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『わだつみの呼び声』第一章

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だれでも歓迎! 編集
 共に海へ還ろう、か。
 そこすらもオブジェクトに踏みにじられたってのに、一体どこに還るのやらね。
――とあるPMC社員の自嘲


Prelude

 なぁ、キミって確かうちのとこのお偉いさんとこの子だったか。
 なら少し話に付き合ってくれよ、いや、まだ十にもなってないのにそんな渋い顔するなって。
 おじさんちょっと泣いちゃうだろ?

 まぁいいや、我らがCEOのキッツイ訓練の休憩のちょっとした娯楽だと思って聞いてくれ。

 大洪水って知ってるか?
 そう、信心組織の十字教のとこの連中がありがたがってる聖書に載ってる話なんだがよ。
 偉い神様が、地上の人々が堕落したのに嫌気がさして、全部水で流しちまったって話だ。

 実はこれには裏があってな、神様が水で洗い流した理由はまだあるんだ。
 人間の連中に嫌気がさしたのもそうだが、地上がどうしようもなくクソになったからだ。
 国々は乱れ、人々は邪悪にねじ曲がり、ネフェリムという巨人が盛大に暴れやがった。
 しかも人々が堕落したのも、巨人が生まれたのも、部下の天使が堕ちて、人々に知恵を与えたからだ。
 その連中が面白くてな、何でも人間の女房を貰うために堕ちたんだと。

 要は部下が淫行した上で、部署の成果を滅茶苦茶にしたから、神様も嫌になったんだな。
 だから方舟に大事なもんだけ突っ込んで、全部、ぜーんぶ、水に流したんだ。

 割れたステンドグラスみたいな世界も、極端に偏った思想に傾倒してる連中も、知性に狂って大事なものを忘れちまった奴等も、地上どころか母なる海すら蹂躙してる巨人も。

 全部、ぜーんぶ、な。

 あぁ、すまん、実は俺、信心組織の出だからよ、悪いな。
 宗教とかが薄い、『島国』出身のキミには分かりづらかったか。

 大丈夫? なら良かった、俺もう先長くないからよ、こういう話ばかりしちまうんだ。
 ああ、そうだ、機会があったらキミも聖書でも何でも読んでみな。
 敵を知ることもそうだが、中々に面白いんだよ、アレ。

暴れ狂えよ砂嵐>>アラビア半島競合区域防衛戦

 第三七機動整備大隊、アラビア半島旧オマーン方面にて、『情報同盟』側との競合区域の監視、および防衛を命じる。

 サンサンと照りつける太陽、湿気とは無縁の澄んだ空気、どこまでも広がる青い海。
 これがビーチであれば、最良だった。けれど、現実ここはアラビア半島。
 世界最大の半島であり、地平線上の向こうからは敵オブジェクトの精密砲撃と水平線上に立ち並ぶ無粋かつ金の渦巻く石油施設が建ち並び、人間なぞ知らぬとばかりに膨れ上がる砂嵐が巻き起こる素敵なビーチ(砂漠)。

 しかも欧州のバルカノン連合共和国構成国家に並ぶ数の戦争国が乱立し、そのどれもがどこかの陣営に所属する生粋のステンドグラスだ。

 奪い合うのは主に四つ。
 スエズ地峡、三種の宗教の聖地、莫大な地下資源、渦巻く黄金。

 『正統王国』は石油利権によって繁栄したアラブ王族から。
 『資本企業』は莫大な利益を生み出し、経済を循環させる地下資源から。
 『信心組織』は未だに根強い三つの巨大宗教の聖地から。
 『情報同盟』は旧アメリカが握っていた多くの利権の保持から。

 四大勢力のどれもが頭を悩ませつつも、手を出さざるを得ない、現代の地獄。
 オブジェクト全盛の時代であっても、大戦のように停滞を続けるように見える激戦地。

 どうやら、ありがたいことに上司のそのまた上司様は最近ずっと死線ばかりだった三七部隊に対し、直接的な休暇ではなく、軽い任務で少しでも英気を養わせるつもりらしい。
 さすがにどこぞのオブジェクトに突入しろだの、陰謀の中に突っ込めだのという無茶なものではなく、ありふれた国境警備任務であるが、油断とは無縁の土地だ。

 多くの一般ジャガイモが緊張する中、しかし、馬鹿二人は例外だった。

「なぁ、ヒーロー」
「なんだよヘイヴィア」

 砂漠という寒暖差が激しく、かつシムーンという地域特有の毒の嵐が巻き起こる環境で戦闘活動を行うために二人が纏うのは専用の野戦服。
 アラブ世界の土着文化が適応した情報を分析して、『正統王国』の軍服デザイン部門が仕上げた軍服は長袖長ズボンという形式であっても、多少暑さを感じるぐらいで後は快適だ。

 だから、仕方のないことなのだろう。

 暇を持て余した、不良系貴族軍人ヘイヴィアと派遣留学生クウェンサーの、巷ではドラゴンキラーと呼ばれる馬鹿二人が、人工林の木陰で暢気にバーベキューに勤しむのは。

「さすがに野菜0ってのは彩りがないんじゃねーか?」
「バーベキューでお肉じゃなくて野菜を食べてどうするのさ、ヘイヴィア。ああいうのはサブでいいのサブで。あくまで主役はお肉なんだから」
「まぁ、それはそうだな。って、おい! その肉は俺が育ててた奴だぞ!」
「油断する方が悪い」

 今現在、三七部隊が派遣されている『情報同盟』側との競合区域。
 そこは地上に顕現した地獄の釜の一つに数えられるアラビア半島において、他の半島競合区域と同じ地域とは思えないほどの、比較的平和な場所であった。

 すぐ近辺に安全国が存在するのもそうだが、四大陣営のどれもが関与している巨大石油関連施設複合人工島『オイルランド』が、どっしりとペルシャ湾に構えているためだ。
 海上環境の保持をどこかにぶん投げて、容赦なく海の青色を汚染して、効率最大視で燃料や各種物資を精製する代償として、莫大な利益を生みだす、人工の生産拠点。
 下手にオブジェクトの砲弾が直撃でもしないように、暗黙の了解で、ここいら近辺での戦闘行動は主役のオブジェクトから脇役の歩兵にまで自粛されている。

 さらに天然の災害である巨大砂嵐が襲いかからないことがないように、様々な処置が取られている他、海岸線上には人工高木による長大な防風林がずらりと並んでいる。
 『緑色の万里の長城』とも呼ばれる防風林のおかげで、三七部隊のベースゾーンに砂嵐が襲いかかることは滅多になく、常に天気は快晴無風。
 湿気がなさ過ぎるという贅沢な悩みに苛まれるほどの快適な気候のおかげで、焼いたお肉に砂が降りかかることもなく、ゆったりと少し重いランチタイムを楽しんでいた。

「青い空、広いビーチ、それにちょっとの緑! これでビキニの女子がいれば完璧だったのになー、誰1人! そう、うちの女子共も誰もいないとはどういうことだ!」
「仕方ないだろ? 休憩時間でも海でビーチを楽しむのは禁止されてるんだから。それにここらの海は、例の人工島のおかげで汚染されてるって話だ。ここから見える海はまだ青色だけど、島の周りは黒に見える極彩色になってるんだって。そんな海に隣接してる、わざわざ危険な石油の汚濁の混じった海に入りたいのか?」
「だよなー、それさえなければよかったってのに。あーあ、空からでもいいから女の子降ってこないかなー」

 備品室から持ってきたビーチチェアにどっかりと腰を降ろして、雲一つない青空を見上げるヘイヴィアは、今までにないぐらいにのんびりしていた。

「ヘイヴィアって島国のジブリアニメ見てたっけ? ほら、天空のなんちゃらって奴。記憶が曖昧だけど、どっかで見た気がするんだよな。アレに出てくるお城って空を飛ぶだろ? 空中を征くオブジェクトとかそれっぽいかなって思ったんだけどな。結局、数十トンの鋼を持ち上げるのはエアクッションが限界ってのが通説らしいけど、最近だと空中オブジェクトの実現が進んでるって話を小耳に挟んでな? それで......」

 記憶を掘り返して唸っているクウェンサーが普段ならば途中で茶々を入れてくるヘイヴィアが無言で空を注視していることに気付いた。
 目は口ほどに物を言うとばかりに、茶色の瞳を見開いて、あり得ないと空を見ていた。

「おい、どうしたよヘイヴィア」
「なぁ、クウェンサー。ここって雲一つないアラビア半島で、『正統王国』と『情報同盟』の競合区域で、しかも今は実質の停戦中、刺激しないように偵察機の出撃すらも控えている状態だったよな?」
「あぁ、そのはずだけど」
「じゃあ、あの飛行機雲はなんだ?」
「へ?」

 人工林の向こう側の地平線、それも『情報同盟』側の領土から、ジェット機とおぼしき飛行機雲が真っ直ぐに向かってくる。
 ならば十中八九、『情報同盟』機だろう。

「でも、なんでだ。こちらにオブジェクトがいることは向こうも分かっているはずだし、アラビア戦域だと、どこの陣営も対空兵装は充実している。はっきり言って、偵察どころか自殺だぞ」
「おい! 考察はいいから、さっさと爆乳に連絡を入れ......」
「あっ、堕ちた」

 対空兵装の弾丸や、レーダー、電磁波は確認できなかったが、ジェット機の真ん中から爆発が起こり、飛行機雲に黒煙と爆煙を混ぜ込んで、海洋へと向かっていく。

「あーあ、オブジェクト全盛の時代に偵察機とか使うからこうなるんだよ。哀れな『情報同盟』パイロットさんに合掌っと、ん、どうしたクウェンサー」

 墜落していく偵察機を見ながら、クウェンサーはだんだんと目を見開いていき、おもいっきり振り返って叫んだ。

「ヘイヴィア! 空から女の子が!」
「マジで!?」

 ジェット機にかかわらず、今日の航空機にはほぼ例外なく脱出機能が付いている。
 脱出したパイロットの黒い影が丁度二重構造のシルクのパラシュートを開き、狙い澄ましたかのようにクウェンサー達がバーベキューを楽しんでいた人工林に落ちてくる。

「行くぞ! 敵兵の確保だ!」
「おう、勿論だクウェンサー!」

 敵パイロットが女性と見るや馬鹿2人は下心十割の純情で走り出す。

 風を遮ることだけを目的とされた針葉樹の人工林の真ん中に敵パイロットはいた。
 失敗したマリオネットのように合成繊維のケーブルが枝と四肢に絡まっており、扇情もなにもなく、滑稽どころか哀れにすら見える形だった。

「そちら、『正統王国』のドラゴンキラーのお二方」

 愉快なことになっているのは『情報同盟』の士官服を纏った女性。
 美人画からそのまま切り出したかのように美しい顔立ちの金髪碧眼、馬鹿2人の上司に勝るとも劣らない緩急のある理想的なスタイル。

