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『銀塔の虚栄都市』第四章②』

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匿名ユーザー

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 異色の小型機とはいえオブジェクトと生身の人間との無謀極まる激突が始まる。

 脚さえ廃した完全な球。
 それがドミニーク=G=ラスティネイルにとって『キャロライン』を駆る際における最適な戦闘形態であった。

『アドレイド、君がクロスボウによってハッキングを行うことは知っている。だから、私は装甲の厚さに偏りが生じる変形は使わない。積み重ねた質量に任せてただ轢き潰す。実に分かりやすいだろう?単純明快な暴力に屈しろ。虫けら共』

 道路を舗装するロードローラーのようにゆっくりとプレッシャーをかけて迫ろうとする敵に対して、クウェンサーとアドレイドが最初に取った行動は攻撃では無かった。

「──────フッ!」

 短く抜くような息と共にアドレイドが前方に何か缶状の物体を複数個ばら撒く。

 カランカランと床を滑っていくその正体はスモークグレネード。

 有り体に言えば煙幕。
 ネズミ花火のように回る本体から噴出される煙がフロアの一角に充満し、『キャロライン』の視界を遮った。

「(いまのうちにこっちへ!)」
「(っ!)」

 煙を感知したスプリンクラーが作動して天井から雨のように水が降り注ぐ中、クウェンサーはアドレイドに手を引かれて広大な執務室を駆け抜けていく。

『何かと思えば目眩ましか。小賢しい。そうする他無いのは理解出来るがね。ならば存分に逃げ給え。私から遠く離れる程に寿命が延びるのかもしれないのだから』

 こちらを追うことはせずにその場で不動を貫くドミニークからの嘲りを無視して、二人は煙のカーテンに包まれながら立ち並ぶ柱の一つに身を潜めていた。

「(挑発して私たちをつろうとしているだけよ。はんのうしてはダメ)」
「(わかってる。無鉄砲に走り回らずに下手に動かないのは口ではああ言っておきながら、一応は俺達を警戒しているからだろ。クソっ、素人の癖に思ったよりも慢心していないな)」

 索敵の目から一旦逃れることは出来たものの、ここは壁の無い丸々一階層。
 隅々まで精査されたらいずれ発見されてしまうのは確実。そして、そうなってしまえば到底人間の脚では『キャロライン』を振り切ることは出来ない。そもそも速度と体力が違いすぎる。
 そのような事態に陥らないためには、何はともあれ先ずは作戦会議だ。
 音を拾われてしまわないよう最小限の声量で互いの意見を交わしていく。

「さて、どうしようかしら。なげたスモークグレネードには対人センサーをごまかすチャフがまぜられているとはいえながくはもたないわ。なにか妙案はある?ドラゴンスレイヤーくん」
「その片割れしかいないっていうのにいきなり丸投げかよ……」

 とはいえ頼りにされているなら何か策を練らなければ。
 オブジェクト開発設計士希望の少年の得意分野は頭脳労働である。
 とすれば最初にやるべきことは情報の整理か。

「アドレイド。戦闘のプロでもあるあんたに聞きたいが、正直なところ俺達の手持ちの装備でアイツを破壊できると思うか?」
「そっちょくにのべるならきびしいと言わざるおえないでしょうね。矢も銃弾もあのキューブ装甲のまえでははじかれる。ダメージをあたえるには携行ミサイルいじょうの火力がひつようだけれど、あいにく今はもっていない。つまりは真正面からいどんでもまず勝てないわね。あなたのほうは?」
「俺も似たようなもんだ。手持ちのハンドアックスはそれ程多くはない。全部使い切る勢いでありったけの量の爆風を集中させればワンチャンあるかもしれないが、相手は動き回っている以上最高効率でダメージを与えるのは難しい。そして、倒し切れなければそこでゲームオーバーだ。だから、工夫して確実に仕留められるシチュエーションが必要になる」
「となると……」

 単純な火力では足りないとなれば、何か要素を加えて満たす他は無い。
 幸い利用出来そうな要因ならばすぐ目の前に広がっている。
 即ち─────。

「『地形』を活かすしかないわね」
「だな」

 クウェンサーは顎に手を当て、このフロアに存在していたものを思い返してみる。
 今持っている手札で足りないというのなら、「環境」という「山札」から新たな一枚を加えて起死回生を狙っていく。
 これまでもそうやって彼は数多のオブジェクトを退けてきた。
 一見絶対無敵の怪物にしか見えずとも、そんな物はただの虚像。

 人の手で造られた物は人の手で必ず壊せる。

 此度の『キャロライン』にだって存在するはずだ。
 倒すための手段が。

「ふーむ……」

 煙が充満する前の風景を思い返してみた所、この執務室はシンプルな構造だが本当に何も存在しない空間というわけではない。
 こうして身を隠している柱を始めとした物体という意味での「オブジェクト」が幾つか散見されていた。
 それらの中のどれかが『キャロライン』撃破の糸口となればいいが。

「そうだ。手っ取り早くお姫様に火力支援要請を送ってあいつだけぶち抜いてもらおう」

 とはいえ取り敢えず一番頼れる戦力に期待を馳せてはみる。

「ほんき?たぶんあの子はいまじぶんの身をまもるのにせいいっぱいでそれどころじゃないとおもうけど。かりに砲撃できてもかなりはなれているから、あらぬほうこうに着弾して一般人にひがいをだすのが関の山ね」

 甘ったれた机上の空論野郎のナメた提案は女スパイによっていとも容易く一蹴された。
 当たり前である。

「言ってみただけだ。そんなマネすればどうせ命中しても俺達も巻き添えで丸焦げになる。……そういえばスプリンクラーで床が水浸しになっていたな。最初の『キャロライン』を倒した時みたい滑らせることはできないか?」
「ムリね。ただの水ていどではあれだけの重量から摩擦はうばえない。横転させるにはまたたいりょうの石鹸か油がひつようになるわ」
「じゃあ、『外』に落とすのは?流石のあいつも地上500mの位置エネルギーと自重が生み出す衝撃はひとたまりも無いはずだ」
「さっきあげてくれたすべらせる作戦でじめつがさそえるなら賛成していたでしょうけれどね。それがダメな以上にんげん2人でおしてどうにかなるあいてじゃないわ。現実的にはほど遠い」

