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『モンタージュ柄の平和思想』第二章

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第二章 わがままアリスは次回作に期待する>>アトラス方面『安全国』防衛追跡戦




 アリスは決めたの。自由に生きてやるって。そもそもつまんない字面でしばられるなんて、とってもつまらないとおもわない?


 あまいおかしにちょっとしたスパイス。それさえあればどんなばしょでもすてきな世界。

 だから、それをうばおうなんて、とってもとってもひどくひどくてこわーいおはなしでしょ?

 シロウサギさんをおいかけるのはもうあきた。ママのこもりうただってもうきかない。あれこれまとはずれなおとなたちの『やさしさ』も『つごう』ももうたくさん。ウミガメのスープをのみすぎて、デザートをたベられないなんて、ほんっとうに、ほんっとうに!ばかみたいだとおもわない?


 それに、アリスはしってるの。おとなのわるいあそび。


 サイコロふってデタラメであそびましょう。たっくさんたっくさんスパイスをいれたチョコレートをつくりましょう。


「この目は『正統王国』かあ。よーし、よーし!家出するぞー!!」



 そんなワケで!海だった!!

「なあなあ、なんで目の前に海が広がってんのに、水着が広がってんのに、俺たちは清掃業に精を出してるんだ?」
「仕方ないって。あれは運がなかった」

 ステンドグラスと化した世界において新たに出現した島というものはデリケートな問題で。どこの所属か決まらず、戦争が起きることが度々ある。しかしながらドンパチすれば新しくできた島を沈めかねない。だからこそ島がしっかりとした姿を見せるまで、その島に各陣営がローテーションを組んで警備をする島。それがここ、ユートピア島だった。

  ぶっちゃけていえば各陣営の軍人さんたちがローテーションでやってくる避暑地である。

 そんな場所の警備を命じられ。大半の奴らが水着でビーチを味わっている中。ドラゴンキラー組は、灯台の清掃を行っていた。具体的には先日のトランプ大会でイカサマがバレた結果、罰ゲームが確定していた。
 古典的なモップを片手に腰を痛める作業に飽きたのか、へイヴィアが座り込む。そして呻いた。

「あつ、もう暑いんだよ……なんなんだよもー!折角の海なのに!!」
「いや、今行ったところでむくつけきマッチョマンがところに突撃したって意味がないだろ。時間を見計らって行くんだ。休憩時間がズレるんだから活用しない手はないだろ」

「お前、常々思ってたが変態だよな」
 そう言いながら真面目にどうやって女子ビギニパラダイスに侵入するかの計画を建てていく。が、無慈悲にも派遣の清掃員たちに次のアルバイト先の通達が入った。抽選落ちを期待しつつ確認する、が、現実はどこまでも残酷だった。

「畜生!こんなところに来たってのに俺たちも派遣組かよ!!」
「やっぱイカサマはするもんじゃないね。幸運の女神様が逃げてっちゃうから」

 YOU、ちょっとオブジェクト盗んできなよ!!あ、これ正式な司令ね!!

 そんなワケで、スパイ大作戦だった。

「なあやっぱり一回上層部に俺たちのことをなんか便利な駒かなんかと勘違いしてないか聴いてみようよ。絶対それがいいよ」
「そうだなープロメテウスインダストリーが資金提供してくれてからこのゲーム一気にクオリティー上がったよな。やっぱり金巡りって大切だよな」
「おーい?へイヴィアさーん??」
「そういやこないだ観た映画なんだが、続編で続きすぎ劣化しちまっててよ。やっぱり映画はナンバリングつけて続けるもんじゃねえと思うんだわ」
「各方面に喧嘩を売ってるみたいだけど、本当にどうしたのさ」

 遠い目をして、貴族様は黄昏れる。何も話さなくなった相方を不気味に思いつつ、服装を整える。
 作戦は単純だった。偽造意図的I Dで金持ちに扮して侵入する。

「さっすが資本主義ってとこだよね。金持ち用の見学コーナーがある基地とか」
「一応上層部だけ見せて地下の重要な施設は見せないらしいけどね。それはそうとして服装とかしっかりしなくていいの?」
「なんか知らねえが内通者が俺らをご指名なんだってよ。あとその服バカ高えぞ。今のトーテルコーデで軽自動車が新車で買える」
「え?このジーパンとスニーカーとパーカーそんなにするの??」

 庶民クウェンサーは恐る恐る着ている服を撫でる。言われてみるとなんだか高級な気がしてくる。気がしてくるだけでさっぱり詳細が分からない。ただの布にしか思えない。
急にビクビクし始める庶民に対して、さすが貴族様は動じない。

「最近不幸続きすぎる気がすんだよ」
「気にしたらダメだよ、というかいつものことじゃん?」
「あーというかなんでこんなユートピア島の近くなんだよ……」
「まあ、リゾート地近くで仕事ってイヤだよね。けど『安全国』が近いから服用意できたんだしいいじゃん」

 借りたI Dの効力は本物だったようだ。観光施設化された入り口でI Dを見せるとニコニコで対応された。他の客にはない、解説の巨乳お姉さんの案内で、施設内に足を踏み入れる。
 その瞬間だった。
 緊急事態を知らせる音が響く。あわあわ大慌ての受付のお姉さんに連れられて避難誘導されながら質問する。

「どうしたですか?」
「ええとお。敵襲?です?わかんないですぅ!!」

 半泣き巨乳お姉さんを見て逆に冷静になってきた。

「というか『資本主義』の施設に殴り込みにくる野郎ってどんなやつだよ??」

 V I P専用の部屋であろう場所に通されて、ジャガイモたちは所在なさげに立ち尽くす。無闇矢鱈と豪華な部屋。

「あーなんでこう、上手くいかないんだ」
「まあついてないときってあるよね」
「……おいクウェンサー、お前誰に連絡してんだ?」
「ん?『オーソドックス』のエリート。いや、あの後一緒に後始末してたら連絡先くれてさー。なんか話が合うんだよね、技術オタクっていうか」
「おま、お前ばっかりよー!?」
「いや、けど俺この子が女か男かすら知らないんだけど。なんとなく女の子っぽいなとは思ってるけど」

 調度品をなんとなく物色する。庶民にはなんとなく高そうとしか思えない。本棚にはご丁寧にたくさんの本が入っていた。その中にちょうど一冊分、本が抜き取られた空白がある。そこに手を伸ばした。

「I’m sorry, but how can one possibly pay attention to a book with no pictures in it?」

 可愛らしい声がした。
 振り返る。ふんわりと甘い蜂蜜のような香りが鼻腔をくすぐる。そこに立っていたのは少女だった。黄色いワンピースを身体にピッタリと纏い直したようなスーツ。青いリボンの形をしたデバイスらしきものを頭に装着している。緑色の瞳はクルクルと此方を覗き込んでいた。
 背中に抱えたリュックサック、島国的に言えば青いランドセルを背負った少女はにっこり笑う。

「よおナード。マッスルハードはどこだ?ハムなやくしゃにふあんになって、わざわざオレがでむいたんだ、よろこべよラット」

「やばいこいつ相当アレなやつだぞ!?」

 大きな声に驚いたのか、へイヴィアがこちらにやってくる。足音の方へと振り向いた少女はにっこりと天使のように笑う。

「よかった、アリスのてまをはぶいてくれるなんてとってもおりこうさんなイヌであんしんしたわ。ドードーどりだったらどうしようかってしんぱいはいらなかったみたいね」
「おいこの幼女ながら完成された女王様はどこからいらっしゃったんだ??」
「あら、たちばがわかってるトランプへいはきらいじゃないわ。みためにはんしてゆうしゅうね」

 そう言って手にしていた本を本棚に収める。二人と向き直り、少女は名乗った。

「アリス・I・ワンダーワールド。そうアリスはなのってるわ。トランプさんたちにはこうなのった方がいいかしら。わたしはトランプさんたちがうばいにきた『アリス』のエリートにて、あなたたちをよんだないつうしゃよ」

 黄色は警戒色。そう全身でもって示すように少女は二人の前で一切警戒をしていなかった。机の上にあるチョコレートを口に放り込む姿をみて、ようやくクウェンサーは当たり前の疑問をぶつける。

「じゃあ君が」
「シロウサギさん、じつはじかんがないの。アリスはウサギさんたちをたすけにきたの」

 破壊音がした。何かが瓦解するような音。
 そちらを意識する間も無くアリスは二人の手を取る。絡めるように繋がれたそれに驚く暇もなく、クウェンサーは浮遊間に襲われた。
 床が崩れている。その事実を認識したとき、間近でアリスの笑い声が聴こえた。

「さあて、いっかいめのダイスをふりましょう?」



 ユートピア島の警護任務についたとはいえ、まだきちんと島としての形ができていない状態でオブジェクトを上陸させるのは難しい。かといってずっと海上での兵装を保つのも無理がある。結果、お姫様は現在リゾート地にいた。
 アトラス。『資本主義』の安全国ではあるが、その実態はツギハギのリゾート地。ユートピア島の警護のための軍人向けの多数の娯楽施設が所狭しと並ぶ、観光地である。牽制と見栄の意味も込めた各陣営が着飾り集った結果、ちょっとしたステンドグラス並みに様々なものが揃っていた。 
 『正統王国』出資のホテルの高層階。プールで浮かんでいたお姫様の耳に澄んだ声が届く。

