安価でオブジェクト製作スレ @ ウィキ

『銀塔の虚栄都市』第四章

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

四章 世界の中心、その在り処>>ネバー攻略戦



1


「CS☆ミリタリーチャンネルッ!歌って殺せる戦場アイドルリポーターのモニカです!現在私は北米大陸南西部、『ネバー』にやって来ていまーす!『資本企業』に属しながらも自治権を認められているこの都市は、おかげ様で勢力を問わずに移民や観光客を受け入れて開発や経済規模がグングン拡大中の今最もアツい『安全国』と巷で話題フットー中!充実したアミューズメントが織り成す都市区画に整備されたインフラ!とても15年ちょっと前まで砂漠のど真ん中だったとは思えません!あーん、快適過ぎて帰りたくないかもー!てへっ☆あっ、あちらをご覧ください!アレこそがこの街のシンボル──────」

 群れを成す高層ビルのせいで狭まっている青空の下、ウィンクや瑞々しい肢体によるキャピキャピとした身振り手振りでカワイイアピールに余念が無いグラビアアイドルのすぐ後ろを観光バスがゆったりと通り過ぎていく。

 その屋根を廃してある2階部分にて。

 2対2の4列シートの一つに腰掛けていた茶髪の少年が、隣の歩道側に面した座席に収まっているもう一人の金髪の少年に声をかけた。

「どうした。知り合いでも見かけたのかよ?」
「いや、別に!我儘で高飛車な幼馴染の後ろ姿なんて見てない!断じて!ナンデイルンダヨアイツ……」
「……?あんまり目立つマネすんなよ。俺らはここに遊びに来たわけじゃねぇんだからよ」
「わかってるって。俺は通行人A、通行人Aデスっと」

 クウェンサー=バーボタージュとヘイヴィア=ウィンチェルのドラゴンスレイヤーコンビであった。

 此度の作戦内容に伴って彼らの格好はいつもの堅苦しい軍服ではなく、二人揃って温暖な気候に合わせたアロハシャツを着用していた。全く似合っていないのが逆に良い塩梅で浮かれた観光客感の演出に一役買っている。

 更にそんな彼らに対して通路を挟んだ反対側の座席にもう二人組。

「オロローン……オロローン……」
「ほら、いいかげんなきやんで。おりたらホットドッグ買ってあげるから」

 お清楚な白いワンピースと鍔広帽子でお嬢様スタイルにキメた小柄な眼鏡の少女と、変装の一環として茶髪のウィッグを被りサングラスを額に引っ掛けたタイトなジーンズとチューブトップでコーディネートした美女が女子トークに華を咲かせていた。眼鏡の少女の方は色々ありすぎて躁鬱状態のようにテンションがジェットコースターであったが。

「どぼじでまたかよわきてんさい美少女ノエルちゃんが鉄火場にほうりこまれてるのおおおおおぉぉぉ……」
「それはさんざんブリーフィングで説明されたでしょう。ほら、作戦がせいこうしたらはれて自由の身よ。ゴールはすぐそこなんだし、おなじ元凶どうしがんばりましょ?」
「うっさいわぁ!言っておくけどどんな事情があろうとまだあなたのことはゆるしてないんだからねっ!シッシッ!なれなれしくしないでちょーだい!……それとおごってくれるならコーラLサイズもつけていい?」
「はいはい、おまけでフライドポテトかオニオンリングもいいわよ。どちらがおこのみ?」

 ノエル=メリーウィドウ。
 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン。

 以上四名。
 こいつらがこれから決戦の舞台になるであろう魔王城に挑まんとするイカれたパーティーであった。

「潜入任務かぁ……。この曰く付きのゆかいななかまたちと一緒に……」

 クウェンサーは自身の置かれた状況と行動を共にせねばならないメンバーにメンタルをやられて、死んだ目で遠くを見つめながらどんよりとした声を喉の奥から絞り出した。

「おいヘイヴィア、笑えないことに戦地派遣留学生の俺は厳密なカテゴリーはパンピーだから、正規の『正統王国』軍兵士はお前だけだ。つまり現場指揮官。頼んだぞ分隊長殿」
「引率の先生の間違いだろクソッタレ!そもそも世界の命運を分けるかもしれねぇ作戦を上等兵風情に仕切らせてんじゃねぇよ……。『宝探し』に関わってからずっとお姫様のセコンドか安楽椅子探偵役ばっかだったからその揺り戻しってか?何回も言わせてもらうが俺様の本来の役職はレーダー分析官なのっ!ドゥーユーアンダスタン!?」

 自分で目立つなと言っておきながら、乗客の疎らなオープントップ仕様のバスでなければ確実に注目を集めていたであろう不良貴族の慟哭が摩天楼の喧騒に吸い込まれて融けていく。

 何故こうようなことになったのか。
 時は10時間程前まで遡る。 


2

 第37機動整備大隊の医療設備は充実している。

 それが同隊への査察に訪れた『黒軍服』達による概ね共通の見解であった。
 切っ掛けは世界で初めて生身の人間が規格外兵器オブジェクトを打倒した伝説の始まりの裏側に由来する。
 かつてアラスカの雪原で交戦した『信心組織』の第二世代オブジェクト、『ウォーターストライダー』。
 当機が『ベイビーマグナム』との戦いを制した後、降伏の印である『白旗』を無視したことによって『正統王国』軍のベースゾーンは壊滅的な被害を受けた。
 この際に多数の死傷者並びに負傷者を輩出した事態を重く捉えた大隊を率いるフローレイティア=カピストラーノ少佐が、隊を再編成するに当たって医療に関わる人材の増員及び器具・機器の刷新に注力。
 その結果、例え戦場のド真ん中で瀕死の状態に陥ったとしても制空権さえ確保できていれば専用のヘリによる迅速な搬送と大学付属病院並みの設備、そして確かな技術を持った医療スタッフによる精密な治療が実現可能となった。

 ──────なので。

「うふふ、こうなるようしむけたのは私だけど礼を言っておくわ。ありがとね」

 数刻前まで死の危機に瀕していたはずの元『資本企業』の女スパイ、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインは微笑みを浮かべながら見舞客(?)に向かって手をヒラヒラと振っていた。

「貴様、一応さっきまでそれなりの重傷患者だったんだよな?あと数時間は動くことはおろか意識が戻らないはずなのに。私が昔読んだ動物図鑑で狐は一日10時間寝ると記されていたがどうやら誤りだったようだな」

 そんな彼女の軽い態度に対し、医療改革の立役者であるフローレイティア=カピストラーノ少佐は大変不機嫌そうな表情を浮かべて上半身だけを起こしている虜囚を冷たく睨みつけていた。
 しかし、視線の先にいる当人は刃物のような突き刺す視線に晒されても堪えている様子はない。
 こちらを見ずに頭の下に敷いていた枕のあちこちをギュムギュムと弄びながら気の抜けた台詞だけを返してくる始末であった。

「訓練のたまもの、とだけ言っておくわ。それに死にかけていたのは本当よ。だから集中治療室のベッドなんかにおせわになっているんでしょう?フフッこのまくら、なかなかのねごこちね。マイレビューとしてはさらなるフカフカをきたいして☆4.5といったところかしら♪」
「部下達の生存率を少しでも高めるため、上のジジイ共のセクハラに耐えに耐えて予算をもぎ取って増設させた病床を……。怪我人で無ければ血と錆がこびり付いた『取調室』で丁重にもてなしてやったところだ」

 煙草の詰められていない細長い煙管を左手で弄びつつ、フローレイティアは額にもう一方の手を当てて大きな溜息を吐き出す。
 敵対していたとはいえ、傷病者の前では喫煙を控える良識は持ち合わせているらしい。
 だが体内にストックされたニコチンの量はそう多くはない。なので。

「それで?」

 本題を、切り出した。

「自分からナースコールを押した目的は?まさか差し入れのフルーツか花束でもご所望というわけでもあるまい?」

 たった一つの問いによって、部屋全体の空気が急激に張り詰められていく。
 その気配を敏感に感じ取ったのかアドレイドは枕を手放して元の位置に戻し、真剣な眼差しでこちらへ向き直った。
 彼女はデキるスパイだ。TPOはその辺の素人より少しばかりは弁えている。

「司令官のあなたがじきじきに来たってことはそんなくだらないりゆうではないとわかってはいるんでしょう?」
「……………………」

 そう、フローレイティアがアドレイドの元に訪れたのは当然女同士で仲良くありきたりな世間話をしに来たからではない。
 予定していたよりも幾らか穏便な趣向だが、やはりその目的は事情聴取だ。
 逼迫しつつある現状を打破する鍵は目の前の女が握っている。だから掌の上で踊らされる形とはなったものの、利用価値は「有る」と判断して見殺しにせず生かした。大変不本意ではあったが。

「そんなこわいかおで凄まれなくてもすべてはなすわ。今の私はみじめな敗者であなたたちはいのちのおんじん。それに言ったでしょ。私はうそつきだけど義理ははたすって」
「ならそのポリシーをとやらに則って、さっさと報いて貰うとしよう。嘘を吐けばもう一度手術台に戻ってもらうがな。と、その前に」
「?」
「聴衆を少し増やす。おいお前達、もういいぞ」

 首を僅かに傾ける女スパイを無視して、フローレイティアは手を打ち鳴らして合図すると自動ドアの開く音と共に三人の男女が部屋へと入って来た。静謐が旨とされるはずの病室の雰囲気を騒々しく劈く形で。

「ウルルルル……ウゥゥ……ガウガウッ!」
「おい、ノエル!八つ裂きにしてやりたい気持ちはわかるがステイ!めっ!おすわり!チ○チン!」
「取り敢えず落ち着けっつってんだろ!ったくドン臭ぇクセに何でこう無駄に力つえーんだよコイツ!だあぁもう無理っ!ヘイ爆乳!この暴走チワワを何とかしてくれ!俺達の手にゃ負えねぇ!」
「トメルナ……イマノワタシハアシュラヲモリョウガスル……!」

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインにとっては見知った顔ぶれだった。
 鼻息を荒げながら自分の元へ突撃をかまそうとしている興奮気味の少女が一人と、少女の左右の脚にそれぞれ必死にしがみついている少年が二人。彼らは猛犬モード発動中の少女の進行を阻止しようとしてはいるのだが、如何せん力不足なせいかズルズルとだらしなく引き摺られていた。この珍妙なトリオが通った後の床はモップか雑巾をかけたかのようにピカピカになっていることだろう。

「あなたたち……」

 元『情報同盟』の操縦士エリートであったノエル=メリーウィドウとクウェンサー=バーボタージュ&ヘイヴィア=ウィンチェルのジャガイモ二人組。
 アドレイドが今回の騒動全体及び先の作戦で散々翻弄してきた面々。ノエルに至っては彼女自身の手によって直々に人生を転落させてしまっている。
 確かにその仇を前にして怒り狂うのは仕方がないのかもしれないがベッドの傍らに立つフローレイティアにとっては正直どうでもいい事柄だ。これより開かれる話し合いの場において余計なタイムロスとノイズ、ストレスの元でしかない。
 なので眼鏡の少女を黙らせるたった一つの単語を良く通る声でピシャリと呟く。

「──────『エンゲージ・ハイロゥ』」
「ミ°ッ!……クゥーン」

 効果は覿面。
 我を失いかけていたノエルは己の首に取り付けられた装置の存在と死の恐怖を思い出すと即座に歩みを止めて硬直する。
 どうやら怨敵と差し違えてでも復讐を果たす程の覚悟や理性の喪失は無かったらしい。

「今はまだお預けだ駄犬。部屋の隅っこにでも黙って立っていろ。それと女子供一人押し止められなかったそこの不甲斐ない人間モップ共。お前達もついでとしてそいつの隣に並んでおけ」
「ふぅー、正直助かりました。頭脳派の俺はともかく正規の軍人でそれなりマッスルのヘイヴィアまで力負けするなんて想定外で。おい、不良貴族。もしかしてトレーニングサボってた?」
「ンなわけねぇだろ情けねーことに全力だったっつの。ま、そもそも暴力よりトークで解決すんのが文明人のやり方ってもんだ。そんでも爆乳の一喝は渾身の右ストレートより良く効いたみてぇだがな」

 馬鹿二人は起き上がって軽口を叩きつつ軍服に付着している埃をはたき落とすと、上官に言われた通りにアドレイドのベットから少し離れた壁の前へと項垂れているノエルを連行していく。
 フローレイティアはその一連の様子を見届けると、語り部に目線と短い言葉を送って準備が整った旨を伝える。

「始めろ」
「ええ、でもどこから説明すればいいかしらね。……そう、まずロズウェルで私がそこのぼうや達にわたしたフラッシュメモリはうけとってくれたかしら?」
「「!」」

 フラッシュメモリ。
 いきなり前回の作戦におけるキーアイテムについて言及され、部下二人の表情筋が僅かに引き締まるのをフローレイティアは見逃さなかった。しかしそれを踏まえた上で聴取を進めていく。

「……あぁ。念の為閲覧したのは私一人だけだから、他に中身を知る者は電子シミュレート部門も含めて隊にはいない」
「つまりわざわざよびだしたってことは、かべぎわの3にんは知ってもかまわないメンバーってわけね。いや、むしろかれらにしか知らせたくないのかしら?」
「好きに解釈しろ。だが私は貴様と違って伝えるべきことを勿体ぶったりはしない」

 爆乳上官の余りにも堂々としたドヤ顔に清聴していたクウェンサーとヘイヴィアは思わず「焦らしプレイが大好きなクセにどの口が言ってんだこのドS」と漏らしそうになったが、今は踏んづけられて喜んでいる場合では無いので押し黙って呑み込んだ。
 理由としては空気を読んだ以上に自分達が持ち帰った戦利品、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインが命を賭した芝居を打ってまで伝えようとしたメッセージについて明されようとしていたからであった。

「あのフラッシュメモリに収められていた内容は二つ。まず、『サイトシーカー』が抱えていた機密情報の在り処だ」

 抜き出されたデータは厳重なプロテクトがかかっており、解析には無数の業務用冷蔵庫よりも巨大なスパコンと約一ヶ月の期間を要するという話であった。それだけの設備が必要ということは、黒幕は一箇所に留まっているとおそらくは断定できる。
 しかしその間に警戒もせず、無防備に座して待っているだけとは考えにくい。
 外部からの襲撃や妨害などの横槍が入らないように大切な『宝物』を安全な場所に隠し、守り固めていると想定するのが自然である。
 果たしてその要塞の名は。

「伏魔殿は幸いなことにそう遠くはない。現在我々がいる北米大陸のほぼ中央に位置する都市、『ネバー』。お前達も名前を耳にしたことくらいはあるんじゃないか?」
「知ってるも何も……」

 ジャガイモコンビは部屋の片隅にある調度品に目を向ける。
 具体的には何の変哲も無いありふれたマガジンラック──────に収められている数冊の書籍。
 療養する兵士達の退屈を和らげるために用意したものだが、そのうちの一つである旅行雑誌の表紙を先程上官から告げられた名前がデカデカと飾っていた。
 『「ネバー」大特集!新進気鋭の未来都市の絶対に廻るべきおすすめスポット10選!』、と。

「おもっくそ『安全国』じゃないっすか……」
「知らない方がおかしいか。最近はインターネットの検索エンジンを開けば、ホーム画面のニュース欄に載っているから嫌でも目に入ってくるしな」
「じゃ、じゃあその街にいけば」

 ここでノエルが入室してから初めて意味の有る台詞を発した。
 (被害者的な側面や不可抗力が含まれるとはいえ)幾度となくやらかしてきた失態を挽回し、マイナスを限り無くゼロに戻せるかもしれない兆しを垣間見たからだろうか。心做しか淀んでいた瞳に生気と光が若干戻っている。

「『ウェブ004』のデータをとりかえせるってことでいいの?」
「いくつもはりめぐらされているであろうワナをくぐりぬけることができればね。でも……」
「『でも』?」

 気まずそうに顔を逸らすアドレイドに代わって、フローレイティアが続きを担った。

「残されている時間が圧倒的に少ない」
「いや、それは知ってますってば。猶予はどんぶり勘定であと一週間くらいでしたっけ?決して長くは無いですけど、一つの都市を洗うならそれだけあればギリ何とかなりそうじゃないですか」
「一週間……。本当にそれだけあればどれ程気が楽だったか」
「「「は?」」」

 何やら聞き捨てならないワードが飛び出して来た。

『本当に』とは?

 突然の「未知」を飲み込めず愕然とする壁際の三人の脳はフリーズを起こしかけるが、フローレイティアは畳み掛けるように淡々と新たに発覚した事実だけを述べていく。自然解凍されるのをいちいち待つ程彼女は寛容ではない。

「フラッシュメモリに記されていた二つ目の情報。それは『真のタイムリミット』についてだった」
「ひ、一つ目の位置については答え合わせの前から何となくわかってはいましたけど何です急に……?『真の』?」
「そのままの意味だ。これまで私達が信じていた刻限は偽りで実際はもっと短い」

 前提が、

「『ヴァニッシュラプター』と交戦する前の猶予は3日だった。そしてこいつが昏倒していた時間と現地までの移動を考慮すると奪還作戦に使える時間は、──────ざっと24時間だな」

 崩壊していく。

「……ふざけんじゃねぇ……っ!」

 最初に声を発し、動いたのはヘイヴィアだった。
 全く予想していなかった事態の急転を未だに信じたくないのか、額に脂汗を滲ませて掴みかからんばかりの勢いでノエルに詰め寄っていく。

「おい、アホ女!てめぇが言っていた残り時間を基準にしていたらこのザマだ!?どういうことか説明しやがれっ!まさか今更『実はうそでしたーごめん』なんつー展開はナシだぜ!」
「わ、わたしだってわかんないってばぁ!『情報同盟』のスパコンでわりだしたきげんだったのに、それをうわまわるスピードだなんてぎゃくにどうやってるのかこっちが知りたいくらいだし!」

 しかし眼鏡の少女もまた同様のようで、瞳孔を見開き両の掌を高速で左右に振って全身で知らないという様を表現していた。

「まちなさい。その子はわるくない」
「あんっ!?」

 再び疑いの目を向けられて狼狽える彼女に助け舟を出したのは、全ての事情を知る女スパイ。であると同時に彼女にとって怨敵であるはずのアドレイドであった。

「黒幕はそれいじょうの演算装置をほゆうしているってことよ」
『情報同盟』のスパコン……、いじょう……!?」
「私もそれについては初耳だな。話してもらおうか」

 フローレイティアはいつの間にか懐から拳銃を取り出し、女スパイに突き付けていた。叩けば叩く程埃が舞うのなら、全て吐き出させるまでということか。
 尤も銃口に晒されている当人は隠し立てするつもりはないのか、意に介せず聞かれたことに対してツラツラと答えていく。

「『ネバー』は絶対安全のしょうちょう、オブジェクトを都市のちゅうしんに据えている」
「『安全国』のど真ん中にオブジェクトだぁ!?遠く離れた郊外に置いておくならともかく、ソイツはバリバリの条約違反だろ!?黒幕のクソ野郎とやらは『アースガルド』の惨劇を忘れやがったのか!?」
「おもてむきにはかくされているもの。そしてその条約は四大勢力がかってにきめたもの。いちおうは『資本企業』にぞくしながらも、はんぶんは独立じょうたいにあるからできるルールのぬけあなってところかしら」
「しんじられない……!50mいじょうの巨体がどうやって街をまもるっていうのさ!?ビルは?住民は?どうろは!?」

 ノエルが主張するように都市部でオブジェクトが暴れ回れば、莫大な威力を誇る主砲を撃たずともただ動き回るだけで建造物や人々は薙ぎ倒してしまうだろう。
 せっかく整えて育てた自分の庭をロードローラーで均してしまうのでは本末転倒だ。
 都市の防衛と保全。
 この二つを両立させるには。

「いたってたんじゅんな理屈よ。周囲にきがいをおよぼさないようにさいしょから定位置に固定されているの。かのじょ、『アンナマリー』のやくわりは専守防衛と都市ひとつをまるごともちいた演算装置。ほら、これならじぶんからうごけなくてもべつにかまわないでしょう?」

 確かにその方式ならば自主的に動けずとも「守るだけ」には十分だろう。その上で、だ。

「なるほど、『アンナマリー』?……の特性は大体わかったよ。『ネバー』の心臓部ってことも、最重要部だけあって攻略に手間がかかることも。でもさ、」

 クウェンサーが最も重篤な問題に触れる。

「そもそもいきなり正規の軍が『安全国』に攻め入るなんて世間様が許してくれるのか?」

 『ネバー』を分厚く覆う『安全国』という不可侵のバリアーに。
 同じ意見に行き着いていたのか、ヘイヴィアも相棒に連られるように懸念していた点を並び立てていく。

「そこなんだよ。オブジェクトをぶっ壊すには同じオブジェクトクラスの破壊力が要る。だからって民間への被害を無視して『ベイビーマグナム』を突っ込ませられんのか?お姫様にそんなクソみてぇな真似させられるか?俺は御免被るぜ」
「ああ、その強硬手段を実行すればもれなく第37機動整備大隊は虐殺者の仲間入りだ。『正統王国』を含めた世界中から敵認定されてすり潰される末路が待っているだろうな」
「じゃあどうするのさぁっ!?わかりやすい悪役をぶっとばして大団円をむかえるハッピーエンドなんてさいしょからなかったっていうの!?」

 ノエルの悲痛な叫びが病室に虚しく木霊する。
 しかし応える者は誰もいない。
 それぞれが行き詰まりつつある状況で選び取れる「最悪の中での最善」を思案し沈黙に伏していた。

「あら、おこまりみたいね。でもあきらめるにはまだはやいんじゃないかしら?」
「「「「!」」」」

 ただ一名、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインを除いて。

「正面突破にこだわっているから壁にぶちあたっているのよ。だったらアプローチのしかたを変えればいいじゃない」
「はぁ?一体何を……!?」

 焦燥に駆られていた一同を他所にクスクスと余裕を含んだ笑みを浮かべる女スパイは、細長い人差し指を自身にツンツンと向けてこう言い放った。

「『軍』ではなく少数精鋭の『観光客』ならどう?『ガイド』役ならここにいるのだし。格安料金でスリリングなわすれられないツアーにごしょうたいしてさしあげるわ♪」
「「「…………………………」」」

 突如として袋小路を打破する解決案が提示されたにも関わらず、「経験済み」であるノエル以外の三人の脳内に最初に想起されたのは歓喜ではなくとある推測であった。

(((こいつ絶対にまた頼らざる負えないタイミングを狙って自分を売り込んで来やがったな……)))


3

 以上がいろんな条約をまるっと無視して捕虜を此度の作戦遂行メンバーに組み込んだ顛末であった。
 そして彼らが現地に降り立って最初に行っていることといえば──────。

「おらー持って来てやったぞ元凶共ー」
「クソ不味いレーション以外のメシにありつける贅沢に咽び泣きやがれー」

 立ち並ぶ摩天楼によって狭められた空の合間を大小無数のドローンが行き交うその直下。
 クウェンサーとヘイヴィアはお揃いの気の抜けた声を発しながら、少し遅めの朝食を乗せたトレーと共に女子組との合流を果たしていた。

「お金をだしたのは私なんだけど。とついケチくさいことを口ばしっちゃうのは『資本企業』に身をおいてたからかしら。まぁ、おごってもらうごはんがいちばんおいしいのは世界共通なのはまちがいないでしょうけど」
「待ってましたー!ケチャップとマスタードたっぷりのホットドッグ!カリカリホクホク皮付きフライドポテト!氷すくなめだけどキンキンに冷えてるラージサイズのコーラ!プロの栄養士さんがみたらおせっきょうコース直行のジャンクまつりじゃーっ!いっただっきまーす!」

 端的に表すと腹ごしらえであった。

 現在『ネバー』観光ツアー御一行(笑)がいるのはダウンタウンエリアの外れに店を構える世界中でチェーン展開しているカフェのオープンテラス。
 アドレイドの発案で身体のコンディションを整えるついでに腰を落ち着けられる場所で現場ブリーフィングを行おうとしていた。
 『ネバー』は100万人以上の人口を擁する一大都市。「木を隠すなら森」理論に従ってコソコソと人気の無い路地裏で密談を交わすよりも、どこにでもいる一般人に扮して表通りで世間話に華を咲かせているフリをした方が目立たないというわけである。

「しっかしフローレイティアの奴、過密スケジュールとストレスでとうとうヤキが回りやがったか?そこでどうして『じゃあ行って来い』って口車に乗っちまうんだよ……」
「それも必要とはいえこんなトラブルなんて陳腐な言葉じゃ生温いカタストロフィーメーカー二人と潜入工作を成功させろって……。控えめに言って無理ムリむり、M・U・R・I!」
「でも、あのままベースゾーンにいてもほかの策がうかんだかしら?私としてはすくなくとも『虐殺者』として糾弾されたすえに抹殺されるか、ゆびをくわえてせかいが個人のつごうのいいように舗装されていくのをただ見ているだけよりかはマシな道をしめしたつもりだったのだけれど。それにあなたたちだってかわいいミリンダちゃんの手をよごさせるのは反対でしょう?」
「それは、そうだけど……」
「だったらもうすべてをうけいれてやるしかないないってコト。ほら、たべないの?料理がさめるわよ」

 着席して早々に愚痴を零すジャガイモコンビであったが、女スパイの正論の前に口を噤まされる。
 本気で論破して捻じ伏せる意図は無いのだろうが眼前の女は相手を問わず望む情報を引き出させる話術のプロだ。気を抜くと会話のペースを持っていかれそうになってしまう。
 実際に前回のロズウェル空軍基地跡での戦闘といい今回の潜入作戦といい、計画通りの方向へと誘導されてしまっている。
 また知らず知らずのうちに掌の上で踊らされているという状況に陥るのは手綱を握る側である彼らにとって好ましくない。というか真っ平だ。
 なので手始めにどちらが「上」なのかをはっきりとわからせる必要がある。
 クウェンサーはドリンクを手に取るとカップに備え付けられていたマドラーをレイピアのように突きつけてアドレイドの身体のとある部位を指した。

「素直に待っていたということは理解していると思うが裏切ろうなんて考えるなよ」

 鋒が示す先、彼女の細い首には隣に座るノエルとそっくりお揃いのチョーカーに偽造されたとあるデバイスが取り付けられていた。

「『エンゲージ・ハイロォ』の各種コードなら既にフローレイティアさんから預かっている。それに1時間おきの定期信号の入力が確認されなかった場合でも自動で作動するから、俺達を無力化しても無駄だからな」
「つまりはあなたたちがうっかり敵に殺されてもアウトってワケね。そういうことなら死ぬ気でまもってあげるからやさしいガイドのおねえさんにまかせときなさい。それはそれとして、私だれかとペアルックって人生ではじめてかも。ノエル、いっしょに写真どうかしら?」
「ゔぇあっ!?いろんないみで仇と、それもこんな物騒なペアルックなんてうれしくないってば!なーれーなーれーしーくーすーんーなー!遺影ならひとりで撮りやがれっつーのっ!」

 携帯端末を片手にグイグイと自撮りスタイルで肩を寄せてくる女スパイをうっとおしそうに押し止める眼鏡の少女は、半泣き気味に自らが置かれている境遇への疑問を訴える。先程まで目を輝かせて料理に舌鼓を打っていたのに情緒と表情筋の変遷が目紛るしい。