 次々と案が捻出されては却下されていく。
 だが、無駄にはならない。
 こうした意見の取捨選択の積み重ねこそがノミと槌で岩塊の形を整えるように余分な部位を削ぎ落とし、いずれは勝利という名の彫像(トロフィー)の完成へと導いてくれるはずなのだから。

「……だったらそうだな」

 そうして幾つかのやり取りを経て、『キャロライン』打倒作戦は練り上げられていき、「完成」の時は訪れる。

「──────するっていうのはどうだ?」
「──────?────────────、──────」
「──────────────────を預けておく。その代わりに────────────。かなり際どいが行けるか?」
「えぇ、やってみましょう。どうやらそれしか方法はなさそうだもの。それにそういうつなわたりは大得意よ。あなたもごぞんじでしょ」

 今更リスクは承知の上ということを示すように、クウェンサーの立てたプランに女スパイはウィンクで応える。

「それじゃあ行くぞ」
「まかせてちょうだい」

 一通り打ち合わせは終わりを迎え、実行に移す段階がやって来た。
 手始めに耳を澄ませて周囲を探るが今のところ付近からは『キャロライン』の気配を感じない。

 しかし、異変はあった。

 操縦士エリートとしての空間把握能力に長けるアドレイドが先に「違い」を察知する。

「まって、けむりが晴れるのが早い。ここは無風の屋内だからこうかがきれるにはまだじかんがかかるはずなのに」

 彼女の言う通り、周囲を見渡すと視界がはっきりと戻りつつあった。
 つい先程までは1m前方の様子でさえ伺えなかったのに、今では天井の照明であれば随分と先まで視認することが出来てしまっている。
 自分達が関与していない変化。
 明らかに好ましくないイレギュラーな事態が発生していた。

「一体何が……?」

 その時、バリンッという何か硬質な物体が割られるような音が聞こえた。
 一度だけではない。
 立て続けに何度も。

「ガラス……?」

 皿か何かだろうか?
 否。これはもっと大きな物が壊れる音。
 自分達でない以上この階層にいるもう一人、ドミニークの仕業だろう。
 奴は棒立ちのカカシではなく、狡猾なハンター。
 煙に阻まれたからといって、獲物を炙り出すための手段を講じないわけがなかったのだ。
 薄まったスモークとの因果関係を鑑みてクウェンサーは敵の目的を直ぐに悟った。

「あいつ……!窓を割って無理矢理『換気口』を作ったんだ……!」

 強化ガラスに勝る『キャロライン』の頑強さと窓際から落下しないドミニークの精密な操縦技術があってこそ成り立つ芸当であった。
 奴の目論見通りに締め切られた執務室内に風の通り道が出来上がり、滞留していた煙がみるみる『アンナマリー』の外へと排出されていく。
 後に残るは柱の樹林という殺風景と人間二人。
 ─────故に。

『そこだな』

 身を隠していた場所が露呈するのは必定であった。

「「っ!!」」

 発見と同時に暴威を伴った殺人兵器の突撃が殺到する。 
 装甲の厚さに基づく重量は単純極まりないただの全速力の体当たりを人間が原型を留めない挽肉へと変える威力にまで跳ね上げている。
 例えアサルトライフルで迎撃しようとしても無意味。足止めにすらなり得ない。
 寧ろ固さと回転で弾き飛ばれた跳弾がこちらに跳ね返ってくる恐れがある。
 よって迂闊な発砲はせず、ここで専念するは回避。
 緊張のせいで爆発しそうな程にうるさい心音を頭の中で響かせながら、クウェンサーとアドレイドはタイミングを合わせて横へと飛んだ。

「おおおおおおおおおオオオオォォォォォォッッ!!」
「…………ッ!」

 鋼の塊が自分の僅か数cm横の空間を猛スピードで抉り抜けていく。
 ブォンッという重たい物体が通過した際に生じる特有の風が顔面を吹き抜けて、滴る冷や汗を一瞬で気化させた。
 致命の一撃を何とかやり過ごせたが、今のはただの紙一重の幸運。
 有限の体力と生存の確率は繰り返す程に削られていく。尽きたその時こそが一巻の終わりだ。

「まったく、心臓にわるいわね。それはそれとして『ポイント』までからだはもつかしら?」
「あぁ、大丈夫だ。まだ行ける。どうやらドミニークは『狩りやすい獲物』、つまりは俺を優先的に狙っている。だから、俺が奴を引き付けている隙にあんたは自分のやるべきことをやってくれ」
「……わかったわ」

 小さく頷くとアドレイドは足を忍ばせて、フロアのどこかへと消えていった。
 それで良い。
 ドミニークを倒す算段自体はか細い希望であるものの既に練ってある。
 だが、それを実行するにはアドレイドの工作と『キャロライン』の猛攻を躱しながら約束の場所まで辿り着く必要があるのだ。
 まだまだ勝負は始まったばかり。
 たった一回きりの肉薄でグロッキーになっている場合ではない。

(そうだ。今はただ避け続けろ。奴から目を逸らすな。体力の消耗は最小限。倒れても直ぐに起き上がれるように上手く受け身を取るんだ……!)