「こちら、『情報同盟』側オブジェクト、シムーン389担当大隊指揮官、リリーナ=マルティネス中佐だ」

 解けてしまった美しい長髪と真剣そのもののキリリとした顔であろうとも、服越しにボディラインを晒している1人SMのような現状では話がまるで入ってこない。

「既に連絡は行っているはずだ。オブジェクト部隊指揮官への連行を要請する。後、なんだ、言い辛いのだが、そのー、えー、なんだ」

 全身に絡まり、ギチギチと音を立てているケーブルが、合成繊維製の黒い糸が胸だの尻だののボディラインをはっきりさせるように食い込みつつある。
 パッと見、まだ扇情的だが、冷静に見れば首吊り一歩手前の状態だ。

 そして士官だったのか、自身を助けるためのナイフもないのならば、助かる術はなく。

 さらに近くに存在したのが、ドラゴンキラーのいる『正統王国』三七部隊となれば。

「助けてくれないか?」
「「あっ、はい」」

 彼女は自身の救助と、もう一つの要件をドラゴンキラー2人に頼むしかなかった。



「揃ったようね。では、これより作戦概要の説明をするわ」

 アラビア半島側のペルシャ湾沿岸を縁取るように伸びる、人工林技術による単一針葉樹によって構成される防風林『緑色の万里の長城』によって護られたベースゾーン。
 ある種軍港のようにも見えるその場所の広くはない状況説明室には5名の人員がいた。

 余程緊急の事態なのか、それともアラビア半島らしい暑さか、汗を垂らしつつもパキッとした士官服を着こなすフローレイティア=カピストラーノ少佐。
 第三七部隊所属オブジェクトであり、現在出撃準備を完了しているベイビーマグナムのエリートであるミリンダ=ブランティーニ。
 メディアではドラゴンキラーと持て囃されるも、よく馬鹿2人と纏められるクウェンサー=バーボタージュ派遣留学生とヘイヴィア=ウィンチェル上等兵。
 場違いな『情報同盟』の士官服を纏い、先ほどまで愉快なマリオネットになっていたリリーナ=マルティネス中佐。

 『正統王国』の少佐も『情報同盟』の中佐もどちらも豊満な胸部装甲を有しており、4つの丘によって部屋が少し狭く感じられるなと馬鹿2人が以心伝心している中、特殊な任務だからと呼ばれたミリンダは静かに自身を見直して、ちょっとしょんぼりした。

「目標はヒートヘ「シムーン389だ」イズ......」

 説明に割り込む形で隣の『情報同盟』の金髪碧眼のリリーナが硬質な声を発する。
 銀髪紫瞳のフローレイティアも少年兵として戦ってきた歴戦の女性将校だが、それに勝るとも劣らない風格を兼ね備えている。
 まさか数十分前まで愉快な1人SMマリオネットになっていたとは思えないほどだ。

「(スゲェぞクウェンサー、あの巨乳、爆乳相手に一歩も引いてねぇ)」
「(あぁ、希望の星だな全くもって素晴しい巨乳だ、しかしだなヘイヴィア、捕虜に等しい身でフローレイティアさんに引かないっていうのはそれはそれでヤバくないか)」
「(だから良いんだろうがよ分かってないなぁ)」
「(ハートの硬さも胸のカップも同じってか)」
「聞こえてるぞ馬鹿共」

 さっそく集中力が煩悩に傾きつつあった2人を諫めて、フローレイティアはホログラムを起動して、目標とされるオブジェクトの立体図を映し出す。
 見た目は典型的な第一世代のオブジェクトそのものだ。水陸両用可能なエアクッション式推進装置。ベイビーマグナムのように球体の体で四門の大口径のプラズマキャノンを背負い、全身に各種砲が埋もれている中でも、そこそこなサイズのレールガンが十門を持つ。

 『正統王国』が呼称するにヒートヘイズ。
 『情報同盟』の正式名称はシムーン389。

 頻繁に砂嵐が発生し、寒暖差や気圧の変化の激しいアラビア半島の砂漠地帯において、蜃気楼と共に、エアクッションによる砂嵐を引き連れて現われる時代遅れの第一世代。

「本来であれば、ベイビーマグナムで小競り合い程度に砲撃して、後は適当に流れで撤退する予定だったのだけれど、話が変わったの」
「シムーン389が暴走した」
「暴走?」

 オブジェクトの暴走として考えられるのは、エリートの異常と搭載されている補助コンピューターの異常の二つ。オブジェクトが地表を支配する巨人であろうとも、人が乗って操作する機械には変わりはない。だからこそ、エリートが離反や異常を起こせば、当然オブジェクトは自陣営に牙を剥く。
 だからこそ、エリートは頻繁にメンテナンスをしている訳だし、搭乗空間も快適に、専用の大隊まで与えて、身辺警護からメンタルカウンセリングまで対応している訳だ。

「もしかして離反とか? 家出なんて可愛いものじゃないですけど」
「エリートの離反はないとこちらが断言しよう。こちらからの通信に応答する様子を見せてすらいた。よって原因は恐らくシムーン389に搭載されている戦略AIの暴走だ」
「でも、そんなことあり得るんです? バグやエラーの空回りなら停止するんじゃ」
「厄介なことに停止せずに稼働している。シムーン389は搭乗エリートの指示を無視、こちらの大隊作戦域から離脱。競合区域を突破し、真っ直ぐにペルシャ湾に向かっている」

 頻繁に口を挟んでくるリリーナに、ほんの僅か、長く一緒に行動し、踏まれ投げられしている馬鹿2人がようやく気付くぐらいに不機嫌になりつつ、ホログラム映像を切り替える。
 ステンドグラスのような勢力図を持つアラビア半島が映し出され、ヒートヘイズの移動経路が表示される。『情報同盟』側の領土、旧オマーン南部から『緑色の万里の長城』に添うように移動していることが分かる。

「うちの部門が予測したヒートヘイズの目標は、巨大石油関連施設複合人工島『オイルランド』ね。四つの勢力のお偉いさんの懐を潤している黒水の宝石箱。ペルシャ湾汚染の根源であり、アラビア半島が小さな戦争と奇妙な停戦を繰り返している元凶でもあるわね」
「つまり、それがヒートヘイズにやられれば」
「アラビア半島全体、というよりも、ペルシャ湾周辺かしら。四大勢力の限界まで膨れ上がった戦力を押さえつけていた蓋が外されて、オブジェクト同士どころか、歩兵や戦車に戦闘機まで巻き込んだ、局所的な世界大戦に発展するでしょうね」
「「うわぁ......」」

 珍しくお偉い様が気を利かせて休暇に等しい楽な任地に放り出してくれたと思ったらこれだ。
 いるかもしれない神様とやらは、やはりドラゴンキラーお二人を嫌っているらしい。
 幸運の女神様はとんだ邪神だとクウェンサーは静かに心の中で中指を立てた。
 少ない休暇のランチタイムを邪魔されたからには、この程度の抗議は許されるだろう。
 そうクウェンサーは自分の中で判断して、捕虜か客人かすらも定かではない立場のリリーナ中佐に向けて口を開く。

「あのー、そういえばなんで、情報戦電子戦のプロフェッショナルの『情報同盟』のリリーナ中佐はオブジェクトの暴走を止められなかったんです?」

 一番聞かれたくないことを聞かれたと、リリーナ中佐は端正な顔を若干曇らせる。

「認めたくないことだが、オブジェクトの乗っ取りだろう、そうとしか考えられん」
「『情報同盟』のご自慢の防壁が破られたってことか?」

 曇り顔から苦虫を噛み潰したような顔に移行するが、あくまで表情だけだ。決して荒ぶることはなく、声だけは極めて冷静そのもので彼女は答える。

「おそらく犯人は『信心組織』だ。ハウザー101との戦闘後に暴走していることから、そうとしか考えられんが、まずはシムーン389を押さえつけるのが先だ」

 通常、オブジェクトに対する電子戦に応えるため、どの陣営も偏執的なまでのファイアーウォールを構築しているはずだ。その最先端を行くのは情報戦をそのまま名前に冠する『情報同盟』であり、他にも『正統王国』や『資本企業』、挙句の果てにメディア参入が最も遅れている『信心組織』ですらも『情報同盟』の電子戦を跳ね返すほどの防御はある。

 その『情報同盟』が『信心組織』に寝首を掻かれたとは俄に信じがたい。
 けれど、ホログラム上のヒートヘイズの位置はオブジェクトの基準の爆速で今でも移動していることが、その事実の証明だろう。

 確かに『信心組織』がアラビア半島に求めるのは各種宗教の聖地だ。アラビア半島期限のイスラーム宗教の聖地はペルシャ湾ではなく、反対側の紅海付近に位置している上、三種宗教の聖地はアラビア半島の根元に存在する。
 ペルシャ湾の『オイルランド』利権を放棄して、そちら側をとるのは金が全ての『資本企業』ではあり得ないが、思想が全ての『信心組織』からすればあり得る話だ。

「おおよその事情が分かったところで続きよ。作戦目標はシムーン389の足止め、そして搭乗エリートの救出」
「これまた無理難題を。ただでさえ、オブジェクトぶっ壊せって命令でも死に物狂いなのに挙句の果てに生け捕りですか? 殺すのと捕まえるのとで難易度が桁違いなのは知っているでしょうに。それがオブジェクトってのなら尚更」
「ええ、勿論。だからこそ、お前達を呼び出したのよ」

 フローレイティアがホログラム装置をトンッと叩くと、三次元ホログラムマップが表示される。場所はオマーン湾沿岸、ペルシャ湾と直接繋がっている海域だ。
 砂と岩の沿岸部と砂塵吹き荒れるアラビア砂漠を区切るように『緑色の万里の長城』が伸びる地形が今作戦の戦場となる。

「ヒートヘイズ予測移動経路上のポイント191にて待ち伏せ。ベイビーマグナムには防風林に構えて貰って、ヒートヘイズが射程圏に入ったら主砲と足回りを撃ち抜いて頂戴。優先順位は主砲が上。ベイビーマグナムが出来るだけ被弾しないように行動してね。その後、副砲を用いてヒートヘイズの10門のレールガンを剥ぎ取る。特殊なプラズマ弾頭を積んでいるらしいから十分に注意して。あくまで目的はヒートヘイズの無力化よ。」
「りょうかい」

 第一世代を駆り、歴戦のエリートの一角であるミリンダならば、同じ第一世代のヒートヘイズ、しかもエリートの指示を無視して暴走する戦略AI程度容易く仕留められるだろう。
 無力化というのはかなり希少な任務だが、今までになかった訳ではない。
 十分に実現可能な範囲内だ。

