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『懐古主義者の創世記』第一章

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第一章 仮面の戦場


「ああ、クソ!!ふざけんなっ!!」

ヘイヴィア=ウィンチェル上等兵はキレていた。
燦々と頭上で輝く太陽の光を遮るものは見渡す限り存在しないだだっ広い平野を全力で走り抜けながら悪態を吐き出す。

「珍しく戦場から解放されて死ぬ危険なんかこれっぽっちもねえと思ってたのに!!」
「それはごもっともな意見で!!」

その悪態にクウェンサー=バーボタージュ戦地派遣留学生は息を切らしながら同意の言葉を返す。
オブジェクト関連技術に興奮するこのギークな学生にとっても、「新技術搭載のオブジェクト」を身の危険なく拝める今回の任務は願ったり叶ったりだったのである。
だからこそ、現在の状況には少なからず彼も怒り心頭であった。

「くそっ、労災下りるよなこれ!?」
「事故みたいなものでしょこれは!!」

放たれた対人機銃の余波で周囲の地面が巻き上げられヘイヴィア達に雨の如く降り注ぐ中、二人は振り返ってこの混乱の中心を見やる。
入り乱れてレールガンやらコイルガンやらバカスカ撃ち合う明るい赤色のオブジェクトと塗装もされていない三機の同型のオブジェクト。
しめて四機のオブジェクトによるハルマゲドン級のドンパチ合戦がヘイヴィア達の背後で展開されていた。
そもそも、最初からどこかきな臭い感じはしたのだ。
件のオブジェクト、『アタラクシア:α』を保有している財閥がデモンストレーションのために指定した場所が『正統王国』『信心組織』との国境沿いという時点で察するべきだった。
もし自宅の玄関先に無断で刀を振り回しているような輩がいたらどうなるか。
その結果がこれである。
ある意味、当然の帰結であった。
ジャガイモ二名はもう諦めたといった様子でうだうだぼやきながら流れ弾に当たらぬよう気をつけながらお姫様の待つベイビーマグナムの方へと全力疾走する。

「お姫様にはもう連絡したっけ?」
「もうやった。つーか常々思うんだけど俺ら、何かに憑かれてるんじゃないかと思うんだよね」
「憑かれてようが憑かれてまいがツイてないのはいつもでしょ」

その時、轟音と共に放たれた衝撃波が空気を震撼させた。
次いでギイイという軋む金属の悲鳴。

「もうやられたのか!?全く、今日は厄日だな!!」
それを聞いてヘイヴィアが呻くような声を上げる。

「いや、どうやら運が向いてきたみたいだ」
「そりゃどういうこったよ?」

クウェンサーはただ黙って親指で後ろを指し示す。
つられるようにヘイヴィアが再び背後を見ると、そこには相も変わらず元気に撃ち合いを続ける『アタラクシア:α』と未だ健在な二体のオブジェクト…そして、片足をやられて斜めに不自然に傾いだ状態で動けなくなったオブジェクトの姿があった。

「あの三機のオブジェクト、見てくれより随分装甲が薄い。思ったよりは悪いことにはならなそうだ」

仲間がダメージを受けたことでより襲撃者達の攻撃は熾烈なものとなる。
主砲である四門のビーム式ガトリング砲を一斉に『アタラクシア:α』へと向け、ありったけの火力を叩きつける。
だがその一切が『アタラクシア:α』に痛打を与えるには至らない。
ありえないほど淀みなく滑らかな機動で以て弾幕から逃れ、副砲で地面を揺らすことにより照準をずらし、隙を逃さず主砲により仕留めにかかる。
仮にも財閥が総力を上げて開発したオブジェクト、その真価を発揮するためのエリートも凡庸な者を乗せるはずがないのだ。
襲撃者がもう少しまともなオブジェクトに乗っていれば話は違ったのだろうが、詮無きことである。
弾幕をかいくぐり、『アタラクシア:α』が放った高出力プラズマ高速砲が足を奪われ、固定砲台と化していたオブジェクトを一撃で撃ち抜き、爆散させる。
オニオン装甲、主砲や副砲の破片が大爆発により辺り一帯に四散し…クウェンサー達の頭上にも降り注いだ。

「前言撤回、やっぱり今日は厄日だ!!」
「ふざけんなこっちにまで破片を飛ばしてくるんじゃねえよ!!」



「なにをかんがえてるんですかっ、このひとたちは!!」

『アタラクシア:α』のエリート、ヘレンディア=フェテベレーナは怒りの声を上げながら操縦桿を素早く操作した。
彼女が想像していたのはやってきた『正統王国』のお客様に対してこのオブジェクトのデモンストレーションを行い、あわよくばかの有名なドラゴンスレイヤーとお茶でも…というものだった。
間違っても今のような鉄火場ではない。

「人様ががんばってつくったこの子をおひろめしようという日に水をさすようなまねをして!!それにミリンダさまとドラゴンスレイヤーのお二人をよぶのにどれほどざいばつがくろうしたとおもってるんですかっ!!」

約160億ドル。『アタラクシア:α』を設計し、そして実際に建造するまでにかかった費用の総額である。
同時にまた、その建造期間も比例するように長い時間をかけてゆっくりと建造された。
ヘレンディアは子供の頃から、このオブジェクトが建造されていく様子を見てきた。
だからこそ、血を分けた姉妹のように思い入れは深く…それ故にその姉妹の晴れ舞台を汚した襲撃者達への怒りも一層強いものなのである。
敵のオブジェクトが放ったレーザービーム砲が『アタラクシア:α』のオニオン装甲を火花を散らして削り取る。
その一撃こそ何のダメージにもなりはしなかったが、その事実にヘレンディアが悲鳴を上げる。

「なんてことをっ!?この子のはだにきずをつけるなんて!!ちょっとしたオーバーホールでも1000まんドルはかかるっていうのに!!」

被弾したことにヘレンディアの判断が一瞬鈍り、二機の内背後に回った敵オブジェクトの攻撃に対して無防備な状態を晒す。
しまった、と思ったのも束の間、意識外の方向から放たれたレーザーが両者の間に割り込むようにして地面を薙ぎ払う。
被弾を恐れたオブジェクトは慌てるように交代し、結果として『アタラクシア:α』は更なる被弾を免れた。

『こちら、『ベイビーマグナム』』
続けて彼女の耳朶を打つのは、まだあどけない少女の通信音声。

『どういうじょうきょう?』
「おさそいもしておりませんのに、かってにずかずかと土足ではいってきた輩がおりまして……たいへんこころぐるしいのですが、おちからぞえをいただけないでしょうか?」
『……りょうかい』

ヘレンディアの返答に短く言葉を返すと通信は途切れ、同時に『ベイビーマグナム』が主砲を放つ姿がヘレンディアの視界に映り込んだ。

(……まったく、どうしてこんなことに……)

心の中でため息を吐きながらヘレンディアは迎撃を続ける。

(そもそもばしょがわるいんですよっ、こんなこっきょう沿いでオブジェクトなんかうごかしたらこうなるってわからなかったんですかっ!?)