「そもそもどうじで肉体派からいちばん遠いかよわきノエルちゃんがこんなデンジャラスゾーンにかりだされてるのさー!?『ウェブ004』もうないじゃん!いまっ!わたしっ!ただのっ!美少女っ!!」
「どうしても何もアンタの所から流出したデータなんだからシステムにアクセスする際に管理していた人間の生体認証が必要なんじゃないか?」
「ヴッ!」

 クウェンサーからの指摘が図星だったのかノエルは呼吸を詰まらせて非常にわかりやすく身体を硬直させた。
 相変わらず誤魔化したりしらばっくれることを知らないポンコツの方など見もせずに、ヘイヴィアは自分のグラスに残った氷をストローでガシガシと無意味にかき混ぜながら淡々と補足を加えていく。

「別に眼球と指の一揃いを差し出しとけばてめぇをこんな所まで連れて来なくてよかったんだけどな。俺達側としてはロクな戦力になりそうもねぇ足手まといと一緒なんか願い下げだからそっちの方がありがたかったくれぇだ」
「ノエルちゃんの人権ドコー!?哺乳類のそしきは切りとったらそれっきり再生しないって理科の教科書にかいてあるんデスケド!アイムノットプラナア!!」
「「……………………」」

 あり得たかもしれない物騒な可能性と好きに千切って待っていく紙粘土レベルと同等にまで繰り下げられている自らの身体のパーツの扱いにノエルはワナワナと震えて抗議の声を上げるが、馬鹿二人は目すら合わせずに無視を決め込でいる。逐一コイツのオーバーリアクションに付き合うだけ徒労だと理解しているせいだろう。
 全体的に漂っている空気が悪い。

「はいはい男子たち、よってたかっておんなのこをイジめないイジめない」

 そんな少年少女達の様子を見かねたのか、唯一平時とテンションの変わらない年長者のアドレイドが雰囲気を刷新すべく場を取り仕切る。どうやら先程の『エンゲージ・ハイロォ』を用いたマウント取りの効果は希薄であったようだ。

「そもそも、そんなことしてもデータの認証が瞳孔のしゅうしゅくや生体電流ごとよみとるタイプだったらただの血なまぐさいスプラッターのやり損になるでしょ。だからやっぱり本人を用意するひつようがあるんじゃないかしら?」
「そうなのっ!?だったらおどした意味とは!?てか強制連行はかくていだったってことはノエルちゃんさいしょから鉄火場にブチこまれるのも既定路線じゃん!やだー!」
「あのなぁ……。つってもいざ今回の作戦でドンパチするハメになったら危険ランクは矢面に立つ俺様とそこの女狐がレッド。その次は爆弾で姑息に立ち回るモヤシ野郎がイエロー。んで目的地まで特にやることのてめぇが安心安全のグリーンだろうが。後ろに隠れることしかできねぇムカつくド素人のお守りなんて愛想の良いニコニコ笑顔でやってらんねぇんだよ。文句垂れるならマトモに銃を扱えるようになってから言いやがれ」
「ぐぬぬぬ……。スーパーガンスリンガーノエルちゃんが爆誕したらさいしょにキサマらのおしりの穴をもうひとつふやしてやるからおぼえとけよ……」
「私もふくまれてるのね。まぁいいわ、気はすんでないでしょうけど不毛な言いあらそいは一旦ストップしてちょうだい」

 確かにしかめっ面同士を突き合わせ続けても事態が好転することはない。
 一刻も早くこのフラストレーションから解放される手段はただ一つ。さっさと世界を救ってしまうに限る。
 そのためにまずは段取りの打ち合わせだ。

「あらためてベースゾーンで取りきめたことを再確認するわよ。私たちに課せられたもくひょうは『機密情報の奪還』と『黒幕の抹殺』。OK?」
「ああ、前者は『アンナマリー』に潜入してデータを回収後、速やかに撤退。それが困難と判断したならバックアップを含めてサーバーごと破壊することが検討されてるけど」
「え、ちょっとそれは……」

 「破壊」という物騒なワードに当のサーバーの管理を務めていた番人の少女が戸惑いの声を上げようとしたが、クウェンサーが浮ついた未練を無理矢理断ち切るように直ぐ様それを遮った。

「そいつは最悪のケースだ。けど下手な希望なら今のうちに捨てておいた方がいいぞ。必要なら絶対に実行するのが軍だってことは操縦士エリートだったあんたならわかってるだろ」
「……………………うん」

 納得したんだかしてないんだか不明瞭な間はさておき、元エリートで現在絶賛無職のノエル=メリーウィドウは再び返り咲けるかもしれない儚い可能性を脳の片隅に置いておくことにしたようであった。
 自由や身の安全を手に入れるには、やるべきことを全て終わらせるしかない。
 そう学習した証左故か囚われのポンコツエリートは早速テンションの切り替わりをそのまま身体へと反映させたかの如く、小学校低学年児童のように勢い良く挙手して質問をぶつけてきた。

「はいはいっ!じゃあずっと気になってたんだけど、けっきょく『黒幕』ってだれなのさ?全部はなすとか言ってたくせに名前すらこっちにはしらされてないんだけど。いちばんだいじなことでしょソレ?」
「あら、私としたことが上官さんいがいにつたえるのをわすれていたわ。わざわざ言わなくてもとっくに察しはついているとおもっていたからついうっかり」
「イヤイヤ、わかんないからこうしてきいてるんデスケド!」
「わるかったわ。まぁ、すくなくともそこの二人は察しがついているみたいだけれどね」
「えっ?そうなの!?だれ!?だれっ!?おしえてっ!」
「「……………………………」」

 喧しく詰め寄るノエルに対し、ジャガイモコンビはその辺の家電量販店で投げ売りされる音声出力AIのように親切な回答など返さかった。代わりに片割れの戦地派遣留学生の少年が自身にとっては正面、眼鏡の少女にとっては真後ろの方向へと気だるげに指を差す。

「ノエル。ちょっと振り返ってみろ」
「はい?」

 疑問を浮かべながらも、促されるままノエルは身体を軽く捻って背後を向く。
 視界に飛び込んで来たものは高層ビルの壁面に貼り付ける形で設置された、もはや幅をインチではなくメートルで測る規模の巨大なディスプレイ。
 少女の求めていた答えはそこに在った。

『やぁおはよう諸君!それぞれが良き朝を迎えられているだろうか?私は例の如く毎朝すっきり起床できたとも!ひとえに「楽園」に住まう隣人や訪れてくれた旅人である諸君らが──────』

 映し出されていたのは白い歯を覗かせた完璧な微笑みとどこまでも抜けるような綺麗事を並び立てた朝礼を聴衆に浴びせる茶髪オールバックの男。つまり、

「……………………アレ?」
「アレ」
「……………………マジっすか?」
「『ネバー』のわだいが報道されるたびに見るかおだものね。──────ドミニーク=G=ラスティネイル。この街の現市長よ」

 それが此度の総勢31機ものオブジェクトを潰し合いという前代未聞の騒乱を誘発し、高みから見物していた黒幕の正体であった。

「ふーん」
「市長さんねぇ……」

 しかしながらとうとう打倒すべき敵の正体が浮き彫りとなったというのに、ドラゴンスレイヤーコンビの反応に驚きの色は無い。
 既に結末を知っている大して面白くもなかった映画の再上映でも見ているかのように退屈そうな様子ですらあった。

「……まぁ、最初から予想をしてはいたぜ。『ネバー』の名前が出た時点で目星を付けちゃいた」 
「で、見事正解ってことなら話は早い。この推定クソ野郎がどんな奴なのか詳しく聞かせてくれ」
「……かしこまったわ」

 リクエストに応じて、アドレイドは元上司にして今はターゲットに当たる男について静かに語り始める。
 その表情に一瞬だけ冷徹な諜報員に似つかわしく無い嫌悪感が僅かに滲んでいた。

「ドミニーク=G=ラスティネイル。ねんれいは51歳。もとは『資本企業』の実業家で、のちにじぶんの王国となる『ネバー』の開発プロジェクトではせんとうにたち主導。そして初代市長をきめるさいはふくすういた候補者をおしのけて、あっとうてきな支持率で35歳というわかさで当選して就任。それいらい16年間この街にくんりんしているわ」
「うーん、ここまではうすっぺらいフリーの百科事典サイトやこうしきホームページにものっているていどだね……」
「じゃあお行儀の良い『表』にはとても載せられない本性、『裏の顔』とやらを教えてもらうとしよう。ノエルの言う通り、それだけじゃただのどこにでもいる成金と一緒だ。鑑みるにどうせそのサクセスストーリーだって真っ当な道を歩いた結果じゃないんだろ?」
「おさっしのとおりよ」

 短い肯定と共にアドレイドは手元のアイスティーを口に含み、乾きを潤してから続きを述べていく。

「じったいはほかの政敵へのきょうはくや暗殺をふくむあらゆるしゅだんによる排除。それにくわえて当時難病におかされていた妻にろくな治療をうけさせず見殺しどうぜんに死なせて、『亡き妻の遺志に報いようとする夫』というおなみだちょうだいのじさくじえんのおかげというのが真相。いつだって民衆は悲劇的なバックボーンをせおったヒーローがすきだものね」
「うわー……えげつな……」
「まとめるとかれの正体はだれも信用せず、妻子を含めたすべてのにんげんを利用できるかできないかで価値をはんだんするエゴイストってところかしら」
「要するにどうしようもねぇクズってワケだな。わかりやすい悪役ってのは好きだぜ。ぶっ殺しても心が一切痛まねぇからな」
「彼についてはひとまずこれくらいにしておきましょうか。なにか気になることがあればこたえられる範囲でこたえるけど」
「あー、それなら……」

 設けられた束の間の質問タイムに乗じてクウェンサーがおずおずと弱々しく手を挙げた。
 彼にとってもう一つ、どうしても聞いておかねばならないことがあったからだ。
 最新型の戦車やガンシップなどの装甲車両や航空機、得体の知れない科学を応用して造られた次世代兵器、意志を持たぬ無人機の群れ、襲い来る猛獣や有毒生物……。
 オブジェクト以外にも、彼と相棒を始めとする第37機動整備大隊は「怪物」と呼ぶに相応しい存在と渡り合ってきた。
 そしてそれらの中には、「一騎当千の個人」が含まれていたケースもあったわけで。

「ドミニーク自身の戦闘能力はどの程度なんだ?」
「おう、そいつは是非ともハッキリさせなきゃいけねぇ点だな。ひょっとして野郎は全身を改造したサイボーグや元特殊部隊の教官だったり、『島国』由来のサムライソードマスターとかだったりしねぇよな?違うよな?」
「そのぶっとんだ属性の数々がどうして浮かんだのかはよくわからないけど、そのてんについてはあんしんしていいわ。かれが格闘術をおさめていたり、従軍していたきろくはない。きっすいのビジネスマンだから身体スペックにかんしてはそのへんの中年男性とかわらないとおもってくれてけっこうよ」
「デスヨネー。……しゃあっ!」
「だよなぁ……。映画やゲームじゃねぇんだからボスだからってイカれてる強さしてる必要なんか別に無ぇもんなぁ……。普通は……」
「え、きゅうになに?きもちわるっ」

 過去に遭遇してきたバケモノ達のせいで「人間」の基準を見失いかけていた学生と不良貴族のテンションがおかしなことになっているが、元エリート二人組はそのことなど知る由も無い。しかし興味本位で追求すると面倒そうなのは察知できたので、それ以上はタッチせずにブリーフィングを進行することにした。

「えーと、もういいかしら?」
「「アッハイ、ドウゾ」」
「次に『アンナマリー』について。どこにそんざいするかは……、これも教える必要あるかしら?」
「ううん、こんどはだいじょうぶ。たぶんもう見えてるから」

 答え合わせを断ったノエルは自らの視界に映り込むとある建造物を見据えていた。
 彼女の眼差しが向けられた方角、都市の中心にて鎮座せしは周囲の摩天楼すら見下ろすように天へと伸びる銀の塔。 
 即ち、『ネバー』象徴たるモニュメントであった。

「そう、せいかい。街のどこにいても目につくあのタワーこそが私たちの最終目的地、『アンナマリー』。なまえもそのまんまだものね。おもてむきは住民やかんこうきゃくからは展望台をはじめとしたショッピングモールや市庁舎がへいせつされた複合施設としてしたしまれているけれどそれは仮のすがた。しょうたいは知ってのとおり、拠点防衛と迎撃および演算処理に特化させたオブジェクトよ」
「住んでいる連中は知っているのか?自分達が普段利用しているランドマークがトンデモ兵器だってことを」
「もちろん秘密主義のドミニークのことだから秘匿しているわ。だから、あれがオブジェクトだとしる人間はかれにちかしい者たちいがいにはいない。でも、いちぶの住民はきづいているでしょうね。けっして口にはしないけど」

 果たしてその寡黙さは街の王に目を付けられて抹殺されるリスクを恐れてなのか、それとも自分達の生活の豊かさを直接脅かすものではないから無関心を装っているのか。或いはその両方か。
 聞き手である三人の背筋を薄ら寒い感覚が撫でるが今は関係の無い事だ。頭の隅にへと追いやって話し合いに集中する。

「そして重要なポイントだけど、こんかいはあなたたちおとくいの『破壊する』という手段はあきらめてちょうだい」
「あん?どういうことだ?」
「『アンナマリー』の動力炉はひとつだけじゃない。たしかにメインのものはタワーの真下にあるけれど、そのほかのサブ動力炉が『ネバー』地下のかくちにちりばめられてせつぞくされているの」
「なるほど、うごく必要がなくてひろい土地をまるごとつかえるなら『オブジェクト一機につき動力炉は原則一つ』のセオリーをまもらなくてもいいいってことだもんね」 
「そういうコト、犠牲者を出したくないならなおさら」

 一つ残らず動力炉を停止させれば黙らせることができるかもしれないが、総数すら把握出来ていないのに残された時間で全てを探し出して実行するには大隊の兵士達1000人を総動員したとしても不可能だろう。
 更にサブとはいえオブジェクトに用いられる動力炉。物理的な破壊に成功したとしても、起爆してしまったら一つだけでも無辜の人々を大量に巻き込んで街の区域が丸々消失する。
 そもそも虐殺を避けて少人数での潜入作戦を選択したのだ。
 今更別方向に舵を切ることなどできないし、するつもりもない。

「本体を潰すのはナシっていうのはわかった。どうせ最初から現実的じゃないしな。だから当初の予定通り忍び込んでサーバーから機密情報を奪還する、だろ。まさかそのサーバーすらもアンタの知らないどこかや『アンナマリー』のエリート自身が肌身離さず大事に抱えているっていうなら正直お手上げだけど」
「そこはあんしんしていいと思うわ。市庁舎がへいせつされていると言ったでしょう。ドミニークはたとえ肉親であっても信用しない男。じぶんの手と目のとどかないばしょ、それもじぶんいがいの人間に重要なものをあずけることはありえない。データはかくじつにタワー内のどこかにあるわ」
「そういうことならりょうほうのターゲットがおなじたてもの内にいるってことだから好都合だね」
「方針を纏めるぜ。まずタワーに忍び込んで監視の目を抜けつつドミニークの身柄を確保。そっから死なねぇ程度に締め上げて盗んだデータの在り処を吐かせて捜索。奪還して中身を確認、持ち出せねぇならぶっ壊し次第用済みになったクソ野郎を始末して離脱って流れだ。基本このシンプルな三段構成だが、途中のアクシデントによってはアドリブでその都度切り替えてく。つまりは『世界の命運』がかかっている以外はいつも通りっつうことだ。いや、思い返してみりゃ割りと頻繁に世界規模のゴタゴタに巻き込まれてんな俺達。うん、やっぱ平常運転だクソッタレ」

 ざっくりとではあるが部隊長(仮)のヘイヴィアによって作戦全体の手順は定められた。
 既にテーブルの上の料理は完食され、残すはドリンクのグラスの底に溜まった融けた氷ですっかり薄まった数口分のみ。
 もう間もなく出立の時は訪れる。その間際。

「それじゃあ、さいごにすこしおはなしをしようかしら」

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインは個人的な会話を唐突に切り出した。

「急にどうした?もう話すことなんてないだろ」
「ええ、作戦にかんしてはね。でもせっかく来たんですもの。あなたたちに『ネバー』の仕組みついて知ってもらおうとおもって」
「仕組み?」
「興味をもってくれたようでなによりだわ。まずはなすと言っておきながらわるいけど、この街をちょくせつ目にしてみてどうおもったかしら?ほら、てきとうな第一印象でもかまわないから」

 何だかまた女スパイのペースに乗せられているような気がしないでもないが彼女から騙そうとする意図は感じられなかった。
 生殺与奪の権は依然としてこちらが握っているので、クウェンサー達は若干の警戒を残しつつも思考を貼り巡らせていく。

「んー、そうだな……」

 確かに違和感なら無人バスの乗車中からずっと感じていた。
 他の都市には有って、ここに無いもの。
 他の都市には無くて、ここに有るもの。
 記憶を辿りその違和感のシルエットを浮かび上がらせたならば、後は思い至ったことを言葉にするのみ。

「──────働いている『人』が殆どいない、かな」
「なるほど。いい着眼点ね」

 振り返ってみれば『ネバー』に足を踏み入れてから、社会を維持していく上で必要となる「労働に従事する人々」を見ることはなかった。ティッシュ配りのアルバイト一人すら。
 代わりに目にしてきたのは路上を往来する清掃ロボットやビルの合間を縫うように荷物を運ぶ空輸ドローンばかりだった。

「そういやそうだったな。街に着いてから乗ったバスを始めとする公共交通機関は自動運転だし、今いるカフェだって注文の応対も人間のスタッフじゃなくて自販機みたいな半セルフ式だ。まぁ『未来都市』って触れ込みだしそういうモンだって勝手に納得していたけどよ」
「あなたたちがおもったように『ネバー』はろうどうの多くをドローンをはじめとした機械がになっているわ。『アンナマリー』が統制をとることによってね。病院などのさいていげんの施設くらいにしか人間のスタッフは勤務していないわ。それらも自動化がすすめられてにんずうはきょくたんにすくない」
「へー、演算処理能力は解析だけじゃなくてインフラのせいぎょにもつかってるんだ。ていうかそっちがメイン?パンフレットにはどっかの産油国みたいに住んでいるかぎり学費と医療費と光熱費はタダってかいてあったしマジで至れりつくせりだね。住民ぜんいん総ニートとかめっちゃうらやましいんだけど」
「ほんとうにそう思う?」

 能天気なノエルの口調に対し、アドレイドの声はどこか冷めていた。

「ドローンの生産や維持はタダじゃない。公共物だからもちろんそれらは住民たちがしはらう『税』によってまかなわれているわ」
「でもこの有り様じゃ働き手は機械に殆ど取って代わられているみてぇだから、人間が金を稼ぐ余地なんて無いんじゃねぇのか?」
「だからかれらは街の『中』ではなく、『外』から金をかきあつめているのよ」
「外貨か。成る程、それで『資本企業』外からの移民を積極的に受け入れていたのか」

 一つの都市のみで金を循環させても、独占や遺失などの要因でいつかは停滞がやって来る。足りなくなった分を補うために新たに造幣したとしても、やはり狭い範囲の中だけではいずれ来るインフレーションによる経済の崩壊を招いてしまう。
 だから他所から毟り取る。

「ええ、四大勢力それぞれの出身者をそれぞれのほうほうではたらきアリのようにみつがせるためにね。『正当王国』は貴族じだいにきずいたコネや事業。『情報同盟』はブログや動画配信の広告収入。『資本企業』は株とりひきや資産運用のりえき。『信心組織』は布教かつどうで得たお布施といったぐあいにね」

 暴落しようと、枯渇しようと、破綻しようと。
 全ての勢力の資財を掌握し、世界地図上の尽くを隷属させるまで『ネバー』は止まらない。

「この街が一切合切を独り占めしてブクブク太ろうとしてるってのわかったぜ。だが金は無限じゃねぇ。んな一方的な搾取なら当然豚小屋の家賃を払えなくなる奴も出てくるはずだよな。そういった連中はどうなるってんだよ?」
「イスとりゲームにまけた落伍者のまつろは相場きまっているでしょう?たんじゅんに街からおいだされるのよ。でもそうなるまえにあえてドミニークは声をかけるの。『このままだと路頭に迷ってしまうが、気の毒だから助けてあげようか?』ってあまいささやきをね。人間はいちどあじわった贅沢のハイスコアをわすれられないいきものよ。だからいまの生活水準を維持するため、たりなくなった財をうめなおすためにばくだいな借金やしょうかいされた非合法なビジネスへと手をのばしはじめる。貸すのも斡旋するのもじぶんをしぼりつくした真犯人だというのにね」

 更に理由を加えるならば移民は様々な事情が有れ、元居た場所を捨ててやって来た者達が多くを占めている。
 古巣側からしてみれば勝手に見限って出て行った裏切り者。「やっぱりこっちの方が良かった」と都合良くUターンすることなど到底許してはくれない。
 だから『ネバー』に縋るしかないのだ。
 どれ程過酷な条件を呑まされようとも。
 最低保証の人権が約束される「籍」という後ろ盾を無しに生きていくにはこの世界は厳し過ぎる。

「それで破産して首をくくろうと裏のしごとでしっぱいして死ぬよりもひどい目にあおうと、あの男にとってはもはやじぶんの王国の民じゃないからすでにどうでもいい存在なのよ。移住したがっているにんげんなら行列まちしているんですもの。すぐにつぎの金ヅルをまねいて、収穫したらまたリリースしてのくりかえしをおこなえばいい」
「確かにそいつはたいそう効率的だな。吐き気を催すくれぇに」
「これが『ネバー』……」

 眼鏡の少女はそう小さく呟くと改めて周囲を見渡す。
 屹立するビル群、砂漠に囲まれながらも整備されたインフラ、そして雑踏を歩む人々。
 彼らの何割が観光客ではない元々の住民かは不明だが、笑顔を浮かべている者も少なくはない。
 しかしその明るい表情の裏側では、今いる地位を剥奪されて『外側』に追い落とされないよう怯えながらの日常を送っていると思うと真に幸福そうだとは素直に見ることなどできなかった。

「さっきうらやましいとか言っちゃったけど、やっぱりこんなのは『理想郷』じゃないと思う。なんかこう……、言葉にしにくいけどすっごいやだ!」
「同感だな。勿論世界中のいろんな所で貧富の格差はあるし、弱者と強者との間の壁はぶ厚くて乗り越え難いのもわかってる。だからって俺は正義の味方じゃなくても、『どこにでもありふれているから』っていう理由だけで胸糞悪いものに対して何の感情も抱かない程乾いちゃいない」
「どうせこの街が『世界の中心』とやらになっちまったら、『それ以外の全部』も似たようなルールを押し付けられんだろ?クソ食らえだ。貴族としてこんなノブレスオブリージュの欠片も感じねぇやり方なんか気に食わねぇし、こちとら自分の命以外にも守りてぇモンだってある」
「ええ、いっしょに作戦をこなすあなたたちがそうかんじてくれる人間でよかったわ。だからこわしましょう。すべてをしばろうとする王さまきどりの支配を。スマートに、クレバーに、そしてチャーミングにね。……それにしても鼓舞するつもりなんかぜーんぜんなかったのにやる気になってくれたようでおねえさんうれしいわー!うふふふふ!」
「………………おい」
「どうするもやし野郎?俺達、またまんまと乗せられちまったようだぞ。もうこいつの『エンゲージ・ハイロゥ』の緊急コード入力して構わねぇよな?」
「抑えろ。もうこういう手合は『役には立つけどそういう奴』だってクールに流せるのがデキる大人のやり方ってやつだ。……それはそれとしてクッソムカつくなぁ!!もうっ!!」
「てめぇが一番抑えられてねぇじゃねぇか!」

 焚き付け過ぎて一周回って絶対零度となった(約一名を除く)蔑視の束が向けられていることなど何処吹く風といった様子で、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインはグラスに残っていた最後の一口を満足気に飲み干した。


4

『市長さんへご報告ー。あなたが予測していたとおり、「ネズミ」がはいりこんだことをお知らせいたしまーす。うんうん、例の4にんでまちがいナシ☆どうする?』

『そうかね。思ったより早かったな。相変わらず報せが早くて助かるよ。ふむ、それでは君の好きなやり方で彼女らを丁重にもてなしてやってくれ。「キャロライン」初の実戦とあって浮足立っているのだろう?存分にやり給え』

『はーい♥あっはぁ!そうこなくっちゃ!ずっとたいくつなだけの見張り番にはうんざりしてたの!「この子たち」のほんとうのせいのうをためせる日をどれだけ待ちわびたか!やっぱり操縦士エリートは蹂躙してこそよねぇ!』

『あぁ、大いに期待しているとも。アリュメイヤ。我が目にして、我が耳よ』

『それじゃあいってきまーす♥』

『……ローアイン、聞いていたのだろう?お前にも仕事をしてもらう』

『はい、──────「父さん」』

『この機に乗じて攻め込んでくる他の愚か者がいないか「内側」と「外側」の両方に目を向けておいてくれ。アリュメイヤにはああ言ったが、この街の真の守護者はお前だ。その意味が理解できていないわけではないだろう?」

『わかっています。……それがボクのそんざいする理由だから』

『よろしい。それと今回は私も少しばかり前に出る』

『父さん自身が?』

『裏切り者のペットへの制裁は飼い主である私が行わなければ、支配している他の者達に示しが付かないのでね。心配は必要無い。お前は任されたことだけに集中すればいい』

『でも……』

『私は同じ事を二度言わされるのは嫌いだと何度もお前に教えたはずだが?」

『………………わかりました』

『いい子だ。親子二人で我が最愛の妻、アンナマリーの夢を守ろうじゃないか。彼女もきっとそれをを望んでいるに違いない』


5

「来たわね」

 アドレイドが呟くと同時だった。
 カフェを跡にしようとしていた4人を取り巻く事態が突如としてガラリと切り替わる。
 まず最初に監視カメラ。
 気が付くと見える範囲の全てのレンズがこちらを射抜くように向けられていた。
 次に複数重なったけたたましいローター音と物々しい駆動音。
 彼らの中心とした周囲を無数の陸空ドローンが複雑な陣形を描きながら取り囲んだ。

「これって……」
「もうかよ……」

 既に身体の正中線、急所に沿って幾つもの不吉な赤い点が重ねられている。その正体は各機をゴテゴテと飾り立てている銃火器に取り付けられたレーザーポインターの光。
 明らかに配送や清掃など、市民の日常生活に溶け込んで利用されているモデルに必要な装備ではない。
 実力行使によって敵対者を制することを目的とする暴徒鎮圧用にカスタマイズされたモデルだ。
 そして包囲網の敷設を完了させた証なのか、無骨な無人兵器の群れの中の一機から侵入者達に対しての勧告が放たれる。

『ボクは「ネバー」安全管理部隊隊長ローアイン=ラスティネイル。そこのふしんしゃ4めい。もちものを放棄してあたまに手をそえてじめんにふせろ。したがう意思をみせなければ、「治安維持」のめいもくにもとづき容赦なくはいじょする』

 AIが合成した無機質な音声では無く、抑揚を伴った血の通う人間の肉声だった。
 声質は意外にも若い。あどけなさの残る少年のもののように感じられた。
 スピーカーの向こうにいる誰かさんはもしかしたら自分とそう変わらない年齢なのかもしれないとクウェンサーは勝手に推察する。
 いや、「誰かさん」ではない。
 聞き捨てならない姓を彼(?)は名乗った。

