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『銀塔の虚栄都市』第二章

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二章 万金に彩られし禁忌の箱>>ホワイトサンズ救出戦


1 

 操縦士エリートとは人間を薬品や外科的手術、暗示などのアプローチを用いて『改造』した人工的な超人である。
 その結果、オブジェクトを操縦するために必要とされる高G環境への耐性や高性能コンピュータに迫る情報処理能力と反応速度の飛躍的な向上を獲得していく。
 未だにAIで代用不可能な「柔軟な判断力」という戦略の核を埋めるために、彼らはパイロットというよりも一つのパーツのようにオブジェクトに組み込まれる。
 しかし「人間」である以上、長時間に渡って高い集中力を維持し続ければ、食事や睡眠だけでは回復できない部分への疲弊が蓄積し、それに伴って肉体と精神は摩耗していく。
 そしてエリートの不調が原因で戦力の大部分を占めるオブジェクトが撃破されたとなれば、部隊全体の死に直結してしまう。
 そのようなリスクを少しでも下げるために、エリートは日夜『調整』を行ってパフォーマンスの安定化を図っている。
 『調整』の方法は静かな空間で瞑想する者、疲れ切って動けなくなるまでひたすら泳ぐ者、同じ風景を何百枚もスケッチする者など個人で多岐に渡る。
 『正統王国』軍第37機動整備大隊に所属する『ベイビーマグナム』の操縦士エリート、ミリンダ=ブランティーニの『調整』は教室ほどの広さの空間でフルートを演奏し、その際に発せられる音波で特殊な素材によって折られた小さな飛行機を飛ばすというものであった。

『少し旋回のペースが早い。もう少し落ち着いて吹くんじゃ。次、高度120cmを右回りにゆっくりと3分』

 『調整』を行っている部屋とはガラスで隔てられた隣の部屋で、各種バイタルを測る計器群とにらめっこしながら整備兵の婆さんはお姫様に指示を送る。

『そうかな?いつもとおなじ感覚でふいていたのに』

 それに対してお姫様は視線と脳波をリンクさせて操作するキーボードによって文字を入力することで会話を成り立たせる。

『お主のようなタイプの「調整」方法は本人の精神状態を反映しやすい』
『いまのわたしは不安定っていいたいの?』
『手の掛からん優等生のペースが乱れているのを見て、珍しいこともあるもんじゃと思っての。何か悩みがあるんじゃないか?』
『そんなことな』
『ほれ、言ってる側から高度が落ちとるぞ。集中せんかい』

 慌てて元の高さに戻そうとするが、却って演奏が乱れて軌道がブレる。
 コントロールを失った飛翔体はやがて壁にぶつかって床に墜落し、ピクピクと僅かに震えるだけのつまらないおもちゃに成り果てた。
 お姫様はフルートから口を離すと、バツの悪そうに視線を逸しながら声を絞り出していく。

「……やっぱりわかる?」
『一応これでも母親じゃったからな。まぁエリートとはいえ、思春期の娘がまったく何も悩んでおらんというのも不健全だと儂は思うがの』
「ごめんなさい」
『謝らんでいい、儂は別に怒っとらん。逆に安心したわい。重要なのは原因の把握とそいつを解決するのにどれ程時間がかかるかどうかじゃ。どうかの?』
「うーん、よくわかんない。なやんでいるのはたしかなんだけど言葉にするのがむずかしいというか……」
『その様子じゃと相談したい相手は儂ではないようじゃな』
「……うん、たぶんちがうと思う。ごめん」
『だから謝らんでいいと言っとるじゃろうが』

 整備兵の婆さんは一度だけ短く溜息をつくと、椅子から立ち上がりこちらに背を向けて歩き出した。

「どこにいくの?」
『どこって休憩じゃよ休憩。このまま続けてもどうせ身が入らんじゃろう?何か温かい飲み物と菓子でも持ってきてやろう。15分後に再開じゃ』

 そう言うと婆さんはハキハキとした足取りで自動ドアを通って部屋を後にしてしまった。
 そして、エリートの少女だけが『調整室』にポツンと取り残された。
 つい先程まではフルートの音色で満たされていた空間だったのに、今は重たい静寂が鼓膜に痛いくらいに感じる。

(原因か……)

 一人寂しく立ち尽くす中でお姫様は、ずっと向き合うことを避けていた自身の悩みを分析するべく思考を張り巡らせていく。
 きっかけは先日の『ロックンロール』との戦闘だった。
 相手は最新の第二世代ではあったが、途中まではほぼ一方的にこちらが戦局を支配していた。だが、

(かくしだまの液体金属をだされてれいせいさをうしないかけた)

 そして何よりも、

(また『たすけられた』。ひとりではかてなかった)

 結局はそれが悩みの正体なのだろう。
 『インドミナス』に『テトラグラマトン』、そして『フツノミタマ』。
 数え切れない幸運に助けられた部分もあるとはいえ、ここ数ヶ月間で規格外の兵器であるオブジェクトの中でも更に隔絶した戦闘能力を誇る怪物達と渡り合い、その度に生還を果たしてきた。
 それらの死闘は自身の操縦士エリートとしての技量の向上に少なからずは影響があったのかもしれない。
 しかし、それでもまだ足りていなかった。

(もしかして)

 戦地派遣留学生の少年と出会ってから心の奥底でずっと抱いていた。
 時代遅れの第一世代。エリートとしては若手故の経験不足。そして個人的な資質の限界。
 ずば抜けた才能のエリートと出会う度に、敵軍のオブジェクトに追い詰められる度に、そんな自分を助けるために無茶をしてボロボロになる部隊のみんなから笑顔を向けられる度に膨らむ疑念。

(わたしって、よわいのかな……)

 ネガティブな思考は少女を自縄自縛に陥らせ、意識を出口の見えない迷宮へと誘う。天井の蛍光灯の明度は変わらないのに、視界が黒いカーテンで覆われるように暗くなっていく。

(もっとつよければちがった結果になったのかもしれない)

 もちろん過去には戻れないし、平行世界なんて存在しない。実際に有った出来事の積み重ねだけが現実だ。それでも頭ではありえないとわかっていても、「もしも」が溢れ出して止めることができない。

(もっと、もっとつよければ)

(わたしのちからだけでベースゾーンのみんなを……)

(クウェンサーをまもれ
「あれ?婆さんが話があるからここに来いって言ってたんだけど。お姫様一人しかいないじゃん。どうしたんだ?難しい顔して」

 「呑み込まれる」一瞬手前だった。
 ハッと我に帰って振り返ると、今まさに悩みの中心にいる件の戦地派遣留学生の少年がそこに立っていた。

「クウェン、サー……?」


2

(どういう状況なんだこれ?)

 クウェンサー=バーボタージュは絶賛困惑の真っ只中にいた。
 整備兵の婆さんに呼ばれて『調整室』にやって来たはいいものの、残されていたのはお姫様一人だけ。何やらぼーっとした様子で思い詰めたように何もない壁を見ているようで見ていない。
 いつもの無表情とは明確な異様さを感じて声をかけたら、おぼつかない足取りでフラフラと近づいてきて、腰に手を回されて胸に顔を埋められた。
 要するにハグである。

「あの、お姫様?」
「……………………。」

 返事は帰って来ない。
 胸板で顔が隠れているせいで笑っているのか泣いているのか怒っているのか表情を読み取ることすら難しい。

(えーと、こういう時って抱きしめ返したり、頭をヨシヨシ撫でてあげるべきなんだっけ?でも昔モニカにそれやったら『セクハラすんじゃねぇっ!』ってビンタされたし。あ、お姫様のつむじの形綺麗。それとめっちゃいい匂いするなぁもう!)

 残念ながら異性との交際経験はないクウェンサー=バーボタージュくん。正解がわからず置き場所を決めかねている両手は着地点を見つけられずにただぎこちなく、寿命間近の蝶のように虚空を搔いて彷徨うばかり。今できることといえば、できるだけ心音を波立たせずにお姫様の頭皮の香りを堪能しながら時が過ぎるのを待つだけだった。
 体感よりもずっと長く感じる沈黙の数分間の末、ようやくお姫様はそのままの姿勢で何かを呟いた。

「……って」
「はい?」
「いいからそこにすわって!あっちむきながら!」
「はいぃ!」

 普段の彼女からは考えられない唐突な大声による命令にクウェンサーはビクリッ!と飛び上がりながらも即座に実行に移す。
 オーダーされてから3秒後にはスイッチ一つで変形するおもちゃのように、お姫様に背を向けながらコンパクトに身体を折り畳んでいた。胡座や体育座りではなく律儀に正座だったのは、いつも爆乳ドS上官にシゴかれている賜物か。

(え、なに?こわいんだけどっ!もしかしてクンカクンカしてたのバレた?殺される?俺殺される?スイカ割りみたいに頭パーンってされる!?)

 突然抱きつかれたと思ったら、意味不明な命令を下してきた少女の謎行動に内心滅茶苦茶ビビりまくっていたクウェンサーだったが、不意にその無防備な背中に華奢な重みと温もりがのしかかった。
 この部屋でそんな感触を生み出せるものといえば、

「あの、お姫様……?」
「こっちみなくていいから。はなしをきいてほしい」

 背中合わせで密着しながら、感情の読み取れない平坦な声で、お姫様は淡々と会話を進めていく。
 いつもの調子で茶化して無理矢理向き合うこともできたが、そうしたら少女が二度と手の届かない場所に行ってしまう気がしたので流石に弁えた。今はただ黙って従うしかない。

「ねぇ、クウェンサー」

 余程話し出すのに勇気がいるのか、

「もしも、もしもだよ?もしわたしがものすごくつよくなったらうれしい?」

 お姫様はたっぷりと間を置いて「本題」を切り出した。


3

(きいちゃった……。とうとうきいちゃった)

 アラスカで助けられてから現在まで、ずっと心の奥底で燻りながらも膨らみ続けていた疑念。
 それを打ち明けるのは、いつも命懸けで自分のピンチに駆け付けてくれるこの少年しかいないとは思っていた。
 しかしいざ勇気を振り絞ってカミングアウトしてみると、もう後戻りはできないという事実が想像以上に少女の精神と肉体を苛んだ。

(ほんとうはよわいかどうかだったのにぜんぜんちがう質問してるし……。ひきょうだな……わたし)

 緊張で鼓動は早くなり、絶対に気の所為なのに身体の末端部分が冷えて部屋全体がゆらゆらと揺れているような感覚に襲われる。

(こわい。どんな『答え』がかえってくるのかがおそろしい)

 少年からの返答がどういったものにせよ、自分の操縦士エリートとしての人生の方向性が決定的になってしまうような予感に恐怖心を炙られて、華奢な身体を締め付けるように少女は体育座りで折り畳んだ膝を両腕で更に強く抱き込んだ。
 そんな様子など露知らず、背中越しの隣人は「うーん」だの、「えーと」だのと唸り声を上げながら考え込んでいた。慎重に回答を絞り出そうとしてくれていることには感謝したいが、その時間がもたらす静寂は少女の身体を内側からキリキリと締め上げた。
 そして、

「あのさ、お姫様」

 ビクンと反射的に身体が小さく跳ねる。
 気づいているのかいないのか、背後の声が止まることはない。

「質問に質問で返すようで悪いんだけど、まず『ものすごく』ってどれくらい?」
「それは……」

 次は少女が考え込むターンだった。しかし、今度は答えを導くまでの時間は短かった。
 要するに「強くなってどうしたいか」。そんなの決まっている。いつだって思ってきた。

「みんなをまもれるくらいだよ。クウェンサーたちがなにもしなくていいくらいに。『インドミナス』も『テトラグラマトン』も『フツノミタマ』だってやっつけられるくらい」

 自分でも滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。つまり世界最強になりたいと宣言しているのと同義だ。
 挙げられた3機の詳細を知る者が聞いたら悪い冗談と捉えて呆れられるのが当然なほど荒唐無稽なスケールだったが、その条件に該当している少年は嗤わない。 
 ただ「そっか」と短く呟いて、

「確かに死にそうな目に合う機会が無くなるのは楽かもしれないけど、まず最初に浮かんだのは『寂しさ』と『悲しさ』かな」
「は?」

 「寂しさ」と「悲しさ」。

 不意に飛び出した短い2つの単語に少女の脳内が「?」で埋め尽くされる。
 喜楽のようなポジティブなものとはまるで正反対のネガティブな感想。
 苦痛や恐怖を避けようとするのが人間の本能のはずだ。この少年だって相棒と共にいつも文句を垂れながら、危険に晒される自分達の境遇を嘆いているはずなのに。
 正直な所、手放しで全肯定してくれると思っていた少女の心に予想外の「答え」が突き刺さっていく。

「『味方は誰も傷付かない』っていう理想は美しいかもしれない。でもその『誰も』にはお姫様自身が含まれていないだろ?そんなのアラスカでずっと独りで戦っていた頃と同じだ。お姫様だけに戦争の結果と責任を全部押し付けてさ。今更あんなフェアじゃない状況には戻りたくない」

 アラスカ以前の自分。

 戦えないベースゾーンのメンバーを内心で見下して馴れ合おうとせず、狭いコックピットに一人閉じ籠もって粛々と作戦だけを遂行していたあの頃。
 誰にも理解されず、しようともせずに出口の見えないトンネルを歩き続ける真っ暗で孤独な道。
 だとしても、それでも、

「そんなの世界最強になってかちつづければかんけいないでしょ」
「あるよ」

 即答だった。

「最強だったはずの例の3機だって結局は倒された。圧倒的な『個』であっても、凡百の『群』には勝てないんだ。それに今日の最強が、明日も最強なんて保証はどこにもない。だからお姫様がやられそうになった時に、『最強』に威を借りていたせいで何もできない牙の抜けたフニャチン野郎に成り下がるなんて俺は嫌だ」

 完璧だと掲げていた理想へのはっきりとした拒絶に、少女はついムキになって柄にもなく捻くれた態度で口を尖らせる。

「それはわたしによわいままでいろって言ってるの?」
「そうじゃない。何か勘違いしてないか?そもそも前提から間違っているんだ」

 太陽が東から登るように、1の次の数字は2であるように、教科書に書かれていることをそのまま述べるようにクウェンサー=バーボタージュははっきりと告げる。

「だって、お姫様は既に強いんだから」

 彼の世界ではわざわざ語る必要すら感じていないほどの「当たり前の事実」を。
 それはどこまでも愚直で、故に当事者である少女にとっては余りにも眩しく映った。 

「……いいのかな」

 次々と涙の代わりに今まで抱えていた自分への不甲斐なさが口からポロポロと零れ落ちていく。

「あんなにすごいオブジェクトたちとたたかっておきながら、いまさら第二世代たった一機にてこずっているのに。みんなに心配をかけるばかりでぜんぜんせいちょうできていないわたしが自信なんかもってもいいのかな……?」
「いいんだよ。そんな簡単にいきなり強くなられてたまるか。ゲームのレベルアップみたいに経験値が現実ですぐに反映されていたら、オブジェクトをぶっ壊しまくった功績で今頃俺は研究開発機関のトップでヘイヴィアのアホは名門貴族の当主どころか一国の王様になってるよ。まさに世界の終わりだ」