一体誰がこのことを決めたのだったか。脳内で犯人捜しを続けながら──────やがて、その人物を突き止めると同時にある可能性にヘレンディアは思い当たる。

(……まさか。いや、あのひとがそんなことをするはずがない)

即座にその考えを振り払うが、疑う心は片隅に居座り続ける。

(とにもかくにも……はなしはこれが終わってからです)

一先ずは目の前の敵を殲滅することが先決だ。
その思いを胸に秘め、可能性の考えを念頭から排除するとヘレンディアはベイビーマグナムと共に敵を掃討するため操縦桿を握り直した。



数十分後。ジャガイモ二名とお姫様は豪奢な調度品が並ぶ応接間で待たされていた。

「なあ、たまには良いことがあっても良いんじゃないのか?」
「まあ俺達毎度のこと不幸続きだしね」
「おいおいおいおい。クウェンサーくん、君は違うだろ」
「そうかな……そうかなあ?」

ヘイヴィアの言葉に首をかしげながらクウェンサーは御茶請けとして置かれていたクッキーを一枚口に放り込む。ココアの香り。

「少なくとも俺から見ればお前には良いことが起こってんだよ!!美人と度々連絡先交換しやがって!!この間だってそうだ、『オーソドックス』のエリートとも交換してたよな!?」
「前にも言ったけど俺この子が女か男かすら知らな……いでででででお姫様小指踏まないで!!」
「あらうっかり。ごめんなさい」

かなりの力を込められて踏まれたのか、左足を抱えて苦しみ悶えるクウェンサーを尻目に二人はそれぞれバタークッキーとラング・ド・シャを手に取る。

「とにかくだな、お前は良いことが起こりすぎなんだよ」
「それはないって。差し引きで不幸だよ」
「『アタラクシア:α』のエリートとはれんらくさきこうかんしたりしないの?」
「いやお姫様、いつもやってる訳じゃないって。さっきのアレだって話が合うって理由だし、今回はそんな事には……」

その時がちゃりと音を立てて年季の入った扉が開き、続けて鈴を転がすような愛らしい声が入ってきた。

「おまたせしてもうしわけありませんっ、私、『アタラクシア:α』のエリート、ヘレンディア=フェテベレーナといいますっ!!」

銀色のサイドテールを靡かせてクウェンサー達の前に現れたエリート、ヘレンディアは─────色々と『デカい』少女だった。
身長。ジャガイモ二名より頭一つほど高い。
尻。ウエストがきゅっと引き締まっているのもあるのか美しい身体の曲線を描いている。
最後に胸。身長の関係上、クウェンサーの目にでかでかと突き出されたそれは恐らくGカップは優にあるだろう。
そして顔もまた、くりくりとした赤と青のオッドアイの瞳ときりっとした目鼻立ちが可憐な雰囲気を醸し出していた。
まあ、つまり、要約すれば……『超絶可愛い少女』であった。

「こんかいのことはこちらのおちどですっ。じぜんにしかるべきばしょには伝えていたはずなのですが……」
「べつにへいき。なれてるから」
「そ、そうなのですか?やっぱりまえに聞いたとおり、みなさまは『えいゆう』にふさわしいごかつやくをしておられるのですねっ」
「英雄?」
「そうですっ。アラスカのごっかんかんきょうせんから、あの『インドミナスとうばつせんそう』まで、みなさまのごかつやくは色々と
きいておりますのっ!!とくに『ドラゴンキラー』のおふたりにはまえからいちどおあいしたかったんですよっ!!」
ふんすと鼻を鳴らし、顔を僅かに上気させて身を乗り出して話し出すヘレンディアに気圧されるように二人が後ずさる。

「あー、ヘレンディアさん?俺達の話をしたいのは山々でしょうけど、今はとりあえず置いておいて……」
「……あっ、ごめんなさい。会えたのがうれしくてつい……おしとやかじゃないっておこられてしまいますね」
「それで、おそってきたオブジェクトについてなにか分かったことはあったの?」

お姫様の問いかけにヘレンディアは申し訳なさそうな顔をして静かに首を横に振る。

「いえ……いかんせんそのオブジェクトのそうこうがうすかったためか、ないぶのききはすべてほうげきでとけてしまっていて……エリートの方が捕まっていれば話はちがったのでしょうけど」
「逃げ足速かったからなあ。あれは前から訓練していないと出来ない動きだよ」

今回襲撃してきた三機のオブジェクトは一機が撃破された後、『アタラクシア:α』を援護に現れた『ベイビーマグナム』との即席の連携によって更に一機が大破した。
直後、形勢の不利を悟ったのか最後の一機は視界妨害用のチャフ煙幕を展開し、それが晴れた時には既に『信心組織』の国境側に逃げていく姿を見送るしかなかった。
破壊された二機のオブジェクトにはエリートは既に乗っておらず、残されたオブジェクトが回収したのではないか、と銀髪の少女は語った。

「ひょっとしたらだけど、こんかいのしゅうげきはずっとまえからけいかくされていたのかも」
「ええ。ミリンダさまのおっしゃる通り、私もそのかのうせいをかんがえておりましたわ。そしてもう一つ、しゅうげきがけいかくされたものであるというかくしょうも」