「すこしいいかね?」

 すらりとした背の高い女性だった。水着から覗く柔らかな白い肌はきめ細やかな一方、しなやかな筋肉がついてる。長い白髪をまとめた大きなシニヨンが気になるのか、手で軽く確かめながら、しかし青い瞳はお姫様を捉えている。

「あら、おひさしぶり、だけどどうしてこんなところに?」
「わたしの『ゴールデンデイズ』はげんざいメンテナンスちゅうでね。たまにはせんじょうをはなれろ
と、わたしはきょうせいてきにバカンス中さ」
 レイラ=ホワイトレディ。『正統王国』の第一世代オブジェクト『ゴールデンデイズ』のエリートの少女は、ため息をついて周囲を見渡した。同じようにお姫様もあたりを見渡す。チラホラと警備のためであろう人材を視界に捉えた。
 プールの縁に座り込んでエリートの女性はため息をつく。

「まったく、ひやけするだのなんだのと、そもそもわたしはつねにせんじょうにいるというのにじっかからのおこごとをまにうけたけいびがうるさくてたまらない」
「まだ、じっかとけんか中なの?」
「ずっとれいせん中さ」

 白い少女はプールにつけていた足をバタつかせる。

「『ホワイトレディ家』はふはいしてる。だからわたしがかざあなをあける」

 自分に言い聞かせるように少女は続けた。

「きぞくのちゃくなんでもない、ちょうじょでもない、ごばんめにうまれた女が力をもつには『エリート』になるしかなかった。それだけさ。けっさくだろう?ぶこつでぶざまといわれてもしょうがない」
「きおいすぎじゃない?」
「けどわたしは『レイラ=ホワイトレディ』のせんたくをこうかいしない」

 するりと溶け込むようにプールに入る。冷たい水が心地良いのか年相応に笑いながら、貴族の少女はお姫様にたずねた。

「ねえ、あなたのおはなしもきかせてくださいな」

 他愛のない少女たちの話が続く。



一方その頃。人だらけの量産型のバーガー店に少女たちはいた。
 パーカーを深く被って度の入っていない分厚いフレームのメガネを装着し、黒いマスクをした完全不審者スタイルの少女はぶつぶつ呟くように言う。

「ひえ、ひとがごみのようです……」

 マスクのままお冷を飲もうとして大惨事を引き起こし、あわあわタオルを振り回す様子を見て、クウェンサーたちにおほほと呼ばれている少女はため息をついた。自分のハンカチを手渡す。

「なにをそんなにいしゅくしてるのです?」
「うう、けどこわい、こわい、ちくちくする……」

 周囲の視線が気になるのか、不審者少女はビクビクと体を小さくした。その様子にさらに募ってきたため息を呑み込んで、不審者少女に笑いかける。

「せっかくのコラボですのよ?たのしみませんと」
「推しがとうといことをもうしておられる、ふへ、ふへへ」
「……こんなのがせかいゆうすうのカメラマンだってのがせかいのりふじんですわね」

 にへらと表情を崩して笑う少女は、自慢げに宣言した。

「スナイプするためにひつようなのはたえしのぶこと、そしてとっても目がいいことですから」

こんなんでも。こんな感じでもこの不審者少女はれっきとした『パルス220』のエリートである。ベル
エール・アンダルシアという少女は、『情報同盟』所属であるという立場を存分に生かして引きこもっていた。自分の情報をほとんどブラックボックス化させ、機体の特性を生かし誰が止めをさしたのかわからない撃破数を戦場で稼いでいく。他勢力から恐れられている死神少女の実態は、人間嫌いのHIKIKOMORIだった。
 いろんな意味で不審者な少女は自慢のカメラを取り出す。インターネットで有名なカメラマンでもある少女の様子にひとまず胸を撫で下ろす。性格はともかく技術は確かだということがわかっていても、自分とのコラボでやらかされたら困るので。

「おほほ、さすがですわね」
「まあぶっちゃけヒトをみすぎてニンゲンぎらいがこじれましたけどね!もーニンゲンってうすぎたない!そんざいしていいのはやっぱり推しのみ!!」



 Down, down, down.


「I wonder how many miles I've fallen? ……hmm?あらいがいとちかくね。ギリギリまでしていもせずとびこんだのにうんがいいわ」

 少女の声でクウェンサーはふたたび再起動した。ぐるぐると堂々巡りを始めた脳の手綱を握り直す、と同時にひどい吐き気に襲われた。口を手で抑え、必死に我慢する。
 なぜって?今着ている服が弁償不可だからだ!!いくら軍が費用を持ってるから問題ないとは言っても高いものは怖いという一般人的感覚は中々拭うことはできない。
 一方その頃、貴族様は人前では弱みを見せないというプライドで耐えていた。けして鬼メイドの記憶が脳裏を過ぎってなんかいない。きっと。たぶん。
 ようやく開けた視界であたりを見渡す。どうやらここは地下のようだ。人工的な明かりしか感じない。
 アリスは花のように開いたランドセルを弄っていた。髪飾り型のデバイスに手で触れ、ため息をつく。

「ワタシはアリスとはちがうばしょにしまわれてるの。しゃっきんとりのイヌがきづくまえにいかなきゃ」
「なあ、アリス、ここはどこだ?」
「ワタシのかくのうこ」
 パタパタと展開していたランドセルを仕舞う。腰につけたポーチからチョコレートを一欠片取り出して、口にする。
「つまりアリさんたちがぬすみにきたオブジェクトのちかくよ」



 この度は弊社をご利用いただき誠にありがとうございます。

 さて、お問い合わせいただいた『アリス』についてですが、申し訳ありません。お客様のクリアランスレベルが足りないため、開示できません。代わりと言いましてはなんですが、『アリス』に用いられている新技術についてご説明させていただきます。
 『時空歪曲指揮型ワームホール発生技術』これが『アリス』に使用されております、技術です。端的に言いますと、ワープする技術です。この原理は単純に申しますと、一時的に重力力場を作り出しブラックホールを発生させることで三次元的空間に穴を空け、四次元空間への入り口を作り出し、四次元を経由しホワイトホールから脱出することで、点移動を可能とする技術です。重力操作といえば小難しく聞こえますが、高密度に空気を圧縮することで擬似的に天体を作り出し、星間移動をしていると考えていただければ結構です。
 さてこの技術には二つの問題点がありました。
 一つ目は移動する人物の安全性。四次元空間を経由するため、再び三次元に組み直す際にテクスチャのコピーアンドペーストをミスしてしまった場合、対象はゲル状になる危険性を孕んでおります。
 二つ目は移動地点を規定できないこと。空間に穴を開けでバックルームに入ったところで、辿り着ける先が分からないことです。地球上に放り出されるならば良いのですが、宇宙に放り出される可能性が高い。
 この問題点をクリアするために、いえ、クリアした結果生み出されたのが『アリス』です。

この度は弊社をご利用いただき誠にありがとうございます。またのご利用、お待ちしております。



「待て待て。どういうことだよ?」
「オイスターよりあたまがたりないのかしら?エリートがのったオブジェクトほどしんらいできるものはないでしょう?だからアリスがワタシにのるためにここまでワープしたの」
「サラッととんでも技術が開示されてやがる!?ここはS F映画か??」

 頭を抱えるへイヴィアの隣でクウェンサーは記憶をたどっていた。『安全国』の学校の授業を振り返り、一瞬いらんことを思い出しそうになったので丁重に蓋をしつつ、目当ての記憶にたどり着く。

「……ワープに関する論文は確か読んだことがある」

 曖昧な記憶を呼び起こす。理論として完成させられた一方でほぼ不可能だと断言された、とある研究者の論文を。移動地点が定まらないという致命的な問題があったが、それより。

「たしかアレって、ワープで5〜6割の確率でゲル状になるんじゃ」
「そうよ」
「じゃあさっき俺たちはゲル状になる可能性が?」
「そうよ」

 淡々と行われた知識人の質疑応答にシロウト意見で恐縮ですがとへイヴィアは参加した。

「それじゃあ、それを理解した上でお嬢ちゃんは俺たちをその、そのトンデモワープ装置で移動させたってのか?」
「ぎじゅつにぎせいはつきものだし、なにもうしなわないギャンブルなんてスコーンのないおちゃかいでしょう?」
「ギルティ!!この幼女やべえ!」

同意を得ようと相棒を見たへイヴィアは、後悔した。少年がいた。オメメキラキラでメジャーリーガーにサインをもらったような。絶対買えないと思っていた楽器を買ってもらった瞬間の子どものような。トランペット少年クウェンサーは興奮を抑えきれずに質問する。

「うわーうわー!どうやってるんだそれ、そもそもここに移動できてる時点で移動問題は解決できてるんだろ?たしか資料では旧来の光速を超える方法へのアプローチとは真逆だったはず、けど浮遊感はあれども宇宙空間に放り出された場合に起きる無重力下での血液循環の問題は起きなかったように思えるんだけど、なら、空間を経由する際は一旦分解されて目的地で再構築されてるのかな?というか、そもそもこんな夢の機械がそんな小型化されてるのすごい!エネルギーはどこからきてるの??」
「待て待て待て、ここは学会じゃねえんだ!?」