「ラスティネイル?ドミニークと同じ……?」
「むすこよ。かれこそがこの街の番人。つまり『アンナマリー』の操縦士エリートってこと。あの機体はドローンの制御もになっているから、とうぜんこうして見つかれば間接的とはいえカチあうってワケ」
「面識はあるのか?」
「すこしね。でもべつに親しかったワケでもない。敵にまわったら情けなんてかけてはくれないていどよ」

 スラスラと女スパイは襲撃者の概要と自分との関係について述べていくが、どうにも話を聞いた限り「知り合いのよしみ」などと甘っちょろい理由で見逃してくれる展開は期待できそうにない。
 そもそもあちらからしてみれば、自分達は宣戦布告もせずに不意打ち気味に破壊工作をしにやって来た不届き者。弁明と和解の余地は皆無だ。

「んなことはどうでもいいんだよ。どうせ『アンナマリー』はぶっ壊せねぇんだから中身のエリートと面合わせることなんて無ぇだろ。それより行動を起こす前からおもっくそバレてんじゃねぇか。何が『木を隠すなら森』だ馬鹿野郎が」
「たしかにすこしはやすぎるわね。よていではタワーに侵入するまではだいじょうぶと踏んでいたのだけど。いちおうこういうときはあやまったほうがいいのかしら?」
「そうやって謝罪するかどうかを自分で判断しない時点でズレてんだよアンタ!今まで怒られたこと無い人か!?」
「と、とりあえずか弱いノエルちゃんはいたそうなのはイヤだからしたがっちゃってもいいかなコレぇ!?」

 速攻で出鼻を挫かれても無駄口を叩くことは止めない一行を他所に、ローアイン=ラスティネイルは唯一見知った顔に向けて言葉を発する。
 『ネバー』の平穏を担う防人は辺りに漂いつつあるグダグダな雰囲気になど呑まれたりしない。

『アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイ。生きていたのか。……そうか、父さんをうらぎるのがあなたのせんたくということでいいんだな?』
「この期におよんでまだそんなかくにんをいちいち取ろうとするなんてあいかわらず律儀ね。父親とちがって」
『……だまれ。たとえしりあいでも「ネバー」をおびやかそうとする存在はすべて敵だ。おとなしく投降する気がないのならかくごしてもらおう』

 空気が、張り詰める。
 視界を埋め尽くす数十機の無人兵器に対してこちらはたったの4人。正に多勢に無勢。
 向けられている無数の銃口から何が発射されるかは不明だが、仮に非殺傷のゴム弾だとしても命中した箇所によっては普通に人命を奪うには十分に事足りる。鉛玉だった場合、柔らかい人体などいとも容易くグロテスクな赤黒い肉塊と化すだろう。

『ここは危険です。安全が保証されるまで市民や観光客の方々は速やかに誘導に従って避難してください』

 少し離れた場所から今更になって、路上清掃用のロボットが平坦な音声で通行人達に場を離れるよう促していた。しかし民衆は確実に聴こえているであろうにも拘らず、素直に従っている者は少ない。
 寧ろ突然始まった滅多にお目にかかれない逮捕劇を一目見ようと包囲網の輪の外から背伸びして覗こうとしたり、SNSで承認欲求を満たす格好のネタを得るために携帯端末のカメラを向けて一部始終を撮影しようとすらしていた。
 そんな彼らの様子を横目で捉えたジャガイモコンビは互いに目配せを交わす。

「ちっ、仕方ねぇなぁ。ヘイ、もやし野郎。『保険』の下準備はバッチリ済ましてあんだろうな?この期に及んで不発なんてかましやがったら承知しねぇぞ」
「心配しなくともじっくり寝かせて熟成させてるよ」
『なにをするつも
「こんなに早く使うとは思わなかったけどな!」

 ローアインが何かを察知してドローンの群れに命令を飛ばすよりも早く、クウェンサーが尻のポケットに収めていた無線機のスイッチを後ろ手で操作した。直後、

 ドォウッ!!、と。

 空気を急激に膨張させたことによって生じた鼓膜を震わせる破裂音が数ブロック離れたエリアからこちらまでを一直線に突き抜けた。

『なっ!?』

 突然の出来事にローアインは面食らうが、驚かされたのは彼だけではない。
 大前提として、『ネバー』は『安全国』。
 現場に居合わせた名も無き野次馬達は決して遠くない距離で炸裂した爆発音に直接晒された分、彼よりも格段に強く五感と警戒心を揺さぶられていた。

「何だっ!?事故か!?」「近くで何か爆発したぞ!?」「とりあえず通報した方がいいのか……?」「何っ!?怖いっ!?」「ねぇ、なんかヤバくない……?」「やだ、煙こっち来てるじゃん」「うわわっ、こういう時って屋内に避難した方が良いんだっけ?」「おい、邪魔だ!動画撮ってるヒマあったら俺に道を譲れ!」

 楽観極まる物見遊山の対岸の火事気分から一転して傍観者は当事者へと変遷する。
 「自分の安全が脅かされるかもしれない」という不安が群衆の心理に芽吹き、疫病のように伝染と蔓延を繰り返し拡大していく。

『っ!市民のみなさん、どうかおちついてください!ボクの避難ゆうどうにしたがって……」

 ローアインが漂いつつある不穏な雰囲気を諌めるべく指示を出そうとしたが、クウェンサーが無線機を再び操作してそれを遮る。
 目論見通りに『保険』が効果を発揮し始めているのだ。ここで野次馬達に冷静さを取り戻してもらっては台無しだ。畳み掛けるならば今このタイミングしかない。

「させるか!おかわりをくらいやがれ!」

 先程よりも更に近くで破裂音が炸裂した。
 一度だけではない。二、三と畳み掛けるように鼓膜を圧迫する音響が段々とこちらに近づいてくるように連続していく。
 しかし、今度は爆音ではない。爆竹のように弾けるようなものだ。
 聴いた者によっては簡単に命を奪うある凶器を連想させる、──────即ち。

「拳銃だ!さっきの爆発といい、囲まれてるそいつらの仲間が発砲したんだ!ここにいると巻き込まれるぞ!!」

 誰が叫んだのかはわからない。
 しかし、それが皮切りとなった。
 得体の知れない出自不明の爆発。
 視覚からの情報を遮断し、窒息を齎すかもしれない煙。
 そしてトドメの発砲音。
 短時間の間に「死」のイメージを立て続けに刷り込まれた人々の緊張の糸を破断するには十分だった。
 崩壊が始まってしまえば後は早い。

 ワアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!!

 試合終了間際で逆転ゴールを決めたサッカースタジアムの歓声にも似た音圧を発しながら、民衆は存在しないテロリストから逃れるべく一斉に駆け出した。宛ら決壊したダムから放出される激流のように。

『待って……さい!これは……です!ここで冷……をうしな……………う…ボで…!とにか…おち………くだ……!………………、……………ま…………!…………………………っ!!』

 ローアインが必死に宥めようとするが彼の喚起は民衆にとっては悠長で、遠く、そして小さ過ぎた。誰一人として耳を貸す者はおらず、その声を掻き消してしまう。
 パニックを起こした彼らは爆発や発砲(?)が起きた方向とは反対側、『アンナマリー』が鎮座する都市の中心部へと雪崩込んでいく。路上を尽く覆うように。
 自分達のすぐ眼前で行われていた捕り物を無視して、無人兵器の銃口とクウェンサー達の間を横切っている者さえ多々見受けられた。ただでさえ流れて来る煙で視界が遮られているのに、加えて守るべき対象が肉の盾となってしまってはもはや射線を結ぶどころではない。例え索敵用の対人センサーを搭載していたとしても、多過ぎる人数の前ではあまりにも無力だ。

「え?ナニコレ?ラッキー?」

 馬鹿正直にしゃがみ込んで地面に伏せようとしていたノエルは顔を上げて呑気に呟くが即座にクウェンサーが否定する。

「そんなわけ無いだろ。ホットドッグ買って来るついでに小さく千切ったハンドアックスを人気の無いとこにばら撒いてたんだよ。トドメの発砲音モドキは信管単品だけど。どっちも殺傷能力ほぼゼロの音だけ派手に鳴るように調整したやつをな」
「そいつに小型のスモークグレネードと発煙筒を少々トッピングすりゃ、こうやってパニック製造機の出来上がりってこった。風向きの計算はビルばっかで却って楽だったな」
「でもこんな派手にけむりを焚いたら、この場にいるひとみんな燻されちゃうんじゃ……。てかわたしたちも。うへぇ、なんか喉イガイガしてきたかも」
「スモークの成分はパラフィンベース!呼吸器への影響は殆ど無いってば!プラシーボ効果にやられてる暇あったらさっさとズラかるぞ!」
「ここまではうちあわせどおりね。そうときまればノエル、いくわよ!」
「その言いぶりだとこのなかで『保険』とやらを知らなかったのわたしだけかよチクショー!だらぁっ!!」

 この場を跡にしようと民衆の流れに沿って逃走を図ろうとするクウェンサーとヘイヴィアを横目に、エリート二人組が高らかに声を張り上げると公衆の面前でそれぞれの着ていた衣服を上空に放り投げる形で脱ぎ捨てた。
 前後の脈絡を無視した唐突なサービスシーン(?)に虚を突かれた野郎共は呆気に取られて思わず口をパクパクさせる。

「は?イキナリナニヤッテンノっ!?」
「こんな時にストリップショーしてる場合かよ!」

 しかし、彼女達の柔肌がジャガイモコンビを含めた周囲の人々に晒されることはなかった。
 一瞬後。
 滞空していた衣服が地面に落ちるとお馴染みの操縦士エリート専用の特殊スーツにドレスアップしたノエル=メリーウィドウとアドレイド=”エンプレス”=ブラックレイが無駄にスタイリッシュなポーズをキメて佇んでいた。
 もうわけがわからない。

「どういう原理!?そのスーツって爪先から指の先までピッチリ覆うタイプだよな!?二人共腕が出てる服だったから、『下に予め着てました』は通用しないし!」
「そもそも早すぎんだろ!肝心な部分が一片も拝めやしなかったじゃねぇか!雄の本能に従って凝視しちまった俺達に謝りやがれ!」

 変装用のカツラとサングラスを取り払って元の金髪に戻ったアドレイドがスーツ前面のジッパーを胸元のやや下で止めてから、全身の調子を確かめるように四肢をスラリと伸ばしながら浴びせられるツッコミに対して蠱惑的な笑みを浮かべる。

「やっぱり私たちの装いといえばコレよねぇ。あら、どうやっていっしゅんできがえたか気になるのかしら?うふふ、おんなはヒミツがおおいほうが魅力的だからちょーっとおしえられないわ♥」
「バスの乗車中にたのんでもないのにおしえてもらったけど、ぶっつけ本番でやってみたらなんかできちゃった。なんでも諜報員と『島国』のYAKUZAならひっすのスキルなんだって」
「うーむ、プールの授業において女子はてるてる坊主のようなタオルを羽織ったら首から下をカーテンで仕切った試着室のようにして器用に水着に着替えるという高等テクニックを有するというけどそれを発展させて……。だがしかし……」
「真面目に考察を重ねんな気色悪ぃ。つーか 即興の割には息ぴったりじゃねぇかてめぇら。ほんとは仲良いだろ?」

 何はともあれ逃走の準備は整った。
 後は逃げ惑う通行人達に紛れて速やかに監視網を潜り抜けていくのみ。
 4人はそれぞれの装備が詰め込まれたキャリーバッグやギターケースを携えて目的地である『アンナマリー』へと踏み出す。

 そして、そして、──────そして。

 『ネバー』攻略一行はその行方を晦ました。

『…………………………』

 煙のカーテンが晴れると無人機の群れと共にカフェの前でローアイン=ラスティネイル唯一人だけ(彼自身も現場に本人がいるわけではないのだが)が取り残されていた。
 ドローンの駆動する音以外何も聴こえない大都市に似つかわしくない静謐の中、彼はあくまで冷徹な声でとある人物の元へ通信を繋げる。
 全てを見ていたであろうもう一人の操縦士エリートへと。

『…………………アリュメイヤ』
『あーら、なぁに?もしかしてぶざまにも賊をとり逃がしちゃったぁ?ひょっとしてひょっとしてだけど助けがひつようなのかしらん?』
『しらじらしい演技はよせ。どうせぜんぶ知っているくせに』

 クスクスと意地の悪そうにほくそ笑むアリュメイヤと呼ばれた少女は、人の神経を逆撫でる甘ったるい声を転がして同僚を更に煽り立てる。

『バレちゃったかぁ☆でもさいしょからアタシにまかせていればもっとおもしろ……じゃなかった、スマートにかたづいたんだよ?あーあ、市長さんにおこられちゃうでしょうねー。おきのどくさま』
『それはおたがいさまだろう?』
『と、言いますと?』
『キミがわざと爆発物を見のがしたことはわかっている。「キャロライン」をあやつっていながらあんな陳腐な策に気づかないはずがない』

 その「陳腐な策」にまんまとしてやられたことに関しては自分で言ったおかげで屈辱の炎で炙られるような感覚に苛まれるが、今はそこに拘泥している場合ではない。
 アリュメイヤがローアインに指摘された通り、敵をむざむざ見送ったならば単純に取り逃がした彼と同様に失態を犯していることになる。寧ろ明確な利敵行為なだけに尚更質が悪い。
 そして問い詰められた当の本人はというと、

『アハ☆やっぱりバレちゃったかぁ。だってぇ、まだ「この子」がでるまえににローアインくんさきばしっちゃったんだもん。人がせっかくあたらしいオモチャであそぼうとしていたのにその機会をとりあげるなんてしらけちゃうとおもわない?それはモテパワーゼロの野暮ってやつよ』

 適当にシラを切ることもせず、詫びれもしない態度でありのままの思惑をそのままぶち撒けた。通信機の向こうでは小さく舌でも出していることだろう。

『また、わるいクセか……』

 真面目な方の『ネバー』の番人は心底うんざりした調子で溜息を吐き出す。
 そうだ。こういうヤツだった。
 アリュメイヤ=キングスバレイという少女は、全てにおいて己が楽しむことを優先する。
 どうせクライアントが求めているのは結果だけ。だから、その過程で徹底的に遊び尽くす。
 我儘に。身勝手に。傍若無人に。
 それでいて与えられた仕事自体は完璧にこなすのだから、苦言を呈する側だけが空虚さを積み上げていく。故にこれ以上は不毛だ。

『くだらない趣味につきあう気はない。そこまで出しゃばりたいならあとはかってにすればいい。ボクは「外」の見張りにしゅうちゅうする。だからジャマも助けもしない。いいな?』
『おーるおっけー!そもそもさいしょから適材適所じゃなかったんだってば。まぁ、おおぶねにのったつもりで待っててくれたまえよ!アタシと「キャロライン」の前では、「ネバー」のどこににげてもムダだってネズミちゃんたちに思い知らせてあ・げ・る♥』

6

 単純にはぐれた。

「だあぁっもうっ!ヘイヴィアの奴どこに行ったんだよ!通信も混雑しているのか繋がらないし!」

 クウェンサー=バーボタージュは身を潜めているビルとビルの間にある裏路地で、無線機を握り締めながら毒づく。
 『保険』は少々効果を発揮し過ぎたらしい。予想以上に膨れ上がった群衆の波が4人を分断してしまう程に。
 幾ら使わないことが前提だったとはいえ、パニックコントロールを誤った自分の不手際だ。一先ずは追手を撒けたとはいえ、些か幸先がよろしくない。
 しかしながら、不幸中の幸いか現在彼は「敵地で孤立」という最悪の事態にまでは陥っていない。
 直ぐ横に同行者がもう一人佇んでいた。

「あなたの相棒くんなら、ちがう方向へながされていくのがみえたわ。ノエルも彼のちかくにいたから、私たちみたいにうまく二人組をつくれているといいのだけれど」

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン。
 もしこの女スパイに手を引かれてここまで誘導されていなければ、敵地のど真ん中で無謀極まる単独行軍(難易度ホープレス)を始めなければならなかっただろう。それ以前に人混みに揉まれて転倒した拍子に、通りすがる数多の足に踏み潰されていたかもしれない。
 更に直接戦闘となった場合はハンドアックスしか持たないほぼ素人同然の自分だけでは心許ないが、彼女さえいれば戦力的にも手札が増えるという意味でも大きなプラスとなっている。 
 「一人」と「二人」では、できることの幅が大きく変わってくる。『信心組織』風の言い回しになるが、神はまだ自分達を見捨ててはいない。

「よく俺を助けたな。首の『エンゲージ・ハイロゥ』のおかげか?」
「それもあるけど、あなたたちはドミニークのやぼうをくだくカギだと私はおもっているわ。だから、こんなところでサクッと死んでもらっては困るのよ」
「そいつはどうも。それで?ヘイヴィア達はどうする?合流するために探すか?」
「いいえ、彼らのことは一旦あきらめましょう。どちらにせよ最終目的地はかわらない。『アンナマリー』をめざしているうちに生きていればまた出会えるはず」
「そうだな、敵さん見つかった以上時間は刻一刻を争うんだ。無駄に浪費してタイムオーバーを晒すよりさっさと進んで行こう」

 方針は定められた。
 しかしながら、こちらのターゲットはおそらく割れてしまっている。道中は幾重にも張り巡らされた防衛ラインや罠が敷かれているだろう。
 どのように突破するか、少年は顎に手を当てて思考を張り巡らせていく。

(ドローンは……、一先ず撒いたのか?数が少ない。だけどやっぱり油断はできないし監視カメラだって当然そこら中にある)

 その、

 ─────ボゴ。

(だとするとマンホールから下水道に侵入して地下から攻めるか)

 最中、

 ボゴン、ボゴゴ。

(それか運転できるアドレイドがいるから、マジックミラーを貼った車かフルフェイスヘルメットでバイクに乗って顔を隠し

 ボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴッ!!

 唐突に眼前のビルの壁面が泡立った。

「っ……!あぶないっ!!」

 咄嗟に危険を察知したアドレイドにタックルされるような形でクウェンサーは地面に押し倒される。
 直後、彼が一瞬前にいた場所にキューブ状のナニカが勢い良く殺到し、獲物を食いそびれておもちゃ箱をひっくり返したかのように地面にぶち撒けられた。
 欠陥工事が原因で壁が崩壊したのかと一歩遅れて勘繰ったが違う。

 ガシャ、ガシャガシャガシャガシャ!

 散乱してなお、先程のキューブ状の物体は独りでに動いている。
 まるで見えない手によって子供がブロック玩具で遊ぶように、それぞれが自在に結合と分離を繰り返す。
 意図も正体も不明だが一つ分かるとすれば、確実にこれらは自分達にとって友好的な存在ではないことか。

「なるほど。これがそうそうに潜入がバレたげんいんってワケね」

 つまりはずっと見られていた。
 一つ一つは5cm×5cm×5cmというコンパクトサイズ。
 それらをある時は地面、ある時は壁、ある時は天井、ある時は看板、ある時は自動販売機、ある時は──────。
 自在に動かせて自由に模様を変えられる立方体。
 組み合わせてあらゆる物体に擬態させれば、監視の網となる目と耳を街中に張り巡らせることは造作も無かっただろう。

「何なんだこいつらは!?アドレイド!」
「ざんねんだけど私も知らないわ!十中八九、ドミニークが秘密裏にかいはつしていたオモチャってところでしょうけど!」
「じゃあ、新手の戦闘用ドローンだっていうのか……!?」
『あらら、そんな陳腐なモノといっしょにされてはこまるにゃあ』
「っ!?」

 誰に向かって発したわけでもない問い掛けに答える者がいた。
 傍らの女スパイではない。
 崩れた壁の中。
 黒光りを放つ直径3m程の球体が滑らかに転がり出てくる。
 路地裏に姿を表したそいつは、どこに搭載されているのかわからないスピーカーから放たれる甘ったるい声でこちらに馴れ馴れしく話しかけてきた。

『はあ~い侵入者さんたち♥「ネバー」へようこそ!アタシがこの街のもうひとりの番人、アリュメイヤ=キングスバレイちゃんでっす!』

 おふざけ全開といった白々しいノリの自己紹介が終わると不規則に地面に散らばっていたキューブの群れが明確な指向性を持って球体の下へ集まっていく。
 そして不気味に蠢きながら、シルエット全体を覆い尽くし更に一回り大きく膨らませる。それに付随する形で外周部のキューブが組み上がり、砲を、脚を、シンプルな球体を彩るパーツを構成する。
 大きさはまるで異なるが、全体的なフォルムはクウェンサーの脳裏に嫌でもよく見知った兵器を連想させた。
 核の時代に終焉を齎し、既存の戦車や航空機といった通常兵器を反撃すら許さず掃いて捨てるように駆逐する怪物。
 到底、こんな平和ボケした『安全国』の内側に居座っていることなど許されない存在。即ち、

『そしてこの子はアタシがあやつるオブジェクト、「キャロライン」。ホラホラ、ゲストにアイサツして「キャロライン」ちゃん!ヨロシクネ。ワタシトイッパイアソンデネッ!はい、よくできましたー!はくしゅー!パチパチパチー!』
「っ、もう一機……ッ!?」

 オブジェクト。

 たった数文字の単語により、ハンマーで殴られたかのような重く鈍い感覚がクウェンサーの脳を貫く。

『アンナマリー』と『キャロライン』。
 静と動。

 アリュメイヤと名乗る少女の言葉を鵜呑みにするならば、『ネバー』はオブジェクト二機体制で守られていた?
 『アンナマリー』は完全に固定されてその場から動けない故に、要塞化された原子力発電所の延長線のようなものだとまだ辛うじて受け入れることができた。類似例として現在は既に喪われているが、北欧禁漁区における『アースガルド』という前例があったのだから。
 しかし幾らあらゆる面でセオリーから外れているイレギュラーな機体とはいえ、これは流石に掟破りが過ぎる。

 『安全国』を縦横無尽に動き回るオブジェクト。

 あまりの衝撃に精神を呑まれかけて、恐慌状態に陥りそうになる。
 しかし、ここで折れてしまったら二度と立ち上がれない。
 何とか踏み止まって、クウェンサーは喉から必死に声を絞り出す。

「ハッタリだ」

 騙されるな。冷静になれ。
 敵は「オブジェクト」という巨大なブランドを利用してこちらの心理に揺さぶりをかけようとしているだけだ。そうに決まっている。目の前の兵器を断じてあの怪物達の同類だと認めるわけにはいかない。
 思い出せ。自分の目指している職業は何だ?オブジェクト設計士だろう。
 未熟ながらも専門的な観点から見てみれば『キャロライン』はオブジェクトだと名乗るに足る基準を満たしてはいない。そのはずだ。

「ありえない。最低でも核が直撃しても戦闘続行できる堅牢さ誇るオニオン装甲と艦船を一撃で真っ二つにできる砲を両立させてこその『オブジェクト』だ。アンタが乗り回しているそいつはそのどちらも持ち合わせていない!」
『うんうん』
「それにそんな大きさの球状本体にコックピットとJPlevelMHD動力炉を搭載するスペースなんてあるはずがない!ただそれっぽく整えたハリボテだ!」
『あー、コレ?一応ひつようなモノはひととおりおさまってるよ。なかはギチギチだし動力炉は小型化したから出力がけっこうさがってるみたいな問題はいろいろあるけどね。だけどネズミを狩るにはこれでじゅーぶん。まぁ、しんじるかしんじないかは自由だからラクな方にかんがえとけばぁ?そうしないとそのうすっぺらなメンタルが保てないんだもんね。カワイソ』

 操縦士エリートの少女は雑魚の戯言などどうでも良いというように肯定も否定もしなかった。虫けらを潰すのに用いるのが、丸めた新聞紙だろうがスリッパだろうが結果は同じだろうとでも言うように。
 獲物がどれだけ喚こうが反論を並び立てようが知ったことではない。
 そんなもので自身の立っている「狩人」というポジションが揺らぐようなことは絶対に無いのだから、という傲慢さが言葉の端々から滲み出ていた。

『アタシはべつに不毛なレスポンスバトルしにきたんじゃないんだってば。論破したつもりになって一人できもちよくなるならヨソでやってちょーだい』

 よってアリュメイヤ=キングスバレイには玩具程度の価値しか持たない有象無象に対して、一方的な不条理を強いることへの躊躇いは一切存在しない。
 どこまでも押し付けがましい残酷な遊びが、始まる。

『それよりもエンタメもりもりのゲームをしようよ!ルールはかんたんっ!アタシと「キャロライン」があなたたちをおいかけるから、なるべくおもしろおかしくにげてくださーい!制限時間はあなたたちが永遠にオネンネするまで!いまから60秒かぞえおわったら追いかけるからがんばってー!はい、よーいスタートッ!』
「っ、クソッ!」

 要はどこまでも死ぬまで追い詰めて殺すということだ。
 発見されてしまった以上、クウェンサーとアドレイドに選択の余地は無く。悪趣味なレクリエーションに乗るしかない状況に陥っている。
 元よりここは相手のホームグラウンドで自分達は完全なアウェー。ダラダラと一つの敵に構っていては増援が次々とやって来る。
 今が最高値で状況は時を重ねる毎に悪化していくのは自明の理。
 更に結局『キャロライン』がオブジェクトか否かは判明していないが、仮に否であっても得体の知れないトンデモ兵器を相手に生身でそのまま無策で挑んで勝てると思うほど自惚れてはいない。
 こんな狭っ苦しい路地裏でヒロイックな対抗心を燃やして挑みかかっても、易々と死神の鎌に首を刈り取られてしまうだろう。
 業腹だがここは甘ったるい声の主が引いたレールに従うしかない。

『55、54、53、52、51♪』
「とにかくに大通りにでるわよ!一般人がいるなら、あのパズルオブジェクトだってうかつにあばれられないはず!」
「わかってる!」

 アドレイドに促されて、クウェンサーは踵を返して半ば転がるように路地裏から踊り出る。
 しかし、先程まで賑わっていたはずのメインストリートに頼みの綱であったはずの通行人達の姿が消えていた。影も形も見当たらない。
 身を潜める数分前までは若干パニックの空気に当てられつつも、それなりの人数を目にしたというのに。 
 いきなり手札の一つを喪失した金髪の少年は思わず無意味に吠えた。

「どこに行ったんだよパンピーズ!みんな揃いも揃って神隠しにでも遭ったっていうのか!?」
『ごめんねぇ。おもいっきりやりたいからモブたちにはさっさと退避してもらったの。もとはといえばあなたたちのまいたタネよん。ささっ、あと40秒!いそげいそげっ!こっちはもうクラウチングスタートの体勢をとってるゾ!』
「えぇい、危機意識が高いようで何より!」

 これでは肉の盾作戦ver.2が使えない。
 ならば再び身を隠すか。一体どこに?
 潜んだ先にまた『キャロライン』の末端がいるかもしれないのに?
 現在の『ネバー』はアリュメイヤの目と耳が全域に敷かれていると認識して然るべきだろう。
 なので、取るべき選択は守りよりも攻め。
 確実な安全地帯を得られないのならば、強行突破で『アンナマリー』を目指す以外に生存の道はない。
 しかし生身でオブジェクトを自称するあの兵器を振り切るのは余りにも無謀。すぐに追いつかれて嬲り殺しにされてしまう。
 徒歩以外でのアシが必要だ。
 どこだ。どこだ?どこに在る!?

