幕間
「───アルカナの『死神』が落とされた?」
『ああ、きみのようきゅうによって旧コンゴしんりんちくに向かわせた、『シンデレラ』がね』
『ああ、きみのようきゅうによって旧コンゴしんりんちくに向かわせた、『シンデレラ』がね』
株価や相場などの折れ線グラフとリアルタイム推移の数字を眺めながら、前触れなく届けられた通信をシックな色合いのマホガニー材デスクを小気味よく指で叩きながら聞くのは、高級スーツに身を包んだ金髪碧眼の青年。
「仮にも「ランカーシステム」13位が簡単に倒されるとはね?」
『「シンデレラ」のエリートは、さいしんえいのオブジェクトをもらってさいきんまんしんしていたからな。今回の件はいいクスリになったろうよ』
「80億ドルのクスリは、さぞや効くでしょうねえ?」
『「シンデレラ」のエリートは、さいしんえいのオブジェクトをもらってさいきんまんしんしていたからな。今回の件はいいクスリになったろうよ』
「80億ドルのクスリは、さぞや効くでしょうねえ?」
それで、と男はデスクを叩く音を止め、『Sound Only』と表示されたモニター越しに相手ににこやかな表情で目を向ける。
「ジン=ヤナギカゲの居場所は?あの詐欺師が未だ何処かにいると考えるとゾッとしますよ‼早い所、始末を付けないとね?」
『────コンゴで『シンデレラ』をふくめたぶたいを送り、ケリをつけるつもりであった」
『────コンゴで『シンデレラ』をふくめたぶたいを送り、ケリをつけるつもりであった」
だが、その要の『シンデレラ』が撃破されたことによる混乱を突かれ、ジン=ヤナギカゲにはまんまと逃げ切られた。
『むろんつぎの行き先はつかんでいる。アフリカ大陸から『資本企業』に入るルートはふうさしている以上、ヤツは『逆のルート』からしかこちらに向かえない』
つまりアフリカ大陸からユーラシア大陸を横断、その最東端たる『大陸』から『島国』を経由して密航する、前時代的かつ長距離を移動する経路、通称『大陸ルート』。
「あの男は必ずここへ来る。『大陸』は貴方方の手勢がない以上、今回は我々『ヤナギカゲ重工』の手で仕留めさせてもらう」
『そこまでジンにうらまれるおぼえがあったのかね、ブルックリーナイト』
『そこまでジンにうらまれるおぼえがあったのかね、ブルックリーナイト』
束の間の静寂。
「……まさか。ただ追い詰められた人間は何をしでかすか分からない、最悪の事態を想定するのは企業家として当然のリスクヘッジですよ」
『……そうか。こちらは『島国』であみを張ってばんぜんをきそう』
『……そうか。こちらは『島国』であみを張ってばんぜんをきそう』
こううんをいのる、と言い残し通信が途絶する。
後に残された男は、被っていたにこやかな表情の仮面を取り外して背後の闇に人差し指をくいくいと曲げてジェスチャーした。
後に残された男は、被っていたにこやかな表情の仮面を取り外して背後の闇に人差し指をくいくいと曲げてジェスチャーした。
「──────」
それに応じて闇の奥から現れるは、迷彩服を纏った色の薄い茶髪をした少女。
無言で彼女が歩み寄る。
無言で彼女が歩み寄る。
「ッ」
甲高く乾いた音が暗い室内に響き渡った。
頬を張られほんのりと赤く腫らしながら、少女は何も言わない。
頬を張られほんのりと赤く腫らしながら、少女は何も言わない。
「あの時しくじらなければこうまで面倒なことにはならなかったんだよ、ソラリス」
「……は、い」
「君が『アレ』のエリートでなければ減給ものであったがね。無論罰則もなしだ、下がっていい」
「……はい」
「……は、い」
「君が『アレ』のエリートでなければ減給ものであったがね。無論罰則もなしだ、下がっていい」
「……はい」
ソラリスが闇に姿を消す間際ああそうだ、とわざとらしい声で男が引き止める。
「君もさっき聞いていただろう、『大陸』の件だ。確かあそこにはコスモスとフィオレンザ、それにアルタミアがいたはずだったな?いやはや丁度良いタイミングじゃないか」
「っ‼それ、は……」
「───不服かね?」
「っ‼それ、は……」
「───不服かね?」
少女の言葉を遮るように声を放った男の目には、有無を言わさぬ気配が満ち満ちている。
完全にして堅固な上下関係、その下にいる少女を黙らせるにはそれだけで事足りた。
完全にして堅固な上下関係、その下にいる少女を黙らせるにはそれだけで事足りた。
「い、え……」
「ならばいい。引き止めて悪かったね」
「ならばいい。引き止めて悪かったね」
コクリと頷き、消え入るように立ち去るソラリスを昏い喜悦を以て見送った後、ブルックリーナイトは再び株価相場の推移画面に目を戻しながら誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「ここに来させるものか────『大陸』が貴様の墓場だジン=ヤナギカゲ……‼」
間話『デッドマンズ柳蔭』二章
崩壊チャイニーズウォール>>『大陸』区域突破戦
1.
トンネルを抜けるとそこは『大陸』だった。
我らが女上官が愛読していた『島国』の名著を模してクウェンサーの感想を表現するならそれがぴったりな一文であった。
我らが女上官が愛読していた『島国』の名著を模してクウェンサーの感想を表現するならそれがぴったりな一文であった。
「では第一段階突破を祝しまして、乾杯っ‼」
「かんぱーい」
「かんぱーい」
いっそコミック的にぐるぐる巻きにされて転がされているジャガイモをよそに主犯二名は暢気に酒盛りに興じていた。
安価なものばかりではあるが酒だけでなく酒盗の類まで揃えている所が小憎らしいところだ。
文字通り消しゴムのような軍用レーションで日夜を凌いでいるクウェンサーにとっては新手の拷問かなにか?と疑わざるを得ない。
安価なものばかりではあるが酒だけでなく酒盗の類まで揃えている所が小憎らしいところだ。
文字通り消しゴムのような軍用レーションで日夜を凌いでいるクウェンサーにとっては新手の拷問かなにか?と疑わざるを得ない。
「なあ一つでいいからくれよ。それか縄ほどいて」
「え、やだよ。縄解いたら絶対逃げるじゃん」
「ユーラシアの最東端まで連れてこられて逃げるアテがあると思う?」
「常識的に考えればないけどお前のことだからなんかかんやで逃げそう」
「くそ、変な方向に信頼が厚い‼」
「え、やだよ。縄解いたら絶対逃げるじゃん」
「ユーラシアの最東端まで連れてこられて逃げるアテがあると思う?」
「常識的に考えればないけどお前のことだからなんかかんやで逃げそう」
「くそ、変な方向に信頼が厚い‼」
ただまあ実際の所ジンが縄を解いていればクウェンサーはどうにかして逃げ切ろうと考えていたので彼の懸念は強ち間違ってはいないのだが。
ジン、クウェンサー、そしてジンが連れているシン=ルーファ。
彼ら一行が今乗っているのは長らく手入れもされていないような錆びた電車車両。
かつてオブジェクトという巨大兵器が表舞台に姿を現し、国際連合が崩壊していく最中、開発中でありながら放棄されたものが今に至るまで延長、開発され続けた迷宮と化した地下鉄道である。
ジン、クウェンサー、そしてジンが連れているシン=ルーファ。
彼ら一行が今乗っているのは長らく手入れもされていないような錆びた電車車両。
かつてオブジェクトという巨大兵器が表舞台に姿を現し、国際連合が崩壊していく最中、開発中でありながら放棄されたものが今に至るまで延長、開発され続けた迷宮と化した地下鉄道である。
「そもそもこの『大陸』は『最後の旧世界』と呼ばれる場所だ」
「『最後の旧世界』?」
「『最後の旧世界』?」
折衷案でルーファに食べさせてもらうというどこぞの不良貴族様が聞いたら憤死しかねない状態でクウェンサーが聞き返す。
「オブジェクトという力の象徴によって国という国が今の四大勢力に統合されていく中、勢力を大きく落としながら勢力として形を保った所がただ一つある。それがここ、『大陸』……あるいは『旧中華』と呼ばれる場所だ」
国として形を無くしても、四大勢力に依らない『国』を取り戻すことを夢想する者たち。
あるいは、過去に囚われた亡霊たち。
あるいは、過去に囚われた亡霊たち。
「だからこそ『大陸』は五勢力による陣地取り合戦、他の地域以上の伏魔殿だ」
「どこもかしこも戦争続きなのは変わらないってことか」
「けど、わたしらの目的地は『かんしょうちたい』だ」
「『緩衝地帯』?」
「そう、何処の所属でもあり、何処の所属でもない安全地帯にして伏魔殿の中の伏魔殿────」
「どこもかしこも戦争続きなのは変わらないってことか」
「けど、わたしらの目的地は『かんしょうちたい』だ」
「『緩衝地帯』?」
「そう、何処の所属でもあり、何処の所属でもない安全地帯にして伏魔殿の中の伏魔殿────」
車体が軋みと寿命を超えて動かされる悲鳴を上げながらゆっくりと止まる。
そして開け放たれる扉から見えるは、提灯にぼんやりと照らされた石畳、色褪せた看板が立ち並ぶバラックや屋台、蒸気に烟り、何処かノスタルジーを感じさせる東洋の街並み。
それは正しく─────忘れ去られた、旧世界の残滓。
そして開け放たれる扉から見えるは、提灯にぼんやりと照らされた石畳、色褪せた看板が立ち並ぶバラックや屋台、蒸気に烟り、何処かノスタルジーを感じさせる東洋の街並み。
それは正しく─────忘れ去られた、旧世界の残滓。
「ようこそクウェンサー、『胡蝶街』へ」
◇
「ジン=ヤナギカゲの居場所が分かったわ。『大陸』でも有数の中立地帯にして混沌の坩堝、『胡蝶街』よ」
フローレイティア=カピストラーノ少佐は見慣れた顔が一つ足りないジャガイモ達の顔を見渡しながら映像資料を映し出した。
そこに映されるは、独特な趣のある城の雰囲気をぶち壊すように外壁に増設に増設を重ねられた四角いコンクリートの居住区域とビニールシートや鉄骨など雑多な建材が組み合わさった建造物群。
一見混沌として見えるそれらは、全体像を見ると不思議と調和を持って存在していた。
そこに映されるは、独特な趣のある城の雰囲気をぶち壊すように外壁に増設に増設を重ねられた四角いコンクリートの居住区域とビニールシートや鉄骨など雑多な建材が組み合わさった建造物群。
一見混沌として見えるそれらは、全体像を見ると不思議と調和を持って存在していた。
「居住人口推定8万、現在でも内部で増改築が繰り返されている人工迷宮。ヤナギカゲはこの『胡蝶街』から地下のルートで『資本企業』領に戻る気のようね」
「大体お姫様の情報通りってとこかよ」
「大体お姫様の情報通りってとこかよ」
フローレイティアが鋭い目で不用意な発言をしたヘイヴィアを一睨みで黙らせる。
実際のところ、第37機動整備大隊は旧コンゴ森林地区にいた時点で次のジンの行き先を掴んでいたのである。
実際のところ、第37機動整備大隊は旧コンゴ森林地区にいた時点で次のジンの行き先を掴んでいたのである。
『えーとぉ、一回しかいわないからよくきいてくれよな‼うちのにーちゃんは、『たいりく』の『こちょーがい』にいくんだって‼おれもいきたかったけどオブジェクトはでかいからだめだーって言われちゃったんだよなぁ』
声から察せられるレベルの幼さを残す『キニョンガ』なるオブジェクトを駆るエリートからの伝言、という余りにも覚束ない情報だったのだが。
伝言を受けたお姫様曰く自分より年上とのことらしい。お姫様が大人びていると言うべきか件のエリートが幼すぎると言うべきか。
伝言を受けたお姫様曰く自分より年上とのことらしい。お姫様が大人びていると言うべきか件のエリートが幼すぎると言うべきか。
「とりあえず、今のジン=ヤナギカゲは何処の勢力の首輪付きでもないわ。先日の『ヤナギカゲ重工』社長解任騒動によってね」
フローレイティアがひらひらと聴衆に向けて見せたのは『資本企業』のゴシップ誌。無論『正統王国』側でも裏は取っている。
「ジン=ヤナギカゲには現在横領、違法取引、その他4つの容疑が『資本企業』から掛けられ、それに合わせる形で不信任決議が通されたみたい。それで無事ジンは放逐……とはならなかったのよね」
『資本企業』からパージされてハイさよなら、で済むはずがない。何故ならジン=ヤナギカゲには、『ジェネシス』に『テトラグラマトン』を供与したという事実があるのだから。
「『資本企業』はジン=ヤナギカゲを指名手配、逆に他の三勢力は彼を捕縛しようと動いている。オブジェクト開発に関して彼の実績はずば抜けているから、なんとかして取り入れようという魂胆みたい」
「けどあの元社長は『資本企業』に戻ろうとしてんだろ?それになんでクウェンサーの野郎を拉致なんかしやがったんだ?」
「そればかりは本人に聞いてみなきゃ分からないわね」
「けどあの元社長は『資本企業』に戻ろうとしてんだろ?それになんでクウェンサーの野郎を拉致なんかしやがったんだ?」
「そればかりは本人に聞いてみなきゃ分からないわね」
そういう訳で、とフローレイティアは改めてジャガイモ達を見渡し、宣言するように告げた。
「これより『胡蝶街』潜入作戦を開始する。流石に大隊丸ごとという訳にはいかないから小隊を時間をかけて送り込む予定よ。まず第一陣のメンバーは────」
2.