 吐露された不安の塊を受け止めても、クウェンサーの態度に揺らぎは生じない。
 心を縛り付ける自己否定という名の鎖が少女の頭の中で音を立てながら千切れていく。

「焦る必要なんてない。強くなりたいのはわかるけど少しずつでいいんだ。また不安に押し潰されて、自分を信じられなくなりそうになったらベースゾーンのみんなで何回でも叫ぶよ。『大丈夫、俺達が信じるお姫様は強いんだ!』って。だから忘れないでほしい。決して一人で戦っているわけじゃないって、今は『仲間』がたくさんいるってことを」

 それがずっとエリートの少女を側で見てきた戦地派遣留学生の少年が伝えたい全てだった。

 聞き届けたお姫様は一度だけ深呼吸をし、静かに立ち上がる。クウェンサーの背中にのしかかっていた重みと温もりがフワリと消えていく。まるで次の目的地を定めて、湖面を飛び立つ水鳥のように。
 そして、クウェンサーもよいしょ、と呟きながら膝をほろって腰を上げた。彼もまた、飛び立つ時だ。
 二人はタイミングを測ったわけでもないのに、自然と同時に振り向いて正面から向き合う形となった。

「もう大丈夫?」
「…………………………うん!」

 少し目元を赤くした跡が残りつつも、微笑むお姫様の顔にもはや迷いは存在しない。
 曇りの晴れた、「納得した者」の表情だった。

「クウェンサー」
「ん」

「いつもわたしと一緒にたたかってくれてありがとう。わたしがピンチになったら、またたよらせてね」

「こちらこそいつも俺達を守ってくれてありがとう。俺達がやられそうになったら、また助けてくれよな」

 そして二人は固く握手を交わすと、ビリビリと痺れるくらいに勢い良くハイタッチでお互いの掌を打ち付けた。パァンッ!と小気味の良い音が部屋全体に響き渡る。
 迷いを断ち切り、信頼を結び直した。だからこれ以上の会話は必要ない。


4

「遅くなってすまん。ちょうど給湯室の茶葉が切れておってな。ほれ、『島国』産の抹茶じゃ。流石フローレイティア、珍しいものを持っておったわい」

 クウェンサーが部屋を後にして、ちょうど一分後に整備兵の婆さんは戻って来た。

(そういえばクウェンサーは『ばあさんに呼ばれてきた』っていってたっけ)

 最初からこの老女はお姫様の抱えていた問題も、その解決に必要な手段と人物が全てわかっていたのだろう。年の功恐るべしである。

「ありがとう、ばあさん」
「何じゃ急に?儂には何のことだかさっぱりわからんな」

 テキパキと茶の準備を進めるとぼけた態度の婆さんだったが、横顔の口角が一瞬だけ僅かに上がったのをお姫様は見逃さなかった。
 改めて、自分は周囲の人間関係に恵まれていると自覚する。
 それに報いる方法といえば、

「ばあさん、お茶はやくいれてもらってもいい?わたし今なんだかすっごいじぶんの力をためしたい……!」
「さっきとはまるで別人じゃな。いいじゃろう、お主の絶好調がどれ程のものか、目に物を見せてもらうとしよう」

 今なら負ける気がしない。


5

「拿捕した『ロックンロール』のエリート、アリア=スピカを尋問したところ、彼女は『とあるオブジェクト』を追跡しろという命令を受けていたらしい。それも詳しい理由を説明されずにとのことだ。さらに同勢力内で情報共有はされていないとも」

「我々第37機動整備大隊と共通すると思わない?寧ろ闇雲に他勢力のオブジェクトを破壊しろとしか言われていない我々よりも、ピンポイントで一機に狙いを絞っていた向こうの方が情報的には先んじていると判断ができる」

「その『とあるオブジェクト』とは、『情報同盟』に所属する『ウェブ004』。『正統王国』軍では『サイトシーカー』と呼称される第二世代よ。もちろん今回の『宝探し』に集まった31のオブジェクトの中に含まれている」

「データベース上で把握できる限りでは第二世代を名乗っているが、あちらではありふれた情報収集用の一機に過ぎない。搭載している兵装に特徴は見られず、戦績も凡庸以下。主な運用方法は僚機と共に出撃し、腰巾着として戦場の隅からコソコソ狙撃するふりをして相手を牽制したり、ジロジロ眺めてエリートの戦闘パターンの分析などの後方支援だな。正に『情報同盟』らしい臆病で陰湿なもの。はっきり言って、単体ならお姫様の敵ではない」

「そして幸いにも、奴は私達のベースゾーンから西に約100km地点で珍しく単騎でうろうろしているのが衛星で確認されている。よって今回の作戦の目的はこの絶好の機会を逃さずに、『宝探し』の『鍵』となり得る本機を発見次第即無力化して確保することよ。こいつを他勢力及び友軍の誰かさんに撃破される前に早々にけりをつけたい。頭に叩き込んだなら速やかに出撃の準備に取りかかれ、以上!」

 麗しの銀髪爆乳上官、フローレイティア=カピストラーノ少佐がブリーフィングで述べた、ざっくりとした作戦内容はこんな感じだった。
 要するに仲間と逸れてぼっちになっているおいしい脂の乗った雑魚を、他のおっかない猟犬に狩られる前にさっさと独り占めしろということだ。単純な殺害よりも遥かに難しい生け捕りで。
 そして現在、第37機動整備大隊のジャガイモ達が放り込まれた舞台は辺り一面真っ白な砂の大地であった。

 ホワイトサンズ。

 カールズバッド洞窟群から約150km程北西に位置する、700km²以上の広さを誇る石膏と硫酸カルシウムで構成された砂漠。
 そこでドラゴンスレイヤーコンビが目にしたのは地平線まで砂糖や小麦粉をぶち撒けたかのような幻想的な風景と、

『たしゅけてええええええぇぇぇぇぇ!』

『そこのオブジェクトおお!とうそうをやめて止まりなさああい!』

『フェン、めんどくさいからもううっちゃっていいかい?』

 件の情報収集オブジェクトが、他の敵性オブジェクトとみられる2機に追い回されている地獄絵図だった。

「おもっくそ先を越されてんじゃねぇか!あんの爆乳!いつものことながら、いくら美人でもうっかり属性なんて俺はプラスで評価しねぇからな!何故なら!尊い命が!かかってるから!」
「問答無用で破壊じゃなくて、わざわざ止まるように警告してるってことはあの2機も『サイトシーカー』が『鍵』なのを知ってるってことでいいのか?だったらちょっとめんどくさいな」

 感情を爆発させるヘイヴィアとは対象的にクウェンサーは淡々と状況を整理していた。懲りずに不毛な憤りを抱く者と諦めて流される者との違いか。どちらが悲惨かは判断を委ねる。
 本格的な砲撃戦にもつれ込み、飛んで来たつまらない流れ弾で殉職しては天国のバーで自慢ができない。とりあえず二人は腹ばいになって姿勢を低くし、無骨な双眼鏡をオペラグラス代わりに戦場を見渡していく。
 真っ白できめ細かな砂は、太陽の光と熱を蓄えずに反射するためひんやりとして心地良い。

フローレイティアさん、ちょっといいですか?」
『んんっ、最初にお前達に言っておくが私にうっかり属性なんて断じて無いからな!いつもたまたま間が悪いだけだ!』
「(これで一言目が謝罪だったら、許してやってもよかったんだがよ……。とうとう開き直りやがったよコイツ……。生きて帰ったらマジで覚悟しやがれよ……)」
「(今はまだやめとけヘイヴィア、こういうのは薬局のポイントカードと同じで貯めれば貯めるほどプレミアムなご褒美が待っているって考えよう。罪悪感でドSの女王様がポッキリ折れるのを待つんだ)」
「(確かにそいつは見物には違ぇねぇが、その『いつか』を拝む前にくたばっちまったらやられ損じゃねぇかクソッタレ!)」

 変態共がボソボソと囁やき合う様子に背筋へ嫌な悪寒が走るフローレイティアだったが、彼女なりの(絶対に表には出さない)申し訳無さに免じてここは不問とすることにした。

『話を戻すとしよう。クウェンサー、お前が聞きたかったのは今まさに目標に噛みつかんとしているあの2機の詳細か?』
「ええ、ミサイルポッド?を大量に取り付けているグレーのと機体全体が金属質とは違うテカテカしている黒いやつなんですけど、データベース上に登録されていたりしませんか?共闘していることから、同じ勢力だとは思
「ヘイ、モヤシ野郎!俺ちょっと嫌なモン見ちまった気がするぜ!あれ見ろあれ!」
「何だよヘイヴィア、こんな真っ昼間の砂漠でブギーマンなんか見つけたって怖くもなんとも……」
「違ぇって!ミサイルポッドの方の装甲をよく見ろ!どっかで見た名前がねぇかっ!?」

 話を遮られて少し不機嫌になったクウェンサーだったが、ヘイヴィアに促されるままに双眼鏡でグレーのオブジェクトを拡大して覗いてみる。
 するとその表面には『Hejjihoggu Bomber』、機体の名前とみられるアルファベットの並びと電子回路を樹木の形に集めたようなロゴの下にデカデカとプリントされた「Yanagikage」という文字の羅列があった。
 クウェンサーの脳裏に軽薄そうな笑みを浮かべたとある男の顔が過る。

「ジン……ヤナギカゲ……!」
『こちらでも確認した。厄介なことになりそうね』

 先の事件で煮え湯を飲まされた男が絡むと知り、フローレイティアはため息の代わりに吸い込んだ紫煙を深く長く吐き出した。

『奴らは「資本企業」に属している。となるともう一方は外見の特徴と照らし合わせるに、おそらく「ラバースキン」というコードネームで呼称している第二世代。妙な光沢はオニオン装甲の上から分厚いゴムの膜を被せているからよ』
「ゴムだと?そんなもんで砲弾を防げるのかよ?」

 輪ゴムや空気しか詰まっていない柔らかいボールのイメージが先行してしまっている不良貴族には、身近な素材がオブジェクトの堅牢さを生み出すことにいまいちイメージが繋がらない。
 しかし一方で設計士志望の学生は顎に手を当てて、どこか納得したように「うんうん」と頷いていた。

「ヘイヴィア、ドでかいタイヤならわかりやすいんじゃないか?ちょっとした重機のものでも一本300kg近くになるんだと。そいつを地層みたいに高密度で重ねていったら?」
「成程、それなら馬鹿でかい主砲クラスのレールガンやコイルガンでも弾性で跳ね返しちまうかもしれねぇな」
『そういうこと。因みに、奴は主砲もゴム弾頭を採用している。「非殺傷」って触れ込みらしいが、シュミレートによると近距離で直撃すれば大抵の砲は真ん中で折れ、中のエリートは衝撃でトマトジュースになるそうだ。とんだ欺瞞ね』

 どちらにせよここで黙って指を咥えながら、『サイトシーカー』が捕獲されるのを見ているつもりはない。

『お姫様、一対二、下手すれば一対三になるかもしれないけど行けるかしら?』
『だいじょうぶ。いまのわたし、なんだかものすごく力がみなぎってる……!』

 フンスと力強く答えるエリートの少女の様子に以前垣間見えた不安定さはどこにもない。
 フローレイティアは安堵の笑みを浮かべると通信機を手に取り、交戦開始の宣言を行った。

『心配無さそうで何より。全軍に通達する!予定とは少々違うが我々のやることは変わらん!目標以外はブチのめしてスクラップにしろ!これより敵性オブジェクト、「ヘッジホッグボマー」と「ラバースキン」を撃破し、「サイトシーカー」を保護せよ!健闘を祈る!』

【サイトシーカー/Site Seeker】

全長…75メートル

最高速度…時速550キロ

装甲…一センチ×1000層(溶接など不純物含む)

用途…戦場制圧兵器(情報収集、保存用兵器)

分類…水陸両用第二世代

運用者…『情報同盟』

仕様…エアクッション

主砲…多目的切り替え式主砲

副砲…小型多連加速式三連レールキャノン×6、ドローン射出機など

コードネーム…サイトシーカー(敵オブジェクトの観察に長けた性能から。なお、『情報同盟』の正式名称はウェブ004

メインカラーリング…ホワイト

ヘッジホッグボマー/Hejjihoggu Bomber】

全長…70メートル

最高速度…時速420キロ

装甲…二センチ厚×800層(溶接など不純物含む)

用途…武装兵器破壊用兵器

分類…陸戦特化型第一世代

運用者…『資本企業』、『ヤナギカゲ重工』

仕様…エアクッション+ミサイル用燃料転用ジェット推進

主砲…マルチロックオン式大型クラスターミサイル×20

副砲…多種弾頭搭載型100連ミサイルポッド

コードネーム…ヘッジホッグボマー(ハリネズミのように並んだミサイルポッドで爆発をまき散らすところから)

メインカラーリング…グレー

【ラバースキン/Rubber Skin】

全長…90メートル

最高速度…時速450キロ

装甲…一cm厚×700層(溶接など不純物含む)+特殊ゴム装甲100cm

用途…対オブジェクト用非殺傷兵器

分類…水陸両用第二世代

運用者…『資本企業』

仕様…エアクッション

主砲…衝撃特化式特殊ゴム弾頭専用空圧砲

副砲…特殊ゴム粘着弾+トリモチ弾+遠距離狙撃特化ゴム弾他

コードネーム…ラバースキン(機体本体をゴムの膜で覆っているところから。なお、『資本企業』の正式名称はクララ

メインカラーリング…ブラック


6

 戦場に乱入した『ベイビーマグナム』の第一手はシンプルだった。

 逃げる『サイトシーカー』とそれを追う『ヘッジホッグボマー』と『ラバースキン』。そのちょうど真ん中に主砲のレールガンを撃ち込んでこちらに注意を向けさせる。

 轟音を伴って放たれた金属砲弾が白い砂を高く捲りあげる。
 そして爆風で広範囲に渡って飛散したそれは激しいブリザードに見舞われたかのように追跡者達の視界を遮り、一時的なホワイトアウトに陥らせた。

「そこの『資本企業』機とみられるオブジェクト2機、こちら『正統王国』軍第37機動整備大隊しょぞくのそうじゅうしエリート、ミリンダ=ブランディーニ。あなたたちがとらえようとしているそれはわたしたちのえもの。おとなしくひきさがるならみのがしてやってもいい」

 突然の闖入者の登場に、それまで規格外のカーチェイスを繰り広げていた3機の反応は様々だった。

『おっと、レーダーでほそくはしていたけどこんなに早くおでましとは。忠告いたみいるがこちらもビジネスでね、第一世代一機ていどにしっぽをまいて逃げてさくせんしっぱいしましたじゃ会社のしんようとこけんにかかわる』

『ちょうはつならもっとおおきなこえで言ってくれないときこえませんねえ!うちの社長のはなしをきくかぎり、あなたたちにもすくなからず興味はありますがそれはそれこれはこれえ!じゃまをするならはいじょお!』

『え、なに?なに!?あらての追手!?「本国」と「信心組織」と「資本企業」におわれつづけてとうとう「正統王国」さんせんでよんだいせいりょくコンプリートかよっ!こんなモテかたぜんぜんうれしくなーい!』

 素直に撤退してくれるなど端から期待してはいない。割り込ませた最初の一撃をどちらかにクリーンヒットさせて葬ることもできたかもしれないが、それは『正統王国』風に表現すれば「騎士道に反する」からしなかっただけだ。
 今の自分の力を試すためには、ヨーイドンのイーブンな状態でなければ意味がない。
 しかしながら、いくら勝てる自信が十分に有ったとしても3機を同時に相手取って無傷で済むと考えられる程、今のお姫様は自分の実力を過信してはいなかった。
 前回と同様にこの作戦を終わらせても満身創痍の状態では、虎視眈々と疲弊した獲物を狙っているハイエナに噛みつかれてしまう。
 そういったリスクを少しでも避けるための策は一つ。

(『サイトシーカー』をいったんみかたにひきいれて、二対二のこうずをつくる……!)