そこで一旦言葉を区切り、暫し瞑目し───まるで迷うように───それから、ヘレンディアは再び口を開いた。

「じつは、『アタラクシア:α』のデモンストレーションばしょはみなさまをしょうたいするちょくぜんまで決まっていなかったのですっ。つまり、そのばしょにねらってしゅうげきをかけるには……」
「……内通者の存在が必要、ってことか」
「ついでに、その内通者はそれを知ることが出来る立場にいるって訳だな」
「あるいはデモンストレーションのばしょをそこにきめた人があやしいところ」
「……そのじょうけんをみたせる人はひとりしかいません。『アタラクシア:α』のデモンストレーションも、ばしょも、なにもかもを決めたのはその人なのですから」

途中からか細くなり始めた声に三人ははっとして、ヘレンディアの顔を見やった。
少女は震えていた。緊張しているかのように両手を握りしめ、額には珠のような汗が浮かんでいる。
言い出すのが恐ろしいのだ。
言い出したら、それが現実になってしまうのではないかという恐れが彼女の心に存在しているから。
だが、その恐れを無理やり押し込め……銀髪の少女は渇き、掠れた声でその人物の名を呼んだ。

「ボルガ=フェテベレーナ。このフェテベレーナざいばつの五だいめそうすい。そして……私の、父です」



───遠隔通信会話システムを起動します。

 『──あまく見ていたな。いかにせんとうけいけんがなくともエリートはエリートというわけか』
『だから言ったじゃないっスかマクシムの叔父貴。オレが売った寄せ集めパーツの『ジャンク』三機ぐらいじゃァ心もとないって』
『ジン兄のうそつき。売りつけるときに「ふつうのオブジェクトあいてにもごかくにたたかえる」っていってたじゃない』
『あれ?そうだったっけか?……まあ、オレは過去を振り返らない主義でね、そのくらいの間違いには目を瞑ってくれやミコっちゃん』

軽薄そうな青年の声に続けて少女のため息を吐く声。
画面のない遠隔通信の音声だけでも、向こうで少女が頭を抱えているのは容易に想像がついた。

『もうっ、ほんとにいつもだよねジン兄は!!ちゃらんぽらんなことばっかりいって、オブジェクトなんかにたよらなきゃいけないげんじょうじゃなきゃどこかにほっぽり出したいよ!!』
『テヘペロ♪』
『きいいいいいいっ!!』
『ミコ、そう怒るんじゃない。ジンもあまりたきつけるようなまねをするな』
『はあ……それで。『アタラクシア:α』はどうするの?』
『とうぜん、しょうもうしたあいてをろかくするためにそっこうをかける。しかしジャンクではあいてに手の内がしれているいじょう、べつのオブジェクトがのぞましいが……』

老人の問いかけに答える者はおらず、一瞬の沈黙が場に流れる。
長らく闇に隠れ潜み、暗躍していた彼らは───悲しいことに、金欠であった。
たかがジャンク品の寄せ集めで作ったオブジェクトであってもそれらを失うことはかなりの痛手なのである。

『……いよいよ「アレ」を出すときがきたわね。すぐに用意するわ』
『異議あーり。そうパッと切り札を出されちゃ困るよミコっちゃん。叔父貴、オレにその役を預けちゃくれねえかな?』
『はあ?ジン兄、エリートでもないくせになにができるっていうのよ?』
『……かんがえは、あるんだな?』
『当然』

老人の言葉に自信をもった声で即答する青年。
暫しの間、老人は黙り込んでいたが、やがて重い口を開く。

『ならば、ジンにまかせるとしよう』
『マクシム!!』
『ミコ。ジンはしっかりしごとはこなす男だ、しんようしろ』
『任されました。今までの支払い分のアフターサービスも兼ねて……きっちりと、やらせて頂きますよ』

───遠隔通信会話システムを終了します。少々お待ち下さい。



「……父がふだんつかっているへやはここです。パスワードがあのころのままなら、たぶん……」

0・5・1・8・2・3・4・9。
ヘレンディアが扉の横に備え付けてある液晶パネルを手早く操作し、ロックを解除した。
それを横から覗いていたクウェンサーがふと彼女に質問する。

「ねえ、そのパスワードって誰かの誕生日なの?」
「そうですね。私が生まれた日と時刻がパスワードになっているんですよっ」
「でもそうだとしたら、なんで時刻までパスワードに入れてるんだ?普通なら生まれた年とか入れそうだけどよ」
「……まあ、そのことはおいおい。それよりもっ、父がこないうちに早くしらべましょう。ここにねんほどは父いがいは入ってはいけないことになってるので、バレたらたいへんなことになっちゃいますっ」

その男の部屋は、有り体に言えば極々普通のものだった。
デスクチェアとノートパソコンが置かれた机、それと複数の棚が並んでいる程度で、これといった特色となるものは見られない。
その棚の一つを開けたミリンダが、中にあった丸い何かを引っ張り出してきた。

「これ……もしかして、オブジェクト?」
「あら、それは……ここさいきん付き合いのあるきぎょうがこんど売りだす商品のしさくひんですねっ」

白亜色の塗装がされたそのオブジェクトのプラモデルの主砲を指で動かしながらお姫様はそれが置いてあった棚の中を見やる。
百足のような長大な主砲を携えた深緑色のオブジェクト。
灰色のどこかウサギのような形に見えるオブジェクト。
茶系統の迷彩色の塗装がされた、盾のような機関を備えるオブジェクト。
大小も色も形も様々なオブジェクトのプラモデルが並んでいた。

「きみつぎじゅつだからってすでにこわされたオブジェクトしかしょうひんにできないってなげいていましたっけ。ああミリンダさま、そのプラモデルはこわれやすいのでお気をつけて」
「だいじょう……あっ」
「ミリンダさま?いま『バキッ』という音がきこえたのですが……ミリンダさま、どうしてプラモデルをせなかにかくすのですかっ?ちょっと見せてくださいまし、おこりませんからっ」
「……」
「そんなかおしたってだめですっ、とりあえずこちらにわた……わたしてくださいっ、もうなにをやったかわかってますから、だーしーてーっ!!」