 知識欲旺盛な学生を見て、アリスは一瞬呆気にとられたような顔をした。そして、笑った。

「あは、あっははは!?マジかよ兄弟!さいっこうだわ!!」

 豹変した少女に思わず顔を見合わせるジャガイモをよそに少女は楽し気に笑う。ケラケラと一通り笑って、少女は切り替えるように深呼吸した。

「またおはなしはしたいけれども、いまはさきをいそぐわよシロウサギさん。テロリストがどうやってワタシをうごかそうとしてるのかはしらないけど」
「そもそもそのテロリストってのはどこの誰なんだ?」
「わからないのよね。というかそんなひとたちがいるなら、なんならてをかしたのに」

 少女の案内で二人は道を進んでいく。不自然なほど人がいない。そのことを指摘されたアリスはケロリとした様子で言った。

「いまこのほかんこはがいぶからはいれないの。まんちょうだから、すいあつでてんねんのみっしつなのよね」
「それって、なあ俺たちどう脱出するんだ??」
「だいじょうぶ、にかいくらいならいけるわよハリネズミさん」
「原理のわからねえギャンブルを強要されてやがる??」
「けどその装置どうやって動かしてるの?真面目に気になるんだけど」
「If I was as wise as that, I should have a headache all day long, I know I should. ごめんなさいチェシャねこさん、アリスはせつめいできないの。かんかくてきにつかっているから」

 少しも申し訳なさそうじゃないアリスは、道を歩いて行く。

「……服が汚れちゃったな、弁償できるんだろうか」
「あら、『資本主義』にちょうどいいおかねをかしてくれるかいしゃがあるわよ。シャイロックってかいしゃなんだけれども」
「名前からして嫌な予感しかしねえ。心臓の肉抉り取られそうだわ」
「あら、そんなことないわ。きちんとB &Wともていけいしてるから、さいばんなしでぜんぞうきさしおさえられるだけよ」
「悪化してねえか?」
「きちんとおかねさえ返せばオブジェクトなんてでてこないからおびえなくてだいじょうぶよトランプさん」
「なんで借金の話でオブジェクトが出てきてんの??」
「やっぱ『資本主義』って頭おかしいよ……」

 雑談しながらたどり着いた先にあった扉をアリスが開けようと手を伸ばした瞬間だった。アリスが顔を顰めたと思うと引き攣った笑みを顔に貼り付けた。

「おいおいマジかよ」

 クウェンサーたちが何かをいう前に、アリスは動いた。二人の襟首を引っ掴んで走る。机の下に二人を突っ込んで自分もそこに入ったところで、大きな音が響いた。
 うまく表現できない音だった。宇宙から聞こえてくるとでもいうべき奇妙な音がしたと思うと、先ほどまで自分たちがいた場所に馬鹿でかい壁が現れる。否、壁ではない。
 小人たちからは視認できない。しかし、戦場で生き抜いてきた兵士たちは理解する。

「なんでオブジェクトが動いてんだよ!?誰もいなかったはずだろうが!?」



 不満を隠しきれない顔でその少年はガジガジとアイスの棒を齧っていた。『ミラーハウス』、『信心組織』では『アイギス』と呼ばれるオブジェクトのエリートの少年は、年齢より一層幼い態度でため息をついた。視線の先では四人のおっさん達が顔を突き合わせて真剣勝負をしていた。

 真剣勝負。そう、すなわちギャンブルである。

「チマチマチマチマくいタンであがりやがって、この、つまんねーコウハイめが」
「ベタオリだいすきなセンパイこそいいかげんにしてくださいよ???さっきからツッマンネーしあいしやがって」
「あの、あまりヒートアップしないほうが……」
「マーぼう、オマエがいちばんつまんねーたたかいかたしてんだよ。ドラでかせぐな。ベタオリをすぐにすんな。リーチきょうふしょうでもわずらってんのか?このチキン」
「あ、それロンだわコゾウ、リーチドラドラタンヤオな」
「ざっけんなクソジジイ!!」
「さいねんちょうしゃをなめたらいけないってな」

おっさん達主催の麻雀大会から省かれた子どもはヤキソバをフォークで突きながらため息をつく。流石に金はかけていない。曲がりなりにも『信心組織』、金銭をかけたりはしていない。ただし。

「じゃあこのブランデーはありがたくもらうなサイソクコゾウ」
「チクショウ、ぜったいとりかえしてやる……」
「あの、あきらめたほうがいいですってエンヴィセンパイ。センパイのちょぞうもうほとんどないじゃないですか」

 酒。それは百薬の長にして人を堕落させる毒物。故にそれを正しく重用するためにオブジェクトという祭壇の司祭たるエリートが正しく利用する必要がある。
 そんな屁理屈で秘蔵の酒の奪いを老兵たちは行っていた。

「チクショウ、そもそもまーじゃんとかいううんがらみのもんだれがていあんしたんだよ」
「オレだが?」
「さいねんちょうしゃがじぶんのフィールドでたたかうのはズルくないですかね?」
「さいきんみみがとおくてな、で、なんだって?」
「ざけんなげんえきジジイ」

 ふたたび少年はため息をつく。そして思う。戦場ではあんなにかっこいい大人たちは、どうして日常生活だとここまで信頼できないんだろうと。そもそも観光地まできて何をやってるんだろうと。正直外に遊びに行きたいが、護衛は単独行動を許してくれないだろう。
 ふたたび少年はため息をついた。



ギギギと、巨体が歪む音がした。なんとなく、理解していた。今置かれた状態が危ういことを。
 アリスはランドセルに手を伸ばす。パタパタと再展開していくそれは、改めて見るととびだす絵本のようだった。複雑な機械を二つの手で完璧に操る少女は、状況を無視して笑っていた。

「さて、にどめのチャレンジだ、兄弟。はらくくるじゅんびはできたか?」
「できてねえよ!?」
「じゃあつぶされてもいいのかよ。ワタシはようしゃなくオレらをむしけらにするぞ」
「他に手段は?」
「さがしゃああんだろーけどよ」

 トントンと床を叩いて、オブジェクトを見て、少女は笑う。

「ぶのわるいかけのがたのしいだろ、なあ兄弟?」
「この性格悪いロリなんとかして!?」

 瞬間、オブジェクトが動き出す音がした。揺れる、地面がまるで船にでも乗っているように視界が歪む。アリスは小首を傾げてジャガイモたちを覗き込んだ。可憐な悪魔は告げている。悩んでいる時間はないぞと。

「うお、うおお!!」

 追い詰められた小人の様子に心底楽しそうにアリスは笑った。

脳がシャッフルされるような感覚を味わう。ぐちりと血管が脈打つ音を聴きながらクウェンサーは瞳を開ける。
 喉の奥が焼けて爛れるようなそんな味をどうにか飲み込んで、白っぽくなった視界で必死に状態を確認する。両手、両足が存在することを確認し、周囲をみる。視界の端に呻いている相棒が写り、どうやら二人ともギャンブルには勝ったようだと理解する。

「いきてる、なあ俺どっか足りなくなったりしてねえか?」
「大丈夫だと思う、いつもと変わらない冴えない顔だよ」
「はあ?天才イケメン貴族様になんて口聞いてんだよ平民さんが」

 互いに軽口を叩き合えたことでひとまずの平静を取り戻す。

「あら、ほんとうにこううんね」
「出たな我儘女王!?」
「あらきゅうせいしゅにむかってなかなかのくちぶりね、くびをはねるわよ?」
「やめとけってへヴィア、この子ガチだって」

 飛びかかろうとした相方を引き止めていると、不意に人の声が聞こえた。さて、ワープしたらしいが、そういえばここはどこだ??
 アリスはポーチからナイフを取り出す。その刃を確かめて、そして投げた。

「が!?」
「せんせー」

 近づいていた、『資本主義』所属らしい兵士の頭に綺麗にぶち当たる。アリスは踊るように前へと体を滑らせ、硬直する兵士たちの間へと入り込む。

「アリスは、このせかいのりふじんとたたかうため、ぼうきょをゆるさないため」

 兵士の腰から銃を抜き取る。ぺたりと床に背を預け、少女は引き金を引いた。

「てっていてきにたたかい、いえですることをちかいます」

真っ赤な花が咲いた。ウサギのように戦場を跳ね回るアリスに、武装していないジャガイモたちは震える。

「おっかねえ!?エリートってのは化け物なのがデフォルトなのかよ!?」

 やがてどこともしれない内臓やらで血まみれになった小さな女王様は兵士の武装をゴソゴソ剥ぎ取ってからこちらへやってきた。綺麗な金髪を濡らす赤色がどこの部品だったのか考えそうになったジャガイモは必死にその思考を追いやった。

「怖え。武器が欲しい、この女王様の前に武装せずに立ってんのってやばくねえか?」
「何を見てたのさへヴィア、完全武装の兵士が目の前で血のスープになってんのに」
「なにをむだぐちをたたいてるのかしらこのウサギどもは。はやくにげなきゃ」
「そもそもここどこよ」
「かくのうこ上のきち。テロリストさんたちがあばれてくれてるっぽいからこんらんにじょうじてにげるわよ」
「何から逃げんだよ?」
「ワタシから」

 アリスは明日の天気を語るように言う。

「ワタシ、『アリス』はワープ機能を搭載したオブジェクトなの」
「色々シンギュラリティーすっ飛ばして兵器転用すんな!?」



 アリスは腰のポーチの一つから本型のデバイスを取り出す。パタパタと忙しなく画面をスクロールして、大きな舌打ちをした。

「このテロリストさんたち、『情報同盟』のまわしものね、まったく!こまったわんちゃんたちですこと!!」
「なあアリス、俺たちにもわかるように説明してくれるか?」
「グレゴール・コード。『情報同盟』というかとあるきぎょうのしさくひん」