「そして、ヒートヘイズの武装が剥ぎ取られたことを確認後。お前達は戦闘車に乗ってヒートヘイズに取り付いて、脱出ハッチから逆侵入して、エリートを救出して。ヒートヘイズの設計や位置については『情報同盟』の道案内がいるから」
「わぁ、作戦がある分、いつもより優しく感じるー」
「どうしたんです? 普段よりもちょっと元気なさそうですけど」

 愛用の煙管を軽く手で弄んで、フローレイティアはため息をついた。

「今回の任務。下手すればペルシャ湾近辺でドンパチが起こるってのもあるけど、『オイルランド』の四大勢力のお偉いさん共の声に加えて、軍の上層部の積極的な意向もあるのよ」
「それまたなんで」
「あの『情報同盟』のオブジェクトが乗っ取られたのよ? オブジェクトを主力とするクリーンな戦争の前提が崩れかねないってことで、一瞬で現地の『戦争国』の指導者達、『正統王国』と『情報同盟』の二陣営が手を結んだの」
「オブジェクトの移動経路から推定するに、暴走してからそんなに時間も経ってないはずだし、さすがは『戦争国』オンリーのアラビアってとこか。『安全国』みたいな無駄な会議がないのは助かるぜ」
「北欧禁猟区に次ぐ魔境って噂は本当ってことだな」
「後は、この任務の成功報酬が莫大ってことかしら」
「報酬って?」

 フローレイティアはホログラム装置を指先で叩いて、陣営別地図表示に戻す。

「報酬は『情報同盟』側、『戦争国』一国そのもの。アラビア半島南東部の競合区域丸ごとよ。つまり『情報同盟』はそのぐらい用意してるってこと」
「一国差し出すとかマジかよ『情報同盟』、その『戦争国』は同意してんだろうな。今日からうちの国ですよーって行って、ふざけんな俺たちは『情報同盟』だ、お前らぶっ殺してやるーとか洒落になりませんよ」
「報酬の提示をしてきたのは、そこにいるヒートヘイズの士官と、『戦争国』そのものよ」

 えっ、と二人がドン引きという感情を豊富に含んだ目をリリーナ中佐に向けるが、打って変わった毅然とした態度で逆に二人を冷たい碧眼で見据えた。

「当然の報酬だとこちらは考えている。我らは『情報同盟』。情報の真偽こそを最も重んじる国家だ。オブジェクトハッキングを許すわけにはいかないのでな」
「うっわ、マジだよこの目。『信心組織』の信者だってマシな目してるぜ」
「え、じゃあ何? 俺たちの結果次第で、国家を獲得できるかもしれないってコト!?」
「そういうことだ。失敗すれば、『正統王国』上層部というよりも、『情報同盟』に腹いせの暗殺部隊でも向けられそうなぐらいには重要だな」
「なんでそういう任務ばっかくるんだよーーー!!!」

 馬鹿二人、どっちかというと”国家”に深く関わる階級である貴族のヘイヴィアの方が若干胃を痛めていそうな中でも着々と作戦は詰められていく。

「それで、聞いているのかお前達。これが今回の救助対象のエリートだ」
「せめて、まだ見ぬエリートちゃんが美人でありますようにって、おお!」
「シャルル=アームストロング。シムーン389のエリートだ」

 端的に言おう、写真だけでも分かるほどの絶世の美少女だった。
 触れれば折れてしまいそうなほど華奢な四肢、肩甲骨の辺りまで伸びたシルクのような質感の金髪とキメ細やかな白い肌。翠色のくりくりとした丸い瞳が顔をより可愛らしいものにしている。エリート特有のぴっちりとした専用服によって露出は少ないが、それ故に内部の想像をしてしまい、男女問わずに劣情を催す魔性の体躯。
 リリーナ中佐を美人画とするなら、シャルルは天使だろう。全く異なるKAWAII系であり、『島国』のMOE文化の結晶にも思える金髪翠瞳の美少女だった。

「この子がシャルたn......シャルル=アームストロング、14歳だ」
「メッチャ美少女! すっげぇ美少女! 胸ないのが残念だけど、普通14歳ならそんなもんだよな! 将来に期待が持てる!」
「おぉ、丁度お姫様とタメじゃんか、よかったな」
「そうなんだ」

 いつもなら、無垢で嫉妬深いお姫様がクウェンサーに何かしらのアクションをしてそうなものだが、大人しいことにヘイヴィアは若干の違和感を覚えた。
 しかし、幾ら何でもただの救助対象に、しかも写真だけの”女の子”に嫉妬することもないかと勝手に納得して、違和感を脳内シュレッダーにかけて片付ける。

「そちら、ドラゴンキラーのお二方」

 勝手に興奮する馬鹿二人にリリーナ中佐が声をかける。
 銀髪紫瞳爆乳美女の上司と対照的な金髪碧眼巨乳美女の客人だ。
 勿論、しっかりと煩悩を含んだ視線を向ける二人に対して、リリーナ中佐は真剣そのものだった。

「これは我々『情報同盟』の不甲斐なさから生まれた問題だ。だからこそ、オブジェクトを生身で屠ったお二方にしか頼めない依頼だ」

 深々と礼をした。それはもう腰からの綺麗なもので。
 フローレイティアが煙管を手の中で回して、ミリンダが少し動揺したように首を向けた。

「頼む。私たちのエリートを救出してくれ」

「おう、出番だってよヒーロー。二人しかいない騎兵隊にオーダーだ」
「囚われのお姫様を救う王子様ってか、柄じゃないけど、しっかりきっかり助けるよ」

「ありがとう。感謝する」



「そういえばさ、ヒートヘイズが暴走してから何時間経ったの?」
「シムーン389が制御不能になったのは二時間半前、両者の『戦争国』や上層部との話が付いたのが一時間半前、そちらの指揮官に連絡が行ったのが一時間前だ」
「ヒートヘイズのベースゾーンってここから数百キロあるはずだよね? 早くない?」
「そちらも見ていただろう。ジェット偵察機を使った、約3億ドルの片道切符だ」
「うわぁ」



「なぁ、リリーナさんよぉ」
「どうした、ウィンチェル上等兵」

 バーベキューで日傘代わりにしていたため知っていたが、この『緑色の万里の長城』とやらは”防風林”という目的を果たすためだけに存在するものだとしみじみと実感できる。
 巨大な針葉樹に囲まれた場所、ポイント191にてベイビーマグナムが鎮座し、狙撃体制を取り、件のオブジェクトに直接乗り込み、エリートを回収するドラゴンキラーと担当指揮官は砂漠地帯用にチューニングされた改造ジープ(四人乗り)で待機していた。

 じっとりと汗をかく、暑い砂漠の昼、運転席にリリーナ中佐、助手席にもう1人分の荷物を持ったクウェンサー、後部席には銃器等で武装したヘイヴィアがいる。
 3人の騎兵隊は、オブジェクト整備区域で活動する際に用いられる耐熱服を纏い、尚且つ上から体の広範囲を覆う帽子やスカーフ、マント等のアラビアの現住民族のような格好をしている。砂漠地帯では一般的な、砂の侵入を少なくするための一枚布の体を広く覆う形状の衣装だ。

 一見すれば、四大勢力に抵抗する現地のテロリストに見えなくもない。
 現在では、各宗教の過激派は全て『信心組織』に包括され、大人しくなったが、土地に由来する郷土愛で抵抗するテロリストもアラブ世界には多いという。

「なんで俺らこんな格好しなくちゃいけないんですかー、暑くて丸焼けになりますよこれ」
「こちらもただの気候現象でそちらを失うわけにはいかないからな」
「ここが熱帯ではないことに感謝する方が先だと思うなー、ヘイヴィア。あっちだと湿気やばくて汗もかけないらしいよ」
「だからって今の暑さがマシになる訳じゃないのよ。お前は余所と比較してくるお母さんか何かか」

 巨大樹の森に潜む小人達は改造ジープの中で息を潜める。
 クウェンサーは渡されたデジタル双眼鏡と端末を相互に睨めっこしながら、ヒートヘイズの過去の移動経路からルートを予測し、視界に入るであろう砂色の地平線を睨む。

「不味いですよ。リリーナさん」
「どうした」
「砂嵐です。それも結構な規模の」

 地平線の向こうから現われたのは膨れ上がったように渦巻く砂嵐の塊。
 アラビア半島に派遣される際に勿論調べてはいたが、『緑色の万里の長城』に守られていたため、実際に目の当たりにするのはこれが始めてだ。

 それはまさしく、砂の壁。

 地平線の向こうから迫り来る高さ100メートル以上の濃い砂嵐。

 砂嵐は稀に湿っているものも存在するが、このアラビア半島でそんなものは期待できない。太陽光直射でじっくりと加熱された砂が高速で渦を巻き、吹き上がった砂塵が僅かしかない空中の水分を奪って、貯め込んだ熱をまき散らす。
 デジタル双眼鏡を赤外線カメラに変更すると、真っ赤な壁が映し出されていた。

「うわぁ、どうしますか。これではヒートヘイズの視認も何も」
「いや、あれがシムーン389だ」
「は? あの砂嵐がってことか?」
「ブリーフィングで言った通り、シムーン389は砂嵐と共に活動する第一世代のオブジェクトだ。名前の由来のシムーンも砂嵐の一種だ。直訳すると、そうだな、”毒の嵐”と言ったところか」



【ヒートヘイズ/HEAT HAZE】
  全長…80m
最高速度…530㎞/h
  装甲…2㎝厚×500層
  用途…天候利用攪乱兵器
  分類…水陸両用第一世代
 運用者…『情報同盟』軍
  仕様…エアクッション
  主砲…大出力プラズマキャノン×4
  副砲…電磁加速式特殊弾頭拡散砲×10など
コードネーム…ヒートヘイズ
       (陽炎を利用した装甲から)
       『情報同盟』軍正式にはシムーン389
メインカラーリング…灰



「シムーン389、分類上はそちらのオブジェクトと同じ第一世代だが、何度もアップデートを繰り返し、アラビア戦域でも現役の古参兵だ。きちんと第二世代について行けるように内部はテセウスの船の如く原形を残していない」
「それって、つまり第一世代の皮被った第二世代ってことじゃねーか!」
「そうだな」

 クウェンサーはブリーフィングで得た情報と、隣の巨乳から渡されたオブジェクト概要を何とか暑さでゆだる脳から引き出す。

「エアクッションってのは要はホバークラフトだ。オブジェクトの巨体を支えるために、圧縮した空気をリフトファンで噴出して機体を浮かせている。しかも奴は対人防御用の送風タービンまで搭載している。それを砂漠でぶちまけて、人工的な砂嵐を発生させる。自分中心に高熱の砂嵐が出来上がるんだから、人の乗った兵器はまず近づけない。うちの整備の婆さんがふざけて『砂遁の衣』とか言ってたっけか」
「それをシャルたn......こちらのエリートに言わないでくれよ、拗ねるからな」
「お、おう。でだ、発生させた砂嵐は高い熱を持っていて、ヒートヘイズ自体も砂漠限定だが、陽炎や蜃気楼を人為的に発生させる装置を積んでる。外気と砂嵐、そして特殊装甲のおかげで通常の標準情報、レーザーなんかはほぼ意味をなさない」
「おいおいおい、狙撃から入るって話だろう? オブジェクトにすっぽり収まってるお姫様は大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ。お姫様なら行ける」