一方、ジャガイモ二名はお姫様方の騒ぎを尻目にデスクに置いてあるパソコンとにらめっこをしていた。

「おいまだかよ。お姫様方は役に立ちそうにないぞ?」
「ちょっと待ってて、電子シュミレート部門みたいに上手くやれる訳じゃないから……よし、ログイン出来た」
「とりあえず適当なファイル漁っててくれ、俺はデスクの中に何かあるか調べてみる」

ヘイヴィアの言葉に従って、デスクトップ上に並べられた無数のファイルを一つずつ開いて確認していく。
他企業との取引内容と日時。
『アタラクシア:α』の開発状況。
新製品のアイデアや売上の増減。
疑わしいと感じられるものや情報はまったく見受けられない。

「うーん、これは駄目かもしれないなぁ。そっちはどう、ヘイヴィア?」
「あるっちゃあるけどよ……なんだこれ?」

そう言って引き出しからベロンと取り出されたものを見てクウェンサーが思わずひきつった声を上げた。

「それ何?……皮?」
「皮っつーか……人面マスクだなこりゃ。あー、お姫様達ー?ちょっとこれ見覚えあるか?」
「はい?……いえ、こういうのははじめて目にしますね。それにしてもやけにしつかんがおはだに似ていてすごいですわ、まるでほんものみたい」
「怪しいものはそんぐらいしかねえ。後は何処にでもあるような水差しとか万年筆ぐらいしか……」
「……みずさし?」
「ああ、普通の水差し。それがどうかしたか?」

父は、しごとばに水はもちこみません。
少女の一言が場の空気を凍りつかせた。

「かなりまえにパソコンに水をこぼしたせいで、すうかげつぶんのとりひきやぎょうせきのデータが消えたのがトラウマになったらしくて……それいらい、のみものはしごとばにぜったいもちこまないようにしていましたわ」

青ざめた顔をしてヘレンディアはデスクを見つめていたが、やがてヘイヴィアが伸ばしたりして弄っていたマスクを見てはっとする。

「すいませんヘイヴィアさま……そのマスク、いちどかぶってくださいませんか?」
「これか?まあいいけどよ……なんかやけにピッチリだなおい」
「……やっぱり、このかおは……!!」

白髪交じりの茶髪、眉間に刻まれた深い皺、左の眉尻にある古傷。
人面マスクが模していたのは中年の男、それも───。

「このかおは、お父さまのかおです……!!」
「マジ?……なんかすげえしっくりくるんだけど」
「中の人に合わせて表情を変えられるような造りになってる。特注品じゃないとこの造りは難しいよ」
「……もんだいは、どうしてこんなものがしゃちょうしつにあったのか。ただのジョークグッズじゃない。たぶん……」

その先をお姫様は口にすることはなかったが、その場にいる誰もがその先の言葉が何であるかを知っていた。
知っていたからこそ、誰も口にしなかった。

「続けよう。まだ何かあるはずだ」
「いや……続けなくていい。他人の領域に土足で踏み込んだ君たちには、その権利はない」

突然、背後から響き渡った声に振り返る。
そこにいたのは、ヘイヴィアの被るマスクと同じ顔をした男。彼がこちらに向けている右手には───拳銃が握られていた。

「邸宅に招くだけならばと思っていたが、少々認識が甘かったようだな」

ため息を吐きながら抜け目なく鷹のような鋭い視線を向ける中年。構えられた拳銃も一切ブレることなく銃口をヘイヴィア達に向けている。
緊迫した空気の中、ゆっくりと口を開いたのはヘレンディアであった。

「……お父さま。いえ、『あなた』は誰ですか」
「私は私だよ、ヘレンディア。他の何者でもない、お前の父親だ」
「うそをつくのは止めて下さい……っ!! あなたがほんとうに私の父であるなら……このへやのパスワードが何からきているかを言えるはずですっ!!」
「ヘレンディア。お前の誕生日、そして時刻だろう。たった一人の愛娘のことを私が忘れる訳がないじゃないか。さあ、こっちへ来なさい」

優しい声で語りかける男。それにつられたようにヘレンディアもまた、口端にふっと薄い笑みを浮かべて一歩踏み出した。

「ええ、確かにあっていますわ。……『半分』だけはねっ!!」

叫びながらヘレンディアが投げつけたのは、部屋の中にあった水差し。
突然の奇襲に僅かにたじろぐも、即座に宙に舞う水差しを拳銃で撃ち砕いた男の対応は流石というべきだろう。

「おらあああああああっ!!」

最も、一瞬出来た隙とぶちまけられた水によって視界を遮られた所を突いたヘイヴィアのタックルまではどうしようもなかったのだが。
胴体にもろに食らい、もんどりうって倒れる男。
その衝撃によって手から拳銃が転がり落ちる。
後から来たクウェンサーがそれをすぐに男の手の届かない所に蹴り飛ばし、男を組み敷いた。

「あのパスワードは、私の『たんじょうび』。そして……お母さまの『めいにち』でもあります。お父さまがそのことを忘れるはずがありませんっ!!」
「……ああ、くそ。しくじったか」

組敷かれた状態で苦しいのか嗄れた声で男は悪態を吐き、そして何故かどこか清々したといったような笑みを浮かべた。

「だが……これであの男の面を拝まないで済むと考えれば……気が……は…れ……」
「……?……あっ!!こいつ毒か何か仕込んでたな!?息が止まってやがるぞ!?クウェンサー、人工呼吸の用意しろ!!」
「嫌だよ男とキスするの。そっちがやってくれよ」
「俺だって嫌だよ!!」

ジャガイモ二名がキスの権利の押し付けあいを開始すると同時にヘレンディアが糸が切れたようにへなへなと崩れ落ちる。
その額には珠のような汗が浮かび、呼吸もかなり荒くなっていた。
無理もない。所属不明オブジェクトの襲撃、父親が偽物であることの発覚、そして目の前での服毒自殺。
一日で起きて良い情報量ではない。ましてや今日初めてオブジェクトに乗った箱入りのお嬢様にとっては尚更だ。

「だいじょうぶ……?」
「え、ええ……なんとか。でもこれで、じたいはおさまるはずですっ」

いつかどこかの誰かが言ったように、不幸は畳み掛けるように襲いかかるものである。
突然着信音が鳴り響いた端末を震える指でタップする。
そして彼女を出迎えたのは、秘書の切羽詰まった悲鳴のような声であった。