 そうして二度、三度、──────。
 右、左、左、右、左、右、右、左。
 時に跳び、時に転がり、時にスライディングし。
 死と隣合わせの交差を重ねていく。
 勘付かれないように。
 気取られないように。
 悟られないように。
 今にも吹き消されそうな淡い祈りを積み上げてクウェンサーは目的地への歩みを進めていった。

 しかしながら、一方で─────。

(やっぱりだ)

 現在進行系で幾度となく訪れる生命の危機に晒されつつも、クウェンサーの頭は幾らか冷静さを保てていた。
 原因はとある確信。

(ドミニークはけっして柱ごと薙ぎ倒して俺を仕留めようとしない)

 何度か回避の際に柱の陰に飛び込んだが、『キャロライン』はその度にこちらを深追いせずに素通りして仕切り直しをする様子を見せていた。
 柱の直径は成人男性の胴よりかなり太いものの、『キャロライン』の全力の体当たりを持ってすればへし折ることは可能だろう。
 尚且つ数を減らせばそれだけ獲物が隠れる遮蔽物が無くなっていき、より有利な状態へと持ち込み易くなる。
 最悪確実に息の根を止めるなら天井を支える最低限だけの数を残して間引くという乱暴な方法を取ってしまえばいいはずなのだ。

(なのに実行しなかった)

 つまり立ち並ぶ柱には柱以上の意味と価値、そして役割を持っているのだと推察することが出来る。
 その「役割」とは。

(この柱は『アンナマリー』のエネルギーを供給する「血管」。即ち、この街とあいつにとってウィークポイントだ)

 現在『ネバー』外部では夥しい数を誇る連合軍のオブジェクト達を『アンナマリー』がたった一機で相手取っている。
 即ち防衛における要。異常を来して破壊されてしまっては全てが瓦解してしまう。
 だから何かの不手際で、ましてや自らの手で誤って壊したくはないのだろう。
 深追いして来ない理由はおそらくここにある。

(さて、ここまでは思っていた通りだ。後は「ポイント」まで俺が無事でいられるかだな)

 既に息は上がり、固い床の上で叩きつけられるような回避を何度も行ったおかげで全身から打ち身による痛みが発せられている。
 しかし、「ポイント」まではあと僅か。
 もう一度だけ躱すことが出来ればドミニークを打倒するための準備は整う。
 だがしかし、身を隠せる柱はどれもここからでは遠い。
 結局、最後に頼れるのは己の勘と反射神経のみということか。
 クウェンサーは周囲を旋回する怪物兵器を注視して姿勢を低くし、回避のタイミングを測る。

(大丈夫だ落ち着け。ギリギリまで引きつけてから横に飛ぶ。それだけでいい。そうやって今までやり過ごせていたんだ……!あと一回、あと一回だけ……!)

 己に言い聞かすように心を奮い立たせている彼の意など介さず、『キャロライン』が狙いを定めて真正面から迫り来る。

(来たっ!右と左、どちらが正解だ!?これは─────、右!右だ!右に飛べっ!)

 しかし、そこでドミニークはクウェンサーの予想打にしない一手を繰り出してきた。

 見えない壁に阻まれたかのように『キャロライン』は衝突の数m手前でピタリと止まる。
 つまりは。

(なっ……!?ここでフェイントだと!?)

 「慣れ」という毒に精神を蝕まれた頃合いを見計らって回避を誤発させるための罠。
 ドミニークは知る由もないが、それが最悪のタイミングで作動させられた。
 まんまと嵌って心身共に呆気に取られたクウェンサーはバランスを崩して転倒する。
 眼前の敵を前にして致命的とも言える無防備を晒してしまう。

(まずっ──────!)

 勿論、そんな絶好の機会をドミニークが見逃すはずも無く。
 間抜けを葬り去るべく『キャロライン』を急発進させる。

(こんな単純な策に何引っ掛かってんだよ大馬鹿野郎っ!早く身体を起こせ!敵は待ってはくれない!急げっ!)

 極限の緊張によって加速する思考。
 身体を置き去りにして、スローモーションのようにクウェンサーの時間感覚だけが無意味に引き伸ばされていく。

(直撃だけはどうにか……!体を捻って……!いやダメだ間に合わな、無────死……っ!!)

 その時、横合いから誰かの手が伸びてクウェンサーを『キャロライン』が通過するラインの外へと突き飛ばした。
 そんなことが可能なのは一人しかいない。
 この階にいる人間はクウェンサーとドミニークと──────。

(アドレイド!?どうしてっ!?)

 一瞬だけ両者の目と目が合う。
 声は聞こえずとも、クウェンサーはアドレイドの口の動きで伝えようとした内容を確かに把握した。

 「あなたがたおしなさい」、と。

 そして刹那の後、少年のいた位置に女スパイが入れ替わりで収まる。
 その対価は己が身。
 だが衝突の間際、彼女は僅かに微笑んでいた。
 その儚げな表情を網膜に焼き付けた直後、体感時間は元の早さへと戻る。

「アd─────!」

 言葉を塗り潰してクウェンサーの耳に突き刺さるのはグシャリという無惨な激突音。
 次に視界へ飛び込んで来たのは自分の身代わりとなり、悲鳴すら上げられずに跳ね飛ばされて床に投げ出された命の恩人。

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインがうつ伏せの状態で横たわっていた。

「アドレイド!」

 反射的に名前を呼んだがピクリとも反応を示さない。
 意識を失っているのか。或いは─────。

「アド……レイド……、………づ………っ!」

 今直ぐにでも彼女の容態を確認したい。
 もし生きているのなら適切な処置をすればまだ助かる可能性は有る。
 しかし、側に駆け寄ろうとしたクウェンサーの行く手を『キャロライン』が沮んだ。

「そこを退けクソ野郎……!」
『順番こそ逆になってしまったがまず一人目だ。「獲物が油断し切ったところで隠し札を切る」。狩りの定石さ。中々上手くやっただろう?それにしてもアドレイド……。まさか他人を庇って散るとは実につまらん最期だ。情に絆されたスパイ程無価値なものはない。君もそう思わんかね?』
「くっ………………!」

 アドレイドの献身を侮蔑するドミニークに対して、怒りと悔しさで感情を爆発させそうになったが寸前で踏み止まる。
 何の為に彼女は自らの身を捧げたのか。
 声無き最後の言葉の意味を噛み締めてクウェンサーは倒すべき敵を睨みつけるに留める。
 その心の中では闘争心の炎へ薪を焚べながら。

(あぁ、わかったよアドレイド。用意周到なあんたのことだから「仕込み」を完璧に終えた上で俺を助けたんだろ?だったら無駄にせず俺が必ずやり遂げてやる。だから、死んでいてくれるなよ。あんなのが最後の別れだなんて絶対に許さないからな!)

 自己犠牲に殉じた女スパイの生存を信じて、少年は誓いを新たに作戦を続行する。
 彼女のおかげで「最後の一回」を超えることが出来た。
 いよいよここからが反撃開始だ。

「ちくしょうっ……!よくもアドレイドをっ!」

 とはいえいきなり何か派手な行動を起こすわけではない。
 クウェンサーはジリジリと悔しさと恐慌を滲ませた表情を顔に貼り付けて後退りをする。
 攻勢に転じた者には到底見えない行為。
 しかし、それで構わない。既に逆襲は始まっているのだから。

(惨めったらしくてもいい。情け無くてもいい。見苦しくてもいい。まずは油断を誘え)

 ここでドミニークにまだ何かを企んでいるように悟られて警戒態勢を取らせてしまってはダメだ。
 生へしがみついて死から逃れようとする素振りを見せなければならない。
 頼れる相棒を失い、一人ではこれ以上何も抵抗する術を持たない凡夫だと錯覚させるために。

(もう少し、もう少しだけ……!)

 一步、また一步──────。
 気付けばガラスを失ったフレームから流れ込む風に背中一面を撫でられていた。

 (──────フロアの最果て、窓際に辿り着いた…………っ!)

 ふと足を動かすと爪先に何かが触れた。
 コロコロと転がるそれは辺りの床に散乱するアサルトライフルの弾丸。
 アドレイドが発砲した物だ。
 その存在に気付いていたのはドミニークもまた同様であったようで。

『私が「キャロライン」に乗り込んだ最初の地点に一周して戻って来たか。滑稽極まりないな。まるで君達が行ってきたことが全て無駄だったと示しているようではないかね』

 二人の行為が徒労であったことを強調するかのようにドミニークはわざとらしい溜息を吐く。
 やはり彼は楯突いてきた敵を甚振ることに関して余念が無い。

『さて、もう行き止まりだ。まったく、さっきの威勢はどこにいったのやら。私を倒すのではなかったのかね?これではアドレイドが犠牲になった意味がますます無いな』
「…………………………」
『彼女のおかげで少しは生き長らえたんだ。こちらとしてはもう少し面白おかしく踊ってほしかったものだが。あぁ、そうだ少年!人生の終わらせ方くらいは自分で選んでみてはいかがかな?私に「島国」のセンベイのようにペシャンコにされるか、それとも「正統王国」らしく名誉を優先してそこから飛び降りるか。好きな方を──────』

 だからこそ、付け入る隙が生じる。

(──────そこだ!)

 ダラダラと長々話しながらゆっくりと近付いていたことが仇となった。
 乗機を加速させれば2秒後には獲物を轢き潰せていたであろう位置。
 そここそがクウェンサーが誘い込まんとしていた「ポイント」であったことにドミニークはその時まで勘付くことが出来なかった。
 『キャロライン』が「ポイント」の真上を通過すると同時に無線機のスイッチが押される。

 目が眩む閃光。
 鼓膜に轟く爆発音。

 炸裂したのは『キャロライン』のすぐ側に立っている柱に貼り付けてあったハンドアックスであった。
 そして鋼の球体を覆い尽くす衝撃と炎。
 装甲車程度であれば容易く撃破せしめる威力の爆風が機体を覆うようにまともに浴びせられる。

 ──────が、しかし。

「そんな……」

 ほぼ無傷。
 『キャロライン』は健在なまま佇んでいる。
 寧ろ、爆破の起点であった柱の方が表面を剥がされて内部の回路を覗かせているなど大きな損傷を被っている有様であった。
 そもそも装甲車など「旧世界」由来の時代遅れの遺物。
 対して『キャロライン』は最新兵器たるオブジェクト。
 多少床を滑りはしたが、本体への損傷は装甲の薄皮一枚が焦げただけで揺るぎない安定感を保っている。

「クソッ………………!」

 クウェンサーは毒づいてその場にへたり込む。
 最早彼に体勢を立て直して逃げ回る体力は無い。
 底をついた。空っぽ。エンプティ。
 これ以上の追いかけっこは不可能
 つまりはここが彼にとっての限界。
 一方で、最後っ屁が通じず最早抵抗手段を失った雑魚に対してドミニークは高らかに勝ち誇っていた。
 どこまでも見下して敗北感を煽るのが勝者の当然の権利とでも言うように。

『ふぅ、危ない危ない。いやはや少しだけ驚いたよ。自ら囮となっている間にアドレイドに爆弾を持たせて設置させていたとは。役割を逆転させたのは私の心理的な隙を突くためか。見事だ。だが、あの程度の爆発で「キャロライン」を吹き飛ばして地上に落とせるとでも思ったのかね?』
「…………………………」
『甘いな。度し難い程に。弱者は弱者なりに知恵を振り絞って小細工を弄したつもりだったのだろうがご覧の通り「キャロライン」は健在だ。実にご苦労』

 ドミニークの言う通り、確かにオブジェクトと比べれば生身の人間たった2人は「弱者」だっただろう。

「……違う」

 だが、彼らは「弱者」であっても全てを諦めた「敗者」ではなかった。
 だから、クウェンサー=バーボタージュは否定する。

「まだ終わっちゃいない!」

 そう言って徐ろに後ろへ手を回すと背負っているバックパックから何かを取り出した。
 その正体はカーボンと強化プラスチックで組まれた射撃武器。
 即ち、折りたたみ式のクロスボウを。

『…………………………ふん。アドレイドへ一方的に爆弾を渡していたのではなく、そのガラクタと交換していたわけか。だが、今更そんな物で何をするというのかね?』

 ドミニークの反応は冷ややかだった。
 それもそのはず。
 鉄壁の『キャロライン』に弾かれるのが関の山のオモチャを恐れる要素などどこにもないのだから。現に先程は至近距離での爆発にすら損傷軽微で抑えてみせた。
 なので目の前の少年の行為はただの見るに堪えない醜い悪足掻きにしか写らない。

『君も男だろう?潔く諦め給え。そもそもそれだけの貧弱な装備だけでオブジェクトへ挑むなど最初から蒙昧甚だしい無謀極まる思い上がりだと気づけなかったことこそが君達の敗因だったのだよ』
「それはどうかな?」

 一方でどれだけ詰られようともクウェンサーは不敵な笑みを返してみせた。
 自暴自棄に基づいた諦観によるものではない。
 その目に宿る光の強さはまるで自らの勝利を確信していたかのようで─────。

『「それはどうかな?」、だと?まるでここから逆転する方法があるかのy
「なぁ、あんたの横にあるそれ」

 ドミニークの言葉を遮ってクウェンサーが顎で指し示すのは『キャロライン』の傍らに立つ中途半端に壊れた柱。

「『アンナマリー』の動力が生み出す莫大なエネルギーが通っている大動脈なんだろう?」

 ドラゴンスレイヤーの片割れは探偵が犯人を追及するかのように自らの推察を突き付けていく。

「例えば主砲への電力供給とか。平時は知らないけど連合軍を相手にしている今なら確実にドバドバ中に流れているはず。違うか?」
『………………それがどうした』
「俺がハンドアックスで破壊したかったのは『キャロライン』なんかじゃない」

 矢は既に装填されている。
 後は指を押し込んでトリガーを引くだけでよかった。

 ──────ヒュンッ!

 風を切る音と共に銀の弾丸は『キャロライン』──────ではなくその直ぐ横に立つ柱の損傷箇所へと突き刺さった。

「そいつが真のターゲットだ!別に折れなくても、表面を壊して回路を露出させるだけで構わなかった!後は矢でハッキングして暴走させれば良かったからな!」
『………貴様っ!』

 漸く敵が何を目論んでいたのかを察したドミニークはその場から退避しようとするが、クウェンサーは決して逃がすまいとこれまで積み重ねて来た布石を発動させていく。

「思い出せよ。そこは最初にスモークグレネードを投げた時にスプリンクラーが作動して水浸しになった床だ」
『……………………っ!』

 クウェンサー=バーボタージュとドミニーク=G=ラスティネイル。
 ちょうど彼らはそれぞれ乾いたエリアと濡れたエリアの境目付近にいた。
 まさしくそれが両者の命運を分ける。

「『獲物が油断し切ったところで隠し札を切る』。狩りの定石、だったか?そっくりそのまま返すよ市長サン」
『ふざけるn──────!!』

 ドミニークが苦し紛れに何かを叫んだが既に手遅れだった。

 暴走を促されたことによって執務室全体を照らす閃光が瞬く。
 それと同時に柱から漏れ出た都市機能を賄う程のエネルギーは莫大な電力の奔流となって『キャロライン』に襲い掛かった。
 危険域から逃れようとしてはいたが、既に床はクウェンサーが告げた通り作動したスプリンクラーによって水浸し。
 通電させるための「導火線」は完成してしまっている。
 チェックメイト。
 最早逃げ場はどこにも無かった。

『この……!この私が……っ!があああああああァァァァァァッ!!』

 幾ら分厚かったとしても、前提としてキューブ装甲の一つ一つは精密機械に過ぎない。
 そして多少の耐電処理は為されていようが、電圧の桁が違い過ぎる。 
 碌な身動きすら取れずに迸る電流により『キャロライン』はスパークし、機体そのものを太陽のように光り輝かせた。
 一方で見事奇策に嵌めた側のクウェンサーはというと──────。

(やばいやばい!流れ電気に巻き込まれる前に退避しないと……!)

 季節外れのイルミネーションに見惚れている余裕など全く無かった。
 完全に腰が引けてしまっており、立ち上がろうにも覚束ない。
 このままではドミニークよりも先に黒焦げ死体が出来上がる。

「はやくはなれるわよ!ぬれていなくてもここも危険よ!」
「!」

 そうなる直前で何者かに襟首を掴まれて身体を起こされた。
 救いの手の正体は生死不明のまま横たわっていた女スパイ。

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインであった。

「アドレイドっ!?あんた生きて……!」
「今はいいからいそいでっ!」

 頭の片隅では最悪の事態の可能性を想定していただけに驚愕で目を丸くするクウェンサーであったが思わぬ再会の余韻に浸る間もなく、アドレイドに促されるまま全速力で爆心地から距離を取るべく背を向けて走り出す。
 背後を振り返ると感電した『キャロライン』は内部からショートさせられたことによってポロポロと全体のシルエットを崩しながらキューブ装甲が剥がれ落ちていき、本体を露出させていた。

『ぐ、おおおおおおおぉぉぉぉォォッ!!まだ、だ……!終……わ…………らっ!!』

 それでも『キャロライン』は全壊せず、ドミニークは力を振り絞って脱出を図ろうとしていた。
 身軽になった機体を動かしてどうにか安全圏へと逃れてみせる。
 そんな敵ながら彼の凄まじい執念にクウェンサーは思わず驚嘆の声を漏らす。

「おいおいマジか……。あれだけやられてまだ動けるのか!?」
「ええ。でも、それまでみたいね」

 確かにそこが『キャロライン』の限界であった。
 直後に安全装置が作動したのか、ドミニーク=G=ラスティネイルは脱出口から吐瀉物のように排出された。 
 それなりの勢いだったおかげで『ネバー』の王は何度も跳ねながら床を転がる。

「ぐっ……ぁ……がはっ!」

 しかし、まだ息はあった。
 尚且つ四つん這いで身体を支えるだけの体力まで残っていたらしい。
 全身を震わせている原因は痛みか屈辱か。あるいはその両方か。

「認めない……絶対に認めんぞ……!許されて良いはずがない……!たかがこんな小物二人風情に私が操る『キャロライン』が破壊されるなんて……!」

 うわ言を呟きながら這いずってどこかへと逃走を図ろうとするが、その行く手をアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインが立ちはだかって阻んだ。

「なんと言おうとけっかは見てのとおりよ。あなたはまけたの」
「違うっ!私は負けてなどいないっ!!認めるか……。認めてたまるものかこんな馬鹿げたことなど……っ!そ、そうだ!聞いてくれ!」

 かつての部下を見上げる姿勢で顔を引きつらせるドミニーク=G=ラスティネイルは自己弁護を説き始めた。

「今でこそ住民は限られるが私が全てを掌握した暁にはかき集めた資産を世界全体で均等に分配するつもりだったんだ!その最初の足がかりとしてこの理想郷たる『ネバー』を作ったのだよ!私が管理することで完全な平等が実現した恒久的な平和を齎すために!」

 政治家らしいよく回る口で何やら自分の正当性を主張しようと並び立てているがクウェンサーとアドレイドにとってはどうでもいいことだ。
 彼らに課された作戦の目標は最初からドミニーク=G=ラスティネイルの抹殺。
 それ以外の結末は最初から用意されていない。

「私にケリをつけさせて」
「だろうな。だったらこれをまた預けるよ」

 黒幕の戯言を他所にクウェンサーはアドレイドに手のひらサイズに丸めた粘土状の塊と無線機を手渡す。
 これだけあれば十分だろう。

「丁度これだけ余ってた。思いっきりかましてこい」
「あら、気がきくのね。ありがとう」

 短い感謝を少年に告げてアドレイドはかつてのボスへ歩み寄ると胸倉を掴んで無理矢理起き上がらせる。

「何故わから──────ごっ……あ……っ!」

 そして、握っていたものをまだベラベラと詭弁を垂れ流しているドミニークの腹目掛けて掌底を食らわせる形で捩じ込んだ。
 叩き込まれた衝撃に彼は悶絶して後退りする。

「これでヨシ」

 アドレイドが手を引くと鳩尾付近に付着していたのはハンドアックスの一欠片。
 それに気付いてこれから自分の身に何が起こるのかを漸く理解したこの街の王は目を剥いて訴えかけようとする。

「待てっ!待ってくれ……!」
「………………………………………………」

 しかし、アドレイドは当然の如くそれを無視した。
 ただ黙ってゆっくりと自分の人生におけるケジメ、その象徴である男へと再び歩み寄る。

「やめろっ!止まれっ!クソっ!これまでの恩を忘れたのか!?あれだけ報酬を支払って来たというのに……!」

 男にこれ以上の逃げ場は無い。彼の背後には彼自身が空けた巨大な怪物の口のような風穴が待ち受けているのみ。
 直様両者の距離はゼロまで詰められた。

「さいごにあなたにおしえてあげる」
「金なr

 耳障りな命乞いを最期まで聞き届けることなく、アドレイドがドミニークを窓の外へと蹴り飛ばす。

「『住めば都』」

 そして、ただ一言告げると同時にハンドアックスの起爆信号を送る。

「────ぁ──っ」

 直後、地面に激突することも叶わずドミニーク=G=ラスティネイルは空を汚す花火となり咲き誇った。

 押し付けられた理想郷なんていらない。
 「居場所」とは誰かに与えられるものではなく、自分で作り上げるもの。

 そんな当たり前の事すら見失っていた此度の事件の黒幕は、かくして自分がこき使ってきた誰でもない女によって破滅を迎えたのであった。

15

 ピーーーーーー──────────。

 『ネバー』のどこかに存在するとある空間に電子音が鳴り響く。

 「──────父さん?」

 『アンナマリー』のコックピット。
 その波立つことの無い平坦な音を耳に入れた操縦士エリート、ローアイン=ラスティネイルは驚きに目を見開いていた。

(そんな……まさか……)

 都市内において最優先の保護対象である市長であるドミニーク=G=ラスティネイル。
 彼の心音バイタルは息子であるローアインによって24時間モニタリングされており、何かあった時には直ぐ様察知出来る仕様となっていた。

 それが現在停止の信号を表示し続けている。

 当初は計測機器の故障を疑って父に向けて直接コールを送った。しかし何度行っても、どれ程待とうと応答は無い。
 これが指し示すのは即ち─────。

 父は討たれ、既にこの世のどこにもいないという紛れも無いただ一つの事実であった。

「…………………………………………」

 父という男は政治家、陰謀家としては優秀。
 一方で人間、夫、親としては間違いなく最低。

 それがドミニークに対するローアインの揺るがぬ評価であった。
 我が子に虐待紛いの教育を施し、「最愛の妻」と宣った母でさえも選挙のプロパガンダに利用して見殺し同然に死なせた。
 例え家族であろうと自分以外の人間は「利用出来る」か「利用出来ない」かで価値を決める。
 あらゆる非道をただ「必要だから」という理由で淡々と行える男であった。

「父さん……、死んでしまったいまとなってもボクはあなたを軽蔑している」

 一人、誰もいない空間で呟く。

「だけど、『ネバー』への愛だけはほんものだった。『理想郷』を地球全土までひろげ、しはいすることで平和をもたらすという野望。……やりかたはどうあれ、その情熱だけはそんけいしていた」

 だがしかし、欲望のままに何もかもを省みずに走り続けた結果。
 『ネバー』は敵を作り過ぎた。
 そして、その原因である父に従っていた自分もまた同罪。
 実際に連合軍に損害を与えてしまっている以上、糾弾は免れ得ない。

(さて、どうしたものか──────)

 これ以上の抵抗は無意味なのかもしれない。
 このまま素直に投降するのが所謂「合理的で賢い選択」というものだろう。
 だがしかし、

(ボクがヤツらにくだったとして、のこされる民衆たちはどうなる?)

 拭い切れない懸念が過る。
 歴史において敗者は勝者によって凄惨な略奪に晒されることを繰り返してきた。
 現代においてはそのような蛮行は国際条約によって禁じられているが果たしてそれは『ネバー』に対して適応されるのか。
 何故なら敵は当に「国際」を冠として掲げている連合軍。
 孤立無援の都市に擁護や便宜を図ってくれる味方はいない。
 加えてどの勢力も少なくない犠牲を払っているのだ。
 その報復として街を土足で踏み荒らさないという保証がどこにある?
 あれだけのエリート達がいて、全員が勝利の雰囲気に酔いしれず理性を保てるものだろうか?

 「どうせ『悪の街』で甘い汁を啜ってきた連中しかいないのだから、ちょっとくらいハメを外して暴れてもいいだろう」と魔が差せば終わりが始まる。
 オブジェクトによる一方的な「正義の制裁」という名の蹂躙は万の人間をいとも容易く殺すだろう。

 それだけは絶対に避けねばならない。
 だとすれば最も『ネバー』や民衆への被害を抑える方法は何か。
 一番上手い「敗北のカタチ」とは一体どういったものか。

(父さんはもういない。げんざいにおける責任者とよべる人間はボクだ。だったら──────)

 ローアインの決断は早かった。
 今この瞬間にも『アンナマリー』で連合軍のオブジェクトを迎撃しつつ、その片手間でもう一人の『ネバー』の守護者へと通信を繋げる。

「アリュメイヤ」
『なーにーローアインくん?こっちはおもったよりもネズミがおおくていまけっこう忙しいんだけどぉ?『アンナマリー』のボンボンエリートさんは「外」のオブジェクトなんてとっくにぜんめつさせたからヒマなったワケ?』
「父さんが死んだ」

 軽口には取り合わずただ伝えたい事実だけを述べる。
 あまり時間は残されていない。この街も、自分も。
 幸い聡いアリュメイアは声の雰囲気から茶化していい状況では無いことを悟ってくれた。

『ふーん、あっそ。──────で?これからどうする?』

 故に早速新たな雇用主に指示を仰ぐ。
 流石はパズルのような機構を持つ『キャロライン』のエリート。
 精神のモードや思考の意図的な切り替えなど朝飯前だ。
 そんなシステマチックで冷淡とも取れる彼女の性質に今は心の中で感謝しつつ、『ネバー』の王を継いだ少年は告げる。

「キミは『民間人を侵入者から保護する』という名目でそのままあばれてから、てきとうなタイミングで投降してくれ。罪をついきゅうされても父さんとボクからおどされたなりなんなり言ってすべてをなすりつけろ。これは命令だ。いいね?」
『……だいたいわかった。そっちは?』
「ボクもおなじさ。なるべくおおくのオブジェクトを道連れにしてからとうこうする。死に逃げなんかしないからあんしんしてくれ。……フフッ、『首謀者の息子』。これいじょう正義感にあてられた連合軍がやりだまにあげるにふさわしい肩書はないだろう?その他おおぜいへの弾劾がおざなりになるくらいには」

 強がりで笑ってみせたが実際のところは押し潰されそうな強迫観念とプレッシャーを誤魔化しているだけ。
 自分がしくじれば街の人々は瓦礫と灰燼に沈む。
 それが何よりも恐ろしい。
 最終的に全てを請け負うとはいえ、アリュメイヤに今すぐリタイアするように促さなかったのは不安を分散する「共犯者」が欲しかったからかもしれない。
 まったく、味方さえも道連れにするとは。
 我ながら父譲りの浅ましさに罪悪感を禁じ得ない。
 だから、謝っておく。
 これから先二度とそんな機会が巡ってこない未来だって十分に考えられるのだから。

「……すまない。キミにとってはムダでしかないわるあがきにつきあわせてしまって」
『まぁ、今月分のお給料はもらってるからね。そのぶんははたらかせてもらいますよーっと。あー、そうそう。ちょっと気合いれるから市長サンがやってたいつものアレやろうよ。全てはナンチャラカンチャラってヤツ』
「……あぁ、そうだな。──────全ては『ネバー』のため。いや、そこに住まうひとびとのため。まかせたよ、アリュメイヤ」
『あいよー。全て「ネバー」のため。そんじゃ、いってきまーす』

 誓いを交わし合い通信を切る。
 再び一人きりの空間。
 コックピットの中でローアインは『アンナマリー』の操縦レバーを強く握り込む。

「そうだ。これでいい……」

 例え所詮は薄っぺらい金メッキで塗られた偽物の「理想郷」であったとしても。
 搾取する側とされる側の根本的な問題を見て見ぬふりをしていたとしても。
 実際は真の幸福から随分遠くに位置していたとしても。

 それでも自分にとっては育ち生きてきた故郷であり居場所だ。
 だから、

「ボクは『ネバー』を……、どんな手をつかってでもこの街をまもる──────!」

 手段や方法は選ばない。

 疑心暗鬼に蝕まれ。
 抱いた覚悟と決意は既に暴走していることにも気付かずに。
 少年は更なる戦いに身を投じていく。

 果たしてその選択は本当に正しいのか。
 流れる血をより少なくすることが出来るのか。
 彼はまだ何も知らない。

16

 黒幕を無事倒すことに成功して一段落。
 柱から漏出していた電流は今はもう収まっている。
 おそらくノエルが開発したウイルスの効果は一時的なもので、『アンナマリー』の電子的なセキュリティによって既に無効化されてしまっているのだろう。