 クウェンサーのその声に応えるように、巨大な防風林にどっしりと構えたベイビーマグナムに搭載されている7門の回転アームに搭載されたレールガンが吠えた。
 同時に放たれた砲弾は、空気と砂の分厚い壁を引きちぎって、砂嵐に風穴を開ける。

 ドゴォッンと確かに砲弾が金属質な何かに直撃した音が響き、クウェンサーがデジタル双眼鏡で砂の壁を確認する。
 先ほどまでの地平線上から迫り来る砂の壁が無残なまでに引き裂かれていた。

「直撃確認。4門破壊。さっすがお姫様だな」
「全て当てるとは、時代遅れの第一世代のオブジェクトで第二世代と渡り合うエリートと聞いていたが、噂は本当だったか」
「暴走するAI如き、俺らのお姫様の敵じゃないってな!」

 砂嵐を破かれ、空気に曝かれた灰色のオブジェクトは、背負う主砲を全て砕かれていた。
 ヒートヘイズはベイビーマグナムと同じようにアームによって各々が独立して可動する大出力プラズマキャノンが、砲身にレールガンの砲丸が衝突して、破壊されている。
 他にもタマネギ装甲に二発、足回りに一発。

 ベイビーマグナムは一瞬にして、ヒートヘイズを中破まで追い込んだ。



「ヒートヘイズ、全主砲破損。駆動に直撃一発。さすがの腕ね」
「そうでもない」

 ふふん、と上機嫌になりつつも、主砲を失い、足周りに深刻なダメージを受けたビーアブレイズからお姫様が目を離すことはない。ベイビーマグナムは防風林の中からいつでも動けるように駆動を温めつつ、主砲のレールガン7門の砲口はヒートヘイズに向いている。
 ヒートヘイズはベイビーマグナムと同じ時代遅れの第一世代。
 しかし、戦線と国境線が液状化したように流動する『戦争国』塗れのアラビア戦域において、最初期から君臨し続け、事実上の第二世代とも言える砂嵐の能力を手に入れた。

 犬猫の爪で無残に引き裂かれたカーテンのように、砂嵐に断裂が入り、素顔が乾いた大気に曝露されたが、徐々に砂嵐によって灰色のオブジェクトの巨体が隠されつつある。

 しかし、問題はない。

 分厚い砂の壁に再び隠れようともベイビーマグナムの主砲から逃れることはできない。

 お姫様はもうヒートヘイズの座標を把握しているし、ヒートヘイズも足周りにベイビーマグナムの主砲が直撃し、滅茶苦茶な気流を吐き出している。

(あとはクウェンサーたちがあんぜんに入れるようにふくほうをけずればいい)

 主砲だけでなく、クリーンな戦争以前の戦争を想定している第一世代に搭載されている対通常兵器用の無数の武装がヒートヘイズに向く。

『わたしは『じょうほうどうめい』ぐんしょぞくオブジェクト、シムーン389だ。『せいとうおうこく』ぐんしょぞくのオブジェクトへ。ぼうそうを止めてくれたことをかんしゃする』
「......かんしゃはありがたくうけとる。あっ、そうだ。これからベイビーマグナムのふくほうによるこうげきで、そっちのふくほうをはぐから、しょうげきに気をつけて」
『なさけはむようだ。『せいとうおうこく』のほこりたかききしよ』
「?」

 お姫様はコテンと首を傾げるのと同時にオープン通信から”彼”の声が伝わってくる。

『自らのきばすらあつかえず、ぼうそうさせてしまったあげく、てきこくにたすけられるなどという生きはじをさらしてしまっては、『しっぷうのきし団』のなかまたちに申しわけが立たない。くっ、ころせ......』

 何もしなければ、10人のうち10人が女性と判断するような可憐なる美声は、まるで泣くのを我慢する子供のように微かに震えていた。
 死ぬのが怖いという当たり前の感情で、それでも自らの命を差し出して。

「もうしわけないけど」
『どうした、アラビアの『しっぷうのきし』のくびだぞ』

 お姫様がそこで思い出したのは、約3億ドルのジェット機を当然のように使い捨ての片道切符にしてやってきたリリーナ中佐。自らの体の一部である国家であり、かつ混沌渦巻くアラビア戦域の『戦争国』1つを丸ごと差しだそうとしてきた『情報同盟』軍。

 狙いは他にもあるのだろうけど、リリーナ中佐以下情報同盟軍の姿勢は、お姫様に、第一世代のエリート1人を救い出すために、戦争をしている敵国相手に出せるものを全て差しだそうとしているように見えた。

 だから、勝手に悲壮感を持って貰っては困る。

「あなたのなかまからたのまれたんだからあきらめんな、いつか万全のじょうたいで正面から叩きつぶしてあげる」
『......!』

 それ以降、ヒートヘイズのエリートがこちらに話しかけてくる気配はないが、未だに通信自体は繋がっている。さすがに映像は戦略AIによって規制されているのか、音声のみの通信に限られていたが、コンソールを叩く音をエリートとして調整されたお姫様の耳は拾っている。

 どうやら、内部から暴走の要因を探る方向にシフトしてくれたらしい。

(人をたすけるには、まずはその人にたすけられるっていうきぼうをもたせなきゃいけない。こっきょうけいびがひまだったからよんだけど、これでクウェンサーの役に立てたかな)

 その時だった。

『――ガァッ!?』

 ヒートヘイズが吠えた。

 正確には破損したはずの足周りのエアクッション式推進システムと人為的な砂嵐を発生させるための送風タービンが、圧縮された莫大な量の空気を吐き出す音だ。
 空気が震える。ヒートヘイズを中心とする砂漠が丸ごと空中に押し上げられ、濃厚かつ分厚い砂嵐の城壁を築き上げる。絶対的な防風林であるはずの『緑色の万里の長城』が一瞬にして砂色に染まる。小人である改造ジープは勿論のこと、巨大なオブジェクトであるベイビーマグナムすらも砂の壁に呑み込まれる。
 突風、豪風、大嵐。数十トン、数百トンの熱せられた砂が高速で渦を巻き、シムーンの名を冠する通り、60℃を越える熱風の巨大な暴風と化す。

 輝く日光が散乱され、砂嵐が真っ赤に染まる。
 赤色の砂嵐の塊に、轟音と共に一閃が走る。

 未だ砂嵐の中心はヒートヘイズ。

 顕現した真紅の砂嵐は、ついに、雷鳴を轟かせた。



「うっひぃ! 視界が真っ暗な癖して真っ赤っかなんだけどぉ!? 何これ俺地獄来ちゃった!? 清く正しく生きてきた俺が地獄に落ちる謂われないんだけどぉ!?」
「心辺りしかないだろ!?」
「少なくとも女性関係じゃ、テメェより無いわ!」

 突如として発生したヒートヘイズを中心とした局所的な大砂嵐。
 ヒートヘイズ自身どころか、ベイビーマグナム、挙げ句に『緑色の万里の長城』まで呑み込むほどの濃厚な砂塵が巻き上がれば、当然防風林の中に隠れていた改造ジープに乗った3人組なぞ、嵐に巻き込まれた船の如く、勢いよく暴風と砂塵が叩きつけられる。

「やはり準備は入念にしておいて良かったな。防塵マスクと砂漠衣装、念の為にオブジェクト整備用の耐熱服までもそちらのベースゾーンから引っ張り出したが」
「リリーナさんありがとー!」
「やっぱ備えあれば嬉しいなって奴だな!」
「備えあれば憂い無しだよヘイヴィア」
「そだっけ?」

 砂嵐に遭遇した際にはどうすればいいか。
 基本的には砂を吸い込んで気道や肺を傷つけ、健康被害を受けないために顔を布などのもので覆ったり、砂塵濃度が高い場合は窒息を防ぐためにうつぶせになったりするなどの方法がある。

 クウェンサー達は砂漠で活動する軍隊であるため、砂嵐内でも活動可能にするための砂塵マスクなるものが開発されており、被ることで顔を守り、高熱の嵐の中では耐熱服によって、叩きつける砂塵には伝統的な砂漠の布装束を纏うことで防いでいる。

 紫電が駆け巡る雷鳴と砂嵐が暴れ狂う轟音の中でさらに音の種類が追加される。

 ヒートヘイズの破損したはずのエアクッションが、砂嵐を発生させるために備え付けられた送風タービンおも利用して無理矢理に立ち上がる。元々騒音を齎すホバークラフト技術の系列のものだ。数十トンのオブジェクトならば、地鳴りの如くの響きになる。

 アラビア砂漠の最古参兵。情報同盟の古馬。砂塵の王。
 ヒートヘイズが嘶きとも取れる咆吼を上げ、本来の超スピードで駆動する。

「不味いな。そちら2人、しっかり掴んでおけ!」
「えっちょ、マッ!」

 何も見えない、時折紫電の光が瞬く、真紅の暗闇の中でリリーナ中佐は躊躇なく改造ジープのアクセルを思いっきり踏んでその場から移動する。
 待機していた場所は防風林の役割を果たすために鬱蒼と高木の茂る『緑色の万里の長城』の内部だ。ただでさえ、車両を運用するに向かない場所であるのに、圧倒的視界不良の中でも強引にして軽快な動きで改造ジープは進む。

 あまりに強引すぎて、クウェンサーは捕まっているのに精一杯で、ヘイヴィアはすっかり後部座席で砂塵のサンドバックになっている。
 数分とも思える数秒の後、先ほどまで待機していた場所をヒートヘイズが通り過ぎていき、オブジェクトの巨体が無理矢理に突っ切ったせいで、高木ごとなぎ倒されていく。

「ヒェッ、今背後からエアクッションの熱風が来たよ、マジかよ。あいつ砂嵐を維持するための送風能力が足りないからって、上昇気流のために動力炉の排熱まで利用してやがる。本当は中のエリートは生きてるんじゃないだろうな?」
「その心配は無用だ。先ほどそちらのエリートからの通信でこちらのエリートの無事は確認した。しかし、エリートを無視した動きをしているせいで現在意識を失っている状態だ」
「エリートなしであの動きってマジ? 『情報同盟』の戦略用AIの厄介さは知っていたけどあそこまでだったか?」
「シムーン389はアラビアの古参兵だ。中のエリートは何度か世代交代したが、戦略AIは当初から移設されていない。そうだな、最低でもそちら2人を合わせた年齢はあるはずだ」
「うっわ、最低でも35年物のオブジェクト制御AIとか関わりたくねぇ」
「故に厄介だ。エリートなしで動きまわる今、シムーン389は、騎手をなくしただけで、地元を知り尽くした歴戦の駿馬だぞ」