『お嬢様、緊急事態です!!先程『正統王国』から連絡があり、この邸宅に所属不明オブジェクトが急速接近中!!このままの速度だと一時間以内に到達する模様です!!』

ヘレンディアの背筋が凍り付き、白魚のような手からするりと端末が零れ落ちた。



『オールマイティ計画』第一号のレポート

この度はヤナギカゲ重工をご利用頂き、誠にありがとうございます。
今回企画された『オールマイティ計画』は有り体に言うと現在世の中に出ているオブジェクトの基本的な機能を更に拡張し、オールマイティ、即ち「万能的な機体」を開発しようというものであり、第一号である『キルキンチュ』は基本的性能の中でも特に機動性を重視して開発された機体です。
『キルキンチュ』を語るにおいて欠かせないのはその球状の形態でしょう。
主砲や副砲などの砲身部分を内部に収納するような構造となったため、大きさは140mとオブジェクトとしては大型になりましたが、これにより狭い場所での旋回時に砲身が引っかかるという問題を解決することに成功すると共に、傾斜装甲により実弾のダメージを減少させる副次効果を生みました。
主な推進機関は機体中心部に装着されたキャタピラによるもので最高時速はおよそ650km/hを記録しています。
また履帯は三つに分かれており、一つが破壊されても戦闘を続行することができる他、前進中におけるスムーズな方向転換やその場での超信地旋回を可能としています。
そして機体下部と後部には副推進機関としてイオンスラスターを採用しており、機動性を更に向上させています。
ただしこのイオンスラスターの併用は搭乗エリートへ多大な負担を及ぼすことがあるため多用することは推奨されておりません。
主砲は機体前方の左右に高出力レーザービーム砲が二基、機体側面部には副砲として拡散式コイルガンを複数装備しています。
この拡散式コイルガンは特殊な砲弾を使用することで発射後にショットガンのように広範囲にダメージを与えることを主な目的としております。
さて、この『キルキンチュ』がその能力をフルに活用できるのはやはり都市部への攻撃などの状況においてです。
ある程度の建造物ならば『キルキンチュ』は容易く踏み潰して走破出来ますし、側面の拡散式コイルガンを使用すれば極めて広範囲の物体に被害を及ぼすことが可能です。
民間人についての被害については、このような巨大な機体が迫れば大抵の人間は逃げ、残ったとしてもその多くは敵対する存在である可能性が極めて高いため考慮されておりません。
その他スペックなどについては添付資料をご確認ください。
この度はご利用いただき誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。



「さっきも言った気がするけどよ……厄日だな今日は!!」
『こちら「ベイビーマグナム」。クウェンサー、いまどういうじょうきょうなの?」
「あー、ついさっき敵性オブジェクトと『アタラクシア:α』が接敵。パッと見の特徴はまず丸い。本当に球体そのものって感じ」
「クウェンサーたちは?」
「いま何か使えないか『アタラクシア:α』の格納庫に来てる。お姫様は後どれくらいで到着出来る?」
「あとじゅっぷんくらい」

僅かな会話を終えて通信を切り、クウェンサーは外で戦闘を続ける『アタラクシア:α』と敵オブジェクトの様子を眺める。
現在は『アタラクシア:α』がやや優勢気味の拮抗を保っている状況だ。
敵オブジェクトは放たれる主砲や副砲をのらりくらりと躱し続けるだけで一向に攻撃する気配がない。

「なあこれお姫様が出てこなくても勝てるんじゃねえかな?」
「だといいんだけど」
「なんだよ、そっけねえ返事だなあ。なんか気になることでもあるのかよ?」
「いやさ、さっきから見てるけど相手が一発も撃ってこないんだよ。撃つ暇がないと言われればそれまでだけど、やけに足回りを酷使してる感じがするな。なんというか……慣らし運転?」

一方、『アタラクシア:α』に搭乗しているヘレンディアは優勢であるにも関わらず焦っていた。

(このオブジェクト……うごきがきびんすぎる!!しゅほうを合わせようにもとらえきれない!!)

よりによって攻撃力が低いコイルガンと変形に時間のかかる飛行型装備に換装していたのは痛手だ。
主砲は当たらない。副砲では致命傷にならない。
おまけに相手の挙動が急に加速、停止を繰り返したりその場で信地旋回したりと変則的かつ奇妙な動きをするせいでヘレンディアの集中力が疲弊し始めていた。
『ベイビーマグナム』が来るまでは時間稼ぎに徹しなければならないだろう。

『……あー、テステース。聞こえるかなー?いやーごめんごめん。通信入れてなかったみたい』

軽薄そうな声がヘレンディアの思考に水をかけた。
この場の空気に見合わぬ呑気な調子に一瞬呆気にとられる。

「こちら、「アタラクシア:α」。そちらへけいこくいたします。いますぐひきなさい、いまならいかくしゃげきだけですみますわ」
『その当たらねえ主砲と豆鉄砲の副砲でか?』
「ぜんげんてっかい、スクラップにしてさしあげますっ!!」

瞬間、空色の球体が急加速。
アタラクシアのレールガンを掠めながら回避し、トップスピードを維持したまますれ違い様に拡散式コイルガンの礫を雨霰と叩きつけた。
あくまでも対オブジェクト用ではないため大破には至らないが、アタラクシアの表面をぼこぼこに凹ませる。

「ッ……!!」
『こっちも今さっき運転に慣れたんでね、楽しませてもらうとしようか!!』

続けてアタラクシアから離れながら旋回、背後から主砲のレーザービームを浴びせかけた。
ヘレンディアは辛うじて射線上からオブジェクトを外すものの、副砲の一本が焼き切られる。

『良いね良いねェ!!エリート諸君はこんな楽しいことやってたのかよ、羨ましい限りだ!!』

テンションが上がってきたのか大声を張り上げる青年の通信音声の音量を下げて、小さな声で呻く。

「……これは、ひょっとしなくても不味いかもしれませんね……!!」

動きが急変する。戦いの均衡が少しずつ傾いていく。
戦場を縦横無尽に疾駆し躍動するオブジェクトに翻弄され、『アタラクシア:α』に段々と弾痕が刻まれ始める。
既に先刻のオブジェクトの戦いによりダメージとエリートであるヘレンディアの疲労が蓄積していたのもあるが、なによりの原因は敵オブジェクト、『キルキンチュ』のスピードだ。