「なんでここは地下なのに皆傘なんて差してるんだ?」
「水道の老朽化と杜撰な施工のせいで生活排水が雨漏りしてるんだよ。要は汚水の雨が降ってくるようなもんだ」
「ばっちいのにふられる前に早くさすことだね」
「うへっ、それを早く言ってくれよ」
「水道の老朽化と杜撰な施工のせいで生活排水が雨漏りしてるんだよ。要は汚水の雨が降ってくるようなもんだ」
「ばっちいのにふられる前に早くさすことだね」
「うへっ、それを早く言ってくれよ」
慌てながら買ってもらった蝙蝠傘を開くクウェンサー。
流石に縄で縛っているのは目立つとのことで『胡蝶街』に着いてからはクウェンサーの拘束は解かれていた。
無論ジンの側も逃げられる可能性は充分に考慮している。
だがクウェンサーを自由にしても問題ないと踏んだ理由が『胡蝶街』にあるのだ。
流石に縄で縛っているのは目立つとのことで『胡蝶街』に着いてからはクウェンサーの拘束は解かれていた。
無論ジンの側も逃げられる可能性は充分に考慮している。
だがクウェンサーを自由にしても問題ないと踏んだ理由が『胡蝶街』にあるのだ。
『■■■■?■■■■■‼』
「■■■■■‼■■■■■■‼」
『■■■■‼』
「■■■■、■■‼」
「■■■■■‼■■■■■■‼」
『■■■■‼』
「■■■■、■■‼」
時折行き交う住民達が元社長の顔を見て驚いたような声を上げたり、親しげに話しかけてくる。
ジンもそれに対して流暢に当地の言語で返しながら手を振ったりジェスチャーをしたり、時には抱擁したりしていた。
ジンもそれに対して流暢に当地の言語で返しながら手を振ったりジェスチャーをしたり、時には抱擁したりしていた。
「やけに歓迎ムードだな」
「そういや言ってなかったな。俺は『島国』から『資本企業』に来るまで2年間ここで暮らしてたんだ」
「なんで『資本企業』に直接行かなかったんだ?」
「本国に行くにゃ実家から身一つで飛び出した俺にはカネがなくてね。この『胡蝶街』で必死に働いて自立費用を貯めたんだよ」
「ま、ようはさとがえりみたいなもンだな」
「里帰りはお前もだろ、ルーファ」
「そういや言ってなかったな。俺は『島国』から『資本企業』に来るまで2年間ここで暮らしてたんだ」
「なんで『資本企業』に直接行かなかったんだ?」
「本国に行くにゃ実家から身一つで飛び出した俺にはカネがなくてね。この『胡蝶街』で必死に働いて自立費用を貯めたんだよ」
「ま、ようはさとがえりみたいなもンだな」
「里帰りはお前もだろ、ルーファ」
ジンとルーファは『胡蝶街』の住民と根深く繋がっている。故にクウェンサーが逃げ出しても地域ネットワークで即座に位置を捕捉出来るというわけだ。
更に言うなら、
更に言うなら、
「なあ、さっきからぐるぐる回ってるような気がするんだけど」
「安心しろよ、場所は分かってる。ただ改築やら増築のせいで前と内装が違うから迷ってるだけだ」
「迷ってるじゃん‼」
「安心しろよ、場所は分かってる。ただ改築やら増築のせいで前と内装が違うから迷ってるだけだ」
「迷ってるじゃん‼」
この『胡蝶街』は常に変貌する魔宮。下手をすれば住民ですら迷いかねないほどに複雑怪奇な様相を呈している。
土地勘もないクウェンサーが逃げ出そうものならたちまち流浪の迷子と化してしまうだろう。
土地勘もないクウェンサーが逃げ出そうものならたちまち流浪の迷子と化してしまうだろう。
「哥兄。このかんばんのうらを回ったらあそこじゃなかったか?」
「んー?ああそうじゃん、いつもここの看板目印にしてたっけな。懐かしい」
「んー?ああそうじゃん、いつもここの看板目印にしてたっけな。懐かしい」
赤く塗られた古びたベニヤの看板の脇を通り、少し狭まった通路に入っていくジン。
クウェンサーも後ろのルーファに押されて通路を通り、やがてそこを抜けた先にあるのはこじんまりと建っている店。
まだ目新しさが残る『肯当厅』の暖簾をくぐって否応なしに入店した金髪もやしの目の前には、先んじて入っていたジンと、更にそれより前に入店していた先客が一人。
オレンジ色に染めた髪を雑にポニーテールで纏めた女性。
彼女もまたジンの顔を見て弾けるような笑みを浮かべ、人懐こく勢いよく飛びついて男を抱擁した。
クウェンサーも後ろのルーファに押されて通路を通り、やがてそこを抜けた先にあるのはこじんまりと建っている店。
まだ目新しさが残る『肯当厅』の暖簾をくぐって否応なしに入店した金髪もやしの目の前には、先んじて入っていたジンと、更にそれより前に入店していた先客が一人。
オレンジ色に染めた髪を雑にポニーテールで纏めた女性。
彼女もまたジンの顔を見て弾けるような笑みを浮かべ、人懐こく勢いよく飛びついて男を抱擁した。
「しゃちょー‼」
「フェン‼俺がいない間元気してたか?」
「あたしはバリバリ元気です‼けど、しゃちょーがいなくなってからどことなーく社内はピリついてます」
「……やっぱそうなるか。今はとりあえず合流出来たことを喜ぼう。『賃貸時間』は?」
「今日いっぱいはのーまんたい‼しゃちょーがリフォームひよう立てかえてくれたお礼ですって‼」
「そりゃ僥倖。けど今回は切羽つまった用事だ、婆さんにも手伝ってもらわにゃならねえ」
「フェン‼俺がいない間元気してたか?」
「あたしはバリバリ元気です‼けど、しゃちょーがいなくなってからどことなーく社内はピリついてます」
「……やっぱそうなるか。今はとりあえず合流出来たことを喜ぼう。『賃貸時間』は?」
「今日いっぱいはのーまんたい‼しゃちょーがリフォームひよう立てかえてくれたお礼ですって‼」
「そりゃ僥倖。けど今回は切羽つまった用事だ、婆さんにも手伝ってもらわにゃならねえ」
言うなりジンは店の厨房の奥に首を突っ込み、大声で呼び声を上げる。
「婆さん‼いるんだろ?婆さーん……いねえのかババァ‼」
「ここにいるよ、やかましい」
「うわびっくりしたぁ!?いるなら一回で返事しろよったくよォ」
「数年振りの再会の一言がそれかい、相変わらず可愛げのない奴だね。で?そこの金髪の坊主は誰さ」
「ああ。我が友クウェンサー=バーボタージュ君だよ」
「誰が友達だ!?」
「ここにいるよ、やかましい」
「うわびっくりしたぁ!?いるなら一回で返事しろよったくよォ」
「数年振りの再会の一言がそれかい、相変わらず可愛げのない奴だね。で?そこの金髪の坊主は誰さ」
「ああ。我が友クウェンサー=バーボタージュ君だよ」
「誰が友達だ!?」
音もなく背後に立ち男を盛大にビビらせたのは酷く腰の曲った小柄な老婆。
しかし外見とは裏腹にぴんしゃんした言動にクウェンサーは整備兵の婆さんの姿を図らずも思い出す。
老女はジン、フェン、そしてルーファの顔を見回した後呆れたように……あるいは一抹の懐古感が入り混じった表情でため息を吐いた。
しかし外見とは裏腹にぴんしゃんした言動にクウェンサーは整備兵の婆さんの姿を図らずも思い出す。
老女はジン、フェン、そしてルーファの顔を見回した後呆れたように……あるいは一抹の懐古感が入り混じった表情でため息を吐いた。
「全く跳ねっ返りの悪童どもが揃いも揃ってからに。ジン、あんた『俺はビッグになるまで戻らない』とか言ってなかったかね?」
「悪いな、昔のことは忘れた」
「フェンもジンに釣られて出ていきおってからに」
「えへへ……」
「シン、あんたは──────」
「悪いな、昔のことは忘れた」
「フェンもジンに釣られて出ていきおってからに」
「えへへ……」
「シン、あんたは──────」
しらばっくれる二名とは異なり、ただただ不敵に微笑んでいるルーファの顔を暫し見据えた後、老婆は見切りをつける。
「その顔を見るにちっとも変わってないね?三つ子の魂百までとは言うけど、いつか刺されるよ」
「婆さん、こいつ刺せるヤツいねえよ。いたらやべえよ」
「わたしはさすよりさしたいねぇ」
「婆さん、こいつ刺せるヤツいねえよ。いたらやべえよ」
「わたしはさすよりさしたいねぇ」
ルーファの頭を手ぬぐいでピシャリと叩いてから、亀のような歩みで老婆は店の隅、カウンター席の奥への歩いていく。
そして、『修理中』と張り紙がされたカウンターの裏側を何か弄るような動きをしたかと思うと、カウンターが勢いよく跳ね上がり、裏側に隠された横並びのモニター群が姿を現した。
そして、『修理中』と張り紙がされたカウンターの裏側を何か弄るような動きをしたかと思うと、カウンターが勢いよく跳ね上がり、裏側に隠された横並びのモニター群が姿を現した。
「とりあえずアタシゃここで一日『見張り』をしてりゃいいんだろう?」
「連絡は『トバシ』で頼む。既に動きはあったか?」
「当然さね。さっきお客さんが二人入ってきたよ」
「連絡は『トバシ』で頼む。既に動きはあったか?」
「当然さね。さっきお客さんが二人入ってきたよ」
老婆が独自に改造したらしいリモコンを操作すると、地下鉄から『胡蝶街』の入口を映したモニターの一つが逆再生を始める。
やがて逆再生が止まった所が映し出していたのは、短い茶髪の少年と小柄な東洋人の女性が入っていくシーン。
いつもの軍服ではなく『胡蝶街』の雰囲気に紛れ込めるような安価な服装でこそあるが間違いなくその二人は─────。
やがて逆再生が止まった所が映し出していたのは、短い茶髪の少年と小柄な東洋人の女性が入っていくシーン。
いつもの軍服ではなく『胡蝶街』の雰囲気に紛れ込めるような安価な服装でこそあるが間違いなくその二人は─────。
「ヘイヴィア、ミョンリ……‼」
「東洋人を混ぜたのはいい発想だが、服装を似せただけじゃアタシら『胡蝶街』の目は誤魔化せんよ」
「ふんいきがそこらのかんこうきゃくとちがうンだよなァ。さっきが見えるよ」
「かんしは付けてるんでしょ?とっととつかまえちゃおうよ‼」
「馬鹿。捕まえたらそれだけこっちの足が鈍る」
「東洋人を混ぜたのはいい発想だが、服装を似せただけじゃアタシら『胡蝶街』の目は誤魔化せんよ」
「ふんいきがそこらのかんこうきゃくとちがうンだよなァ。さっきが見えるよ」
「かんしは付けてるんでしょ?とっととつかまえちゃおうよ‼」
「馬鹿。捕まえたらそれだけこっちの足が鈍る」
逸るフェンを抑えながら、老婆から小型の端末を投げ渡されつつジンは更にそれをルーファとフェンに投げ渡す。
「それにすぐ捕まえたら『こっちには監視網がありますよ』と伝えてるようなもんだ、暫く泳がせとけ」
「あっちのきけんどはひくいよフェン。もんだいはここの『目』をごまかせるレベルのヤツが入ってくるかどうかだ」
「正直ここまで早期に追跡してくるとは俺も想定外だ。これ以上の不慮の事態は避けたい、2時間後にC-65のステーションに集合。遅れたら容赦なく置いていくからな」
「あっちのきけんどはひくいよフェン。もんだいはここの『目』をごまかせるレベルのヤツが入ってくるかどうかだ」
「正直ここまで早期に追跡してくるとは俺も想定外だ。これ以上の不慮の事態は避けたい、2時間後にC-65のステーションに集合。遅れたら容赦なく置いていくからな」
それまでに用意は済ませとけ、と言いながら店を出ようとする男の背中を「待ちな」と嗄れた声が引き止めた。
「折角来たのにまたすぐ行っちまうのかい」
「悪いな婆さん。社長ってのは案外忙しいんだ」
「なら、コイツもオマケしといてやるよ」
「悪いな婆さん。社長ってのは案外忙しいんだ」
「なら、コイツもオマケしといてやるよ」
ぶっきらぼうに言い放ちながら老婆が厨房に引っ込んで数秒後、何かを詰め込んだ紙袋を押し付けるようにして渡した。
中身は、ほかほかと湯気を立てている中華まんがいくらか。
中身は、ほかほかと湯気を立てている中華まんがいくらか。
「リフォームと、ついでに息子夫婦の引越し費用も工面してくれた礼だ」
「吹っかけすぎだろ、婆さん」
「吹っかけすぎだろ、婆さん」
苦笑しつつジンは取り出した饅頭を一口食べ、珍しく真面目にしていた表情を緩ませた。
「ありがたく受け取っとく」
「なら、さっさと行っちまいな坊主‼今はここでのんべんだらりとしてる暇はないんだろ?」
「うお、急におっかねえの‼言う事素直に聞いて退散しねえと。おらフェンとルーファ、それとクウェンサー‼とっとと行くぞ‼」
「はいはーいっ、それじゃシークヮーサーくんはこっちね‼」
「クウェンサーだって‼ちょっ、せめてその肉まん一個くらい……‼」
「なら、さっさと行っちまいな坊主‼今はここでのんべんだらりとしてる暇はないんだろ?」
「うお、急におっかねえの‼言う事素直に聞いて退散しねえと。おらフェンとルーファ、それとクウェンサー‼とっとと行くぞ‼」
「はいはーいっ、それじゃシークヮーサーくんはこっちね‼」
「クウェンサーだって‼ちょっ、せめてその肉まん一個くらい……‼」
クウェンサー、フェン、そしてルーファの三人が出ていき、最後に店を後にしようとしたジンはふと戸を開ける手を止め、老婆の方を振り返った。
「またな、婆さん」
「今度は大勢連れてきな。その方がアタシも儲かるからね」
「そりゃ勿論。皆連れてくるさ」
「今度は大勢連れてきな。その方がアタシも儲かるからね」
「そりゃ勿論。皆連れてくるさ」
◇
『胡蝶街』の始まりは、旧中華人民共和国領域の一地方に存在した小さな城郭都市であった。
それがオブジェクトの登場に伴う国家の崩壊に際し生じた難民が安全のために城郭に流入し、やがて城郭内部に収まりきらないほどの人口を抱え始めた難民と元よりその都市で暮らしていた住民達は城郭を増築する形でバラック街を作り上げ、それでも足りなければ鉄骨とコンクリートで上へと住居空間を伸ばし、廃棄された地下鉄線が見つかれば蟻の巣のように掘り進め……混沌と無秩序の下にこの街は形作られてきた。
故に、長年根付いている住民ですら知らない『抜け道』などこの街にはごまんと存在する。
それがオブジェクトの登場に伴う国家の崩壊に際し生じた難民が安全のために城郭に流入し、やがて城郭内部に収まりきらないほどの人口を抱え始めた難民と元よりその都市で暮らしていた住民達は城郭を増築する形でバラック街を作り上げ、それでも足りなければ鉄骨とコンクリートで上へと住居空間を伸ばし、廃棄された地下鉄線が見つかれば蟻の巣のように掘り進め……混沌と無秩序の下にこの街は形作られてきた。
故に、長年根付いている住民ですら知らない『抜け道』などこの街にはごまんと存在する。
「──────」
『彼女』達もその無数のルート、迷路のような地下鉄路線の一つであり『胡蝶街』ですら使用しなくなった路線を通る形で人知れずこの不夜城へ足を踏み入れた。
侵入者は二人、共に少女。
一人は所々ハネた赤いショートヘアの小柄、もう片方は厳ついマスクで顔の半分を覆い隠した青いミディアムヘア。
侵入者は二人、共に少女。
一人は所々ハネた赤いショートヘアの小柄、もう片方は厳ついマスクで顔の半分を覆い隠した青いミディアムヘア。
「アル、ヤツはいまどこにいるんだよ?」
「あせるなフィオ、コスモスのつうしんを待つんだ」
「あせるなフィオ、コスモスのつうしんを待つんだ」
苛立ちを隠すこともなく背に鋸刃を備えた闇より黒い軍用ナイフを弄ぶ赤髪の少女を青髪の少女が諫める。
「ここでしくじるわけにはいかない。あの男はここでかくじつにしとめろとのめいれいだ」
「だとしても早くしとめねぇと、ソラリス姉が‼」
「ぼくだってあせっているさ……だけどそれでしとめそこなったらほんまつてんとうなんだよ、フィオレンザ‼」
「んだとぉ……‼」
『アルタミア、フィオレンザりょうめいにほうこく』
「だとしても早くしとめねぇと、ソラリス姉が‼」
「ぼくだってあせっているさ……だけどそれでしとめそこなったらほんまつてんとうなんだよ、フィオレンザ‼」
「んだとぉ……‼」
『アルタミア、フィオレンザりょうめいにほうこく』
険悪になりかけた二人のインコムから、無機質な声が響く。
『ジン=ヤナギカゲはげんざいりょうめいのいちより上層、『遥遊区』にいるもよう。追ってれんらくする』
「─────きこえたな。いくぞ」
「……チッ‼」
「─────きこえたな。いくぞ」
「……チッ‼」
赤髪の少女はナイフを回しながら懐に収め、地を蹴って付近の廃屋へと飛び乗ると、そのまま獣のように駆けながら屋根から屋根へと飛び移っていく。
そんなフィオレンザの姿を見送りつつ、アルタミアは嘆息した。
あのジン某という男を自分達のボス、オーキッド=ブルックリーナイトが追い落としてからというものこうである。
血の繋がりはなけれども、姉として慕うソラリスが『アレ』に載せられるのをなんとしても避けねばならない。
その焦りと思うようにいかない苛立ちがチームワークに支障を生んでいることに彼女は気づいていながら、何もできないでいた。
そんなフィオレンザの姿を見送りつつ、アルタミアは嘆息した。
あのジン某という男を自分達のボス、オーキッド=ブルックリーナイトが追い落としてからというものこうである。
血の繋がりはなけれども、姉として慕うソラリスが『アレ』に載せられるのをなんとしても避けねばならない。
その焦りと思うようにいかない苛立ちがチームワークに支障を生んでいることに彼女は気づいていながら、何もできないでいた。
(だがそれもここでおわらせる。ジン=ヤナギカゲをころせばソラリスねえさんはたすかるんだ)
奥歯に仕込まれたスイッチを噛み、マスクに搭載された鎮静剤と痛覚鈍化の作用を含んだ気体の供給を開始する。
(うらみはないが、ぼくらのあんねいのために死ね、ヤナギカゲ……‼)
3.
一方その頃。
「畜生、あいつら迷子になりやがって……堪え性ないからなああいつら」
「うわあブーメラン投げてる人が目の前にいる。株式市場の確認したいからっていきなり予定ぶん投げて横道の店に入った人が」
「堪え性がないんじゃないの、リアルタイムで見とかないといけないんだよ株取引は。5分、いや3分で切り上げるから待ってろって」
「うわあブーメラン投げてる人が目の前にいる。株式市場の確認したいからっていきなり予定ぶん投げて横道の店に入った人が」
「堪え性がないんじゃないの、リアルタイムで見とかないといけないんだよ株取引は。5分、いや3分で切り上げるから待ってろって」
一方その頃、ジン=ヤナギカゲとクウェンサー=バーボタージュは酒場の様相を漂わせる小料理店で暫しの休息を取っていた。
彼らの周りに先程老婆の店から出た折に同道していたフェンとルーファの二名の姿はない。
フェンは途中で「気になる店を見つけた」と言って消え、ルーファはいつの間にやらいなくなっていた。
なんとも自由気ままな連中だがボスがこれだからある意味当然の帰結なのかもしれない。
そんな彼女達の代わりとしてテーブルを挟んでジンとクウェンサーの真向かいに座っているのは─────。
彼らの周りに先程老婆の店から出た折に同道していたフェンとルーファの二名の姿はない。
フェンは途中で「気になる店を見つけた」と言って消え、ルーファはいつの間にやらいなくなっていた。
なんとも自由気ままな連中だがボスがこれだからある意味当然の帰結なのかもしれない。
そんな彼女達の代わりとしてテーブルを挟んでジンとクウェンサーの真向かいに座っているのは─────。
「いえ、あの……もっと大事というか重要なものが目の前にいるんですけど……」
「オイ、クウェンサー。こいつ周り見えてねえのか……?」
「多分、見えてるけど見てないんじゃないかな。前から薄々思ってたけど興味ないことはとことん興味ないで済ませるタイプだよこの人」
「オイ、クウェンサー。こいつ周り見えてねえのか……?」
「多分、見えてるけど見てないんじゃないかな。前から薄々思ってたけど興味ないことはとことん興味ないで済ませるタイプだよこの人」
ジン=ヤナギカゲの捕縛及びクウェンサーの奪還の目的のために『胡蝶街』へ潜入していたヘイヴィア=ウィンチェルとミョンリのコンビであった。
ジンとクウェンサーが入って来たあとにヘイヴィア達が入ってきた訳ではない。
むしろその逆、ヘイヴィア達が屯っていたところにジンが突撃する形になってしまったのである。
ジンとクウェンサーが入って来たあとにヘイヴィア達が入ってきた訳ではない。
むしろその逆、ヘイヴィア達が屯っていたところにジンが突撃する形になってしまったのである。
「ていうかさっきお婆さんにもらった端末どうしたんだよ」
「あーあれね、壊れてたわ。『トバシ』ってジャンク品の再利用だからたまに『ハズレ』引くんだよな」
「「ぅおいっ!?」」
「あーあれね、壊れてたわ。『トバシ』ってジャンク品の再利用だからたまに『ハズレ』引くんだよな」
「「ぅおいっ!?」」
だってしょうがないじゃんかよ、と嘯きつつクウェンサー達に視線を向けることなく仕事モードに入っているジンは自前の携帯端末から各種株価の推移に目を通している。
もはや周りなど見えていないのは誰の目にも明白。これでは端末が機能していたとしてもヘイヴィア達との遭遇を避けられたかは甚だ疑問だ。
もはや周りなど見えていないのは誰の目にも明白。これでは端末が機能していたとしてもヘイヴィア達との遭遇を避けられたかは甚だ疑問だ。
「もしかして今なら捕まえられるんじゃ「今邪魔したらキレるぞ、数十万ドルの損か得かになるかの瀬戸際なんだ」
「「ひえっ」」
「「ひえっ」」
ポンと出てきた金額の大きさに『正統王国』の平民二名が思わずドン引きする中『正統王国』の『貴族』たるウィンチェル家の嫡男は不敵に笑みを浮かべながら身を乗り出す。
「そんなの俺らに関係ねぇだろ。一緒に来い、ジン=ヤナギカゲ」
「……謹んで、お断り申し上げる」
「テメェはそんな事言える立場じゃねえだろうが」
「……謹んで、お断り申し上げる」
「テメェはそんな事言える立場じゃねえだろうが」
コンゴでの件もあってか、いつもよりやや沸点が低めのヘイヴィアがジンの左肩を掴んだ。
その瞬間──────常に軽薄な態度を崩さないジンが、かつて『テトラグラマトン』の折でもクウェンサーが一度か二度しか見なかった明らかな苦悶の表情を垣間見せた。
その瞬間──────常に軽薄な態度を崩さないジンが、かつて『テトラグラマトン』の折でもクウェンサーが一度か二度しか見なかった明らかな苦悶の表情を垣間見せた。
「えっ?」
「……がっ!?」
「……がっ!?」
直後、苦痛を湛えた声。
しかしその声を上げたのはジンではなく、ヘイヴィア。
肩を掴まれたジンが返す刀でヘイヴィアの手を掴み、捻ったのである。
傍目から見れば軽く握手しているようにしか見えないそれは、どうやらなにかの武術の要領のようでやられているヘイヴィアはジタバタもがきながら机をタップしている。
その隙をクウェンサーは逃さず、ジンが『胡蝶街』に紛れ込むために纏っていた安物のシャツの袖を肩口までまくり上げた。
しかしその声を上げたのはジンではなく、ヘイヴィア。
肩を掴まれたジンが返す刀でヘイヴィアの手を掴み、捻ったのである。
傍目から見れば軽く握手しているようにしか見えないそれは、どうやらなにかの武術の要領のようでやられているヘイヴィアはジタバタもがきながら机をタップしている。
