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『銀塔の虚栄都市』第一章

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匿名ユーザー

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序章


 突然だが無知で博識かつ愚かしくも賢しい有象無象の諸君に質問だ。

「世界の中心」とはどこにあるのか?

 おっと、私がここで問いたいのはマントルだの内核だの地球という惑星の物理的な意味での「中心」ではない。最も隆盛を極め、最も栄華を輝かせる場所という意味で聞いているのだよ。
 パリ?ニューヨーク?ロサンゼルス?ローマ?成る程、四大勢力それぞれの『本国』か。太平洋の真ん中に浮かぶ『アルカネシア共和国』?なかなかユニークな意見だ。だがどれも違う。

 正解は「そんな場所はどこにもない」だ。

 はははっ!少々意地悪な質問だったね。まぁ落ち着いて聞いてくれ。そう、「世界の中心」なんてものはどこにもないのさ。
 千年もの間栄えたコンスタンティノープル、国連崩壊前の旧世界で覇権を握っていた『大国』の首都であったワシントン、そして先程の現代における各勢力の主要四都市、いずれも不合格だ。
 人類史の黎明から現代に至るまでの全てが「そこ」に届いたことなんて一度たりともない。
 だから私が実現させよう。誰も到達するに至らなかった史上初の理想郷を!不滅の楽園の統治者として永遠の安寧を約束しよう!
 しかし残念ながら特等席のチケットは有限でね、本当に心苦しいのだがごく少数にしか門を潜る権利を与えられない。

 果たして諸君の何%が私の『ネバー』に永住するに足る羊かな?

 今はまだ未完成の「世界の中心」、その一歩手前でじっくりと選定させてもらうとしよう。


一章 流転旋転ストレンジャー>>ニューメキシコ迎撃戦


1

 北米大陸南西部ニューメキシコ。岩と砂で構成されたどこまでも荒涼とした風景、灼熱の昼と凍えるような夜が織り成す地球上で最も過酷な環境の一つ。
 そんな似たような景色が続き過ぎて、地図アプリで航空写真をスクロールしようものなら1分と経たず飽きてしまうような大地の片隅。

「はぁ……、はぁ……!」

 ぼたり、ぼたりと粘ついた赤い雫が顎を伝って乾いた地面に滴り落ちていく。
 切った口の中と鼻腔に詰まった血液のせいで、呼吸をする度に鉄錆臭い空気が肺の中まで満たされているようだった。
 クウェンサー=バーボタージュは持ち前の中性的な顔を腫らしながら「敵」を鋭い目つきで見据える。その「敵」とは……。

「おい、もやし野郎。そろそろ諦めやがれ。殴り合いで軍人の俺様に勝てるわけがねぇのはお利口なてめぇならわかっていたはずだ……!」

 流血しているクウェンサーと違って服装は乱れ息は荒いものの目立った負傷はないもう一人の少年、ヘイヴィア=ウィンチェル。
 ドラゴンスレイヤーと呼ばれながら幾度となく最強兵器、オブジェクトを生身でありながら知恵と度胸と幸運で打ち倒してきた名コンビ。
 お互いに気恥ずかしくて絶対に本人の前では言わないが、周囲の人間から見れば間違いなく「相棒」・「親友」と評される二人の絆に現在大きな亀裂が入ろうとしていた。

「誰が諦めるもんか。暴力に訴えたってことは拳で黙らせる以外に俺を納得させる手段が無いって認めた証拠だろ!?アイツは間違いなくシロだっ!」
「頭でっかちのわからず屋が……!クロだって最初からわかり切ってんだろ!言っておくがこれ以上は手加減できねぇぞ。前歯にサヨナラする準備はできたか?」

 友情とは築き上げるのは難しいが崩れ去るのは一瞬である。危機や苦難を共に乗り越えて来た彼らにとってもそれは例外ではないのか。
 双方どちらか倒れ伏すまで終わることのない泥沼の戦いが始まろうとしたその一瞬手前、

『お前たち、作戦行動中に一体何をしている?』

 冷静・冷徹・冷酷の三拍子が揃った第37機動整備大隊が誇る指揮官、フローレイティア=カピストラーノ少佐(18歳処女)の吹雪よりも背筋を凍てつかせるような声が割って入った。

「止めないでくださいフローレイティアさん。男にはどうしても引けない場面ってものが有るんです……!」
「今だけは引っ込んでいてくれねぇか爆乳。俺はこのクソ野郎を徹底的にボコボコにしねぇと気が済まねぇんだ!」

 しかしヒートアップして頭に血が昇った蒸かしイモ共には届かない。
 フローレイティアは短くため息をつくと手元の無線機を掴み取って『ベイビーマグナム』へ通信を繋げる。

ミリンダ、悪いけど支援砲撃をお願いするわ。お届け先の座標はD21のa4。砲種はそちらに任せるわ』
『いいの?そこって……』
『必要な犠牲よ。カウントよーい、5、4、3 ……』

「「すいまっせんしたー!!」」

 どこまでもフラットに進む自分達の粛清執行に流石の二人も冷凍ポテトに早変わり。相手からは見えるはずがないのに揃って『島国』に伝わる謝罪スタイル、「DOGEZA」を即座に敢行して全力の助命を嘆願した。

『最初から素直にそうしておけバカ共。それと私に口答えしたらどうなるかベースゾーンに帰って来たらみっちり叩き込んでやるから覚悟しておけよ。で、何を揉めていたわけ?シロだのクロだの言っていたけれど』
「「バニーガールです……」」
『は?何ですって?』

 DOGEZA姿勢のままボソリと得体の知れない言葉を零す二人にフローレイティアは思わず聞き返してしまった。それが引き金となりクウェンサーとヘイヴィアは頭を上げる許可を無視してびっくり箱のように勢い良く上半身を跳ね起こす。

「「だってこいつが!バニーガール衣装は!」」
「黒が」 「白が」
「「一番だって譲らないから!!」」

『……………………』

 絶句による沈黙を弁明のチャンスと勘違いしたのか、バカ二人は止まらない。

「作戦中に待っているのが暇だってヘイヴィアが言うから、この前の戦勝パーティーでフローレイティアさんが着ていたバニーガール衣装について話し合っていたんですよ!それでこいつときたら赤バニーは邪道だのタイツよりも生脚がいいとかズレたこと抜かし出して!」
「おいクウェンサー、てめぇこそずっと欠伸してたから俺様が気を利かせて話題を振ってやったことを忘れんじゃねぇ!それにバニーガール衣装ならてめぇこそタイツはタイツでも網タイツじゃないと認めねぇだの、片耳は折れているべきだの気色のわりぃことを聞いてもいねぇのにベラベラと喋っていただろうがよ!」
「そもそも白のどこがダメなんだよ!?無垢さと淫靡さのギャップが醸し出すエロティシズムを理解できない時点でお前は『浅い』。義務教育をやり直せ!」
「玄人ぶってんじゃねぇよクソにわかが!王道の黒がはっきりと主張してくるストレートでアダルトなエロの単純な足し算の美しさからてめぇは逃げてやがる!いいかよく聞け、『王道』は一番つえーから『王道』なんだよ!親父の金玉から出直しやがれ!」
「ああん!?やんのかこの野郎っ!」
「上等だコラァ!!」

 ギャーギャーワーワーといつの間にか額を突き合わせて、取っ組み合いを再開せんとする下らない理由から哀しいすれ違いを繰り返す学ばない人類達。
 戦争が無くならない理由に少し思いを馳せながら、フローレイティアは愛用の細長い煙管から甘い紫煙をゆっくりと吸い込んだ。