 取り出したチョコレートを噛み砕いて、少女は甘ったるいため息をついた。

「かんたんにいえばがいぶからオブジェクトをハッキングしてうごかすぎじゅつよ」
「はいはいこれでよしよし、ふへへ、ハッキングかんせーい!」

 バーガー店を出て、カラオケでだらだらと打ち合わせをしたのち、不審者少女は蝶々を象った妙に華美な端末をペタペタ操作してニマニマ笑った。

「あら、アルバイトですの?」
「んー、えっとAIプログラムのバグとりとそうさまかされてて、いまさーオブジェクトののっとりかましてんの」
「サラッとトンデモですわね、おほほ!?」

 ニマニマ笑う不審者少女は、しばらくして、顔を顰める。顔にかかった茶色い髪を耳に掛け直し、画面を睨みつけた。

「ん?んんー?」
「どうかなさいました」
「ゆうきてきなアルゴリズムが、というか、これ、あれ?もしかしてやらかしたんじゃないのかなー?けどウチわるくないよね!?レッツブラックボックスにダストシュートのおじかんだあ!!」



 この度は弊社をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 お客様、『アリス』についてだなどとおっしゃられるから勘違いしたではありませんか。オブジェクト『アリス』についてですね、ご依頼承りました。
 さて、『資本主義』所属のオブジェクト、『アリス』は第二世代型と銘打ってはいるがその実態はオーバーテクノロジーの塊です。メリー=アン=アラウンドワールドにより発案された『時空歪曲ワームホール発生技術』により、四次元空間への干渉によるワープ機能を保有しております。第二世代詐欺筆頭オブジェクトと言っても過言ではありませんね。
 移動方式は巨大な四脚による歩行と極めてシンプル。ウサギの骨格構造を模倣した飛び跳ねるオブジェクトです。移動することに執着しているのか、実に時速800kmという高速性能を実現しており、『時空歪曲ワームホール発生技術』を用いずとも充分の脅威がある機体といえましょう。この移動力を活かす形でか、副砲には大型パイルバンカーを採用しており、ワープという超技術も相まって格闘戦においては数あるオブジェクトの中でもトップクラスを誇ります。
 かといって砲撃戦に持ち込んだ場合、敵機はシンギュラリティーを無視した狂気を目の当たりにすることとなります。空間干渉技術を利用した『相転移加速砲』。原理は単純です。『時空歪曲ワームホール発生技術』に基づき、ワームホール経由で敵へと直接物質を転移する。火薬要らず、砲身いらず、威力は自在に可変可能。直接『資本主義』製の弾頭を撃ち込みます。さらに最大出力ならば国境を跨いだ超遠距離狙撃も可能と極めて高い汎用性利便性を誇っております。
欠点といえば、転移先が正確に計算できないことです。この問題をクリアしているのか、それは私どもも感知しておりません。更にワープ実行中に同じ四次元への干渉現象、物質の転移と再構築に失敗しますと、本来ならば液状化しないはずの無機物さえ無条件でゲル状になってしまいます。
 また、ワープにはかなりのエネルギーを必要とするのか一度の補給で長期の稼働を可能とするはずのJPlevelMHD動力炉の膨大な発電力があって尚、可能時間が僅か3時間という致命的なまでの継戦能力の低さは決して無視できないものです。
 総合しますと、未だに『アリス』は開発中、理論段階の域を出ないと言えます。現在開示されているものでは。

この度は弊社をご利用いただき誠にありがとうございます。またのご利用、お待ちしております。



 さて、スパイ大作戦から唐突に映画が脱走物になったところでジャガイモたちのやるべきことは変わらない。

「Humpty Dumpty sat on a wall♪Humpty Dumpty had a great fall♪All the King’s horses and all the King’s men♪Couldn’t put Humpty together again!」

 ニッコニコのアリスがごきげんで歌っているのは非常に微笑ましい。装甲車の運転中でさえなければ。
 足りない身長を補うためにか、立ったまう危なげなく運転を続けるアリスを他所にジャガイモたちは装甲車を漁っていた。ひとまず武装が欲しいと言う本音があった。なぜって?目の前の血塗れ女王様が素直に恐いからだ!!

「あ、そうそう。きしさんたちのおひめさまにれんらくをおねがい」
「なんでまた」
「ワタシがたぶん、ぼうそうする」

 アリスはため息をつく。

「まったく、まだおちゃかいにだせないようなわらのかんむりをかぶってるじょうたいなのに!」
「待て待て、今ってテロリストにオブジェクト持ってかれてる状態なんじゃねえのかよ」
「ワタシがそんなかんたんにたづながにぎれるわけないじゃない、そんなかんたんだったらアリスはいえでなんてかんがえなかった」

 トントンと。ハンドルを指で叩いて再び童謡を歌い始めたアリスになんと声をかけるか迷いつつ、お姫様に連絡を入れる。バカンスを邪魔されたて怒り気味のお姫様をなだめつつ、装甲車内を漁る。ふと、見つけた紙束に疑問が芽生えた。このなんでもデータ化される時代に紙でわざわざ資料を。パラパラと確認していく。

「そういえばよー、女王様はなんでまた亡命なんて考えたんだ?」
「すきなまんががうちきられたの」
「は?」
「だから、すきなまんがが、スポンサーのいこうでうちきりになったの。ありえないでしょ、りふじんでしょ?だからいえでするの」
「その亡命理由のがありえないんだが??いやわかってたけど確信した、かなりの問題児だなオマエ!?」

 確認した資料をカバンに仕舞い込んで、クウェンサーはため息をついた。口を開いたが、結局それは音となることはなかった。振動が車を襲う。

「きたわね」

 アリスがつぶやく。同時に兵隊たちは理解した。オブジェクトの暴走が始まると。



そのオブジェクトの挙動は、現実感がなかった。唐突に目の前に現れた、オブジェクトを見て、アリスはため息をつく。ここからは視認ができる程度。しかし確実に射程圏内。

「なあ、あいつ撃ってきたりしねえよな??」
「そもそもチマチマしたオイスターをたべるためのきのうはないわ。あるていど『相転移課速砲』はいりょくがせいぎょできるっていっても、さいしょうげんにしたところでトランプなんてミンチにしちゃうもの。そうおもうと、しんかのよちがあるわね」
「やめろやめろ、以上ゲテモノにしないでいい」
「なあ、その『相転移課速砲』って」
「食いつくなギーク野郎!!」

 オブジェクトは立ち止まったままギギギと悶えるような動きを繰り返す。ウサギのように折り畳まれた脚部を中途半端に動かし、また座り込む。

「……何がやりたいんだあいつ?A Iに乗っ取られたって話だよな?」
「ワタシにはもうひとり、アリスがのってる」

 アリスが一気にアクセルを踏み込む。ジャガイモたちが一拍遅れてトラックの中を転がっていく。それを振り返りもせず、独り言のようにアリスは吐き捨てた。

「ワタシには、サブエリートとして、『アリスシステム』がくみこまれてる」
 ピタリと。オブジェクトの動きが止まった。それが嵐の前の静けさであることは、誰だってもう分かっていた。

『ねえ、クウェンサー。どういうじょうきょうなの?』

 不意に、オープン回線での通信が入った。見ればベイビーマグナムがこちらに向かってやってきているのが分かる。ホッと胸を撫で下ろしつつ、通信機に向かって声をかける。

「こちらクウェンサー。敵オブジェクト、ええと、なんて名前だっけ?ワープするんだから『オーバーディメンション』でいっか。とにかくアレが『資本主義』の虎の子オブジェクトなんだけど、外部からハッキングされたと思ったら防衛システムだかなんかが発揮されて暴走中っぽい」
『みかくていじょうほうだらけね?って、まってクウェンサー、ワープ?あの機体、ワープするの??』
「嘘みたいなホントの話だけどワープする」
「ワタシを『オーバーディメンション』なんてセンスのないなまえでよばないでくれるかしら??」
『……クウェンサー?おんなのこえがしたんだけど、だれかいるの?』
「あーこちら『オーバーディメンショ……ごめんごめん、えっとそっちの正式名称だと『アリス』だったか。とにかくあの機体のエリートがいる」
「こちらアリス。つまらないけどきょうかしょみたいにひつようなものがたりをかじょうがきでつたええるわ」

 クウェンサーから奪った通信機に向かって、アリスは伝える。運転者不在なりかけてヘヴィアは慌てて装甲車の運転席に座りハンドルを握る。そんな車内の様子を無視して、アリスは言った。

「ひとつ。ワタシのしゅほうは『相転移課速砲』。かんたんにいえばワープさせてきょりをむししてほうげきするわ。ただ、アリスがたづなをにぎってないからほうげきまえにびみょうにうごきがとまる。だからこうげきしゅだんとしてはほぼつかわれないとおもう。ふたつ。ワタシはとてもはやい。ウサギみたいにとびはねてちかづいてくる。そしてふくほうの大型パイルバンカーをうちこみにくる。こっちがたぶんメインのこうげきほうほうになるとおもう。だからなるべく、あしまわりのうごきにちゅういして。みっつ。ワタシはワープする。きゅうにすがたがきえたら、どこでもいいからそのばからはなれて。よっつ。ワタシのかどうかのう時間は三時間。それいじょうはうごけない」
『ずいぶんせっかちなオブジェクトね』
「そうよ、だってアリスですもの」