その隙をクウェンサーは逃さず、ジンが『胡蝶街』に紛れ込むために纏っていた安物のシャツの袖を肩口までまくり上げた。
「あっ、テメ……‼」
コンゴで再会して以来、初めて顕になったジンの左肩には、まだ巻かれたばかりらしい新品の包帯。そしてその白い包帯の奥から滲む、血の跡。
「この傷は、一体……」
「まさか、先日の『解任騒動』絡みで?」
「なんで知って……いや野暮なことか。結構大騒ぎになっちまったしなあ、そりゃ余所にも漏れるわな」
「まさか、先日の『解任騒動』絡みで?」
「なんで知って……いや野暮なことか。結構大騒ぎになっちまったしなあ、そりゃ余所にも漏れるわな」
ヘイヴィアの降参の合図に漸く応じて捻る手を離しながら、ジンは端末を懐にしまいつつ深く息を吐いた。
捻られた手首をぷらぷらと振りつつヘイヴィアがやや恨めしげな目線をジンにへと向ける。
捻られた手首をぷらぷらと振りつつヘイヴィアがやや恨めしげな目線をジンにへと向ける。
「大方『資本企業』の猟犬様だろ、その傷はよ」
「いや……それは違う。『資本企業』ではあるがコレは法務部門の連中じゃねえ、あいつらはもっとスマートにやる」
「じゃあ、誰が?」
「いや……それは違う。『資本企業』ではあるがコレは法務部門の連中じゃねえ、あいつらはもっとスマートにやる」
「じゃあ、誰が?」
ある種達観したように薄く自嘲めいた笑みを浮かべ、男は肩の傷を抑えながら呟いた。
「後ろ弾。要は裏切られたってことだ、自分の社員にな」
そもそもジンが語るところに拠れば───今現在『資本企業』から掛けられている容疑の全てが証拠に乏しく、言いがかりに等しいものであるのだという。
当然それらの嫌疑に対して彼は無実を証明出来るだけの社内データと物証を揃えていた。
いたのである。
当然それらの嫌疑に対して彼は無実を証明出来るだけの社内データと物証を揃えていた。
いたのである。
「その隙を突かれる形で不信任決議が通されてな。こりゃ本腰入れにゃと思ったその日の夜に襲われた」
「襲われた……!?」
「明かりがなかったもんで顔までは分からなかったが、ありゃ女だった。……あ、性的な意味じゃなくてな?」
「そりゃ分かるわやかましい」
「ま、『かすり傷』は負ったがなんとかその場を切り抜けて、ほぼ着の身着のままで護衛役としてルーファを連れて『資本企業』を脱出したわけだ」
「襲われた……!?」
「明かりがなかったもんで顔までは分からなかったが、ありゃ女だった。……あ、性的な意味じゃなくてな?」
「そりゃ分かるわやかましい」
「ま、『かすり傷』は負ったがなんとかその場を切り抜けて、ほぼ着の身着のままで護衛役としてルーファを連れて『資本企業』を脱出したわけだ」
そうしてコンゴで体勢を整えていた矢先、クウェンサーが流れ着いてきたという訳である。
「『後ろ弾』って言ってたが身内にやられたって証拠は?」
「一つ。『7thコア』から送られてきた嫌疑内容の一部にウチの人間でしか知り得ない情報があった。二つ。俺が襲われたのは社長室、ウチの役員以上のセキュリティレベルでなきゃ入れない」
「『情報同盟』が裏で糸を引いてる可能性とかは?あそこの技術ならセキュリティも情報も抜けると思うけど」
「ウチのセキュリティ舐めんな。それに人間一人潰すのにメリットとコストとデメリットが釣り合ってない。それに俺はしょっちゅう『戦争国』に出向いてる、殺るならそこで鉛玉ぶち込んだほうが数倍安上がりだ」
「一つ。『7thコア』から送られてきた嫌疑内容の一部にウチの人間でしか知り得ない情報があった。二つ。俺が襲われたのは社長室、ウチの役員以上のセキュリティレベルでなきゃ入れない」
「『情報同盟』が裏で糸を引いてる可能性とかは?あそこの技術ならセキュリティも情報も抜けると思うけど」
「ウチのセキュリティ舐めんな。それに人間一人潰すのにメリットとコストとデメリットが釣り合ってない。それに俺はしょっちゅう『戦争国』に出向いてる、殺るならそこで鉛玉ぶち込んだほうが数倍安上がりだ」
メリットで考えろよ、とジンは人差し指でテーブルをノックする。
「俺がいなくなって、誰が一番得をすると思う?」
「「俺達」」
「ごめんて。後で埋め合わせはするから」
「社長だった人がいなくなるんですよね?だったら、副社長とか……ですか?」
「お、良い線行ってる。ただウチの会社に『副社長』の立場はないんだわ。役員幹部にそれぞれの部門の裁量権を持たせててな」
「テメェの会社構造の話はどうでもいいんだよ。要はその役員幹部の誰かが疑わしいってことだろ?」
「そうそう。まずウチのエリート組はこんな馬鹿やらかすいねえから除外。残った役員連中で一番俺が怪しいと踏んでるのは───────」
「「俺達」」
「ごめんて。後で埋め合わせはするから」
「社長だった人がいなくなるんですよね?だったら、副社長とか……ですか?」
「お、良い線行ってる。ただウチの会社に『副社長』の立場はないんだわ。役員幹部にそれぞれの部門の裁量権を持たせててな」
「テメェの会社構造の話はどうでもいいんだよ。要はその役員幹部の誰かが疑わしいってことだろ?」
「そうそう。まずウチのエリート組はこんな馬鹿やらかすいねえから除外。残った役員連中で一番俺が怪しいと踏んでるのは───────」
ジンが最も疑わしいと思う黒幕の名が告げられることはなかった。
その直後、ジンの右側。
引き戸となっている古びた扉を勢いよくぶち抜きながらふっ飛ばされてきた赤髪の少女が、ミョンリを掠めつつ盛大に店内に飛び込んできたからである。
引き戸となっている古びた扉を勢いよくぶち抜きながらふっ飛ばされてきた赤髪の少女が、ミョンリを掠めつつ盛大に店内に飛び込んできたからである。
「グワーッ!?」
「ヘイヴィアーッ!?」
「ヘイヴィアーッ!?」
ただしヘイヴィアはモロに撥ね飛ばされて宙を舞った。合掌。
飛び込んできた少女はヘイヴィアを巻き込んで尚、勢いは落ちることなく床を二、三度バウンドしながら店の反対側の壁に叩きつけられた。
周りには酔っ払い達もいたが、前後不覚になるまで酔っているものもいるというのに飛んできた少女をひょいと躱して誰一人として気にする者もいない。
「またか」といったような雰囲気すら見せている辺り、こうした荒事には慣れっこなのだろう。
飛び込んできた少女はヘイヴィアを巻き込んで尚、勢いは落ちることなく床を二、三度バウンドしながら店の反対側の壁に叩きつけられた。
周りには酔っ払い達もいたが、前後不覚になるまで酔っているものもいるというのに飛んできた少女をひょいと躱して誰一人として気にする者もいない。
「またか」といったような雰囲気すら見せている辺り、こうした荒事には慣れっこなのだろう。
「おおっとヘイヴィアくん、吹っ飛ばされた‼」
「何暢気に解説してるんですか‼」
「ごめん、つい。あまりに綺麗な吹っ飛びようでさ」
「いやでもアレ死んでないよね!?」
「ちょっと待ってろ───うん。完全に失神しちゃいるが骨も折れてねェし、まァ無事の範疇でいいなこれ」
「何暢気に解説してるんですか‼」
「ごめん、つい。あまりに綺麗な吹っ飛びようでさ」
「いやでもアレ死んでないよね!?」
「ちょっと待ってろ───うん。完全に失神しちゃいるが骨も折れてねェし、まァ無事の範疇でいいなこれ」
床に大の字で転がっているヘイヴィアの脈を計ったり触診したり、意識の有無の確認で何度か頬を張ったりしつつ男は応急処置を手早く済ませると、今度は壁の方にもたれている少女の方を見やる。
「次はあっちか……あの吹っ飛びようじゃ重傷は間違いなさそうだが」
「あ、あの。私にもなにか手伝えることとか……」
「お、手伝ってくれるか。この店は酒場だ、乱闘騒ぎで怪我した野郎用に薬箱くらいは常備してるはず」
「あ、あの。私にもなにか手伝えることとか……」
「お、手伝ってくれるか。この店は酒場だ、乱闘騒ぎで怪我した野郎用に薬箱くらいは常備してるはず」
多分そこの酒棚にあるよな、とバーテンダーに聞こうとしたジンと少女の元に向かおうとしたミョンリ。
「だめだよ哥兄。あれはわたしのだ」
そんな両者の肩を、背後からぬるりと何者かが掴んで動きを止めた。
二人の間に顔を出し、酒気を纏う息を吐きながら囁くのは姿を消していたシン=ルーファである。
目立つ程の長身で見るからに隙だらけの様子であるというのに、彼女が声を出すまで一切気付けなかったという事実と異常性にジンとミョンリの側にいたクウェンサーは思わず生唾を飲み込む。
二人の間に顔を出し、酒気を纏う息を吐きながら囁くのは姿を消していたシン=ルーファである。
目立つ程の長身で見るからに隙だらけの様子であるというのに、彼女が声を出すまで一切気付けなかったという事実と異常性にジンとミョンリの側にいたクウェンサーは思わず生唾を飲み込む。
「それにこんなかわいいこまでひっかけちゃってサァ。ずるいじゃないか」
「ひっ──────」
「ルーファ」
「ひっ──────」
「ルーファ」
ミョンリに特殊な感情から来る独特の緩んだ笑みを向けるルーファを、ジンが冷徹な声で引き止めた。
「止めろ。彼女は俺の友人だ」
「─────分かってますよ、哥兄」
「で?『わたしの』ってどういうことだルーファ?」
「いやサ。さけがきれたもんでちっとばかし買いにいってたンだけど」
「─────分かってますよ、哥兄」
「で?『わたしの』ってどういうことだルーファ?」
「いやサ。さけがきれたもんでちっとばかし買いにいってたンだけど」
とちゅう、ケンカをうられたモンで。
ルーファの声と共に、壁にもたれかかっていた赤髪の少女がゆっくりと立ち上がった。
その様子を見て男は何かを悟ったようで、ルーファにミョンリを下がらせながら自分もエリートの背中へと下がった。
ルーファの声と共に、壁にもたれかかっていた赤髪の少女がゆっくりと立ち上がった。
その様子を見て男は何かを悟ったようで、ルーファにミョンリを下がらせながら自分もエリートの背中へと下がった。
「え?え?なんで下がっちゃうんですか?」
「……あの娘がルーファの一撃で吹っ飛んできたなら、立ち上がれるはずがねェ。なんたって装甲車両を凹ませる威力だ」
「なんて?」
「……あの娘がルーファの一撃で吹っ飛んできたなら、立ち上がれるはずがねェ。なんたって装甲車両を凹ませる威力だ」
「なんて?」
赤髪の少女が、明らかな敵意と害意に満ちた瞳でルーファを睨む。
相対するルーファは、相も変わらぬ不敵な笑みを崩さぬまま。
まるで西部劇のガンマンの決闘の如く、一定の距離をおいて両者の空気が張り詰めていく。
少女が飛び込んできた時は眉一つ変えなかったバーテンダーはおろか、昼から飲んだくれていた酔漢連中が変化に気付くやいなや即座に逃げ出したのはやはり伏魔殿たる『胡蝶街』の住民、命の危機には非常に聡い者達であるからか。
相対するルーファは、相も変わらぬ不敵な笑みを崩さぬまま。
まるで西部劇のガンマンの決闘の如く、一定の距離をおいて両者の空気が張り詰めていく。
少女が飛び込んできた時は眉一つ変えなかったバーテンダーはおろか、昼から飲んだくれていた酔漢連中が変化に気付くやいなや即座に逃げ出したのはやはり伏魔殿たる『胡蝶街』の住民、命の危機には非常に聡い者達であるからか。
静謐、閑静、静止、静寂。
「────ッ‼」
先に動いたのは、少女の方であった。
軽い発砲音と共に懐から一瞬の閃きと共に何かを放つ。
遠巻きに見ていたクウェンサーですら捉えきれない程の速度のそれを……ルーファはなんてことのないように挟みとり、投げ捨てながら悠々と歩き出した。
床に乱雑に投げ捨てられたのは、何かの金属片のような細長い刃。
そこから想像されるフィクションで広く知られているその武器の名を、当然クウェンサーも知っていた。
軽い発砲音と共に懐から一瞬の閃きと共に何かを放つ。
遠巻きに見ていたクウェンサーですら捉えきれない程の速度のそれを……ルーファはなんてことのないように挟みとり、投げ捨てながら悠々と歩き出した。
床に乱雑に投げ捨てられたのは、何かの金属片のような細長い刃。
そこから想像されるフィクションで広く知られているその武器の名を、当然クウェンサーも知っていた。
「スペツナズナイフ……‼」
旧ロシアにおいて特殊任務部隊が装備していたといわれる、刀身の射出が可能なナイフ。
時速60kmで射出される刀身の殺傷能力、奇襲性は銃弾のそれよりも遥かに驚異的だ。
その刃を……しかも初見でありながら……容易く指で挟みとったルーファの技量にはただただ舌を巻くしかない。
時速60kmで射出される刀身の殺傷能力、奇襲性は銃弾のそれよりも遥かに驚異的だ。
その刃を……しかも初見でありながら……容易く指で挟みとったルーファの技量にはただただ舌を巻くしかない。
「まあ、あいつなら余裕だわな……殺すなよ、死んだら1ドルの価値にもならねェからな‼」
一方、そんな神業を目の当たりにしながらもまるで驚く素振りも見せない社長の要請にひらひらと手を振りながら応えるルーファ。
対する少女はぎりりと口惜しさに食いしばりながら懐から新たに二本のサバイバルナイフを繰り出し───更にその背中に背負う金属製のリュックから四本のアームが飛び出し、その先端から細い炎の柱が噴き上がる。
その特徴的な装備に男の片眉が上がり、厭な表情をした。
かつて自身が開発した兵器が、今正に自分に向けて牙を剥こうとしていたからである。
対する少女はぎりりと口惜しさに食いしばりながら懐から新たに二本のサバイバルナイフを繰り出し───更にその背中に背負う金属製のリュックから四本のアームが飛び出し、その先端から細い炎の柱が噴き上がる。
その特徴的な装備に男の片眉が上がり、厭な表情をした。
かつて自身が開発した兵器が、今正に自分に向けて牙を剥こうとしていたからである。
「タランテラか……ルーファ、背中を狙え‼制御AIはリュックの方だ‼」
「っ、馬鹿‼あんなモノ相手に突っ込ませるつもりなのか!?行くな、止めろ‼」
「っ、馬鹿‼あんなモノ相手に突っ込ませるつもりなのか!?行くな、止めろ‼」
少女が四本のバーナーブレードと二本のサバイバルナイフを構え吶喊した。
バーナーブレードが触れたテーブルや椅子が一瞬にして焼き切られ、溶け落ちて破壊の跡を残していく。
少女を中心にした半径2mの殺戮空間、踏み入るものは別け隔てなく焼かれ斬られ殺される。
クウェンサーの制止すら無視し、絶望的なものを前に歩んでいくルーファは笑みを浮かべたまま、いやむしろその笑みを深めていき……。
バーナーブレードが触れたテーブルや椅子が一瞬にして焼き切られ、溶け落ちて破壊の跡を残していく。
少女を中心にした半径2mの殺戮空間、踏み入るものは別け隔てなく焼かれ斬られ殺される。
クウェンサーの制止すら無視し、絶望的なものを前に歩んでいくルーファは笑みを浮かべたまま、いやむしろその笑みを深めていき……。
飢えた獣を思わせる牙剥いた笑顔に変生した瞬間、勝負は決していた。
最初に、弾ける音が響く。
発砲音ではない。何か中で弾けたような、くぐもった音。
それがいくつも同時に重なって、奇妙な協奏曲を奏でる。
最初に、弾ける音が響く。
発砲音ではない。何か中で弾けたような、くぐもった音。
それがいくつも同時に重なって、奇妙な協奏曲を奏でる。
「かっ、あ」
タランテラのアームは全てひしゃげ。
両手に握っていたクラッシャー402は根本から粉々に砕け散り。
そして少女の胸には、ルーファの背中が寄り添うように触れていた。
一拍遅れて背負われていたタランテラ基部が内部から弾け飛ぶと、糸が切れたように少女が倒れ込む。
両手に握っていたクラッシャー402は根本から粉々に砕け散り。
そして少女の胸には、ルーファの背中が寄り添うように触れていた。
一拍遅れて背負われていたタランテラ基部が内部から弾け飛ぶと、糸が切れたように少女が倒れ込む。
「……うわぁ」
「相変わらず容赦ない……殺しちゃいねェよな?」
「きぜつさせただけだよ、あと二、三十分すればおきるかな?それと哥兄、こいつおもしろいね。みなよ」
「相変わらず容赦ない……殺しちゃいねェよな?」
「きぜつさせただけだよ、あと二、三十分すればおきるかな?それと哥兄、こいつおもしろいね。みなよ」
くいくいと手招きするルーファに従ってジンが気絶した少女に近づいてその肌をゆっくりと指先で押し込むように触った瞬間、眉を潜めた。
「なんだこの違和感は……いや待て、これは……?」
◇
(───フィオレンザ。しくじったか)
定刻報告が来ないことにアルタミアは恐れていた予想が現実となったことを悟り、歯噛みする。
フィオレンザが先行しすぎたために補佐に回れなかったのも原因であるが、何より……。
フィオレンザが先行しすぎたために補佐に回れなかったのも原因であるが、何より……。
(『あの』シン=ルーファを見たじてんでなんとしてもごうりゅうすべきだった……‼)
シン=ルーファ。『大陸』では指折りの凶手にして武闘家。
常に酒気を纏い、退廃的な笑みを崩さず標的は必ず仕留めるという、深い暗部の中でも一等闇を抱えた暗殺者。
ジン=ヤナギカゲはいかにして彼女を雇い入れ、手懐けたのかは知らないが、彼女はとある『伝説』の継承者であることについてはアルタミアは知っていた。
常に酒気を纏い、退廃的な笑みを崩さず標的は必ず仕留めるという、深い暗部の中でも一等闇を抱えた暗殺者。
ジン=ヤナギカゲはいかにして彼女を雇い入れ、手懐けたのかは知らないが、彼女はとある『伝説』の継承者であることについてはアルタミアは知っていた。
───『大陸』に『真龍』在り。
旧くから暗部でまことしやかに語られる男の名である。
曰く、単独で真正面からベースゾーンに侵入しエリートを暗殺した。
曰く、ペン一本で一個大隊を殲滅した。
曰く、足がないので生身で装甲車両団を襲って奪って帰った。
曰く、曰く、曰く。
その人物について語る時は、もはや稚児の妄想めいて神懸った武の技量についての逸話が必ず付いてくる。
そんな男は今では引退し、『大陸』のどこかで余生を過ごしているだとか、道場を開いただのと言われているが……シン=ルーファは、そんな『真龍』の元弟子であるという。
旧くから暗部でまことしやかに語られる男の名である。
曰く、単独で真正面からベースゾーンに侵入しエリートを暗殺した。
曰く、ペン一本で一個大隊を殲滅した。
曰く、足がないので生身で装甲車両団を襲って奪って帰った。
曰く、曰く、曰く。
その人物について語る時は、もはや稚児の妄想めいて神懸った武の技量についての逸話が必ず付いてくる。
そんな男は今では引退し、『大陸』のどこかで余生を過ごしているだとか、道場を開いただのと言われているが……シン=ルーファは、そんな『真龍』の元弟子であるという。
(しょせん、うわさはうわさ……そうおもっていたのに)
一度として気付かれたことのない潜伏技術。
音を、気配を、ありとあらゆる痕跡を殺し環境と同化できるアルタミア。
距離はおよそ500m以上先、場所はジャングルジムのように入り組んだダクトの上。
蒸気によって隠されて誰からも見つけられない位置から、ルーファの姿を認めてジン=ヤナギカゲの暗殺を容易にするために狙撃を試みようとした瞬間。
ルーファが振り向いて、彼女の方を『見た』。
間違いなく、その視線は確実にこちらを射抜いていた。
その時点でアルタミアは絶望的な程の実力差を思い知り、恥も外聞も打ち捨てて遁走の一手を選択した。
視覚、聴覚は勿論、万が一にも匂いで気付かれないよう彼女は風下に位置を取っていた。
それでも尚、ルーファはアルタミアに気付いたのである。
音を、気配を、ありとあらゆる痕跡を殺し環境と同化できるアルタミア。
距離はおよそ500m以上先、場所はジャングルジムのように入り組んだダクトの上。
蒸気によって隠されて誰からも見つけられない位置から、ルーファの姿を認めてジン=ヤナギカゲの暗殺を容易にするために狙撃を試みようとした瞬間。
ルーファが振り向いて、彼女の方を『見た』。
間違いなく、その視線は確実にこちらを射抜いていた。
その時点でアルタミアは絶望的な程の実力差を思い知り、恥も外聞も打ち捨てて遁走の一手を選択した。
視覚、聴覚は勿論、万が一にも匂いで気付かれないよう彼女は風下に位置を取っていた。
それでも尚、ルーファはアルタミアに気付いたのである。
(あそこでうっていたら、ぼくは死んでいた……)
あの牙剥くような笑みを想起するたびに、背中に冷や汗が噴き出す。
這々の体で逃げたアルタミアは、震える声でフィオレンザに通信し、警告した。
シン=ルーファとはやりあうな、せめてごうりゅうしてからしかけろと。
しかし彼女の警告は、鼻で笑われた。
這々の体で逃げたアルタミアは、震える声でフィオレンザに通信し、警告した。
シン=ルーファとはやりあうな、せめてごうりゅうしてからしかけろと。
しかし彼女の警告は、鼻で笑われた。
『おくびょうかぜにふかれたのかよ、アル‼いかにエリートでも、にんげんはにんげんだ。なまみなら殺すためのへいきにはかないっこないんだよ‼ウチがそれをじっしょうしてやる‼)
そうしてフィオレンザは一方的に通信を打ち切り───結果、今に至る。
フィオレンザがしくじったということは、刺客が迫っている事実をジンが知ることになったということ。
もはや彼がここを出ていくのは秒読みの段階だろう。
そうなる前になんとしても手は打たねばならない。
フィオレンザがしくじったということは、刺客が迫っている事実をジンが知ることになったということ。
もはや彼がここを出ていくのは秒読みの段階だろう。
そうなる前になんとしても手は打たねばならない。
「コスモ、フィオがしくじった。よびプランにいこうする」
『りょうかい。フィオレンザのかいしゅうは?』
「……あきらめるしかない。今はジン=ヤナギカゲのしまつがゆうせんだ」
『───りょうかい』
『りょうかい。フィオレンザのかいしゅうは?』
「……あきらめるしかない。今はジン=ヤナギカゲのしまつがゆうせんだ」
『───りょうかい』
フィオレンザを諦めることは、苦渋の決断であった。
この十数年苦楽を共にした姉妹なのだ。安々と見捨てたくはなかった。
だがここで判断を鈍らせれば、ソラリスの身までもが危うくなってしまう。
だから、諦めた。諦めざるを得なかった。
この十数年苦楽を共にした姉妹なのだ。安々と見捨てたくはなかった。
だがここで判断を鈍らせれば、ソラリスの身までもが危うくなってしまう。
だから、諦めた。諦めざるを得なかった。
「……すまない、コスモ」
『……アルタミアはてったいを。10分ごによびプランをかいしします』
『……アルタミアはてったいを。10分ごによびプランをかいしします』
通信を切ったアルタミアは、酸素を供給しているのにも関わらず息苦しいマスクを取り払う。
その頬には、バーコードのような入れ墨が刻まれていた。
その頬には、バーコードのような入れ墨が刻まれていた。
4.