 カッッ!と、高濃度砂嵐の中で発生する紫電以外の光。レールガンやコイルガンの閃光が走るが、サーモもビームもレーザーも一切通用しない”シムーン”の中だ。
 鋼の巨獣が咆吼する音が何度も聞こえるも、お互いに沈黙する様子はない。
 お姫様もこの真紅の暗闇の中、標準が通用しない砂嵐での戦闘は人生初のはず。
 無数の砲弾砲撃が砂嵐の中を往来し、大気ごと吹き飛ばすことが稀にあれど、一瞬で砂塵が流れ込んで、再び膨れ上がり、真っ赤な暗闇が維持し続けられる。

 エリートの有無の点においてベイビーマグナムは圧倒的有利だ。
 しかし、35年物のアラビア戦域の王者の経験的にはヒートヘイズが勝つ可能性も十分にある。

 性能でエリートが、経験でAIが勝る奇妙な拮抗状態が形成されていた。

「とは言え、ヒートヘイズは既に主砲を失って、足周りを無理してる状態だ。お姫様だってこの戦場に不慣れなだけで装備は万全」
「つまり俺らはここでどっしりと待ってればいいと、にしてもよく見えるな。俺はデジタル双眼鏡使っても何にも見えないんだが」
「大丈夫、俺も何も見えない」
「エスパーかよ」

 ヘイヴィアがクウェンサーに呆れたような声をかけた時だった。
 ガコンッと大袈裟な音が暴風内部に響き、ヒートヘイズから大量の弾丸が吐き出される。
 ベイビーマグナムを取り囲むように縦横無尽に疾駆しながら、ボロボロボロボロと10門の特殊な構造のレールガンの砲口ではない、別の箇所から放たれる前の弾頭が地面に落ちていく。

「音から察することしか出来ないんですけど、リリーナさん。もしかしてあれって弾頭捨ててます?」
「だな。シムーン389には緊急排莢機能がある。機体内部に貯蔵されている弾頭を吐き出すことによって身軽になるための最終手段だ。しかし、なぜだ? 主砲の弾頭を捨てて身軽になるのは分かる。だが、なぜ、まだ使用可能な副砲のレールガンの弾頭を捨てる?」

 リリーナがなぜと唸り、ヘイヴィアが見えない中でも色々試しながらオブジェクトを正確に視認できないか、悪戦苦闘している中、クウェンサーの中で1つの仮定が浮かんだ。
 出来たら、間違っていて欲しい類いの。

「リリーナさん。副砲の拡散レールガンの弾頭の種類って何ですか?」
「? あぁ、対オブジェクト用の特殊弾頭だ。具体的には着弾したオニオン装甲、プリント基板式送電装置に流れる電流を逆流させてオブジェクト自体に誤作動や不具合を誘発させるためのものだが」

 ばらまかれたのはオブジェクトという特大の巨獣の電流に干渉する特殊弾頭。
 今現在戦場となっている真紅に染まった、紫電駆け巡る濃厚な砂塵による大嵐。
 動力炉の大規模な排熱によって、砂塵の高温化とエアクッションの補助している。
 お姫様によって使い物にならなくなった主砲は、大出力プラズマキャノン。

 そして、ヒートヘイズを現在操作しているのは、生きている若いエリートではなく、35年以上データを重ね続けたアラビア戦域の古参兵の”人工知能”。

 最悪のピースがカチリとハマった。

 クウェンサーはすぐさま隣のリリーナ中佐の方を向いて、

「リリーナさん! 今すぐに弾頭が排筴された範囲の外に出てください! 今すぐ!」
「ぉお、分かった!」

 硬派な態度が基本で、エリートに何か通常ではない感情を向けているところもあるが、思ったよりも押しに弱いのかもしれない。
 そんなことを思考しながら現実逃避をするクウェンサーに反して、障害物を物ともせずに地面を蹴るジープの後部座席で、視界最悪の砂嵐の中にヘイヴィアは見た。

「おいおいおい、こりゃ不味いんじゃねーの?」

 巨大な青いプラズマがヒートヘイズの主砲と足元から炸裂し、閃光が駆け巡る。
 砂嵐の中を縦横無尽に駆動し、自然発生した紫電を巻き込み、広域に展開する。
 やがて、ばらまかれた無数の排筴された特殊弾頭がプラズマによって誘爆。

 オブジェクトを仕留めるための特殊弾頭、包みこむ高熱にして巨大な砂嵐。
 ヒートヘイズから炸裂した大出力のプラズマが、自身とベイビーマグナムの二機のオブジェクトを捉えた。

 それはさながらプラズマフィールド。
 オブジェクトという巨獣すらも捕獲する、致死の牢獄だった。



「お姫様! 無事か!?」
『ちょっと、ん。しびれるけど、いのちにべつじょうはない。あっちのエリートも生きてるみたい。気を失って、でんりゅうでピクピクしてる』
「何か一瞬見えちゃ行けないものが見えそうな気がした」
「うっ。不味いな、後少しで愛情が鼻から出るところだった」
「リリーナさん?」

 奇妙な、どちらかと言えば関わりたくないタイプの雰囲気が隣のリリーナから溢れ出るもクウェンサーは持ち前の鈍感さと自己暗示の合わせ技でそれを意識の外に放り投げる。
 まず今、クウェンサー達が取りかからなければならないのは目の前で展開されているプラズマフィールドの撤去だ。高温の砂嵐の中で、白色と灰色のオブジェクトを捉えた青い雷の牢獄のおかげでお姫様も救助対象の”姫騎士”様も動くことができない状態だ。

『こっちはぶじだけど、ベイビーマグナムがうごかない。たぶん、プラズマにそうこうのプリントきばんがやられてる。でも、ちゅうすうがこわれたわけじゃない。ヒートヘイズがばらまいただんとうのせいで止まってるだけ。プラズマフィールドから出られれば何とかなる』

 プリント基板式送電装置。名前の通り、鋼板に回路を設けることでオブジェクトの操作と電力供給を行うものだが、先ほどヒートヘイズが緊急排筴した特殊弾頭と砂嵐の中にまき散らされた大出力のプラズマのおかげでオブジェクトがエリートの操作を受け付けなくなっている。
 しかし、不幸か幸運か、プラズマフィールドを作り出したヒートヘイズでさえも青い稲妻の牢獄に囚われているため、現状は睨み合いの状態だ。

「おいおい、どうすんだよ。プラズマフィールドを撤去しないと、お姫様動けないぜ?」
「うん。幸いプラズマフィールドの範囲はそこまで広くない。ヒートヘイズが展開前に特殊弾頭を排筴していたことを見るに、プラズマフィールドの動力源はそのままヒートヘイズの動力炉と主砲だけど、端末になってプラズマを繋げているのは特殊弾頭だ。だからなんとか突入して弾頭を撤去すれば」
「テメェ馬鹿じゃねーの!? プラズマフィールドはオブジェクトすら動けなくする代物だぞ!? あんなかに俺達がのこのこ入ったら、真っ黒焦げにされちまう!」
「すまない。こちらは砂嵐と高温は予想していたが、プラズマによる特殊環境は想定していない。絶縁体などによる特殊防護服は準備していなかった」
「予測できる方がどうかしてると思うね、俺は」

 一言で言うと、手詰まりだった。
 ヒートヘイズに搭載されている主砲は、オブジェクトのタマネギ装甲すら打ち破る大出力プラズマキャノン。そして、ただでさえ、オブジェクトの高速移動と高出力兵器を実現する動力炉を過電流によって暴走させて、足周りから放電している。

 空気とは、この世で最も優れた絶縁物質。とかいう妄言を宣った野郎が王立テクノアカデミーにいたが、結局空気中を雷は駆け巡るのだ。アラビア砂漠の乾いた空気は、雷を通す導体である湿気が極めて少ない地域ではあるが、オブジェクトの大出力によって空気の絶縁が破壊され、目も眩むような青い雷と砂嵐の温度なんて目ではない高熱が発生する。

 アラビア砂漠の乾いた空気のおかげで、特殊弾頭を媒介しなければプラズマフィールドは実現しないが、実現してしまっては身を守るものが、砂漠装束と耐熱服、防塵マスクと後その他諸々なクウェンサーではどうしようもない。

「おい、クウェンサー。俺のナイーブな杞憂を晴らして貰えると嬉しいんだが。もしかしてなんだけどさ、このプラズマがオブジェクトを貫通して、まさかお姫様と姫騎士様をやっちまうってことはないよな?」
「え、そんなまさか、あっ」

 いや、あり得る。あり得てしまう。
 先ほどお姫様は何と言っていた? “ちょっと痺れる”と口にしていた。
 それはつまりプラズマがオブジェクトのプリント基板を通って、多重防殻で守られた、か弱い人間であるエリートの体に到着しているということ。

「おいおい、マジかよ」
「言っちゃ悪いけど、エリートはオブジェクトよりも代換えの効きにくい部品だ。クローン技術が上手く発展できてない中で、オブジェクトを使い物にするには、人間っていう最低でも十数年はかかる部品が必要だ。だから、オブジェクトの制御中枢みたいな偏執的なファイアーウォールと同じように、綿密な安全保護機能が存在しているはず。それを貫かれて、お姫様が痺れを感じているってことは」
「いずれ、JPlevelMHD動力炉級のプラズマが送電装置を伝って届くかもしれない、と」
「うっわ、それまでに何とかしないと、姫騎士様の騎馬の暴走に、うちのお姫様もやられちまうってことか。おい、クウェンサー。概算でもいい。タイムリミットを教えてくれ」
「ちょっと待ってろ」

 クウェンサーはウェポンエンジニアを志願する戦地派遣留学生だ。
 第37部隊に配属され、第一世代のオブジェクトであるベイビーマグナムの設計や整備状況はしっかりと脳内に保存されている。

 オニオン装甲の厚さと数、送電装置の回路配置、動力炉の出力。

 そこから算出されるタイムリミットは

「30分、プラズマフィールドが発生してからもう9分だから、残り21分だ」
「おいおいおいおいおい、ベースゾーンに連絡しても間に合わねーぞ。ポイント191が『緑色の万里の長城』を挟んでベースゾーンまでどのぐらい距離あると思ってやがる。そこの巨乳の馬鹿みたいなアクセルべた踏みでも30分以上はかかる距離だぞ!?」
「分かってる! でも、連絡して応援を呼ばないと話には」
「無理だな」