 クウェンサーの手に通信機が返されるのと同時に、『オーバーディメンション』が跳ねた。
 ウサギのような跳躍は、アリスの宣言通りするりと『ベイビーマグナム』の隣にやってくる。『ベイビーマグナム』が機体を反転させて回避した瞬間、多数の杭が空中へと打ち込まれていく。副砲らしくない、その高火力にお姫様は舌打ちしつつ、主砲を打ち込みにかかる。が、『オーバーディメンション』は即座に散開する。結果、レーザービームが地面を焼く。

「あ、いいわすれてた」

 アリスは夏休み明けの登校日に宿題を忘れたような顔で言った。

「ここ、ちかがうみのせいでしんしょくされてくうどうなの」
「待ってそれ一番大事な情報!?」

 ジャガイモが叫ぶのと同時に。急激に力を加えられた地面が崩れる。二機のオブジェクトがその場から逃げるのを視界に捉えながら、装甲車に乗った三人は、地下へと落ちていった。



「自称無敗のオンナ」であるカリブ・カリモーチョは激怒した。かの忘却自慢の女王をとっちめなければならぬと決意した。

「もう、アリスったらアタシとの約束忘れたわね!?」

 お姉さん泣いちゃう!!そう呟きながら端末を操作する。チャットには自分が今日確かに『アリス』のエリートである少女と連絡を取るはずだったとの記録が残っている。
 元々わがままで気まぐれな少女は度々約束を破ってきた。しかし今回は絶対に外せないはずの約束だった。だからこそ、仕事中の自分が態々オブジェクトの中から、持ち込みの個人用端末で連絡をとっているワケで。
 オブジェクトを安全運転に切り替えて、ため息をつく。ふと気づくと、髪を止めていたゴムが切れていたことに気がついた。出勤続きで切り損ねた明るい茶髪の髪が紫の瞳にかかる。ひとまず編み込んでしまおうと髪に手を伸ばす。

「どーするきなのかしら、あのこ」

 その瞬間、ピコンと端末が音を立てる。浮かび上がったポップをタッチすると、メッセージが示される。

「『背景 今までありがとうございました。この度アリスは家出を決意しました。そのためカニバルちゃんとの連絡会には出られません。アリスの次の人生にご期待ください』……あのこむすめ、ついにやったな??」

 思わず端末を強く握ってしまい、ヒビが入る。それに気づいて、慌てて中身が無事か確認する。ひとまずは情報を集めようと心に決めたとき、嫌な予感がした。オートモードから一気に手動に切り替え、急停止する。無線で部隊の人間から文句が飛んでくる中、彼女は脳を冷やしていた。
今の自分の任務はどこぞでやらかしたらしい、司教様を無事に輸送すること。第三者の『資本主義』が依頼を受けた形だ。
チリチリと感じる直感に脳を焦がして、自分が持っているカードを確認する。そして、出てきた最悪の推測に心の底から舌打ちする。

「これマジかしら。ああん、おねがい!いやなよかんはよかんでおわってちょうだい!!というかこのタイミングわかってアリスはうごいたのかしら、やだ、あのこてんさいね、にじゅうのいみで」



ぐるぐると同じ場所を動き回るような戦闘に、お姫様の精神が摩耗していた。変則的な動きと規則的な動きを繰り返す『オーバーディメンション』に翻弄される。突っ込んでくるだけの直線的な動きとはいえ、その速度は馬鹿にならないものであり、一瞬の判断ミスで即座に中破される状態に、唐突にワープをしてくる予測不可能な動き。百点中九十点以上を叩き出し続けなければ即座に死ぬ。

「なんで、だれもいないのに!あのうごき!!」

 一時間以上走り回っている。ときたま副砲は当たれども、主砲は即座に避けられる。その見定める様子は正に人間の様で。

 まるで手札の少ない後出しジャンケンゲームの様だった。こちらからはあいこにしか持ち込めない。
(けど、しょうさんはある)

 時間制限。そして、緊急時以外ワープを多用しないことから、あのジョーカーを切るのはある程度のリスクとコストがかかっていることは理解できた。
 そして、単純に。戦場慣れしていない。
 ゲームの様に、詰将棋でもするように。正確に戦場を分析する能力があのオブジェクトにあることは認めよう。ただ、イレギュラーに弱すぎる。
 こちらの意味のない副砲の無駄撃ちでラグが起きる。主砲をわざと威嚇射撃すると、一瞬判断の手を止める。
 そう考えて灰色のウサギと向き合ったところで、不意に通信が入った。

『全く。ザムザコードだかグレゴールコードだか知らないけど無闇矢鱈と入り組んだA Iなんか作ってくれて困るのよね。古巣に未だに足を引っ張られるってのも中々因果応報ね』

 急に。動きが変わった。

『ごめんなさいね。こっちも切羽詰まってて』

 歌うような女性の声は、滑らかに『ベイビーマグナム』のエリートの耳に入り込む。冷静に主砲を向けて打ち込もうとした所で、敵の姿がかき消えた。
 そのパターンは知っている。そう考えて、操縦桿を握り直して。

 待て。自分は一時間ほど前、何を警戒していた?

『ちょっと寝ててくれるかしら』

 答えを出す前に、視界いっぱいに真正面に回り込んだ『オーバーディメンション』が映り込む。
 パイルバンカーが撃ち込まれる音がした。



同僚が仕事に出たことで一人残された『ゴールデンデイズ』のエリートはぼうっと遠くを見ていた。ここから出ていく気も起きない。護衛を引き連れて歩くのもつまらない。ホテル内でも見て回るかな、と考えた時だった。

「はあい、れーちゃんげんきにしてた?」
「ちょ、ま、ねえさま!?」

 背後からやってきた衝撃でプールに叩きつけられる。聴き馴染んだ声に驚きつつ、振り返ると予想していた通りの人物がいた。トワイライト=ホワイトレディ。同じ白い肌、けど決定的に違う夕焼け色の瞳。そして同じ『正統王国』のエリート。『コルコバード』のエリートである女性は、にっこりと笑ってレイラの手を取った。ふくよかな胸が腕に当たり、思わず手を引く。しかし絡め取るように手が伸びてくる。

「ふふん、きちゃった」
「きちゃった、じゃないんだが?あね上。ところでなぜこのようなばしょに?」
「あられーちゃんしらないの?どっかのばかでかーいぐんじきぎょうがオブジェクトかいはつしたかもしれないってじょうほうがでまわっててねー。どこしょぞくでもわりと自由にうごけるここにあつまってるの」
「どういうことだ??」
「いやあ、うわさなのようわさ。でどころもいまいちわからないし。けどウチはいっぱい食わされたのか知らないけど、かなりやっきになってるの。こまっちゃうわね。きゅうにおよびだしだからかきあつめでるだけだし、わたしみたいなのがよばれるって、そうとうよ?」

 ねえ、とこちらを覗き込む姉に、なんと返すべきかわからなかった。ただ微笑んでいる姉は、けれども、身内だから分かる。怒っている。

「ふふ。もう、みんなメってしちゃおうかしら」
「あね上」
「わかってまーす。わたしは『コルコバード』といっしょにいるからこんやくしゃさまたちとかおを合わせなくてよくてしあわせでーす。……そもそもほぼ亡命したようないえがまがりなりにも『貴族』であるりゆうなんてみとめられた『優秀な遺伝子』のもちぬしだからでしょう?だから、しょうひんかちをしめさないと、うりとばされちゃうから。だからおねえちゃんはがんばるの」
「……あね上」
「しんぱいしないでってば!それより、れーちゃんはなにかいい人いないの?ぶっちゃけれーちゃんわりとほれっぽい上にかけひきが下手」

 突然の話題の転換に足を滑らせる。プールに一瞬沈み、そして勢いよく飛び出す。

「うる、ううううるさいなあ!!ねえさまはむかしのことをまださあ!!」

 顔にかかった水飛沫を軽く拭いながら、ため息まじりに姉は言った。

「いや、わたしいまだにわすれられないわよ。ともだちになってくれた子にダイヤのネックレスおくってたの……アクセで、ネックレスってだけでおもいのに、さらにダイヤ」
「わすれて!わすれて!!ねえさまのきおくからそれけして!!!」

貴族の姉妹がプールで言い争うのと同時刻。同じホテルの上層階で『ランドスマッシャー』のエリートであるジョン=コリンズは非常に気まずいという感情を持て余していた。誰かに押し売りしたいくらいには。

「うちの子のがかわいい」
「は?うちの子のがかわいいにきまってんだろ」

 互いに睨み合う二人の女性は『アースシェイカー』と『イエーガーシューター』のエリートである。何やらきな臭いからという理由で呼び出され、そのことについて語り合おうと設けられた食事の場。しかし建設的な話題はアルコールが入った瞬間に飛んでいった。
 普段は謙虚で一歩引いたところのある頼れる姉御肌も、無気力でレスバ大好きなひねくれ女も。酒が入った瞬間一つの戦争に身を投じていた。
 そう。我が子が世界で一番可愛いい自慢である。

「うちのシルフはな!気まぐれでけどふとしたときによってきてくれてとってもかわいいんだぞ!?」
「はあ、しょせんネコだろうが。うちの子はなあ、今15さいになってなあ!わたしににてゆうしゅうなんだぞ!!」
「はあ?あんたににてんならかわいくないでしょ。つーかあんた、だいりぼでしょうが、ははっていえんの?」
「ぶっころすぞアバスレ」
「やってみろよジャーク」
「だれが男女だざけんな」
「は、どうぶつのかわいさすらわからないやつにはじゅうぜんだろうが。ユマニストさま?」
「「……やっぱころすか」」