「……スティグマプロジェクト?」
「ああ」
「ああ」
『胡蝶街』地下、トレインステーション付近倉庫。
貨物列車で輸送してきた普通の荷物は勿論、表に出せないブツやらヤクを一時的に収蔵するための場所。
クウェンサー達はその一角を借りて拘束した襲撃者たる少女を安置していた。
貨物列車で輸送してきた普通の荷物は勿論、表に出せないブツやらヤクを一時的に収蔵するための場所。
クウェンサー達はその一角を借りて拘束した襲撃者たる少女を安置していた。
「『北欧禁猟区』でのエリートの自然発生率の話は知っているよな?」
「ああ、確か他の地域よりエリートの資質を持っている人間が多いって統計は見たことがある」
「スティグマプロジェクトってのはその北欧禁猟区の環境を参考にして、人為的なエリート増産計画だったのさ」
「ってことは、10にも満たねェガキに銃を持たせてドンパチでもさせたっていうのか!?」
「ああ、確か他の地域よりエリートの資質を持っている人間が多いって統計は見たことがある」
「スティグマプロジェクトってのはその北欧禁猟区の環境を参考にして、人為的なエリート増産計画だったのさ」
「ってことは、10にも満たねェガキに銃を持たせてドンパチでもさせたっていうのか!?」
打ちどころが良かったのか少女の襲撃直後に気を取り戻したヘイヴィアがいきり立つが、ジンは気怠げにそれを諫める。
「馬鹿、そんなことしたら割に合わねェよ。あいつらが再現したのは、『北欧禁猟区』における精神的負担面だ」
「精神的……負担?」
「あぁ、正直胸糞悪いやり方だ」
「精神的……負担?」
「あぁ、正直胸糞悪いやり方だ」
まず、各地から戦災孤児などを『スクール』と呼ばれる場所に集め、その中から数人の身体に秘密裏に『スティグマ』となる刺青を施す。
その後、誰に刺青を施したのかを知らせずに『スクール』に集められた孤児達に対して『刺青が入った子供は劣等である』という教育をしてから集団生活を行わせる。
その後、誰に刺青を施したのかを知らせずに『スクール』に集められた孤児達に対して『刺青が入った子供は劣等である』という教育をしてから集団生活を行わせる。
「そうしたら『スティグマ』持ちはいつ露見するかを隠しながら生活しにゃならねェし、それ以外は隣の友達ですら『スティグマ』なのか疑わなきゃならねェ。アイツは『スティグマ』だと噂を立てられないように過ごす必要だってある訳だ」
「要は被差別階級作った上で相互監視させるってことかよ……子供をなんだと思ってやがる」
「少なくとも、コレを考えた連中には単なる金の成る木の種としかみえちゃいねェだろうな」
「で、でもそんなことしたらその……じ、自殺しちゃう子も出るんじゃ……」
「それを防ぐために『足長おじさん』が来るんだ」
「要は被差別階級作った上で相互監視させるってことかよ……子供をなんだと思ってやがる」
「少なくとも、コレを考えた連中には単なる金の成る木の種としかみえちゃいねェだろうな」
「で、でもそんなことしたらその……じ、自殺しちゃう子も出るんじゃ……」
「それを防ぐために『足長おじさん』が来るんだ」
『スティグマ』を持つ子供は自殺、そして成長後の造反を防ぐために定期的に彼らの味方となる人間と交流することになる。
それこそが『足長』と呼ばれる存在であり、過度な精神負担をある程度和らげた上で精神的に依存させるのだ。
それこそが『足長』と呼ばれる存在であり、過度な精神負担をある程度和らげた上で精神的に依存させるのだ。
「結果としてスティグマプロジェクトは一定の効果を挙げた……が、結局のところは『自然発生』のエリートの方が安上がりだった訳だ」
費用対効果が見込めないプロジェクトは切り捨てられる。
当然『スティグマプロジェクト』も例外でなく『資本企業』によってあえなく凍結させられた、という顛末であった。
当然『スティグマプロジェクト』も例外でなく『資本企業』によってあえなく凍結させられた、という顛末であった。
「ところで、なんだって急にそんな話を?凍結したんならそのエリート増産計画は終わったんじゃねえのかよ」
「……終わってないんだよ。見てみろ」
「……終わってないんだよ。見てみろ」
ジンが失神している少女の首元、強化スーツで隠された部分を捲る。
そこには、まるで首を這うようなデザインの薔薇の刺青。
そして薔薇の花弁にはそれぞれ文字が刻まれている。
S,T,I,G , M , A。
そこには、まるで首を這うようなデザインの薔薇の刺青。
そして薔薇の花弁にはそれぞれ文字が刻まれている。
S,T,I,G , M , A。
「まさか……こいつが……!?」
「それだけじゃねェ。触診した限りこいつ、骨にチタンプレート入れてるどころかあちこち機械に置き換えてやがる」
「それだけじゃねェ。触診した限りこいつ、骨にチタンプレート入れてるどころかあちこち機械に置き換えてやがる」
コレじゃまるでサイボーグだよ、と軽薄に語るのとは裏腹に、ジンの表情は険しかった。
「元々はエリート増産計画の人員だったんだろ?エリートって確かオブジェクトの加速とかに耐えられるように……」
「ヘイヴィア、いかにエリートの人体開発技術でも人体を機械に置き換えるほど過剰なことは普通はやらないよ」
「継続的な負担については機械より人体の方が強靭だしな。恐らくこれは別の要因だろうよ……に、しても」
「どうしたんですか?歯にものが挟まったような顔ですけど」
「ヘイヴィア、いかにエリートの人体開発技術でも人体を機械に置き換えるほど過剰なことは普通はやらないよ」
「継続的な負担については機械より人体の方が強靭だしな。恐らくこれは別の要因だろうよ……に、しても」
「どうしたんですか?歯にものが挟まったような顔ですけど」
静かに息をしている少女の顔を見ながら盛んに首を傾げてうんうん唸っている男にミョンリがおずおずと声をかける。
「いやどこかで見た気がするんだよ、この子。多分最近見たわ」
「え、どこで?」
「それを今思い出してんだよ。ここまで出て来てんだけどさ」
「いや当てるなら喉元だろ、腹じゃ全然出て来てねえじゃねえか。どうせどこかの店の嬢と勘違いしてんじゃねえのか?」
「─────」
「おい、なんでそこで黙る。まさかマジにしてんじゃ……」
「え、どこで?」
「それを今思い出してんだよ。ここまで出て来てんだけどさ」
「いや当てるなら喉元だろ、腹じゃ全然出て来てねえじゃねえか。どうせどこかの店の嬢と勘違いしてんじゃねえのか?」
「─────」
「おい、なんでそこで黙る。まさかマジにしてんじゃ……」
ヘイヴィアが思考の袋小路に至り始めたジンを現実に引き戻そうとした刹那、聞き慣れない電子音が響く。
音の源は、どこから持ってきたのか玉掛けワイヤーで器用に少女を縛っていたルーファから。
音の源は、どこから持ってきたのか玉掛けワイヤーで器用に少女を縛っていたルーファから。
「婆さんからか。オープンにしてくれ」
「あいよ」
『───緊急事態だよ、坊主』
「あいよ」
『───緊急事態だよ、坊主』
ルーファが懐から取り出したオンボロの黒い受信機から、ノイズ混じりの嗄れた声が響いてきた。
その声の奥では、何やら金属同士がぶつかり合うような音が絶え間なく響いて来る。
それはまるで─────危急の事態を知らせるための早鐘の如く。
その声の奥では、何やら金属同士がぶつかり合うような音が絶え間なく響いて来る。
それはまるで─────危急の事態を知らせるための早鐘の如く。
「婆さん、緊急事態ってなんだよ」
『今さっき盗聴で動きがあってね。『資本企業』軍のベースゾーンだよ。どうも奴ら、オブジェクトをここに駆り出す気らしい』
「オブジェクトを?俺一人に随分と豪勢な……」
『阿呆、人一人に駆り出すなんてオーバーキルもいいところさね。今『胡蝶街』に所属不明のオブジェクトが迫ってるって話だ、恐らくそいつを止めるつもりなんだろうよ』
「……所属不明だと?」
「オイ、それってヤバイんじゃ」
「ヤバいなんて話じゃねェよ、旧時代の再来だ」
『今さっき盗聴で動きがあってね。『資本企業』軍のベースゾーンだよ。どうも奴ら、オブジェクトをここに駆り出す気らしい』
「オブジェクトを?俺一人に随分と豪勢な……」
『阿呆、人一人に駆り出すなんてオーバーキルもいいところさね。今『胡蝶街』に所属不明のオブジェクトが迫ってるって話だ、恐らくそいつを止めるつもりなんだろうよ』
「……所属不明だと?」
「オイ、それってヤバイんじゃ」
「ヤバいなんて話じゃねェよ、旧時代の再来だ」
本来、『胡蝶街』は四大勢力の『緩衝地帯』であり、過度な武力衝突が起こらないようにするためのクッションの役割を果たしている。
故に四大勢力も迂闊にオブジェクトを『胡蝶街』付近に駆り出すような真似はしないでいた。
それが、何処の誰とも分からぬ勢力がたった今暗黙のルールを破り、土足で踏み切ろうとしている。
このままオブジェクト同士の戦闘に突入し、あるいは阻止が間に合わず『胡蝶街』が破壊されてしまえば、四大勢力の衝突を防いでいた『緩衝地帯』は消滅し四大勢力はお互いの領土と地続きになる。
そうなればどうなるか。
四大勢力とその他中小勢力も巻き込んだ、『大陸』を舞台にした大戦の勃発だ。
まるで、かつての『国家』の大崩壊の時のように。
故に四大勢力も迂闊にオブジェクトを『胡蝶街』付近に駆り出すような真似はしないでいた。
それが、何処の誰とも分からぬ勢力がたった今暗黙のルールを破り、土足で踏み切ろうとしている。
このままオブジェクト同士の戦闘に突入し、あるいは阻止が間に合わず『胡蝶街』が破壊されてしまえば、四大勢力の衝突を防いでいた『緩衝地帯』は消滅し四大勢力はお互いの領土と地続きになる。
そうなればどうなるか。
四大勢力とその他中小勢力も巻き込んだ、『大陸』を舞台にした大戦の勃発だ。
まるで、かつての『国家』の大崩壊の時のように。
「婆さん、そこ以外で動きはあるか?それと動いてる『資本企業』軍の元締めは何処か聞きたい」
『止める気かい?無茶言うんじゃないよ坊主、アタシゃオブジェクトの頼もしさと怖さをうんと知ってる』
「……その話は何度も聞いたよ。オブジェクトに街を焼かれて、旦那にも死なれて。あちこち流浪したんだったか」
「ああ。昔、アタシは火の中を逃げまわった……生まれて間もない子供を抱えながらね。恐ろしくて恐ろしくて、今でも夢に見る」
『止める気かい?無茶言うんじゃないよ坊主、アタシゃオブジェクトの頼もしさと怖さをうんと知ってる』
「……その話は何度も聞いたよ。オブジェクトに街を焼かれて、旦那にも死なれて。あちこち流浪したんだったか」
「ああ。昔、アタシは火の中を逃げまわった……生まれて間もない子供を抱えながらね。恐ろしくて恐ろしくて、今でも夢に見る」
大戦で失われるのはオブジェクトのみではない。
オブジェクト黎明期、『大陸』中で四大勢力の巨大兵器達が大地を駆け、鎬を削り大火力の応酬を行っていたその裏で何万、何十万という人々が住処を追われ、焼かれ、命を落としていった。
しかしそんな地獄の中でも、救いはあった。
オブジェクト黎明期、『大陸』中で四大勢力の巨大兵器達が大地を駆け、鎬を削り大火力の応酬を行っていたその裏で何万、何十万という人々が住処を追われ、焼かれ、命を落としていった。
しかしそんな地獄の中でも、救いはあった。
『玉龍が、いつもアタシらを守ってくれた』
「なあクウェンサー。玉龍ってなんだよ?」
「『大陸』産最初のオブジェクト……オブジェクト開発史で最初に学ばされた。確か最後はオブジェクト数機を道連れに自爆した、と聞いたけど」
『アタシがここにいるのはあの赤い竜のおかげさ。アタシから奪ったのはオブジェクトだが、守ってくれたのもまたオブジェクトだ』
「なあクウェンサー。玉龍ってなんだよ?」
「『大陸』産最初のオブジェクト……オブジェクト開発史で最初に学ばされた。確か最後はオブジェクト数機を道連れに自爆した、と聞いたけど」
『アタシがここにいるのはあの赤い竜のおかげさ。アタシから奪ったのはオブジェクトだが、守ってくれたのもまたオブジェクトだ』
だからこそ、と老婆は呟く。
『オブジェクトに人は逆らえない。あの時みたいにアタシらを守ってくれる『竜』はどこにもいやしないんだよ』
「───オブジェクトに人は逆らえやしない、ね。一体そんな事を誰が決めたよ?現に俺の側にゃ、その絶対を覆した野郎がいる」
「───オブジェクトに人は逆らえやしない、ね。一体そんな事を誰が決めたよ?現に俺の側にゃ、その絶対を覆した野郎がいる」
ちらりとクウェンサーとヘイヴィアの方を見やり、ジンは嘯く。
「ここで手ェこまねいてたら何万って数の人が行き場を失って死ぬんだ。なら万に一つの望みだろうが、賭けるしかねェだろ?」
『坊主‼』
「悪いね婆さん。止めろと言われてハイそうですかと止める訳にゃいかねえのよ」
『坊主‼』
「悪いね婆さん。止めろと言われてハイそうですかと止める訳にゃいかねえのよ」
そう言って一方的に通信を打ち切ると、ジンはどこか晴れ晴れとした様子で大きく伸びをした。
「さて予定変更だ。ルーファ、そこでノビてる娘っ子を連れて先に行ってろ。フェンにも連絡してな」
「テメェはどうする気だよ」
「さっき言ったろ、オブジェクトを止めるのさ。そしてこれはオレが勝手に抱え込んだ問題、お前らにゃ全く関係のない話だから、口惜しいが───」
「何言ってんだ、社長さんよ」
「テメェはどうする気だよ」
「さっき言ったろ、オブジェクトを止めるのさ。そしてこれはオレが勝手に抱え込んだ問題、お前らにゃ全く関係のない話だから、口惜しいが───」
「何言ってんだ、社長さんよ」
いざ死地へ赴かんとしたジンの行く手を遮る者が二人。
不良貴族様のヘイヴィア=ウィンチェルと金髪学生兵士のクウェンサー=バーボタージュである。
不良貴族様のヘイヴィア=ウィンチェルと金髪学生兵士のクウェンサー=バーボタージュである。
「テメェだけが死ぬならまだしも、何万人の命がどうにかなるかって話だ。俺らがこのままサヨナラできる訳ねえだろうが」
「それに、オブジェクト相手ならうってつけの人員がここにいる」
「お前ら────」
「それに、オブジェクト相手ならうってつけの人員がここにいる」
「お前ら────」
「はぁいしつれいしまぁぁぁすッッッ!!」
「「「うおあっ!?」
「「「うおあっ!?」
倉庫の扉を勢い良く開け放ちながら、なんかアツい感じの雰囲気になりかけていた男三名の空気を文字通りの大音声で見事にブチ壊したのはルーファ同様はぐれていたフェンである。
その背中にはパンパンに物が詰め込まれた大きなリュック、両手にはボストンバッグ二つという重装備だ。
その背中にはパンパンに物が詰め込まれた大きなリュック、両手にはボストンバッグ二つという重装備だ。
「フェン‼お前一体どこでなにやってた!?」
「耳が……耳がキーンって……」
「いやぁもうしわけないです社長‼ちょっといいモノ見つけちゃって‼それとこれ、べっとで送ってもらってたにもつの方‼」
「……フェン、とりあえず荷物全部見せてみろ‼」
「耳が……耳がキーンって……」
「いやぁもうしわけないです社長‼ちょっといいモノ見つけちゃって‼それとこれ、べっとで送ってもらってたにもつの方‼」
「……フェン、とりあえず荷物全部見せてみろ‼」
えっ、と間抜けな声を上げるフェンなどお構いなしに若社長は容赦なく強盗のごとく荷物を引っ剥がし、床に無造作に広げていく。
その中から、ごろんと転がってきた灰色の直方体を見てミョンリがひゅっ、と息を呑んだ。
その中から、ごろんと転がってきた灰色の直方体を見てミョンリがひゅっ、と息を呑んだ。