「動きが変則的な上にとんでもなく速い。方向転換なんてほぼ一瞬だ。推進方法はキャタピラだけど、動きを見ると随所でイオンスラスターを使ってるなこれ。内部のエリートにかかるGが凄そうだ」
「つっても弱点はあるんだろ?」
「まず主な推進機関はキャタピラだけだから、ここを潰せば只の固定砲台に早変わり。それにさっきから見ていて気付いたけどあいつ、後ろが丸裸だ」
「丸裸?普通オブジェクトは全体ハリネズミみてーなもんだろ。一体どうしてだよ」

クウェンサーが無言の手招き。
それに従って格納庫の窓に近付いて散弾をぶちまける球体オブジェクトを眺める。
続けてクウェンサーが指差したオブジェクトの後部の一部分を見ると、突然そこがスライドし大量の蒸気を吐き出した。

「数分間隔で放熱を繰り返してる。多分駆動機関をフルに動かしてるから通常の放熱じゃ間に合わないんだ。多分他の部分より俄然脆いから一撃でも食らわせればこっちの勝ちだ」
「なるほど。で、その方法は?」
「考えてる……けどかなり厳しい。あの機動性じゃ一撃を与えるまでに有効距離から離脱されかねない」
『すいません、クウェンサーさまっ!!いまのじゃくてん、もういちどおしえていただけませんかっ!!』

二人の会話に割り込んできたのはクウェンサーのデバイスから響く『アタラクシア:α』のエリートの切羽詰まった声だ。

「ええと、敵性オブジェクト……面倒だから『スチームボール』と呼ぶけど、あいつの背後は副砲がない。おまけに内部機関と通じている排熱機関を備えてるから防御力は低いはずだ」
『分かりました。「アタラクシア:α」のひこうそうびを使って上空からこうげきすればこうぶに当てられるかもしれませんっ!!』

その言葉と同時に『アタラクシア:α』の下部から大量の土煙が巻き上げられ、真紅の機体がゆっくりと上昇し始める。
その様子をモニター越しに眺めながら、ジンは獰猛な笑みを浮かべた。

「装備次第じゃ飛べるとは聞いてはいたけど実際に見ると迫力があるなあ……それならそれでやり方はあるけど、なっ!!」

キャタピラを後方に向けて全開駆動させる。
少し距離を離してから、今度は背後のイオンスラスターも全開にして全力前進を開始した。
加速、加速、加速。内部の機器が過剰なGを検出し、ブラックアウトの危険性を警告してくる。
だがそんなことは知ったことではない。
目標、『アタラクシア:α』。使用砲弾、『キルキンチュ』。
轟ッ、と球体の機体下部にある二基のイオンスラスターが瞬間的に出力を全開にする。
その推力は、数十万トンの金属塊を文字通り「跳躍」させ……直後、空中で二機のオブジェクトが凄まじい音を立てて激突した。

「「は???」」
超巨大質量同士の衝突。それは辺りの空間を激しく揺るがすと共に空中にいた『アタラクシア:α』のバランスを大きく崩し、地表に叩き落とす。
それは『キルキンチュ』の着地と重なり、即席の局地的な直下型地震が周囲に襲いかかる。

「「うわああああああああっ!!」」

当然その被害を最初に食らったのは近くの格納庫にいるジャガイモコンビである。

「ふっざけんな、イカれてんのかっ!?オブジェクトがそうホイホイ飛ぶんじゃねえよ!!」
「あんなことしたら普通死ぬでしょ、激突の衝撃で!?」

衝撃で散乱する工具やら部品やら台車やらをかき分けながら這う這うの体でぼやきつつも準備を再開するクウェンサー。

「でも、あんな無理な機動をすれば機体はともかくエリートはGと激突の衝撃で気絶は免れないはずだ」
「あのー、クウェンサー?」
「ヘレンディアさんもダメージがあるから止めは刺せないけど、お姫様が来るのもそう遠くない」
「クウェンサー?」
「えーと……何?」
「あいつ動いてるんだけど。それはもう元気に」

その言葉を裏付けるように、キャタピラの履帯が地面を踏み鳴らす振動が足に伝わってくる。
慌ててひび割れた窓から遠くの二機を見ると、足が故障したのか傾いた状態で沈黙する『アタラクシア:α』とその周りをまるで品定めするかのようにぐるぐると回る『キルキンチュ』の姿がそこにあった。

「うそだろ……中のエリートのダメージどうやって軽減してるんだ……?」
『軽減も何もしちゃいないさ。……瞬間だと最大18Gか、こりゃ誰も乗せられねーな』

突然デバイスからノイズが走り気味の若い男の声が嘲笑うように二人の耳に飛び込んできた。
言葉の節々から自信と軽薄さが滲み出ているその声に顔をしかめながら誰何を返す。

「……誰だ?」
『誰だっていーだろーが。『アタラクシア:α』のエリートはノビやがったから代わりに近くにいるお前らに通告させてもらう。……何もせず、黙ってこの場から去りな』
「ただ話をしに来たわけじゃねえだろ。あんな操縦しやがる奴がそんな呑気なことするかよ」
『別に俺としてはお前らがどうしようがどーでもいいんだわ。従わねーんなら纏めてこの『キルキンチュ』で轢き潰せばいい話だからな』

そこで一息ついてから、男は楽しげな様子で話し始める。

『俺は仕事としてここに来たわけだが……同時に楽しみに来てるんだよ。俺はスリルが大好きでな、邪魔してくるならそれはそれで面白そうだ!!』
「やべえ、こいつマッドだ!!例えるなら核ミサイルのボタン嬉々として押そうなタイプ!!」
『あー、やっぱ今やるか!!お前ら十中八九そこの邸宅か格納庫にいるだろ?これから轢き潰しに行くから』
「しかも判断が早すぎない!?」