 空気が最悪を通り越し、遠い目になる。護衛の方々にそっと目配せしても、サッと目をそらされる。この女性陣、確実に自分の存在を忘れている。
 今にも殴りかかりそうなほど頭を突きつけあったのを見つつ、もう味がしないパンを口に運んだ。




「女王様が亡命した理由って、漫画なんだよな」
「うちきりにしたお上のくびをさらしくびにしたいわよね」
「おっかねえ。じゃねえわ、どんな漫画なんだ」

 そんな質問に、少女は目を閉じた。考え込むように。じっと動きを止めた姿に二人が軽く焦った所で、ようやく少女は口を開いた。

「アリスはね、しゅじんこう、いや、主人公なの、アリスは」

 急に、はっきりとした話し方になった少女に驚愕する暇もなく。少女は語る。

「アリスはね、突飛じゃなきゃいけないの。自由気ままで、自分勝手で、誰にも縛られなくて、自分の思うままの世界を旅行しなきゃいけないの。だから、アリスはアリスみたいに生きるの」
「えっと、どんなストーリーなんだ?」
「単純なお話よ」

 笑って、空に文字でも書くように手を伸ばす。もう片方の手を自分の胸に当てて、言った。

「アリスはね、ちょっとだけ特別な女の子なの。物語が好きで、妄想が好きな女の子。だけどね、アリスには役割があるの。自分の名前の通りね。現実の平和な世界を壊す怖い怪物と戦うの」
「へえ、なんてタイトルの漫画?」
「『アリスの冒険』」
「なんか、すごく打ち切られそうな雰囲気あんな」
「お、いいやがったなぶっころすぞビーフケイク」

 にっこりエリート口調になった少女に慄いた所で、通信が入った。

『こちら『ベビーマグナム』いきてるクウェンサー?』
「ちょっと今ピンチだったからナイスタイミング!!」
「あれ、まだ三時間経ってないんだけど」
『いらないことによくきがまわるわねヘイヴィア。……中破してる、あしをこわされたの』

 アリスは、少し唇に指を当てて思案する。

「ワタシ、『アリス』はどこにいったの?」
『ええと、北のほう』
「おっけ。りかいした」

 立ち上がって、軽く膝を叩く。ランドセルもどきのワープ装置を確認して、ぺろりと唇を舐めた。

「ねえ、おひめさま。いまからいうばしょへ、……そうね、じつだんはあぶないからレーザ系でほうげきおねがい。そうしたらちじょうにでるあながあくから」
『いいけど、どこ?』
「そっちのきしさんはこういうのとくいよね?けいさんとこまかいしていはおねがいできるかしら、アリスはこういうのはにがてなの」
「いいけど、どういう条件?」
「データ送るからみちびきだして」

 細々した脱出までの段取りを確認しつつ、ふとヘイヴィアが疑問を飛ばす。

「待て、これどこに繋がってんだ?」
「ちじょうにいちばんちかいとこだけど、あるいていけるはんいのはずよ。それすらりかいできないほどおつかれかしら」
「1キロは遠くないか?」
「ふつうでしょ?それともワープしたいのかしら?」
「遠慮する、ってかそれだけじゃねえよ。その後だよ。どうすんだ?」

 アリスは端末から目を離しすらせずあっけからんと言った。

「きちへとんぼがえり。しざいもそろってるし、それにアリスはマンガのデータかいしゅうしたいから」
「前半のみを口に出したらよかったんじゃねえかと俺は思うぜ」



 少女はぶすくれていた。その手には多数のコイン。『バジレウス004』のエリートの少女、アリエル=オーレイスフィアと名乗っている少女は、カジノの前でコーヒーを飲んでいた。

「どうしたんだいシスター」

 そう声をかけられて、少女は反射的に腰のナイフに手を伸ばす。フードに隠していた薄い銀色の髪が外気に触れる。その緑色の瞳に、声の主を捉えた瞬間、ふっと身体から力を抜いた。

「なんだ、ミサイルバカセンパイじゃないですか。どうしたんですか」
「いやあ、ちょっとばかしうんだめしをよ」
「で、スカピンと」

 男、『オーソリティ−001』のエリート、グロッグ=ミリオンダラーはニカっと笑う。いい笑顔だった。しかし、それが台無しになることが一つ。男は、パンツ一丁だった。

「まあ、あっちこっちの『企業』におんはうってますし。そうしないと生きのこれませんし」

 適当な質屋に入って服を検分する。成金丸出しの服を選んでいる素寒貧男に若干引きつつ、現金での会計を済ませる。
 50年以上前のセンスの服を身に纏った男から若干距離を取る。地味で見つかりにくい服をわざわざ選んでいる意味がないな、と感じる。わざわざ秘密のルートまで使って逃げ出した意味が消えるのは避けたかった。

「ところでシスターはカジノでなにを?」
「カジノは、けいさんさえすればかてますから。くんれんと、あとコネツテをつくるために」
「ああ、かちすぎてクジラにんていされておいだされたと」
「……まあ、めだちすぎたのはみとめます」

 若干気まずそうにそっぽを向く少女にミサイルバカは思わず笑った。

「しんちょうなんだかどうなんだかテメーはわかんねえな。ぎめいだろ、そのなまえ」
「『企業秘密』です」
「いやそんなあからさまなのわかるわ。それでもよーなまえまできぎょうにちなむかふつう?いくらで売ったんだ?」
「『企業秘密』ですよ、センパイ」

 にっこり笑顔の少女の無言の圧力に思わず引く。出会った当初は本当に借りてきた野生の猫だったのに、何度も出会うようになってからここまで雑な対応をされるようになったなーなんて思いつつ、けれども最後の心の壁を一切超えない少女を揶揄いたくなる。

「……どうやってごえいをまいたんです?」
「オマエとおなじしゅだんだろうよ。オマエだってぬけだしてんじゃねえか」
「もくひけんをこうしします。というか、エリートのくせにおおまけするとか、バカじゃないんですか」
「ちげえよ。さいごいがいはかってたんだよ。さいごいがいは」
「なるほど、さいごのさいごに大きなかけにでて、スカピンと」
「そうそう。だからちょっとだけ服おごってくれね?」
「かえしてくれなきゃ『リリアン』をけしかけますからね」
「やめろや、つーかあそことオマエなか良かったのか」
「で、オレにはほんみょうおしえてくれねえの?」
「まなはだいじなひとにとっておくものですからミサイルバカセンパイにはちょっと」
「さすがオウサマ」
「ケンイシャサマほどではないですよ」

 自分に言い聞かせるように、軽くカツラをズラし、カラーコンタクトを片側外して見せる。偽物で身を固めた少女は、自分に言い聞かせるように言った。

「ふふん、だからわたしはバカなおばさんをゆるさないんです。だから、アリエル。おばさんがばかなマネをするようなことはさせない。ベリンダになんてなってやるもんか。いつかアンブリエルおばさんをこの手で、しとめて。そして言ってやるんです。だからいんたいしろって言ったでしょって」

「よくわかんねーけどたいへんだよな。もうちょっとたんじゅんに考えようぜ」
「ふむ、たんじゅんとは?」
「いいか、せかいってのは二つにわけられるんだ、ミサイルと、ミサイルじゃないものだ」
「しんけんにきこうとしたじぶんがバカでした」

 少女の白けた視線を受けて、ミサイルバカは笑って言った。

「おお、バカでけっこう。バカなくらいがちょうどいいのさ、せんじょうなんてのはな」



クウェンサーが基地に着いたとき見たのは完全に見慣れたメンツに占領された状態だった。
 S H I M A G U N Iの民族衣装に身を包んだ我らが指揮官様を見た瞬間、ずぶ濡れ地下ネズミたちは叫んだ。

「「満喫してやがる!?」」
「むしろ途中で休暇を切り上げる羽目になってとても私は不機嫌よ不良品諸君。どうして依頼のために向かった所で事件を起こしているのかしら」
「いや、濡れ衣ですって、俺たち一切変なことやってないですって。なんかテロリストが出てくるわ小さい暴君に振り回されるわ訳のわからん動きをオブジェクトがするわ、被害者ですって」
「というか、こんな大々的にここ占領して大丈夫なんですか?」
「それが複雑でね」

 トントン、と机を叩く。正確に言えば机の上の地図を。

「場所が場所でしょう。ここは『安全国』、アトラスの近くよ。アトラスは内実が各陣営の軍関係者のリゾート地だと言っても、表向きは普通のリゾート地。『武器を持ち込んでいる』って事実を表には出せないの。その結果、ウチ、ユートピア島警護に当たっていた『ベイビーマグナム』が要請を受けるって形になったワケ」
「建前の結果ですか」
「建前の結果なの」

 そう言って、麗しき上官様は周囲を見渡す。

「報告にあったエリートはどこへ?」

 その言葉にトランプ兵どもは疲れ切った顔を見合わせた。代表してクウェンサーが言う。

「ええと、自室へ、漫画を取りに」
「は、え、ええと?もう一度言ってもらえるかしら」
「ですから、自分の好きな打ち切り漫画を回収しに自室へ行きました」

 上官様は目を丸くした。そして頭を抱える。

「もしかしなくても、厄介な子なのかしら」
「察しが良くてありがたいです」



蜜柑を積み重ねながらアリスは言う。

「みかんたべたら手がきいろくなるのってなんでかしら」
「確か、色素の定着かなんかじゃないっけ?カロチンがどうとか」

 金髪を黄色く染まった指で遊ばせがら、アリスは炬燵の机に頬を当てていた。全身から漂うリラックス感。そう、実家に帰ったような安心感とでも言うべき様子に若干我らが麗しの上官は眉根を顰めていた。