「ハ、ハンドアックス!?」
「落ち着け、信管は分けてある‼それに元々はこいつのだ‼」
「取り上げたのはあんただろ‼」
「捕虜に爆薬なんか持たせてたまるかァ‼」
「落ち着け、信管は分けてある‼それに元々はこいつのだ‼」
「取り上げたのはあんただろ‼」
「捕虜に爆薬なんか持たせてたまるかァ‼」
そうしてフェンの荷物の中からは出るわ出るわ、花火紛いのものは勿論どこから流れてきたのかC4まで玉石混淆の火薬の宝石箱。
正直こんな量を見せられてはクウェンサーもヘイヴィアもミョンリもドン引きである。
一方でフェンと付き合いの深いジンとルーファはいつものことかと眉一つリアクションもしていない。
とはいえ、これほどの爆薬があれば───。
正直こんな量を見せられてはクウェンサーもヘイヴィアもミョンリもドン引きである。
一方でフェンと付き合いの深いジンとルーファはいつものことかと眉一つリアクションもしていない。
とはいえ、これほどの爆薬があれば───。
「オブジェクトを足止め出来る……‼」
「……フェン=ファング火器開発部室長‼コレ借りるぞ‼」
「かりるっていうかもらってくでしょーに、どーせならせいだいにやっちゃってくださいっ‼」
「助かるっ‼あとルーファ、テメェも来い‼ここに残したら絶対ロクなことしねェだろ‼」
「……フェン=ファング火器開発部室長‼コレ借りるぞ‼」
「かりるっていうかもらってくでしょーに、どーせならせいだいにやっちゃってくださいっ‼」
「助かるっ‼あとルーファ、テメェも来い‼ここに残したら絶対ロクなことしねェだろ‼」
そしてバッグに必要な物を詰め込んで背負ったジンの言葉に、やれやれと肩を竦めてからルーファが従う。
「なんだって、あのカンフー女まで連れてくんだよ?」
「またあのB級映画みたいな刺客に間違って襲われたら……」
「違う、ルーファは女と一緒にさせた方が不味い」
「またあのB級映画みたいな刺客に間違って襲われたら……」
「違う、ルーファは女と一緒にさせた方が不味い」
ヘイヴィア達の懸念を一刀両断しながらジンは倉庫に安置されていたジープのエンジンを掛ける。
「ルーファは相当な女好きでなぁ……あいつが担当してる警備部門に女がいないのもあちこち手ェ出しまくって人の女盗ったりして訴えられたからさ……」
「その……それはなんというか……」
「その……それはなんというか……」
助手席に乗り込んだクウェンサーは後ろを見やる。
後部座席には、同じく乗り込んだヘイヴィアと何かを担いだルーファの姿があって。
後部座席には、同じく乗り込んだヘイヴィアと何かを担いだルーファの姿があって。
「あっ、さっき襲ってきた女の子担いでる‼」
「いつの間に!?呼んだ時は何も持ってなかったぞコイツ‼」
「ルーファテメェ、元の場所に……ああクソ、時間が惜しい‼このまま行くぞ‼」
「いつの間に!?呼んだ時は何も持ってなかったぞコイツ‼」
「ルーファテメェ、元の場所に……ああクソ、時間が惜しい‼このまま行くぞ‼」
後で説教だからな‼と半ギレのジンとは裏腹に、ルーファは至って平常とでも言わんばかりの微笑、いやいつもより楽しげな表情。
ドラゴンキラー、会社を追われた元社長、『大陸』出身エリートにぐるぐる巻きの捕虜一名。
対するは巨人。50mを超える。数十億トンの巨大兵器……オブジェクト。
ドラゴンキラー、会社を追われた元社長、『大陸』出身エリートにぐるぐる巻きの捕虜一名。
対するは巨人。50mを超える。数十億トンの巨大兵器……オブジェクト。
ここに『大陸』の動乱を賭けた、ジャガイモ達の一大決戦が幕を開けた。
さて、一大決戦が幕を開けたとはかっこよく言ったものの。
「あっはははははははは‼こいつァやべェ、笑うしかねェや‼」
「笑ってねえで前見て運転してくれチクショウ‼アクセル、アクセルもうちょい踏み込めって‼」
「もう限界まで踏み込んでるっつーの‼」
「右‼右にハンドルを‼インド人を右に‼」
「笑ってねえで前見て運転してくれチクショウ‼アクセル、アクセルもうちょい踏み込めって‼」
「もう限界まで踏み込んでるっつーの‼」
「右‼右にハンドルを‼インド人を右に‼」
流石にオブジェクトの前までノコノコ出ていくなんてのは正真正銘の自殺志願者がすること、というわけでオブジェクトから離れた位置に地下道を通って出る予定だったのだが……。
「なんで肝心なタイミングで道間違えんだよ!?お陰でヤロウの鼻っ面目の前に出てきちまったじゃねえか‼」
「いやそれはほんと悪いって‼でもオブジェクトを『胡蝶街』から引き剥がすって目的は順調に達成できてるだろ‼」
「それで俺達が死んだ後でまた襲撃されたら意味ないでしょうが‼うわっ、対人兵装に切り替えてきた‼」
「いやそれはほんと悪いって‼でもオブジェクトを『胡蝶街』から引き剥がすって目的は順調に達成できてるだろ‼」
「それで俺達が死んだ後でまた襲撃されたら意味ないでしょうが‼うわっ、対人兵装に切り替えてきた‼」
『殺人驟雨(キラースコール)』の名を冠するだけあって豪雨の如く数百本のレーザービームが天から無差別に降り注ぐ。
ただし威力は雨粒どころか掠っても即死レベルだ。
たまたま近くにあった山林地帯にジープを逃げ込ませてオブジェクトの目から隠れられていなかったら、果たしてどうなっていたか。
かつての『第三世代』の折に嫌というほどその恐ろしさを味わったドラゴンキラー組は悲鳴を上げながら騒ぎ立てるが、他方ジンは戦場の空気でややテンションが昂ってはいれど平常運転。
ただし威力は雨粒どころか掠っても即死レベルだ。
たまたま近くにあった山林地帯にジープを逃げ込ませてオブジェクトの目から隠れられていなかったら、果たしてどうなっていたか。
かつての『第三世代』の折に嫌というほどその恐ろしさを味わったドラゴンキラー組は悲鳴を上げながら騒ぎ立てるが、他方ジンは戦場の空気でややテンションが昂ってはいれど平常運転。
「オイ、なんでテメェはそうノンキな顔してやがんだ!?」
「一発当たれば死ぬんならいっそ何が来ようが怖くねェだろ‼それによ、こういう時よく言うだろ、『身構えてる時には死神は来な────』
「一発当たれば死ぬんならいっそ何が来ようが怖くねェだろ‼それによ、こういう時よく言うだろ、『身構えてる時には死神は来な────』
『身構えてる時には死神は来ない』。
ジンの言葉はある程度正鵠を射てはいたのだろう。
問題は、身構えている時に来るタイプの死神もいたことだ。
ジンの言葉はある程度正鵠を射てはいたのだろう。
問題は、身構えている時に来るタイプの死神もいたことだ。
「「「あっ」」」
クウェンサー達のジープが宙を舞った。
目の前が崖であることに気付かず、180km/h超のスピードのままジャンプ台を超えてアイキャンフライ。
そのままスカイハイ───なんてことはなく重力に引かれてジープは落下、直角とまではいかないまでもかなりの急角度の壁じみた地面に着地しながら滑り始める。
数十秒、あるいは数分。
クウェンサー達にとって感じられた時間は、現実にしてみればほんの5秒にすら満たないものであったが、無数の木やら竹やらが生える崖を数十m近く滑落しながら乗員どころか車体にほぼ傷なしという経験を味わうにはあまりに濃厚すぎた。
目の前が崖であることに気付かず、180km/h超のスピードのままジャンプ台を超えてアイキャンフライ。
そのままスカイハイ───なんてことはなく重力に引かれてジープは落下、直角とまではいかないまでもかなりの急角度の壁じみた地面に着地しながら滑り始める。
数十秒、あるいは数分。
クウェンサー達にとって感じられた時間は、現実にしてみればほんの5秒にすら満たないものであったが、無数の木やら竹やらが生える崖を数十m近く滑落しながら乗員どころか車体にほぼ傷なしという経験を味わうにはあまりに濃厚すぎた。
更に直後、先程までクウェンサー達が走っていた道が山の中腹ごと光の濁流に消し飛ばされた。
なにかの手段で居場所を掴んだのか、相手が山の裏側から下位安定式プラズマ砲を放ったのだ。
あのまま走っていれば全員丸ごと塵も残らなかっただろう。
とはいえそんなことにクウェンサーもヘイヴィアもジンも気付ける余裕などなく、全員汗ダラダラで動けずにいた。
なにかの手段で居場所を掴んだのか、相手が山の裏側から下位安定式プラズマ砲を放ったのだ。
あのまま走っていれば全員丸ごと塵も残らなかっただろう。
とはいえそんなことにクウェンサーもヘイヴィアもジンも気付ける余裕などなく、全員汗ダラダラで動けずにいた。
「───よくねた。あれ、どうしたのみんなして」
こんな中唯一人、惰眠を貪っていたルーファを除いて。
「……一旦車を止めよう。アレで死んだと思ってくれるかもしれないし、あるいは探し回ってくれるかも。どちらにせよ時間は稼げるはずだ」
「「賛成」」
「「賛成」」
学生兵士の提案に否を返す者は先程の体験で誰もいなかった。
あの弾幕の雨の中を走り抜けながら車体に致命的なダメージはなし、フェンから奪い……もとい借り受けた爆薬に問題がないか確認しつつクウェンサーは仕込みを済ませていく。
その間にヘイヴィアとジンの両名は然るべき所と連絡を繋げ、ルーファはジープの運転席シートに足をかけて微睡んでいる。
あの弾幕の雨の中を走り抜けながら車体に致命的なダメージはなし、フェンから奪い……もとい借り受けた爆薬に問題がないか確認しつつクウェンサーは仕込みを済ませていく。
その間にヘイヴィアとジンの両名は然るべき所と連絡を繋げ、ルーファはジープの運転席シートに足をかけて微睡んでいる。
「───オーケー、助かったぜ婆さん」
「……はぁ!?ちょっと待て爆乳、それってまさか……って切りやがった!?」
「……はぁ!?ちょっと待て爆乳、それってまさか……って切りやがった!?」
全く正反対の様子で交信を同時に終えた二人がクウェンサーに向けて放った一言は、奇しくも同じものであった。
「「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」」
「うわ映画でしか聞かないような台詞。大抵こういうのって悪化しかしない気がするんだけど」
「元から最悪極まる事態だよクウェンサー君。んじゃ、俺から言わせてもらおうか」
「うわ映画でしか聞かないような台詞。大抵こういうのって悪化しかしない気がするんだけど」
「元から最悪極まる事態だよクウェンサー君。んじゃ、俺から言わせてもらおうか」
わざとらしく咳をしてから、若社長は人差し指を立てた。
「まず良いニュース。今動いてる『資本企業』のオブジェクト……『蛟龍』の所属は俺の知り合いだ。フェンを通じて交渉中だが、恐らく誘導は出来る」
「おお‼」
「それで、悪いニュースは?」
「ごめん、あのオブジェクト俺が流したヤツだわ。いやあまさか『ジャンクヘッド』が『大陸』くんだりまで流れてるとは───」
「おお‼」
「それで、悪いニュースは?」
「ごめん、あのオブジェクト俺が流したヤツだわ。いやあまさか『ジャンクヘッド』が『大陸』くんだりまで流れてるとは───」
ヘイヴィア は ジンに 殴りかかった!
拳による 直接攻撃! 効果は 絶大だ!
拳による 直接攻撃! 効果は 絶大だ!
「テメェのせいじゃねえかッ!?なんてもんテロリストに渡してやがる!!」
「軍需産業に武器売るなってのは死ねってのと同義だろ‼それにまさかこうなるなんて予想つくかよッ‼」
「二人とも争うのは一旦後で。それで?ヘイヴィアの方はどうなんだ?」
「軍需産業に武器売るなってのは死ねってのと同義だろ‼それにまさかこうなるなんて予想つくかよッ‼」
「二人とも争うのは一旦後で。それで?ヘイヴィアの方はどうなんだ?」
クウェンサーの言葉に一旦取っ組み合いを止め、舌打ちしながら手で埃を払いつつヘイヴィアが口を開いた。
「良いニュースから話すぞ?元々俺らはこの成金野郎の捕縛目的でここまで来たんだ。とくりゃ当然───」
「お姫様も……『ベイビーマグナム』も来てるってことか‼」
「ヨーロッパ方面を山脈で蓋されてる『大陸』までオブジェクトを持ってくるとはな。その執念恐れ入るよ」
「何処かの誰かみてえに、わざわざアフリカ大陸から逆方向に行く必要がなかったんでな。今急ピッチで出撃用意を整えてるらしい」
「お姫様も……『ベイビーマグナム』も来てるってことか‼」
「ヨーロッパ方面を山脈で蓋されてる『大陸』までオブジェクトを持ってくるとはな。その執念恐れ入るよ」
「何処かの誰かみてえに、わざわざアフリカ大陸から逆方向に行く必要がなかったんでな。今急ピッチで出撃用意を整えてるらしい」
そして残るは、悪いニュースである。
「レーダー分析班が別のオブジェクトを確認した。テメェもよく知ってる相手……『ラッシュ』だ」
「『ラッシュ』が……!?」
「『ラッシュ』が……!?」
『情報同盟』所属の少女エリート、クウェンサーからのあだ名は「おほほ」が操る陸戦特化型第二世代オブジェクト。
クウェンサーとヘイヴィアとは度々遭遇し、その度に大変な目に遭わされてきた。
もはや腐れ縁と呼んでも過言ではない相手が、この『大陸』にいる。
クウェンサーとヘイヴィアとは度々遭遇し、その度に大変な目に遭わされてきた。
もはや腐れ縁と呼んでも過言ではない相手が、この『大陸』にいる。
「────まずいな」
その情報を知って真っ先に口を開いたのはドラゴンキラーコンビではなく、ジンである。
「陣営がバラけすぎてる。目的の『ジャンクヘッド』が落ちても戦闘続行の可能性もあるぞ。『ベイビーマグナム』と『ラッシュ』の到着予想は着いてるのか?」
「それなんだけどよ……どっちも30分前後だ」
「となるとカチ合うのは必定、最悪『蛟龍』も混ざって三つ巴か」
「それなんだけどよ……どっちも30分前後だ」
「となるとカチ合うのは必定、最悪『蛟龍』も混ざって三つ巴か」
そうなってはここまで命をかけてオブジェクトを引き寄せた意味がない。
誘導したといっても『胡蝶街』からはまだ目と鼻の先、オブジェクト同士の戦闘になれば充分流れ弾が飛んでくる範囲内である。
かと言って救援として来る二機を止めれば『ジャンクヘッド』が『胡蝶街』を蹂躙するのは確実。
八方塞がりにも程があるこの状況を一遍に片付ける方法は一つ。
誘導したといっても『胡蝶街』からはまだ目と鼻の先、オブジェクト同士の戦闘になれば充分流れ弾が飛んでくる範囲内である。
かと言って救援として来る二機を止めれば『ジャンクヘッド』が『胡蝶街』を蹂躙するのは確実。
八方塞がりにも程があるこの状況を一遍に片付ける方法は一つ。
「30分でケリをつけるしかねェな」
「はァ!?あのオブジェクトを30分で破壊しろって!?」
「そうなる。ま、元より最悪の事態だ。今更何が起きたって最悪以上のナニカになるこたないだろうよ」
「いやいやいやいや無理に決まってんだろ!?」
「やるしかねェんだよ小僧。無理なのは百も承知の上だ」
「はァ!?あのオブジェクトを30分で破壊しろって!?」
「そうなる。ま、元より最悪の事態だ。今更何が起きたって最悪以上のナニカになるこたないだろうよ」
「いやいやいやいや無理に決まってんだろ!?」
「やるしかねェんだよ小僧。無理なのは百も承知の上だ」
『胡蝶街』に住まう数万人の命が今、この場の全員の双肩にかかっている。
かつてそこで過ごしたジンは勿論のこと、戦場で幾度となく命のやり取りを行ってきたクウェンサー達もまたその重みを嫌と言うほど理解している。
かつてそこで過ごしたジンは勿論のこと、戦場で幾度となく命のやり取りを行ってきたクウェンサー達もまたその重みを嫌と言うほど理解している。
では、どうするか?