『………………………………ミリンダ
『なに』

 今度はため息すら出なかった。怒りを超えた呆れは人の心をどこまでも冷たく平面にしていくらしい。

『再び支援砲撃を要請するわ。座標はさっきと同じ』
『りょーかーい』

 きっかり5秒後、指定した座標に『ベイビーマグナム』の副砲の一つであるコイルガンの金属砲弾が近くに突き刺さり、直撃はせずとも副次的に発生する莫大な衝撃波に叩かれたバニーガール愛好家達は宙を舞いながら仲良くフライドポテトと化した。
 スポーツと政治と性的嗜好の話は慎重にしよう☆。


2

 時は遡り、数時間前。ベースゾーンのブリーフィングルームにて。

 「最近ここ北米大陸南西部の『緩衝地帯』に勢力を問わずオブジェクトが多数集まりつつある。現在その数は我々第37機動整備大隊の抱える「ベイビーマグナム」を含めた31機。内訳は『正統王国』が5、『情報同盟』が8、『資本企業』が12、『信心組織』が4、『所属不明』が2といったところね。時間が経つに連れて更に増えると電子シミュレート部門は弾き出したわ」

 指揮官であるフローレイティアが、プロジェクターによってスクリーンに投影された作戦概要をペンライトをスマートに振るってジャガイモ達に説明していた。

「(31からまだ増えるってマジかよ。『プロメテウスインダストリー』や『ジェネシス』、『アメノハバキリ』の事件でここ数ヶ月の間にどんだけのオブジェクトがぶっ壊されたかわかんねぇってのに。よくそんだけ頭数を用意できたもんだぜ)」
「(建造に数年かかるとはいえ、壊されたらそれを再利用して新しいのを生み出すだけだからね。全くもって地球と命に優しくないリサイクルだよ)」

 一方でクウェンサーとヘイヴィアは私語厳禁だというのに頬杖をついてコソコソ話に華を咲かせる始末であった。しかしながら、地獄耳の銀髪爆乳上官がこちらをギロリと睨んだ気がしたので迅速かつ自然に身体を正面に向き直し姿勢を正す。

「言わずともわかっていると思うが『資本企業』機が多いのは連中の『本国』であるロサンゼルスが近いのと、籍を置く『安全国』の都市が近辺に点在しているためよ。民の命と領土、そして何よりも金を守るために選りすぐりの第二世代を相手にする可能性が高いので心してかかるように。何か確認したいことは?」
「はい、フローレイティアさん。質問いいですか?」
「いいだろう、許可する」
「そもそもどうしてそれほどのオブジェクトが集まっているんです?まるでかつての『オセアニア軍事国家』解放戦を彷彿させます。何か共通の『目的』とかあるんですか?」

 話を聞いていないようで聞いている優等生のクウェンサー=バーボタージュくんがこの場にいる誰もが抱いた疑問を投げかけた。 

「よくぞ聞いてくれたクウェンサー。一応、上からは『敵性オブジェクトが密集しているこの機会を利用して撃破しろ』とのオーダーが入ってはいる」
「一応?」
「『何故密集しているのか』までは通達されなかった。でも四大勢力揃い踏みで、これ程大量のオブジェクトが犇めいている異常事態の原因を教えないなんてあるかしら?妙だと思って問い質してみてもはぐらかされるばかり。まぁ上層部が隠し事をしているのはいつものことだけれど」

 目的不明・詳細不明・正体不明と不明だらけの説明に、ブリーフィングルーム内に不穏な雰囲気が放つ特有の温度のない重くじっとりとした空気が拡がり出す。
 命令に従うだけの兵隊は正しく理想的かもしれないが、実際に駆り出される人間からしてみれば何故戦わされて何故死ぬのかわからないなんて状況を受け入れられる者は少ないだろう。
 耐え切れなくなったのか、ヘイヴィアがブリーフィングルーム内の兵士達の気持ちを代弁するかのように口火を切った。

「おいおい冗談じゃねぇぞ!こんなもん目隠しをされたまま地雷原を歩けって命令されてんのと変わんねぇじゃねぇか!具体的なコースとゴールのない命懸けのマラソンなんて俺はゴメンだぜ!勿論他の連中もな!」
「話は最後まで聞け愚か者。私だっていたずらに部下を消耗するかもしれない作戦に何も思わなかったわけじゃない。だから慈悲深い私がお前達の欲しがっている『具体的なコースとゴール』を与えてやろう」

 士気が下がりかけている状況をものともせずに、フローレイティアは不敵に笑って見せた。それだけで見えない不安にのしかかられていた兵士達は平静さを取り戻す。
 まだティーンエイジャーとはいえ(見えないと言ったら鉛玉が飛んでくる)、幾多の死戦をくぐり抜けて来たことに裏打ちされた経験と度胸はある種のカリスマを生み、声を聞いた者を惹きつける。

「こういった場合、私の勘によれば『宝探し』だと相場は決まっている。必死になってベッドの下に隠していた秘密のお宝の第一発見者になってお偉方の鼻を明かしてやるっていうのは面白いと思わない?」

「「「「「結局勘じゃねぇかっ!!」」」」」

 大変大雑把な指揮官様の提案に、今まで縮み上がっていた全員が元気に総ツッコミを入れた。


3

 そして時間は再び現在に巻き戻る。

「ベザブァ……、バフォッ……!……ぶはっ!けへっ!」
「ボモモモモモモモモッ……!……ぼへぁっ!ぺっ!ぺっ!」

 地球に存在するどの言語にも該当しない呻き声を上げながらクウェンサーとヘイヴィアは砂に埋まった頭を引っこ抜く。オブジェクトによる渾身の「めっ!」はタンパク質で構成された人体には少々厳しい。

『頭は冷えたかしら?ならお互いに言うべきことがあるよな?』
「……ヘイヴィア、お前の言う通り、俺実を言うと通ぶってかっこつけていただけだったんだ。ごめん」
『ほらクウェンサーは謝ったぞ。誇り高いウィンチェル家の嫡男はこれにどう応えるのがかっこいい?』
『……実は俺も本当はエロければ何でも良くて難しいことはよくわからねぇまま熱くなってた。悪かったな……』
『はい仲直り成立!……「次」は主砲だからベースゾーンの私室に置いてきたHDDデータを破壊する前に死にたくなければくれぐれも慎むように』

 こうして園児と保育士のようなやり取りを経て、強制的に和解させられた二人は作戦に戻る。
 下された役割は敵オブジェクトの警戒及び偵察。高台の崖から箱メガネのように巨大な多機能双眼鏡のレンズ越しに地平線まで拡がる荒野を見渡していく。

「おっ、コウモリの群れだ。動くものなんて久々に見た気がするぜ。すっげぇ迫力。ヘビかドラゴンみてぇに行列を作りながら飛んでやがる」
「ちょっとヘイヴィア飽きるの早いって。まぁこの辺は洞窟がたくさんあるからな。夕飯時になると出てくるんだと。でも俺達やベースゾーンの方には来てほしくないなぁ」
「あん?なんでだよ?」
「考えてみろよ。数万のコウモリが真上を通過なんてしたら雨のようにフンが落ちてくるんだぞ。絨毯爆撃の直撃を食らうのは最悪だけど、更に通り過ぎた後に残るこびり付いたブツを掃除するのは誰だと思う?下っ端の俺達だ」
「うへぇ、想像したくもねぇ……。まぁ、せいぜい敵さんの方に飛んでいくのを祈っとくぜ」
「いいから視線を戻せよ。フローレイティアさんの『次』判定がいつ飛んでくるかわかったもんじゃない。うわ、また光った」