「寛ぐのは良いんだけど、対抗手段について教えてくれないかしら」

 自分も蜜柑に手を伸ばしつつ、自分に言い聞かせるように言った。

「全体未聞、『安全国』を襲う暴走オブジェクトなんて見たくないのよ。どうして『オーバーディメンション』はマルメロ島を目指してるの?」
「そこにワタシの『機密事項』がみっちりつまってるきちがあるの」
「え?ここが基地じゃないの?」
「こっちは『整備基地』。あっちは『開発基地』なの」

 思えば、だ。
 そもそも重要機密事項の塊である基地をそのまま公開するなんておかしい話だ。ならば表面上のパフォーマンスと、内実は分けられている、そう考えるのは本来自然なことだ。あの機体『オーバーディメンション』はありえない技術の塊。その技術は完全に公開せず、存在を仄めかすことこそが威圧になる。

「あのよお、よく知らねえんだけど、なんで開発基地に向かってんの?」
「スペックのもんだい。ばんぜんをきすなら、きちんとそうびはととのえるでしょ?そもそもワタシはアリスがのってかんせいするのにむりやりうごかしてるの。こわれたタマゴだってもうすこしじょうずにわらうわ」
「つまり?」
「『修理』と『修正』。ワタシがアリスなしでうごけるように、そう『アリス』が判断したんじゃないのかしら」

 ぐるんと蜜柑の皮を剥いてアリスは言う。

「弱点を補おうってのか」
「そのとおりよイモムシさん」

 ご褒美と言わんばかりに蜜柑を一つ投げる。この空間に女王様が二人もいる事実に戦慄したクウェンサーは、ふと当たり前の疑問を投げつけた。

「ねえ、ところでなんでアリスを狙わないの?」

 途端、アリスは笑い出した。

「ワタシがアリスをねらうの?ふふ、あっはは!!ねこがわらわないくらいありえないな。とうようのゼンモンドーだってもっとわかりやすいだろ。ワ
タシがアリスをこわすなんて、うみのみずをひといきでのみほすようなもんだぜ?」

 ケラケラと。子どもっぽく笑い続けるアリス。暗号じみた言葉を無視してクウェンサーは情報をまとめていく。

「あの転移システムはどうして乱用できない。それは事実で間違いないか?」
「ええ」
「じゃあ、同時に転移したら?」
「どういう意味かしら」

 フローレイティアの言葉を受けてクウェンサーは告げる。

「だから、転移システムって結局、空間に穴を開けて情報を操作する作業なんですよ。転移時に必要な情報の取捨選択をして転移先で再構築する。それはそこのアリスがやってみせたように、ある程度、転送させたい物を選択できる。だから洋服やらと一緒に動ける訳で。その自己認識をズラせば、転移後に再構築に失敗するんじゃないのかってことです」
「これだからギークは困る。わかりやすく言えよクウェンサー」
「だから、転移時に外部から干渉しようってこと。そこに丁度適任者と道具が揃ってるだろ?」

 言葉をヘイヴィアが吟味しているところで、アリスはようやく笑い終えたようで、少しばかり荒くなった呼吸を整えて問う。

「ねえ、それって、アリスの、ワープ装置でワタシにかんしょうするってことよね」
「つまり。これをちょくせつ磁場どうしがはんのうするレベルでちかづける、ワタシにせっきんしようっての?」
「無茶だと思う?」
「いや、さいっっっっっこうだわ兄弟」



『歌って殺せる戦場アイドルレポーターのモニカです!今日はこのアトラスの地下空洞空間と海の力について、慈善団体のWOUからやってきていただいた若き天才からー』

 テレビカメラを避けながら歩いていた男は、首から下げた端末に何か連絡が入っていることに気がついた。今すぐ折り返してネ、いやマジで。というメッセージに若干嫌な予感を覚えつつ、言われるがままに折り返す。

「もしもし、こちらウィリアム」
『ハローハロー、あのねえウィリアムおじさま、アリスがとんでもなことしてそうなんだけど、おじさまの方からさぐってもらえない?』
「まてまて。……ふむ。ろんてんをまとめよう。あのおてんばがなにかをしたと。さいきんはカリモーチョ、おまえとれんらくをとっていたとこみみにはさんだんだ。そこからかんがえるに、かんがみるに、カリモーチョがわたしたじょうほうをみごとにつかったのかあのおてんばは。……いや、それだけだとわたしにれんらくしてくる理由にならない。それいじょうにもんだいがるいせきしているとみるのが正解か」
『きょうもさえてるわね!だいせいかい!!』
「ところでいらいしているあのうみだいすきいじょうしゃどものしっぽはつかめたのか?あそこの『海辺植物群及び海中の生態系』にたいするしゅうちゃくがこわくてつぎのげんこうがあげられないんだ。『植物の呼吸とチューブワームの生態』なんてだいでかくんじゃなかったと今こうかいしているよ」
『ああ、こんかいのやっかいごとがおわったらデータわたすわ。じゃなくてね?だからね?アリスってそもそもパーツでしょう?』
「まずわたしはあのおてんばについてそこまでしらないよ。ただ、あのオブジェクト『アリス』はなにかにたいこうするためにけんぞうされた、とはうわさていどにはみみにしたがね」
『あら、ものしりね』
「……そのはんのうからして、『アリス』がひつようなじょうきょうになっているのかね。たしかじっせんもまだだろう、あの機体は」
『ついでにあの子がだいすきだったマンガをドタバタで打ち切りにしたみたいであの子、いま家出してるみたいなのよね』
「……おい、もんだいしかないんだが?」
『なの。とりあえずまだ家出かんけいのことはうらがとれてないんだけど、今アリスにいなくなってもらったらとってもこまるのよ、たしかあの子、あなたの本のファンだったはずだし、ちょっとえさになってくれない?』

 反論しようと思考を回したところで、別の、軍用の端末の方に連絡が入っていることに気がついた。その内容を確認して、男は乾いた笑いをこぼす。

「『イスラデピノス』のエリートとしてのしごとがはいりそうだ」
『え、けどいまそっちでおもてだった争いなんてなかったはずじゃあ』
「『アリス』がぼうそうして自分のきちにつっこんでこわしにかかってる。いま、わたしの機体はゆそうちゅうなのでいますぐは向かえないが、『安全国』をはかいした『アリス』のあとしまつにむかうことになりそうだ」

 電話の向こうで、女のような甲高い悲鳴が響いた。


 はあい、お姉さんですよっと。そんなに何度も探ろうとしなくてもお姉さんが色々教えてあげる。というよりあそこの会社の閉店セールに巻き込まれて死にかねないのがあんまりにも哀れだから助けてあげる
 アリスシステムは私、メリー=アン=アラウンドワールドを文字通り基盤にした、天才量産プロジェクト。いえい。私が優秀でちょっとだけ特殊な遺伝子構造してたのが災いした。幸いにも機転の方も天才的だった私は自分を使い潰してぶっ飛んだ癌細胞オブジェクト作ろうとしてた『信心組織』から大脱走できたんだけどね。自分は研究者をやりたいんだっての
 まあ紆余曲折あって。『資本企業』に身を任せることになったんだけど。いやあ、完成できたワープ理論は自分を基準にしちゃった所為で特殊例になっちゃうっていう最高の皮肉が起きましたと。映画好きのジジイとぶっ飛び幼女がほんっとにヤバい計画立てやがったからその対策を込みにしてオブジェクト開発してやったってのに。ねえ、信じられる?わざわざ警告してあげたってのに。いやあ、子ども産んだ時以来だったわ、あんな痛いの。生きたまま標本にされた挙句に脳味噌だけぶっこ抜かれてリサイクルされるとかホント、最低すぎない?
 はいはい、本題に入りますって
 アリスプロジェクトは、消耗品のエリート量産計画だ
 私の遺伝子から、必要な情報を取捨選択する。より良い形にデザインする。そして、いくらでも使い潰せる。いざとなれば物理的に体をパーツにしてしまえばいい。そんな仕組み。まあ、似たようなことはホワイトレディ家がやってたはずだけど、あれはきちんと人間らしい婚約の儀礼手続きをとっている
 これは、だめでしょう?
私はそんな、道徳だって倫理だってどうでもいいと思うし、常識だってどっかに投げ捨てた天才だけど。だけど、これが許せないってのは分かる
 というワケで。今から自分の研究成果で汚い花火をあげてきます。いえーい、人生最後の仕事だ仕事。まあ、人生は終わってるようなもんだけどね!