その答えが導き出される前に、音とすら形容できない衝撃が辺りを突き抜けた。
先程、『ジャンクヘッド』がプラズマ砲によって山にぽっかりと開けた大穴。
それを更に押し拡げるように、再度プラズマ砲を発射したのである。
先程、『ジャンクヘッド』がプラズマ砲によって山にぽっかりと開けた大穴。
それを更に押し拡げるように、再度プラズマ砲を発射したのである。
「まさか……あいつ、山をぶち抜いて無理矢理押し通るつもりだ‼」
「っち、乱暴な真似を‼乗れ‼ここにいると巻き込まれるぞ‼」
「っち、乱暴な真似を‼乗れ‼ここにいると巻き込まれるぞ‼」
いち早くジープに飛び乗ったジンの後に続く形で素早くドラゴンキラーコンビが乗り込み、緊急スクランブルでジープが発進した十数秒後、ジープがあった場所がプラズマ砲で吹き飛ばされた。
熱された空気の圧を背中に感じながら、クウェンサーは背後を振り返り、鋼の巨人を見上げる。
塗装すらされていない、いや元はされていたのを剥ぎ取られたのか、所々に様々な塗装の残り香が見受けられる鋼の装甲。
遠雷を響かせながら悠然と姿を見せたオブジェクトの名を、彼は思わず呟いていた。
塗装すらされていない、いや元はされていたのを剥ぎ取られたのか、所々に様々な塗装の残り香が見受けられる鋼の装甲。
遠雷を響かせながら悠然と姿を見せたオブジェクトの名を、彼は思わず呟いていた。
「────ジャンクヘッド」
【ジャンクヘッド/JUNK HEAD】
全長…80m
最高速度…380km/h
推進機関…エアクッション+レーザー推進
装甲…1.5cm厚×500層
主砲…連速ビーム式ガトリング砲x4
副砲…低威力レーザービーム砲×30、対人機銃×50
最高速度…380km/h
推進機関…エアクッション+レーザー推進
装甲…1.5cm厚×500層
主砲…連速ビーム式ガトリング砲x4
副砲…低威力レーザービーム砲×30、対人機銃×50
コードネーム…ジャンクヘッド(残骸を掻き集めて作られた所から)
正式名称…ジャンクヘッド
メインカラーリング…鋼(塗装無し)
正式名称…ジャンクヘッド
メインカラーリング…鋼(塗装無し)
5.
さて、実はこの時点でとある誤算が生じていた。
30分以内には確実に起こるであろう、とジンが予想していた『ベイビーマグナム』と『ラッシュ』の邂逅。
30分以内には確実に起こるであろう、とジンが予想していた『ベイビーマグナム』と『ラッシュ』の邂逅。
『あら、またあいましたわね。おほほ』
『……‼』
『……‼』
クウェンサー達が再び『ジャンクヘッド』からの逃走を再開した頃、余りにも早すぎるタイミングで遭遇してしまっていたのである。
本来なら、もう少し遅いはずであった会敵。
『ベイビーマグナム』はエリートたるお姫様がクウェンサーのいるであろう『胡蝶街』が襲われる可能性が頭をよぎり、焦燥感から居ても立ってもいられず加速Gの負担すら無視して最高速度で急行。
逆に『ラッシュ』は他の勢力の介入を予期し、漁夫の利を狙うためにあえて遅速で向かっていた。
この両者の対応の差が、ジンの予想を大きく裏切った早期の衝突を生むこととなった。
そして、悪いことは重なるもので。
本来なら、もう少し遅いはずであった会敵。
『ベイビーマグナム』はエリートたるお姫様がクウェンサーのいるであろう『胡蝶街』が襲われる可能性が頭をよぎり、焦燥感から居ても立ってもいられず加速Gの負担すら無視して最高速度で急行。
逆に『ラッシュ』は他の勢力の介入を予期し、漁夫の利を狙うためにあえて遅速で向かっていた。
この両者の対応の差が、ジンの予想を大きく裏切った早期の衝突を生むこととなった。
そして、悪いことは重なるもので。
『なんだ、『正統王国』に『情報同盟』のオブジェクトがそろいぶみで。きさまらもれいのポンコツオブジェクトのとうばつねらいか?」
ジンが交渉によって誘導した『資本企業』所属オブジェクト、『蛟龍』───またの名を『デンデンマイマイ』。
三機のオブジェクトが、本来の目的の地に辿り着く前に鉢合わせる格好となってしまったのである。
三機のオブジェクトが、本来の目的の地に辿り着く前に鉢合わせる格好となってしまったのである。
ややくすんだ黄色の塗装が目を引く『蛟龍』。
そのボディには通常のオブジェクトにハリネズミのように存在するべき対人機銃やレールガンなどの副砲の類はおろか、主砲すらない文字通りの真球体。
そのボディには通常のオブジェクトにハリネズミのように存在するべき対人機銃やレールガンなどの副砲の類はおろか、主砲すらない文字通りの真球体。
(───ぶそうが、ない?)
『おほほ、「資本企業」もよさんぶそくのようですわね。ふきもつんでいないひんじゃくなオブジェクトをおくるだなんて』
『おほほ、「資本企業」もよさんぶそくのようですわね。ふきもつんでいないひんじゃくなオブジェクトをおくるだなんて』
それとも、とおほほは煽るような調子で言葉を続ける。
『「大陸」はそんな丸いだけのオブジェクトでほかのせいりょくから守りきれる、ということかしら?』
『───ふっ』
『───ふっ』
あからさまな皮肉に対する『蛟龍』のエリートの第一声は、堪えきれぬといったような、明らかな失笑。
強がりでもなんでもない、自然のままの反応であることが『ラッシュ』のエリートの声音を強張らせる。
強がりでもなんでもない、自然のままの反応であることが『ラッシュ』のエリートの声音を強張らせる。
『……何がおかしいんですの?』
『ああ、いや。たしかになにも知らなければそう思われるだろうな、とな。なるほどアイツめ、コレをかんがえて……いやかんがえてないな。ぜったい「おもしろそうだから」で作ったな』
『ごちゃごちゃと何を……‼』
『ああ、いや。たしかになにも知らなければそう思われるだろうな、とな。なるほどアイツめ、コレをかんがえて……いやかんがえてないな。ぜったい「おもしろそうだから」で作ったな』
『ごちゃごちゃと何を……‼』
がしゅん。
『資本企業』と『情報同盟』の諍いを聞きながら、両者の機体の一挙一動を観察しつつ抜け出す機会を伺うお姫様は聞き慣れない音に首を傾げる中、『蛟龍』に変化が訪れる。
黄色のボディが剥がれ……否、果実の皮を剥くように花開く。
そして、その下から露となる副砲を無数に生やした機体の前後から長大な機械の蛇が鎌首を擡げ、超高温のプラズマの舌を覗かせた。
数秒前までミリンダとおほほの前にいたつるりとした人畜無害なオブジェクトの姿は何処にもなく、頑丈な殻を脱ぎ捨てた鋼の『龍』がその場にいるオブジェクト達を威圧する。
『資本企業』と『情報同盟』の諍いを聞きながら、両者の機体の一挙一動を観察しつつ抜け出す機会を伺うお姫様は聞き慣れない音に首を傾げる中、『蛟龍』に変化が訪れる。
黄色のボディが剥がれ……否、果実の皮を剥くように花開く。
そして、その下から露となる副砲を無数に生やした機体の前後から長大な機械の蛇が鎌首を擡げ、超高温のプラズマの舌を覗かせた。
数秒前までミリンダとおほほの前にいたつるりとした人畜無害なオブジェクトの姿は何処にもなく、頑丈な殻を脱ぎ捨てた鋼の『龍』がその場にいるオブジェクト達を威圧する。
『へんけいした……!?』
『……おほほ。しょせん、こけおどしにすぎませんわ‼』
『ためしてみるか?おまえのいう「こけおどし」が、どれ程のものか。どうせ行くさきもおなじだ、じゃまになるまえにここでつぶす‼』
『……おほほ。しょせん、こけおどしにすぎませんわ‼』
『ためしてみるか?おまえのいう「こけおどし」が、どれ程のものか。どうせ行くさきもおなじだ、じゃまになるまえにここでつぶす‼』
ここでの更なる不幸は、ミリンダ以外の二機のエリートが割合気の短い方の性格であったことだ。
必定、煽りあった二機は臨戦態勢に入り───出くわした『ベイビーマグナム』もまた、その場に縛り付けられる形に。
逃げた場合抜け駆けとして追撃され、かと言ってどちらかとの連携に入るのも憚られる。
必定、煽りあった二機は臨戦態勢に入り───出くわした『ベイビーマグナム』もまた、その場に縛り付けられる形に。
逃げた場合抜け駆けとして追撃され、かと言ってどちらかとの連携に入るのも憚られる。
(はやく、クウェンサーのところに向かわなきゃいけないのに……‼)
少女の思いも虚しく、時はただ無情にも過ぎていく。
◇
「飛ばせ飛ばせ‼主砲どころか副砲一つでも当たったら俺らまとめてお陀仏だぞ‼」
「分かってるっての‼」
「分かってるっての‼」
想定する最悪の事態が現実のものになりつつあるということなど知る由もないジャガイモwithヤナギカゲ組は現在進行系で全力後退逃走中。
山を主砲で切り崩し無理矢理踏破するという荒業で追ってくる『ジャンクヘッド』の弾幕を山林に身を隠して躱しつつ、ジープでオブジェクトの動きを観察していた。
山を主砲で切り崩し無理矢理踏破するという荒業で追ってくる『ジャンクヘッド』の弾幕を山林に身を隠して躱しつつ、ジープでオブジェクトの動きを観察していた。
「それで!?あのポンコツ頭に弱点はあるのかよっ!?」
「ない‼……って言いたいトコだが、一つだけある」
「ない‼……って言いたいトコだが、一つだけある」
そも、『ジャンクヘッド』はヤナギカゲ重工が撃破し、鹵獲したオブジェクトからかき集めたパーツで組み上げられためちゃくちゃなもの。
ある程度金があるテロリスト用の鉄砲玉として設計されたそれは不必要な部分のオニオン装甲を薄くし、コストカットを図っている。
では、その『不必要な部分』とは?
ある程度金があるテロリスト用の鉄砲玉として設計されたそれは不必要な部分のオニオン装甲を薄くし、コストカットを図っている。
では、その『不必要な部分』とは?
「被弾率が少ない部分───例えば、機体上部装甲。そこに多大な衝撃を与えれば内部機器がイカれる。そうなりゃ自動的にエリート脱出機構が働いて無力化完了だ」
「……で、その上部にまでどうやって攻撃するんだ?まさかオブジェクトに登って爆弾仕掛けましょうなんて話じゃねえよな」
「……で、その上部にまでどうやって攻撃するんだ?まさかオブジェクトに登って爆弾仕掛けましょうなんて話じゃねえよな」
それは切迫した状況の中で緊張を紛らわせようとしたヘイヴィアなりのジョークであったが、
「そのまさかだよ」
「へ?」
「ジープで山を登って、オブジェクトより高い所からダイブかましながら爆弾のデリバリーと洒落込もうぜってこった‼」
「正気か!?おいヒーロー、テメェならもう少しマシな方法を考えつけるだろッ!?」
「へ?」
「ジープで山を登って、オブジェクトより高い所からダイブかましながら爆弾のデリバリーと洒落込もうぜってこった‼」
「正気か!?おいヒーロー、テメェならもう少しマシな方法を考えつけるだろッ!?」
まさかまさかの大正解に目を白黒させながら相棒に代案を求める不良貴族。
一方助けを求められた学生兵士はジンの立案に暫し指を顎に当てて黙考していたが、やがて答えを返す。
一方助けを求められた学生兵士はジンの立案に暫し指を顎に当てて黙考していたが、やがて答えを返す。
「いや、それしかないよ。環境に特化した『第二世代』ならともかく、劣化とはいえマルチロール型の『第一世代』には付け入る隙は少ない。……さっきの弱点は本当だよな」
「俺が設計した機体だ。アレについては誰よりも知ってる」
「オイオイオイオイまじかよ、マジで突っ込むつもりかよっ!?」
「うだうだ抜かすなよ、後ろに乗せてる爆薬をよこせ。それと────」
「〜ッ、たく、わかったよッ‼」
「俺が設計した機体だ。アレについては誰よりも知ってる」
「オイオイオイオイまじかよ、マジで突っ込むつもりかよっ!?」
「うだうだ抜かすなよ、後ろに乗せてる爆薬をよこせ。それと────」
「〜ッ、たく、わかったよッ‼」
意を決したようにバッグの中に詰めていた爆薬を渡しながら、ふとヘイヴィアが思い当たったように呟いた。
「にしても、なんだってあのオブジェクトは俺らを追ってくるんだよ?『胡蝶街』が狙いなら俺らを無視したっていいはずだ」
「となると狙いは……やっぱり俺か?」
「いやいや誘拐ならオブジェクトなんか使ったら過剰すぎる……」
「────ゆうかいがもくてきじゃないとしたら?」
「となると狙いは……やっぱり俺か?」
「いやいや誘拐ならオブジェクトなんか使ったら過剰すぎる……」
「────ゆうかいがもくてきじゃないとしたら?」
その一言を放ったのは、先程まで微睡んでいた女性。
暗部に住んでいた経験もあるエリート、シン=ルーファである。
どういうことだ、という視線を送るジンに対し、黒髪の女性は肩を竦めつつ自身の推理を語る。
暗部に住んでいた経験もあるエリート、シン=ルーファである。
どういうことだ、という視線を送るジンに対し、黒髪の女性は肩を竦めつつ自身の推理を語る。
「さつがい、あるいは脅しってトコだね。『これ以上あがくならようしゃはしない』ってコトをおしえるためにわざわざオブジェクトまでだしたンだろうよ」
オブジェクトは、現代において最強の兵器である。
もはや誰もが知る事実となっているそれは、なるほど武力による脅しとして用いるには強力極まりないだろう。
だが───。
もはや誰もが知る事実となっているそれは、なるほど武力による脅しとして用いるには強力極まりないだろう。
だが───。
「それじゃ足りねえ。いかに殺す目的でも人一人相手に駆り出すにゃオブジェクトはどうあっても余りにデカすぎんだろ」
「そうだな───ただ人一人を殺すだけなら、な」
「おもいあたるフシでも?」
「あるにはあるが……それより前に」
「そうだな───ただ人一人を殺すだけなら、な」
「おもいあたるフシでも?」
「あるにはあるが……それより前に」
一世一代の大チャレンジだ。
若社長が駆る軍用ジープが、激しくスリップしながら向きを合わせる。
若社長が駆る軍用ジープが、激しくスリップしながら向きを合わせる。
「絶好のタイミングまで15秒、一発限りの大勝負。運転はこちらでやる、しくじるなよクウェンサーッ‼」
「そっちこそ‼」
「そっちこそ‼」
限界まで踏み込まれたアクセルに応えるようにしてエンジンが咆哮を上げ、土を跳ね上げながら鋼鉄の車体が駆動する。
加速、加速、加速、加速‼
周囲の風景がぼやけ、ジープが突撃する先には『ジャンクヘッド』の巨体。
いざ、勝負───。
加速、加速、加速、加速‼
周囲の風景がぼやけ、ジープが突撃する先には『ジャンクヘッド』の巨体。
いざ、勝負───。
「ジン=ヤナギカゲェェェェェ‼」
「ッ!?」
「ッ!?」
竹林より、青髪の少女がジープに躍りかかる。
『胡蝶街』でルーファを襲った紅髪の少女の連れか、とジンが気付くがもはや後戻りなど許されないタイミング。
回避不能、防御不能。青髪の少女が構える拳銃がジンを過たず狙い……。
『胡蝶街』でルーファを襲った紅髪の少女の連れか、とジンが気付くがもはや後戻りなど許されないタイミング。
回避不能、防御不能。青髪の少女が構える拳銃がジンを過たず狙い……。
発砲。
銃声。
鮮血。
銃声。
鮮血。
「───なっ……」
驚きの声は、誰のものであったか。
少なくとも。
ジンと青髪の間に割って入り、頬に一条の銃創を負いながら少女と組み合ったルーファのものではないのは確実だった。
宙空でぶつかり合い一瞬静止した両者は、勢いそのままに地面を転がって落伍する。
少なくとも。
ジンと青髪の間に割って入り、頬に一条の銃創を負いながら少女と組み合ったルーファのものではないのは確実だった。
宙空でぶつかり合い一瞬静止した両者は、勢いそのままに地面を転がって落伍する。
「ルーファッ‼」
思わず振り返るジンの泥のように鈍化した視界の中で、地面にぶつかる直前のルーファと目が合った。
こんな状況でも、ルーファは相も変わらぬあの緩んだ笑みでゆっくりと口を開いた。
こんな状況でも、ルーファは相も変わらぬあの緩んだ笑みでゆっくりと口を開いた。
ま、か、せ、ろ。
次の瞬間には、ジン達とルーファとの距離は一気に引き剥がされていく。
しかし、ハンドルを握り直したジンの動揺はなかった。
目の前は崖、その先には『ジャンクヘッド』。
しかし、ハンドルを握り直したジンの動揺はなかった。
目の前は崖、その先には『ジャンクヘッド』。
「……行くぞォォォォォォォォ‼」
「うおおおおおおおおおお‼」
「うおおおおおおおおおお‼」
そして、本日二度目のアイキャンフライ。
鋼の大地にタイヤが食らいつきながら見事に着地し、滑りかけた車体を唸りを上げるエンジン出力で無理矢理縫い止め、煙を上げながら走り出す。
オブジェクト頂点部、脱出口を狙ってクウェンサーが『ハンドアックス』を投下し───本日三度目のダイブと共に、起爆。
C4を優に超える威力の大爆発が起こり鋼の巨人を軋ませる。
しかしてその余波は、当然空にいるジープをも木の葉のように吹き飛ばす。
鋼の大地にタイヤが食らいつきながら見事に着地し、滑りかけた車体を唸りを上げるエンジン出力で無理矢理縫い止め、煙を上げながら走り出す。
オブジェクト頂点部、脱出口を狙ってクウェンサーが『ハンドアックス』を投下し───本日三度目のダイブと共に、起爆。
C4を優に超える威力の大爆発が起こり鋼の巨人を軋ませる。
しかしてその余波は、当然空にいるジープをも木の葉のように吹き飛ばす。
「うわああああ落ちる‼落ちる‼ジープでペシャンコにされちゃううううう‼」
勢いよく回転しながら地面に落ちていくジープの中で悲鳴を上げるクウェンサー。
「……!?き、きゃあああああああああっ!?」
そして可哀想なことにこのタイミングで意識を取り戻し、自身がおかれている状況に気づいてしまったことで絶叫する紅髪の少女。
そんな中でただ一人、ジン=ヤナギカゲだけは……不敵に笑みを浮かべていた。
そんな中でただ一人、ジン=ヤナギカゲだけは……不敵に笑みを浮かべていた。
「ヤナギカゲ重工の格言を教えてやる」
「『人間最後まで諦めなきゃァ、大抵なんとかなるッ』‼」
ジープが、地面に落ちる。
逆さにではなく、タイヤから落ちる形で。
二度、三度勢いよく地面を跳ね、激しく車体が回転しながら……群生する竹藪に叩きつけられた。
それでも───。
逆さにではなく、タイヤから落ちる形で。
二度、三度勢いよく地面を跳ね、激しく車体が回転しながら……群生する竹藪に叩きつけられた。
それでも───。
「……しゃァッ‼生きてるぞォォォッ‼」
「絶対二度とアンタとは乗らないからな……正直命がいくつあっても足りないってこんなの……」
「絶対二度とアンタとは乗らないからな……正直命がいくつあっても足りないってこんなの……」
あちこちかすり傷やら痣やら作りながら、ジープに乗っていた全員が五体満足で生存していた。
ジンは昂ぶる感情のままに吠え、クウェンサーと紅髪の少女は青息吐息でシートにもたれかかっている。
ジンは昂ぶる感情のままに吠え、クウェンサーと紅髪の少女は青息吐息でシートにもたれかかっている。
「安心しろ、俺だって好き好んでやりたかねェよ。それに見な」
ジンが親指で指し示す先には、上部から黒煙を噴き上げながら軋みを上げていく『ジャンクヘッド』の姿が。
耳障りな音が響く度に球体のボディの内部から亀裂が入り、オニオン装甲が剥離していく。
耳障りな音が響く度に球体のボディの内部から亀裂が入り、オニオン装甲が剥離していく。
「元が継ぎ接ぎの上に横からの衝撃しか想定してない造りだ。そもそもオブジェクト同士の戦闘なんて横ベクトルの攻撃がほぼ全てだしな、コレでようやっとケリが……」
「……いや、まだだ‼」
「……いや、まだだ‼」
クウェンサーの言葉を証明するように崩壊していく巨人の副砲の一つが、ゆっくりとこちらを向き始める。
もはや破滅は避けられぬと悟ったエリートが、道連れ覚悟でこちらに標準を定めているのだ。
もはや破滅は避けられぬと悟ったエリートが、道連れ覚悟でこちらに標準を定めているのだ。
「ちっ、『アレ』はまだか……‼」
「あと少しのはず……いや駄目だ、間に合わない‼」
「あと少しのはず……いや駄目だ、間に合わない‼」
『ジャンクヘッド』の砲口が、ジン達の乗るジープを捉える。
ジープは半分竹藪に突っ込んだことで直ぐに前後に動かせる状態になく、今更逃げるには遅すぎる。
『仕込み』もまだ発動せず、次の瞬間無情に放たれるであろう砲撃を予期し、クウェンサーは目を瞑りかけ────。
その砲身が、僅かにブレた。
ジープは半分竹藪に突っ込んだことで直ぐに前後に動かせる状態になく、今更逃げるには遅すぎる。
『仕込み』もまだ発動せず、次の瞬間無情に放たれるであろう砲撃を予期し、クウェンサーは目を瞑りかけ────。
その砲身が、僅かにブレた。
「え」
直後、再び爆音が起きる。
しかし今回の音の発生源は……下。
『ジャンクヘッド』の脚部の下より、くぐもった爆発音が響いたのだ。
上の爆撃でも限界間近であった『ジャンクヘッド』が、更なる衝撃に耐えられるわけがなく。
脱出口から勢いよく何かが射出され、白いパラシュートが花開いた直後、鋼の巨人はゆっくりと崩折れるように自壊していった。
しかし今回の音の発生源は……下。
『ジャンクヘッド』の脚部の下より、くぐもった爆発音が響いたのだ。
上の爆撃でも限界間近であった『ジャンクヘッド』が、更なる衝撃に耐えられるわけがなく。
脱出口から勢いよく何かが射出され、白いパラシュートが花開いた直後、鋼の巨人はゆっくりと崩折れるように自壊していった。
「……やっと、か」
『つーか落とした位置が悪いんだよ‼オブジェクトに引っかかってたんだからな!?』
「文句言うなよ、こっちも命懸けなんだ」
『つーか落とした位置が悪いんだよ‼オブジェクトに引っかかってたんだからな!?』
「文句言うなよ、こっちも命懸けなんだ」
通信端末でジンに文句を垂れる声は、ジープに乗っていたはずのヘイヴィアのもの。
実はジープで『ジャンクヘッド』に吶喊する直前、クウェンサーはヘイヴィアを降ろしていた。
彼に、万が一ジンの策が失敗した時の後詰の役割となるリモコンを託して。
そうしてオブジェクトの真上に飛び込んだクウェンサーはハンドアックスとは別に、爆薬を投下したのだ。
そうしてしくじってオブジェクトがまだ動けるようならば、オニオン装甲が低いもう一つの場所……オブジェクトの真下から、第二の攻撃を加えられるように。
実はジープで『ジャンクヘッド』に吶喊する直前、クウェンサーはヘイヴィアを降ろしていた。
彼に、万が一ジンの策が失敗した時の後詰の役割となるリモコンを託して。
そうしてオブジェクトの真上に飛び込んだクウェンサーはハンドアックスとは別に、爆薬を投下したのだ。
そうしてしくじってオブジェクトがまだ動けるようならば、オニオン装甲が低いもう一つの場所……オブジェクトの真下から、第二の攻撃を加えられるように。
『……ん?あぁ、分かった。オイ社長さんよ、少し代わるぜ』
『はァい、哥兄』
「ルーファ……無事か?」
『なんとかね。それとさっきおそってきたやつ、つかまえたよ』
「よし……よくやった。説教はナシにしてやる、合流するから待ってろ」
『はァい、哥兄』
「ルーファ……無事か?」
『なんとかね。それとさっきおそってきたやつ、つかまえたよ』
「よし……よくやった。説教はナシにしてやる、合流するから待ってろ」
オブジェクトが撃破出来たとはいえ、やることはまだまだ山積みだ。
ジンは大きく伸びをしながら、端末を操作して新たな通信先にへと連絡を繋げた。
ジンは大きく伸びをしながら、端末を操作して新たな通信先にへと連絡を繋げた。
6.
光の刃がうねり、空気を焼き焦がす。
絶え間ない驟雨の弾幕が大地を抉り散らす。
そして、七つの砲門から七条の灼光が迸った。
絶え間ない驟雨の弾幕が大地を抉り散らす。
そして、七つの砲門から七条の灼光が迸った。
『蛟龍』、『ラッシュ』、そして『ベイビーマグナム』。
ミリンダも『蛟龍』と『ラッシュ』の争いを遠巻きに眺めていたが───結局堪忍袋の尾が切れて早々にこの馬鹿騒ぎを収めるため参戦。
お姫様も、割合気の短い方だった。
そうして始まった三つ巴の戦況は、三者三様に一歩も譲らぬ激戦。
機体の性能とエリートの技量、戦闘経験の総合力が三機とも完全に釣り合った状態、なおかつ『ジャンクヘッド』との戦闘を控えており本気を出せなかったことが戦闘の長期化という最悪の状況を生んでしまっていたのである。
このままでいればじり貧、しかし本気を出せばただではすまない。
損切りの機を逃した三機は、延々と小競り合いを続けざるを得なくなり……。
ミリンダも『蛟龍』と『ラッシュ』の争いを遠巻きに眺めていたが───結局堪忍袋の尾が切れて早々にこの馬鹿騒ぎを収めるため参戦。
お姫様も、割合気の短い方だった。
そうして始まった三つ巴の戦況は、三者三様に一歩も譲らぬ激戦。
機体の性能とエリートの技量、戦闘経験の総合力が三機とも完全に釣り合った状態、なおかつ『ジャンクヘッド』との戦闘を控えており本気を出せなかったことが戦闘の長期化という最悪の状況を生んでしまっていたのである。
このままでいればじり貧、しかし本気を出せばただではすまない。
損切りの機を逃した三機は、延々と小競り合いを続けざるを得なくなり……。
『────こちら『正統王国』、第37機動整備大隊所属クウェンサー=バーボタージュ』
その泥試合に、一石を投じる声が。
『所属不明機の沈黙、及び搭乗エリートの脱出を確認した。この広域通信を聞いている各陣営のオブジェクトは撤退されたし』
「‼ まって、クウェ……」
「‼ まって、クウェ……」
僅か二言。それだけで通信は途絶する。
『……ふむ。水入り、というところだな。こちらでもしょぞくふめいきのちんもくをかくにんできた。ここがしおどきだろう』
『おほほ。ジン=ヤナギカゲはまだあそこにいますわよ?とらえにいかなくてよろしいのかしら?』
『それは兵士にまかせればいいだろう。オブジェクトで向かえば、おまえのたちばがしょぞくふめいきのたちばにすりかわるだけだ』
『おほほ。ジン=ヤナギカゲはまだあそこにいますわよ?とらえにいかなくてよろしいのかしら?』
『それは兵士にまかせればいいだろう。オブジェクトで向かえば、おまえのたちばがしょぞくふめいきのたちばにすりかわるだけだ』
それはつまり、叩くための大義名分が得られるということ。
場合によっては、『蛟龍』のみならず『ベイビーマグナム』をも同時に敵に回さなければならない。
『やるかね?』
『……いいえ、えんりょしますわ。こんどあうときはかんぷなきまでにたたきのめしますので、そのつもりで。おほほ』
『へらずぐちを』
『……いいえ、えんりょしますわ。こんどあうときはかんぷなきまでにたたきのめしますので、そのつもりで。おほほ』
『へらずぐちを』
『ラッシュ』が選択したのは、撤退。
斯くして三機のオブジェクトの乱戦はドローという形で幕を下ろし、各々が無益な戦闘から退いていく。
斯くして三機のオブジェクトの乱戦はドローという形で幕を下ろし、各々が無益な戦闘から退いていく。
その中途、お姫様を引き止めたのは『資本企業』のエリート。
わざわざ引き止め、第8世代暗号通信を使ってまで話しかけてきた相手の声音から、何を発するのか思わず少女は身構えて。
わざわざ引き止め、第8世代暗号通信を使ってまで話しかけてきた相手の声音から、何を発するのか思わず少女は身構えて。
『ウチのバカがめいわくかけて、ほんとうにもうしわけない……‼』
「……はあ」
「……はあ」
初手謝罪という斜め上の展開に、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
『アイツときたらまいどまいど、ロクなことしないんだから……れいのクウェンサーとやらも、アイツにつれまわされてるんだろう?』
「ええ。全くゆるせない、かならずカリはかえす」
『うん。ころすまではきょようできんが、ぶんなぐるくらいはぜんぜんゆるす。……と、わすれていた。そのろくでもない元凶からのでんごんだ』
「ええ。全くゆるせない、かならずカリはかえす」
『うん。ころすまではきょようできんが、ぶんなぐるくらいはぜんぜんゆるす。……と、わすれていた。そのろくでもない元凶からのでんごんだ』
コイヒメが、ジンとの通信の折に伝えられた事柄を一字一句正確にお姫様へ伝えていく。
お姫様は最後までそれを把握したあと、伝えられた情報を精査しながら不思議そうに呟いた。
お姫様は最後までそれを把握したあと、伝えられた情報を精査しながら不思議そうに呟いた。
「なんで、かれはこんなことを?」
『さてな……わたしにもわからん。じんえいはちがえども、おうえんしている。あのバカにせいぜいいたいめをみせてやれ』
「それは、『資本企業』として?それともこじん?」
『さてな……わたしにもわからん。じんえいはちがえども、おうえんしている。あのバカにせいぜいいたいめをみせてやれ』
「それは、『資本企業』として?それともこじん?」
その問いかけに、『蛟龍』のエリートたる茶色のロングヘアの少女は藍色の右目と狙撃用の入力デバイスとして調整された赤い左目を細めて、静かに笑った。
「『資本企業』としてが二割。こじんとしてが八割だ」
◇
同刻、『胡蝶街』付近山林地帯。
「で、こいつらがテメェ宛の刺客かよ」
一仕事を終えたヘイヴィアが顎で指し示す先には、ワイヤーで一括りに縛られた少女が三名。
一人は『胡蝶街』でルーファが確保した紅髪の少女。
もう一人は『ジャンクヘッド』との激闘の最中、ジンを襲うも敵わなかった青髪の少女。
そして最後の一人は、『ジャンクヘッド』に搭乗していたエリートの緑髪の少女。
紅髪は今にも噛みつきそうな表情でこちらを睨み、青髪は観念したように頭を垂れ、緑髪は感情の乏しい表情で人形のようにこちらをじっと眺めてと三者三様の反応を示している。
一人は『胡蝶街』でルーファが確保した紅髪の少女。
もう一人は『ジャンクヘッド』との激闘の最中、ジンを襲うも敵わなかった青髪の少女。
そして最後の一人は、『ジャンクヘッド』に搭乗していたエリートの緑髪の少女。
紅髪は今にも噛みつきそうな表情でこちらを睨み、青髪は観念したように頭を垂れ、緑髪は感情の乏しい表情で人形のようにこちらをじっと眺めてと三者三様の反応を示している。
「こうも美少女揃いだといっそ羨ましく見えてくるなオイ」
「なら代わってくれよ」
「絶対に嫌だっ‼なんか代わった瞬間にロクな奴しか来ねえ気がする‼例えば変態の女装野郎とか匂いフェチの変態とかヤンデレの変態とかよ‼」
「やけに具体的だな……にしても」
「なら代わってくれよ」
「絶対に嫌だっ‼なんか代わった瞬間にロクな奴しか来ねえ気がする‼例えば変態の女装野郎とか匂いフェチの変態とかヤンデレの変態とかよ‼」
「やけに具体的だな……にしても」
ジンは捕虜にした刺客トリオを眺めながら、首を盛んに傾げる。
「……やーっぱ、どこかで会ってるよな?一人だけならまだしも三人とも既視感あるのはおかしいわ」
「世界には同じ顔の人間が三人くらいいるって話あるし、そういう類のアレじゃねえか?」
「三人揃って他人の空似でしたなんて逆に怖いっつーの。なあおいルーファ、お前こいつら見たことある?」
「世界には同じ顔の人間が三人くらいいるって話あるし、そういう類のアレじゃねえか?」
「三人揃って他人の空似でしたなんて逆に怖いっつーの。なあおいルーファ、お前こいつら見たことある?」
クウェンサーに慣れない手つきで頬の傷の応急処置をしてもらっていたルーファは、少女達をちらりと一瞥して一言。
「ンー……あ、ひとつきまえのキャバじょう。みどりのケツのラインに見覚えある」
「──────あっ‼それだっ‼」
「「ど、どこがだあっ!?」」
「──────あっ‼それだっ‼」
「「ど、どこがだあっ!?」」
尻のラインという訳の分からない論拠から導き出された回答とそれにあっさりと納得した社長にドラゴンキラーコンビのツッコミが冴え渡る。
「キャバ嬢って‼キャバ嬢ってなんだよ‼テメェ俺らが戦場でヒーコラしてる間にウフンアハンしてるってか!?」
「俺は社長、お前は兵士。そういう付き合いも仕事の内なの、ぶっちゃけ時間取られるから面倒だし」
「かーっ‼かーっ‼」
「ところでその一月前に一体何があったんだ?」
「俺は社長、お前は兵士。そういう付き合いも仕事の内なの、ぶっちゃけ時間取られるから面倒だし」
「かーっ‼かーっ‼」
「ところでその一月前に一体何があったんだ?」
置かれている環境の有難みを知らない若社長に嫉妬と羨望とその他諸々が混じった奇声を上げ始めた不良貴族様を尻目に、クウェンサーは事の些細を尋ねた。
曰く。
一月程前に仕事の都合で『資本企業』のとある風俗店にルーファを連れてジンは接待を受け、そこで嬢達と歓談したらしい。
『らしい』というのは、嬢達に上手く乗せられて普段よりも深酒をしてしまったせいで途中から記憶が朧げになっているのだとか。
その中にいた嬢と(ヒップのラインが)同じだとルーファが記憶しており、ジンもまたそこに見覚えがあった。
奇しくもその時期からジンの失言を記録した音声がネットに流され、そこから『資本企業』から疑惑を向けられて……という最悪の状況に陥ったのだと言う。
『らしい』というのは、嬢達に上手く乗せられて普段よりも深酒をしてしまったせいで途中から記憶が朧げになっているのだとか。
その中にいた嬢と(ヒップのラインが)同じだとルーファが記憶しており、ジンもまたそこに見覚えがあった。
奇しくもその時期からジンの失言を記録した音声がネットに流され、そこから『資本企業』から疑惑を向けられて……という最悪の状況に陥ったのだと言う。
「でもさあ……やっぱ尻だよな、女性は」
「分かる」
「いや女の人は脇とかも……じゃなくて‼尻の形以外であの子達がその嬢だって証明がないと難しいぞ?」
「しょうこはあるンだよネェ。そこのあおいの、バーコードみたいなタトゥーがあったはず。たしか───」
「……‼やめ……」
「分かる」
「いや女の人は脇とかも……じゃなくて‼尻の形以外であの子達がその嬢だって証明がないと難しいぞ?」
「しょうこはあるンだよネェ。そこのあおいの、バーコードみたいなタトゥーがあったはず。たしか───」
「……‼やめ……」
ルーファが徐ろに手を伸ばし、俯いていた青髪のマスクに手をかける。
そして、青髪の制止を無視して乱雑に引き剥がされ外界に露わにされた少女の右頬には、確かにバーコードのタトゥー。
そして、その下に小さく、しかして確かに刻まれた「STIGMA」の英文字。
そして、青髪の制止を無視して乱雑に引き剥がされ外界に露わにされた少女の右頬には、確かにバーコードのタトゥー。
そして、その下に小さく、しかして確かに刻まれた「STIGMA」の英文字。
「ほら、ビンゴぉ」
「やめろっ、てめえっ‼アルになにしやがるっ‼」
「やめろっ、てめえっ‼アルになにしやがるっ‼」
飄々とした態度で剥がしたマスクを弄ぶルーファの様子に紅髪の少女……フィオレンザが噛みつき、更にそれを青髪の少女……アルタミアが引き止める。
「どうせつかまったじてんでしぬのはかわらねえだろ‼ソラリス姉にめいわくかけるのも‼」
「だとしてもはでにはんこうすれば……‼」
「だとしてもはでにはんこうすれば……‼」
彼女達は四大勢力の『人道的条約』に含まれない存在だ。拷問、薬物による自白強要、その他etc……何をされても罪に問われない。
尤もその条約すら表向きのものでしかなく、四大勢力それぞれが『名目』を盾にした非人道行為を行っているのだが。
しかしアルタミアが恐れているのは拷問ではない。それによって『上』の存在はおろか、自分たちの守ろうとした存在までもが相手に露見してしまう可能性だ。
今すぐにでも、ここで自死する覚悟は出来ていた。
尤もその条約すら表向きのものでしかなく、四大勢力それぞれが『名目』を盾にした非人道行為を行っているのだが。
しかしアルタミアが恐れているのは拷問ではない。それによって『上』の存在はおろか、自分たちの守ろうとした存在までもが相手に露見してしまう可能性だ。
今すぐにでも、ここで自死する覚悟は出来ていた。
「なあオイ、いくらでもごうもんしてみろ‼ウチは絶対にだれがさしずしたなんて話さ「……オーキッド=ブルックリーナイト」ッ!?」
だがしかし、アルタミアの覚悟は実際の所無駄だった。
「さっき『ソラリス』って言ったよな?ウチの幹部で同じ名前の私設秘書雇ってる奴がいてな、まさかと思ってカマかけてみたが……その面をみる限り大当たりっぽそうだな」
「オーキッド=ブルックリーナイト……?」
「ヘイヴィア、何か心当たりでもあるのか?」
「いや、なんか何処かで聞いた気がしてよ。それよりも社長さんよ、そのオーキッド某とやらは何なんだ?」
「うちの幹部役員の一人だ。市場管理部門を預かってる奴だが……アイツの差し金だったか」
「オーキッド=ブルックリーナイト……?」
「ヘイヴィア、何か心当たりでもあるのか?」
「いや、なんか何処かで聞いた気がしてよ。それよりも社長さんよ、そのオーキッド某とやらは何なんだ?」
「うちの幹部役員の一人だ。市場管理部門を預かってる奴だが……アイツの差し金だったか」
拷問をするまでもなく、ジン=ヤナギカゲが犯人に行き着いたからである。
「つーかよく他人の私設秘書まで覚えてんな……」
「幹部だと直接伝えられないことが多いからな。そういう場合私設秘書の方に連絡するから名前は自然と覚える」
「……フィオ‼お前えええええ‼」
「ウ、ウチだってそうぞうできるかよっ‼こんな、ちょっとした言葉できづかれるなんてっ‼」
「うるさいっ‼そもそもお前は口がかるいうえに、かおにでやすいからこんなことに……‼」
「アルだって、あきらめがはやいのがいけないんだっ‼アルがごうりゅうしてくれればあいつなんかっ‼」
「幹部だと直接伝えられないことが多いからな。そういう場合私設秘書の方に連絡するから名前は自然と覚える」
「……フィオ‼お前えええええ‼」
「ウ、ウチだってそうぞうできるかよっ‼こんな、ちょっとした言葉できづかれるなんてっ‼」
「うるさいっ‼そもそもお前は口がかるいうえに、かおにでやすいからこんなことに……‼」
「アルだって、あきらめがはやいのがいけないんだっ‼アルがごうりゅうしてくれればあいつなんかっ‼」
敵前でありながらぎゃあぎゃあと姦しく口論を始めだす紅と青。
その二人の間に挟まれながら、表情一つ変えずにいる緑はもしかしたら大物かもしれない。
その二人の間に挟まれながら、表情一つ変えずにいる緑はもしかしたら大物かもしれない。
「────はい、そこまで」
そんな両者の間に割って入ったのも、またジンである。
言い合いを止められ、行き場のない怒りとそもそもこうなった原因に止められた屈辱と恨みがないまぜになった感情が宿った目でギッと両者は若社長を睨みつけるが、対する男はどこ吹く風。
言い合いを止められ、行き場のない怒りとそもそもこうなった原因に止められた屈辱と恨みがないまぜになった感情が宿った目でギッと両者は若社長を睨みつけるが、対する男はどこ吹く風。
「そこで争っても何にもならねェよ。仮にもテメェら────仲間なんだろ?」
「……」
「いや、仲間以上か。そのタトゥーの意味は俺も知ってる。……どれだけの苦労があったかは、計り知れないけどよ」
「……」
「いや、仲間以上か。そのタトゥーの意味は俺も知ってる。……どれだけの苦労があったかは、計り知れないけどよ」
ジンの言葉に否定も肯定も返すことなく、激発していた両者の熱は次第に収まっていく。
その理由は、男の瞳に宿る感情。
慈しみとどこか懐かしみ、羨むような。そして、一抹の哀しみを湛えた目。
今までそんな感情を向けられたことはなく、しかしてその目に不快な思いが湧くこともなく、言い争っていた少女達はどう反応を返せば良いのか困惑していた。
その理由は、男の瞳に宿る感情。
慈しみとどこか懐かしみ、羨むような。そして、一抹の哀しみを湛えた目。
今までそんな感情を向けられたことはなく、しかしてその目に不快な思いが湧くこともなく、言い争っていた少女達はどう反応を返せば良いのか困惑していた。
「……あなたは」
そんな中ゆっくりと言葉を紡ぎ出したのは、今まで黙っていた緑髪の少女。
「なぜ、わたしたちを気にかけるのですか。元はあなたをころそうとした、わたしたちを」
「そりゃまあ……最初コノヤロウとは思ったさ。ソッチがやる気ならこっちも出るトコ出てやろうじゃねェかってな、ただ───」
「そりゃまあ……最初コノヤロウとは思ったさ。ソッチがやる気ならこっちも出るトコ出てやろうじゃねェかってな、ただ───」
致命傷を受けた『ジャンクヘッド』がジン達を砲口に捉えながら、いくらでも撃てたはずなのに撃とうとしなかった、あの時。
「クウェンサーが言ったんだよ。『撃たなかった』んじゃなくて『撃てなかった』んじゃないかってな」
『ジャンクヘッド』に搭乗していた緑髪の少女……コスモスは最初にして最後のジンを討てるチャンスをあの時確実にもらっていた。
しかし照準のカメラはそれ以外にもあるモノを捉えていた。
アルタミアも自分も、苦渋の末に見捨ててしまった仲間の姿を。
故に、撃てなかった。
しかし照準のカメラはそれ以外にもあるモノを捉えていた。
アルタミアも自分も、苦渋の末に見捨ててしまった仲間の姿を。
故に、撃てなかった。
「お前ら、実のところ優しい奴なんだなってさ。それにそのナリからするにまだ子供だしよ。そう思ったら気が抜けたというか、何も殺すまでしないでいいなって」
「ばっ……バカ言うなっ‼ウチらはおまえをころそうとした、いやいまもそうなんだぞ‼」
「結果的に見りゃ死人は0、金銭的な被害も最小限だ。だから俺からやることは特になし。強いて何かしろと言うのであれば───」
「ばっ……バカ言うなっ‼ウチらはおまえをころそうとした、いやいまもそうなんだぞ‼」
「結果的に見りゃ死人は0、金銭的な被害も最小限だ。だから俺からやることは特になし。強いて何かしろと言うのであれば───」
「あ”っ」「い”‼」「ゔっ……」
ゴン、ゴン、ゴンと小気味よく三発、三人の頭に拳骨が落ちる。
「ガキに対しての罰としちゃ、こんなもんだろ」
「オイオイ……で、この後どうする気だよ?まさかこいつら山の中に放置プレイとかかまさねえよな?」
「しねえよそんなこと。ルーファかフェンに留まってもらうことにはなるが、『胡蝶街』かどこかでコトが済むまで匿うとか───」
「ついていかせてください」
「あ?」
「オイオイ……で、この後どうする気だよ?まさかこいつら山の中に放置プレイとかかまさねえよな?」
「しねえよそんなこと。ルーファかフェンに留まってもらうことにはなるが、『胡蝶街』かどこかでコトが済むまで匿うとか───」
「ついていかせてください」
「あ?」
予想だにしない返答にジンは思わず上擦った声をあげた。
「あなたは、なにかちがう。……それがなんなのかは、わからないけど。少なくとも、オーキッドとは」
「だからしんようするのってのかよコスモ‼」
「しんようじゃない、これはリスクヘッジのはなし。今ここでだまって死ぬより、かれの方につけばソラリスをたすけられるかのうせいがまだある」
「だからしんようするのってのかよコスモ‼」
「しんようじゃない、これはリスクヘッジのはなし。今ここでだまって死ぬより、かれの方につけばソラリスをたすけられるかのうせいがまだある」
ここで暗殺に失敗した以上、このまま愚直に命令を守り続けるより裏切った方が良い。
あくまでも彼女達の中における最優先事項は、血よりも濃い縁で結ばれている仲間、ソラリスであるが故の判断だ。
あくまでも彼女達の中における最優先事項は、血よりも濃い縁で結ばれている仲間、ソラリスであるが故の判断だ。
「だがテメェら三人纏めて『資本企業』へ連れてくにゃ、かなりキツいんだが……」
「なんでもします、どんなようにつかいつぶしてもかまいません。おかねだっていくらでもかせぎます」
「なんでもします、どんなようにつかいつぶしてもかまいません。おかねだっていくらでもかせぎます」
縛られた身で深々と頭を下げ、コスモスは生殺与奪を握るジン達へ乞うた。
無表情ながらその声には確かに覚悟と決意の色が滲み……それでも尚ジンは厭そうな表情で渋る様子を見せ、
無表情ながらその声には確かに覚悟と決意の色が滲み……それでも尚ジンは厭そうな表情で渋る様子を見せ、
「だから、ソラリスが『ドーマウス』にのせられるのを、止めてください」
「───『ドーマウス』だと?」
「───『ドーマウス』だと?」
次の瞬間、コスモスから放たれた単語に表情を強張らせた。
「やーっとおわった‼ったく、同じことをなんどもなんどもききやがってよ」
やけに重苦しい扉を開けて、ジーナ=サテンルージュは清々したと言わんばかりに大きく伸びをした。
先日、ジーナが他の『ヤナギカゲ重工』エリートを抱き込んで起こしたストライキ。
それに対する『上』の回答は査問委員会を動員した法的措置を伴う強制解散というもので返された。
結果、主犯のジーナと何故か主犯として巻き込まれたルーマン=ホップトードが減給処分、参加はしていたものの消極的・反対的立場にいたデイビス=マッカーサーとパオラ=カイピリーニャはお咎めなしという判断が下されることとなった訳である。
先日、ジーナが他の『ヤナギカゲ重工』エリートを抱き込んで起こしたストライキ。
それに対する『上』の回答は査問委員会を動員した法的措置を伴う強制解散というもので返された。
結果、主犯のジーナと何故か主犯として巻き込まれたルーマン=ホップトードが減給処分、参加はしていたものの消極的・反対的立場にいたデイビス=マッカーサーとパオラ=カイピリーニャはお咎めなしという判断が下されることとなった訳である。
「かんべんしてくださいよジーナさん、オレまでまきこまれたじゃないっすか」
「でもオーキッドのヤロウがいけすかねえのはおまえもおなじだろ?」
「いやまあ、そりゃそうっすけど……」
「でもオーキッドのヤロウがいけすかねえのはおまえもおなじだろ?」
「いやまあ、そりゃそうっすけど……」
テンガロンハットを目深に被りながらうじうじと愚痴るルーマンを小突きつつジーナが大股で歩いていくと、彼らを待つ影が二つ。
先んじて査問を終えていたデイビスとパオラである。
先んじて査問を終えていたデイビスとパオラである。
「ようやくおわりましたか」
「もうしわけないです、デイビスさん」
「いやーわるいな、さもんいいんかいがすっとろくてよ」
「はんこうてきだからあっちも頭きたんじゃないの?」
「しったこっちゃねえよ。で?あたしら待ってたってことはなんかあったのか?」
「そのことについては、わたしからではなく……」
「ぼくが、せつめいします」
「もうしわけないです、デイビスさん」
「いやーわるいな、さもんいいんかいがすっとろくてよ」
「はんこうてきだからあっちも頭きたんじゃないの?」
「しったこっちゃねえよ。で?あたしら待ってたってことはなんかあったのか?」
「そのことについては、わたしからではなく……」
「ぼくが、せつめいします」
デイビスの後ろから影のように進み出たのは、華奢な猫背の男性。
第一世代オブジェクト『アビスパヴェスパ』エリート、『ヤナギカゲ重工』メディア宣伝部長、グレイシャー=H=グラディール。
第一世代オブジェクト『アビスパヴェスパ』エリート、『ヤナギカゲ重工』メディア宣伝部長、グレイシャー=H=グラディール。
「おう、グレイ。あいッかわらず辛気くせえツラしてんな。つーかいつからいたん?」
「さいしょからですよ。そんなにぼく、かげうすいですかね?」
「さいしょからですよ。そんなにぼく、かげうすいですかね?」
黒く長い髪をかき上げつつ、グレイシャーは懐から紙を取り出してボソボソと読み上げ始める。
「四日ご、かぶ主そう会に合わせるかたちで『イベント』をとり行うそうで。『サンジャオロン』『ポルコスピーノ』『セイアジン』のエリートはふきんでけいかいにあたれ、とのことです」
「オブジェクトを三機もつかって、やることがばんけん代わりかぁ……。なにかんがえてるんでしょうね?」
「オブジェクトを三機もつかって、やることがばんけん代わりかぁ……。なにかんがえてるんでしょうね?」
本来『資本企業』の中で大企業とされる指標は、オブジェクトを保有することだ。
『ヤナギカゲ重工』はそのオブジェクトを軽く5機近く保有、建造したものを含めれば軽く10を超える数のオブジェクトを送り出してきた正しく大企業も大企業。
そのオブジェクトを3機も警戒に出すという『無駄なこと』に使える余裕と勢力があるというアピールのためだろうか。
『ヤナギカゲ重工』はそのオブジェクトを軽く5機近く保有、建造したものを含めれば軽く10を超える数のオブジェクトを送り出してきた正しく大企業も大企業。
そのオブジェクトを3機も警戒に出すという『無駄なこと』に使える余裕と勢力があるというアピールのためだろうか。
「決まってんだろ。ボスがこええんだよ、あのヤロウは」
「ジン『元しゃちょう』がイベントに合わせてやって来ると?」
「来るか来ないかでいえば、みんなどっちだと思うよ?」
「ジン『元しゃちょう』がイベントに合わせてやって来ると?」
「来るか来ないかでいえば、みんなどっちだと思うよ?」
「「「「ぜったいくる」」」」
エリート達の意見は同じであった。
ジン=ヤナギカゲはノリの良い人間だ。馬鹿騒ぎと浪漫を好み煽り立てて盛り上げて、それが及ぼす影響を眺めるのを好むある種タチの悪い人種。
製品発表イベントの折に『兵器作るなら美少女メカ作れよ』というヤジを飛ばされた時には本当に採算度外視で美少女メカを作った正真正銘の阿呆である。
今回のようなイベントに来ない訳が無い、という確信が皆の中にあった。
ジン=ヤナギカゲはノリの良い人間だ。馬鹿騒ぎと浪漫を好み煽り立てて盛り上げて、それが及ぼす影響を眺めるのを好むある種タチの悪い人種。
製品発表イベントの折に『兵器作るなら美少女メカ作れよ』というヤジを飛ばされた時には本当に採算度外視で美少女メカを作った正真正銘の阿呆である。
今回のようなイベントに来ない訳が無い、という確信が皆の中にあった。
「でもくるとしても、オブジェクトをあそこまでどういんするひつようはあるのかしら?」
「───来るのがしゃちょうだけじゃない、というかのうせいを忘れてもらっちゃこまるねぇ?」
「───来るのがしゃちょうだけじゃない、というかのうせいを忘れてもらっちゃこまるねぇ?」
不意に上からかけられた声。
エリート達が話していた吹き抜けの空間、その上階の手すりに腰掛けて彼らを見下ろす小柄な少女が一人。
エリート達が話していた吹き抜けの空間、その上階の手すりに腰掛けて彼らを見下ろす小柄な少女が一人。
「このちょうぜつ天才のボクさまをさしおいて、こそこそ話をするとかずるくないかい?」
「ルイーサ」
「ルイーサ」
デイビスの声に少女は悪戯げな笑みを浮かべ、落差5mはあるだろう手すりから迷うことなく飛び降りて音もなく着地した。
第一世代オブジェクト『ディアトリマ』エリート、『ヤナギカゲ重工』技術研究・解析室長、ルイーサ=イーディライダー。
第一世代オブジェクト『ディアトリマ』エリート、『ヤナギカゲ重工』技術研究・解析室長、ルイーサ=イーディライダー。
「とびおりるのはいつもやめなって言ってるのに……で、『しゃちょうだけじゃない』ってどういうことよ?」
「こみみにはさんだんけどね?どうにもしゃちょう、来るとちゅうで『ひろいもの』をしたらしいんだ」
「ひろいもの、ねえ」
「それがどうにも、『正統王国』にかぎつけられたみたいでさ。あの『ベイビーマグナム』に追われてるらしいよ」
「え?『ベイビーマグナム』に?『インドミナス』みたいなバケモノと何度もやり合って、フェンさんを倒したこともあるあの『ベイビーマグナム』?」
「こみみにはさんだんけどね?どうにもしゃちょう、来るとちゅうで『ひろいもの』をしたらしいんだ」
「ひろいもの、ねえ」
「それがどうにも、『正統王国』にかぎつけられたみたいでさ。あの『ベイビーマグナム』に追われてるらしいよ」
「え?『ベイビーマグナム』に?『インドミナス』みたいなバケモノと何度もやり合って、フェンさんを倒したこともあるあの『ベイビーマグナム』?」
『資本企業』内でも、『ベイビーマグナム』の名は知れ渡っている。
『アリス』、『インドミナス』、そして『テトラグラマトン』。
勢力内どころか世界そのものを壊しかねないオブジェクト達との戦闘に参加し、生き延びてきた猛者。
今となっては『資本企業』内での呼称より『ベイビーマグナム』での名前の方が通りが良いくらいだ。
その『ベイビーマグナム』を擁する第37機動整備大隊にジンが追われているということとジンの性格を加味すれば、四日後のイベントに『ベイビーマグナム』を引き連れて堂々と殴り込んでくることは予想がついた。
『アリス』、『インドミナス』、そして『テトラグラマトン』。
勢力内どころか世界そのものを壊しかねないオブジェクト達との戦闘に参加し、生き延びてきた猛者。
今となっては『資本企業』内での呼称より『ベイビーマグナム』での名前の方が通りが良いくらいだ。
その『ベイビーマグナム』を擁する第37機動整備大隊にジンが追われているということとジンの性格を加味すれば、四日後のイベントに『ベイビーマグナム』を引き連れて堂々と殴り込んでくることは予想がついた。
「『ベイビーマグナム』……ってことはフローレイティアさ……フローレイティア=カピストラーノもいるわけか……」
「サインでももらいたいのかな、グレイ?『資本企業』りょうどまでご本人がくるわけないとボクさまはおもうけど」
「そもそも『ベイビーマグナム』のはなしもおくそくでしかないんでしょ?」
「でも、『ベイビーマグナム』がくるかもしれない、というのならば『上』のたいおうもなっとくはいくっすよ」
「だとしても、あたしらのじつりょくはしんじてほしいとこだけどな」
「サインでももらいたいのかな、グレイ?『資本企業』りょうどまでご本人がくるわけないとボクさまはおもうけど」
「そもそも『ベイビーマグナム』のはなしもおくそくでしかないんでしょ?」
「でも、『ベイビーマグナム』がくるかもしれない、というのならば『上』のたいおうもなっとくはいくっすよ」
「だとしても、あたしらのじつりょくはしんじてほしいとこだけどな」
ルイーサから齎された情報に各々が様々な反応を示す中、一人だけ押し黙る者がいた。
(……はたして)
『ベイビーマグナム』が来るという可能性や『テトラグラマトン』の件以降落ち目と囁かれる会社の権威のアピール、そしてジン=ヤナギカゲへの警戒の為に三機ものオブジェクトを動員する必要があるのか、とデイビスは黙考する。
オブジェクト動員の判断を下したのは、間違いなく今の『ヤナギカゲ重工』を左右する立場にあるオーキッド=ブルックリーナイトだろう。
株式などの市場管理を任され、資産を増やすこととリスク管理にかけては経理部のデイビスはおろか採用したジンすら「俺より上手い」と言わせる程の才覚を持っている男。
オブジェクト動員の判断を下したのは、間違いなく今の『ヤナギカゲ重工』を左右する立場にあるオーキッド=ブルックリーナイトだろう。
株式などの市場管理を任され、資産を増やすこととリスク管理にかけては経理部のデイビスはおろか採用したジンすら「俺より上手い」と言わせる程の才覚を持っている男。
(そんな男が、そこまでかどなけいかい体勢を出すものだろうか)
何かがある。まだ気付いていない、そして誰も知り得ない何かが。
(……わたしには、わからない)
だが、やるべきことは分かっている。
仕事に一秒の誤差は許されない、失敗も同様に、だ。
仕事に一秒の誤差は許されない、失敗も同様に、だ。
「───では、みなさん」
そんな思いと疑念を鉄面皮に隠し、男は同僚達に告げた。
「わがしゃのために全力をつくし、ことにあたりましょう───『ヤナギカゲ重工』のために」