『30、29、28、27、26♪』

 こちらの焦りを煽る目的であろう口ずさまれるカウントダウンが耳障りなことこの上ない。

(充電式のシティサイクル!電動立ち乗り二輪!観光用の三輪オープンタクシー!っ、どれもダメだ!自転車に毛が生えた程度のスピードじゃ到底足りないっ!)

 キョロキョロと辺りを見渡しているこの間にも寿命という蝋燭がゴリゴリと削られる錯覚に陥っていく。

『20、19、18、17、16♪』
「こっちよ!」
「!」

 その時、嗜虐心に満ちた数字の読み上げに精神を炙られているクウェンサーの耳に腹に響く排気音が飛び込んだ。
 音源の方へ目を向けるとアドレイドが路上に放置されていたと思われるバイクに跨って手招きしていた。
 元々纏っていたエリート専用スーツがライダースーツ型だっただけに、自然と様になっている。

『10、9、8♪』
「乗りなさい!はやく!」

 女スパイの声に背中を押されるようにクウェンサーはバイクの下へと駆け出す。
 この機会を逃したら怪物の顎によって、無惨にも噛み砕かれるのは必至だ。
 回収する間も無く避難を指示されたからか、もしくは後で通るかもしれない救急車両側が退かしやすいように配慮したのか、鍵穴にエンジンキーは刺さっているようだった。
 おかげで映画やアニメで度々見られるように、モタモタと何本ものカラフルな配線と格闘する過程をすっ飛ばして逃走手段を確保できる。
 緊急時でもモラルを忘れなかった元の持ち主に心の中で謝罪しつつ、飛び乗るように後部座席に収まり運転を担うアドレイドの腰に腕を回した。

『3、2、1♪』
「OK!行ってくれ!」
「飛ばすわよ!つかまって!」

 停止状態から急加速を行ったせいで若干ウィリー気味に前輪を浮かせつつも、二人を乗せた鋼鉄の騎馬は颯爽と発進する。
 同時にアリュメイヤが刻んでいたカウントダウンが終わりを告げた。

『0』

 それを合図に先程自分達のいた路地裏から、周囲の壁を削るように『キャロライン』が飛び出す。
 地獄のチェイスの火蓋が切って落とされた。
 機体の左右に展開した三対六本の脚で地面を電動ミシンのように高速で蹴りながら、こちらを淀むこと無く追従してくる。
 速い。そして無駄がない。
 『ネバー』は大都市故に路上には停車されている車両や案内標識に看板、信号機といった遮蔽物が多い。よって直線であっても、加速を妨げられるため全速力で駆けることは通常の車両にはできない。
 しかしながら『キャロライン』はそれらを時に跳ね、時に三角飛びのように壁を蹴ってショートカットし、時に機体を分解・変形させて避けることで余計なロスを限りなく減らして速度を維持している。
 柔軟な可動性が齎す高い機動力。
 ゲーム開始から1分程しか経過していないのに、クウェンサー達の乗るバイクの位置を正確に補足して距離を詰めて来ている。

「追いつかれる!もっと速く走れないのか!?」
「生憎これがフルスロットルよ!ほら、カーブ!あなたもいっしょにからだをかたむけて!」
「うおっふぉうっ!!」

 しかしながら、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインの運転技術も相当なものであった。
 操縦士エリートに由来する空間把握能力を駆使して、渋滞気味の高密度で路上に停められていた車両達の荒波の隙間を縫うように滑らかな挙動ですり抜けていく。
 数ミリでも誤れば、接触や転倒を免れない曲芸のように精密なハンドル捌き。
 おかげで『キャロライン』には確かに迫られてはいるが、一定以上の間合いにまで踏み込まれることはない。

「あわばばばばばばばばばばばばばばばっ!!」

 一方でクウェンサーは振り落とされないようにしがみつくか、指示に従って伏せたり重心を傾けたりするのが精いっぱいだった。
 オトナのお姉さんと密着しているというムフフなシチュエーションなのに、興奮よりも恐怖心が圧倒的に勝って堪能するどころではない。
 寧ろ一周回って、逆に冷静さを若干取り戻していた。所謂負の賢者モードである。

「吊り橋効果って行き過ぎると発動が無効化されるんだなぁって……。いや、そもそもこんな地雷女は対象外だから関係無いのかもしれな
「あら、こんなところに段差が」
「ブゲェっ!」

 ガクンッとバイクを打ち上げるような縦への大きな揺れによって、不細工な悲鳴と共に無免許しがみつきコアラの舌が自らの上顎と下顎でプレスされる。
 デリカシーに欠けた発言への制裁はさておき、半ば膠着状態に陥ったことで思考する余裕が二人に生まれつつあった。

「それにしてもつかってこないわね、砲撃。さいしょのときだって崩落なんてぶつりてきな手段じゃなく、そういうのをつかっていたら私たちはいっしゅんで消し炭だったはずなのに」
「な、長く甚振って楽しむための悪趣味なハンデかもしれないけど、やっぱり自分達の箱庭はなるべく壊したくはないんじゃないか?」
「どちらにせよナメられているわね。隙とも言うけれど」

『キャロライン』本体の直径は3m程しか無かった。
 それだけのサイズにコックピットや動力炉のスペースを確保するとしたら、必然的に内殻装甲は薄いものとなるだろう。外殻であるキューブ装甲を取り除きさえすれば手持ちのハンドアックスでも有効打になり得るかもしれない。
 しかしその上で当然、当たり前の前提条件が浮上する。

「まぁ問題はどうやってあいつを丸裸にするかだよなぁ……」
「だったら方法はないわけじゃない、かも。あれっ!」

 目を細めるクウェンサーに呼応して、アドレイドが指で何かを差し示す。
 前方。
 そこに鎮座しているのは総重量20tを超える、車両界のヘビー級アスリート。

「タンクローリーか。成る程、確かに使えそうだ!」

 クウェンサーは女スパイの意図を即座に汲み取ると、背中のバックパックからハンドアックスを取り出して信管を突き刺し、すれ違いざまにタンクローリーの側面に貼り付けた。
 そして後ろを振り返り、遅れてやって来た『キャロライン』が隣に並んだタイミングで無線機のスイッチを力強く押す。

「『窮鼠猫を噛む』って言葉の意味を百回辞書で調べやがれ!サイコロ野郎っ!」

 爆発音と共に大容量のタンクの胴に風穴が空けられ、その真横を通り過ぎようとしていた『キャロライン』へと内部に満たされていた「中身」が降り注ぐ。
 間欠泉のような放出は機体全体を包むように呑み込んで尚も路上に拡がり、巨大な水溜りを形成していく。
 ガソリンなどの可燃性の液体ではなかった。
 そもそも目的は燃料に誘爆させて爆発炎上に巻き込むことではない。
 ならば「中身」の正体は?
 タンクの側面には確かこう書いてあった。

「業務用洗剤」、と。 

「子供でもわかる常識だ。石鹸は、よく滑る」

 かくして目論見は相成った。
 摩擦を奪われて脚を取られた『キャロライン』は横転し、勢いを殺せずそのまま一直線に滑走していく。
 宛ら、巨人のボーリング。
 ピンに見立てられた道路標識や信号機をなぎ倒し、最後に待ち構えていたビルへと勢い良く突っ込んだ。
 けたたましい轟音が辺り一帯に響き渡り、その衝撃を物語るかのように激突した壁に巨大なクレーターを拵える。
 その中心にめり込んでいる追跡者の外殻を構成していたキューブは崩れるように剥離し、覆われていた本体が顕となっていた。

「パーツやジョイントが多いほど物体同士の結合は脆くなる。自身の生み出した猛スピードが最大の両刃の矛になったな」

 厚化粧は引っ剥がし、敗因を告げたが奴はまだ死んでいない。
 トドメをさせるチャンスがあるとすれば、今この瞬間だ。
 こうしている間にもキューブは再び動き出して、本体を包み込もうとしているのが見て取れた。
 復活を許すわけにはいかない。
 バイクが円を描くような鋭い急ブレーキを刻んで停止する。
 彼我の距離は約50mは離れているため、もやし野郎の肩でハンドアックスを投擲しようにも筋力が足らずその手前に落ちてしまう。なので、

「アドレイド、奴に再生させる暇を与えるな!」
「まかせてちょうだい。ここで仕留めるわ」

 飛び道具の出番だ。
 バイクの荷台へと靭やかな腕が伸ばされる。
 女スパイが積まれていたアタッシュケースから取り出したのは、火薬が発明されるまで狩猟で使われていたような折りたたみ式の弩。
 強化プラスチックとカーボンで構成された軍用クロスボウだ。
 付属している「矢」を手に取り、弦に装填し、トリガーを引く。
 流れるような一連の動作で射られた「矢」は、吸い込まれるように無防備を晒している『キャロライン』の表面に突き刺さった。

「着弾かくにん」

 ここで再び強調するが『キャロライン』本体の内殻装甲は内部に機構を組み込むために薄くなっていることが推測される。
 アナログなクロスボウの矢尻では貫通は出来なくとも、突き刺さるくらいには。
 無論、細い棒切れを突き立てられた程度で最先端技術の結晶は沈黙しない。仮に銃火器を持ち出したとしても、最低限対物ライフルクラスの威力を用意しないと厳しいだろう。

「えぇ、ただの棒切れならね」

 そう、弓はあくまで発射装置。
 火、文、鏑、爆薬、麻酔……。
 射撃武器とは何を飛ばすかで用途とその真価が決まる。

 今回は最も原始的な「付加価値」である「毒」。
 ──────ただし、ただの毒ではない。

「さて、いかがかしら。ノエル謹製のウィルスのお味は?」

 矢尻には獣ではなく無機質な機械を蝕む、最新の猛毒が塗られていた。
 直後、突然スイッチを切ったかのように怪物兵器は力を失った。
 機体を起こすなどの明確な意思を宿らせた「生きた動き」がプツリと途切れる。
 それに伴って貼り付いていたキューブ達も無秩序に地面へとバラバラに散らばっていく。
 明らかに「毒」が効いている様子を確認して、クウェンサーは安堵の息を吐いた。

「本来は『アンナマリー』のサーバーにぶっ刺して色々するために用意したんだけどな。こいつにも効いたようで助かったよ」

 オブジェクトはオニオン装甲越しにカメラやセンサー類で得た情報をコックピットへと送るため、装甲の鋼板一枚一枚の表面にプリント基板によって電子回路が細かく溶接されている。
 一見剥き出しとなっているので、ハッキングに対しては為すすべなく聞こえるだろう。
 しかし対策として層毎にファイアウォールが敷かれているため、基本オブジェクトへの外部からのサイバー攻撃は弾かれる。

 だが、『キャロライン』にはその「厚み」が無い。

 その癖オブジェクトだと自信満々に豪語したのだから、大凡の仕組みは似通ったものとなっているはずだ。
 その無駄なプライドの高さを利用させてもらった結果がご覧の有り様というわけである。

 (しっかし、ノエルの奴。電子シュミレート部門との合作とはいえ、ベースゾーンに拘留されていた短時間でこんな凶悪な代物を用意するなんて……。すごく今更だけど、野放しにしちゃいけない類の人種な気がしてきたぞうあの厄眼鏡……!)

 若干背筋に寒気を覚えながらも、クウェンサーは横たわる『キャロライン』に近づき、ハンドアックスを軽く放り投げてトドメという名のダメ押しの一撃を加える。
 するとあっけなく内殻表面がめくれ上がり、直径1m程の穴が空けられた。

「やっぱり直撃さえすれば、この程度の火力でも通用はするみたいね」
「あぁ、そんなことよりアリュメイヤはどうなった?」

 機体に派手な衝撃を立て続けに与えたられたので可能性は低いが、操縦者であるアリュメイヤ=キングスバレイはまだ生きているかもしれない。
 銃を片手に飛び出して来ることを懸念して、一応は油断せずに警戒してみる。

「…………………………………………出て来ないな」
「…………………………………………こないわね」

 が、いつまで経っても何かが起こる気配は無い。
 奇襲に備えて恐る恐る近づいて中を覗いてみたが、ものの見事にもぬけの殻であった。

「だれも乗っていない。脱出したわけでもなさそうだし」
「ならやっぱりドローンの亜種だったってオチか」

 しかし、素直にそう断定するには不可解だった。
 内部を観察してみると、あたかも「人間が直接乗り込んで操縦しますよ」といった風なレバーやボタンが羅列されているようだ。
 この並びが想起させる景色を設計士志望の少年は知っている。
 とある規格外兵器の頭脳部とも言える中枢部。

「……『ベイビーマグナム』、オブジェクトのコックピットと似ている気がする」
「えぇ、おなじ勢力でつくられていただけに『セリーヌ』とそっくりよ」
「でも、こんな機構は無人機なら必要無いような……」

 怪異を見事撃退して大団円を迎えたパニックホラー映画で、エンドロールの終了後に何か不吉なカットが流されそうだと待ち構えているようなザワつく気分に侵食されていく。
 実際は単純に「THE・END」と表記されるだけの杞憂かもしれない。
 しかし、完全に否定するには判断材料が圧倒的に不足している。

「…………………………」

 勿論、敵が『キャロライン』だけではないのは理解出来てはいる。
 潜入がバレている手前、既に倒した敵に拘っているようでは次の敵が直ぐ補充されてしまう。
 しかし、心の中のモヤモヤがどうにも晴れない。

(アリュメイヤ=キングスバレイの行方、無人機には必要無いはずの機構の数々、明らかに手を抜いて遊ばれていた理由。そもそも名乗っているのに扱いが軽すぎないか?敵には俺達の目的地が割れている。だったら確実にやって来る『アンナマリー』で待ち構えていればいいはずなんだ。なのにこんなキツネ狩りの猟犬同然の替えの効く斥候のように使い潰していいのか?……………………まさか)

疑問点を線で結び付けて、考察を重ねていくといくと一つの可能性が浮かび上がってくる。

 「替えの効く」。

 額から嫌な汗が吹き出すのは、思い至る限り最悪の「説」が考える程に頭の中で補強されていくからか。
 それでもクウェンサーは声に出さずにはいられなかった。

「なぁ、『キャロライン』ってもしかして」

 しかし、軽々しく嫌な予感を口にするものではない。何故ならば、

「一機『だけ』じゃないんじゃないか?」
『大☆正☆解!』

 それは往々にして的中するのだから。

「「!」」

 またしても聞き覚えのある人の神経を逆撫でる甘ったるい声に割込まれた。音源はかなり近い。

『うん、いいね。かなりいいよあなたたち。「キャロライン」をたおしてくれちゃうなんて。ま、「チュートリアル」ていどでくたばってもらっちゃ退屈すぎてこまるからね。あそびはやっぱりこうでなくっちゃ!』
「チュート……リアル?」
『そ、出ておいで。「キャロライン」』

 アリュメイヤが呼びかけると付近に点在する全てのマンホールの蓋が内側から吹き飛ばされ、下水道に通じる竪穴から噴水のようにこれ以上見たくもなかったキューブの群れが吹き出した。
 そしていつの間にか忍び寄っていた黒い球状本体に吸い寄せられていくと、先程撃破したものと全く同じ形を為していく。
 それも一つだけではない。
 撃破した個体(?)を除いて、視界に捉えているだけで3機は存在している。

「っ、やっぱりか……!」
「まずいことになったわね」

 一機だけでも手に余るのに、更にその三倍。
 連携を絡めてくるとしたら厄介さはそれ以上。
 唯一スピードだけは対抗できる傍らのバイクの存在感と心許無さが加速度的に増幅していく。

『ごめんねぇ。「キャロライン」ってさぁ、お察しのとおりひとつだけじゃあないんだわ。たのしませてくれたからご褒美にネタバレしてあげるけど、この子はひとつのオブジェクトに複数のJPlevelMHD動力炉をくみこんだ機体。んで、それを覆うのはへんげんじざいなキューブの外殻。つまりは動力炉のかずだけ独立した個体に分割できるってワケ。スゴイでしょ?』

 確かにそういったカラクリならば分割の逆、『ネバー』中に散らばった『キャロライン』を一つに集めれば対オブジェクト戦をこなせる大きさにまで膨れ上がることができるだろう。
 球状本体に搭載された数々の小型JPlevelMHD動力炉を並列接続すれば、速度や砲の出力は飛躍的に上昇し、キューブ装甲の吸着力も増してより堅牢になる。
 その状態ならオブジェクトの名を冠するには不足しない。

『さてさて♪』

 一通りタネを明かすとアリュメイヤ=キングスバレイは鼻歌でも口ずさむかのように「遊び」の再開を宣言する。

『そんじゃ、ファーストステージをはじめよっか!はたしてあと何機「キャロライン」はいるかな?いま見えているのでぜんぶ?百?それとも千?そのどれかにアタシも乗ってるからワンチャンねらってみる?せいぜいゴールの見えないマラソンがんばってね。ネ・ズ・ミ・さん♥』

 主人の号令を忠実に待つ世界最小の「オブジェクト」達が、外殻を不気味に蠢動させながれジリジリとこちらに近づいて来る。
 既にスターターピストルは撃ち鳴らされた。
 一度でも躓けばそこで終了。
 生き残るには走り続けて活路を見出すしかない。

【キャロライン/Caroline】

全長…可変(最小時:4m、最大時:不明)

最高速度…最小時:時速200キロ、最大時:時速500キロ以上(推測)

装甲…電磁吸着式キューブ装甲

用途…最終都市防衛兵器

分類…陸戦専用型第二世代

運用者…『資本企業』

仕様…6脚エアクッション(分裂時は歩行可能)

主砲…対オブジェクト用電磁加速式大型弩砲(10機以上合体時のみ使用可能、市街地では使用を制限)

副砲…連携用AI、対人兵装多数

コードネーム…キャロライン

メインカラーリング…赤(色彩ホログラムでカモフラージュ可能)

7

  さて、視点を切り替えてもう一方のはぐれた者達の行方はというと──────。

「ちくしょうが……」
「はわわわわわわわわっ……!」

 ヘイヴィア=ウィンチェルとノエル=メリーウィドウ。
 両名共に、絶賛無人機によって編成された軍勢に包囲されていた。

「ねぇ、やっぱり避難する人たちにながされるままシェルターの中にはいったほうがよかったんじゃないのコレ……!?」
「黙ってろ……!そんなトコに入っちまったら最後、いつ出してもらえるか分かったもんじゃねぇ缶詰だろうが……!とにかくやり過ごすぞ……!いつものオーバーリアクションも無しだ……!」

 幸い、まだ発見されてはいない。
 現在彼らは大型トラックの車体と道路の間に這いつくばって身を潜めている。
 敵方はこちらの正確な位置は掴めておらず、「おそらくこの辺にいるだろう」と目星を付けて捜索している段階のようだ。

(路面が太陽の光で温められてて助かったぜ。これが夜ならサーモ式対人センサーやら何やらで速攻バレてただろうな)

 だが、「まだ」というだけで見つかってしまえばそれまで。
 おかげで眼の前を無骨の脚が横切ったりローター音が近づいたりする度に、心臓が締め付けられるような圧迫感に苛まれている。
 当然、如何にも隠れやすそうな大型車両の下を一機にでも覗き込まれればアウト。
 即座に戦闘を余儀無くされるだろう。
 そうなった場合、隣で震えている眼鏡の少女は役に立ちそうもない。彼女を守りながら、痛覚と慈悲の心を持たない無人兵器に立ち向かうことを強いられる。たった一人で。

(あークソ見捨ててぇ。全部放っぽり出してベースゾーンに帰りてぇ……)

 思わず心中に益体も無い事を浮かべてしまう。
 だが、ノエル=メリーウィドウは作戦において重要人物である。
 普段の仕草から結び付き難いものの、電子方面に関しては逸材と言っていい。
 彼女がいなければ、『アンナマリー』のセキュリティの突破は困難となるのは間違いないだろう。
 なので道中で欠くことは許されない。

 目的地まで守り抜く。

 果たしてできるのか?自分に?
 心の中で自問自答を繰り返す。
 多少銃火器の取り扱いに覚えがあるとはいえ、敵の数はほぼ無限でこちらの弾薬は持ち運べる程度の有限。
 明らかに個人でどうにかできるレベルを軽く超えている。

(合流するために電波を飛ばそうにも、傍受されて発信源を突き止められたら元も子も無ぇ。クソッタレが……もしもクウェンサーの野郎がいたらどうしたんだろうな。……っといけねぇ)

 今は隣にいない相棒に思いを馳せてはみるが、自分は逆立ちしてもクウェンサー=バーボタージュにはなれない。
 イケメン金持ち運動神経抜群貴族かつ、臆病で慎重でスケベなヘイヴィア=ウィンチェル上等兵であるのだから。
 無いものを夢想しても状況が好転することはない。自分に出来る範囲を熟していくしかないのだ。

(やっぱ正面切ってのドンパチはナシだ。ここは待ちの姿勢でステルス優先。ドローン共の動きをよく観察しろ。ある程度の巡回ルートは決まってやがるはずだ。隙を見つけ次第、物音を立てずに近くのマンホールまで近づいて蓋をこじ開ける。下水道の中にでも逃げ込んじまえば監視の目は少なくなるはずだ。よし、コレでいくぜ)

 ざっくりではあるものの、打開案は浮かんだ。
 僅かな希望を抱いて、ノエルにその旨を伝えようとした矢先だった。

「おi
「ぶぇっっっっくしょいっ!!」

 何の脈絡も無く、隣の馬鹿野郎が色気もヘッタクレもないバカでかいくしゃみをぶち撒けた。

 クショーイ、ショーイ、……ョーイ、……ーイ。

 ビルの壁に木霊する大音量に反応した無機質なレンズ達が一斉にこちらを向く。
 ものの一瞬でヘイヴィア=ウィンチェルの思考がフリーズし、世界から色と熱が失われる。

「あっ、ゴメン」
「ばっ……!てンめええええええエエエェェぇぇぇぇッッッ!」

 そして取り戻した途端、喉を張り裂かんばかりに叫んでいた。
 怒りに任せて掴みかかりそうになったが、もはやそれどころではない。
 急いで二人は隠れ蓑であった大型トラックの下から這い出る。
 背中をけたたましい音によって叩かれるが、正体はドローンに搭載された機関銃が火を吹いて自分達を蜂の巣にすべく奏でられている葬送曲だ。
 まともに喰らえば穴だらけの人間スポンジがいとも容易く出来上がる。

「もーっ、このアホアホアホアホアホアホアホぉ!!オタンコナスっ!!」
「ゴメっ、ほんっとゴメンっ!マジでわるいっておもってるってばぁっ!ほら、でも人間ってきんちょうするとでちゃうっていうでしょ!生理現象だしシカタナイじゃん!」
「それにしてもタイミングが悪すぎるんじゃボケェェェぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!もうヤダこいつ!見捨てるっ!絶対見捨ててやるぅ!」

 ジグザグに遮蔽物の合間を蛇行して逃げることによって、辛うじて銃弾の雨を防いではいるが体力は無尽蔵ではない。疲れ果てて膝を折った時が一巻の終わり。
 蜂の群れのような凶弾は、無慈悲にただの的となった獲物を噛み砕くだろう。
 それはけっして遠くないうちに訪れるかもしれない「いつかの自分」の末路だ。

 それ以前に。

 人間と機械では移動の速度がまるで違う。
 尚且つ、兵器ともなれば最適なフォーメーションで標的を追い詰めるようにプラグラムされている。

 故に。

 彼らは先んじて一機を自分達の行手を阻む形で配置されているであろうことを念頭に置いておくべきであった。

(回り込まれてやがるっ!?)

 咄嗟にアサルトライフルを連射して撃ち落とすが、その一連の動作が致命的な隙を生んだ。

(ちくしょう、コイツは囮だ……!)

 僚機が破壊されることすら織り込み済み。
 振り返った時には後ろから迫っていた方の空中ドローンがヘイヴィア達を上空から撃ち下ろす形で構えていた。
 遮蔽物に影響されない射線が確保されてしまう。

(詰……ん……っ!)