新たな獲物を求めて彷徨っていた『キルキンチュ』が、標的を定めてキャタピラを急回転させる。
目的地はフェテベレーナ邸宅及び『アタラクシア:α』格納庫。
そこにいるジャガイモ二名をマッシュポテトにせんと球体が走り出し……その行く手をプラズマの灼光が遮った。

『……目標変更、楽しみが増えたな』

機体の表面を軽く炙られたことに動じる様子もなく、男は忍び笑いを漏らしながらプラズマ砲を発射した相手を見やる。
幾多もの回転アーム式兵装を備えた、白いオブジェクト……ベイビーマグナムの姿を。

「こちら『ベイビーマグナム』。ひきなさい……といってもしたがう気はないでしょ?」
『ご名答。遊び相手が増えたからな、ここで退くのは野暮というもんだ』
「……イカれてるの?」
『かもな。だが俺が楽しんでいることは紛れもない事実だ』

突如『キルキンチュ』の副砲が『ベイビーマグナム』に向けて牙を剥いた。
お姫様は撃ち放たれた弾丸を即座に機体を急旋回させてダメージを最小限に抑えながら、コイルガンで応戦を開始する。

『ずっと前からオブジェクトを好きに乗り回したかった!!ついでにどこまで通用するのかも!!それが出来るならどこでも良かったのさ!!』
「おーけー。それいじょう話さなくていいから」

僅かな会話で相互理解が不可能と判断したエリートの少女は即座に対話手段を砲撃のみに切り換え、戦闘を続行しながら相手の傾向を探り始める。

(うごきがジグザグでよみづらい。でもこのエリートは近付きたがりだから、当てることじたいはかんたん)

『アタラクシア:α』を行動不能に持ち込めた時点で『キルキンチュ』には高いスペックがある。それこそ、生半可な第一世代なら容易く撃破できる程度には。
だがオブジェクトには機体スペック以外に強さの優劣を左右する要素が存在する。
搭乗するエリートの技量である。
『アタラクシア:α』のエリート、ヘレンディアはまだ新米だった。だがそれが数々のオブジェクトと渡り合ってきたミリンダであるならば。
『ベイビーマグナム』のコイルガンが空色の装甲をへこませ、レーザーが表面に一文字の傷を付ける。

(流石に付け焼き刃の操縦じゃ限界がある、か……)

着実に劣勢に追い込まれつつある事実に舌打ちしながら男が操縦桿を横に倒す。
それと同時に『キルキンチュ』も滑るように横に加速、『ベイビーマグナム』の主砲は過たずそれを捕捉し───それが『アタラクシア:α』の機体の陰に隠れるのを見てやむなく解除した。

『ベイビーマグナム』はゆっくりと位置を変えるが、『キルキンチュ』もそれに合わせて『アタラクシア:α』を盾にするような位置に移動するのを見て、お姫様は顔をしかめた。

「……ひきょうよ。他人をたてにするなんて」
『いやまあ、俺もどうかとは思ったんだが。データはある程度取れたし、時間稼ぎに入らせてもらうぜ。どうせあと10分もすりゃここら一帯は消し飛ぶんだからよ』
「どういういみ?」
『これから死ぬのに知る必要もねえだろ』

現在『アタラクシア:α』を挟むようにして二機が対峙している状況はお姫様にとっては望ましくないものだ。
そしてこれが『キルキンチュ』のエリートにとっては好ましいものであるということも彼女には分かっていた。
だからこそ───相手が油断することも。

『いいえ……死ぬのは、あなただけですわっ!!』

ヘレンディア=フェテベレーナが叫んだ。

(こいつ、まだ動けたか!!不味い、人質にするために近付き過ぎたっ、距離を離さ……!!!)

だが、操縦桿をひっ掴む暇もなく、『アタラクシア:α』の副砲が一斉に『キルキンチュ』に叩き込まれる。
いかに副砲といえどもほぼ零距離に近い距離から放たれればオニオン装甲もただではすまない。
丸い巨体が軋み、まるで卵が孵るようにミシミシと嫌な音を立ててひび割れていく。

『あ"あ"あ"あ"あ"っくそがあああああっ!!』

慌てて全力で機体を後退させ、『ベイビーマグナム』からの砲撃をかわしながら男は脳内で戦略を組み立て始める。

(くっそ、今のでイオンスラスターがイカれやがった!!だが砲はまだ生きてる、ここから立て直しを図るしかねェ!!)

その算段は、『キルキンチュ』の背後から突如放たれたプラズマ砲の閃光によって脆くも消し飛ばされた。
放たれたのはプラズマ砲だけではない。コイルガン、レールガン、レーザー。様々な砲弾がありったけ弱点である部分に集中的に撃ち込まれ、機体の後部にぽっかりと大穴を穿った。
そしてそれを放ったのは……クウェンサー=バーボタージュである。

「ずっと見てたから分かった。お前は攻撃されると後退しながら応戦する癖があるってな。そして、他にも利用させてもらった」
「装備オプションの砲口を調整して、一斉に放てるようにするのに手間はかかったけどな」

砲撃を行ったのは、格納庫内にあった『アタラクシア:α』の砲撃戦用オプション。
皮肉にも大破させたオブジェクトの武器によって『キルキンチュ』は破られた訳である。
履帯が砲撃で全て使い物にならなくなったことに気付き、男はゆっくりとため息を吐いた。

『……なる、ほど。こいつは、詰みだな?』
「しろはたは?」
『そんなもん、ウチにはねェよ』
「なら、ゆいごんはなにかある?」

そこで暫し無言の間が続き、やがて男は口を開いた。

『あー……誰か、この状況から入れる保険知らない?』

『ベイビーマグナム』の主砲が『キルキンチュ』のど真ん中を撃ち抜いた。

「あー、疲れたっ!!もうぜってえ動かねえぞ!!」
「同感。流石にきついよ今回は」

コンクリートの床に大の字に倒れ伏し、背中から冷たく硬い感触を感じながらジャガイモ二名は嘆息した。
が、時間はそんな二人をいつまでも放っておいてはくれない。

『こちら「ベイビーマグナム」。かいしゅうするからふたりともはやく格納庫から出て来て』
「なんだよお姫様。もう敵は全滅させただろ?」
『そうじゃない。「キルキンチュ」のエリートがへんなことを言ってた。たぶんまだおくのてがある』
『みなさま、たいへんですっ!!レーダーがこちらに向けていどうするひしょう物体をかくにんしました!!せっきんそくどは……ま、マッハ10以上!?』