 夕方を迎えて薄暗くなりつつある空の向こうでは、時折遠くの街で開かれた花火大会のように光がチカチカと断続的に瞬く。おそらくはオブジェクトの砲を発射する際に発生したものだろう。それを対岸の火事気分で眺めている二人の無駄口は留まるところを知らない。

「しっかし偵察任務なんてこんな人力でやるもんかねぇ。『ベイビーマグナム』のセンサーやレーダー、衛星でも覗いて他のオブジェクトの位置を探りゃいいだろうが」
「俺達『正統王国』軍以外の敵性オブジェクトだけでも26機もいるんだぞ。僚機の4機だって今回の作戦に巻き込んだ上層部と繋がっているかもしれないからあまり信用できない。長期の乱戦になる場合を想定して、なるべくお姫様の負担は減らしたいってところだろ。衛星だって雲で役に立たなくなるから万能じゃない」

 この干からびた大地の全長は東西にざっくり1000km以上にも渡る。人間サイズの尺度では広大だが、平均時速が500kmを超えるオブジェクトにとってはちょっとしたドライブ程度の距離感でしかない。少し動いただけで会敵する可能性は高い。
 好戦的に仕掛ける者、待ちに徹して機を伺う者、戦闘で疲弊した相手を狩るべく漁夫の利を狙う者……。30機のオブジェクトがいれば30通りもの行動パターンがある。それらを予測して最適の行動を取らなければ、このバトルロイヤルで生き残るのは難しい。

「つくづく危なっかしい作戦を押し付けられちゃったなぁ。いろんな種類のオブジェクトが見られるってポジティブに考えないと泣きそう」
「切り替えの早いてめぇのそういうところちょっと羨ましいぜこの野郎」
「そういえばフローレイティアさんの言っていた『宝探し』だけどさ、実際どう思う?」
「唐突だなおい。んー、勘とかいうクソふざけた理由だがあながち間違っちゃいねぇかもってところか。『ギガントハスラー』でもねぇのにここまであんなデカブツ共が集まっているのはどうも不自然すぎるしな。タコ頭の宇宙人が侵略しにきてもオーバーキルで追い返せるぜ」
「確かにこの辺は昔、UFOが落ちて来たっていうけどさ……。となると問題はその『お宝』の内容か」
「予測するとしたら新しい資源の鉱脈にマジでUFOの残骸から採れる未知のレアメタル、案外どっかのお偉いさんが愛人に送ったラブレターの束か秘密の趣味用の女装セットかもな。どうせ考え続けても、今の俺達にできることは敵対行動をとったオブジェクトを片っ端からぶっ壊していくことしかねぇよ」

 いずれにせよ不明な点が多すぎる。今はまだ情報や証拠を集める段階に過ぎない。華麗なる名推理の時間はまだまだ先になりそうだ。

「ふぁーあ……、俺は逆にお前の楽観的で呑気なとこが羨ましいよ。……っと」

 もう何回目かわからない欠伸を噛み殺そうとしたクウェンサーの口が途中で詰まる。
 見つけてしまったからだ。遠くで巻き上がる砂煙を。
 多機能双眼鏡のモニターの表示によればかなりの高さにまで立ち昇っている。天候は晴れて大気は澄んでいるため砂嵐ではない。 
 ほぼ何もない無人の荒野で自然現象以外にこれ程の現象を起こせるものといえば。

「敵影発見。こちらに接近中。お姫様、出番だ!」

 オブジェクトしかいない。


4

『来たわね。映像とデータベースの照合によれば敵機のコードネームは「ロックンロール」。「信心組織」に属する「シーシュポース」と呼ばれている陸戦特化の第二世代よ』
「アレが第二世代……?」

 愛機のコックピット内で仲間達からは「お姫様」と呼ばれている『ベイビーマグナム』のエリート、ミリンダ=ブランティーニは困惑していた。
 これから遭遇するオブジェクトは、彼女の記憶に存在するどれとも似ていない。

『驚くのも無理はないわね。やつの特性は極めてシンプル。「転がって体当たりで全てを押し潰す」。ただそれだけ。最新鋭を謳う第二世代が最も原始的でシンプルな戦法へ回帰するなんてとんだ皮肉よね』
『信心組織』はへんなオブジェクトがおおいけどけんぞうとちゅうで本末転倒になるってきづかないのかな?」
『在りもしない信仰やロマンとやらでも追い求めているんでしょう。だからといって油断してはダメよ。武装を全て廃し、転がることだけに特化させた「ロックンロール」は素早い。それに先日大規模改装を終えたそうだから大幅に機能がアップデートされているかもしれないわね。ピーキーなトンチキ技術とエリートの技量が上手く噛み合った時の恐ろしさはアラスカの「ウォーターストライダー」との戦いで身に沁みているはずでしょ?』
「むぅ、わたしだって成長してる。いまだったらぜったいにまけない……!」

 過去の苦い敗北を思い出し、お姫様は頬を膨らませてむくれる。感情表現に乏しい彼女の闘志を焚き付けるにはこれくらいでちょうどいい。
 フローレイティアは掌で煙管をペン回しのように弄びながらニヤリと笑ってご自慢のエリートを送り出していく。

 『そう。だったらあのボーリング玉にストライクされないように丁重にもてなしてやりなさいお姫様!』
「まかせて。『ベイビーマグナム』、これより敵性オブジェクトとこうせんにはいる!」

 そして総重量20万トンを超える怪物同士の戦いの幕が上がった。


【ロックンロール/Rock'n'roll】

全長…134.6メートル

最高速度…時速700キロ

装甲…一cm厚×200層(溶接など不純物含む)+特殊液体金属装甲

用途…信仰証明用兵器

分類…陸戦特化型第二世代

運用者…『信心組織』

仕様…磁力式重心移動推進システム

主砲…なし

副砲…電磁力式液体金属制御装置

コードネーム…ロックンロール(巨大な岩石が転がるかのようなピーキーでハジけた戦法を取るところから。なお、『信心組織』の正式名称はシーシュポース

メインカラーリング…ブラウン


5

「さぁ、始まるぜ!デカブツ共のブレイクダンスが!ステージに近づき過ぎて蹴飛ばされねぇよう要注意だっ!」
「あれが『ロックンロール』っ……!あんなオブジェクトなんてアリなのか……!?』

 性能を極限まで尖らせ、時として異形とも言える形態を取ることさえ珍しくない第二世代の中でも一際異彩を放つその威容。
 ゴテゴテとした武装の全てを本体表面から取り除いた100mを優に超える巨大な茶色の球体。
 シンプルさを突き詰めた結果、かえって異端となってしまったという悪い冗談を現実に落とし込んだ規格外兵器が『ベイビーマグナム』に向かって真っ直ぐ最短最速で突進していく。

「あのフンコロガシオブジェクトのエリートの野郎はイノシシでも乗っけてやがんのか?あれじゃ『ベイビーマグナム』の主砲をモロに食らっておしまいだろ?」
「いや、そういうわけでもないみたいだ」

 お姫様は接近を許す前に方を付けようと十分な間合いを取り、『ベイビーマグナム』の主砲の一つであるコイルガンをロックオンした目標へ次々と発射していく。
 莫大な衝撃波と爆音を置き去りにしながら、音速を遥かに超える砲弾が正確に『ロックンロール』へ命中する。
 しかし、並の装甲を持つオブジェクトならば複数回大破してもおかしくない砲撃を受けながらも『ロックンロール』はその全てを跳ね飛ばしなお進撃を止めることはない。両機の距離はあっという間に縮まっていく。