 50℃以上の高熱の砂の嵐の轟音の中で、プラズマと紫電の雷鳴の中で、リリーナ中佐はぽつりと一言呟いたものが、2人にはやけに響いた気がした。

「砂嵐の中ではオブジェクトの標準が碌に役に立たないのだ。それにこちらの位置は特級のプラズマの直ぐ隣。こちらの小さな携帯端末の電波が中継衛星に届くとは思えん」
「なら、どうすれば」

 ただでさえ、単なる自然現象の癖して、熱射病と窒息によって大虐殺をやらかすシムーンと、暴走したオブジェクトの特攻に等しい、大出力のプラズマによる拘束。
 改造ジープに乗り込んだ、良くも悪くも人間規格の3人に、今、出来ることはない。

「だから、事前に連絡しておいたものらに頼もう」

 ゴゥッ!と空気を引き裂く音と風と共に、プラズマフィールドに砲撃が突き刺さる。
 全ての砂が舞い上がった岩盤状の大地を砕いて、突き刺さった弾頭が一瞬にして膨れ上がって破裂する。砂嵐による砂の壁、砂塵を押しやって泡沫のように何重にも衝撃波が発生し、渦巻く災害に風穴を開ける。

「うわっ!」
「オブジェクト!?」
「こちら『情報同盟』軍がお前達だけを頼りにするはずがないだろう。きちんと自分の後始末は出来るように戦力は呼んでおいた。まぁ、そちらに頼ったのはオブジェクトの速度を持ってしても、こちらがあのシムーン389に間に合うとも思えなかったからだが。こちらの足止めが功を奏したか」

 巨大な風穴と蜃気楼の先に見えるのは艶消しされた黒い塗装のオブジェクト。
 全長は目算80m、ベイビーマグナムよりもほんの僅かに大きい程度の小さい体躯。
 本体の正面から映えるのは今ではオブジェクトに滅多に搭載されることはない、巨大な滑腔砲であり、さらに電磁加速と旧来の火薬を混合したキメラ砲だ。
 主砲から副砲、足周りに球体状の本体まで不気味なまでに完全単一色で塗装された異様であるが、クウェンサー達にとっては怪物と言うよりも、絶好のヒーローに映った。

 『正統王国』が呼称するにバックアップ。
 『情報同盟』の正式名称はシャオリン999

 戦場の黒子がエアクッションによる砂埃と共に現われた。



【バックアップ/BACK UP】
  全長…80m
最高速度…580㎞/h
  装甲…1cm厚×850層+電子戦闘用電波不逆流通行システム
  用途…多目的電子戦用兵器
  分類…水陸両用第二世代
 運用者…『情報同盟』軍
  仕様…エアクッション
  主砲…特殊弾頭用滑降砲
  副砲…レールガンなど
コードネーム…バックアップ
       (主に後方支援活動を行うことから)
       『情報同盟』軍正式にはシャオリン999
メインカラーリング…黒



 『情報同盟』に所属し、主に他作戦の後方支援活動を行う裏方のオブジェクトだ。
 故にバックアップ。セーブ・ザ・ロジティクスほどの特化型ではないが、主砲の選択可能弾頭種類数の量から、実質第一世代という言葉を、戦場の兵士達に褒め言葉として投げられる唯一の第二世代だ。

『Q&A。人工いじょうのかんぜんしょうきょはむずかしいとはんだん。パッケージされたデータのりかいをかんりょう。これよりきゅうじょさくせんをじっしする。ふむ? Now Loading Now Loading』

 黒く染まったオブジェクトから聞こえるのは冷たくも、不思議と歌うような、機械のような印象を与える女性の声だ。

『Q&A。きゅうじょたいしょうに”ドラゴンキラー”たちをついか。なるほど』

 そのオブジェクトの目線、センサーがボコボコになった『緑色の万里の長城』の中にいる改造ジープにいる3人を捉えた。

『Q&A。きんぱつがじょそうへき、ちゃぱつがどえむ、おんながしょたこん。はんべつきじゅんをはあく。りょうかい。おーばー』

 轟く雷鳴の中、エリートの少女による、真剣極まりない声が響いた。



「ヘイヴィアって女装癖持ってたんだな。気にしないでやるよ」
「ふむ、やはり人の身でオブジェクトに挑むという行為には相応のストレスがかかるものらしい。ウィンチェル上等兵も気遣ってやってくれ」
「おう」
「なんで一瞬でドMとショタコンが結託してんだよ。と言うかなんで二人共あのエリートの言葉信じてるんだ? ブラフの可能性だってあるだろ!?」
「こちらは『情報同盟』だぞ? “必要のない嘘”は基本つかない」

 巨大な風穴が再び砂嵐に閉ざされていく中で、防塵マスクと砂漠装束の先にある顔は見えないが、絶対にドヤ顔かそれに類する得意顔をしているのは確定的だろう。

「にしても、今オブジェクトが一機追加されたっつってもよぉ。後方支援が主な任務のバックアップに何が出来るんだって話だ」
「いや、プラズマフィールドを形成しているのは、オブジェクト周辺に散らばってる排筴された特殊弾頭だ。それをさっきの衝撃波で吹き飛ばせばいけるんじゃないか?」
「いや、もっといい方法があるだろう」

 『正統王国』が呼称するに『バックアップ』、ステルス性を獲得するために染め上げられた黒い球体が背負う、電磁と火薬の2つの理論を採用した滑腔砲はライフリングが存在せず、特殊な機構も少ない単純なものであるため、多種多様な弾頭の選択が可能だ。
 故にプラズマフィールドを展開している特殊弾頭を排除するために、自己鍛造弾や爆発成形侵徹体を用いれば、オブジェクトのタマネギ装甲に弾かれ、地面だけを穴ぼこにし、プラズマフィールドを失わせることもできる。

『Q&A。けれど、プラズマフィールドをなくしてしまえば、シムーン389がさいきどうするかのうせいがある。せんたつにけいいは払うけど、それはそれ。これはこれ』

 シャオリン999の滑腔砲の砲口がベイビーマグナムを捉える。
 選択する弾頭は対オブジェクト狭窄弾頭、対人用では非致死性弾頭とも呼ばれるもの。
 正直、マスコミ対策として開発されたとしか思えない、非効率を極めた代物だ。

 衝撃を分散させる球体の形を取るオブジェクトを吹き飛ばすために、数百キロ単位の拘束で動くオブジェクト戦闘で、肝心な射程距離を犠牲にし、衝撃性のみを大幅に特化させた専用弾なぞ、大規模な演習以外でいったいどこにぶっ放せばいいというのか。
 正直使う機会というか、出番というものがなかったため、後方支援を主任務とするシャオリン999のそこまで多くはない弾頭保管スペースを圧迫する面倒な子。

 それに反して自己鍛造弾は使用機会が多いのだ。
 対オブジェクト以外の通常兵器や拠点攻撃で、面攻撃のできる弾頭は貴重である。
 彼女は『資本企業』ではないが、『情報同盟』も結局は同じ旧アメリカを本国とするもの同士。需要と供給の理論が兵站の基本であるのは、十分に理解している。

 需要0の不良在庫10発。さっさと使い切ってしまおう。

『Q&A。ざいこしょぶんにちょうどいい。あー、あー、そちらベイビーマグナム。こちらシャオリン999。これよりきゅうじょかつどうに入る。しょうげきに気をつけられたしー』
『え、たすけるんじゃ』
『Q&A。だいじょうぶ『じょうほうどうめい』うそつかない』

 ファイア。
 電磁加速と旧式火薬の2つの理論を混合させた、キメラの如き滑腔砲が5つに重なった十字のマズルフラッシュを輝かせる。
 演習用にも用いられる非殺傷を謳う弾頭は、陽光を錯乱し、真紅に染まる砂の壁に風穴を開け、青い稲妻に拘束されているベイビーマグナムを捉えた。

『―――ッ!?』

 連続で着弾した狭窄弾は雪を思わせるホワイトに塗装されたベイビーマグナムの綺麗な肌を無粋にも衝撃波によって剥ぎ取っていく。
 搭乗しているエリートにも、連続で着弾している衝撃が響いていることだろうが、何重にも重ねられた保護防壁のおかげで脳震盪寸前程度には抑えられているだろう。

『Q&A。プラズマフィールドおよび人工いじょうきしょうからのベイビーマグナムのりだつをかくにん。そうてんさいかい』

 五重の巨大な衝撃によって、強引にベイビーマグナムは砂嵐から弾かれ出された。
 幸い、損耗はタマネギ装甲内部に展開するプリント基板がダメージを受けていることと、塗装が大幅に剥げていることぐらいだろう。

「いやいやいやいや、無事だったから良いけど、救助にしちゃあ、乱暴にすぎるだろ」
「だが、プラズマフィールドからシムーン389を出すことなく、ベイビーマグナムのみを外に追い出すには、丁度いいだろう。あちらにとっても、マスコミ用の弾頭なぞ、いらぬだろうしな」
「ちゃっかり俺らを使って、いらない在庫を消費しないでほしいなぁ」
「そちら『正統王国』はベイビーマグナムを助け出せる。こちら『情報同盟』はいらない在庫を処分できる。まさしくWIN-WINの関係だな」
「入院-入院の関係の間違いじゃないっすかね」

 しかし、現状はあまり良い状況とは言えないだろう。
ドMとショタコンの会話を尻目にクウェンサーは砂嵐の向こうにあるヒートヘイズを睨む。確かにベイビーマグナムは砂嵐の外に出ることが出来たが、自分達3人だけの騎兵隊は未だに砂嵐の中、ヒートヘイズも同様だ。

 これからヒートヘイズもプラズマフィールドの外に弾きだして、お姫様が足周りと副砲を吹き飛ばすと言っても、相手のエアクッションの推進機関が健在である限り、砂嵐は無制限に発生させることができる。

「次が来るぞ。シムーン389が吹き飛ばされたら、こちらも改造ジープによる接近を開始する。そちら、備えておけ」
「おい、クウェンサー、ボケッとしてねぇで、さっさと伏せろ」
「お、おぅ」

 真紅の砂嵐の中に佇む、巨大な灰色の影。
 先ほどのベイビーマグナムと同じようにヒートヘイズに立て続けに5発の狭窄弾が突き刺さり、プラズマフィールドと砂嵐から弾き出す。
 同時にリリーナ中佐が何も見えない中で躊躇なく改造ジープのアクセルを踏み、砂を吹き飛ばされ残った岩盤状の大地をタイヤで蹴って、砂地獄から離脱する。

 砂嵐の外、ようやくまともに呼吸ができる場所となったことで、ヘイヴィアは真っ先に防塵マスクを脱ぎ捨てて、晴れやかな顔で空を仰いだ。

「フー! 太陽と空気がすっげぇありがたーく感じるぜ! 太陽万歳!」
「太陽信仰は太平洋沿岸部で盛んだったな。話では『島国』の主神も太陽神と聞く」
「へー、今度あのSHIMAGUNIオタクの爆乳に言ってやろ」
「ちょっと? リリーナさん、あのー」
「どうした」