 思い付いてからは早かった。
 指差しをするように『ベイビーマグナム』の主砲の一つが『情報同盟』の白いオブジェクトへと向けられる。

「そこの『サイトシ……『ウェブ004』のエリートのあなた」
『ひゃ、ひゃいっ!』

 未だに状況が飲み込めず軽いパニックに陥っているのか、唐突にお姫様から声をかけられた『サイトシーカー』のエリートは上擦った悲鳴を上げた。

「あなた、なまえは?偽名でもいいから」
『ノ、ノエル!ノエル=メリーウィドウでしゅっ!としは16さいでたんじょうびは5がつ2か!おっぱいはちゃんと測ったことないからわかんないけどたぶんおっきいほうだとおもいましゅっ!コワイカラシュホウムケナイデ……』
(そこまではきいてないんだけど……)

 ノエルと名乗った少女はまるで圧迫面接を受ける就活生のように余裕というものが消し飛んでいるようだった。しかし、今はその心の隙に付け込ませてもらうとする。
 まるで詐欺師の常套手段のようだと心の中で自嘲しつつ、お姫様はなるべく相手を刺激しないように淡々と話を持ちかけていく。

「ノエル、いきのこりたければここはわたしたちと共闘して」
『ぶぇっ!?いきなりなに言ってんの!?』
「よくかんがえて。どうせ四大勢力からずっとにげることなんてできない」
『そ、それはそうだけど……』

 確かに闇雲に逃げていても事態は好転しないことをノエルと名乗った少女も理解してはいるだろう。
 いくらオブジェクトであろうともその動力は有限で、いつか必ず「限界」はやって来る。
 彼女も彼女でなるべく早く決断する必要に迫られているのだ。保護されるのに一番マシな勢力はどこか。

「きょうりょくするならきちんとほりょのあつかいにかんする条約にしたがうとやくそくする。それに自慢だけどわたしたちはつよい。そっちのデータベースで第37機動整備大隊のせんとうきろくをちょっとしらべれば実績はじゅうぶんわかってくれるとおもう。いのちをベットするにはなかなかわるくない物件じゃない?」
『ううぅ、あうぅ……』

 ノエル=メリーウィドウには現在3つの道が残されていた。
 ①このまま逃げて見つかるかわからない「第一希望」を探し続ける。
 ②『資本企業』に迎合して『ベイビーマグナム』を袋叩きにする。
 ③『正統王国』の誘いに乗り、この場を切り抜けつつ保護してもらう。
 一つ目はあまり期待できない。自分を狙っているオブジェクト3機を振り切るのは現実的ではなく、既に気力も限界だった。
 その次の二つ目にも不安が残る。今のところ直接的な攻撃を加えられていないとはいえ、いきなり襲いかかって来たので心証は大きくマイナス。その後の命の保証が有るかは不明。
 となると残る三つ目だが、最初に対話を臨んでくれた点は心証でプラス。言われたとおりに記録を閲覧したところ、実力は相当高そうではある。しかし、捕虜となった自分への扱いは口約束由来だからと反故にされたら全てが瓦解してしまう。

『えーと、えーと……どうしよう』

 天然のスモークはまもなく晴れる。『ヘッジホッグボマー』と『ラバースキン』のコンビとの本格的な戦闘まで幾ばくもない。
 ウダウダ堂々巡りを繰り返す優柔不断なノエルに、お姫様は痺れを切らして伝家の宝刀を発動する。

「10、9、8、7、……」
『あぁっ、よくわかんないカウントダウンはじめないで!のります!ノエルちゃん「情報同盟」はつ、「正統王国」いきのさいしゅうれっしゃにのりましゅぅ!キョウカラトモダチヨロシクネ!』
「よろしく。ともだちはしらないけど一応かんげい。いぇーい」
『あのー……、ちなみにもし断ってたらどうなってたの?』
「………………………………。ききたい?」
『いえ、けっこうですっ!むごんがいちばん怖いいい!!』

 半ば強制的な気がしないでもないが、こうして即席のユニットが成立した。
 あとは邪魔者を迎え撃つのみ。

「というわけなんだけど。フローレイティア、これでいい?」
『事後報告極まりないが止む終えん。追われているのを発見した時からこうなる気がしていた。あとはあなたに任せるわ』
「りょーかい」

 軽い調子で答えるお姫様とは対象的にフローレイティアは憂鬱そうに頭に手を当てつつも、どこか楽しそうに苦笑が漏れ出ていた。

『それにしてもミリンダ
「なに?」
『随分と口先が達者になったじゃない。どこかの「学生」の影響かしら?』
「ふふっ、そうかも」

7

 同盟結成を喜んでいる(?)暇もなかった。
 モクモクと煙る砂塵が巨大な爆炎でブワリと内側から吹き散らされ、微かな残滓を切り裂いて『ヘッジホッグボマー』と『ラバースキン』が姿を現す。

『フェン、ミサイルをうちわ代わりにするならもうちょっとデリケートにたのむ』
『ノンノンノン!地味なばくはつなんてきわめてナンセンスっ!あちらのすけっとさんがヒロイックに登場したぶん、あたしたちもインパクトでまけてられませんよお!』
『そんなところきそってどうする……』

 『サイトシーカー』が自分達の手を離れて、敵に回っても彼らの口調から焦りは微塵も感じられない。
 両者共、自らの実力に自負を抱いていないと取れない態度だ。
 一筋縄では行かない難敵の予感に、お姫様は操縦レバーを強く握り直す。

『まったく、たいがいにしてくれよ。さて、はなしはおわったかな?』
「わざわざまっててくれたんだ。おそらくさいごのチャンスかもしれなかったのに」
『あなたを先にたおしてじつりょくをしめせば、そこの『情報同盟』機だってていこうする気がうせてしたがってくれるでしょおお!』
『わわわっ、わたしたちむてきのコンビにかてるとおもってんのかぁ!かかかか、かかってこいやぁ!』

 西部劇のガンマンか『島国』のサムライの決闘のようにお互いを見据える4人だったが、砂漠に吹く風がピタリと止んだ瞬間が開戦の合図となった。
 最初に動き出したのは『資本企業』

『んじゃあ、ナイジェル君!うちあわせどおりにい!!』
『りょうかい、それときこえているからもうちょっと声量をミュートしてくれ!こまくがそろそろイカれそうだ!』

 決められたフォーメーションなのか、『ヘッジホッグボマー』と『ラバースキン』はお姫様達を円の中心に据えて取り囲むように散開した。
 高速で円の外周を旋回する2つの無機質な巨大兵器は「絶対に逃さない」と主張しながら、見る者に多大なプレッシャーを与える。

「とりあえずわたしからなるべくはなれないでかいひに専念して。あなたにはいままでのようにけんせいとぶんせきをまかせる。ぜったいにまもりぬくからまずは落ち着いて」
『お、押忍っ!やるぞー、やってやるぞー!戦友(トモダチ)とのはじめてのきょうどうさぎょう……!ふ、フヒっ……!』

 一方で無敵コンビ(笑)はこの死のすり鉢に呑み込まれて引き潰されないために回避の邪魔にならない距離を保ちつつ、背中合わせで敵の動きに直ぐ様反応できるよう五感を尖らせていく。

『はいポチっとなあ!ほんじつのてんきは晴れときどきミサイルでございまあす!』

 いっそ間の抜けたフェンの声と共に『ヘッジホッグボマー』に搭載された夥しい数のミサイルポッドが展開し、解き放たれたミサイルの群れが噴射煙と発射音を置き去りにして『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』に襲いかかる。

「くる!もう一機にちゅういしつつたいくうげいげき」
『OK!じだいおくれのミサイルなんて、レーザーのまえじゃイチコロだもんね!』

 確かにノエルの台詞は正しかった。
 いくらミサイルの波状砲撃といえど、所詮はジェット推進。光速の対空網から逃れる術はなく、ほぼ全てが目標に噛みつく前に空中で撃ち落とされてしまった。しかし。

『ちょっ、なにこれ!?スモーク!?ぶええっ、なんにもみえないようっ!』
『さっきのおかえしでえす!ひっかかってくれましたねえ!』

 爆散した偽装スモーク弾から大量の煙が立ち昇り、巨大な壁となってお姫様達を包囲する。

(……っ、はでな一斉掃射はデコイ!ほんめいは!?)

 このままでは格好の的となってしまう。
 そうならないために複雑な蛇行を描きながら機体を揺らそうとする『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』だったが、煙に阻まれてしまったこの状況ではお互いに接触する危険性が頭にチラついて満足に動けない。
 そんな両機を嘲笑うかのように視界を塞がれて役立たずとなったカメラの代わりに、熱源感知センサーが今更反応を検知した。

「ノエル、うえ!」
『わかってる!』
『おそい。いったでしょう、「晴れのちミサイル」だって』

 フェンの言うとおり一手遅れた。
 咄嗟に再び対空迎撃を行おうと砲を真上に向けようとしたが、既に大型のクラスターミサイルはマトリョーシカのように子弾から孫弾にまで分かたれていた。
 オブジェクトにも通用するようにナイズされた爆発物が『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』の周囲一帯に降り注ぎ、莫大と表現するには生易しい熱と光と音の渦に叩き込んだ。


8

 その巨大な爆発は爆心地から数km離れていたはずの軍用車両を衝撃で横転させた。
 オブジェクトの前ではその程度のサイズなど、小虫にまでスケールを貶められるということか。
 乗車していた更に小さなクウェンサーとヘイヴィアは180度ひっくり返った車内から、ノソノソと惨めに這いずりながら脱出するしかない。

「づ……ぁ……!クソッタレが……、ちょっと油断してやがったらすぐこれだ!相変わらずあのデカブツ共は加減ってもんを知らねぇ!」
「そうやって悪態を付けるならまだまだ元気だと認定されるから、こういう時は黙ってた方が良いって俺思うの。それにしてもあのミサイルオブジェクト、おそらくは第一世代か?無差別広範囲攻撃持ちなんて俺達と一番相性が最悪だろ……。これ以上近づくことさえ出来そうにないな」
「人間とオブジェクトに相性も糞もあるわけねぇだろ……。っ、それよりもあっちはやべーんじゃねぇの!?流石のお姫様でもお荷物抱えてちゃきびしかったってか!?」
「お姫様、無事か!?応答してくれ!」

 巨人達の戦いを黙って見ていることしかできずに歯噛みしながら、クウェンサーは『ベイビーマグナム』に呼びかけた。
 幸い無線機からは思いの外元気そうな声が返って来たのでほっと胸を撫で下ろす。

『しんぱいしなくてもなんとかぶじ。ばくはつははでだけどいりょくはそこまででもないみたい。副砲はいくつかやられちゃったけど、主砲はまだだいじょうぶ』
『こっちもおんなじかんじれーす。チミたちが例の「ドラゴンスレイヤーコンビ」ってやつ?きょうからおせわになるノエル=メリーウィドウちゃんデス!あとだれが「お荷物」じゃーい!』
「思ったよりもダメージが少なそうでよかった。さっきのクラスターミサイルはもしかしたら装甲を貫くのが目的じゃないのかもしれないな」
『ちょっと!?スルーすんなし!あいさつだいじ!ナイストゥミーチュー!ワッチュアネーム!』

 どうやらこの拾われたエリートは中々に愉快な性格をお持ちのようだ。具体的に記すならばややうっとおしい。
 しかしながら(大変面倒臭いが)これからの連絡の為にも、名前を伝えておくのは確かにごもっともではある。
 何より自分達は礼節と名誉を重んじる誇り高き『正統王国』の人間だ。初対面の味方に非礼を働くことが有ってはならない。なので。

「クウェンサー=バーボタージュです。どうも」
「ヘイヴィア=ウィンチェルっす。以上」
『よそよそしさマックスのさいていげんのプロフィール!?塩い!あまりにも塩い!ナンデ!?』
「「いや、だってなんか苦手なタイプだし」」
『ぐはっ!』

 デリカシーの欠片も無い馬鹿二人による言葉のストレートが、ノエルの精神の顎っぽい部分にクリーンヒットする。
 それでも打ちのめされ、項垂れても不思議と敵からの砲撃をヒラリヒラリと的確に捌けているのは流石エリートといったところか。若しくは慣れているのだろうか、こういった扱いが。

『うぅ……、たしかにウザがらみが過ぎたかもしれないけどさぁ……。わたしだってほんとはすごいんだぞぉ……。「スペシャルナンバーズ」の「4」を任されてたりさぁ……』
「ヘースゴイデスネ。先に傷付く前に言っておくけどよぉ、俺達はアンタを保護はしても馴れ合うつもりはねぇからな」
「いい加減話を戻していいか?お姫様、『ヘッジホッグボマー』の方は大体わかったけど『ラバースキン』の方はどうだ?」
『主砲のゴムだんはきんぞくほうだんほどのおもさはないから、けっこうブレてめいちゅうに難があるみたい。ほんらいは近距離でうんようするものなのかも』

 アドバイザーに徹するしかない現状、敵の攻略に必要なピースを埋めていくためには戦場で直接対峙しているエリートから「生きた情報」を得ていくしかない。
 そんな中、最初に「違和感」を提唱したのは不良貴族だった。

「んー、なんかチグハグじゃね?ミサイル馬鹿はともかくとして、聞く限りコンドーム野郎はあんなめんどくせぇ布陣なんか敷いてねぇで正面から突っ込んじまった方がセオリー通りなんだろ?」
「お前もそう思うかヘイヴィア。2機共ゴリ押ししたほうが手強そうなのに来る様子がない。ということはそうしたくない理由があるってことだ」

 相手の言動、円の描くようなフォーメーション、広範囲に熱と爆風をばら撒くミサイル、近距離用の主砲なのに離れたポジショニングを保っているスタイル、そして両機がコンビネーションを営む上で生じてしまう粗。
 些細な要素を抽出し推理していくことで、彼らは今まで勝利を繋いできた。
 とりあえず今のところ出せる結論は、

「おそらく『ヘッジホッグボマー』はどこまでもサポート役だ。大量のミサイルの目的は威力が減衰している『ラバースキン』の主砲が、有効になるくらいまで相手の装甲を熱で柔らかくすること」
「んで、味方同士で離れてグルグル回ってんのは攻撃に巻き込んじまった場合、ミサイルの熱にゴムが耐えられねぇから。タイマンじゃ厳しいからツープラトンで挑んで来たみてぇだけど、おかげでお互いに全力が出せねぇヘンテコなチームワークが出来上がったっつーわけだ」

 歪みの正体が明かされたのならば、今度はこちらが攻めに転じる番だ。

『じゃあどうすればこのばんめんを崩せる?』
「それは……」

 問題はその手段をどう用意するかではあるが。
 幾らチグハグやヘンテコと評しても、相手の策が盤石なのは変わらない。
 このままではこちら側の武装を全て破壊されるか、いつか訪れる致命の一撃を待つしかないジリ貧に陥ってしまう。

『……できるよ』

 頭を悩ませている馬鹿二人に、この場で最もイレギュラーかつ足手まといとなっていた存在から突然の提案が挙げられる。

「「は?」」
『だーかーらー、このわたしがなんとかしてとっぱこうになってあげるって言ってんの!めっちゃこわいけど!』

 つい先程まで精神的ノックアウトを食らってダウンしていたはずのへっぽこエリート、ノエル=メリーウィドウであった。

 ────そして数分後。

『ナイジェル君、そろそろ「直径」をちぢめてもいいとおねえさんおもうんだけどお!いいかんじにおあいてもこんがりローストされてきたしい!』
『ああ、さすがの「英雄」サマも二対一どうぜんのハンデありじゃ僕たち2機をあいてにするのはむぼうだったか。フェン、まだミサイルをきらさないでくれよ!』

 じわじわと勝利に近付きつつある『資本企業』の操縦士エリート達は、更に確実なものとするためにフォーメーションを次のフェーズへ移行しようとしていた。

(しょうじき拍子抜けもいいところだったな。まぁしごとがらくに越したことはないし、ほかのハイエナどもにかまっているヒマもないからべつにいいんだけど。…………ん?)

