれど、……どうやら賭けには勝ったみたいね」
『呑気に言ってる場合か!?』

 クウェンサー達の心配(?)を余所にアドレイドはどこかの黒髪眼鏡エリートよろしく、途切れ途切れながらも追加で言葉の爆弾を投げつけてきやがった。

「でもおそらくあと20分いないにてきせつな処置をおこなわなかったら……、やっぱり失血多量で死ぬ……とおもうからよろしくおねがいするわ。それじゃあ、おやすみなさい……」
「え、ちょっ!嘘だろっ!?」

 女スパイは最後にセルフ余命宣告残し、瞼を閉じるとそのまま眠るように意識を失ってしまった。
 いや、違う。これは失神だ。
 色白の肌は更に病的に青ざめていき、呼吸は段々と早く、荒くなっている。素人目に見ても危険な状態に在ると判断するには十分だった。

『〜〜〜ッ!ジャガイモ共!』
「「ハイッ!」」

 途中から女スパイに完全に会話のペースを握られた挙句、勝ち逃げ同然で途中退場を許してしまった上官様は大変ご立腹の様子だった。しかし今は感情を撒き散らしている猶予は無い。
 やるべきことがまた増えた。
 緊急クエスト発生。
 『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインを救命せよ』。

『速やかに医療班をそちらへ手配する!コイツの言ってることは多分マジだ。ここで死なれたら全てがパーになる!駆けつけるまで何としても持たせろ!いいか、絶対だ!以上!』

 部下達の返事を聞く前にフローレイティアは通信を切ってしまった。つまりそれ程までにアドレイドの容態は切羽詰まっているという証だ。
 ぼーっとしている暇は無い。冗談抜きで目の前に横たわる女のタイムリミットは刻一刻と迫っている。一秒たりとも無駄にはできない。

「も、持たせるって具体的にどうするんだ!?心臓マッサージ?人工呼吸?ラマーズ法?」
「だぁークソっ!またパニックになってどうすんだっ!?落ち着けこの野郎!」

 同じく冷や汗を流しているが、こういった状況では正規の訓練を受けたヘイヴィアの方が知識では勝る。
 自分の頬を両手で叩いて気合を入れ直すと相棒にテキパキと指示を出す。

「いいか、取り敢えず腰の医療パックからありったけの強心剤出して片っ端から静脈にブチ込め!それからガーゼで傷口を抑えてろ!人工呼吸や心臓マッサージは心肺停止してからの最終手段だ!やり方くらい平和ボケした『安全国』の学校でも習ってんだろ!?女相手だからって恥ずかしがるのはナシ!俺はこの辺でヘリが降下できそうな場所を探してくる!」
「ねぇヘイヴィア、出会ってすぐだけど俺この女の本質わかっちゃったかもしれない!」
「あぁん!?その心は!」
「自分から騒動に巻き込んでおきながら、一番大事なことは引き返せない段階になってから後出しでカミングアウトするクソ迷惑さ!」
「つまり『最低最悪』ってことじゃねぇかチクショウ!そしてそんなヤツのために頑張る俺らちょー優しい!『信心組織』のクソ共は崇め奉りやがれっ!」

 ギャーギャーと喚きながら、馬鹿二人はアドレイドの命を繋ぎ止めるための措置を急ぐ。
 こうして自らを生かさざる負えない状況に陥らせることすらも、全て彼女の命懸けの目論見通りなのだろうか。だとしたらとんだイカれ具合と度胸だ。絶対に真似したくはない。

「まさか『ノエルの方がマシかも』って思えるエリートに出会える日が来るなんてなっ!」

 クウェンサーそう吐き捨てて、苦虫を噛み潰したような表情で強心剤が充填された注射器を白過ぎる上腕部に突き刺した。


幕間3


 自分がきらい。

 そう私がこぼしたら、多くの人は「恵まれているくせに生意気だ」と思うのでしょうね。

 ええ、りかいはできるわ。
 容姿、身体能力、頭脳。おおよその大多数がのぞんでやまないものを私はもっている。

 けれどじっさいは逆。私にはそれしかない。

 ぜんしんにメスを入れてつくりあげたマネキンどうぜんの上っ面。
 死人がでるくらいにきびしい訓練を経てしゅうとくしただまし、こわすことくらいにしかつかえない技術。
 何をきりすてるかを即座にわかってしまう「最適化」された思考。

 たまたま才能に合っていたからあたえられたものばかり。はたしてどれも羨望のまなざしをむけられるような価値があるのかしら?

 いいえ、あるはずがない。

 なまえ、容姿、せいかく、けいれき、その他もろもろのパーソナルデータ。

 私にとってすべてが任務のたびにぬりつぶされていく「偽物」。
 ほんとうのなまえや顔をわすれてしまったのはいつだったか。というより、さいしょからそんなものは存在しなかったのかもしれない。

 だから、ずっと。

 数えきれないくらいの標的をはめつさせても。
 『アルカナ』における『女帝』のコードネームをもらっても。
 『外なる神』にスカウトされても。
 『ランカー制度』で第二位におさまっても。

 みたされることのない虚無感かかえていた。

 当然よね。
 洗脳じみた「教育」のえいきょうとはいえ、「生きる意味」や「やりたいこと」を持たずにただめいれいにしたがうだけの人生だったんだもの。そこに達成感や名誉なんてそんざいしない。

 というワケで。

 けっきょくはのうりょくが伴ってはいても、私にスパイや操縦士エリートなんてたいそうな職業はむいていなかったってことかしらね。

 ほんとうにかんぺきで優秀な諜報員はこの世界ではありふれた悲劇、じぶんでこわした「当たり前の風景」や「人々の笑顔」を見てみけんにシワなんて寄らない。
 きせかえにんぎょうのような日常をおくるなかで、むねのおくに「トゲ」や「軋み」が蓄積していかない。
 亡くしていたはずの「心」とやらが疲弊をうったえることなんてない。
 世界をメチャクチャにするレベルの『計画』に加担するさなか、いまさら自分の生きかたへのぎもんを自覚するワケがないもの。

 ほんとバカよね。
 自分で地獄をつくりだしておきながら、そこでもがく人々から目をそむけることができないなんて。おまえに手をさしのべたり、罪悪感をおぼえる資格はないとわかっているクセに。

 だからこそ、自分のふしまつは自分でケリをつける。
 ようやく今までやってきたことがまちがいだったと気づけたのだから。
 だから手始めにこれまできずつけた数をうわまわる人々をすくいましょう。

 これはだれに誓うでもない契り。
 そして、自由なる人生へのだいいっぽをふみだすための決意。
 同情や賛辞、かんしゃはけっこう。どれも私にはまだ贅沢だもの。
 「顔のない誰か」は常夜の底へ。めざめの朝はおとずれた。

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン。

 それが私のさいごのなまえ。

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