 ヒートヘイズは第一世代から改良を繰り返し、実質第二世代とも言える機体だ。
 オブジェクトが主な敵であり、そうあれとデザインされた第二世代とは違う。
 砂漠に限って照準を錯乱させるという砂嵐はあくまでエアクッション機構の応用で、応用した原因はそもそも最初期のアラビア戦域の歩兵対策だ。

 彼の第一世代の主な敵は通常兵器。中には当然歩兵は含まれる。
 勿論、車両等で武装した機械化歩兵も当然。

「ヒートヘイズの副砲、こっち向いてないですか?」
「なるほど、対装甲機関砲か。たかがジープに向けるものとは思えない、なぁ!」

 ドゴンッ!と硬質にして巨大な轟音が乾いた大気に鳴り響く。
 それはリリーナ中佐が再びアクセルを踏みきるのとほぼ同時。
 バックアップの放った砲弾が、杭のようにヒートヘイズに突き刺さった音だった。

 咄嗟にヒートヘイズに搭載されている歴戦の戦略AIは、チョロチョロ周りを動く脆弱な機械化歩兵よりも未確認の敵に正面から相対しようと足周りを駆動させる。
 だが、エアクッションの機構が中枢の命令を拒否し、申し訳程度の空気のみを吐き出す。

『Q&A。へいたいふしんしゃたちに告ぐ。これよりシムーン389にハッキングをかいし、あしまわり、ふくほうのせいぎょをぼうがいしてあげるから、さっさとエリートをきゅうじょすることをすいしょう』

 バックアップのエリートの声がAIにも聞こえたのかは分からない。
 けれど、先ほどまでとは打って変わって、ヒートヘイズの第一世代のオブジェクトらしくみっちりと埋まっている副砲の数々が三名の変態を乗せる改造ジープを捉えた。



 対機械化歩兵想定の焼夷弾が次々と岩盤の大地に突き刺さり、豪炎を滾らせる。
 対装甲集団想定の榴弾が滅茶苦茶に放たれ、致死の破片をまき散らす。
 オブジェクトの基本とも言えるレールガンやコイルガンの巨大な弾頭が大地に突き刺さり、面白いぐらいに岩石を砂煙へと変貌させていく。

 黒煙と爆煙と砂煙、突っ切って現われるは、3人だけの騎兵隊が駆る改造ジープ。

「ハッハッハハハハハハハ!!」
「おいクウェンサー! この巨乳、ついにおかしくなったぞ! テメェの百戦錬磨の女誑しの才能使ってなんとかしやがれ!」
「できるか! それに俺は全っ然! モテねぇよ! 平民舐めんな!」
「テメッ、このっ、ふざけやがって! 殴ってやろうか鈍感野郎!」

 第一世代の通常兵器の密度というのは下手なB級映画よりも性質が悪い。
 全員が防塵マスクを外しているため、表情がよく分かる。
 騎手のリリーナ中佐はもうやけになったような笑顔、クウェンサーとヘイヴィアの仲良し二人組はもう面白いぐらいに絶叫していた。

 それもそうだ。
 元々が当時の正式な軍隊を艦隊から歩兵に至るまで、蹂躙し尽くした第一世代。
 対オブジェクトを想定した、クリーンな戦争で生まれたスマートな第二世代とは違う。
 搭載される火砲の数は第二世代を圧倒的に上回る。

 リリーナ中佐が壊れるのも無理はないのだろう。
 たぶん、そうなのだろう。隣に座ってる金髪碧眼巨乳美女中佐が、実は車のハンドルを握ったら、性格が変貌するタイプでした、なんて、出来たら想像したくはない。

 今作戦、何度目かの現実逃避をクウェンサーがしている中、ヒートヘイズの対戦車用ガトリングレールガンの砲口がこちらを向いた。
 改造ジープの騎手として、ちょっとというか、もうさっきまでの冷静沈着をまだ装えていた仮面も何もなく、獰猛な笑顔を浮かべ、同乗者を無視してハンドルを大きく切る。

「オラァァァァァ!」
「ゴワァッ!! 痛ッ!」

 ギュリィイイイイイイイン!と青白い軌跡を残して音速の弾丸の軍勢が大地を噛む。
 犠牲は後部座席の硬い部分に頭部をぶつけたヘイヴィアのみ。
 オブジェクトの巨体に備えられた大小無数の兵器の数々が改造ジープを捉え、致死の攻撃を濃厚な弾幕としてまき散らすが、そのどれもが車体に掠ることも出来ていない。

「ハッハー! 奴は所詮AIだ! そのときそのときの最適解さえ、こちらが把握していればァ! 避けることなぞ造作もない!」
「ねぇ! その最適解の回避ってどうやってんの!」
「何かねェ! うん! 勘!」
「勘なら信用できるなッ! ヨシッ!」
「バカァ! ヨシじゃねぇ!」

 クウェンサーは思い出した。そうだ。忘れかけていたが、隣の金髪碧眼の巨乳は約3億ドルの超高速ジェット機を使い捨てにし、あまつさえ、敵国のベースゾーンにナイフ一本も持たずに突撃できる類いの人間だ。狂人だ。

 この金髪碧眼巨乳美女はうちの銀髪紫瞳爆乳美女と本質的には同じだったのだ。
 20歳という破格の若さで中佐の階級を持っていること自体がおかしいのだ。

『Q&A。ふくほうのハッキングはじゅんちょう。シムーン389のこうほうにまわれば、ハッチまでのはしごがある。がんばれ』
「がんばれ、じゃないんですけどォ!」

 ヒートヘイズの背面に回ろうと、リリーナ中佐による改造ジープがもう何度目か分からない加速をした時だった。
 第一世代のヒートヘイズに搭載されている副砲のうちの1つ。発射から弾着までのタイムラグが0に等しい武装、ビーム系光学兵器、連速ビーム砲がこちらを向いた。

 本体と同じ灰色塗装の砲口が光の粒子を帯び、そして発射されることなく爆散した。
 回避専用の危険運転に熱中しているリリーナ中佐はまず見ていないだろうけれど、クウェンサーとヘイヴィアの二人はきちんと砲身を貫いたビームを視認していた。
 間違いなく見慣れたベイビーマグナムの副砲によるものだ。

『ヒートヘイズのふくほうをはぎとるのが、今回のわたしのしごと。とっととすませてかえってきなさい、クウェンサー』
「ありがとう、分かったよ! お姫様!」
「俺はァ!?」

 一人いないことにされたヘイヴィアが抗議の声を上げるも、生真面目なAIが操作するヒートヘイズが無闇にばらまく各種砲の音で掻き消された。
 ついにあちらも近接する歩兵に対して、元々過剰兵力だったのに、さらに対ミサイルに用いられるCIWSすらも起動させて、分間5000発の対物ライフル弾以上の大きさのある巨大な鉛玉をたかが一両のジープを狙ってまき散らす。

「これ一発でも食らえば、手足吹っ飛ぶってェ! ハハハハハッ! 笑えるなァ!」
「なぁ、もうこの人怖いんだけどォ!?」
「もう着くぞ!」

 立ち並ぶCIWSに次々とお姫様のベイビーマグナムによる援護射撃が突き刺さり、他の副砲各種もヒートヘイズの後方に位置するものはバックアップのハッキングによってオーバーヒートや制御不能を引き起こして停止していく。
 ヒートヘイズのすぐ後ろ、タマネギ装甲に手を伸ばせば触れるという場所にリリーナ中佐は改造ジープを停車させ、クウェンサーに手の平大の端末を投げつけた。

「こちらのオブジェクト緊急制御用の端末だ。それにシムーン389停止コードが入ってるから、コクピットのコンソールに突き刺せば、制御中枢ごと停止する!」
「オッケー、巨乳。さっさとそっちの姫騎士様を救い出してやるから待ってな」
「待つ。と言うことはできそうにはないな」
「え?」

 リリーナ中佐はクウェンサーとヘイヴィアを改造ジープからさっさと追い出し、急速に加速して、ヒートヘイズから離れていく。

「奴の狙いはこのジープだ。大方、熱源センサでも何でもで狙っているのだろう! 適当に逃げ回ってるから、早めに戻ってこい!」
「よし、行くぞヘイヴィア」
「言われるまでもないぜ」

 ヒートヘイズの背面から伸びる梯子に取り付いて、コクピットハッチを目指して進む。
 そこからは今までの苦労はなんだったのかと思うぐらいにあっさりとしたものだった。
 どうやらヒートヘイズ自体、整備用に取り付けられた梯子を含む、自身に向けての攻撃が出来ないようだった。
 いや、もしかしたら出来るのかもしれないが、その行動を行うことの出来る武装はおおかたバックアップによるハッキングで停止させられているのだろう。

「ハッー、耐熱服着ててもやっぱ砂漠でオブジェクトの外壁に触れるのはあっついわ。今何度ぐらいあるんだろ?」
「さあね? 少なくとも軽く目玉焼きが焦げるぐらいにはあるんじゃない?」
「出来る、じゃなくて、焦げるなのがもうやだな」

 外部からコクピットハッチに取り付き、何とか持ち込んでいた工具を使ってこじ開ける。
 バックアップによるハッキングもあってか、意外にもあっさりと開いた。

「俺はここで救命紐握ってる。そしてテメェが救命器具を姫騎士様に取り付けて、一緒に登ってくる。俺はその補助、じゃあ、行ってこい!」
「行ってくる!」

 『情報同盟』のオブジェクトに対して侵入したことはあったが、やはり同じ陣営の機体であるのか、それともこの機体が何度もアップデートを繰り返したからと言っても第一世代であるのか、見たことのある造りだった。

「失礼しまーす」

 コクピットは基本的にそのエリート専用に造られる。
 このエリート、シャルルのコクピットは『情報同盟』らしいキーボードが幾つもならんだものだったが、どれもどこか21世紀前のモダンな雰囲気を感じさせるものだ。
 落ち着いた色の木を思わせる部屋に、打てばカチャカチャというやかましい音がなりそうな真っ白なキーボード、懐かしい書斎を思わせる黒い革の椅子。

 そこにベルトで拘束されている”彼女”がいた

「ぅう、ぅ、うぁ?」

 意識が朦朧としているのか、吸い込まれるように魅了される碧色の瞳は虚ろ。
 色っぽい吐息を漏らす口からは、だらしなく涎が一筋垂れている。
 異常事態に緊張して汗をかいていたのが分かる、肩まで伸びている黄金色のサラリとした髪が艶めかしく首に絡みつき、男性としてのクウェンサーの劣情を刺激する。