 だが、放たれる弾丸が彼らを貫くよりも先に。

「っ、だぁらっしゃっああああアアアアアアァァァッ!!」

 眼鏡の少女が道端の花壇に並べられていたレンガの一つを拾い上げ、いっそヘナチョコとも言える「運動が苦手な人」特有の不格好なフォームで腕を振り抜いた。

「おいっ、何やってんだ!そんなもん効くわけ……」

 しかし。
 ヒュンッ!、と。

 眼鏡の少女を腕を伸ばして制止しようとした不良貴族の頭のすぐ横を、猛烈な速さを伴ったナニカが風を切る音と共に通り過ぎる。

「へ?」

 それは小柄な少女の細腕から発揮されるはずのない豪速球だった。
 しかしながら一瞬後、背後で激しい衝突音が鳴り響く。
 振り返ると焼き固められた粘土の塊がドローンの一つに深々とめり込み、ブスブスと煙を上げる無惨なスクラップへと変じさせていた。
 明らかに彼女が先程投げ放ったレンガだ。

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあっ!!」

 一度だけに留まらない。
 まるで駄々を捏ねる小さな子供がヤケになって肩を軸にして腕を振り回す、通称「グルグルパンチ」を繰り出す格好で恐るべき投擲を連続で放っていく。
 それら多くの狙いはデタラメであったものの、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」に倣って無人兵器を沈黙へと導いていった。
 ヘイヴィアはパチパチと瞬きを繰り返し、目の当たりにした光景とそれを作り出した少女を交互に見る。

「え、何……?その……何?」
「よっしゃあ!ナイスピッチング!ノーコンノエルちゃんでもこれだけ投げれば命中するもんね!」
「そうじゃなくてそのメジャーリーガー顔負けの黄金の肩はどういうことだよ!?あのトロ臭かったてめぇがどうして!?」
「あぁ、コレ?」

 さも世間の常識を語るかのように、強肩の迷投手は己が身に宿りしふしぎパワーの原理を解説をする。

『情報同盟』ではエリートを機械化してのうりょくを向上させることはわりとよくあるケースだよ。ノエルちゃんの場合はうでとあしのすこしだけにとどまってるけど、なかにはからだの半分いじょうが機械の人もいたりする。さすがにそこまでやるのは少数派だけどね。それと逆にアイドルとかインフルエンサーやってる子はからだにメスいれるのいやがってやってなかったり」
「道理で集中治療室であんな馬鹿力を出してたのか……。って諜報部は何やってんだよ!おもっくそ危険物持ち込んでんじゃねぇか!てかコイツ自身が危険物!」
「埋めこんでいるものをどう取りあげるっていうのさ?」

 至極当然の反論を突きつけられて、不良貴族は口を噤まざる負えなくなる。
 尤も諜報部やフローレイティアは目の前のデンジャラスサイボーグに対して押収や拘束といった措置が取れないから、『エンゲージ・ハイロゥ』でお茶を濁していたのかもしれないが。

「というワケでノエルちゃん銃はうてないけど、こうして追いつめられればちゃんとたたかいで役にたつのだよチミ〜!ほめろ!うやまえ!あがめたてまつれっ!」

 無駄にデカい胸を張り上げて近づいてくるノエルに対して、ヘイヴィアは顔を引きつらせておっかなびっくりに身を躱す。

「うおっ、危なっかしいからこっち来んじゃねぇよ!てめぇの場合、コケた拍子に身体を掴まれてスポンジケーキみてぇにパーツごと引き千切られるなんてスプラッターが起きかねねぇっ!てか戦えるなら最初から言えやゴルァ!」
「だって『使える奴』っておもわれたら最前線にたたなくちゃいけなくなるじゃん!」
「クズっ!」

 今更になって鈍臭そうな眼鏡の少女が一応の戦闘手段を備えていたことは判明した。
 まぁ、本人がノーコンを自称しているため投擲の命中率に関しては信用できないし、操縦士エリートの反射速度とサイボーグ由来のパワーに特化しているだけなので運動センスはそのままという不安は残ってはいるが。
 そうこうしている内に、再び増援らしき無人兵器が集まりつつあった。
 僚機の一団が撃破されたことを察知した周囲のドローン達がやって来たのだ。 
 数分前までならば、隅で縮こまって怯えながら通り過ぎるのを待つだけの存在だった。
 しかし、今は違う。
 ノエルという対抗手段を有効活用するために分隊長(仮)は声を張り上げて指示を飛ばす。

「おかわりが来やがった!一先ずシンプルに見えてるヤツは全部黙らせんぞ!」
「ぶえぇっ!ぜ、ぜんぶぅ!?どうやって!?さっきはなんとかなったけど、あれだけの数をまたやっつけられるなんてちょいムリめですけどぉっ!」
「コントロールに自信が無ぇなら拾ったモンを手の中で粉々にしてから投げろっ!全部が全部クリーンヒットで無くても構わねぇ!トドメは俺が刺してやるからよ!」
「な、なるほどっ!」

 「質」が伴わないのなら「数」でゴリ押す。
 機械仕掛けの握力に任せて砕かれた破片達がショットガンの弾のように空中で広く拡散して、命中したドローン達を次々とダウンさせていく。
 直撃せずとも威力は十分。完全に沈黙させることが出来なくとも、掠っただけで陸上型ならば脚を折るか抉れ、空中型ならばローターを破壊してそれぞれの機動力を奪う。
 そしてすかさず動けなくなった鉄屑にヘイヴィアがアサルトライフルの弾を叩き込んで引導を渡していく。
 「作業」と呼ぶに相応しい、まるでバランス調整が大味な仕様のシューティングゲームのような有り様であった。

「よっしゃ!やっぱ面制圧は大正義だぜっ!ほら、アホ眼鏡!じゃんじゃん投げやがれ!」
「もうノエルちゃんの呼び名、『アホ眼鏡』で固定されちゃってる感じ?それにしても、ぜひゅうぅ……!し、しんどい……っ!」
「『アホおっぱい』よかマシだろ。ほら、手ェ緩めんな!敵味方平等に止まった奴から先に死んでくぞ!」
「ひぎぃっ!」

 息を荒げるノエルであったが、彼女が肩をぶん回す度に明確に無人兵器はその数を減らしていく。
 アウェーではあったものの、環境を味方に付けていたことが大きなプラスとなった。
 レンガ、小石、空き缶、その他諸々。
 大都市は投げやすい物がそこかしこに氾濫している。
 例え落ちている物など無くとも、握力に任せてその辺の鉄製品やコンクリートを毟り取れば「弾」は簡単に確保できた。
 結果として、ものの3分足らずで辺りに存在していた無人兵器達は駆逐されてしまった。
 慣れない白兵戦を行った疲労によって、地面に倒れ込んだお騒がせサイボーグは尻を天に突き上げる姿勢で突っ伏して肩で荒く息を吸う。

「ひゅう、ブヒィ……チカレタァ……」
「ったく、切り抜けたのもピンチになったのもてめぇのおかげだから何一つ感謝できねぇ……。マジで置き去りにしてやろうかコイツ……」
「み、水ぅ……」
「おいおい、さっきラージサイズのコーラ飲んでやがったクセにもう喉乾いてんのかよ。遠足と違ってトイレ休憩なんてお上品なモン無ぇから出したくなっても知らねぇぞ。……っ!おっとこの音は」 

 徐ろにヘイヴィアの鼓膜を刺激したのは、数ブロック離れたエリアから鳴り響いてきた派手な爆発と銃声。
 聞き慣れた音であった。
 『正統王国』軍製の爆薬と火器によるものだ。
 事故や事件でないとしたら、何者かが交戦中ということだろう。
 思い当たる人物は二人しかいない。
 共にこの街に潜入した爆弾の扱いに長けた金髪の悪友と、憎たらしいが戦闘を始めとした何事もそつなく熟す女スパイだ。

「まだクウェンサーの野郎とあの女狐はくたばっちゃいねぇらしい。ちまちまハンドアックスを起爆させてるヒマがあるってことはそれなりに余裕があるみてぇだ」
「どうする?ごうりゅうすんの?」
「いいや、音は途切れずに『アンナマリー』に段々と向かって行ってやがる。目的地が一緒なら進んでいきゃ会える。俺達は地下からのルートで行くぞ」

 奇しくももう片方のペアと同じ結論に至ったヘイヴィアとノエルは、手近のマンホールの蓋をこじ開けて中へと潜って行く。

『………………………………』

 そんな彼らの背中を眺めていた影が一つ。

『ま、地下にもいるんですけどネ☆』

 無数の立方体によって形成されたアリュメイヤ=キングスバレイが駆る個にして群のオブジェクト、『キャロライン』の一個体であった。
 擬態していた大型トレーラーの形を崩しつつ、『ネバー』の番人である少女は思案する。

『(うーん、でもどっちかに集中したいから二画面プレイはそんなに気がのらないにゃー。やること二倍でたのしさ半減とかナンセンスだし)』

 彼女がその気になれば、今直ぐにでも『キャロライン』をけしかけることができる。もしそうなればこちらの存在に気付いておらず、自ら閉塞空間に赴いたヘイヴィア達は為すすべなく制圧されてしまうだろう。

『(でも仕事だしなぁ)』

 アリュメイヤは遊び好きだが、それは仕事の中で許される範囲での話だ。
 積極的にノルマや条件を無視してまで優先する道理はない。
 理由は単純。
 『資本企業』における絶対の価値基準、金が貰えないからだ。

『(こっちはAIの自動操縦にまかせちゃっていいかー。アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインと爆弾の彼のほうがこっちよりもおもしろそうだし)』

 興味を失った標的の末路など、態々見届ける必要はない。
 無機質な尖兵が、無慈悲に放たれる。
 その直前。

『そこまでだ。アリュメイヤ』

 雇用主からの通信が割り込んだ。
 不機嫌さを隠そうとしない声で『ネバー』防衛の一翼は応じる。

『ちょっと市長さん。いま仕事ちゅうなんですけどぉ』
『邪魔立てして申し訳ないが、一旦侵入者を追うのは中止だ』
『はぁ?あなたが頼んだからこうしてネズミを追いかけているのだけれど?「存分にやれ」、と言いましたよね?そこんトコわかってます?』

 いくら雇用主であっても、正当な理由さえあれば労働者側に弾劾する権利は存在する。
 加えて自分は操縦士エリート。
 替えの効かないポジションであるが故に、多少は強気に出ても即座に切り捨てられる心配はない。
 その不文律を理解している上で、ドミニークは構わず続ける。

『承知いるとも』
『ネズミたちはどうするんです?このまま放置だと「アンナマリー」、あなたの喉元までたどり着いちゃいますけど?』
『私が迎え撃つ。やはり飼い犬の粗相は飼い主が直々に処断せねばならないのでね。そのために君の「キャロライン」を幾つか私の下へ寄越してほしい。いいかね?』

 「いいかね?」。
 番人の少女は知っている。
 雇用主がこの言葉を使うのは相手から了承を得る為では無く、自身の意見を絶対に通す際に誇示される形だけの最終確認なのだと。
 ならばこれ以上不服を並び立てても無駄だろう。
 どうせ聞き入れられることはない。
 そういう男だ。

『……べつにかまわないですけど、その間アタシはなにを?ほかにしてほしいことがあるからわざわざ呼びとめたんでしょう?』
『うむ、察しが早くて助かるよ。君には引き続き「内側」の警備を任せたい。どうやら忙しくなりそうだからね。これまでは意識して市街への損害を最小限に抑えてくれていたようだが、その配慮についてももう気にしなくていい』
『それって……』

 アリュメイヤの問い掛けに『ネバー』の王は小さく嘆息して告げる。新たな嵐の訪れを。

『また招かれざる「お客様」が来るのさ。それも団体でね』


8

『ネバー』攻略一行が会敵及び交戦に入る30分程前。
 第37機動整備大隊の指揮官室にて─────。

「やはり貴様らが一枚噛んでいたということか」

 フローレイティア=カピストラーノ少佐は映像チャット用のモニターを不愉快そうに睨みつけていた。

『ええ、我々の想定した事態となってくれているようで何より。これで漸くこちらも動きやすくなるというもの」

 通信相手は『情報同盟』軍に所属する将校。
 レンディ=ファロリート中佐。 
 戦地派遣留学生の少年達からは「おほほ」と呼ばれている操縦士エリートの少女が所属する部隊にて指揮官を務めている女性だった。
 顔見知りではあるが別に仲は良くない。寧ろその真逆。そもそも勢力からして異なる。
 共闘関係を幾度か築いたことはあるものの、それ以上に殺し合って来た敵という認識で間違い無い。
 今までもこれからも。
 よって無駄な世間話を挟まず、単刀直入に結論を述べていく。

「ノエル=メリーウィドウは最初から泳がされていた」

 思えばきっかけからして妙ではあった。
 表向きは特徴に乏しい目立たない機体であった『サイトシーカー』に、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインは何故目を付けたのか。
 幾ら腕が立つとはいえ、たった一人のスパイによって機密情報を抜かれたのか。
 一エリートが無断でオブジェクトを発進させて脱走することを許したのか。

「余程貴様らの情報管理や警備体制がザルで無い限り、まんまと盗み出されるなどという失態が起こり得るなんてありえなかった。全ては『餌』を撒いて『本命』を釣るための布石か?」
『はて、何のことやら。確かに「偶然」ターゲットの在り処を聞き付けた「邪な企みを持った何者」かに持ち出される可能性は万に一つくらいは「あったかも」しれません。ノエル=メリーウィドウの独断専行もまた同様に。しかし、どのような形であれ我々は「被害者」です。実際に実行した者が「悪」であることは変わりません。まぁ、賊が操縦士エリートとしても優秀だったというのは全くの予想外でしたけれどね。おかげでこちらの少なくない数のオブジェクトが犠牲となりましたが、いずれも許容範囲内です。こうして望んだ展開に持ち込めたのですから』

 銀髪に褐色の美女は真意を伺えない白々しい笑みを浮かべつつ、事の経緯を説明していく。
 道端に札束を放置し、いざ魔が差した誰かによって拾われた途端に糾弾して騒ぎ立てるような薄汚れたマッチポンプ。
 御大層な被害者根性だが、今更これ以上追及しても無駄だろう。向こうが敵である自分達の通信に応じているのがその証だ。
 現時点でアリバイに関しての根回しは、とうに済ませて有耶無耶となっていることは確定と見ていい。もはや「真実」はどこにも存在せず、「誰が悪いか」などという陳腐な犯人探しは彼女達『情報同盟』にとっては1bitの意味すら持たない。

『「ネバー」の急成長は、「情報同盟」全体にとって目の上のタンコブでした。所詮二軍止まりの有象無象とはいえ、一軍を引き立てて支えている層の人材とそれに付属する資産の流出は看過はできません。支配とはされる側の存在無くして成立はしないのですから。勝手にいなくなられては困るのですよ』
「だからわざと漏洩させたのか。あの街の周辺で『宝探し』を引き起こして『ネバー』を刺激するために」
『だから我々は「被害者」だと。尤も、肝心の「宝箱の中身」に関しては本物を織り交ぜつつでしたけれどね。信憑性が伴わなければ誰も釣られてはくれないので』

 つまりはこの北米大陸南西部で起こった戦争自体が、たった一つの街を潰す名目を得るために勃発したということになる。
 敵勢力だけでなく自分達の抱えている機密情報を流出させるという文字通り身を切るようなリスクを侵したのは、それだけ『ネバー』に警戒心を募らせていたことを示していたというのか。

『信じるか信じないかは自由ですが、渡った機密情報の「質」は他勢力に知られてほしくは無い程度には存在しています。それは我々「情報同盟」もまた例外無く』
「愚か者共が。眼の前の危機を払拭するために更に大きな危機を自ら作ってどうする。貴様らのやり方は不確定要素が多すぎる。少しでも細いタイトロープから足を踏み外していたら、その御大層な計画の全てが水泡に帰していただろうが」
『耳が痛いですね。しかしあの街を潰したかった理由については、無秩序な膨張に加えてもう一つの懸念が有ったからなのですよ。その懸念を調べるためにかねてより工作員を送り込んでいたのですが、全員とは言わずとも不自然な失踪が相次ぎましてね。彼らは選りすぐりの諜報部隊。安物の無人兵器の餌食となったり、買収されて寝返ることはありえません。なのである仮説を立てていました』
「おい、何の話をしている?」
『そして先程、その仮説は正しかったと証明されたようです』

 眉を潜めるフローレイティアに対して、レンディは淡々とひた隠されてきた在ってはならない事実を突き付けた。

『「『ネバー』はオブジェクトを保有している」。これは重大な条約違反に当たります。国際法に照らし合わせるならば、もうあの街は「安全国」としてカウントはされません』
「っ!」
『「ただの建造物だ」と言い逃れができる「塔」の方ではありませんよ。内側で不穏分子を排除する役目を担うもう一機。……アレを「一機」と数えていいのかは判断しかねますが、既にそちらについても把握済みです。あなたの部下達は実に都合の良い「口実」を我々に作ってくれましたよ』
「待て、もう一機……だと?」
『おや、ご存知無かったのなら失礼。端的に言い表すと、あの街は自在に動かすことのできるオブジェクトを運用しているのですよ。ならばこちらが取り得る手段は一つ』
「……っ、まさか貴様ら……!」
『察しはついているようですね。話が早くて結構』

 一拍置いて、宿敵はあっさりと非人道的な決断が言い放った。

『オブジェクトを用いて「ネバー」へ侵攻を行います』

 一般人が生活を営んでいる領域へのオブジェクトによる武力介入。
 一見とんでもない暴挙にしか聞こえないが、大義名分は十分揃ってしまっていた。
 現在の戦争の形となる以前、核兵器を運用していた時代から既に敷かれていた絶対的な不文律。

『定められたルールを守らない以上、もはや「ネバー」は問答無用で「戦争国」。そして、怪物には同じ怪物をもって対抗する。あなたも良く知っている「戦場の常識」でしょう?』
「ふざけるなよ。あの街には百万人もの民間人がいるんだぞ。その全員を血と火の海に沈めると宣うのか?幾らお得意の口先で屁理屈を並べたとしても、後処理になって世界中から次に吊るし上げられるのは貴様らだ」
『えぇ、あなたの意見は正しい。但し、それは数分前までのお話です』

 静かに声を荒げて反論しようとするフローレイティアとは対象的に、レンディの態度は飽くまでフラットを貫いていた。
 噛みつかれることは織り込み済みだったのだろう。それに対する回答も。

『我々は情報を重んじるが故に「敵」を正しく分析できています。軽んじはすれど侮りはしません。我々の辿り着いた結論に他の勢力が至っていないとでも?』
「…………………………」

 確かに先んじていたのは『情報同盟』だったかもしれないが、四大勢力のパワーバランスはほぼ拮抗している。でなければ弱い陣営が真っ先にやられて喰われてしまうのだから。
 たとえ他の三勢力は直接の情報戦で多少は劣っていたとしても、コネや金の流れ、人々の伝聞などを利用してアドバンテージの差を埋めて対抗しようとする。その結果、僅かに遅れて同じ答えを得たとしても全くおかしくはない。よって、

『直ぐにでも私達「情報同盟」と「正統王国」だけでなく、「資本企業」軍と「信心組織」軍も同時多発でアクションを起こすでしょう。本格的に「世界の総意」を騙る四大勢力全ての軍が動き出してしまえば、侵攻反対を掲げる少数派の意見ははたして聞き入れてなどくれますかね』
「外道共が……!」
『どうとでも罵って頂いて結構です。しかしながら、平和主義者の我々は流血を最小限に抑えることを望んでいます。せっかくなのでタイムリミットをお教えしましょう。残された時間はそうですね……。潜入済みの歩兵部隊については手遅れですが、本命のオブジェクトが到着するのは諸々の手続きや発進準備込みで約90分後といったところでしょうか。無駄でしょうけれど、何か行動を起こすのならばどうかお早めに』

 言うだけ言うと宿敵はそこで通信を切り上げた。

「クソっ!」

 フローレイティアは毒づいてデスクの上に積まれていた書類を怒りに任せて払い除ける。
 完全に後手に回った。
 『ネバー』が擁する「もう一機」、潜入済みの他勢力の部隊、極めつけに90分と経たずに襲来する多数のオブジェクト。
 元よりタイトなスケジュールに縛られていた作戦ではあったが、これ程までに次から次へと脅威が湧き出て来るとは想定外であった。
 全てを諦めてこのまま「全体の流れ」に身を任せていれば、此度の事件は勝手に解決するのかもしれない。
 しかしそれでは部下が無駄死にし、蹂躙されるはずでなかった百万の命が磨り潰されてしまう。
 それは本来そうならないための本作戦にGOサインを出した立場の人間として、到底見過ごすことは出来ない結末だ。
 そのため確実に訪れる最悪を回避すべく一度頭を冷やして、取れる選択肢を頭の中で並び立てていく。

(今からクウェンサー達の援護や回収するための救援部隊を送ったとしても到底間に合わない。作戦を放棄して帰還するように指示しても同様だろうな。だとすれば……)

 そして、張り巡らせた思案に一区切りをつけた合図として煙管に残っていた煙草を灰皿に落とすと、まだ辛うじて卓上に残っていた内線の受話器に手を伸ばしてベースゾーン全体に命令を下す。

「総員!緊急事態につきスクランブルを発令する!『ベイビーマグナム』出撃の準備に直ちに取り掛かれ!」

 「怪物には同じ怪物をもって対抗する」。
 成る程、スマートなルールだ。
 ならばこちらも則らせてもらうとしよう。
 ただし、攻めるためでなく守るために。

9

「何とか撒けたようだな……」
「えぇ」

 アリュメイアからの追走を振り切ったクウェンサーとアドレイドは、『アンナマリー』を観察できる位置に佇むビルの影に再び身を潜めていた。
 道中でチェイスを繰り広げた『キャロライン』達に関しては挟み撃ちを仕掛けようとした個体同士をギリギリで躱して同士討ちの誘発、配電盤に突っ込ませて高圧電流によりショートさせる、ミキサー車に積載されていた生コンクリートを浴びせて固めるといった方法で動きを妨害し無力化してきた。
 決定打を与えられる矢の温存を優先していたが故に、本体に撃ち込めた個体は少ない。そのため本当に活動停止に追い込んでいたかについては正直なところあまり確証は持てていない。
 それに加えて逃げる中で幾つかの違和感を覚えていた。

「結局やり合ったのはのは最初の一機を無力化した後に差し向けられた奴らだけだったな。もっと数を呼び寄せたり、俺達の進路上に待ち構えるように配備されていたらチェックメイトだったろうに。そういった『粗』でさえ、あのエリートにとっては『遊びだから』という理由だけで説明出来ちゃうかもしれないんだけどさ」
「それでも『アンナマリー』はじぶんたちにとって本丸であることはさすがにりかいできてはいるでしょう。たとえあそびの範疇でもとりにがすなんてわざわざじぶんの評価をさげるような失態をさらすかしら?」
「…………………………誘い込まれたって言いたいのか?」
「そうね。あるいは……」

 ズッ……、ズズズ……。

 アドレイドが何かを告げようとしたが、その前に近くから発せられた何か重たい物が引き摺られるような音によって阻まれた。

「「っ!」」

 音源の正体は突如内側からズラされたマンホールの蓋。
 先程『キャロライン』のキューブが湧き出たスポットであったことを思い出して二人はそれぞれの持つ武装を構えようとしたが、奥から這い出て来たのは彼らが危惧していたものではなかった。

「おっしゃドンピシャ!安全にお膝元まで辿り着けたぜ!やっぱり俺様の読みに間違いは無かったってこった!」
「エリートの空間認識能力を駆使してここまでみちびいてやったのはだれなのかわすれんなこのやろー」

 久々に耳にする聞き慣れた声。
 騒ぎに際して逸れてしまったヘイヴィア=ウィンチェルとノエル=メリーウィドウのペアであった。
 懐かしい面子の出現に安堵の息を吐いて、ドラゴンスレイヤーコンビの片割れはいつも通りの軽口を穴から頭を覗かせた相棒に浴びせかける。

「お、生きていたか不良貴族。相変わらず悪運が強いようで何よりだ」
「それはこっちのセリフだぜもやし野郎。てめぇのことだ。どうせそっちの女狐におんぶにだっこだったんだろ」

 お馴染みのやり取りにニヤリとした笑みを交えつつ、ヘイヴィアは地上へと這い出ると穴の底に待機しているノエルに向かって声を送る。

「ヘイ、地上の安全は確認したぜ。おまけに逸れた連中共もいやがった。昇って来ても構わねぇぞ」
「りょーかーい!んしょ、んしょ……」
「何だか見てておっかないな。ほら、引っ張り上げてやるから掴んで」

 合図に従って取り付けられた梯子を上がるノエルだったが、視界が暗いせいかどうにも覚束ない様子であった。今にも手か足を滑らせそうでどうにも危なっかしい。
 その様子を覗いていたクウェンサーが手を伸ばして補助しようと試みたが、そこで悪友に止められた。

「おっと、そこのアホ眼鏡とは握手を交わさない方がいいぜ。機械仕掛けだから一歩間違えるとグチャグチャにされんぞ」
「えっ、何それ。怖っ」

 衝撃のカミングアウトにより咄嗟に手を引っ込める意気地無しに対し、あんまりなあだ名(自業自得)で呼ばれた少女は頬を膨らませて抗議する。

「ちからの加減くらいちゃんとできるわい!……多分。それと『アホ眼鏡』ってよぶなし!」
「はいはい、インテリジェンスガール。というかさっきから通って来た場所のせいか変な匂いがするんだけど。具体的に言うとちょっと臭い」
「ガーン!キサマ、オンナノコにむかってそんなセリフをよくも……!」

 紆余曲折を経て改めて四人が揃った。
 別行動を取っていたヘイヴィアとノエルの調子を見るに目立った負傷は無さそうだ。こうして敵の本拠地を前に誰一人欠けずに合流を果たせたのは僥倖と言っても過言ではない。
 ならば突入する前にまず最初にするべきは情報の交換と共有といったところか。
 特に『キャロライン』の存在は作戦を遂行するにあたって大きな障害となる。知らせておいて然るべきだろう。

「─────というわけなんだけど」
「クソッタレが……。オブジェクトがもう一機いやがるだと?」
「わたしたちは地下にいたから会わなかったけどラッキーだったんだね」
「その地下についてだけれど、これいじょうはもぐりながら『アンナマリー』にちかづくことはできなかったのかしら?」
「あぁ、無理だな。一通りぐるりと回ってはみたが、生憎どの方角からも人間が通れそうな通路は見当たらなかったぜ」
「じゃあやっぱり地上から攻めるしか無いってことか」

 時間は有限かつ新たな敵がいつ襲って来るのかわかったものではない。そのためさっさと内部に突入してしまいたいのだが。

「さて、どうするか……」

 そう素直に即決して実行するには些か躊躇われているのが現状であった。

 その原因。

 全員の視線が『アンナマリー』の足元に構えられた正面ゲート。正確にはその手前に設けられている広場へと向けられる。
 観光パンフレットによると敢えて建造物を置かないことで、様々なイベントなどの興行に利用できる多目的スペースとして開放されていると書かれていた。
 平時ならば表向きの顔である憩いの場として市民や観光客らで賑わっていたであろう石畳が敷き詰められたそこは、今や深夜の学校のグラウンドのようにガランとしている。

 無。 
 動くものが一切存在しない地平。

 埋め尽くさんばかりに待ち構えていると予想していた無人兵器達は一機たりとも見当たらない。

「……こいつは流石に不自然すぎるよな」 
「どうする?ふみこんじゃう?」
「早まんじゃねぇ。完っ璧に罠に決まってんだろ。地雷やセントリーガンが仕込まれてるかもしれねぇし、擬態が出来る例の『キャロライン』っつうオブジェクトが控えてやがったら遮蔽物も無しに太刀打ちできねぇぞ」
「ついでに『アンナマリー』は『ネバー』のなかで大差をつけていちばんたかい建造物だから、引き返してほかのビルからパラシュートやウィングスーツで屋上にとびうつるといったアプローチもつかえないときたわね」

 最終防衛ラインがノーガード。
 通常の戦略に則るならばまずありえない白々しい無防備さは、「来れるものなら来てみろ」という黒幕からの傲慢な挑発なのだろうか。
 真意は測りかねるが少なくとも何も用意されていないと汲んで迂闊に踏み込むのは間違いなく危険すぎるということだけは理解できる。
 しかしながら、こうして足踏みしている間にも時間が削れていくこともまた確かであるが故、いつまでも代わり映えのしない景色を眺めて様子を伺っているわけにもいかない。
 そんなある種の膠着状態に陥っている最中、事態は突如破られた。

「っ!ねぇ、あれ……!」

 クウェンサー達が何かをしたわけではない。
 変化を齎したのはノエルが指を差す『アンナマリー』正面ゲートの自動ドア。
 思考を雁字搦めにして侵入を阻んでいた城門が開かれて、内側から何者かが登場した。

「おいおい、あいつは……!」
「自らおでましってワケね」

 その正体は高級そうなスーツを纏った茶髪オールバックの男。

 ドミニーク=G=ラスティネイル。

 この街の王にして、此度の作戦における最重要ターゲット。世界を牛耳ろうとするクソ野郎は貼り付けたような笑みを浮かべて、いかにも「友愛を讃えています」といった感じの作り物めいた明るい声音でこちらに呼びかけてきた。

「やぁ諸君!ここに来るのを待っていたよ!歓迎しよう!そんなところに隠れていないで姿を見せたまえ!武装解除は結構!私の目的は文明人に相応しい理知的な対話だ!少しばかり話をしようじゃないか!」
「野郎……っ、俺達が潜んでいることを把握してやがるのか……!?」
「おもいっきりこっちのほうを見ているわね。どうやら位置までわれてるみたい」
「無視するか?」
「そんなマネをしたら、無人兵器なり『キャロライン』なりをけしかけられるでしょうね」

 アドレイドがうんざり気味に溜息を吐いているのを知ってか知らずか、『ネバー』の王は政治家らしく言葉をもって四人の命運を掌の上で弄ぶ。

「私としては特別ゲストである君達を野良犬のように追い立てたくはない。30秒程時間を与える。何が自分達にとって賢明な選択か考えてほしい」

 そう言って指を鳴らすと、黒い球体が正面ゲートの奥からゾロゾロと姿を現す。

 『キャロライン』の本体がざっと十数機。

 要求に応じなければ命令を下して一斉に襲わせるという意思を示すようにそれらはズラリと整列させられる。

「ほらね」
「ど、どどど、どうすんのさぁ!?このままここにいてもすりつぶされるだけだけど、だからといってバカしょうじきに出ていっていいワケっ!?」
「こうなってはしかたないわね。いっそのことここは乗っかってしまいしょう。かれは内心じぶんの庭があらされてはらわたがにえくりかえっているだろうから、その下手人をつまらないほうほうなんかで始末しないはず。そういうおとこよ」
「それってつまりは鬱憤を晴らすためジワジワと惨たらしく殺されるってことじゃねぇかよ」
「打開策は?」
「………………。あるにはあるけれど……」
「『あるにはある』ってなんだそりゃ」