『っ!?』
「な、弾き返しやがっただと……!?」
『遠距離砲撃とはいえオブジェクトの主砲を圧倒的な回転によって受け流すなんて……!お姫様、避けなさい!』
『……っ、わかってる!』

 一瞬の交差。
 フローレイティアの指示を受けるよりも早く、『ベイビーマグナム』は格闘家のようなフットワークで『ロックンロール』の突撃を回避する。轟音を立てながら『ロックンロール』は『ベイビーマグナム』の真横10mを通過していった。

『流石ね。極至近距離ならわからないけど、実弾の効果は薄いと見たほうがよさそう。さて問題、この場合どうやって戦うのが最善手?』
『ばかにしてる?そんなのかんたん。「きょりをたもったまま、はじくことのできないレーザーや下位安定式プラズマ砲をあびせていく」、でしょ?』
『大変よくできました。この様子だと心配はなさそうかしら?』
『うんだいじょうぶ。コイルガンをはじかれたのはちょっとびっくりしたけど、あんなころがるだけのオブジェクトにわたしと「ベイビーマグナム」はまけない』

 今のは初手でお互いの力量を分析するための小手調べ。次からはエリート同士の超高速の駆け引き、先読みを用いたぶつかり合いが展開されることだろう。
 事実、戦場全体の空気の流れを切り替えるように『ベイビーマグナム』は七門携えた主砲を全て光線系に変更し、それを察知した相対する『ロックンロール』は単調な突撃からゆらりゆらりと左右にステップを踏むかのように旋回を繰り返して隙を伺うような挙動を取り始めた。

「なぁおいギーク野郎。ちょっとした疑問なんだが、あのフンコロガシは超高速で転がってんのになんで中のエリートはゲロまみれのミンチにならねぇんだ?」
「うーん、コックピットが地球ゴマみたいに常に水平に保たれるように固定されているんじゃないか?どちらかというと問題は『ロックンロール』は地面に接しながら進むのにどうやって衝撃からエリートを保護しているのかって点だ」
「見た目ほどの重量はなくて、装甲の下は見掛け倒しのスカスカでしたってオチとかどうよ?」
「いや、それだとオブジェクトの主砲を弾くなんて芸当は無理だ。何よりあいつの攻撃方法は体当たりによる圧砕だけなんだから押し負けない重量は絶対に必要になる」

 まだお姫様が劣勢に陥ったわけではない。
 焦る必要はないと判断し、疑問を一旦保留にしようとしたジャガイモ達のところにフローレイティアからの通信が入る。

『クウェンサー、ヘイヴィア聞こえる?3秒以内に応答しろ』
「はいはいこちらクウェンサー、また生身でオブジェクトに突っ込めって言うんじゃないでしょうね」
「お姫様は余裕有りそうだし、まだドラゴンスレイヤーコンビの出番は早ぇんじゃないっすか」
『ああ、確かにこのままお前達が出張らなくても「ベイビーマグナム」の勝つ可能性は高い。それでも速やかに決着を付けたい理由があるの』
「「?」」

 仲良く首を傾げるクウェンサーとヘイヴィアを置いてけぼりにしながら、麗しの指揮官様は心底めんどくさそうな調子で言葉を紡いでいく。

『モタモタ戦闘を長引かせると周囲の「ハイエナ」に脇腹を噛まれるリスクが高まるのよ。現に南30kmに「情報同盟」が一機、北北東26kmと北西32kmに「資本企業」がそれぞれ一機ずつこちらの様子をチェックしている』
「消耗を最小限に抑えて、次に備えたいというわけですか」
『そういうこと。飲み込みが早くて助かるわ』

 現在作戦行動範囲とされる北米大陸南西部では31のオブジェクトが睨み合っている。
 例え一つの戦いに勝利しても、ボロボロの状態では格好のエサと見做されて次の脱落者となる未来しか待っていない。
 野生動物の世界のように無駄な争いは避けて、体力や物資を温存し続けた者だけがこのバトルロイヤルを生き残ることができる。そういった意味では、「戦闘」を選択した第37機動整備大隊は一手不利になってしまっている。

『同じ「正統王国」の「信用できる僚機」と連携ができればまた話は違ったんだがな。尤も、いたとしても手柄をくれてやるつもりは毛頭ない』
「なるほど、そいつはうかうかしてらんねぇ。そんで俺達へのご依頼は?無茶振り以外は承るぜ」
『安心しなさい。ヘタレのお前達のカミカゼ特攻に効果なんて期待していない。やってほしいのは地形調査よ』
「地形調査?」
『「ロックンロール」は転がって移動する。だったら登り坂には弱い。高台まで「ベイビーマグナム」と追いかけっこしながら誘導すれば、減速と共に動きが鈍るはず。その隙を狙って一方的に撃ち下ろすって寸法よ。だから以前採取した地形データと現在に誤差がないか調べてほしいの。送った画像はデータと自動照合されるから、軍用車両を走らせながら手頃な斜面を写真撮影するだけでいい。ね、簡単でしょ?』
「マジでそんだけでいいのかよっ!?いいぜヤるヤる!まったくレーダー分析官ってのはこういう仕事でいいって前からずっと思ってたんだよ!爆乳もちょっと考りゃわかんじゃねぇか!」

『まぁ突然の流れ弾や台風のように中心が接近してくる危険性は十分考えられるから、注意するかよく祈っておくように』

 珍しく「無謀ではない命令」にテンションを上げる貴族のボンボンだったが、耳を優しく撫でるフローレイティアの忠言に直ぐ様身体を硬直させた。
 戦場である以上「安全な場所」などどこにもない。

6

「このていどか……」

 お姫様はコックピット内で、つまらなさそうに独り言を呟いた。
 フローレイティアの読み通り戦闘は終始こちらのペース。
 相手の動きに慣れたおかげで、今では数百mというオブジェクト戦においては極至近距離の間合いにまで肉薄しながら、精密に砲撃を狙い当てることさえ可能となっていた。
 結果として出力されたのは、殆ど無傷の『ベイビーマグナム』に対して、未だに動き続けているものの、装甲を削られたおかげで所々から煙が昇っている『ロックンロール』。
 どちらが優勢かは誰が見ても明白だった。

 (このままたたみかければいける!)

 勝利を確信し、敵に決定的な致命傷を与えんと更に接近しようとしたその時だった。

 ゴボリと、『ロックンロール』の損傷箇所から何か銀色に輝く液体のようなものが漏れ出した。

「なっ……!?」

 お姫様は未知の情報がもたらす危機感に背中を炙られながらも、エリートとしての勘を働かせて咄嗟に操縦桿を大きく右に倒す。
 同時に『ロックンロール』から伸びる銀色の閃光。
 急激な回避挙動で発生したGによってミシミシと身体を軋ませるお姫様が視界の端で捉えたのは、さっきまで自分のいた場所を通過してすぐ後ろの岩山を豆腐のように貫く鋭いトゲの群れだった。

 (もしあのままふよういにちかづいていたら……)

 冷や汗を流しつつ、こちらも返す刀で敵機の球状本体中心を狙って下位安定式プラズマ砲を放つが、『ロックンロール』はぐいんっ!とバネ仕掛けのように爆発的な回避を行い、直撃コースから一瞬で離脱する。
 莫大な熱量を誇る光線が何もない虚空をただ通り過ぎていく。

(「中身」をあえてりゅうしゅつさせることで重心をズラした!?)

『先日大規模改装を終えたそうだから大幅に機能がアップデートされているかもしれないわね』。

 今更フローレイティアの言葉を思い出し、お姫様は歯噛みする。
 こうしている間にも漏れ出た銀色の液体はまるで意思を持っているかのようにズルズルと蠢いて、『ロックンロール』の元へと戻っていく。

(液体金属をそうさしている……!あれでコックピットをしょうげきから保護していた?)

 虚を突かれた隙を埋めようとレーザーを乱射する『ベイビーマグナム』だったが、『ロックンロール』は液体金属による重心移動を用いたトリッキーな挙動を繰り返し圧砕か串刺しかの二択を迫りながらジリジリと距離を詰めてくる。

(まずはおちつかなきゃ。さいしょからあれをつかわなかったということは液体金属はあいつにとってもリスクのたかいくるしまぎれのおくのて。こちらはむきずなんだから有利なのはかわらない……!だいじょうぶ、わたしはつよい!ひとりでもできる!クウェンサーにたよらなく

『お姫様、ちょっといいかな?』

 ハッと我を取り戻して操縦桿を切り返し、『ロックンロール』の突進を紙一重で回避する。
 冷静さを失いかけて思考の縦穴に落下する一瞬手前でその肩を掴んだのは、「いつも」助けてくれる戦地派遣留学生の少年だった。

(わたし……、いまなにをかんがえようとしていた……?)

 しかしながら、とにかく今は勝利が最優先。お姫様は頭蓋骨の裏にこびり付いた思考の残滓を拭い去るように首を左右にブンブン振って通信を繋げる。

「なに、クウェンサー?」
『いやー、フローレイティアさんが早く決着を付けろって急かすからさ。ちょっとお手伝いをしようかなって』
「(わたしひとりでもだいじょうぶなのに……)」
『え、なんだって?』
「……なんでもない。それより「ロックンロール」のことなんだけど」
『あぁ、こっちでも確認している。液体金属かあ……。ガリウムにニッケルや鉄みたいな磁性体粒子を加えたものでも装甲内部に充填していたのかな?それでそいつをJPlevelMHD動力炉で発生する膨大な電力を自身が高速で転がることで磁力に変換し操作していたってところか。トゲトゲは磁性流体の持つスパイク現象の単純な応用』

 クウェンサーはまるで料理の隠し味でも当てるかのようにつらつらと自分の推理を披露していく。
 いつもこうやって難攻不落の怪物達の謎を解き明かしてきた。オブジェクト設計者志望の科学知識と「ドラゴンスレイヤー」の称号は伊達ではない。

「ぐたいてきなたいしょほうは?」
『そんなの簡単。液体金属のベースとなる元素の沸点は高くても3000度以下だ。オブジェクトの副砲のレーザーなら弱火で蒸発させられる。漏れ出たところを片っ端から焼いていけばいい。トゲトゲだって不意打ちでびっくりしただろうけど射程はせいぜい数百m。最初のように距離さえ保てっていれば届かないよ』
「りょうかい。それとさっきからそっちの携帯端末からおくられてきてるデータなんだけど」
『俺からのラブレターと言いたいところだけどただの地質データだよ。お姫様、ポイントK6のg33の斜面までそのボーリング玉を誘導してきてほしい。そいつで方が付く。さっさと終わらせてシャンパンをシャワーにして遊ぶぞ!』
「……クウェンサーのおばか。わかった。まかせといて!」


7

 示されたポイントまでの10kmに満たない距離は、時速500kmを超えるスケールで戦場を駆け抜けるオブジェクトにとっては僅か数分の道のりに過ぎない。
 『ベイビーマグナム』は的確に『ロックンロール』が操る液体金属を蒸発させながら、目的地となる左右を高い崖に挟まれた斜面までさり気なく後退して罠まで誘い込んでいく。

「よし、上手いぞ!そのまま悟らせるなよ」
「『ベイビーマグナム』登坂確認、っと。でもよぉ、あんな古典的な作戦に嵌ってくれる保証なんてあんのか?」
「大丈夫だ、成功しても失敗してもここまで誘導された時点であいつは詰んでいる」

 弱気なヘイヴィアに対して、よほど勝利を確信しているのかクウェンサーの自信は揺るがない。
 タイミングは良好。その時はやって来た。

「そこだお姫様!今登ってきた坂を余ってしょぼくれているコイルガンとレールガンでぶっ壊せっ!」

 合図と同時に今まであまり役に立てなかった鬱憤を晴らすかの如く、『ベイビーマグナム』の各砲門から斉射された金属砲弾の雨が激しい轟音を響かせ、数百mの長さに渡って伸びる斜面を跡形もなく破壊し尽くして瓦礫の山へと変貌させていく。
 あまりの衝撃に、十分な距離を取って退避していたはずだった二人のいる地点の地面までもが天変地異のように大きく揺れ動く。
 ここでようやく罠に気づいた『ロックンロール』が、今度は来た方向に後退して態勢を立て直そうとしているようだがもう遅い。

「おっしゃ!てめぇの読み通り!ほら次だ次!」
「わかってるよ。おかわりを召し上がれ、お客様!」

 見ているだけのくせに急かしてくる相棒に若干イラッとしつつ、クウェンサーは無線機のスイッチを押す。
 すると予め仕掛けられていたハンドアックスが起爆され、後退しようとしていた『ロックンロール』の逃げ道を阻む形で左右にそそり立っていた崖を崩落させ、瓦礫の山となって退路を埋め尽くしていく。

「瓦礫を除去するための砲を無くしたのが仇になったな。檻に閉じ込められて、奥の手の液体金属の剣山も『ベイビーマグナム』には届かない。このままだと上から一方的にお姫様に嬲られるのを待つだけのお前はどうする?」

 当然聞こえるはずのないの少年からの問いに対して『ロックンロール』は答えることはない。ただその場に留まって回転し、発生させた磁力によって液体金属に形を与えていく。

『ジャンプ台……?あれで脱出するつもり?』
「いいや、それだけじゃない。お姫様、もう撃たなくていい。あれが本当に最後の攻撃だ」
『まさか……』

「そう、あいつ渾身のボディプレスがなっ!!」

 回転し続けていたのは自動車のロケットスタートのように速度を蓄えていた意味もあったのだろう。解き放たれた回転は爆発的な加速を生み、フルスピードで射出された『ロックンロール』は自らが形作った銀色に輝くジャンプ台を乗り上げて、500mを超える高さまで一気に跳躍した。  
 夕暮れの空をスクリーンに舞う巨大な茶色の球体が、地球に衛星がもう一つ増えたと錯覚してしまいそうな光景を生み出す。夕焼けが反射してキラキラと光っているのは、内部に残った数少ない液体金属を航空機やミサイルの尾翼のように展開して、落下地点を『ベイビーマグナム』の真上に誘導しようとしているからだろうか。

「来るぞ、ギリギリまで引き付けてくれ!それとくれぐれも俺達の策に巻き込まれないように!ヒント:ここは何が有名でしょうか!?」
『っ!なるほど!』

 クウェンサーの意図を察したお姫様がカメラのレンズ越しに上空の『ロックンロール』を見据える。今更主砲で迎撃しても自由落下は止まらず、相手の目論見通りに押し潰されてぺしゃんこにされてしまうだろう。
 だから全力で避ける。勝つために。生き残って次に備えるために。
 そして、

 その衝撃は周囲約200kmまで伝わり、中心部では瞬間的に最大震度7の揺れを観測した。


8

「げほっ……、えっふぉっ……、ゔぇっ!こんなに揺れるなら最初から言いやがれってんだクソッタレ!地割れにはさまって上半身と下半身が永遠にお別れするとこだったじゃねぇかモヤシ野郎!」
「ひぃ……ひぃ……!お、俺だって地面がトランポリンみたいに跳ねたおかげで3階建てくらいの高さまでかち上げられたんだけど!砂の上に足から落ちてなかったら絶対に死んでた……」

 あちこちがヒビだらけとなった大地でクウェンサーとヘイヴィアは大の字に倒れ込んで荒い呼吸を整えていた。
 地味に死にかける目にあっていたようだが、お互いにヒヤリハット自慢ができる程度には元気らしい。

「ベースゾーンの方は無事なんだろうな……。それよりあのフンコロガシ野郎は?」
「今確認を取る。お姫様、無事か?」
『あたりまえでしょ。敵性オブジェクトはせんとうふのう。もうちょっとしたらそこからでもみえるとおもう』

 荒野の風は強く速い。落下の衝撃で生じた砂煙の粉塵を瞬く間に遠くへ攫い、景色を晴れ渡らせていく。
 クウェンサーは起き上がって多機能双眼鏡を覗き込むと、高所から大質量で落下したのにクレーターを作らずに地盤をそのまま踏み抜いてしまって地下空洞で沈黙する『ロックンロール』、そしてそれを見下ろすように主砲を突きつける『ベイビーマグナム』が目に映った。
 地面に新しく開いた直径数百mの穴の周囲では、コウモリの群れが驚いたように飛び交っている。

「こちらでも敵性オブジェクトの撃破を確認。結果的に『ベイビーマグナム』も無傷で俺達の完全勝利だ。めでたしめでたし」
『でもこのさくせんならおもいついた時点でぜんぶせつめいしてくれればよかったのに』
「手品と一緒でこういうのはタネを下手にすぐ明かさないからかっこいいんだよレディ。痛っ!何すんだよヘイヴィア!」
「けっ、よく言うぜ。ようはただの『落とし穴』じゃねぇかこんなもん。場末のドッキリ番組と変わんねぇよ」

 ドヤ顔でかっこつけている様子に我慢できなくなったのか、ヘイヴィアはもやし野郎の尻を後ろから蹴飛ばしながら吐き捨てる。

「素直に『斜面を調査するための地形データを閲覧してたら、この辺は蜘蛛の巣のみたいに地下洞窟が拡がっている情報を見つけてさ。「ベイビーマグナム」や他の一般的な推進方法で宙に浮いているオブジェクトと違って、地面と接しながら移動しているやつなら岩盤の薄い場所を踏み抜かせて自滅させられるんじゃないかって思ったわけ』、っていつもみてぇに長ったらしい説明するほうがてめぇらしいぜ」
「自分のものまねって目の前でやられるとすっごい腹立つな!全然似てないし!それに長ったらしくないし!もっとスマートだし!イケメンだし!」

 カールズバッド洞窟群。

 それがこの戦場の舞台となった場所の名前だった。

「やっぱ尖らせすぎた第二世代って、条件が不利に傾いたらあっさり負けちまうもんなんだな」
「地盤がしっかりした他の地形だったら、結果は逆だったかもしれない」
『そんなことないってば。100%でわたしがかつ』
「わかってるって。お姫様がさいきょーさいきょー」
『こころがこもってない……。それと「ロックンロール」のエリートの……』

 何かを言いかけたお姫様だったが、その前にフローレイティアからの通信が無線機に割り込んで遮った。

『無事戦闘は終了したようで皆ご苦労。私達の損害を軽微と判断した「ハイエナ」共も寄ってくる気配はなし。上々と言える結果ね。ミリンダ、そこでめり込んでいるボーリング玉のエリート様への降伏勧告は?』
『うん、いまそれについてそうだんしようとしてた。さっきからおくってはいるけどだんまり。撃つ?』
『まだ撃たなくていい。そう。だんまりか……』
「え、何?なんすか?」
「面倒事ごとの匂いがプンプンしてくるんですけど」

 思案に耽る敏腕上官の様子にすっかり研ぎ澄まされた「嫌な予感」への嗅覚が反応する二人を他所に、携帯端末が何かを受信する音を発した。送り主は案の定フローレイティアからだ。
 添付されたファイルを開いてみるとそれは一枚の画像だった。

『「ベイビーマグナム」と共有している映像データの切り抜きなんだけれどわかるかしら。画質は粗いが「ロックンロール」が落とし穴を踏み抜いた直後、装甲側面の一部が小さく開いているように私は見える』
「「『あ』」」 
『やつは常時転がっているオブジェクト。脱出装置の経路を複数の方向に用意していると考えるのが自然だと思わない?』
「つまり……」
『ピクリとも動かない機体。だんまりどころか息遣いすら感じられないコックピット。そしてこの画像』

「エリートは洞窟内に逃げた?」


9

 一つの戦いの終わりは次の戦いを呼び、螺旋を紡ぐように騒乱の火種を燻らせる。

 同時刻、カールズバッド洞窟群から北北東に約26km地点────。

「あれがウワサの『正統王国』軍第37機動整備大隊ですかあ!アハハハッ、いやーつよいつよい!」
『だろ?あの第一世代に乗っているお嬢ちゃんも手練だが、何よりあのドラゴンスレイヤーコンビが面白い』

 喧しいくらいに大きな女の声と軽薄そうな男の声だった。

「ここでつぶしておかなくていいんですかあ!?」
『ああ、後回しでいい。向こうの損害は軽微のようだし、あの地形はお前のオブジェクトとはどうにも相性が悪そうだ』
「なにぃ!?きこえないんですけどお!!」

 マイクの端子が壊れんばかりに声を張り上げる女に対して、男は同じく張り上げて声を返す。二人の間では慣れたやり取りなのだろう。

『だーかーらー!放っておいて構わないってこと!てったいてったーい!……難聴にも困ったもんだぜまったく』
「りょーかーいですう!『お宝』についてはあ!?」
『正体はまだだがその鍵になりそうなもんはいくつか!「情報同盟」辺りをつついてみるのがいいかもしれない!』
「わかりましたあ!……それとさぁ、ジン」
『……どうした?』

 敬語をやめてトーンを落とした女の声に男も纏う雰囲気を落ち着いたものへと切り替える。
 こういう場合はいつだって彼女が強い決意を秘めている時だとジンと呼ばれた男、ジン=ヤナギカゲは知っている。今は「部下」としてではなく、「友人」として話したいのだろう。

「あたしがんばるからさ」
『そんなこと堅苦しく宣言しなくても、お前さんはいつだって頑張ってるよ。なんだ?やる気アピールで給与アップでも狙ってんのか?』
「ちがうよ。アンタ、なにかヤバそうな事件にかかわっていたでしょ。それにあたしたちをなるべくかかわらせないようにうごいていたのも。しっぱいしていろいろ失ってめんどうごとをかかえこんでしまったのも。あたしだけじゃない、ヤナギカゲの社員みんながしってるよ」
『……………………。』

ジンは肯定も否定もしなかった。ここで何か反応して答えてしまえば、その時点で巻き込んでしまう。だから沈黙を貫くしかない。

「あたしたちのきゅうりょうをへらしたり、リストラしないようにかなりむりしてるんでしょ?『むりするな』なんていわないよ。そうしないとどうしようもない状況なんだろうから。だからせめてあたしたちにも少しくらいせおわせてよ」
『っ!……馬鹿野郎、それは』
「こたえなくていいよ。なんといわれようとかってにやるから。アンタがそうしたように」
『……すまない』
「はい、あやまるのはそれでさいご。つぎやったらゆるさないから。まわりから失くしたくないとおもわれるていどにはだいじにされていることをわすれんな。かいしゃも、アンタも」

 ジンは具体的なことは語れない。だから、シンプルな感謝だけを「友人」に伝えた。

『そっか、ありがとな』

 それで十分と満足したのか、女の口調は元の喧しい大声に戻っていく。

「どういたしましてえ!かえったらまたいっしょににじっけんしましょおおお!!」
『おう、若干死亡フラグくせぇが作戦成功の健闘を祈る!フェン=ファング火器開発部室長!落ち目と侮った全員に「ヤナギカゲ重工」の名を知らしめてやんな!』

 ジンとの通信を終えるとタイミングを見計らったかのように、フェイ=ファングの駆るオブジェクトに新しい相手からの通信が入る。

『おわったかい』

 穏やかだか少し陰気さが漂う少年の声がコックピット内に響き渡る。それに対してフェンは再び申し訳無さを含んだマナーモードに戻ってしまっていた。

「ナイジェル君?えーと、もしかしてぜんぶきこえてた?」
『わざとじゃなかったのか……。だとしてもどちらにせよ卑怯じゃないかな?あのやりとりは』
「アハハ……、おなみだちょうだいなんて『資本企業』ではいちばんつうようしないのに。なんかごめんね」
『べつにいいよ。けいやくでつながっているあいだはぜったいにうらぎらない「仲間」。それが「資本企業」流だろ?ほうしゅうぶんはきっちりはたらかせてもらおう。「宝探し」のしょうしゃとなるのは僕たちだ』

 金によって繋がっている関係に過ぎないが目的と見ている方向は同じ。それだけで『資本企業』の兵士達はお互いの背中を預けられる。
 フェンとナイジェルの間にも決して細くない確かな絆が生まれようと

「ええ!?なにぃ!?もっかいいって!」
『いや、ここで難聴はつどうするんかいっ!』

 しているのかもしれない。

10

『現場にいる全兵士達に指揮官のフローレイティア=カピストラーノが告げる。「ロックンロール」のエリートは逃走した!「お宝」に関する情報を握っている可能生も否定できない!輝かしき第一発見者というトロフィー獲得のため、洞窟内を捜索し見つけ次第即確保!生け捕りが望ましい!以上っ!』


 というわけで捜索開始である。
 現実はフィクションと違って大ボスを倒してそのままエンドロールというわけにはいかない。
 決してスポットライトの当たらない地味でめんどくさい後始末の全てを済ませて漸く「作戦完了」と言えるのだ。

「あんっの爆乳っ……!また恒例の無茶振りかよ!こんなだだっ広い洞窟の中を探せだぁ!?先に俺達が遭難して餓死するか、地元住民の目撃情報から新種のUMA認定されるに100ユーロ賭けるぜクソッタレ!」
「落ち着けってヘイヴィア。戦闘は終わったばかりで相手は徒歩、しかもこっちは人海戦術に任せたローラー作戦の虱潰しだ。それにそのアサルトライフルに取り付けられたアクセサリーが飾りじゃないなら見つかるのは時間の問題だよ」

 『ロックンロール』の落下地点とそこに繋がる地下洞窟の入口を地形データから割り出してピックアップ、落下地点側と入口側からそれぞれの部隊が合流するように進んで挟み打ちを行うという寸法だ。
 ジャガイモ二人は大穴に最も近くにいた歩兵という単純な理由で一番乗りを命じられ、落下地点側から地下洞窟に侵入していく。ダンジョン攻略の開始だ。

「生身でオブジェクトに突撃を命じられるよりかはマシって思わねぇとやってらんねぇな。それより落盤事故とか起きねぇだろうな?さっきまでオブジェクト2機が真上でデカいケツを振りながらダンスしてたんだ。もたもたしてるとUMA認定の前に生き埋めにされて化石になっちまう。掘り起こされるのは何億年後だ?」

 文句を言いつつもヘイヴィアは各種センサー、集音マイク、音響ソナーなどの索敵用のハイテク機器に彩られたカービン銃をあちこちに向ける。一方で、書類上の立場では「学生」に銃を持たせるのは軍規に反するのでクウェンサーはほぼ手ぶらだ。
 背中のバックパックに収納されているハンドアックスは落盤への懸念や爆風を逃がせない地形との相性の悪さから、現在はただの高級粘土に成り下がってしまっている。
 手持ち無沙汰で仕方がないから、警棒のように長い軍用の懐中電灯で暗闇を照らす人間松明に徹するしかない。
 洞窟内部は鋭い鍾乳石が地面や天井に所狭しと立ち並び、まるで巨大な怪物の顎の中にいるかのようだった。うっかり足を滑らせて串刺しは勘弁したい。

「今更遅いけどさ、こんなに大声を出しながらピカピカ灯りを振り回していいのかな?相手にバレちゃわない?トラップや奇襲を捌ける自信無いよ俺」

 ふと疑問を浮かべるもやし野郎。それに対して先行する貴族のボンボンはこちらを振り返りもせずに、訓練で習った知識をそっくりそのまま説明する。

「わざとこっちの位置を知らせて投降するよう促してんだよド素人。どうせ咄嗟の判断での脱出だ、サバイバルキット以上の装備なんて持ち出せねぇよ。それに人間ってやつは視界0の暗闇に長く居すぎると『壊れる』んだと。だから情報を引き出せねぇ状態になる前にわざわざこうやってお迎えを用意してやってんだ。エリートの野郎が事前に持たされた『お守り』を使っちまってたらそれまでだけどな。いっそここでバーベキューパーティーでもやったらひょっこり顔を出すかもしれねぇな」
「『島国』にそんなおとぎ話があったような……。クソ不味いレーションしか串に刺さってないバーベキューなんてネズミも寄り付かないと思うけど。じゃあもう大声で点呼でも取るかー」
「おうやっちまえやっちまえ。素直に出てくるもよし!ビビって追い立てられた先で他の連中に捕まるもよし!とびきりでけぇのかましやがれ!」

 馬鹿二人の会話からはどこまでも緊張感は感じられない。
 命の危機が関わらない任務などこんなものである。ましてや先程までオブジェクト同士が火花を散らし合う戦場にいたのだ。彼らの気が緩むのも無理はないのかもしれない。だから、

「せーの、転がりオブジェクトのエリートさーん!!いらっしゃいませんかー!!」

「はい、ここに」

 背後から聞こえる知らない誰かの声に直ぐ様反応することができなかった。

「ゔえぇっ!?」
「うおっ!?」

 本当に出てきてしまった。
 「どうせいないだろ」、「手柄を得るのは他の班の人間だ」などと心の隅で思っていたらこのザマだ。
 完全に不意を突かれて、ヘイヴィアは僅かに硬直するが腐っても鍛えられた軍人、1秒後には振り向きざまにアサルトライフルを握り直して声の方向に銃口を向けようと身体を捻る。
 彼の視界の端ではクウェンサーが爆弾を使えないなりに、足元に落ちているソフトボール大の石を拾おうとする姿を捉えていた。
 咄嗟に発砲にまで移行しなかったのは、「生け捕りが最優先(絶対♡)」と怖い上官に叩き込まれたからか。

「……あんたがあのオブジェクトのエリートか?」
「さきほどそうこたえたはずですが」

 声の主は女だった。
 年はクウェンサーの母親と同じくらい。『信心組織』らしく緑系のぴっちりとしたエリート専用スーツを着用し、適当な長さの黒髪をルーズサイドテールにまとめている。
 顔立ちは間違いなく美人の部類ではあるが、自身の胸の真ん中にアサルトライフルのレーザーポインターを当てられても動揺して怯えるどころか細胞の一つすら微動だにしない完璧な無表情。
 いっそそういうお面を貼り付けていると言われたほうが納得できる程の人間味の乏しさが感じられた。

「このポンコツめ!どうしてセンサー類に引っかからずに接近を許してんやがんだよっ!?」
「いいえ、こしょうではありません。さくてきはんいをひろくせっていしすぎましたね。『灯台下暗し』とはよくいったものです。おかげでこうしてすりぬけることができましたが」

 女は聞かれてもいないのにスラスラとどこまでも油断していた馬鹿2号の疑問に答える。実際にセンサーが役に立たなかったことから事実を述べているのだろう。    
 つまり見られていた。近くから。ずっと。

「クウェンサー、俺エリート相手に油断してかかるのとミョンリへのセクハラは今後一切しねぇと女神サマに誓うぜ……」
『信心組織』のは特にな……。後者は知らないけど」

 今更思い出したかのように頬やうなじを伝う冷や汗の感覚が気持ち悪い。
 もしもこの女が拳銃の一丁やナイフの一本でも所持し、こちらに明確な敵意を抱いていたのなら自分達はとっくにこの世にはいなかったかもしれない。
 しかしそうなってはいないということは。

「純粋に投降しに来たってことか……?」
「ええ、すでに私はていこうのいしをほうきしています。脱出装置のさどうはわたしのいしではありません」
「しばらく潜伏していたのは?俺達を監視していた理由は?」
「はっけん即さつがいのおそれがあったので、あなたたちの人柄をみさだめさせてもらいました。いつでもいのちをうばえたのに、ばかしょうじきにすがたをあらわしたことが『合格』のしょうこであるととらえてもらえればさいわいです。所持品もおみせするので、きけんとはんだんしたものはとりあげてもらってかまいません」

 感情の起伏や抑揚が感じられない、目を瞑って聞けばAIが合成した音声と言われれば間違えてしまいそうな口調のまま女性エリートは腰に取り付けていたポーチを静かに地面に置いた。どうやら所持品はそれだけしかないようだ。
 そして大の字のような姿勢で立ちながら、相変わらず感情の読み取れない瞳でこちらをジッと見つめている。ボディチェックをしろというサインだろうか。
 目を丸くして手にした獲物を構えることしかできないクウェンサーとヘイヴィアに女性エリートは淡々と言葉を紡いでいく。

「じこしょうかいがまだでしたね。アリア=スピカ。一応はほんみょうといっておきましょう」
「「………………」」

 生殺与奪の権利を自ら捨てたアリア、そんな彼女に武器を突き付けるジャガイモ二人組がペースを呑み込まれているという奇妙な状況が出来上がってしまっていた。

「(おい、誰がどこからどう見ても完全降伏のサインだが信じていいと思うか?)」
「(うーん、アリア……だっけ?彼女の言っていることはごもっともだしなぁ……。なんとなくだけどあの冷徹マシーンウーマンは嘘を『つかない』んじゃなくて『つけない』人種な気がする)」

 このままでいるわけにはいかないのでアリアに従うような形になってしまうが、彼女の身体や所持品を検めていく。
 ボディチェックはクウェンサーが担当したものの緊張とストライク範囲外の年齢差、そして何より身体を触られても彫像のようにピクリとも反応しないアリアのおかげでムフフ要素は一切なかった。恥じらいって大事!

「やっぱり何か隠し持っている感じじゃないな。ヘイヴィア、そっちはどうだ?」
「待て待て、えーとサバイバルキットに携帯端末……。あっぶねっ、拳銃発見!でもちっちぇな。2発しか込められねぇ自決用の『お守り』か?そして最後に……、ロケットペンダント?」
「それは……なんでもありません。続けてください」
「?」

 一通りの作業を終えてアリア=スピカの安全は証明された。
 とりあえずサバイバルキット内のナイフと携帯端末と拳銃は没収、残りは嵩張るのでは元の持ち主に返却する。
 ヘイヴィアからロケットペンダントをアリアは受け取ると両手で抱き寄せるように胸の前で握り込んだ。  
 縋るように。祈るように。離れ離れになった家族にもう二度と離れないと誓うように。

「よかった」

 安堵の言葉を浮かべるアリア。その様子を見てクウェンサーはようやく彼女の「人間らしい」情緒の兆しを覗いたような気がした。

「私物はそれだけだった。もしかして俺たちの前に無抵抗で姿を見せたり、『お守り』を使わなかったのはそいつが理由なのか?」
「ええ、『あの人』とのさいごの約束ですから」

 アリアの答えは短く具体的なものではなかった。
 「あの人」とは誰なのか、約束とはどういった内容なのか、機械的な彼女にとって決して高級そうではないシンプルな造りのロケットペンダントにどれだけの意味と価値が込められているのかは少年達にはわからない。

「そうか」

 捜索対象発見及び確保。
 あとは彼女をベースゾーンまで送り届ければ作戦は完了する。


11

 他の班と合流しつつ洞窟の外に出るとすっかり日は暮れて夜となっていた。
 ぼんやりと照らされる月光が網膜に優しく染み込んでいく。
 『ベイビーマグナム』の無傷の勝利と敵エリートの生け捕りに成功した報告が重なって、我らが上官フローレイティアの無線越しの声は珍しく上機嫌だった。次に踏んでもらうときは少し優しくしてくれるに違いない。
 迎えのヘリが到着するまでにはまだ少し時間がある。

「そういえばアリアさん」
「はい、なんでしょう」
「結局あんた達『信心組織』は何を追いかけていたんだ?」

 部隊の誰もがずっと知りたかったシンプルな疑問に対して、アリア=スピカは相変わらず無機質に答えるだけだった。

「私はただとあるオブジェクトをついせきしろとめいじられただけです。それいじょうのことはしりません」
「とあるオブジェクト?」

「ええ、なまえはたしか『ダンタリオン』。しょぞくしている『情報同盟』では『ウェブ004』とよばれる機体です」


幕間


「やぁ、首尾の方はどうかな?」

『きかなくてもわかっているくせになにをいまさら』

「いやいや、私だって無知で博識かつ愚かしくも賢しい有象無象の『第一市民』の一人に過ぎない。神のように全知全能なんて畏れ多い。だからこの騒乱の引き金を引いた君の口から直接聞かせてもらえるとありがたい」

『あいかわらずあくしゅみね。……31きあつまったオブジェクトのうち、すでに10が撃破、もしくはたいはすんぜんのためてったい。そうぞういじょうにはやいしょうもうのペースに、かえってかくせいりょくのうえは戦力のついかとうにゅうをしぶってしまっているといったところかしら』

「素晴らしい!流石は『アルカナ』に選ばれた精鋭だ。まったくいつも惚れ惚れするよ。さぁ君の望む自由まであと少しだ!それまでは共に歩んでいこう!」

『しらじらしいざれごとはけっこう。つぎに私はなにをすればいい?』

「そうだね。10減ったとはいえまだ少し多い。『住みやすい都市』は静かでなくてはならない。もう5つほど間引いてくれると助かるんだが。やってくれるかな?」

『そうやって「命令」じゃなくわざわざ「お願い」するあたり、ほんとうに性格がわるいわよね。そういうところがだいきらい』

「そう言いつつ引き受けてくれる君のプロフェッショナル気質を私は好ましく思い、故に高く買っているのだがね。よろしく頼むよ、『女帝』」

『むしずがはしるけれどうけたまわったわ、「市長」』

「全ては『ネバー』のために」

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