「悪いけど、少し乱暴にするよ」

 懐からナイフを取り出して、”彼女”を拘束するベルトを引き裂き、救命器具をテキパキと取り付け、よいしょと背負う。身長はこっちのお姫様とはさほど変わらないが、どちらが重いかと言われれば、まぁ、間違いなくこっちだろう。
 “女の子”相手にそんな思考をするのは失礼だと想いつつ、逆にお姫様が軽すぎるんじゃないかと、一瞬でファンキーに変貌した、例のショタコンを思い出した。

「ヘイヴィア! 姫騎士様に救助器具の取り付けを完了した!」
「了解!」
「これで任務は本来の完了っと、じゃあ、後は端末を付けてっと」

 そこまでの時間はオブジェクトの中にはいられない。けれど、敵国である『情報同盟』のオブジェクトの、しかもコクピットというのはそう何度も人生で見られるものではない。
 しっかりとコクピット内の機材の配置や種類を脳に刻みつつ、端末を接続。

 すると、突然、ガコンッとヒートヘイズが揺らぎ、その後、急速にエアクッションの轟音が小さくなっていく。

『Q&A。しんにゅうしたへんたいふしんしゃたちへ。ヒートヘイズのどうさのていしをかくにんした』

 ハッキングを担当しているバックアップのエリートが言うのならばそうなのだろう。
 リリーナ中佐とあのエリート曰く、『情報同盟』は嘘を付かないらしい。 
 絶対にそれが嘘だと確信できるが。

 よし、後は戻るだけ、クウェンサーがシャルルを背負い直した時だった。
 バーッと画面が一斉に再起動し、真っ青な画面を映し出す。
 まるで深海のように不気味に仄暗いそれはどこか恐怖心を刺激するものだった。

「ん?」
『共に海に還ろう』
「は? それって、どういう」
『自爆シークエンスを開始。03:00』

 回れ右! 前者の文は意味不明だったが、後者の意味はもう完璧に理解した。
 オブジェクトに搭載されている機密保護装置と称した自爆機構だ。基本的なオブジェクトでさえ、陣営にとっては機密情報の塊であるし、レアメタルの宝庫でもある。
 各機によって自爆の設定は異なるが、行動不能に陥れば、基本的にドガンだ。
 そしてヒートヘイズも自軍のコードで停止させられたとは言え、オブジェクト二機に包囲されていたことぐらいは把握している。

 ならば、自身を粉砕することを戦略AIは躊躇うことはないだろう。

 見事なまでの速度で背中に約45キロの重りを抱えつつヒートヘイズから離脱する。

「クウェンサー、思ったよりも早かったな」
「急ぐぞヘイヴィア! 中で自爆シークエンスが始まった! こいつに載ってる戦略AI、俺達ごと盛大に吹き飛ぶ気だ!」
「マジかよ、AIの癖に面倒な奴だな!」

 そそくさとヒートヘイズから降りて、少しでも離れようと全速力でダッシュする。
 幸いにも、クウェンサーが停止コードを流したおかげで副砲各種が牙を剥くことはなくなった、おかげで遠くから改造ジープが悲鳴に近い音を上げて、こちらに寄ってくる。

「シャルたんは無事か!」
「ついに隠さなくなったなこの巨乳。ほら、うちのヒーローが救い出してやったぞ」
「うん、ちょっと、気絶してるっぽいから医務室で見なきゃいけないけど、おそらくそこまでの怪我はしていない。軽傷だ」
「よかった、よかったぁ」
「感動の再会は後にしてくれ、すぐにでもヒートヘイズが自爆する。それまでにさっさと離れねぇと」

 『情報同盟』は名前の通り、オブジェクトの機密漏洩を極端に嫌う。
 それはヒートヘイズの暴走に対して『戦争国』1つ差し出した時点で明らかだ。
 よってオブジェクトの機密保護には『情報同盟』の悪意がふんだんに詰め込まれている。
 シムーン389は第一世代、対通常兵器用の弾薬の数々は第二世代を優に上回る。

 暴走しながらも、シムーン389の戦略AI、アラビアの砂塵の王に躊躇いはなかった。
 ハッキングに対し、緊急回路を励起。中枢処理を自壊し、終末プログラムを発動。
 タマネギ装甲下の全基盤式送電装置を乖離、内蔵する全弾薬に着火。

 並みのオブジェクトの自爆ではない。
 約80mの全長、タマネギ装甲の全身、特殊合金製の内部構造を余さず破壊し尽くす以上の高性能爆薬以下内蔵弾薬、そしてJPlevelMHD動力炉の爆轟だ。

 ヒートヘイズが隣の真紅の砂嵐を巻き込み、超大な豪煙となって消滅した。



 当たり前のことだが、砂嵐というトン単位での大量の砂塵が爆発に巻き込まれれば、周辺一帯に砂嵐ほどの規模じゃないにせよ、火山が噴火し、灰が降り積もるように砂と暴風が駆け巡る。
 第一世代のオブジェクトの莫大な弾薬とJPlevelMHD動力炉の暴力。
 三人の変態による騎兵隊と敵国のお姫様を乗せた改造ジープは、バケツをひっくり返したような剣林弾雨をくぐり抜けることは出来ても、真の面制圧である空気を避けることはできやしない。
 木っ端のように改造ジープが空を舞った。

「ごばぁ!」「ぐふぅ!」「ごぇっ!」「うぅ」

 各々が無様な声を上げて、ひっくり返った改造ジープの下敷きになる。
 けれど、おかげで嵐のように駆け抜けていった砂塵の塊から身を守ることができた。
 あちこちを体にぶつけ、耐熱服の分厚い繊維に若干の感謝をしていると、隣のショタコンが力任せに無理矢理に改造ジープを上からどかした。
 改造されているため積層装甲を持つジープのフレームを一瞬で蹴りによって歪めているのは見なかったことにしよう。
 さすがのヘイヴィアも、手加減なしでやられたら、大事な部分が粉砕されてしまう。

「終わった?」
「あぁ、終わったぞ。お疲れ様だな。ドラゴンキラー」

 砂嵐とオブジェクトの副砲の弾雨で意識していなかったが、どうやらヒートヘイズと遭遇してから、なんと1時間も経過していなかったらしい。
 その証明に、太陽はほんの僅かに西に傾いているだけで、以前空高くに鎮座している。
 空を覆う砂は例外なく、元の岩盤状の地面に降り積もり、クウェンサーの瞳には、午後の容赦ない陽光と、どこまでも広がる蒼穹が広がっていた。

「あー、くっそ。やっぱ第一世代のオブジェクト相手にするのはキッツイわ。何だって、たかがジープ一両に馬鹿みたいな副砲に、対ミサイルのCIWSまで向けんだよ。やってられねー。もういっそ全部第二世代になってくんねーかな」
「ヘイヴィア、お姫様にボコされるようなこと言わないの。ほら、手」
「おう、どうもな」
「シャルたーん、大丈夫ー?」
「だ、だいじょうぶ。へいきへいき、うぅ」
「はいはい。無理しないの」

 クウェンサーがヘイヴィアの手を引いて立ち上がらせ、リリーナ中佐が未だに意識が朦朧としているシャルルを、救命器具を上手く利用して、背中に取り付け、おんぶする。
 絵に描いたような美人と美少女、金髪碧眼巨乳美女と金髪碧眼美少女だ。

「あー、なんか、こうしてみると姉妹みたいだな」
「そうか? まぁ、今回はそちらに助けてもらったが、この子にとってはいい経験になっただろう。それにそちらのオブジェクトを生身で打ち破る”ドラゴンキラー”という異名は有名だからな。この子も助けて貰ったのがドラゴンキラーだと知ったら喜ぶだろう。こう見えてもシャルたんは、英雄譚に憧れる年頃の男の子だからな」
「ん? 男の子?」

 慈母のような顔つきのリリーナ中佐に二人は騙されなかった。
 先ほど何と言った? 男の子? こんなに可愛い子が?
 いやいやまさかまさか。

「え、姫騎士様って男......なんです?」
「ハッハッハ! クウェンサー君、何を言っているのだね。こんなに可愛い子が男なわけ」
「男だぞ。というか名前で分かるだろう? シャルル=アームストロング。シャルルは旧フランスの典型的な男性名だ。そちらは本国をパリに置く『正統王国』軍の兵士なのだから、てっきり分かっているものだと思っていたが」
「「......」」

 クウェンサーはちょっとよく分からないと首を傾げ、貴族故に姓名に詳しいヘイヴィアが「あー」と小さく零して空を見上げ、希望を抱いて自分の頬を引っ張った。

「......痛ェなぁ」

 どうしようもない現実が、蒼穹の下に突きつけられた。



 彼らは見ていた。
 オマーン湾沖合にて、『緑色の万里の長城』の向こう側を人工衛星等の端末を駆使して、僅か数時間の間に起きた出来事の全てを見ていた。

「データ取得完了。どうです? セイリュウ兄さん」
「厄介な」

 ドラゴンキラー。想定以上の相手だったと考えを改める。
 彼らは第二世代どころか第2.5世代すらも仕留めている現代の英雄だ。
 だからこそ、ペルシャ湾に浮かぶ『オイルランド』を吹き飛ばすついでに、挽き潰してしまおうと、対通常兵器を想定した第一世代をぶつけたのだが。

「戦闘結果はドラゴンキラーの勝利。いや、『パズズ』の担当指揮官の異常行動を想定できなかったこちらの落ち度と言うべきか」
「『信心組織』のいつもの悪趣味なコードネームで呼ばないであげてくださいよ。最後に木っ端微塵になったおかげでうちの『テスカトリポカ』からの『銛』がバレることはなかったんですから」

 沖合のありふれた艦船の上に佇むのは二人の男性。
 丸い輪郭の黒髪に夜明け前のような薄い黒瞳の青年が顰めっ面なのに反して、隣の蒼髪碧眼の少年はいっそ無邪気にコンソールを起動させていた。

「相手は『情報同盟』だ。うちの『銛』もとうに分析されたと思った方がいい」
「へーい、セイリュウ兄さんは疑り深いなぁ」
「当然だ」

 彼らに血の繋がりは存在しない。
 けれど、同じ”船”にのる船団員ならば”家族”として見なし、上下はあれど優劣はない。

「『銛』の改良と『方舟』の完成を急ぐように技術班に伝えろ。俺達が人の海に紛れ、社会の暗闇に潜り込んでいられるのもそこまで長くはないからな」
「了解でーす! じゃ!」

 青年は駆け抜けていく少年を見送った後、一人嘆息する。
 オマーン湾もかなり汚染が進行している。ペルシャ湾なぞ言うまでも無い。
 だが、幸いにも”環境保護団体”の数は多く、『安全国』の暢気な民衆の支持も篤い。
 物理で薙ぎ倒すだけが解決方法ではないのだ。

「これから忙しくなるな」

 純粋な島国の血を継いだ『島国』の青年は、ゆっくりと歩を進め、船舶の中へと消えた。

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