 いずれにせよ向こうにこちらの位置が知られている時点でどちらが不利なのかは明白だった。
 一先ずの生を得るために十分な警戒を挟みつつ四人は姿を晒し、ドミニークの言に従って広場を横切っていく。

「絞首台に送られている気分だぜ」
「実際その認識で間違ってないでしょ」

 アドレイドの推測通り、途中で奇襲や騙し討ちを受けることは無かった。
 それでも破裂してしまいそうな緊張感を携えて一行は『アンナマリー』の正面ゲート前へと辿り着く。ターゲットまで目と鼻の先だというのにそれを阻む『キャロライン』達のおかげで、直ぐ近くにいるのに余りにも遠く感じられる。

「ふむ、よく出て来てくれたね。改めて歓迎しよう」

 クウェンサー達と対面するとドミニークは客人でももてなすかのように朗らかな笑顔を向けてきた。しかしながら、やはり目だけが笑っていないので作り物臭さが拭えない。

「アドレイド!こうして直接顔を合わせるのは久々だね。ロズウェルで君の生体反応が消えた時は心配していたんだ。生きていて実に喜ばしいよ」
「あらそう、私はできればあいたくなかったわね」
「ははっ!これはこれは相変わらず手厳しい!しかし本当だとも。過去のことはお互いに水に流そう。こう見えて私は数々の危機を打破し、こうして喉元に迫りつつある君達を高く評価しているのだから。つまり、だ」

 一拍置いてドミニークは一つの提案を告げた。

「どうだね、私の下で働かないか?報酬なr
「「「「お断りだ。クソ野郎」」」」

 当然の即答と同時にアドレイドの拳銃とヘイヴィアのアサルトライフルが同時に火を吹いた。
 二つの銃口から放たれた弾丸によって、それなりの体格を誇るはずのドミニークが着弾の衝撃で後方へと吹き飛ばされる。

 有り体に言えば奇襲・不意打ちだった。

 「卑怯」と指摘されれば全く持って仰る通りだが、戦場では「正々堂々」や「騎士道」を掲げる輩から先に死んでいく。良し悪しに関わらず、生き残れる手段こそが「正解」で「正義」だ。 
 そもそもゲス野郎の戯言に耳を貸す義理なんて彼ら四人にとっては最初から持ち合わせてなどいない代物であったのだから。

「御大層な演説なら地面にでも披露してろ政治家野郎。そのまま起き上がってくんなよ」
「あ、やっぱりふつうに撃っちゃうんだ……」
「態々最後まで律儀に聞く理由が無いからな。先手必勝だ先手必勝。それよりちゃんと急所は外したんだろうな。まだ殺しちゃダメじゃなかったっけ?」
「銃を携行する資格すら持ってねぇシロウトがうるせぇよ。勿論念頭にゃ入れてたから心配すんな」

 地味に窮地であったがターゲットがこちらを舐め腐ってくれていたおかげで、ノコノコ顔を合わせたところで無力化を果たせた。
 主の危機に反応して『キャロライン』達が動き出すケースを懸念していたが、幸いなことにそういった気配はない。
 あとはこのまま何も起きなければ、予定通りドミニークを締め上げて必要な情報を吐き出させて作戦は9割方完了だ。

「ふ、フフフ……」

 そう思っていた矢先。
 銃弾を浴びて地面に仰向けで横たわっている男が不意に笑みを溢した。 
 それは徐々に膨らんでいき、直ぐ様呵々大笑となって広場を貫いていく。

「フフフ、フフフフフフフフフフフ……!ハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」
「ッ!」

 確かに違和感は存在していた。
 仮にスーツの下に防弾ベストを着込んでいたとして、銃創は防げても衝撃までは殺し切れない。 
 命中した箇所は金属バットで殴られたような激痛が走っているはず。部位によっては骨が滅茶苦茶に折れていても不思議ではない。
 訓練を受けていないただのビジネスマンであったならば悶絶して呻き声を上げるくらいが精一杯で、とてもあのようにけたたましく笑っていられるわけがないのだ。
 得体の知れない黒幕の様子に一行は再び警戒度を一気に引き上げて銃口を向け直す。

「何がおかしい?自暴自棄か?」
「いやぁ、決してそんなことは無いとも。こんな単純なトリックに騙されてくれるとは思わなかったのでね」
「もしかしておかねにまかせて超高級最新式の防弾ベストでもきこんでいたとか?」
「少なくとも俺の持ってる知識の中には、銃弾の雨をほぼノーダメージで抑える程高性能なブランドは無かったと思うけど」
「えぇ、そもそもこのおとこが迂闊n
『あぁ、その通りだとも』

 アドレイドが最後まで言い切るよりも前に、横合いから発せられた声が遮る。
 目を向けるとそこには先程銃撃した相手と同じ顔と同じ格好と同じ声を持った人物、ドミニーク=G=ラスティネイルがそっくりそのままもう一人佇んでいた。

『まったく、死んでしまったらどうするんだ。酷いじゃあないか。人の話は最後まで聴くものだと親や学校の教師から習わなかったのかね?』
「……偽物か」
「そんなことだろうと思ってたぜ。人形を介した腹話術でしか他人と話せねぇチキン野郎が」

 ボゴ、ボゴゴゴゴッ!

 硬い物体が泡立つような音と共に銃撃されて倒れていた方のドミニークの形をしていたカタマリが無数の立方体となって崩れていく。

 『キャロライン』のキューブ装甲。

 それらは地面に散らばると独りでに蠢き、地面を転がって本体へと吸い込まれていく。
 立方体を寄せ集めて表面の色彩を整えれば一人の人間がその場で動き、喋っているように錯覚させるなど造作も無いということか。
 つまるところ最初からドミニーク本人は自分達の前に立ってなどいなかったのだ。

『短気で頭に血の登りやすい君達の引き金が軽いであろうことは容易に想像できたのでね。「島国」には「備えあれば憂いなし」という格言があるそうだ。それに倣ったが懸念通りとなったようだね。そもそも臆病な私が無策に姿を現すわけがないだろう?あぁそうそう、君達に話しかけている「これ」も本物の私ではないから銃撃しても無駄だと先に言っておこう』

 確保すべきターゲットはここにはおらず、自分達は両手の指の本数よりも多くの『キャロライン』達による包囲網。
 僅かな間だけ形勢逆転したかに見えたが、結果的に敵の術中にまんまと嵌って事態は不利な状態へとリセットされてしまった。
 勝利を確信したドミニークは余裕たっぷりの態度で侵入者達にチェックメイトを突き付ける。

『さて、君達が必死に張り巡らせた「策」とやらがただのつまらない不意打ちというのなら結果はご覧の通りだ。まだやるかね?』
「いいえ、てづまりよ。さいしょから奇襲なんてつうようするとはおもってもいなかったのだし」

 それ対してアドレイドは肩を竦めて俯きながらホールドアップのポーズを取る。端からその姿勢を眺めれば全てを諦めた者のように見て取れただろう。

『おや?用意周到な君らしくない。ならばここが君達の終着点だ』
「あら、ほんとうにそうかしら?」

 だがしかし、女スパイの口元だけは負け犬に似つかわしく無い獰猛さを伴って不敵に歪んでいた。
 その様子を見てドミニークの眉が怪訝そうに動くと同時だった。

 前触れも、警告も、予兆もなく事態が急変する。

『待ちたまえ。何がおかs

 今度は彼が言葉を遮られる番だった。
 突如並べられていた『キャロライン』のうちの一機に携行ミサイルが突き刺さり、槍のような爆発物はその装甲を貫通しめくれ上がらせたのだ。

 それが合図となった。

 ワァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!という歓声にも似た雄叫びを上げながら、武装した人々が『アンナマリー』を目指して雪崩込んだ。クウェンサーから見えているだけでもざっと百人以上は数えられた。
 軍服に身を包む者もいれば、中には潜入時の自分達のような観光客らしいラフな格好のまま銃火器を振り回している者もいた。
 更に銃声にかき消されて微かにではあるがよく耳を澄ますと自分達のいるエリアから幾つか離れた先のブロックからズズンッ……!とくぐもった腹に響く重低音と鼓膜を刺激する甲高い破裂音が聴こえてくる。おまけに音源であろう箇所からは環境に悪そうな黒煙が数条立ち昇っていた。
 ここだけではなく『ネバー』のあちこちで戦闘が勃発している証だ。

『ッ………………やれやれ、アリュメイヤはしくじったようだな。些か騒がしくなりそうだ』

 ドミニークはあくまでも冷静な態度を崩さなかったが、小さく含まれた舌打ちをクウェンサーは聞き逃さなかった。
 「ざまぁみろ」と舌を出して煽ってやりたかったが、何が起きているのか理解できていないのでどうにも憚られた。
 果たしてドミニークと敵対する所属が定かでない集団が突然湧いて出て来たことは自分達にとって吉なのか凶なのか。
 それが判明しない限り、安易に次の行動を興すのは得策ではない。
 というか情報を処理し切れず軽くパニックに陥っていた。

「はわわわっ!?ナニコレェ!?」
「一体どこの誰なんだよこいつらっ!?」
「知るかよ!俺達を巻き込むことに躊躇しねぇことから鑑みるに、ピンチに颯爽と現れた助っ人ってわけじゃなさそうなのは確定だクソッタレ!」

 事態を上手く飲み込めていない三人へ唯一一行の中で事情を把握していると思われるアドレイドが漸く説明を行う。

「どうやら間にあってくれてたようね。私たちを追いかけた『キャロライン』。どうにも数がすくないと思っていたのよ。アリュメイヤ=キングスバレイが手をぬいていた可能性もこうりょしたけれど。こたえは単純。いたのよ。私たちいがいにもこの街のほうかい、あるいは機密情報のだっかんをかくさくしていた勢力が」
「これだけのスパイと潜入部隊が既に『ネバー』に潜り込んでいたのか……。よく見ると『正統王国』の兵士もいるぞ」
「それはそれとして毎度のことながら分の悪い他力本願100%の賭けでサラッと俺達の命を差し出してんじゃねぇよ!あと10秒何も起こらなかったらどうするつもりだったんだこの野郎!」

 元々亡命者を無秩序に受け入れているおかげで、各勢力からの反感を買いやすかった土壌があったのだろう。
 それぞれの上層部は『ネバー』を内部から崩壊させる部隊を密かに送り込み、『キャロライン』の監視を掻い潜りつつその機会を伺っていた。
 そんな折、自分達が「最初のペンギン」となってトリガーを引いたタイミングを好機と判断して同時に動き出したという筋書きだろうか。

『ふぅむ、仕方がない。ここは一旦退かせてもらおう。非力な私にとって荒事は専門外なのでね。なのでこの場はかわいい「キャロライン」達に任せるとしよう』

 多くの兵士達が眼前に迫りつつある状況下で、溜息を吐きつつドミニークの代弁役を担っていたキューブ人形は下半身から地面に沈むようにその形を崩していく。最後まで残っていた頭部は無機質な瞳でこちらを見据えていた。

『交渉が決裂したのなら仕方あるまい。何よりも興が冷めてしまった。執務室で待つとするよ。全ての決着を付けたいのならそこまで昇って来るといい。優秀な君達のことだ。どうせこの状況も切り抜けて来るのだろう?健闘を祈るよ諸君』

 そう勝手な約束を言い残すと偽物のシルエットは完全にバラバラとなって『キャロライン』達に吸収されていった。
 それを皮切りに押し寄せる敵を迎撃するために『キャロライン』達は躍り出るように広場の各地へ散らばっていく。
 全てを巻き込んだ正真正銘の「戦争」の火蓋が切って落とされる。

「ひ、ヒィィィィィィッ!」
「とりあえず危ねぇから伏せてろド素人!」
「ここじゃおちついてはなしもできないわね。アレに身をかくすとしましょう」

 とりあえず四人は間抜けなヘッドショットを貰うことを避けるために地面に這いつくばり、破壊された『キャロライン』の残骸の影へと匍匐前進で辿り着く。
 今のところは小銃程度の弾丸は防げているが携行ミサイルや不意に遮蔽物を飛び越えてくる手榴弾、多角的な十字砲火を防ぐには余りにも心許ない。いつ致命の流れ弾が飛んで来るかわからないピリピリとした緊張感がクウェンサーの背筋を炙っていく。
 そんな中、所持していた無線機が不意に通信を拾った。タイミングから考えて、目の前で繰り広げられている乱戦と無関係でないのは確実だろう。
 案の定、発信元はベースゾーンで待機しているはずである上官からであった。

『クウェンサー、ヘイヴィア。聞こえているならどちらでも構わん。直ぐに応答しろ』

 現場で満足に支援を与えられないため、作戦が完了した時まで聞くことはないだろうと思っていた声。つまりは傍受される危険性の無視や想定していたタイミングを逸脱してまで伝えなければならない事態が発生した証だ。

「こちらクウェンサー。現在『アンナマリー』付近にいます。それと色々ありましたがこの場に全員揃ってます」
『そうか、よかった。無事だったか』

 通信機越しに上官が安堵の息を漏らす音が聞こえたが、今はいつも厳しい彼女の意外にも部下想いな一面に感涙で咽び泣いている場合ではない。
 何故ならこの瞬間も現在進行形で命の危機に晒され続けているのだから。

「そんなことよりもさっきから街中で俺達以外の誰かがドンパチしているんですけどっ!?何ですかこれ!?」
『遅かったか……。いいか、よく聞け。簡潔に述べるとその街に潜入していたのはお前達だけじゃない』
「それは何となくわかりますが具体的には一体どこの……!?」
『わかりやすく言うなら四大勢力雁首揃えて、だ。どこかの馬鹿が全勢力に「宝探し」の景品がそこにあるとリークしやがった。今暴れているのは元からスパイとして潜伏していた連中だろう』
「……っ、どうします?同じ『正統王国』軍に合流して協力を促しますか!?」
『いや、友軍に説明する時間すら惜しい。人間と無人兵器でじゃれ合っている間はまだいいが、これから更にヤバイ奴らが控えている』
「時間が惜しいってまたタイムリミットが縮まったってことですか!?それに『ヤバイ奴ら』ってまさか……!?」

 対人における脅威である無人兵器よりも更に上。クウェンサーの脳裏に次世代戦車で編成された車両部隊や爆撃機などの航空戦力を浮かべたが直ぐに振り払われる。
 年若いながらも歴戦の将校であるフローレイティアが今更そんなありふれた兵器を「ヤバい」などと形容するはずがない。
 だとするならば、更に更にもっと上の想像しうる限り最悪のパターンに決まっている。

『既に察しているようだな。おそらくお前の予想通りだ。あと一時間程で四大勢力のオブジェクト多数が「ネバー」にやって来る。確実にな』
「オブ……ジェクト……」
「マジかよ……」
「そんな……!」
「……………………」

 その場に居た全員の顔が凍り付く。
 たった一機でも同じオブジェクト以外にはオーバーキルだというのに、それらが複数並んで一つの標的を集中砲火したらどうなるか。
 少なくとも一都市程度ならば比喩抜きで地図上から物理的に消し去ることなど容易いのは確実だろう。

『お姫様には時間を稼ぐように頼んではいるがおそらく長くは保たない。だから、私からの命令はただ一つ。白々しくもドス黒い正義を掲げる馬鹿共が取り返しのつかない破壊と蹂躙を撒き散らすその前に片を付けろ。以上だ』

 上官との通信が切れると再び闘争による騒音がクウェンサーの鼓膜を震わせる。
 それでも思考はクリアだった。

(お姫様……)

 こうしている間にもよく見知った操縦士エリートの少女は、たった一人で万全とは言い難い『ベイビーマグナム』を引き摺って怪物達と対峙しようとしている。

 無論、フローレイティアが言ったように勝ち目などあるはずがない。
 それでも逃げずに立ち向かわんとする彼女の為に自分達ができることは何か。

 決まっている。

 安全圏から高みの見物を決め込んでいる黒幕野郎をぶっ飛ばして、連合軍のオブジェクトが到達するか目論見が達成される前にこの事件を終わらせることだ。

「行くぞ。この混乱に乗じて『アンナマリー』に乗り込む」

 他の三人からは返事の代わりに賛成を意味しているであろう無言の頷きが返ってきた。
 ヘイヴィアとノエルの顔は青白かったが、それぞれ闘志はまだ燃え尽きていないようだ。
 この場にいる自分達だけでなく第37機動整備大隊が一丸となって事に当たっていることを改めて意識し直し、辛うじてではあるが己を奮い立たせているのだろう。
 修羅場に関しては経験豊富なアドレイドについては言わずもがな。
 死地にこそ活路が開かれている。
 走り続けなければ勝てない。
 否、走り続ければ勝てる。
 勝たなければ生き残れない。
 否、勝てば生き残れる。
 決意を新たに、一行は虚栄の銀塔を踏破すべくを更なる危険地帯へと踏み出していく。

 10

 ─────同時刻。

 通称『お姫様』ことミリンダ=ブランティーニは『ネバー』周辺に広がる砂漠にて、これからやって来る四大勢力のオブジェクトを迎え撃つべく『ベイビーマグナム』のコックピットに収まっていた。
 スクランブル発進だったため修復が間に合わず、『ヴァニッシュラプター』との戦闘で負った損傷を抱えたままの愛機の状態は通常時と比べて精々7割程度といったところ。
 ただでさえ「時代遅れの特徴に乏しい第一世代」と揶揄される機体だ。
 全体数を把握できていない程のオブジェクト達と対峙するなど、百人に聞けば百人が無茶な暴挙と評するだろう。お姫様自身さえ実際にそう思っている。
 ただし自分の目的は向かって来る怪物兵器の全てをスクラップに変えることではない。
 足止めに徹して、『ネバー』に潜入したクウェンサー達が作戦を遂行するまで抑えていることだ。
 勝たなくていい。ただ時間を稼ぐだけ。
 寧ろ一機でも破壊してしまえば本格的に自分達は『ネバー』に味方する「世界の悪」と見做されてしまう。
 付かず離れずの間合いを保ちながら、仲間達が無事に作戦を成功させることを祈るしかない。

『済まないわねお姫様。あなたにはじっくり休んでいてほしかったのに駆り出してしまって』

 命令を下したフローレイティアの声音には申し訳無さの色が滲んでいた。
 いつも気丈な彼女らしくない調子に対して、あくまでお姫様は普段通りの平坦な調子で言葉を返す。

「ううん、気にしてない。なんとなくだけどこうなるような予感はしてた」

 核兵器にすら耐えうる怪物を止めるには戦車や戦闘機では余りにも力不足だ。その役割を担えるのは同じ怪物を手繰る自分となるのは必然だろう。
 しかし、そこに驕りや自惚れといった優越感はは無い。
 操縦士エリートだろうと一兵卒だろうと全員が全員、自分のできることを精一杯にこなしているだけなのだから。
 かつてのアラスカでの経験を経て学んだことだ。

『いくら多数のオブジェクトが押し寄せてくるとは言っても、彼らにとって「ネバー」の擁するオブジェクトはどれ程の実力なのかは未知数となっているわ。だから、ある程度近づいたら様子見として一旦は止まるはずよ』 
「わたしがそのすきにあたまを冷やすように交渉をもちかけてみる、でしょ?」
『危険な役割には違いないから気を付けて。何度も念を押すけれど、交戦することになったら多勢に無勢でまず負ける。誰が「最初のペンギン」を担うかの譲り合いが長引くように立ち回ってちょうだい』
「りょうかい。ちょうどきた」

 お姫様はコックピット内の計器の一つにに視線を移すと、レーダーには50m以上もの巨躯を誇る物体の反応が複数体こちらに迫りつつあることを捉えていた。
 自分こそが一番槍の栄誉を得ようと、幾筋もの砂煙を舞い上げながら怪物兵器達が先を競うように向かって来ている。

 その進路上に立ちはだかる。

 向こうもレーダー若しくは人工衛星のカメラを通してモニターに映し出されるよりも前に『ベイビーマグナム』の存在に気付いていたはずだ。
 交戦許可を出されていない機体を前にオブジェクトの群れは一時行軍を停止する。

『おほほ、どこのだれかとおもえば「正統王国」のどろくさいエリートさんではありませんか』

 最初に口を開いたのは見覚えのある機体を駆る聞き覚えのある声の持ち主であった。
 左右にガトリング状に束ねた主砲を携えた『情報同盟』に所属する『ラッシュ』。
 そして、それを操る自分達と何かと因縁のある「おほほ」と呼ばれる操縦士エリートの少女。
 他の機体を差し置いて最初に声を発したということは彼女がこの一団、少なくとも『情報同盟』のオブジェクト達の代表なのだろう。

『なんのつもりですか?世界の総意によってほろぼすべきとけっていされたあのまちに背をむけて私たちの行く手をさまたげるようなマネをするなんて』
「ここはとおさない。あなたたちが砲をむけようとしているさきにはなんの罪もないひとたちがふくまれている。それにあのまちにはいまクウェンサーたちがいるんだから」
『まぁ、あのとのがたがいるんですの?おほほ、また騒乱のちゅうしんにいるだなんてつくづくにぎやかなかた』
「かならずかれらが作戦を成功させてこのバカげたさわぎをおわらせる。だからオブジェクトなんてひつようない。このままひきかえすかここでとまっていて」
『おほほ、そのようなざれごとに素直にしたがうとでも?』

 やはりすんなりと引いてくれる気配は無い。
 元々互いに犬猿の仲だ。
 最初からそんな関係の相手からの言葉など鵜呑みにしてくれる程甘くはないだろうと思ってはいた。
 とはいえ聞く耳は持たずとも今『ベイビーマグナム』が多数のオブジェクトに囲まれながらも戦闘に発展していないのは、「無辜の民をいたずらに犠牲にするべきではない」という自分の意見に対して「一理ある」と判断できなくもない部分があるからだろう。
 尤も、その理由は「大義名分が掲げられていたとしても、虐殺への積極的な加担は外聞がよろしくない」という博愛とは程遠い利己的なものなのだろうが。
 それでも功を焦った『情報同盟』上層部から正式に交戦許可が下されてしまえば待っているのは多勢に無勢の嬲り殺しには違いない。
 ギリギリの膠着状態が齎す緊張により、操縦桿を握るお姫様の手に力が籠もる。
 そのような一触即発の空気を、

『そこまでだ』

 引き裂く者が一人。

『ボクは「ネバー」安全管理部隊隊長ローアイン=ラスティネイル。そして都市防衛オブジェクト、「アンナマリー」の操縦士エリートだ』

 若者、というにはやや幼い印象の少年の声。
 それも話を聞く限り、現在自分達が攻略しつつも守ろうとしている『ネバー』側に属する人物。
 更に絶賛攻め込まれる原因となっているオブジェクトのエリートであった。
 こちらがそのような事情を把握していることなど露知らず、都市の防人は「敵」に向けて警告を発する。

『「安全国」をじゅうりんしようとする侵入者たちよ。すみやかにたちされ。それいじょうちかづくのならようしゃはしない。交戦の意思アリとみなしてぜんりょくではいじょさせてもらう』

 それに対し、おほほは「『敵』へ下手に出る必要などない」とばかりにいつも通りの高飛車な態度を持って応じるだけであった。

『あら、そちらからせっしょくしてくるだなんて好都合ですわ。おほほ、ローアイン=ラスティネイルさんとやら。あなた、なにかかんちがいしているのではなくて?ようきゅうをつきつけるのはこちら。あなたの愛するはこにわをだいなしにされなくなければただちに降伏しなさいな。現代におけるオブジェクト戦とはあらかじめ各じんえいのほゆうする機体のかずできまっています。けっかはみえているでしょう?』
『その返答はしたがう気がないとはんだんする。ならば覚悟してもらおう』
『それはこちらのセリフです。おほほ、私たちからのせめてもの慈悲をきょぜつしたむくいをうけなさいな』

 わかりきっていたかのように、互いの最後通牒はいとも容易く跳ね除けられた。
 故に和解の余地は無く、予定調和の宣戦布告が滞りなく交わされる。
 そして、開戦にわかりやすい合図など必要なかった。

「……!まって……!」

 お姫様が制止する間も無く、先に仕掛けたのは連合軍側であった。
 現在、彼らのいる位置から『ネバー』までは約20km以上は離れている。オブジェクト同士の戦闘においては長距離とされている間合いだ。主砲を命中させて致命傷を与えるには最低でも10km以内に接近する必要がある。
 なので距離を詰めるために副砲で牽制しながら一斉に躍り出て行く。
 どうせ目標はその場に固定されて逃げることのできない棒立ちの木偶の坊。
 副砲と言えど一発一発がトーチカを跡形も無く破壊し、イージス艦の腹に風穴を開ける威力を誇っている。
 それが一度に数百発。
 スコールのような密度で砲撃が銀の塔へと殺到する。
 並のオブジェクトが浴びたならばオニオン装甲を貫通せずとも、ボコボコに歪められて全ての砲を喪失し中のエリートは衝撃でトマトジュースになっていてもおかしくは無い。
 しかし─────。

『あまい』

 その尽くが『アンナマリー』どころか『ネバー』に届くことはなかった。

 レーザービームや下位安定プラズマ砲由来の光線系は屈折してあらぬ方向へと逸らされ、コイルガンやレールガンから放たれた実弾は着弾前に空中で蒸発したからであった。
 その様子を目の当たりにしたおほほをはじめとする連合軍のエリート達は思わず驚嘆の声を漏らす。

『無傷、ですって……!?』
『ちじょうのビルぶぶんの壁面に副砲がびっしりと……。なるほど、あのきょたいにふさわしく迎撃兵装はたりてるってワケか……』
『じめんの表面温度がふしぜんなほどにたかい……!くうきが熱せられて温度差の「層」がつくられている……?砂のしたになにかあるのか?』

 周囲が混沌とした雰囲気に包まれる中、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインからリークされた情報を知らされていたお姫様だけがこの場で何がどのようにして起きたのかを理解していた。

(じめんにうめたJPlevelMHD動力炉によってあたためられたくうきが光線をまげたんだ。アドレイドが言っていたとおり、動力炉によるエネルギーきょうきゅうの「網」はすでに街のそとのさばくにまではりめぐらされている……!)