「『オーバーディメンション』の目的は、自分の基地を壊すことだ、と思われる。私たちの仕事は、動き出す前で自己メンテナンス中のやつに装置を取り付けることよ」

 そんな上官の言葉を聞き流しながら、クウェンサーは装甲車の中で見た記憶を思い出す。
 この少女、アリス=I=ワンダーワールドは人造人間だ。遺伝子レベルでワープ技術に適合された、改造人間。そして、彼女の母親は。

「なにかしらイモムシさん。ぞうきんみたいなしせんでまじまじと見られるとそうじがしたくなっちゃうのだけれども?」
「いや、ちょっとだけ考え事してただけ。ごめん」

 まじまじと青みがかった瞳でこちらを覗き込む少女から目を逸らす。アリスは、ほとんどの情報をきちんと正直に話していた。この出生についてを除いて。なら、これは彼女にとって触れられたくない場所のはずだ。

「ねえ、アリスって本当に漫画が理由で亡命したの?」
「すきなマンガすら自由によめない人生ってなにがたのしいの?」
「ごめん、ちょっと勘違いしそうになってた」

 純粋な疑問と言わんばかりに問いかけていた少女は、首を傾げる。ぴんとこない、納得できない、そんな表情。

「だって、そうじゃない?こきゅうできないなんてたえられないし、ずっとコックピットにいるようなの、アリスはいやなの」
「コックピットって大抵快適なんじゃあ」
「『アリス』のコックピットは『無重力空間』をもしたえきたいでみたされてるの。しょっぱいし、きもちわるいし、きらい」
「え、それでどうやって操作を?」
「えきたいのなかでもいきはできるからもんだいないの。あとはふつうに『眼球の動き』と『呼吸の回数』あとはしゅどうで操作」
「うーんいつもどおり普通じゃない!」
「まあ、ママは元『信心組織』しゅっしんで、そのあと『情報同盟』でけんきゅうして、『資本企業』にたどりついてるから、ちょっとはっそうがずれてるのよ」
「なにその凄まじい遍歴。なにがあったらそんな変な経歴になるの??」
「てんさいがバカやったら」

クスクス笑って、軽く髪を払った。ランドセル状のワープ装置を撫でる。

「あのね、だからママからアリスはおそわったの。人生はたのしんだものがちで、ありもしないジャバウォックみたいなことをきにしたらだめだって。アリスのすきなしょくぶつずかんのちょしゃなんて、エリートなのにフィールドワークをたのしんでる。ママはさいごまでじぶんのためのけんきゅうをつづけていた。どこぞのカニバルちゃんもあっちこっちでホラふきしながらゆかいにいきてる。だから、アリスもおんなじ。すきなマンガがよめないなら生きてるいみがないの」
「うーん、参考にしている人が参考にしちゃいけないような気がしてならない。アリス、せっかく亡命するんだし、いろんな人と話してみなよ」
「あら、またどうして?」
「いろんな人の意見を聞いているとさ、案外と自分が馬鹿だなって思えるもんなんだよね」
「あら、それならマンガでなんどもたいけんしたわ。かちかんがひっくりかえるたいけん。けど、そうね」

 少し顎に指を当て考え込んだ後、エリートの少女は手を差し伸べた。

「これがおわったら、おともだちになりましょうウサギさん?」

 ところで皆さん我らがヘイヴィア=ウィンチェル上等兵の本来の職務をご存知だろうか。

「レーダー分析官ってこんな場所で職務につくもんじゃねえよな、内勤のエアコンのきいた部屋でポップコーン片手に勤務すべき人材だよな……?」
「諦めようよ。それを言ったら戦地派遣留学生がどんぱちの最前線にいるのはもっとおかしいんだから。ほんとになんで学生が駆り出されてるの??」
「……そもそもテメェと出会ったことが運のつきだったんだ。なんだよドラゴンキラーって。大体戦果とやらかしの懲罰でトントンになるOYAKUSOKUシステムまで組みやがって。厄介毎ばっかり持ち込みやがってこの疫病神」
「あ、ちょっとヘイヴィアそこの地形多分アプデ前のやつだ。ここ『オーバーディメンション』ができてからあからさまに地形変わってるから役に立たないよ」
「あーもー!!」

 高速で飛ぶ機体の中で今日も不良軍人たちは最終確認を行なっていた。いつもの軍服に身を包むことで意識が切り替わったかというとそうでもない。仕事に失敗した上にとんでも少女に振り回された後に追加でやってきたワンコ蕎麦形式残業システムに対して心の中で人事部へのお問い合わせダイアルを連打していた。一番の問題はこの指揮の低下についての重要性を認めないだろう上層部か。

「俺たちをブルーカラーとでも認識していらっしゃるであろう貴族王族の皆様には、あの手この手で抗議運動を起こすべきだと思うんだけどどうかね?」
「そんなことやっても漂白剤由来のホワイトカラー様には意味がないんじゃないかな」
「真実は藪の中ってか。あーもー!!」
「あれ、ヘイヴィア古いKUROSAWA監督の作品でも見てたの?」
「最近ちょっとだけ映画にハマってんの。白黒映画で古いけどよ」
「『羅生門』だっけ。あれって八割原作は別の短編、『藪の中』らしいけど」
「え、マジで?原作読んでねえわ」

 ぐるぐると回る馬鹿な会話を続けながら手は止めない。それをはじめは物珍しいものでも見るように見ていたアリスも、途中から飽きたのか漫画を読み始めている。どことなく、長期休暇後に宿題の追い込み会のような態を示し始めた。

『……ねえ、だいじょうぶなのよね』
「大丈夫、いつもの突貫工事だって。それより、再確認だけどお姫様はリベンジマッチの準備できてるの」
『とうぜん』

 開発基地、そう言われいた場所は、『安全国』の端にあった。

「なんだあれサクラダファミリアか?」
「かんこうちにぎたいしてるの」
「そりゃまたなんで?」
「『重要機密事項』なら、じょうずにかくさなきゃでしょ?まあじじつはママがしんやテンションでダヴィンチなコードをみてけいかくをたてたらしいんだけど」
「え、あれ上の建物博物館なの?」
「おしい、かがくかんよ。きょうは、あ、よかったわねおやすみだわ」
「よかった……いや何も良くないけどよ」
「作戦を再確認しよう」

 クウェンサーが指を折りながら言う。

「『オーバーディメンション』は今、開発基地の地下にいる、んだよな。ワープで跳んで、直接自分の格納庫に入った。まずは地下から追い出してもらわないといけない。お姫様いける?」
『とうぜん』

その言葉と共に、轟音が炸裂した。今撃ったのは、下位安定式プラズマ砲。特殊ガスと電気によって生み出される人工プラズマをぶつける砲。本来敵オブジェクトを確実に撃ち抜くのであれば3〜4キロ程度の距離まで近づく必要があるが、今、お姫様が狙ったのは地面。すなわち、地下の空洞。
 7つの砲台は均等に地面を狙う。見事な職人芸によって打ち込まれた砲弾は美しいまでに的確だった。地面はミシン目にそって切り取られた布地のように、落ちていく。
 空にまでやって来る余波に戦闘機が揺れる。のたうち回るジャガイモたちの耳に、無線機からお姫様の抑揚のない声が届く。

『こちらベイビーマグナム。てきがでてくるのにけいかいを』

 びくりとアリスが笑った。空中を睨むように、否、舌舐めずりをするように人形じみた顔を歪める。親指を軽く舐め、言った。

「スタンバイ。いっしゅんのしょうぶだ、きっちりやろうぜ」

その言葉通りとなった。
 ガラガラと崩れ落ちる空間の上に飛び出した『オーバーディメンション』に一気に近づく。挑発するように副砲を撃ち出す『ベイビーマグナム』に意識を取られている隙に、主砲の射角内へ。
 四本脚で飛び跳ねるオブジェクトだ。不安定な足場に苛立つように、身じろぎする。しかし『ベイビーマグナム』は動きを抑えるように絨毯爆撃を繰り出す。縫い付けるような動きに、ついに耐えかねたのか明確に『オーバーディメンション』の動きが止まる。
 その間隙を願っていた。
急降下する中で後部ハッチを開いいていく。主砲の射角内に入り込めばその時点で死が確定する地獄のチキンレースにクウェンサーとヘイヴィアは悲鳴をあげる。
 『オーバディメンション』がこちらを巻こうと急ブレーキをかけたらそのまま即死。反転して射角を変えて来ても即死。射角内に入って無くても接近し過ぎたらジャンプしたら激突して即死。
 そんなギャンブルの極みに少女の明るい笑い声が響く中、投擲を試みる。

「……ダメだ距離が足りない!」

 衝突を恐れすぎたか。投擲するにも今日が離れすぎている。臍を噬む二人に、少女はため息をついた。ヘイヴィアが持っていたワープ装置を奪い取り、展開する。その手慣れた早技を持って、少女は戦闘機のコックピットへ移動する。
『ほらやれよ兄弟!ここでおわりたくはねぇだろ?』
 投げられたワープ装置をキャッチして。ギリギリを攻め込み続ける変態軌道に悲鳴を上げる。もうここまで来たら、信じられるのは自分の勘だけだった。クウェンサーは無我夢中で装置を投げつける。

 一瞬の決着だった。

 何かを察した『オーバーディメンション』は、一瞬、ワープをキャンセルしようとしたのか。だができないと察したのか。少しの躊躇の後、主砲最大出力による超遠距離狙撃によって研究所を狙撃した。『相転移課速砲』。技術の集合体たる主砲は、自身を生み出した研究所を粉々に砕いていく。

『いってらっしゃい、アリス。愛してる』

 そんな言葉が聴こえた後だった。
 ベイビーマグナムのすぐ隣に不気味な水溜りが出現する。どろどろと何もかもが入り混じったそれがなんだったのか。それを理解して、全員が息を呑む。
 そんな中、操縦席の少女はつぶやいた。

「いってきます、メリー。あいしてた」

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