 ぼんやりと考え事をする余裕さえ見せるナイジェル=スリングショットだったが、突如レーダーに映る光点の動きの変化に顔を顰める。
 今までの対象の精神的な傾向から考えて、ありえないと頭の隅に追いやっていたはずの大胆な行動。
 しかし機械は噓をつくことはなく、カメラからもその暴挙をモニターに現実として映し出している。

『どういうことだ……』
『?』

 それは即ち、

『どうして「目標」がたんきでこちらにとつげきしてくるんだ!?』


9

 臆病なはずのエリートの少女が立案した作戦とは、至極単純なものだった。

『まずぜんていとして、「資本企業」のれんちゅうはわたしをとっつかまえたいんでしょ?しかもなるべく生かしたままで』
「そりゃそうだ。だから火力が控えめで相手のオブジェクトを『完膚無きまでに爆散させる』ではなく、『適度に壊して降伏を促す』ような機体が差し向けられたんだろうけど……。ノエル、まさかと思うがアンタ……」
『あぁっ、まって!じぶんのくちからじゃないと「決意」がにぶっちゃいそうだから言わないで!』

 ノエルはおそらく「正解」を察してしまったであろうクウェンサーを遮ると、自身に言い聞かせるように震えながらもはっきりした声で高らかに宣言した。

『わ、わたしがちょくせつ「ラバースキン」につっこんで隙をつくりましゅっ!』


10

『どりゃあああああぁぁぁぁぁっ!!カチコミじゃあああぁぁぁぁい!!』

 白亜の砂漠にノエル=メリーウィドウの雄叫びが響き渡る。
 尾を引く砂煙を背に最速最短、猪突猛進で『ラバースキン』へ向かっていく。

『やぶれかぶれのとっこうですかあ!?いまさらどうしてえっ!?』
『そんなことぼくが知るもんか!きょうふにたえられず、ヒステリーでもおこしたのか!?と、とりあえず無力化だ!わざわざちかづいてきたのなら、そのぶんかっこうのまとになるはずなんだ!』

 とにかく狼狽えている場合ではない。この無謀な暴走としか言いようがない突貫を止める方が先だ。
 なんとか『サイトシーカー』の正面に直撃させないように『ラバースキン』から幾つもの砲撃が放たれるが、その尽くが先を読まれているかのように紙一重で躱されてしまい当たらない。
 虚空だけを貫く砲弾を尻目に、どんどんと間合いを詰められていく。

『(このっ……、どうして……!ダメだ、おいつかれる!このままじゃ、ちかすぎてめいちゅうさせてもしょうげきで死なせてしまう!)』
『フハハハハ!このきょりならごじまんの主砲は撃てまい!ちょくげきしたらたいせつな「目標」こと世界の美少女ノエルちゃんがR-18Gなミンチになっちゃうもんねぇ!』

 お互いの砲と砲が触れ合いそうなほどの肉薄を許してしまった『サイトシーカー』を引き剥がすべく、複雑な軌道で愛機を操縦するナイジェルだったが、まるで影か社交ダンスのパートナーのようにピタリと密着して離れない。
 そこへ更に揺さぶりをかけるべく、ノエルは追い打ちを仕掛けていく。

『ほれほれー、主砲撃っちゃおかなーっと!そーれふぁいあー!』
『!?』

 芝居がかった台詞と共に砲門が明確にこちらへ向けられ、ゼロ距離砲撃を警戒して反射的に大きく後ろへ下ったが数秒経っても『サイトシーカー』の主砲が発射される気配はない。

『ただのブラフじゃないか!ナメやがって!』
『チッチッチ、ざんねん!「ほんめい」はわたしじゃなーい!』

 「なんだと?」と聞き返す暇もなかった。
 何故ならその前に、思わぬ方向から伸びてきた一条の光線が、『ラバースキン』の球状本体の側面を多数の武装を巻き込みながらごっそりと抉り取ったからであった。
 大きく揺れるコックピット内でナイジェルは、鳴り止まない警報アラームに包まれながらも不意を突いてきた下手人を睨みつける。

『わたしをわすれてもらってはこまるんだけど』
『ぐっ……、「正統……王国」……!』

 明らかに戦闘開始当初の警戒度では『正統王国』機の方が圧倒的に上回っており、『目標』である『情報同盟』機は殆ど眼中になどなかったはずだった。
 しかし『目標』自身の自分が重要人物である点を逆手に取った命懸けの奇策で注目を奪われてしまい手痛い一撃を食らわされた。
 そして仕上げとばかりに大破寸前の『ラバースキン』の眼前へ、『サイトシーカー』がこれみよがしにと躍り出る。

『これでとどめじゃああああっ!!』
『ナイジェル君!』
『く……るな……、これもブラ……フだ……』

 警告虚しくピンチに陥った僚機を救援しようとして、クラスターミサイルを発射せんとするフェンに制止を促すには些か彼の声量は足りていなかった。

『ええ!?なにい!?きこえないっ!?』
『(ここで難聴……!)』

 走馬灯のように体感時間がゆっくりとなったナイジェル=スリングショットの視界の端では、既に爆発圏内からの離脱を果たしている『サイトシーカー』の姿が目に焼き付いていた。

『クソっ……!!』

 飛翔する爆発物の群れが『ラバースキン』の周囲一帯で炸裂する。
 もはや逃れる術はどこにもない。
 何度目かわからない爆轟と閃光がホワイトサンズを走り抜けたが今までとは一味異なり、此度はゴムの焼ける匂いを伴っていた。


11

 そんな次々と繰り広げられるカオスな展開をドラゴンスレイヤーコンビは、相変わらず横転した軍用車両付近から大して動きもせずに遠目に眺めていた。
 消しゴムのような味のないレーションとよく冷えた水筒の水をポップコーンとコーラの代わりに、観戦気分のヘイヴィアは呑気に呟く。

「おーおー完全にこっちのペースだなありゃ。すっげぇ、前回に引き続き俺様普通にレーダー分析官っぽいことしてやがる。もうやることねぇからソシャゲの周回してて構わねぇか?」
「軍の端末からログインしたら一発でフローレイティアさんにバレるよ。しかもそれってオブジェクトを美少女に擬人化っていうコンセプトの『島国』製だろ?各勢力から『うちの軍事機密の結晶を愚弄し、あまつさえ拡散するなんて許さーん』とのことで訴えられてもうすぐサービス終了って聞いたけど」

 一方のクウェンサーも日陰でだらしなく裸足の脚を伸ばしてリラクゼーション全開。
 普段の泥臭い戦いから開放されている反動故か、二人揃って堕落の道へ一直線なのであった。

「それにしてもノエル、回避だけは上手いと思ってはいたけどまさかこれ程までとはな。砂と機体のカラーリングが同じなおかげで距離感が錯覚されやすかったせいもあるんだろうけど」
「あー、ウユニ塩湖で撮ったトリック写真とかのあれか。つーかどうして最初からこうしなかったんだ?舐めプってやつ?」
『ちーがーいーまーすー!いつもいっぱいいっぱいのギリギリでいきてるっての!これは「解析」がだいたいおわったからできる芸当ですぅ!かってにかいかぶるんじゃねぇ!』
「「『解析』?」」
『ほら、わたしの「ウェブ004」……「サイトシーカー」ってじょうほうぶんせきようの機体じゃん。いつもあいてのエリートをかんさつしているから、10ぷんもみていれば個人のくせやこうどうパターンが読めちゃうの。しゅうちゅうするからめっちゃ頭がつかれるんだけどネ!』

 さらりと説明されたが割りと洒落にならない能力である。
 言っていることが事実ならば彼女の前では「解析」されてしまった操縦士エリートは攻撃を当てることは叶わず、逆に一方的に反撃されて蹂躙されることを意味する。
 しかし馬鹿二人が率直に抱いた感想といえば。

「そんなチート能力持ってんのになんであの程度の実力?」
「やべーことやってるのはわかるが、あんま強そうに見えねぇなぁ」
『いがいとしんらつゥ!……まぁお察しのとおり、はんしゃそくどや情報処理能力がおいつけなければ宝のもちぐされなんです、はい……。おまけにノエルちゃん、まとあてがてんでノーコンだからへいわしゅぎの「避け専」なんだよね。たぶんそっちのお姫様、ミリンダちゃん……だっけ?とガチンコでやりあったら100パーでまけるとおもう。マァツヨクナクテモ「ウェブ004」ノシンカハベツナンダケド……ヘッ……ヘヘ……』

 長台詞の途中から悲しくなったのか、自虐モードで尻すぼみに声が小さくなっていくノエルをクウェンサーは無視した。
 そんなことよりも気になる点が浮かんだからだ。

「………………あれ?」
「へい、どうしたんだよギーク。急に考え込んで?てめぇがそうするってことはろくでもねぇことが起きる前兆だから勘弁してほしいぜまったく」
「なぁ、ノエル」
『んあ?』
「その『解析』したエリートのデータって全部アンタの頭の中にあるのか?」
『ちがうヨー。ぶんせきしたけっかは「パラメーターリスト」ってやつにあてはめて、デジタル化してほぞんされてまーす。あれ?これ言ってよかったんだっけ?まぁいいや、ほとんど亡命中だし!』

 「やはり」という納得と「これ以上聞くのはまずい」という心のブレーキが脳内で坂を転がる雪玉のように膨らんでいく。
 それをわかりやすく世間一般で表現するならば「嫌な予感」と呼ばれるものだろう。
 しかし質問することを止められない。

「へ、へーそりゃすごい。それともう少し聞いてもいいか?」
『なーにー?』
「アンタは全勢力から追われてる立場なんだよな?」
『うん』
「原因ってもしかしてそのデータ関連だったりする?」

 直後、通信機越しにガタリという驚いて飛び上がったような音とゴヅッというどこかに身体を強打したような音が『サイトシーカー』のコックピット内部から響いてきた。

『いったぁ……、おもいっきりひじぶつけたぁ……!し、シラナーイ……!ノエルシラナーイ!おえらいさんさんたちのじょうほうなんて売ってナーイ!ひゅーひゅー♪』

 少し暑苦しいくらいの砂漠の空気が一瞬で凍りつく。
 少女が真実を述べているかどうかは、彼女の白々しすぎる態度が雄弁に語り過ぎていた。

「「…………………………おい、ちょっと待て」」
『アレ?ナンカワタシマズイコトイッチャイマシタ?』

 己の体温が上がっていくのをクウェンサーとヘイヴィアは明確に感じ取った。凍てついた空気が元の体感気温に戻ったからではない。
 怒りによって熱せられた血液が、爪先から脳天に向かって導火線のように立ち昇っているからからだ。
 そして起爆すればどうなるかは明白。

「じゃあ何だ?『宝箱』の中身は各勢力の上層部の重要情報だったってことか!?」
「てめぇがこの騒動の元凶かよ!?どの面下げて『助けて』なんてほざけた!ふざけんじゃねぇクソ女っ!面の皮何mだコラァ!」
「そのデータとやらって、もちろん俺達『正統王国』の物も含まれているんだろ!?『知りすぎた罪』容疑でこっちまで危ないじゃん!」
「もしかしてウィンチェル家のデータも有るってのか!?今更だが『情報同盟』共のコンプライアンスはどうなってやがる!プライバシー侵害もいいとこじゃねぇか!」
『いや、えっ、あのぉ……。しつもんはひとつずつぅ……ゆっくりぃ……』

 学生と貴族に早口で捲し立てられて、すっかりオドオドモードに切り替わって怯えるノエルを状況は待ってはくれなかった。

『いいや。すこしばかりききずてならないな』
『やっぱり、ジンのよみどおりってわけね』

 質疑応答の参加者がもう二人ほど増えたからである。

『え?ちょっ、なんで「資本企業」にまで回線がひらかれてんの!?あっ……、さっきぶつけたときにまちがえて押しちゃったのか……。って、わたしのアホ!』
『だまれっ!きかれたこといがいはしゃべるな!』

 語気を荒げる『資本企業』所属の少年エリートが操る『ラバースキン』は既に大破しているに等しかった。
 機体全体を覆うゴム装甲の大部分は溶け落ち、武装の大半は失われている。
 そんな状態にありながら誰も止めを差したり、撤退を促したりはしない。
 戦闘を中断して、ノエル=メリーウィドウに全員の目と耳が釘付けとなっていた。

『僕たちはそのオブジェクトには操縦士エリートとじゅうようじんぶつらのデータに加えて、われわれのきんゆう関係をふくめたあらゆる機密プロジェクトがおさめられているときいた!……げほっ……!どうなんだ!?』
『ナイジェル君、きずはあさくないんだからあまりおおごえをださないで。それでノエルさんとやら、ほんとうなの?』