 そして、あくまでも冷静に考察を重ねていく。

(『アンナマリー』は「うごけない」んじゃない。「うごくひつようがない」。これだけ迎撃システムがととのっているから)

 それに加えて、オブジェクトに用いられる動力炉には単なるエネルギー源以外の使い道が存在する。脳裏には先日のロズウェル空軍基地跡においてアドレイドが発していたとあるブラフが過っていた。

(むこうはやろうとおもえばスイッチひとつでうめた動力炉を臨界じょうたいにして起爆させることだってできるはず。いくらオブジェクトでもまともにくらえば大破はかくじつ。これじゃあ迂闊にみうごきすらできない)

 数には数で対抗する。
 否、最初から既に対策は為されていた。

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた動力炉の熱による空気のバリアーと地雷。
 巨躯を誇る本体側面からびっしりと生えた副砲による迎撃網。
 これら二重の守りによって『ネバー』並びに『アンナマリー』は鉄壁の布陣を敷いていたのだ。

『このていどか。怖気づいてあしぶみしているというならば、つぎはこちらからいかせてもらう』

 そして、ローアイン=ラスティネイルは漸く先行を許した相手から自分のターンが回ってきたとばかりに、返す刀で明確な攻撃の意思表示を示す。
 つまりは砲撃を届かせる手段を現状持たない連合軍とは異なり、『アンナマリー』は有しているという証左。
 しかし、何が起きようとしているのかについてはここからでは遠すぎてカメラでは確認できない。
 代わってベースゾーンの電子シュミレート部門所属のオペレーターが状況の説明を担うこととなったが、その口調は今までにない程の焦りを大いに含んでいた。

『衛星からの映像によると「アンナマリー」の上部から先端にかけて80m程が開こうとしています!まるで花弁のように!……熱源反応から推測するに、その一つ一つの全てが主砲と見られます!至急9時の方角に回避挙動の準備を!来ますっ!』
「っ!」

 聞いてる方の精神が炙られるような切迫とした指示に従って、お姫様は咄嗟に言われた方向へと操縦桿を倒す。

 ─────と同時にそれは放たれた。

『あれはいったい……』
『な、なんッ……!?』
『まずい、よk』

 連合軍のエリート達は決して呆然と立ち尽くしていたわけではなかった。
 ある者は自慢の機動力を持ってして避けようとした。
 ある者は砲撃で巻き上げた砂のカーテンで身を隠そうとした。
 ある者は愛機に搭載せれている得体の知れないテクノロジーを駆使して対抗しようとした。
 しかし、彼らの動きを無駄だと一蹴するように、『アンナマリー』を起点する放射状となった幾条もの極太のプラズマが砂の大地を貫く。
 たった数瞬の出来事、されどその刹那の間であってさえ致命に至る砲撃が射線上に重なる連合軍のオブジェクトとその操縦士エリート達を無差別に蹂躙していった。

『「ハンマーシュート」、主砲喪失!どうか速やかに離脱の指示を!』
『「スティンガー659」、反応消失!その他友軍の僚機にも被害多数!』
『「ジゼル」大破!エリートの無事は未だ確認できません!』
『「フォルトゥーナ」推進部位に被弾、これ以上の戦闘行動は不可能です!』
「…………っ!」

 『ベイビーマグナム』の通信網に次々と雪崩込んで来る勢力を跨いだ脱落者達を告げる絶望的な報せを前に、お姫様はただ唇を噛んで耐え忍んでいるしかなかった。

 そして─────。
 『アンナマリー』による壮絶な死の洗礼が一旦止むと、広々とした砂漠の一角に咲き誇る花のようなシルエットを象る破壊の軌跡が刻まれていた。
 莫大な熱に晒されたその表面に張られているのは光沢を煌めかせるツルリとした何か。

 その正体はガラス。 

 特に珍しくもないありふれた素材が物語っているのは熱せられた砂が含んでいたケイ素が急激に冷やされて固まったという事実と、それ程の現象を発生させる熱量を先の砲撃は伴っていたという証だ。

『なっ……!?』

 たった一機のオブジェクトによって引き起こされた惨状に晒されたおほほをはじめとする生き残っていた操縦士エリート達は完全に狼狽え、恐慌状態へと誘われていく。

『ちょっ、ちょっと!あれだけの出力があるだなんてきいていませんわ!いったいどういうことですっ!?』

 ピクニック気分で討伐に赴いた敵からの予想外の反撃に『情報同盟』のアイドルエリートは悲鳴のような甲高い声を上げる。
 先程の『アンナマリー』の主砲の餌食となることは免れたものの、それはただの幸運が齎した偶然。
 もしも砲撃範囲が『ラッシュ』のいた位置と重なっていたならば、蒸発していたのは彼女だっただろう。
 連合軍全体が「次は自分だ」という危機感でざわつき始める雰囲気を尻目にローアインは高らかに告げる。

『けっかならさいしょから見えていたとも。ボクたちの勝利だ。あなどったな連合軍。たとえオブジェクトが何機こようともそのすべてをボクの「アンナマリー」がけちらす。これでもまだふみこもうとするかね?』

 反論しようとする者は誰一人いない。
 しかし、その沈黙こそがこの戦場を支配しているのは誰なのかを雄弁に示していた。

『「インドミナス」をしっているならべつにおどろくほどの代物じゃないだろう?こんなものタネもしかけもない。あきれるほどたんじゅんに街中にうめこんだ動力炉からあつめたエネルギーをたばねて解きはなっただけだ』

 ローアインの口振りから、やはり『ネバー』の各地や周辺の砂漠にはJPlevelMHD動力炉が無数に埋まっているという仮定は真実のようだ。
 それらからエネルギーを供給して主砲に回したのだとしたら、これ程の威力を発揮するのも頷ける。 
 下手すれば現在侵攻中のオブジェクトの総数を上回る火力を生み出せる可能性すら存在しているかもしれない。

「フローレイティア」

 だからといって、恐怖に屈して「無様に撤退する」という選択肢など今更取れないし取るつもりもない。
 少しでも状況を好転されるためにお姫様は上官に指示を仰ぐ。

「連合軍への説得はしっぱいしたし、予想いじょうに『ネバー』はたんどくであってもてごわかった。このままだと勝ってしまうかもしれないほどに。……わたしはどううごけばいい?」
『少なくともローアイン=ラスティネイルからしてみれば、オブジェクトを駆っている以上、あなたも「倒すべき有象無象」と判断しているでしょうね。だから、自衛のための砲撃は解禁するけれど、うっかり巻き添えにならないようやはり回避に専念してちょうだい。砂漠は舗装道路や水面のように完全な真っ平らじゃないわ。吹き付ける風によって作られた「丘」や「窪み」といった高低差を利用してあの砲撃を躱しなさい』

 「それに」と一拍置いてフローレイティアは言葉を続ける。

『現在は数の不利を覆して「ネバー」側が圧倒しているように見えるけれど、これは「アンナマリー」からの思わぬ反撃とその火力に連合軍が驚いて、これ以上自陣の被害を増やさないように二の足を踏んでいるからよ。よってこの膠着状態がいつまで続くのかは未知数。何しろオブジェクトは戦場・戦術によってその形態や性能を無理矢理にでも歪ませる怪物兵器。いよいよとなったら私達の想像が及ばない最新技術を搭載したゲテモノが戦局を変えるべく新たに投入されるでしょうね』
「つまり、わたしがめざすべきポジションはつりあった天秤をどちらにかたむけるのかをきめる『最後の分銅』ってこと?」
『ええ、その通りよ。とにかく最後まで生き残るのがあなたの役目。事が全て収まった時にクウェンサー達を迎えに行けるのは『ベイビーマグナム』しかいないかもしれないのだから』

 いずれにせよ、この場において誰の味方でも敵でもない自分はより繊細な立ち回りが要求される。
 降りかかる砲火を凌ぎながら、どちらの陣営にも勝たせないように均衡を保ち続けるバランサーに徹し切る。
 更に困難で命懸けの渦中へと身を投じていくことは間違いない。

「りょうかい。まかせて」

 故にここからが正念場。
 少女よ、踏み止まれ。
 仲間達が成し遂げるその時が訪れるまで。

【アンナマリー/Annamarie】

全長…500メートル

最高速度…なし

装甲…0.2cm×2000層(耐震・耐衝撃緩和建材装甲)

用途…都市防衛用大型兵器

分類…陸戦特化型第二世代

運用者…『資本企業』(便宜上所属となっている)、『ネバー』

仕様…なし

主砲…都市電力収束超火力プラズマ砲

副砲…民間人保護用ジェル、対空・対地兵器多数

コードネーム…アンナマリー

メインカラーリング…銀色


11

 滑り込むように正面ゲートを通り抜け、メインホールへと踏み込む。
 まだまだ玄関先ではあるが『アンナマリー』への潜入は果たした。
 しかしながら、ウカウカしていたら無人兵器を掻い潜って来たどこの誰とも知れない他の部隊にすぐにでも追いつかれてしまう。
 せっかく手にした一番乗りのアドバンテージを活かすには迅速な行動が求められる。
 自分達の目的は二つ。

 『サイトシーカー』から抜き取られた機密情報データの奪還、もしくは破壊。
 ドミニーク=G=ラスティネイルの抹殺。

 従って向かうべき場所は地下のサーバールームと高層階に構える執務室の二箇所。
 一つ一つを4人で取り掛かれば成功率は上がるかもしれないが、現実的に考えてそれでは時間が到底足りないことをここにいる全員が理解している。
 解決策を提案する役を担ったのは年長者であるアドレイドであった。

「わたしと学生くんがドミニーク、貴族くんとノエルがサーバー。この二つのチームでそれぞれうえとしたにわかれましょう」
「得意分野と戦力の分配を揃えるならそれが妥当だろうな」
「俺も特に異論はねぇが正確な場所が割れてる執務室はともかくサーバールームへはどうすりゃ辿り着けるってんだ?『島国』のニンジャ屋敷みてぇに隠し扉をいちいち探して何枚もくぐり抜けなきゃいけねぇなら時間的にちと厳しいと思うんだがよ」
「それについてはしんぱいいらないわ。一度だけドミニークにつれられて見せびらかされたことがあるもの」

 そう言って女スパイが取り出した携帯端末の画面を細長い指でスラスラと数回動かすと、ヘイヴィアとノエルの携帯端末にデータが送信される。
 中身は『アンナマリー』の間取り図であった。ご丁寧に順路を示す赤い矢印付きときた。これに従って進めば目的地に到達することができるだろう。

「ったく、用意の良いこった」
「私がしてあげられることはこれだけ。道中はおおくのトラップがまちうけているのはかくじつだから、そういったセキュリティの突破はノエル、あなたのハッキングにかかっているわ」
「ゔぇっ!?わたし!?」

 急な大役に抜擢されて狼狽える眼鏡の少女にコンビの片割れとなる不良貴族が悪意無く畳み掛けていく。

「当たり前だろポンコツエリート。サーバールームはドミニークの野郎にとってまさぐられたくねぇ心臓部には違ぇねぇだろうからどんなえげつない仕掛けが待ち構えているかわかったもんじゃねぇ。マジで頼んだぜ」
「あわばばばば……。すんごいプレッシャーなんですけどぉ……」
「だから物理的に対処できるヤツは俺が何とかするからてめぇ一人にワンオペを押し付けて過労死はさせねぇよ。どちらかが見逃してまんまと引っ掛からねぇよう気ぃ引き締めて行こうぜ」

 話が纏まったことでここからはいよいよチームごとに分かれての別行動となる。
 どちらも一筋縄では行かない命懸けのルートとなることが予測されるだろう。
 なので、クウェンサーはこれまで多くの死地を共に乗り越えてきた悪友と向かい合った。
 言っておくべきことは後悔しないよう言えるうちに伝えておくべきだ。

「死ぬなよ貧乏貴族。なんてったって、この間貸した10ユーロをまだ返してもらっていないからな」
「てめぇこそあっさり黒幕に力及ばず返り討ちなんてつまんねぇ死に方すんじゃねぇぞ。もやし野郎が」

 ドラゴンスレイヤーコンビはいつもと変わらないにやけ面で軽口を交わすと、突き出した互いの拳と拳を打ち付けた。
 引き締まった堅苦しい別れの雰囲気や言葉など彼らには不要。何故なら直接口にせずとも、また再会できると双方が信じているのだから。
 そんな彼らのやり取りを見ていたアドレイドはノエルへと目を向ける。

「アレがオトコどうしの別れってやつかしら?青春キラキラでまぶしくっておねえさんクラクラしちゃいそう。ためしにどうかしら?私たちもやる?」
「だれがやるかアホンダラァ!わたしたちのほんらいの関係をうやむやにしようとしてんじゃねー!つぎ合流したらかくごしておけよ貴様ぁ!」
「あら、うれしい。その言いぶんだとわたしが生きてもどることをねがっているように聞こえるわね」
「むきーッ!そういうとこだぞ!そういうとこ!ホラホラッ!さっさといったいった!」 

 こうして彼らは背中を向けてそれぞれの道を進んでいく。
 別れた二人の足音はあっという間に遠くへ離れてもう聞こえない。
 自分達も目的地を目指すべきだが、その前に一つはっきりさせておくべきことがある。

「で?執務室ってどうやって行くんだ?確か一般が立ち入れる限界階層の展望室より更に上に構えているんだろ。やっぱり階段を探して地道に登って行かなきゃいけない感じなのか?」
「いいえ、どうやらそれにはおよばないみたいよ」
「?」

 女スパイが徐ろに指を差した方向はエレベーターホールであった。
 更にクウェンサーが目を凝らすとズラリと並んだ機械仕掛けの箱の一つの扉が開きっ放しになっており、脇の昇降を示す矢印は上方向にチカチカと瞬いている。
 無論彼ら二人が操作したわけではなく、他にそれが可能な人影が周囲にいるはずもなかった。
 だとすれば考えられる可能性は一つ。
 自分達以外にこんなマネができる人物といえば。

「ドミニークがよこしたリムジンかしら。どうやらアレにのっていくしかなさそうね」
「マジかよ……。昇っている途中でワイヤー切られたりしないだろうな……」
「そんな細工をほどこしているヒマがあったら、いりぐちからここまでくるのにトラップの障害物競走だったはずよ。それがろくになかったということはよほどかれは私たちをじぶんの手でしまつしたいようね。──────その証拠に」

 女スパイは言葉を区切ると徐ろに近くの棚に飾ってあったこの街のゆるキャラらしきぬいぐるみを非常階段の方へと投げ込んだ。
 すると宙を舞っていた布と綿の塊は床に落下するよりも早く、仕込まれていたセントリーガンによって空中で四散した。
 それは迂闊に踏み入れていたら、「こうなっていた」というもしもの自分の末路そのものだ。

「なるほどね。そっちのルートを無理矢理突破しようとしたら何時間かかるかわかったもんじゃないな」
「それにラスボスにいどむまえだというのに何百mも自力でかけあがって息をあらげてふくらはぎをパンパンにするというのもカッコつかないでしょう?」
「それもそうだけどさぁ……。まぁ背に腹は代えられない、か」

 不信感を募らせたままのクウェンサーと安全を確信しているためか足取りの軽いアドレイドの対照的な両名はエレベーターに乗り込んでいく。
 扉が閉まるとボタンに触れてさえいないのに虎穴へと続く籠は独りでに上昇を始めた。
 おそらくドミニークにより、「来客」が乗り込んだら自動で執務室へと招くように設定されているのだろう。
 静音と無振動を専売特許にしているおかげか、二人を乗せたエレベーターは滑らかに高度を上げていく。
 目的の階へと到達するまで束の間の「何でもない時間」が生じるので、クウェンサーは沈黙を裂いて期間限定の相棒にずっと気になっていた質問をぶつけてみる。

「ドミニークとやり合う前にアンタに聞いておきたい」
「あら、なにかしら?お姉さんのホクロの位置でもおしえてあげましょうか?」
「この期に及んでフザケてはぐらかすのは無しだ」

 年下の少年の語気の強さから誤魔化しは通じないと判断したのか、女は直ぐ様態度を切り替えた。

「……どうやらマジメモードをごしょもうみたいね。それなら真摯にこたえるのがスジってものかしら。どうぞ、言ってごらんなさい」
「未だにアンタの真意が掴めない。どうしてこんな事件を起こしてまでこの街を潰したいんだ?復讐か?『資本企業』の常套句、『金のため』?まさかドミニークとの痴情のもつれなんてことはないよな?」

 エレベーターは静かに上昇を重ねていく。
 外側に面するガラス張りの壁から見える景色は下へと流れ、地上がどういった状態にあるのかが見て取れた。
 あちこちから火の手が上がり、連続した爆発が絶え間無く散見されている。
 果たして燃えているのは機械か人間か。
 悪意が伴っていたのかはともかく、少なくない割合で隣に立つ女スパイが原因となって引き起こされた惨状であるという事実には変わりない。

「…………………………」

 そのような現在の『ネバー』の様子を一瞥した後、彼女はゆっくりと口を開いて語り出した。

「私はね、うまれてからいちどだって自由だったことがないの」

 項垂れたまま女スパイは言葉を紡いでいく。 
 前髪に隠れて目元はこちらから見えないがその視線の先は眼球で捉えられる外界ではなく己の内側、脳内の記憶に向けられているのだろう。

「私のこれまでの生涯は上からのめいれいで『世界のバランスを保つため』という大義名分をかかげて、そのさまたげとなる人間をはめつにみちびいていくためだけのものだった。善人であろうと悪人であろうともみな平等に。それが『正しいこと』なんだとおもいこんでいた。──────おもいたかった」

 「思いたかった」。

 含みを持たせるような過去形。
 それは既に失われて戻らない往日の残滓を表しているかのようで。
 即ち。

「でも、その無邪気にしんじていた『正義』はちがったの。ターゲットたちがいとなんでいた『普通の日常』をこわすたびに『ほんとうにこれでよかったのか?』という疑問がちくせきしていったわ。そして次第におもうようになった。『ほんとうに世界がよくなっているのなら、なぜ私のしごとはいっこうになくならないのか』って」

 スパイとして仮初めの「普通の日常」に溶け込んでいるうちに抱いてしまった疑念。
 優れた能力を持ちながら常人の目線でロールプレイと俯瞰を重ねてきたからこそ浮き上がった己の為してきた所業と理想の乖離。
 それらがアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインを縛り付けていた鎖に亀裂を生じさせた。

「すこししらべればすぐに判明したわ。けっきょく私がおこなってきたのはいちぶの権力者にとってつごうよく金をかせぐために邪魔者をはいじょするという欲にまみれたただの清掃作業だったことを。そして、知ってしまったからには自覚してしまったの。スパイがいちばんいだいてはならない『ある感情』を」
「──────それはつまり、『罪悪感』ってやつか?」
「えぇ、気づくにはあまりにもおそすぎたけれどね」

 罪悪感。

 それはただ任務を熟す機械として生きてきた誰でもない女の奥底にて僅かに残っていた「人間らしさ」。
 そして当たり前の感情を取り戻した彼女は過去の全てを「仕方なかった」の一言で片付けて、元の「アドレイド=”エンプレス”=ブラックレイン」に戻ることを選ばなかった。
 開き直って再び言われるがままに非道をはたらく自分を到底許すことが出来なかったから。
 それが例えこれまで行ってきた所業と向き合い、苦しみ、後悔に苛まれることを意味していたとしても。

「しんじていた正義にすらうらぎられてしまった以上、それからはもうすなおに上からくだされるめいれいにしたがっていることがばかばかしくなっちゃってね。このままつかいつぶされるだけの人生をおくるだけというのなら、すべての勢力をてきにまわしてでもじぶんのやりたいようにやって自由になるついでに世界をすくおうと思ったわけ」

 戦場と化した眼下の景色にもう一度眼差しを向ける。
 鉛玉と煙に汚された未来都市。
 数刻前までは実態が真っ黒だったとはいえ、無辜の人々による賑わいを見せていたはずであった。
 そういった営みを自分が壊したという事実を再認識したのか、力の無い苦笑と共にアドレイドの口から自嘲が溢れ出す。

「けっかはごらんのありさまだけれどね。けっきょく、すくうために行動したのにまた私はまたこんな方法でもくてきをはたそうとしている。滑稽でしょう?」
「………………そうだな。酷いやり方には違いない。何機のオブジェクトが破壊されたのかわからないし、肝心な場面は運頼みの綱渡りばかり。アンタの計画は不安定極まりないお粗末なモンだ」

 機密データの強奪、拡散。
 「餌」に釣られてやって来た並み居るオブジェクト達の殲滅。
 協力者の確保。
 心臓に埋め込まれた装置の除去。

 他にも成功するのか判らない一か八かの不確定要素を並べようとすれば枚挙に暇が無い。
 どれか一つでも失敗していれば計画は水泡に帰していたのは間違い無いだろう。
 なので率直な感想に基づく容赦の無い酷評をくれてやった。
 しかし。

「だがアンタが動かなければ誰も止められずに世界はドミニークの物になっていた。それは確かだ」

 クウェンサーはアドレイドの自虐や道程の拙さを指摘する一方で、彼女がクソ野郎の野望を挫くべく立ち上がったことを否定はしなかった。

「フローレイティアさんから聞いた。『ヴァニッシュラプター』に倒された5機のオブジェクト。いずれもエリートが積極的に戦闘を仕掛ける好戦的な性格だったり、攻撃力に優れた殺傷力が自慢の機体らしいな。そして、機体は大破させられても中のエリートは全員生存していたって。これは俺の勝手な推察だが、おそらくアンタは今回の騒動においてなるべく犠牲が少なくなる方法を常に選んできたんじゃないか?誰にも協力を仰げない状況でアンタにとって最悪の中で選んだ最善こそが今なんだろ?違うか?」

 対峙したエリートの安否を無視して葬った方が『セリーヌ』の消耗を少なく抑えられたかもしれない。
 強力なオブジェクトを泳がせて他のオブジェクトを始末させていたほうがもっと時間に余裕を持てたかもしれない。
 ノエル=メリーウィドウの命など利用し尽くした後に処分してしまった方が後腐れがなかったかもしれない。
 非殺傷のスモークではなく無差別に爆発物をばら撒いて『ネバー』の住民を巻き込んだ阿鼻叫喚の混乱をあちこちで起こした方が無人兵器の目を掻い潜って『アンナマリー』への潜入もスムーズに行えたのかもしれない。
 それでも、アドレイドはそういった手段を使わなかった。
 クウェンサーにとってそれら計画の成否に関わらない、寧ろ足を引っ張る「無駄」こそが彼女がかつての己と決別しようと足掻く意思を示しているように思えてならなかったのだ。

「……バレてたのね。でもあまり買いかぶりすぎないでちょうだい。私がこの事件のひきがねをひいたことにはやはりかわらないのだから」
「そりゃあ何も犠牲にしないなんてパーフェクトじゃなかった。だとしてもなりふり構わず流血を許容していればもっと楽やショートカットが出来た場面だってあったはずなんだ。『悩むな』だの『胸を張れ』とか『誇れ』なんて言わない。でも、アンタは過去の自分から変わりつつある。それを受け入れろ」

 ズラリと並んだボタンの上方には小さな電光掲すー示板があり、現在の階層と地上からの高度が記されている。
 現在標高350m。目的の執務室が構えられている階まではもう間も無くで到着するだろう。

「だから、ここまで来た以上は勝つぞ。そうした『積み重ね』に報いる為に。今までのことを後悔しているんだろ?正真正銘自分の意思で世界を救うんだろ?全てに決着を付けるまでまだ失敗も成功もしていない。この作戦を終えても人生はそこで終わりじゃ無く続いていくんだ。新しい門出を迎えるなら全てを精算して清々しい気分で迎えるのが最高のハッピーエンドってモンだろ」
「…………………………」

 慰める意図は無い。隣に立つ女はそんな物は望んでいないだろう。
 彼女に必要なのはありのままの自分を評価して、その上で背中を押してくれる誰かの手だ。
 この場で他にいないなら自分がその「誰か」になってやってやるのも悪くない。

「すこしじぶん語りがながすぎたかしら。しめっぽい雰囲気にしてしまってわるかったわね。でも、いくらかきぶんが晴れたわ。ありがとう」

 己の心の中で何かの一区切りが付いたのか、既にアドレイドはいつもの不敵な調子を取り戻していた。
 そして、会話が終わると同時にピンポーンという目的階の到着を告げる電子音が鳴り響き、連動してエレベーターの扉が開かれる。
 かつての女スパイはもう足元ではなく、目の前に広がる見据えるべき「前」を向いていた。  
 その様子を横目で覗いたクウェンサーは安堵したかのように口角を上げる。
 「もう大丈夫だ。自分達に恐れと迷いは無い」という確信を抱いて。

「気にするな。その代わり『資本企業』風に言うならお代の分はしっかり働いてもらうぞ。知っての通り、俺はガチンコバトルが不得意な健康優良インテリジーニアス青少年だからな。頼むぞ敏腕つよつよ女スパイ」
「ふふっ、その肩書きはきょうでおしまい。そのかわり看板をたたむにふさわしい有終の美をかざってあげるからまかせてちょうだい」

 自分だけではない。
 『ネバー』という街に囚われた全ての人々を「偽物の安寧」という呪縛から解放するため。
 これ以上自分に嘘をつかないため。
 新しい人生を手に入れるため。

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインは籠の中から一歩踏み込んで最上階へと繰り出していく。


12

 ──────そこは壁によって区切られた「部屋」という概念が無く、広大なワンフロアが丸々使われた一つの空間であった。
 まず、最初に目に付いたのは10m以上もの高さで隔てられている黒い床と天井。
 そのどちらも磨き抜かれており、光源として蛍光灯を用いず間接照明として上下から照らし出される淡い光が上映直前の映画館のシアタールームにも似た落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 次にその間に屹立する幾本もの太い柱。
 これらが階層全体を支えると同時に地下の動力炉から送られてきたエネルギーを通す『アンナマリー』の「血管」をの役割を担っているのだろうか。
 その閑散とした広大さと神殿の内部のような威容に対してクウェンサーは、いつかどこかの本かドキュメンタリー番組で見た地下に聳える巨大放水路を思い出していた。
 そして、最後に地の果て。
 フロアの突き当たりには壁の代わりにグルリと階層の周囲全体を縁取る形で一面に透明なガラスだけが貼られていた。おそらくここの主が360度窓際のどこからでも己の箱庭の様子を俯瞰するために拵えたのだろう。

「ここが、執務室……」
「気に入ってくれたかね?ここまで来て外を眺めてみると良い。素晴らしい景色が広がっているとも」
「っ!」

 思わず声を溢した少年に応える何者かがいた。
 隣にいるアドレイドではない。
 音源はエレベーターから降りて正面に広がる柱の林の奥からだ。
 よく目を凝らすと高級そうなビジネスデスクを一台挟んで背を向けて立つ誰か。
 心当たりなど一人しか存在しない。
 『ネバー』の支配者に留まらず、世界の王に君臨しようと此度の騒動を画策した男。

 ドミニーク=G=ラスティネイルがそこにいた。

「これが『アンナマリー』、ひいては『ネバー』の防衛システムだ!凄まじいだろう!主砲のたった一度の斉射で虐殺を行おうとした不届きなオブジェクトが何機も葬られていく!おっと、もしかすると君達の知り合いが含まれていたかもしれないがね!いやはやそうであったなら申し訳無い!」
「……ッ、ドミニーク!」

 眼下に広がる世界を眺めていた全ての黒幕は自らの命を狙いに来た刺客が目の前に迫っているという状況でありながら、わざとらしいハイテンションな調子でこちらへと振り返る。
 その人の神経を逆撫でする馴れ馴れしい態度と最も過酷な戦場にて今も奮戦しているであろうお姫様を思い起こして激昂しそうになるクウェンサーを制しつつ、アドレイドは黒幕にアサルトライフルの銃口とチェックメイトを冷徹に突き付けた。

「ここまでよ。『ネバー』とあなたのくだらない野望はもうおわり。じきに四大勢力のオブジェクトがこの街におしよせてくるわ。いまはどうにかできているようにごまかせても、たった2機のオブジェクトでどうこうできる戦力差じゃない。さいだいのきりふだを切ったあなたはもうあとがない。しょせんはムダなていこうにすぎないわ」
「ふぅむ、そうだな。確かに勝てはしまい。だが構わんよ。勝つ必要すらないのだからね」
「勝たなくていい……?何を言っているんだ?」