その報告を聞いた瞬間、弾き出されるようにジャガイモ二名は仲良く駆け出した。
今の状況でマッハ10なんて馬鹿げた速度を出してこちらに向けて飛んでくるようなやつなんて十中八九ロクでもない存在であるという確信が長らく鉄火場を経験してきた二人にはあったのだ。
ジャスト10秒で格納庫から飛び出し、目の前に止まっていた『ベイビーマグナム』とそれに牽引されている『アタラクシア:α』を一目散に目指す。

「お姫様とヘレンディアさんはコックピットのハッチを開けてくれ!!そこに俺らが入るから!!」
『りょうかい』
『えっ、へっ?わ、わかりましたっ!!』

要請によってすぐさま開かれたハッチに、クウェンサーが『ベイビーマグナム』、ヘイヴィアが『アタラクシア:α』の方に打ち合わせもなく分かれて飛び込んだのは長らくコンビを組んでいたからこそだろう。
二人を収容しハッチが閉じられた直後、風切り音を立てて黒い弾頭が1.5km程離れたフェテベレーナ本邸に突き刺さり────旧約聖書に描かれたソドムとゴモラを焼き尽くした天の火の如く、周囲数十kmを悉く消し飛ばした。

逆転、反転、回転、暗転……そして、明転。
クウェンサーが気付いた時には全ては終わっていた。
自分が逆さまになっていることに気付き、ゆっくりとシートベルトを外しながら床に降り立つ。
体の節々に痛みはあるが、致命的な外傷はないようだ。

「ねえ、クウェンサー。ちょっと助けてくれる?」

上からかけられた声にふと見上げると、操縦席のシートベルトに縛られたお姫様が逆さまのまま宙吊りとなっていた。
慌ててベルトを外して救出してから、機体の状況を確かめる。

「この状況を見るに機体はひっくり返ってる状態だな。救助を待たないと元には戻せなさそうだ」
「『アタラクシア:α』にたてなおしてもらうのは?」
『そいつは無理みたいだってよ』

不意にオープン回線からヘイヴィアの声が届き、続けてヘレンディアの声が飛んできた。

『こちらのきたいもおうてんしてしまっていて、うごかせないじょうたいですっ。きゅうじょを待つほかに方法がありません』

とにもかくにも、今は立ち往生するしかないということだ。
気が抜けてずるずると座り込んでから、クウェンサーは今日何度思ったか分からない言葉を呟いた。

「本っ当に……今日は厄日だな」



一方その頃、中米シエラマドレ方面。
『資本企業』の所属下にあるこの地域に群立するビルの中の一つでジン=ヤナギカゲは寛いでいた。

「あーあ、楽しかったなぁ。長年の夢は叶ったし、貴重な戦闘データは取れたし、なにより『新技術』がどこまで通用するか試すことが出来た」

そう言いながら彼は頭に着けていたVRゴーグルを脱ぎ捨て、近くのソファーに向かって放り投げる。
ジンの座っているゲーミングチェアの周りには操縦桿や無数のボタンやギアが付いた装置が置かれており、それはまるで……オブジェクトの操縦席を模しているかのようであった。

「オブジェクトに搭載させた機械人形を同期によって遠隔操縦する『マリオネットシステム』。タイムラグだけが心配だったが、及第点は越えているな」

遠隔操縦のためにオニオン装甲の電波遮断機能を一部オミットせざるを得なくなり、結果としてハッキングされる欠点を生むことにはなったが……その代わりにエリートがおらずとも常人によるある程度の操縦が出来るようになったのは画期的と言えるだろう。

「ただまあ、砲撃に関してはAIの補助が必要だな。速すぎて当てられねーし当てるために近付くから被弾しやすくなる」

オブジェクト一機を失った分、得た『収穫』はかなり大きい。
現在ヤナギカゲ重工が注力している『オールマイティ計画』にもある程度のノウハウを生かせるだろう。
そのことを考えながらオブジェクトのコンセプトを書き出そうとジンが席を立った時、懐に入れていた携帯端末が着信を知らせてきた。

(ミコっちゃんかマクシムの叔父貴か。後詰めとして爆撃の要請をしたからなぁ。礼の一つ二つでも言っておけばいいか)

考え事をしていた時に冷や水をかけられたような気分になり、軽く舌打ちしながらジンは着信に出る。

「はい、こちらジン=ヤナギカゲ」
『……私だ、ジン』

嗄れた、重みと力強さを持つ老人の声に青年の心臓が跳ね上がる。
その動揺を表に出さないようにしながら、ジンはにこやかに対応を始める。

「……ご壮健でなによりです」
『上っ面の言葉はいい。それよりも、『四文字』の進捗はどうなっている?』
「今日、実戦……とは言っても高空からの爆撃のみですが、それでもほぼ完成に近い状態。あとはエリートに合わせた微調整をすれば直ぐにでも実戦に出せます」

背中を冷や汗が伝う。
相手がマクシムであれば多少の軽口は許されるだろうが、ことこの男の前でそれは許されない。

『……なるほど。一端の仕事はするようだな、小僧』
「これでも、商売人の身でして」
『追加の仕事だ。後で「商品」を郵送する。売る所はどこでも良いが……なるべく多くの所に行き渡るようにしろ』

通話はそこで切れた。

大きなため息を吐いてからジンは再びどっかりと椅子に腰かける。

(やだねえブレーキの壊れちまった人間は。俺も多少ブレーキの効きが甘い自覚があるが、あそこまでイカれちゃいねーわ)

かつて一度、『彼』に相対した時の様子は未だに記憶に焼き付いている。
あの老いさばらえた身体に見合わぬ、揺るがない覚悟と狂気に満ちた瞳を。

(あの目を見て面白そうだと思って一枚噛ませてもらったが……こりゃ、引き時も考えなきゃな)

そこまで考えて、ジンはゆっくりと呟いた。

「はてさて、懐古主義者共の『創世記』はどうなりますことやら。俺は一等席で鑑賞させてもらいますよ」

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