 普段の喧しさから一転して、『ヘッジホッグボマー』の女性エリートの声は冬の湖のように冷たく静かな声だった。おそらくこれが彼女の怒り方なのだろう。

「なぁ」
「おい」
『にげるな』
『ねぇ』

『『「「なんとか言ってみろ!」」』』
『う……、あ……あぁ……!あああああアアアアアぁぁぁっ!!』

 お姫様を除く全員から詰め寄られる圧力に、ノエル=メリーウィドウの精神は遂に限界に達した。その結果。

『あーもう、うるさーい!そ、そもそもいまの『ウェブ004」から情報はほとんどどぶっこぬかれてて価値なんかないんだってばぁ!』

 糾弾するメンバー達に更に大きな爆弾を浴びせかけた。

12

 突如投下されたあまりにもあんまりな問題発言はそれまでの怒声飛び交う喧騒を跡形もなく吹き飛ばし、全く真逆の痛いくらいの静寂へと一変させた。

『『「「………………………………は?」」』』

 憤怒の炎に包まれていたはずだった弾劾の中心に居た4名は呆けた返事をしたきりで、その「次」へは続かない。
 皆一様に絶句してしまい、次のアクションすら取れなくなってしまっているのだ。
 「開いた口が塞がらない」とは、正にこのシチュエーションのために使われる慣用句だろう。
 そんなどうしようもない空気を最初に打ち破ったのは、現状を最も冷静に俯瞰していたお姫様だった。

『ノエル、どこまでが「ほんとうのこと」?』

 しかし放たれた口調はどこまでも平坦で、磨き抜かれた刀身のように鋭い。
 『ベイビーマグナム』の主砲は、いつの間にか『資本企業』の2機だけでなく『サイトシーカー』にも向けられていた。
 当たり前だ。命懸けで守ろうとしていた存在はもしかしたら全ての元凶で、自分達は下らない茶番に付き合わされているだけなのかもしれないのだから。「回答」の内容によっては状況がまるごとひっくり返る。
 この『情報同盟』の少女はもはや同盟相手かどうかすら怪しい。 限りなく黒に近いグレーだ。

『ひっ……!ぜ、ぜんぶ、ぜんぶほんとうだってばっ!いろいろとじゅうような情報をかかえこんでいたのも!いまはだれかにそれらまるごとぬきとられて中身がからっぽなのも!う、うそじゃない!しんじてよぉっ!あ……、ください……!』

 いっそ痛々しさを感じるほど必死に、自身の潔白を訴えるノエルだが当然周囲の反応は冷ややかな沈黙だった。
 これまでの経緯から声は泣いていても、どうせコックピット内の実際の表情はほくそ笑んでいるに違いないと疑われても無理はない。
 お姫様は面倒くさそうにこめかみに指をグリグリと押し付け、司令室へと通信を繋げる。
 「疑わしきは始末する」が一番手っ取り早いと理解はしている。しかし、最終的にノエル=メリーウィドウをどうするかを決断する権限を持つのは彼女ではない。

『だって。フローレイティア、ぜんぶきいているんでしょう。撃つ?』
『うーむ、正直今すぐにでも衝動に任せて「全てを焼き払え」と命じたいところだが、生憎私は理性を優先できる文明人だ』
『つまり?』
『結論としてはまったく忌々しいが、そこのバカエリートの保護は継続。少なくともこの戦闘の間は生きていてもらわないと困る。先程の供述が真実なら、他の勢力にババ抜きのジョーカーのように押し付けるわけにはいかない』
『いまこのばで処分してぜんぶなかったことにするのは?』
『ゔぇっ!処分!?』

 自分を取り巻く不穏な雰囲気と、飛び出した物騒なワードに素っ頓狂な声を挙げる推定有罪にいちいち反応を返す者はいない。
 もうこの全自動失言散布機を無駄に喋らせても、誰一人得しないと全員が短時間で学んだからだ。

『大変魅力的な提案だがそれもナシ。そうするには騒ぎがデカくなりすぎた。もう誰かが「お宝」の「第一発見者」としてそれっぽく名乗り出ないと、この戦争は年単位の泥沼化は必至。だから「合っているかもしれない事態収集の鍵」をそう簡単に壊すわけにはいかないの。我々第37機動整備大隊が囲い込んでこれ以上の混乱の元を断つしかないわね。最悪なことに』

 フローレイティアの声は目を瞑って額に手を当てているのを鮮明に幻視出来そうなほどの陰鬱さが込もっていた。
 今頃ベースゾーンの諜報部門と電子シュミレート部門は対応に追われ、てんやわんやであることが容易に想像できる。もちろん、それらを束ねる立場である彼女も含めて。
 彼らの負担を少しでも減らすには、事態を一刻も早く収めるしかない。

『わかった。というわけでノエル』
『はいぃっ!』
『この場はまもってあげる。あんぜんがかくほされたらおとなしく投降するように。それからわたしのめいれいには絶対服従。やぶったら、わかるよね?……へんじは?』
『は、はいっ!ぜんぶしっていることは洗いざらいはなしマスっ!ほごしていただきたいへん光栄であひましゅっ!ふちゅちゅかものですがよろしくおねがいしますっ!!』

 改めて不本意ながら再び奇妙な共闘関係が無事に(?)結ばれた。しかし忘れてはならない存在がまだ残っている。
 口を挟めなかったおかげでポツンと話題から取り残された『ヘッジホッグボマー』と『ラバースキン』、『資本企業』のオブジェクト達だ。

『そういうわけなんだけど、つづける?』
『あたりまえだろう!ここまできてひき下がれるかっ!こちらも真偽をたしかめるまではっ……、づぐっ……!』

 未だに戦意を喪失しようとせず作戦を遂行する意思を示すナイジェル=スリングショットだが、『ベイビーマグナム』の主砲が直撃した時点で機体と肉体へのダメージは限界を迎えているのは明らかだった。
 そんな危険な状態で頭に血が昇りつつある彼を諫めるべく、フェン=ファングは徐ろに通信を繋げる。
 制止すべき本人にではない。もっと遠くへと。

『作戦本部へつうたつ。こちら「ヤナギカゲ重工」にしょぞくする「ヘッジホッグボマー」の操縦士エリート、フェン=ファング。「クララ」大破につき、これいじょうのせんとうぞっこうはふかのうとはんだん。これより本機はてったいをしえんする』
『なっ!?』

 似合わない冷静な口調で淡々と作戦本部とのやり取りを進めていくフェンに困惑するナイジェルだったが、その僅かな間に全ての手続きが滞りなく終わってしまう。セコンドタオルを投げられた当事者である彼を置き去りにして。

『これでよし!』
『フェン!かってになにをっ!』
『ナイジェル君、ここはひいて』
『でも……ッ!』
『じぶんでもわかっているんでしょ?どうせそのキズじゃなにもできない。だからはっきり言ってあげる。あしでまといだから消えて』
『………!』

 突き放すような言葉を受けて、漸く彼は喧しくも賢しい相方の真意を理解した。
 これより彼女は不利な戦いに挑む。勝率ははっきり言って高くはないだろう。
 それでも自分を逃がすためここに残る。
 契約上の短い付き合いだったのに。とっとと見捨てて盾や囮として使い潰すなりだってできたのに。
 無断の撤退進言やあえての厳しい態度は、少しでも「一人で情けなく帰る罪悪感」を軽減させるための彼女なりの不器用な気遣いか。

『……すまない。損なやくまわりをになわせて。おかげであたまがひえた』
『いいってことよお!しんがりはおねえさんにまかせなさああい!』
『「クララ」、これよりてったいに移行する。……フェン、なるべくむちゃはするなよ』
『あたぼうよおっ!それじゃあ、またあとでっ!!』
『またあとで!』

 短い再会の約束を交わすと『ラバースキン』は敵に堂々と背を向け、出せる全速力を持って逃げていく。
 相方が必ず役割を遂行し、生還を果たすと信じて。
『ベイビーマグナム』は当然主砲を向けるが、ロックオンを終える前に、射線上にスモークミサイルが着弾して阻まれた。  
 拡がる煙幕の前には『ヘッジホッグボマー』が立ち塞がり、「ここは通さない」と力強く主張する。

『「ラバースキン」逃走。フローレイティア、ついげきは?』
『追わなくて結構。スナイパーが中途半端にターゲットを死なない程度に負傷させるのと一緒よ。なんせ生きてさえいれば治す手間や人員が割かれて、その分向こうの財布が圧迫されるんだから。それに今の「ヘッジホッグボマー」を振り切って止めを差すのは中々に骨が折れそうだ』
『りょうかい。おなじ意見でよかった』

 数の優位は得た。
 しかしここからの『ヘッジホッグボマー』は背水の陣から生じる揺るぎない闘争心と、僚機を気にしなくてもいい無差別爆撃が解禁されたまさに真のフルスペックで襲いかかってくるだろう。 

『な、なんかあのミサイルオブジェクト、さっきよりもつよくなっているようにみえるんだけど……』
『あなたにもそうみえるんだ。だったら気をぬかないで。もうすこしで決着がつくまえに死んじゃうのはいやでしょ?』

 激戦は避けられない。


13

 ラストバトルの火蓋が切って落とされた。
 数の不利を物ともせずに力を漲らせるフェン=ファングの取った戦法は至極単純、それ故に隙がなかった。

 「最大火力を間断なくぶっ放し続ける」。

 味方へのフレンドリーファイアを考慮する必要がないおかげで、先程にも増して勢いを強める夥しいミサイルの嵐が吹き荒ぶ。
 叩きつけられる暴風は『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』の2機がかりの光速の対空網や、ノエルの「見切り」すらも僅かながらにすり抜けていく。

『はわわわっ!あんなにバカスカ撃たれたらばくふうで実砲弾はそらされるし、レーザーはあっためられたくうきのせいでまがるからこっちからの砲撃があたらないんですけどお!』
「ノエル、あっちのエリートのくちょうがうつってる」
『む、むこうの弾切れをまつっていうのはどうかなっ!?』
「それがいつおとずれるかもわからないのに?『そのとき』になっても全身がボロボロじゃ、こっちにも決定打がないでしょ」
『クゥーン……』

 漫才じみたやり取りが再結成された無敵コンビ(笑)間で交わされるが、本領を発揮した『ヘッジホッグボマー』は実際に手強い。
 攻めるにしても守るにしても、膠着状態に陥ることが予想されるだろう。

(やっぱりひだんかくごで接近戦にもちこむしかないか)

 幸い飛来するミサイルそのものの威力はその辺の戦車までなら有効かもしれないが、オブジェクトのオニオン装甲の前では頼りない。
 多少のダメージを負っても、それが軽微のうちに速攻を仕掛けてしまった方が吉だろう。
 そう思ったお姫様が愛機を加速させようとした矢先。

 お隣の『サイトシーカー』の主砲と装甲の一部が「ミサイルによって」吹き飛ばされた。

『うぎゃあああっ!!わたしのカワイイカワイイ「ウェブ004」のお主砲ちゃんがもげたぁっ!でもナンデ!?かりょくはたいしたことないんじゃなかったの!?』
「…………!」

 急ブレーキをかけて発生した高Gのせいで、シートベルトが華奢な身体をミシミシと締め上げる。
 しかしそんな肉体的に働きかけるものよりも、新たに発覚した脅威の方がお姫様を強く圧迫した。

 「敵はオニオン装甲を貫く手段を持っている」。

 損傷することを度外視して無理矢理肉薄し、爆風と熱の影響など関係のない距離から撃ち抜くというプランに突如として多大なリスクが絡みつく。

「クウェンサー!」

 わからないことが起きて困ったら、頼れる仲間に頼るのが最善。
 戦場ではプライドを優先した者から死んでいくと相場は決まっている。

『あいよーっと、知恵袋がご所望かい?』
「ふざけるのはあとにして。いまのは?」
『あ、はい』

 いつもの軽口で殺伐とした空気を解そうとしたのに、冷たくあしらわれたもやし野郎はユーモラスガイからマジメな解説役へのスピードシフトを余儀なくされる。
 今日のお姫様はなんだか少し怖い。

『えーと、あれはおそらくLOSATだと思う。まさかあんな骨董品引っ張り出してくるなんてな』
「ろーさっと?」
『炸薬を抜いて、運動エネルギーだけで装甲をぶち破る脳筋甚だしい徹甲ミサイルだよ。イメージとしては速度を犠牲にして、誘導性を獲得した圧縮金属砲弾に近い』

 オブジェクトサイズにまで膨らませた運動エネルギーと質量の塊。そんな代物が球状本体に直撃してしまえば、主砲を喪失する程度では済まない。実際の被害も目の当たりにしている。

『攻防一体の爆風と熱のバリアを展開して、紛れ込ませた対オブジェクトLOSATでオニオン装甲をぶち抜くってわけか。まずいな、もしかして俺達って今不利?』
「そうかもしれないからこうやって相談してるんでしょ。どうする?あと1ぷんいないになにもおもいつかなかったら、当初のよていどおりにひだんかくごの突撃でいくけど。ノエルが先鋒で」
『え"っ!?ナニソレキイテナインデスケドッ!?』

 思わぬ会話の流れ弾を受けて、実家のような安心感すら覚えるリアクションを取るかわいそうなノエルちゃん。
 でも、よく考えると推定元凶なので本当はあんまりかわいそうじゃないのかもしれない。

『それは本当に最後の手段にしよう。うーん、一応策は有るには有るんだよ。もう少し安全なやつが』
『マジで!?ならはやく言ってよモー!「安全」ってワードノエルちゃんいちばんすき!そういうのもっとちょうだいほら!』

 甘美な響きと意味を放つ言葉に食いついて、元『情報同盟』の少女のテンションは即座に浮き立った。おそらくコックピットの中で目を輝かせているに違いない。情緒が何とも忙しい。
 しかし現実はそんなに甘いわけがなく、

『その代わりアンタにはもう一度体を張ってもらうことになる。頼めるか?』
『え、やですけど』
「絶対服従」
『ハイ!ヤラセテイタダキマスッ!ダカラホウヲムケナイデクダサイ……』

 捕虜に人権は有っても、仲間からの頼みを素のテンションで拒否ろうとする薄情者にそんな贅沢なものをくれてやる慈悲は無い。魔法の四字熟語を唱えて、首を縦に振ることしかできない水飲み鳥になってもらうとする。

『……話が早くて助かる。なぁノエル、アンタはこの戦闘中ずっと「ベイビーマグナム」の操縦を近くで見てきたはずだ。例の癖や行動パターンってやつは既に「解析済み」なのか?』
『あったりまえじゃん。5ふんもあれば楽勝だったよあんなもん(笑)』
「は?『あんなもん』?それってわたしの操縦がたんじゅんだったって言ってるの?」
『お姫様!ムカつくのはわかるけど抑えて!それとノエルは言い方ァ!お前それでも人格プロファイリングの専門家かァ!』

 今は向けるべきではない相手に火花をバチバチにぶつけるお姫様を諫めるべく、クウェンサーは声を張り上げる。
 どうやらこのノエル=メリーウィドウという少女にはプロファイリングの才能は有っても、空気を読むという機能はすっぽり抜け落ちているようだ。それも本人の悪気は一切なく他人の神経を逆撫でするのだから始末に負えない。
 だから彼女達の絆に入ったヒビが決定的な亀裂へと変じるその前に、さっさと「共通の敵」を倒すための最後の策を言い渡す。

『こほん、とりあえずできてはいるんだな?それならなんとかなりそうだ。いいか、まずは最初に……』


14

 2機を相手取りながら孤軍奮闘するフェン=ファングは、形勢の天秤が自分の方へ傾いていく足音をひしひしと感じつつあった。
 オブジェクト同士の戦闘において、決め手となる主砲からの砲撃を命中させる手段を持つのはこちらだけ。残弾数にだってまだ余裕がある。
 格闘ゲームのハメ技のように決まったコマンドを入力し続けるだけで敵のダメージは確実に蓄積していく。やがて限界を迎えて倒れ伏すまでは時間の問題だろう。
 砲を全て失うか、対オブジェクトLOSATによる致命の一撃に斃れるか。
 どちらにせよ向こうが待ち受ける未来は敗北のみ。

(まぁ、あんまりやりすぎて『目標』を爆散させるのはさけたいんだけど)

 戦闘に集中しつつ、『ヤナギカゲ重工』の女は自社の現状に思いを馳せる。
 「終わった企業」と勝手にレッテルを貼りつけたマスコミ。
 それを真に受けて、新たな搾取の対象に見定めて目を光らせる下卑た有象無象。
 金が全ての『資本企業』なのに、苦境に立たされても殆ど出ていこうとしなかった馬鹿で律儀な同僚達。
 そして自分達を心配させまいと、強がって「笑っているふり」をするもっと大馬鹿の……。

(まってて。もうすこし、もうすこしでとどくから。この『宝探し』の勝者となってもういちどあたしたちはかえりざく!)

 改めて勝利の誓いを結び直すと同時に事態は動き出した。

 纏まった陣形を組んでいた『ベイビーマグナム』と『サイトシーカー』が何も無い、正確には手前に広がっていた砂原に金属砲弾を撃ち込んだ。
 舞い上げられた小麦粉のような砂塵が2機をすっぽりと覆い隠す。
 しかしそんな幾度となく使い古された手垢まみれの目眩ましなど、フェンにとっては往生際の悪い延命措置にしか映らない。

「いまさらえんまくなんて見苦しいっ!そんなものでこの『ヘッジホッグボマー』の砲撃からのがれられるとでもお!」

 視界が塞がれるのは双方にとって同じ。
 そしてブラインド状態での撃ち合いならば、大雑把に広範囲を殲滅するのに長けた愛機に軍配が上がる。
 先程までとやることは変わらない。
 爆発物の流星群をただ殺到させていくだけ。 
 事実、十秒と経たずにオレンジと黒の爆炎が即席の白いカーテンを塗り潰していく。

(このていどじゃ死んでいないんでしょう?カメラや熱源センサーはきかないけどわかるよ。死んだふりしているのはのこされた『最後の手札』を切るため!)

 そう推測した直後、白亜の巨影によって分厚い黒煙が内部から突き破られた。

『チェストおおおオオォォォォァァァっ!!めにものみせたらああああぁぁぁ!!』 

 奇声を上げながら飛び出したのは『サイトシーカー』。
 どうやら『クララ』が健在だった時のように、再び最短最速で突撃を敢行するつもりのようだ。

(やっぱりきた!こんどこそほんとうのやぶれかぶれの特攻!)

 ここまでは完璧に予測済み。しかし、一つだけ気になる点が存在した。

(単騎?『正当王国』はさっきの斉射でしとめてしまった?)

 生きているなら二手に分かれて突撃してくるなり、動けないにしても後方からの支援砲撃で援護するなりできたはず。
 そのどちらもないということは、英雄サマはラッキーパンチの前に沈んでしまったと考えるのが自然だろう。
 いずれにせよ厄介な方は排除できた。ならば既に勝負は付いたも同然。
 ノエル=メリーウィドウは多少回避が上手いようだが、所詮はそれだけのエリート。ゴリ押し戦術でどうとでも料理できる。

(またじぶんには価値があるから、まえみたいにきずつけられないとおもった?あまい。これだけきょりが開いているなら、タッチダウンをきめるまえに無力化するなんてたやすい!)

 じっくりと狙われている自覚から、『サイトシーカー』は右に左にと蛇行を繰り返す。だが無駄な足掻きだ。
 今まで『ベイビーマグナム』に割いていた分を加えて、単純換算で2倍となった砲門はターゲットを正確に捉えている。

(さぁ、これでチェックメイト。さっさとそこからひきずりだしておはなしをたっぷりと聞かせてもらうとしましょう!)

 オブジェクトが駆動するのに必要な全ての部位に照準を合わせながら、フェン=ファングはほくそ笑む。
 あとはトリガーを引くだけ。たったそれだけで英雄を打破した栄誉と『宝探し』の『鍵』を手土産に凱旋することができる。
 そのはずだった。

 突然『サイトシーカー』が2つに増えた。
 否、その背後からもう一機のオブジェクトが姿を現した。

「は?」

 虚を突かれたことで生まれる刹那。
 最早ミサイルポッドと照準の矛先を修正することは叶わない。
 そしてその僅かな隙さえあれば、「彼女達」が敵を撃ち抜くのに十分だった。

 決着は一瞬。

 下位安定式プラズマ砲と大型レールキャノンが『ヘッジホッグボマー』の左側面と機体下部のエアクッションをそれぞれ大きく吹き飛ばした。
 結果として残されたのは中心スレスレを撃ち抜かれて、正面から見ると中途半端に欠けた月のようになった球状本体と方向転換すら覚束無い足回り。
 この状態から逆転する方法を導き出すことは不可能。完璧な詰み。
 フェン=ファングの敗北は決した。
 できることといえばオープン回線を繋げて、勝者を讃えるぐらいか。

「いやー、こりゃいっぽんとられた。まさか生きていたとはね。『目標』がほかのエリートのうごきをトレースできるのを、あたしは一度みていたはずだったのに。でも、うしろをみずに違和感をあたえない精度でじっせんするなんてちょっと反則じゃない?」
『多少のあいずやかけごえはひつようだったけど。しょうじきここまでとはわたしもおもってなかった』
「アクセントはしろいちけいと機体のカラーリングの同期よる距離感のさっかくってところかな?あ、これもさっきヒント見てたじゃん」
『そんなところ。気はすんだ?ならこたえあわせはおしまい。とうこうして生きながらえるか、トドメをさされるか5秒いないにきめて』

 こちらからは絶対に反撃のできない左舷から、『正当王国』のエリートの少女は冷徹に降伏勧告を突きつける。
 いや、選択の余地を与えてくれるのは彼女なりの慈悲か。
 しかし、フェンはそれに報いることはできない。何故ならば。

「うーん、どっちもダメっぽいかな。自爆シークエンスがさどうしちゃってる。たぶんもう止められない。かってに死ぬからはなれてたほうがいいよ。それいじょうダメージうけたくないでしょ?」

 第三の末路。
 一定以上の損傷を負ったオブジェクトは敵軍による鹵獲防止と機密保持の為、自爆するように予めプログラムされている。
 大破した『ヘッジホッグボマー』のコックピット内では現在、モニターに表示された「DENGER」の羅列と警告のアラーム音で埋め尽くされていた。
 今更躍起になってキャンセルのコードを送ろうが到底間に合わない。
 脱出装置で外部に排出されたとしても、火器を大量に積んだ愛機の爆風から逃れられはしないだろう。
 どうやら死に場所はここらしい。

『……………………。ノエル、クウェンサーたちのところまでいくよ』
『え?あ、はい。……ほんとにいいの?』
『うん。ほら、モタモタしてるとじばくにまきこまれる』
『ひぇっ……、ちょっとまって!おいてかないでってばーっ!』

 『サイトシーカー』を引き連れて、『ベイビーマグナム』は悠々と背を向けて去って行く。
 こちらの意志を汲んでくれたのか、それとも自ら手を下す価値すら無いと判断されたのか。
 そんなことに思考を割く意味は最早無い。
 間もなく訪れる最後の時までのロスタイムを、ヤナギカゲの女は一人きりの空間でただ享受する。

(あーあ、けっきょくまけちゃったかー。けっこういいトコまでいったとおもったんだけどなぁ)

 不思議と死への恐怖はあまり感じない。
 操縦士エリートが為せる高速思考のおかげか、タイムリミットまでの体感時間は長く感じられた。

(研究中のあたらしいかやくは……、たぶんてきとうな子がひきついでくれるか。それとデイビスに200ドルかりたままだったっけ。でもこの前スシ食べ放題おごったからチャラでいいよね)

(パオラとは素手であくしゅしたかった。バーでボトルキープしてたテキーラはシンにのまれちゃうな。まだほとんど開けてないやつ) 

(そういえばグレイシャーのひみつってなんだったんだろ?パルメーラがそだててたサナギはなにに羽化するんだっけ?)

(そもそもナイジェル君とのやくそくもやぶっちゃってるじゃん!わるいことしたなぁ。これはほんとうにもうしわけない)

(ジン……。アンタのバカわらい、もう一度くらいききたかったかも)

 満足しているつもりだった生涯をいざ振り返ってみれば、脳裏に浮かぶのは見知った顔達と彼らに関わる取るに足らない些事ばかり。
 殆どが無駄な事柄なのかもしれない。しかし、無意味・無価値ではない。
 それら全てが「フェン=ファングという人間」を形作り、彩るのに欠かせないパーツだった。
 胸の内側に突っかかって腑に納まらない小さな棘の塊。
 言い表すならばそう、

「あーあ、やっぱりあたし」

 「心残り」というものなのかもしれない。

「もうちょっと生きていたかった、かな」

 そして白い大地に大輪の花火が咲き誇る。
 主人の未練が後悔へと移り変わる瞬間を待たずして、『ヘッジホッグボマー』はホワイトサンズから永久に消失した。


15

『ぬぅあにが「もう少し安全」じゃーっ!おとりやくなんて危険度MAXでしょーがこのスットコドッコォイ!!』

 合流して第一声がこれだった。
 なんかもう、勝利の余韻や労いとか色々と台無しである。

「勝てたんだから別にいいだろ。そうやって喚く元気があるなら結果オーライだ」
「『必要な犠牲』ってやつ?五体満足で済ませられたんならよかったじゃねぇか」
『からだはだいじょうぶでもセンシティブなノエルちゃんハートは重傷なのっ!ぜんち36じかんコースとしんだんしまーす!』
「「長いのか短いのかわかんねーよ」」

 愛機の砲を腕のように振りかざして不満を訴えるノエルだったが、馬鹿二人はそれを緩く流すばかりであった。
 このまま放っといたら延々とぐだぐたなトリオ漫才が続いてしまいそうなので、ここはお姫様が場の空気を引き締めるべく「本題」を切り出す。

『むだばなしはいったんそこまで。ノエル、あなたはまだ保護たいしょうとかくていしたわけじゃない。じぶんがけっぱくであることを示すひつようがあるのをりかいしてる?』
『あぅ、は、はい……』
『これからいくつかしつもんするから、ちゃんとうそをつかずにせいかくに答えて。黙秘はなし。いい?』
「だったら俺達も参加させてもらおうかな」
「ドサクサに紛れてスリーサイズ聞いたりとかはしねぇから安心しな」

 お姫様の言う通り、重要なデータが現在の『サイトシーカー』から失われていることが確定されなければいつまで経ってもノエル=メリーウィドウはグレーのままだ。
 重要参考人としての価値を証明することで、初めて彼女の身の安全は保証される。
 その為には一旦情報を整理しなければならない。

『じゃあはじめるよ。あなたはいま全勢力からおわれている?古巣の「情報同盟」もふくめて?』
『はい。四大勢力その他もろもろぜんぶ』
「原因はさっきの戦闘中にアンタ自身が口を滑らせてた、各勢力のお偉いさんやエリートの重要な情報を握っていたからってやつか?」
『うん、それがわたしと「ウェブ004」のやくめだったから』
「てめぇはそいつが『誰かに抜き取られた』って言ってやがったな。その『誰か』っつーのに心当たりは?」
『ある。くろまくじゃなくて実行犯だけど』
『「「…………………………はぁ」」』

 即席尋問官の三人は思わず揃って溜息を吐く。どうやら状況は想像以上に由々しき事態のようだ。
 各勢力の上層部が総勢30機ものオブジェクトを動員させてでも手に入れたい、取り戻したいパンドラの箱。
 それが流出した。
 犯人がその気なら、今この瞬間にでも無限に広がる電子の海に拡散されて、世界中が大混乱に陥っても不思議ではない。
 ステンドグラスのように区切られた世界地図が粉々に砕かれるような戦争が引き起こされる可能性も十分に考えられる。
 しかし未だにそうなってはいないということは。

「そのデータ群のプロテクトは?」
『ふだんは操縦士エリートのわたしでも閲覧できないくらいガチガチ。ちゃんとした手順でアクセスしなければ、かいじょにはさいしんスパコンでかいせきしても一月はかかるとおもう』
『ちなみにぬすまれたのはいつ?』
『………………。ちょうど3しゅうかんまえです……』
『「「……………………………………」」』

 どのオブジェクトに最重要情報が蓄えられているのかを特定し、厳重に警備されたベースゾーンに侵入した後、軍事機密の塊からデータを抜き出してまんまと逃げ果せてみせる。
 到底個人の力では不可能だ。大規模な組織による犯行と見て間違いないだろう。 
 そうなると奪った「中身」をものにするための設備や資金を揃えている可能性はかなり高い。
 猶予はあと約10日。
 黒幕の目的は不明だがそれまでに取り返さなければ、惑星規模で碌でもないことが起こるのはほぼ確実。

『うそでしょ……』
「最悪だ……」
『だぁー!ちょっとまってちょっとまって!まだきぼうは潰えてないから!』
「あん?こちとら次から次へとてめぇが陳列する絶望のせいで度数のイカれた酒をかっ食らってから、こめかみに鉛玉をブチ込みてぇ気分なんだよ。復帰するまであと5分黙れ』
『きーいーてーよーもー!言ったじゃん!実行犯にはこころあたりがあるって!てもとにそいつがうつった映像がのこっているんだってば!コックピットまでおりてきてかくにんしてよ!』

 そうノエルが捲し立てるや否や、バシュッ!という音と共に『サイトシーカー』の頂上部にある脱出溝のハッチが真上に開かれた。
 突然の出来事にクウェンサーとヘイヴィアは目を丸くして、お互いの顔を見合わせる。

『え、なに?はやくきなよ。どうしたのさ?』
「いや、こうもあっさり中まで通してくれるなんて思わなくて」
「ヘタレなてめぇのことだから、警戒してそんなことまで許すとは絶対に無ぇと見てたモンだからよ」
『あーもうそういうのめんどくさいからスキップスキーップ。信用をかちとらなきゃずっとこういうあつかいなんでしょ?おそかれはやかれひきずりだされて徹底的にしらべられるんだから、すこしでも心象をよくしときたいの。あったかいごはんとベッドにありつくためならこのくらいよゆーだって」

 確かに今までのやり取りは口だけによるもので、具代的な物証が掲示されたわけではない。
 直接現物を確認することによって情報の「解像度」を上げておくのは、残された短い刻限を有効に活用するためには必要な工程と言える。

「……わかった、今からそちらに行く。お姫様、上まで昇りたいからちょっと砲を下までかたむけてくれ」
『ほんとうにいくの?罠かもしれないよ?』
「そうだったらお姫様が何とかしてくれ。頼りにしてる」
『……ズルい言いかた』

 お姫様は呆れや諦めを滲ませた声と共に、『ベイビーマグナム』の一番外側の主砲の先端を地面まで降ろした。
 どうやら乗り込むことを許可してくれたようだ。
 振り落とされないように跨ってしがみついたクウェンサーは、ボケーっと突っ立っている相棒に手招きをして自分に続くよう促す。

「ほらヘイヴィアも来いって」
「え?俺も強制参加?」
「見張りと証人は多いに越したことはないだろ。それともノエルが抵抗して『サイトシーカー』を暴走させた時に、真っ先に踏み潰されたいのか?嫌なら早く掴まれ」
「ちっ、かったりぃなチクショウ。サビ残なんてイケメン天才貴族の俺様に一番似合わねぇワードじゃねぇか」

 文句は言いつつもどちらが自らの安全においてマシかを考慮した結果なのか、不良軍人は学生に倣って同じ姿勢で砲にしがみつく。
 心臓に些か悪い束の間の空中散歩を楽しみ、ドラゴンスレイヤーコンビは『サイトシーカー』の頂上部に足を下ろした。
 開け放たれた脱出溝を覗き込むと、入口のすぐ手前には自動で昇降する梯子が取り付けられているのが見て取れた。どうやらこれが送迎を担うリムジン役らしい。

「わかっているとは思うが妙な気は起こすなよ」
『はいはい、りょーかいりょーかーい。こわくないよー。おりといでー』
「クソっ、女子のプライベートスペースへご案内だってのに色気ってやつが致命的に足りてねぇぜ」
「初恋みたいな緊迫感なら飽和してるけどね」

 掴まるスペースはちょうど二人分。クウェンサーとヘイヴィアが身を預けると、滑らかなスタートと切った梯子は振動や音も立てずにスルスルと下降していく。何が潜むかわからない怪物兵器の最奥へ。

「どうぞいらっしゃーい!ノエルちゃんのおへやへようこそー!いやー、整備兵いがいにひとをいれるなんてハジメテだからきんちょうしちゃうなぁ!それもおとこのこ!せっかくだからお茶菓子でもだしたかったんだけど、ながきにわたる逃亡せいかつのせいでびちくがからっぽなんだよね……。キャンディが5つくらいのこってるから2つずつあげるね。たしかこのへんに……あだっ!」

 そして虎口の果てで待ち受けていたのは野暮ったい長い黒髪を二房の三つ編みで結んだ、何故か潤みがちの薄緑の瞳の上から赤いフレームの眼鏡をかけた黒髪の少女だった。
 出会い頭早々勝手にマシンガントークを披露し、勝手にゴソゴソとコックピットのあちこちをまさぐって頭をぶつけながら、勝手におもてなしの準備を進めようとしている。
 如何にも「人と話すのに慣れていない者」の挙動。ぶっちゃけ見ていて痛々しい。
 ルックスは小動物系で悪くなく、ピッチリとした薄桃色のエリート専用スーツを隆起させるボディラインは無駄に豊満なおかげで男受けは一見良さそうではある。しかし本人の性格を知っている野郎二人からしてみれば、「こいつを『そういう目』で見たら負け」感がどうにも拭えなかった。

「なんつーか……その……」
「『想像通り』だな……」
「いくらちょっとぬけてるざんねん美少女なノエルちゃんでもいまのはポジティブなニュアンスじゃないとわかるぞこのやろー」

 座席の下辺りで屈んで、こちらに尻を突き出している眼鏡の厄介エリートの声はどんよりとした曇り模様だった。
 他人へは空気を読まずにズケズケと失言をかますのに、自分に対して向けられる言葉の色には敏感なノエルズメンタリティ。どおりで人との距離感覚の測り方がバグるわけである。

「おい、おもてなしなんかどうでもいい。『証拠』とやらを早く見せろ。こっちは一分一秒でも時間が惜しいんだ」
「はっ!そうだった!じゃあちょっとこっちにきて」

 本来の目的を思い出したこの部屋の主は床に散らばった色とりどりのクッションやぬいぐるみ、菓子の空き箱などを脚でぞんざいに隅へ追いやって、一人分のスペースを無理矢理作り出してから座席に腰を据えた。どうやらそこが即席で設けられた共用閲覧スペースらしい。
 クウェンサーはヘイヴィアに目配せをすると、数歩踏み出してそこへ収まった。相棒にはノエルが反抗した場合に備えて、押さえつける役を担ってもらうとする。

「始めてくれ」
「おっけー。じゃあまずこれなんだけど」

 クウェンサーがモニターに目をやると、そこに映し出されていたのは『サイトシーカー』を取り囲む鉄骨の足場や各所に接続させたワイヤーとそれらを俯瞰するアングルで撮影した録画記録だった。

「これは……、アンタが所属していたベースゾーンの監視映像か?」
「そう。ちょうどいまから3しゅうかんまえのものなんだけどこのじかんたいはメンテナンスもとっくに終わってて、出入り口のけいびいがいはわたしもふくめて無人だったはず。それなのにほらここ!」

 ノエルが指を差したのは愛機の頂上部、先程クウェンサー達が利用した脱出溝のハッチ。
 そこへ作業着を身に纏った何者かが周囲を警戒しながら、物音を立てないようにゆっくりと近づいて来た。
 帽子を目深に被っているので顔立ちははっきりとは伺えないが、ウェーブのかかった長い金髪と丸みを帯びた体型のシルエットから女性のように見える。
 そいつは自分以外に誰もいないのを確認した途端に堂々とコックピット内へ侵入し、15分程経ってから頂上部に戻って来た。その手には往路の際には持ち得て無かったUSBメモリらしきものが握られている。
 そして再び周囲を見渡して自身の犯行が目撃されていないことを確認すると、長居は無用とばかりに足早に去って行った。

「こいつが情報を抜き取った、今回の騒動を引き起こした犯人……?」
「そうとしかかんがえられない。このおんな?はこの映像がろくがされたつぎのひにはベースゾーンのどこにもいなかったし、巧妙にかくされていたけど偽装されたアクセスりれきを暴いたら身におぼえのないものが一件あった。じかんたいもみごとに一致している」
「外野から失礼するけどよぉ、てめぇのとこの上官や責任者に報告はできなかったのかよ?」
「やらかしがデカすぎて言えるわけないでしょうがそんなこと!だからひみつりにとりもどすためにかってにとび出してみたんだけど、脱走兵のうらぎりものにんていでおわれるようになったってわけ。なにやってんだろわたし……」

 犯人らしき人物は絞れてはいる。しかし、未だ特定へ至るには道のりは険しい。

「今わかるのは精々性別くらいか」
「証拠としては不十分極まりねぇな。これだけを伝えるために俺達を招き入れたなら、無駄足を踏ませやがった代償は高く付くとだけ言っておくぜ」
「はなしはさいごまで聞けおろかものォッ!もういっこみてってば!」
「「あん?」」

 危うく「処分」の憂き目に遭う一歩手前のデンジャラスな雰囲気に晒された涙目のノエルは先程のベースゾーンの記録映像を巻き戻し、犯人と思われる女の身体のとある一部を拡大する。
 具体的に表すとモニターいっぱいに引き伸ばされた豊かな胸元が映し出された。

「なんだよ?おっぱいをドアップで見せとけば俺達の気分が和むとでも思っているのか?」
「安く見られたもんだぜ。おっぱいを平和利用するってのは大層夢があるが、生憎服の上からくらいじゃピクリともしねぇよ」
「ちがうわ性欲猿ども!そこじゃない!ネ・ー・ム・プ・レ・ー・ト!」

 言われるがままに馬鹿二人は視線を胸元から首に下げられた長方形へと移す。
 そこにはこう記されていた。

「『アドレイド=ブラックレイン』、それがこのおんなのなまえ」
「待て、こいつがスパイならそんなもの偽名に決まっているだろ」
「結局は捜索の糸はプッツリと途切れてんじゃねぇか見苦しい」
「さいごまではなしは聞けっていってるでしょうがっ!」

 これまでとは違う少女の激しい口調に、思わずクウェンサーとヘイヴィアは押し黙る。
 普段はどちらかというとオドオドしている彼女がこれだけ強く主張するなら、より明確に犯人へと繋がる糸口を掲示できるということなのだろうか。

「いくらきがるに閲覧できないとはいえ、わたしはたくわえられた情報をカテゴライズされたこうもくにおさめる編纂作業くらいはまかされていた。だからファイル名くらいには目をとおすの」
「それがどうしたっていうんだよ?」
「てき勢力の操縦士エリートにかんするフォルダで、こいつと似たなまえを見たことがある。そしてこいつの駆るオブジェクトはこんかいのの事件であつめられた31機のなかにそんざいしている。そのオブジェクトは……」

 核心に触れようとしたノエルの台詞が少年達に届くことはなかった。
 その前に学生の通信機から鳴り響く麗しの銀髪爆乳上官の美声によって遮られてしまったからである。

『クウェンサー、ヘイヴィアでも構わん。聞こえているなら応答しろ』
「ちょっとフローレイティアさん!今いいところだったのに水を差さないでくださいよ!」
「とうとう無意識に遠隔寸止めプレイを習得しやがったってのかこのドS爆乳は!?」
『どうして私がお前達のタイミングを伺う必要があるんだ?それよりも緊急事態よ。心して聞け』

 ものの見事におあずけを食らった馬鹿二人だが、無視を決めて営倉にブチ込まれるのは余りにも短絡的過ぎる。
 とてつもなくモヤモヤするが、仕方がないので顔を寄せ合って耳を傾けるしかない。

『昨日までここ北米大陸南西部の砂漠には、私達も含めて15のオブジェクトがいたのは知っているな?』
「えぇ、さっき2機撃破したんで今は13でしょうけど」
『いいや違う。現在残っているのは8機だ』
「そりゃ随分とハイペースで潰し合ってやがるじゃねぇか。今の今まで膠着状態だったつうのに。大規模な乱戦でもあったんすか?』
『……あるにはあったと言える』
「……?」

 通信機越しの上官の煮え切らないような声のトーンは低く、これから語られる内容の重みを嫌というほどに予感させられた。

『脱落した5機は全て一機のオブジェクトによって葬られた。それもたった6時間という短い間に、だ』
「なっ!?」
「はぁっ!?たった一機でだとっ!?」
『正直私だって信じ難い。だが事実だ。そいつによって我々の同胞、かは不明だった「正統王国」軍のオブジェクトは「ベイビーマグナム」を残して駆逐された。撤退を一応は上に進言したが、返事は今のところ芳しくないな』
「マジかよおい……」

 敵勢力の『本国』に挟まれた大陸で孤立無援。それが現在の『正統王国』軍第37機動整備大隊の置かれている状況だった。

『何にせよ生き残るには、勝ち続けて増援を迎えられる余裕を自分達で生み出していくしかない。その過程で最も危険な件のオブジェクトとの衝突は確実だろうな』

 ただでさえ『サイトシーカー』から重要情報を抜き出した犯人の捜索を進めなければならないのに、状況は次から次へと最悪な方向へと転がり落ちていく。
 誰にも止めることは叶わない。そして、

『現状、奴について判明している情報は3つ。所属は「資本企業」、機体は「セリーヌ」と呼ばれていた、そして最後に操縦士エリートの名前だが……』

 「セリーヌ」という単語を聞いた瞬間、クウェンサーは隣りにいたノエル=メリーウィドウの瞳が大きく見開かれたのを確かに目撃した。
 「嫌な予感」が「確信」へ望まれない進化を遂げていく。

フローレイティアさん、それってまさか……」
『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン。私達の次の敵よ』


幕間2


「うっ……ぅ、ぇ……ぁ……」

 黒を押し固めたような暗闇の中でその女は目を覚ました。
 いや、最初は視界を闇に埋め尽くされていたせいでそのことすら認識できていなかったと表現した方が正しいか。
 そんな状態であっても時間が経つに連れて、散らばった細い糸のようだった感覚が徐々に束ねられ意識となって再生されていく。

(あ……れ……、あたし……どうして……?)

 見えないながらも思考する力を取り戻したことで、漸く自分を取り巻く環境に気を向ける。

 身動きが自由に取れない。

 呼吸と発声や首の旋回、掌の開閉はゆっくりとだが出来ているようなので五体が確かに存在しているのは把握できる。
 しかし身を起こすことができずに上手く力の入らない四肢で周囲を探ろうとしても、ゴツゴツとした得体の知れない何かにぶつかるだけでそれ以上の情報は得られなかった。

(むー、なんでこんなことになったんだっけ?前後のきおくがワチャワチャしてるー)

 閉ざされた暗闇と満足に身体を動かせない不自由。
 果たしてこれが死後の世界というものなのだろうか?

(こまったなぁ。このままずっとなにもないむげんじごくとか勘弁してほしいんだけど。たいくつで死ぬー。いやもう死んでんのかこれ……?)

 常人なら終わりの見えない不穏な雰囲気に押し潰されてパニックを起こすところだが、幸か不幸か脳に特殊な『改造』と『調整』を施されているおかげで女の精神は容易に揺さぶられることはない。
 今の自分に成すことのできる選択肢をあくまで冷静に分析・展開し、状況を打開する方法を模索していく。この辺りは操縦士エリートというよりは研究者寄りの思考を持つ彼女らしいといえば彼女らしかった。
 そしてしばらく考え込んだ後。

(あ、そういえばまだ試してないことがあったな)

 思いついたら早かった。

「だれかあアアアアアアアァァァッッ!いますかあアアアアアアァァッッッ!!」

 自分以外の存在の有無の確認。
 得意の大声が張り詰めた闇の中に木霊していく。
 だが一縷の望みを賭けた、いるかもしれない誰かに向かっての呼びかけは冷たい静寂に虚しく融けていくだけで応じる者は皆無であった。

(いるわけ……ないかぁ。やば、万事休すかも)

 割と渾身の策が通用しない。若干凹む。
 しかし地味ながらも着実に追い詰められている女を励ましたり、救いの手を差し伸べる他人はここにはいない。

『音声を検知しました。照合のためしばらくお待ち下さい』

 そう、「人」は。

「は?」
『登録されているものとの一致を確認。緊急措置を解除致します』
「え?ちょっ?えっ……!?」

 唐突に人間味の感じられない声が女の鼓膜を震わせる。
 それが合成音声によるものだと彼女が理解するのにたっぷり15秒かかったが、その時には既に全てが終わっていた。
 プシュー!という間の抜けた音と共に世界に四角い風穴が穿たれる。

「まぶっ……!?」

 差し込んだ光が暗闇に慣れ切った網膜に突き刺さり、反射的に久々の刺激から顔を背ける。
 するとまず目に映ったのは自分の胴。
 ベルトで椅子のようなものに固定されている。これが身動きの取れなかった原因だった。
 次に場所。
 思っていたよりもかなり狭い。せいぜい電話ボックスをやや広げた程度の空間。彼女から見て前面にはレバーやボタンが大量に配備され、床には部屋の主の私物と思われるドリンクのボトルや花火セットが転がっている。
 やはり人体の感覚受容において最も大きな割合を占める視覚の機能を取り戻した影響は大きく、女が推理に必要なピースを埋めるのにはそれ程時間はかからなかった。

「ふむふむにゃるほどにゃるほど。これって……」

 そして手に入ったあらゆる要素を統合させて思い至った結論といえば。

「『ヘッジホッグボマー』のコックピット?でもどうして……?」

 そう呟くオレンジの髪を雑にポニーテールで纏めた女、フェン=ファングは思わず首を傾げた。
 いつもは殆どノーメイクで身嗜みに頓着しないくせに、こういう時の仕草は女性らしい。

(そうだ。たしかあたしは自爆にまきこまれて死んだ、……はず)

 何故自分は生存しているのか。コックピットが直接外へと通じているのか。現在地はどこなのか。
 疑問は次々と湧いて出てくるが、行動を起こさねば答えは手に入らないだろう。
 フェンはシートベルトの留め具を外し、己の身体を戒めから解き放つ。
 全身が重く引き攣るようだが、我慢すれば多少の運動に支障はない。
 二本の脚でゆったりと立ち上がり、開け放たれた穴から外へと飛び出していく。

「よーいしょっと」

 そこに広がっていたのは強風吹き荒ぶ、砂と岩で構成されただだっ広い荒野であった。
 明らかに意識が途切れる直前まで自分の居た白い砂漠とは異なる風景だ。
 そもそも時刻からして違う。
 陽光照らす昼から薄ぼんやりとした月光降り注ぐ夜に切り替わっている。

(ホワイトサンズじゃない?おなかのすきぐあいと星座のいちからかんがえて、ものすごく遠いわけではないとおもうけど)

 謎を解明しようとしてまた謎にぶつかってしまった。
 ミステリー小説ならワクワクする展開かもしれないが、残念ながらこれは現実だ。厳しい気候に少ない備蓄、どこまで何をすれば一度拾った命は助かるのか。
 最適な行動を取らねば、今度こそ死神に追いつかれてしまう。

(とりあえずコックピット?……に一旦もどるか。にもつをまとめたり、機能がまだいきてるなら救難信号をとばしたりできるかもしれないし)

 若干投げやり気味にフェンは踵を返そうとしたその時、腰に引っかかっていた通信機から突然電子音が鳴り響いた。どうやら壊れていなかったらしい。
 手に取って発信元を見てみると、彼女の良く見知った相手からだった。

「ジン」
『おっ、繋がった繋がった。そうやって返事が出来るってことは無事に脱出したようで何より』

 二度と聞くことはないと思っていた相変わらずの軽薄そうな声は、いざ耳にすると感慨に浸るなどといった殊勝なものよりも先に苛立ちがオレンジ髪の女の心に飛来した。感動の再会へは些かまだ遠い。

「……せつめいして。ぜんぶ」
『おいおい、いつもの大声はどうしちまったんだよ。お前さんらしくねぇぜ!ほら、スマイルスマーイル!』
「……………………」
『はい、スンマセン……。ったく、姉貴といいお前らカンパニーの女性陣といい、女ってのは怒鳴り散らされるよりも黙って睨みつけられる方がおっかねぇ。で、ご質問は?』
「……なんであたしはいきてるの?」

 少しご立腹の『ヤナギカゲ重工』の女は、自身の後ろで無造作に転がる直径5m程の球体に流し目を送りながら問いかける。
 元コックピットのものと思われる残骸。
 おそらくはあれによって自分は生き永らえた。
 しかし『ヘッジホッグボマー』がそのような機能を有していたことなど、主人である彼女でさえ今日この時まではまるで把握していなかった。
 真相を知っているとしたら愛機の設計・建造に最も深く関わった通信機の向こう側にいる馬鹿野郎に違いない。
 そして当の馬鹿野郎は待ってましたとばかりにウッキウキで説明モードに突入する有様であった。

『よくぞ聞いてくれた!お前さんが助かったのは天才たるこの俺様考案の「アップルコアシステム」のおかげってこった!』
「アップル……なに?」
『覚えるまで何度でも繰り返すし、ちょっと長くなるから覚悟しとけよ。「アップルコアシステム」。コイツはヤナギカゲのオブジェクトの一部に試験的に組み込んである新型の脱出方式でな。まず従来のオブジェクトの脱出装置は自爆する際にエリートとパラシュート付きの操縦席を排出するだけで、その後に続く爆風に巻き込まれて死亡するケースも少なくなかった。だが「アップルコアシステム」は頑丈なコックピットごと仕込んだブースターによって爆発で目が眩んでいる敵からは見えにくい方向へ迅速に離脱することで、エリートの生存率を飛躍的に高めるっつーわけだ。その分コストはお高いがな』
「ああ、うん。りくつはだいたいわかった。でも、なんでそんな重要なことかくしてたの?」
『だってお前らのびっくりする顔が見たかったし』
「……………………」

 一秒の間も無い即答だった。
 それに対してフェンは深く、深く息を吸い込んで、

「アホかおのれはアアアアアアアァァァァッッッ!!」

 ありったけの声量で罵声を浴びせた。
 かつてこの荒野をこれ程までの咆哮が貫いたことがあったか。いや、どのような自然現象や獣とて成し得なかったに違いない。

「まったくまったくまったくまったくまったくまったくまったくまったくまったくまったくまったくゥッ!!」

 このジン=ヤナギカゲという男の開発者としての原動力は、「ロマン」と「イタズラ心」であると彼女を始めとする周囲の人々(被害者)は以前から薄々思ってはいた。そうでなければ『スティンクディール』などという悪ふざけ全開の悪臭オブジェクトを考案したり、セクサロイドスレスレの殺人メイドロボットを大真面目に製作したりするはずがない。その他、彼が発明したトンチキ兵器も以下同文。
 馬鹿と天才はナンタラカンタラとはよく言ったものだが、振り回される側にとっては今回のように驚くだけでは済まない結果を齎すのでその情熱は時として余りに度し難い。

『うおっ、大声出せとは言ったがそういうのじゃねぇよ!鼓膜痛ってぇ……。今ので通信機の端子ぶっ壊れたんじゃねぇのかマジで!』
「うっさいわあっ!そういうのはさいしょから言えっ!おかげで自爆まえに一人ぼっちでむだにかっこつけちゃったでしょーがっ!」
『え、なにその話?ちょー聞きたいんだけど!おせーて!おせーて!』
「言・い・ま・せ・ん!そのにあってねぇグラサン叩き割られてぇのかこのやろうっ!かえせっ!かえせよあたしの覚悟としんみりタイムっ!あああァァもオオォう、はずかすぃぃぃィィッッッ!!」
『グラサンは今関係無ぇだろッ!?大体、生きてたからいいじゃねぇかよ!覚悟だか何だか知らねぇが、んなモンだって減るわけでもねぇだろうに!それともあのまま死んじまった方がよかったってのか!?』
「げんざいしんこうけいで死にたくなっとるわボケェええええええッ!!」

 ギャーギャーワーワーと。
 上司と部下の垣根を超えたしょーもない言い争いが風の音以外に奏でられることのない寂れた大地を賑やかす。

「ぐっ……、んっ……くぅ……!」
『ぜぇ………、はぁ……っ!』

 そうしてお互いの喉は枯れる程に一通り激情を吐き出し終えると、

「クスっ、フッフッフ……」
『ぷっ、くっくっく……』

「『アッハッハハハハハハハハハハッハハハハハハハッハッハハハハハハハッ!!』」

 罵り合いはなんてことのない、どこにでも存在する友人同士の馬鹿笑いへと昇華していた。

「あーアホらし。ほんと、バッカじゃないの。アンタも、あたしも」
『違ぇねぇな。生きとし生けるもの、どいつもこいつも大馬鹿野郎だ。だから面白ぇ』

 心身に溜まっていたあらゆるもの放出したフェンはその場で屈むと、やや固い地面へ大の字になって身体を投げ出した。
 血が昇っている頭を冷やすように流れる夜風が、優しく髪を撫でつけていく。

「ねぇ、ジン」
『あん?』
「思いっきりわらったきぶんはどう?」
『そういや久々だな……。うん、なかなか悪くねぇ。すっきりした』
「ふーん、そりゃよかった」

 クールダウンを終え、女は満足そうに上半身を起こす。
 聞きたかった答えは得た。今なら少しだけ素直になれるような気がする。

「ごめん。なにも達成できなくて」
『どうした藪から棒に』
「あんなに息まいて出撃したのにまけた。かいしゃがたいへんなときなのに」

 普段は意図的にテンションを上げている部下であり友人である女からの静かな謝罪。
 それがどれ程の重みを持つかをジン=ヤナギカゲは理解していないわけではない。
 しかし、彼はあえて軽い口調を崩さずに不敵に鼻で笑ってみせた。

『なーに、気にすんな。オブジェクトのたかが一機くらい』
「でも50億ドルのそんしつが……」
『それなら大丈夫だ。そもそも最初から「お宝」は第二希望に過ぎねぇよ』
「へ?」
『今回の騒動だけで20以上のオブジェクトが大破、もしくは完全破壊されているだろ?俺の狙いは大量のオブジェクトを失って、自分達を守る「空白」ができちまうことを怯えるお偉方に設計図を売りつけるのが目的だったんだよ』
「それじゃあ……」
『今週だけで5枚は売約済み。まだまだ注文は相次いでいる。「ヘッジホッグボマー」は確かに惜しいが、総合的に見ればでけぇ黒字なのは揺るがねぇ。だからヤナギカゲはしばらく安泰だ』

 それから『ヤナギカゲ重工』の社長は一拍置いて、止めの一言を言い放つ。

『作戦終了だ、フェン=ファング火器開発室長。だからさっさと戻って来い。俺だけじゃない、他の社員だってお前の帰りを待っている』

 誰にだって自分の居場所があって、そこを守るために頑張っている。

 結局はそれだけが目的だったのだ。今回の事件に彼らが首を突っ込んだ理由は。他の勢力と争うのはそのための一つの手段でしかなかった。  
 それがダメならまた別の方法でアプローチを仕掛けたっていいのだ。ジンが示したように。

「うん、そうだね」

 新しい発見なんて何もない。
 ただ単純に当たり前の事実を思い出しただけ。

「かえるよ、あたしたちのヤナギカゲに」

 会いたい人がいて、果たさねばならない約束がある。そもそも自分の家へと帰るのにいちいち小難しい理由なんて別に用意しなくたっていい。
 となると、残る心配事があと一つ。

「あのー、それでさぁ……。はずかしながらこれからどうすればいいかな?もよりのまちまでどこへ何キロあるかもわからないんだけど……。あれ?そうなんしたときってその場からうごかないほうがいいんだっけ?」
「ちょっとしんみりした途端これかよ。締まんねぇなぁ、俺達……」

 現在フェンがいるのは世界でも有数の無人地帯。おまけにダメ押しとばかりに厳しい自然環境が脆弱な人体に牙を剥く。
 徒歩以上の移動手段を無しに裸同然の装備で帰還するのは難しいだろう。

『つっても通信が繋がってるからそこまで心配はしてないんだろ?お察しの通り、そっちの座標は割れてるから大丈夫だ』
「だとおもった。それで?『タクシー』はいつ着くの?」
『もうすぐ来るぜ。とびきりのヤツがな』
「?」

 ジンが嘯くと同時に、フェンの視界の端に映っていた地平線上に何かが煌めいた。舞い上がって月光を反射する砂煙だろうか?
 ついでによく耳を澄ませると、腹の底に響くような重低音も轟いている。砂嵐はこんな音を響かせない。
 どちらも時間と共にこちらの方へ近付きつつあるのが感じ取れた。
 それはつまり。

「オブジェクト!?」
『「俺が」呼んだんじゃねぇぞ。ナイジェルの奴がボロボロの「クララ」を引き摺ってお前さんを救援するように頼んだそうだ』
「そう、ナイジェル君が……」

 短いながらも共に轡を並べた少年を想い、オレンジ髪の女は口角を緩ませる。
 どうやら帰らなきゃいけない理由がもう一つ増えてしまったようだ。

『そんじゃ、続きは本社で!後は女同士、仲良くお茶でもしながら送ってもらいな!』
「あ、ちょっとジン!」

 もう既に身内の安全は確保されたと判断したのか、偶に薄情な上司であり友人である男は一方的に通信を切ってしまった。
 あっけない幕切れにやや呆然とするフェンであったが、寧ろ多忙を極める彼にしてはよく時間を割いてくれたとここは納得するべきか。
 そうこうしている間に50億ドル超えの規格外兵器、今はたった一人の兵員輸送を担わされたオブジェクトが彼女の元へと辿り着いた。
 取り付けられたスピーカーから、操縦士エリートであろう人物の艶のある声が鳴り響く。

『はぁい、あなたが「乗客」で合ってるかしら?ってほかにだれもいるわけないわねこんな場所』
「これはこれは『第二位』がおでましとは。いろいろあったけど、今日いちばんのびっくりかも」
『あら、私をしってるの?「ランカー制度」はいちおう秘匿されているはずなのだけれど。いがいとものしりなのね』
「うちのバカしょちょーがね。それにあたしがしってるのは機体だけでだれがのっているかなんてしらないし」
『だったらおたがい名刺交換しましょうか』
「いやいいよ。そういうのはかくせってうえから言われてるんでしょう?むしろこうやって姿をあらわしてくれた時点でちょっとしんじられない」

 意外とフランクに接してくる迎えのエリートに面を食らうフェンであったが、同勢力だとしても初対面の人間に対してそう簡単に心を許したりはしない。
 同じ『資本企業』だからこそ、最初こそ優しくても後から情報料と称した馬鹿高い請求書を叩きつけられることだって普通にあり得る。彼女達が所属するのはそういった魔境なのだ。

『えんりょなんてしなくていいのよ。どうせ本名じゃないし。だからお代いじょうはいただかないわ』
「あっそ、それならおことばにあまえて」

 尤もそういった汚い手を使うのは中層以下に属する連中だけで、トップクラスに稼いでいる操縦士エリートがわざわざ行う理由はないのだが。
 よって本人が否定するなら、過度な警戒は気力と体力の無駄。これから世話になる相手に礼の欠けた態度で接する程、ヤナギカゲ重工の社員教育と品位は落ちぶれてはいない。

「フェン=ファング。よろしくおねがいいたします」
『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン。とりあえず行き先は?さすがにあなたたちの本社のあるサンフランシスコはきびしいけど、ラスベガスまでならおくれるわよ?』
「うんにゃ、『クララ』のベースゾーンでいいや」
『あら、よりみち?』
「そんなトコ。あとはかってに輸送機にでもあいのりさせてもらうからだいじょうぶ。それにさ」

 オレンジのポニーテールをそよ風に揺らしながら、フェン=ファングは小さく呟いた。

「(やくそくしたからね。『またあとで』って)」

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