 意味がわからなかった。
 確かに『アンナマリー』は都市外周のオブジェクト、『キャロライン』は内部の歩兵を足止めしているがそもそも籠城戦自体が勝機が存在しなければ行う必要が無い。
 何故なら攻める側は消耗してもほぼ無限に兵力が補給される一方で、守る側は内に蓄えた限られた資源のみでやりくりしていかなければならない不利を常に強いられるのだから。極論攻撃を加えずとも補給路を絶って何もせず放置するだけでそのうち勝手に干からびる。
 しかし実際にジリ貧に陥ることを理解した上で未だに白旗を上げないということは、この状態を打開するアテに心当たりがあるのか。
 ドミニークは得意気に自らの余裕が崩れない理由をツラツラと述べていく。

「そのままの言葉の通りだとも。あれ程の戦力を差し向けてきたということは、やはりあの機密情報のデータはそれだけの価値があるということだろう。独占して他の勢力を出し抜くために各勢力のエリートの半数程は上からこう命令されているはずだ。『まだドミニークとあの塔型オブジェクトには利用価値がある。亡命を希望したらどちらも無力化に留めて保護しろ』、とね。だから、私の手で君達を捻り潰した後にここでのんびりと座して待つだけでいいのだよ」
「随分とか細い頼みの綱だな。監禁、拷問、処刑。亡命が叶ったとしてもその先でどんな目に遭うのか分かったもんじゃないっていうのに」
「そこは私の政治家としての弁舌の見せ所だな。『知りたい情報』と『知らされたくない情報』のバランスを上手く保ったままオークションで自分の価値を最大限に吊り上げて取り入らせてもらうとも。幸い脅迫の手札は幾らでもあるのだからね。そうして迂闊に手を出せないポジションに立ってしまえば、再び盤石な地位を築くのにそう時間はかからない。君達は何やら命懸けで私の邪魔をしているようだが、そんなものは取るに足らない無意味な行為に過ぎないのだよ。『ネバー』は何度でも蘇るのだから」
「させないわ。そうなるまえに私たちがあなたを始末するもの」

 これ以上の言葉の応酬は不要。
 そもそもクウェンサーとアドレイドは窓際に佇んでいるクソ野郎を始末するためにやって来たのだ。
 誘い込まれたとはいえまたとない機会であることには変わりない。罠であるのならば発動される前に叩き潰せばそれで全てが終わる。
 故に最短最速、先手必勝。
 会話を打ち切るや否や、アドレイドが手にするアサルトライフルが火を吹いた。
 フルオートで発射された弾丸の雨がドミニークに向かって真っ直ぐに吸い込まれていく。
 心臓と脳を正確に捉えた弾道。
 数瞬後には双方それぞれを貫いて標的を完璧な絶命へと至らせるだろう。

「おっと、危ない危ない」

 しかし、そうはならなかった。
 トリガーが引かれると同時に、それに呼応して遮る物が反応したからだ。

 正体はドミニークの傍らにあったビジネスデスク。

 ──────のように「擬態」していたナニカが、主人の生命が脅かされるよりも先に変形して盾となったのだ。

 『キャロライン』のキューブ装甲。

 変幻自在かつ神出鬼没のソレは一通り銃弾を防ぐと盾の形を崩し、小さな立方体の群れとなって床に散らばり溶けるように姿を消していく。

「……やっぱり丸腰ってわけは無いか」
「やれやれ、また不意打ちか。芸の無い。こちらの準備が整うまで少し待ち給え。ヒーローの変身シーンを邪魔するのは無粋極まりないだろう?」

 そう言ってドミニークが指を鳴らす。
 何かを呼び出すためのサイン。
 パチンという音が響くや否や、『キャロライン』の本体がヌルリと柱の影から現れた。
 応じてから登場するまでの間があまりにも短すぎる。
 潜めていたのだろう。自分達がこのフロアに足を踏み入れる前から。

 考え得る最強の兵器、オブジェクトによって侵入者を排除する。

 これこそがドミニーク=G=ラスティネイルが仕掛けた単純至極にして最大の策であり罠であった。
 ある程度予測出来ていたとはいえ、怪物兵器を目の当たりにしたクウェンサーとアズレイドの眉間に皺が寄る。

「マズイわね。ひらけて足のあった市街地とちがって、ここはにげ場がない。真正面からじゃまずしょうぶにならないわ!」
「だったら本格的に動く前に棒立ちのアホを狙うまで……!」

 後手に回っては不利なのは明白。
 二人揃って同じタイミングで床に敷き詰められた高級そうなカーペットを蹴って駆け出し、 『キャロライン』のシルエットに隠れてしまったドミニークを仕留めるべくその側面へと回り込む。

「なっ……!?」

 しかし、件の標的の姿はどこにも見当たらない。
 まるでイリュージョンのように消えていた。

『言っただろう。「私の手」で捻り潰すと』

 『キャロライン』に内蔵されたスピーカー越しに先程までここにいたはずの人間の声が聞こえてくる。

 即ち考えられる可能性は一つ。
 奴は乗り込んだのだ。
 本体を盾にしている間に機体後部から内部へと。

『待たせたね。それでは気持ちの良いフェアな勝負を始めるとしよう』

 これでドミニークは上下前後左右あらゆる角度からの攻撃を分厚い鉄壁の装甲に守られることとなる。
 アサルトライフルの弾程度では、まず破れはしないだろう。
 ありったけのハンドアックスを用いたとしても、まともに爆風を浴びせたところで貫けるかどうか。

「何故だ?」

 しかし、それ以前に。
 オブジェクト設計士志望の学生であるクウェンサーは黒幕が自信満々に取った策へ疑念を抱かずにはいられなかった。

「他の無人兵器ではなく『キャロライン』?一体どうして?お前はエリートじゃない。それにエリートであったとしても、オブジェクトは基本的にそのエリート個人専用に調整された機体にしか操縦できない仕組みになっている。変わった形の棺桶に収まったまま死にたいのか?それともずっとそこに閉じ籠もって時間切れを狙っているのか?」

 絶対安全の兵器の中にいる余裕とこの場を支配したつもりでいる余裕の表れ故か、黒幕はわざわざ律儀に少年からの質問に答える。

『ふむ、クウェンサー=バーボタージュ君。君の指摘は正しい。「普通のオブジェクト」ならばそうだろう。だが、「キャロライン」は少々特殊な機体でね。実際に見てもらった方が早いか。ほら、1・2、1・2』

 掛け声に合わせて目の前のオブジェクトは社交ダンスのステップのように優雅かつスムーズな動きで床に8の字の軌跡を描く。
 そこにぎこちなさや不安定といった様子は存在しない、サーカスのクラウンが一輪車で行う曲芸のように滑らかな挙動であった。

『このように小型故に分割した一機だけならばこうしてエリートではない私でも乗り熟すことが出来るのだよ』

 操縦士エリートと普通の人間を隔てる条件の一つに「Gへの耐性」が挙げられる。
 50m以上の全長と20万tの重量。これ程のサイズのスケールで高速戦闘を行うオブジェクトのコックピット内は常に莫大なGの負荷の影響を受けるため、「改造」や「調整」されてない人間では例えベルトに固定されていたとしても到底耐えることなどできない。
 短時間であったとしても頭部の穴という穴から出血し、最悪全身が潰れて絶命する。姿勢を維持するどころか意識を保つことに精一杯で、機体の操縦といった肉体・頭脳共に細かく複雑なタスクが要求される作業など熟すなど以ての外だ。
 一方で『キャロライン』一機の大きさはキューブ装甲をフルで纏わせても精々5m程度。
 同じオブジェクトでもこれだけ小さければ発生するGは抑えられ、操縦士エリートでなくとも乗り熟すことは可能となるだろう。
 実際にその最たる例は今まさに目の前にこうして存在している。認めざるおえない。

『さぁ、おもてなしの時間だ。私が勝って世界を掌握するか、敗北して君達に計画を阻止されるか。白黒はっきりつけようではないか。尤も既に結果はわかり切っているがね』
「……………………」
「……………………」

 オブジェクトという圧倒的な「武力の象徴」を駆る優位性を示すようにドミニーク乗せた『キャロライン』がジリジリと追い詰めるように近づいてくる。

 怪物兵器対生身の人間。
 それもこちらはたったの二人。

 まとも戦えばどちらが勝利するか、100人に聞けば100人とも前者と答えるのが普通だろう。
 それでもクウェンサーとアドレイドは一歩も引かずに『キャロライン』を睨みつけ、獰猛に笑ってみせた。

「そうね、結果ならわかりきっているわ」
「あぁ、間違い無い」

 そして、己を鼓舞するように言ってのける。

「勝つのは俺達だ」「かつのは私たちよ」

 お行儀の良い「普通」や「常識」など知ったことではない。
 蓄えた知識を振り絞り、この場に存在するあらゆるものを利用しろ。
 悪運すら味方につけて、生にしがみつけ。

 決して諦めず活路を探し続ける者にこそ最後に掴み取れる物があるのだから。

13

 一方でクウェンサー&アドレイドと別れて『アンナマリー』地下のサーバールームへと向かったヘイヴィア&ノエルはというと──────。 

「撃て撃てぇ!この戦いを制した者が世界を掌握し、長きに渡る争乱に終止符が打たれる!騎士達よ!勝利の栄光は目前だ!大義は我らに在り!続けぇっ!」
「例のデータを手にするのはデジタルにおいて他を凌駕し、適切な管理を唯一可能とする私達にこそ相応しい!貴様ら情報弱者に渡してなどたまるものかっ!」
「金の価値を知らない貧乏人風情が!どうせお前達が手に入れても有効活用が出来ず身の程知らずの浪費が関の山だ!『もったいない』がどれ程の大罪なのか思い知らせてくれる!」
「神の名の元に貴様らを断罪する!その威光の前に平伏せ異教の猿共め!死をもって罪を贖い、これまでの不信心を後悔しながらその魂まで地獄の業火に焼き尽くされろ!」
「排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス排除シマス」

 絶賛各勢力の部隊と無人兵器がぶつかり合う乱戦に巻き込まれていた。

「ひ、ヒィイイイイイイイイイイイイィィィッッ!!」
「そのまま頭下げてろ!迂闊に上げたら額に鉛玉をもらっちまうぞっ!!」

 現在彼らがいるのは当初の目的地であった地下のサーバールーム。
 トラップをコツコツ解除してここに辿り着いたまでは良かった。
 しかし、それとほぼ同じタイミングで地上の広場から抜け出してきた各勢力の部隊と『キャロライン』をはじめとする無人兵器達に追いつかれてしまったのだ。
 そして、あっという間に人間と機械が入り乱れる交戦へと発展。
 手持ちの装備だけであれだけの人数を相手取るなど無謀。
 飛び交う弾丸と無機質な殺意から逃れるためには身を隠すしかなかった。
 幸いここは奥を見渡せない程の広大な面積に業務用冷蔵庫よりも巨大なスーパーコンピューターがズラリと並んでおり、遮蔽物の確保には困らない。
 しかし、ずっとこうしてはいられないのもまた事実。
 今自分達のいる場所がいつまでも安全とは限らないし、何よりもタイムリミットが迫っている。
 このまま「待ち」の姿勢に徹するばかりではどこの誰とも知れない馬の骨に機密データを掠め取られてしまう可能性も否定できない。
 攻勢に転ずる必要が有るだろう。
 周囲の音に掻き消されないようにヘイヴィアは声を張り上げる。
 どうせこの銃声の嵐だ。至近距離にいる者以外には聞こえない。

「やっぱ『アレ』が『サイトシーカー』から奪ったデータを解析してやがるなんかすげぇ演算装置っつうことでいいのか!?」
「それいがいになにがあるっていうのさ!」

 彼らが指している「アレ」とはこの広い空間の中央に鎮座している巨大な正八面体の水晶の塊のような物体。
 20m以上あるその全高はサーバールームの床から天井までを縦に貫いており、夥しい数の電極やコードに繋がれていた。
 周囲の業務用冷蔵庫のように角張った無骨なスーパーコンピューターとは明らかに異なる一際目立つ威容。
 果たしてその正体は。

「『塩基プリズム立体基盤』」
「あん?」

 ノエルの口から溢れた名称にヘイヴィアは眉を潜める。
 基盤と聞こえたからおそらくコンピューター関連の何かなのだろう。
 しかし、一応本職がレーダー分析官の身である彼も全くの素人というわけではないのだが、いまいち覚えのある用語ではなかった。
 もし科学と結び付いて関連しているのだとしたら、その手の分野に詳しいクウェンサーが何か知っているかもしれない。今はいないので確かめようは無いが。
 よって素直に詳細について尋ねてみることにする。

「塩基プリ……何だそりゃ?」
「きょくたんに通電性をたかめたとくしゅな塩水でみたしたおおきな水槽をまるまるひとつのおおきな演算装置にしたやつ。きぞんの電子基盤よりも『立体的』で『密度が高い』から高度な演算がかのうになるの。そのぶん国家予算なみのコストがひつようになるから『情報同盟』でもかぞえるほどしかそんざいしてないんだそうだけど。『ネバー』がおかねをためこんでいたのはひょっとしてこれをつくるためだったのかも」
「そいつは御大層なこった。ひょっとしてひょっとするとアレが奪われたデータの解析をしてる脳味噌だったりしねぇか?正直この乱痴気騒ぎの中、手当たり次第に冷蔵庫ぶっ壊してくのは現実的じゃねぇ」
「うん、おそらくは。黒幕としては一刻もはやくデータのなかみがほしいのなら、いちばん処理がはやいものをつかうはずだからまちがいないとおもう」

 ノエルの仮説を聞いてヘイヴィアは安堵の息を吐く。
 彼女が言っていたことが正解ならばどうにか的は絞れそうだ。
 正直なところ、彼は焦っていた。
 タイムリミットが迫っていることもそうだが、直接的な要因がもう一つ。
 時間を経るに連れて抗戦の怒号よりも悲鳴の方が聞こえてくる割合が段々と増えつつある気がしていたからだ。

「だったら尚更悠長にしてられねぇな。無人兵器側が押してやがる」
「そうなの?」
「生憎な。ハイエナ共は機密データを欲しがっちゃいるが、それを邪魔する無人兵器をぶっ壊すのに手っ取り早い携行ミサイルみてぇな火力のある火器をあまり使ってねぇ。うっかり流れ弾でぶっ壊しちまわないよう出し渋ってんだ。片や鉄屑共はご自慢の固いボディで体当りすりゃ人間なんざ挽き肉に変えられるから無駄な破壊を回避して気ままに動き回ってやがる」
「マズイじゃん!いまは身代わりになってくれているけど、かずがへってきたらねらわれる可能性がドンドンはねあがるってことでしょ!?はやくなんとかしないと!」

 少女の意見はご尤も。
 あの演算装置をどうするか。
 ヘイヴィアは事の発端となった元凶であり、ある意味で一番の被害者であるノエル=メリーウィドウに敢えて問いかける。

「後腐れを残したくねぇからこの期に及んで聞いてやるぜ。あの機密データをてめぇはどうしてぇんだ?取り戻して『情報同盟』に返り咲くか、全部ぶっ壊してこのクソみてぇな乱痴気騒ぎを終わらせるか。今ここで選びやがれ。時間は無ぇから手短にな」
「それはぁ……」

 眼鏡の少女はもう一度かつて自分が保有していたデータを解析している演算装置に視線を送る。
 『情報同盟』で操縦士エリートとして活動していた頃を思い返す。
 立場もあり自由は無いがその辺の人々よりは享受できていたそれなりに贅沢な日々。
 孤独ではあったが一生生活していくのには困らない額の給与。
 『スペシャルナンバーズ』の一桁に選ばれて戦闘力では劣っていても自分は「特別な存在」なのだと思い込んで満たしていた自尊心。

「…………………………………………」

 危険な目に遭いながら淡い期待と打算を抱いてここまで来たのは何のためか。

 失われた機密情報を取り戻して返り咲く為だろう。

 しかし仮にそれを叶えたとしても、もう世界は知ってしまっている。
 自分達の秘密が収められた禁断の匣が存在していることを。
 そして、存在しているならば再び良からぬことを企んだり、それを阻むために先んじて奪おうとする連中が現れる可能性はいつまでも捨て切れない。
 結局は同じことの繰り返し。
 その度に今回のような世界全体を巻き込んだ戦争を起こしてしまうとしたら─────。

 何を優先すべきか。どうするのが正しいのか。
 心の内にある天秤が、傾いていく。

「……………………もういいよ」 

 ポツリと呟く。
 やっぱり未練ならたっぷりあるし、時間を巻き戻せるならやり直しを選択するかもしれない。
 だがしかし。
 それを踏まえた上で見過ごせないことだってある。

「アレがあるせいでこんなみにくいあらそいが起こるならないほうがいい。あんなものがあるせいでだれもしあわせにならないっていうのなら、わたしは操縦士エリートの地位も過去ももういらない!」

 今度は大声ではっきりと告げた。
 これまでの全てを捨てると。
 宣言した以上もう後戻りは出来ない。
 だが、「捨てる」という行為は何も悪いことばかりではないはずだ。
 しがらみや後ろめたい過去といった煩わしいものごとを引っ括めて彼方へと連れ去ってくれるのだから。

「あーあ、言っちゃった……。もっとワガママで自己中心的なにんげんになれたら是が非でも必死にとりもどそうとしたんだろうけど。やっぱりわたしはどこまでいっても小心者みたい。たはは……」
「ま、ヘタレのてめぇにしちゃ悪くねぇ啖呵だったぜ。その覚悟を汲んで派手にぶちかましてやろうじゃねぇか」

 言葉とは裏腹にどこか満足げで晴れやかな表情の少女に対して不良軍人はニヤリとした笑みを浮かべると背中に背負っていた携行ミサイルを構えた。
 狙うは例の演算装置の下部。
 液体が満たされているというのなら、底の付近に大きな穴を空ければ重力に従って漏出していくはずだ。
 あとはトリガーを引くだけ。
 それだけで彼らに課された任務は達成される。

 だが、そう易々と事態が丸く収まることを許さないモノがいた。

「っ!あぶないっ!」

 突如として身を隠すために利用していたスーパーコンピューターが薙ぎ倒される。
 最初に反応したのは周囲をキョロキョロと警戒していたノエルであった。
 だが、警告は間に合わない。
 狙いを定めていたせいで無防備を晒していたヘイヴィア目掛けて衝撃で砕き割られた破片が勢い良く降り注ぐ。

「ぐっ……!がぁ……っ!」

 幸い数百kgに及ぶ重量の下敷きになりこそしなかったものの、まともに固いプラスチックや金属の塊を胴に浴びて悲鳴にならない呻き声を上げて床に転がされる。

 『キャロライン』。

 襲撃者の正体。
 単純な体当たりだけで自動車による交通事故じみた惨状を容易く生み出せる意志無き怪物に発見されてしまった。

「逃……げろ……!」
「で、でも……っ!」

 ノエルはこの場から離れるように促す相方を一瞥する。
 骨折以上の重傷を負っているようでは無いものの、受けたダメージのせいで直ぐには立ち上がれそうにない。
 そして、冷徹なる無人兵器は「倒しやすい敵」から殲滅するようにプログラミングされている。
 故に彼の息の根を止めようと襲いかかるのに容赦も迷いなど存在しない。
 今度こそ喰いそびれた手負いの獲物を確実に仕留めるべく、最短最速で圧殺せんと迫っていく。
 2秒後には人間1人分の粗挽き肉が出来上がる。  
 その手前。

「……っおあああああああァァァっ!!させるかぁっ!!」

 ノエル=メリーウィドウは喉の奥から叫び声を絞り出して『キャロライン』を思い切り殴り付けた。
 ここには都合良く助けてくれる他の味方は誰もいない。
 恐怖に心が竦み上がっていたが、「守れるのは自分だけ」という至極単純な事実が身体を動かした。
 再び交通事故のような轟音。
 機械化した腕によって強化された一撃は数百kg以上の重量を誇る無人兵器の体勢を崩して横滑りさせ、また別のスーパーコンピューターに激突させた。

「ノエル、てめぇ……!」
「いまので『配線』がイカれた!つぎはムリ!はやくトドメをさしてっ!」
「!」

 確かに眼鏡の少女の腕は折れてこそいなかったものの、エリート専用スーツごと表皮が痛々しく裂けて中のケーブルが覗ける状態となっていた。
 本人の言う通り二度目は期待出来そうにない。
 動くならば、今この瞬間。

「づ……つああぁ!!」

 鈍く残るダメージを振り切ってヘイヴィアは起き上がると床に落とした携行ミサイルをスライディングで拾い、横たわった姿勢のまま構えた。
 狙うは勿論、瓦礫にめり込んでいる『キャロライン』。

「ガラクタ野郎が!くたばりやがれ!」

 よく振られた炭酸飲料の缶を開けたような音と噴射煙を伴って放たれた弾頭は剥離しかけたキューブ装甲ごと巻き込んで本体へと吸い込まれていく。
 命中、そして炸裂。
 戦車をも一撃で葬り去る爆発が無人兵器を永遠の沈黙へと誘った。

「げほっ、俺もヤキが回ったぜ。てめぇにまた助けられる時が来るとはな」
「めっちゃほめてほしいけどそういうのはあと!それよりもいまのミサイルで最後なんでしょ?『塩基プリズム立体基盤』をこわす手段が……。ハッキングやウイルスに感染させるためのクロスボウはアドレイドがもってっちゃったし、そもそもアイツしかうまくつかえないしどうしよ……」
「それなら心配すんな。携行ミサイルなんざその辺に転がってる死体から漁りゃ補充出来んだろ」
「あ、そっか」

 一旦の危機の打破した余韻も束の間。単純かつ身も蓋も無い解決策に従って、二人は血塗れになりながら物言わぬ肉塊と化している骸をスカベンジャーの如く検めていく。
 目論見通り目当ての物は早く見つかった。
 ヘイヴィアは『正統王国』軍兵士の骸から先程『キャロライン』を仕留めたのと全く同じ携行ミサイルを拾い上げる。やはり扱うならば使い慣れた物が一番良い。

「うっし!所属も思惑も別とはいえ同じ勢力の野郎の死体から拝借するのは気が引けちまうがこの際遠慮してる場合じゃねえからな」

 何はともあれこれで漸く振り出しへと戻ることが出来た。
 ヘイヴィアは改めて『塩基プリズム立体基板』に狙いを定める。
 するとノエルが横合いから話しかけてきた。
 どこで見つけたのかゴツいことこの上ないコンテナのような四連装ロケットランチャーをヨタヨタと担いで。

「あのさぁ、わたしも撃っていい?ケジメというかなんというか……。やっぱりアレはじぶんの手でおわらせてやりたいんだよね。あれだけおおきいんだからいくらノーコンのノエルちゃんでもはずすことはないだろうしさ。いいでしょ?」
「こりゃまたスゲェの持って来やがったな……。つっても、確実にぶっ壊すには数が多い方が確実か。構わねぇけど取り敢えずソイツの使い方は分かってんのか?つーかその壊れかけの腕で撃って平気なのかよ?」
「だいじょぶだいじょぶ。さっき説明書をよんだから。まずここをもってぇ、そんでつぎにここにゆびを……」
「おい、素人。そもそもその持ち方だと前後逆だ馬鹿野郎」
「え、マj……ゅらぶぅあっ!?」

 唐突に素っ頓狂な声を上げて眼鏡の少女は素っ転んだ。
 原因は足元の血溜まり。
 どうやらポンコツはそいつで足を滑らせてしまったらしい。
 それだけならばいつものドジで済ませられただろう。

 しかし、既にご存知の通り。
 ─────ここで終わらないのがノエル=メリーウィドウという女である。

「……っ!何してやがる!早くそいつをはなs

 ヘイヴィアが顔を一瞬で引き攣らせて取るべき行動を指示しようとしたがもう遅かった。
 それよりも先にトリガーに引っ掛けていたノエルの指が尻餅をついた拍子に押し込まれたからだ。

「あ」

 間の抜けた声と共に、前後逆に持っていたロケットランチャーに装填されていた弾頭が一斉に放たれた。

 詰まる所、完全に暴発事故であった。

 計4条の噴射縁の尾を引いた弾頭は運悪く(良く?)彼女の後ろ、つまりは砲撃する予定であった巨大な演算装置に意図せずして一足早く命中する。

 ものの見事に全弾クリーンヒット。

 着弾の衝撃でバランスを崩した『塩基プリズム立体基板』は、自重によって繋がれたコードや電極を引き千切りながら傾いていく。

「あわばばばばばばばばばばばばばばば………………!」

 狼狽えても「崩壊」は止まらない。
 あっという間に傾きは「臨界点」を迎え、崩れ去るようにガラスの塊は床へと叩きつけられた。
 粉々になった残骸から漏れ出た塩水が床をみるみる浸していく。
 漏電によって付近のスーパーコンピューターをショートさせ、広がる水溜りに足を浸けていた兵士と無人兵器を無差別に感電させながら。
 一方で自らのドジで生み出した惨状の顛末を見届けたノエルはというと。

「…………………………ヨシ!任務達成!」

 やらかしから全力で目を逸らすように額から滝の如く汗を垂らして、震えるドヤ顔でサムズアップをキメてやがった。
 そんな嵐を呼ぶポンコツエリートの頭を不良貴族がスパァン!と無駄に良い音で叩く。

「『ヨシ!』じゃねぇ!何やり切ったみてぇなツラしてんだよ!毎度のことながら何やらかしてんだてめぇは!一個株上げたら直ぐに二個下げやがってもーっ!」
「あだぁっ!?いいじゃん!どうせこわすよていだったんだからさぁ!」
「そんでお次は開き直りかゴルァ!それにしたって目立ち過ぎなんだよっ!!」

 案の定、この場にお集まりいただいた四大勢力軍の皆様は銃撃戦すら一旦休止し、雁首揃えて呆然としていた。
 当然の反応だろう。
 何とかして手に入れようとしていた機密データが突然失われたのだから。
 知る由無いものの、とんでもない大馬鹿野郎の手によって。
 その様子を陰から見ていたヘイヴィアは踵を返して脱兎の如く出口へと駆け出した。
 その手には最早用済みとなった重いだけの携行ミサイルは握られていない。
 まるで全力疾走するには邪魔になると言わんばかりに。

「ちょっと!どこいくのさっ!?」
「どこってトンズラだ!トンズラ!」
「は?え、えっ!?」
「死にたくなけりゃモタモタすんな!今はぶっ壊れた演算装置に目が行っちゃいるが、連中が冷静さを取り戻せば直ぐにでも『誰が』やったのか犯人探しが始まるぜ!見つかっちまったら最後、グロテスクな八つ当たりの憂さ晴らしが待ってやがる!そうなる前にこの場から抜け出すタイミングは混乱が蔓延している今しかねぇ!」
「ひ、ヒギィ!おいてかないでええええぇぇぇっっ!」

 目的は果たしたが命の危機は未だ直ぐ側に佇んでいる。
 遠足と同様には生きて帰るまでが軍事作戦。
 容疑者として炙り出されるより前に、ヘイヴィアとノエルは地上に向かって一目散に逃げ出した。



















タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー