『カサンドラ・レポート』
この度は弊社をご利用いただきありがとうございます。
今回ご説明するのは複数人のエリートによるオブジェクトの操作という課題に取り組んだ『カサンドラ・プロジェクト』の経過報告となります。ことオブジェクト誕生の黎明期より幾度となくためされ続けてきた複座による操作形態でありますが、どう調整を施そうとも今までは二人まで限度と言われ続けていました。
しかし我々は此度匿名の技術者から提供された特殊なクローン体と、匿名の人物により提供された脳波のシンクロ技術によって研究の段階を一気に飛躍。最大五人による同時操作を可能といたしました。……ですが、結果だけを述べさせていただければこの計画は失敗と結論付けるべきでしょう。
まずこちらの資料をご覧ください。双三角錐型の頂点部分にそれぞれ球体状コアを配置し、備え付けられた五つのローターによって巨大を浮上させます。これを可能としているのが動力炉とモーターを直結させることで生まれる絶大な馬力。一つの動力炉につき5割近い出力をローターの稼働に回すことで350mもの巨躯を浮遊させることに成功いたしました。また武装についても主砲である動力炉に直結給電させることで従来のレールガンとは比べ物にならない超大出力の威力を実現。攻守ともに完備させた究極のオブジェクト……と、なる予定でした。ええ、予定です。
早速欠点を述べるならば、このカサンドラは巨体過ぎて機動性はほぼ皆無です。直線的な移動ならば時速300kmで移動可能ですが、旋回性能は致命的に皆無。高速戦には不向きの極みでしょう。何より一人のエリートでは操作の処理をしきれず、何より新装備であるシールドビットを十全に運用するためには最低でもエリート三人分の処理能力が必要だと言う計算結果が出されました。その為複数人による操縦実現のため『カサンドラ・プロジェクト』を発足させましたが……やはり知らない人からの貰い物などに頼るべきではありませんでしたね。
社長。私の最後の仕事であるこのレポートのまとめですが、もう飽きたのでやめにしていいですか?え?見捨てないでくれ?嫌ですよ、破産した人に着いて行く様な物好きがこの国に存在するとでも?
そもそも無理矢理複数人で一つのオブジェクトを操作しようというのがそもそも非効率で非合理な発想だったんですよ。こんなものを作るくらいなら別々のオブジェクトを五機作った方が────(ここから先は記録されていない)
そもそも無理矢理複数人で一つのオブジェクトを操作しようというのがそもそも非効率で非合理な発想だったんですよ。こんなものを作るくらいなら別々のオブジェクトを五機作った方が────(ここから先は記録されていない)
第二章 浮足立つ少女構造体
正統王国領土、アラスカ方面。北アメリカ大陸北西端に存在するこの場所はアメリカ大陸西部を中心地とする資本企業とのスパークエリアであり、当然乍ら此処を警備する者達は常に緊迫した雰囲気を身に纏っている。とはいえ早々争いなんて怒ることは無い。そう思う奴らも一定層いるわけで、軍服を纏って間抜け顔で闊歩するそこのジャガイモ二人も例にもれずその一定層の例であった。
「ふぁあ~……何事もないのはいいけど、こうも暇だと退屈だなヘイヴィア」
「いいじゃねぇか暇で。毎回毎回オブジェクト相手に生身で突っ込まされることと比べりゃ天国だよ」
「それと比べれば大体の事は天国だろ」
「いいじゃねぇか暇で。毎回毎回オブジェクト相手に生身で突っ込まされることと比べりゃ天国だよ」
「それと比べれば大体の事は天国だろ」
雑談で時間を潰しながら資本企業との国境付近を哨戒するいつもの馬鹿二人。世界ではドラゴンキラーと呼ばれ何を仕出かすかわからないアンダッチャブルなコンビとなっている存在であるが、そんなことは気にせず今日も元気に散歩を続ける。これで歩きながら食べられるピザかハンバーガーでもあれば最高なんだけどなぁとのんびりとした様子で空を見上げながらあるいていると、ここで一つ黒煙を上げる一機の飛行機が二人の頭上を通過した。
「「おー」」
今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた二人はまるで珍しい物を見たような、実際珍しいことではあるがそこまで驚くことは無く落下していく飛行機を見届ける。国境付近、墜落する飛行機。間違いなく厄ネタだと判断した二人はそのまま飛行機が落ちた方向とは逆の方を向いて素早く立ち去ろうと試みる。が、その瞬間上官より端末から連絡が入り、それは不可能となった。
『おい馬鹿二人、今その付近に何か異常はなかったかしら。例えばそう、資本企業側から飛んできて不時着した航空機とか』
「全部わかってるんなら態々確認するような連絡は入れなくてもいいと思うんですがね」
『話が早くて助かるわ。さっさと中身を確認して連絡しなさい馬鹿共』
「「はーい」」
「全部わかってるんなら態々確認するような連絡は入れなくてもいいと思うんですがね」
『話が早くて助かるわ。さっさと中身を確認して連絡しなさい馬鹿共』
「「はーい」」
まるで学校の先生に注意されたようなノリで二人はため息をつきながら迅速に足を動かす。人工林をかき分け、航空機が落ちたらしき場所にたどり着けば目の前に広がるのは流出したジェットエンジンの悪臭と爆発した航空機の残骸と炎。とてもじゃないが生存者がいるとは思えない光景である。二人は可能な限り炎を避けつつ辺りに散らばった残骸を調べてみるが……これがどうにもおかしい。
「おかしいな……」
「ああ。何かあると思ったが逆だな……マジで”何もねぇ”」
「ああ。何かあると思ったが逆だな……マジで”何もねぇ”」
そう、残骸からは何も怪しい物や積荷は確認できなかった。その上人の死体すら全く見当たらない。まるで幽霊が操縦してきたみたいな不気味さを覚えながら二人はとりあえずこの場を離れて上官のフローレイティアに連絡を入れようとするが、ここでクウェンサーが何か自然物には似つかわしくないモノを見つけ目を丸くした。そう、見つけた”者”とは────
「……おいヘイヴィア!あそこ!小さい女の子が!」
「おいおいマジかよ。急いで助けるぞクウェンサー!」
「おいおいマジかよ。急いで助けるぞクウェンサー!」
使い方がよくわからなかったのか殆ど固定もされていないパラシュートをつけた黒髪おかっぱの少女が頭から血を流して木に引っかかっていた。目立った部分に大きな負傷は見当たらないが、落ちる時に頭を打ったのか気を失っている。放っておけば大変なことになるのは目に見えているため、クウェンサーとヘイヴィアは急いで少女を救出することに決めた。
「うぅ……いた、いぃ……」
「ああくそっ、どうしてこうも平和な時に限ってトラブルが舞いこむのかなぁ!」
「いいから黙って足を動かせ!フローレイティアさん!フローレイティアさん聞こえますか!今負傷者を回収しました!急いで車両と治療の手配を────」
「ああくそっ、どうしてこうも平和な時に限ってトラブルが舞いこむのかなぁ!」
「いいから黙って足を動かせ!フローレイティアさん!フローレイティアさん聞こえますか!今負傷者を回収しました!急いで車両と治療の手配を────」
この少女を保護した事が後に第37機動整備大隊に一波乱呼び込む事を、二人はまだ知らなかった。
「……う、ぅうん……?」
「あ、目覚めたぞ。誰か水持ってこい!」
「あ、目覚めたぞ。誰か水持ってこい!」
第37機動整備大隊の有する医務車両にて保護された少女は軍医の賢明な治療によって事なきを経て、およそ一日間の昏睡状態からようやく目を覚ました。その知らせを聞いたことで少女を保護したクウェンサーとヘイヴィア、そして大隊の実地指揮官であるフローレイティアが医務室へと来訪し、その少女の様子や反応を観察する。
外見的に言えば何処にでもいそうな何の変哲もない少女だ。しかし治療中の様々な検査によってこの少女にはエリート特有の人体改造の痕跡が発見されている。それはつまりこの少女がどこかの勢力の保有するエリート……というか、高確率で資本企業に属するエリートであることは間違いない。問題はそのエリート様がどうして積荷すらほとんど積まれてない輸送機に単身乗ってアラスカへと越境を果たしたのかという事である。
エリートと言う存在は世間一般的に見れば、希少な人材だ。世界中を探せばそれなりに数は見つかるが、それは決して希少でないと言うことではない。エリート一人育てるためにも莫大な金がかかるし、それに合わせて建造されるオブジェクトも最低50億ドルという一市民からすれば失神しそうなほどの莫大な金額が動員される。故に多少雑に扱われることはあっても、軍では基本的には厚遇される立場である。あくまで基本的には、だが。
「それで、喉はそれなりに潤ったかしら?そろそろそちらの事情を説明していただけると助かるのだが……」
「…………???」
「…………???」
エリートの少女は医務室の寝台に座り込んだまま、提供された無味無臭のゴムみたいなレーションをもっちゃもっちゃと頬張っている。しかしフローレイティアの問いかけに対して答える気が無い、というか何を言われているのかよくわかっていない様子であった。
「……これ、おいしくない」
「それは私も大いに同意する……ではなくてだな、一体何を目的にこちらの領土に入り込んだのか説明してくれないと話の進めようがないの」
「? んー……わたしがけんきゅうじょを出たりゆうについてきいてるの?」
「研究所?」
「ナナたちのうまれたばしょ。でもはくいのみんなは外に出してくれないの。だからおねえちゃんたちにはないしょで出てきちゃった」
「待て。一応聞いておくが、オブジェクトという言葉に心当たりは?自分がエリートだという自覚はあるか?」
「???おぶじぇくと、えりーと……ぶったいと、すぐれた人のこと?どうしてそんなことをきくの?」
「おいおいマジかよ」
「それは私も大いに同意する……ではなくてだな、一体何を目的にこちらの領土に入り込んだのか説明してくれないと話の進めようがないの」
「? んー……わたしがけんきゅうじょを出たりゆうについてきいてるの?」
「研究所?」
「ナナたちのうまれたばしょ。でもはくいのみんなは外に出してくれないの。だからおねえちゃんたちにはないしょで出てきちゃった」
「待て。一応聞いておくが、オブジェクトという言葉に心当たりは?自分がエリートだという自覚はあるか?」
「???おぶじぇくと、えりーと……ぶったいと、すぐれた人のこと?どうしてそんなことをきくの?」
「おいおいマジかよ」
もしこの少女が嘘をつくとしても、記憶喪失やらなんやらともう少しマシな形でつくだろう。しかしクウェンサーたちはこの少女の様子に猛烈な違和感を抱いていた。
恐らくではあるがこの少女は”知らない”。自分がどういう立場であるかや、どういう目的でエリートとなったのかすらわかっていない。それはエリートとして論外なんていう話ではない。オブジェクトという核兵器を過去の物に変えた鉄の怪物を操るためにこのような幼稚な精神状態を持たせるなどあり得ない。どんなに稚拙な「調整」であっても最低限の知識は叩き込むはずなのだ。
それが無いという事は何かしら面倒な事情を抱えているということである。事の複雑さを予想し始めたのか、フローレイティアは深いため息を吐きながら無言で空を仰いだ。
「ナナたち、へやであそんだりするときいがいはずっとねむらされてるの。おべんきょうはおねえちゃんたちといっしょにがんばってるけど、おへやのものいがいなにもみたことないの。でもナナはお外がきになったから……おねえちゃんたち、しんぱいしてるかなぁ」
(資本企業のどこかの会社がまた可笑しな計画でも始めたって事……?だとすればこの子の身柄はどうすれば……元の所に返すのは論外……かと言って安易に保護するのも)
「んー……おー……えいっ」
(資本企業のどこかの会社がまた可笑しな計画でも始めたって事……?だとすればこの子の身柄はどうすれば……元の所に返すのは論外……かと言って安易に保護するのも)
「んー……おー……えいっ」
今後の立ち回りをどうするかフローレイティアが無言で考案していると、静寂の空間に痺れを切らしたのかナナ、大地に立つ。具体的には自分の隣で椅子に腰かけていたフローレイティアの巨大な胸部装甲に片手を押し付けたのだ。
その勇気ある行動に医務室に居た全ての人物の動きが止まった。そしてそれを眺めていたクウェンサーとヘイヴィアのコンビはすぐさま「ぶっ」と堪えた笑いを吹き出してしまう。
「すごくやわらかい!もちもち!」
「……………………ええ、そうね。でもこういうのは────」
「ふかふか~……こんなのはじめて……ふぇ~……」
「……………………ええ、そうね。でもこういうのは────」
「ふかふか~……こんなのはじめて……ふぇ~……」
「ぷふっ、くくくくっ……!」
「おいクウェンサー笑うなって。ぶっふひひひひ……!」
「お前たち……!」
「おいクウェンサー笑うなって。ぶっふひひひひ……!」
「お前たち……!」
額に青筋を浮かべるフローレイティアであったが、二人に制裁を加えるにも少女一人分の重みが身体にがっしりとしがみ付いている状態で馬鹿二人の脳天に拳を叩き込めるビジョンが浮かばなかったため今は大人しく少女を寝かしつけることに決めたのだった。
「すぅ……すぅ……おねえちゃん……」
「……はぁ、まったく困ったことになってきたな」
「……はぁ、まったく困ったことになってきたな」
少女の頭を撫でながら愚痴をこぼすフローレイティアだが、自身の顔に僅かな微笑みを浮かべていることに果たして気づいているのか。どちらにせよ、彼女は心の中で生まれたほんの小さな満足感を噛みしめることにしたのであった。