「それにしても……」

 そのような戦いの痕跡が残る執務室にて、クウェンサーはアドレイドの身体をジロジロと眺めていた。
 断じて女スパイの豊満な肉体による無自覚ハニートラップに引っ掛かっていたわけではない。
 本来なら起き上がることすら困難な重傷を負っているはずの彼女がこうして二本の脚で立っていることが不可解だったからである。

「よくその程度の怪我で済んだな。結構強めに『キャロライン』に跳ね飛ばされていただろあんた」
「あぁ、アレ?衝突とどうじにうしろへとんでダメージを最小限ににがしたの。とはいえとっさのことでかんぺきじゃなかったからすこしのあいだ気絶してしまったけれどね」
「そんな格闘漫画のトンデモ理屈みたいな……」
「うふふ、練習すればあなたにだってできるようになるわよ」

 と口では余裕そうに語りつつ、アドレイドは応急処置としてテーピングサポーターで身体の各所をグルグル巻きにしてアイシングスプレーを吹き付けていた。
 やはりダメージは確実に蓄積している。一見飄々としているように見えて、実はかなり痩せ我慢しているのかもしれない。

「それより報告しなくていいの?あなたの部隊のこわい上官さんにドミニークをはいじょしたことを」
「おっと、そうだな。出来るうちにホウレンソウホウレンソウっと」

 アドレイドに促されてクウェンサーはベースゾーンのフローレイティアへ作戦達成の旨を伝えるべく通信を繋げる。
 ドSなりに心配していたのか爆乳上官は直ぐに応じてくれた。

『クウェンサーか』
「ドミニークの抹殺は完了しました。これで世界を掌握しようとしていたクソ野郎はもういません」
『そうか、よくやった。もっと褒めてやりたい所だが生憎そのような時間は無い』

 「時間は無い」。
 早速嫌なワードが飛び出して来た。
 刻限はいつだって人間から余裕を奪うと相場は決まっているからだ。
 故にフローレイティアは部下を急がせる。

『連合軍のオブジェクトがジリジリと近付きつつある。巻き添えを喰らいたくなければ直ぐにその街から離れろ』
「別行動を取っているヘイヴィアとノエルはどうするんですか?まさか見捨てるわけじゃないですよね?」
『それについては心配するな。先程奴の方から地下のサーバーの破壊に成功したと報告があった』
「だったら俺達の完全勝利じゃないですか!さっさと『アンナマリー』のエリートに降伏勧告を突き付けましょうよ!」
『それならとっくにやっている。まったく、「勝利条件を満たしたからそこで終わり」。事態がそうボードゲームみたいに単純であったのなら良かったのだけれどね……』
「は?」

 混乱して思わず間の抜けた声を漏らすクウェンサーに対してフローレイティアは不機嫌そうな早口で説明を述べていく。

『確かに「ネバー」の野望は挫かれてとっくに趨勢は決している。だが、未だに「アンナマリー」が止まってくれない。抵抗を止めるよう降伏勧告を再三に渡って通達してはいるが、聞き入れられる様子もない』
「わけがわからない。これ以上戦ったって意味無いだろ……」
『それでもこうして今も戦闘は続いてしまっている。向こうに投降する気が無い以上、こちらから実力行使で無力化しない限りこの泥沼は続くというわけだ』

 実際は『アンナマリー』のエリートであるローアインには彼なりの思惑があるのだが、クウェンサー達にその是非を知る術は無い。
 連合軍と『ネバー』の間でどうしようもないすれ違いが生じてしまっていた。

『徹底抗戦には全力で応えるしかない。だから、お前達4名は直ちにそこから退避してこれから送る「ネバー」外周部の座標へと向かえ。そこに遣わせた「ベイビーマグナム」に回収され次第安全圏まで離脱してもらう。以上、無事帰還することを祈るわ』
「……了解しました」

 こうして上官との情報共有は終了する。
 最初から最後までフローレイティアの声には不満の色が滲んでいた。
 当然だろう。
 これより先に持つのは不毛な争い。
 流す必要の無い血が多く流れる。
 他の連合軍の意向がどうかは知ったことではないが、第37機動大隊全体としては不本意極まり無い展開だ。
 果たしてこの殲滅戦はどこまで激しさを増していくのか。
 『アンナマリー』を完全に沈黙させたとて『ネバー』の原型はどれ程残っているのか。
 その過程でシェルターに避難した人々の何割が流れ弾に晒されて犠牲となるのか。
 胸糞悪い想像がクウェンサーの頭の中で膨らんでいく。

「クソッ!!」

 街と民衆への被害を最小限に抑えるように作戦を進めてきたというのに。
 その結果がこの有り様だというのか。
 行き場の無い憤りを発散するかのようにクウェンサーは近くの柱を握り締めた拳で殴り付ける。

「聞いての通りだ……。でも、こんな終わり方なんてアリかよ!?一体俺達は何の為に……!」
「きもちはりかいできるわ。くやしいでしょうけれど、いまはまず私たちがいきのこることにせんねんしましょう」
「そんなことわかってるっ!だからってあんたは悔s

 ズズンッッッ!!!!

 冷淡にも聞こえるアドレイドの切り替えの早さに対してクウェンサーが苛立ちをぶち撒けようとしたその時、『アンナマリー』全体が大きく揺さぶられた。
 地震ではない。
 状況からして人為的な原因に基づくものだろう。
 そして、500mもの威容を誇る巨大建造物にそのような衝撃を与えられるものは自ずと限られる。

「っ!?オブジェクトの砲撃か!」
「まずいわね。連合軍が『アンナマリー』の防衛網を突破しはじめている」

 先程の一発は今いる執務室とは違う階層に命中したおかげでクウェンサーとアドレイドはまだ無事でいられている。
 しかし、その余波は容赦無く二人に牙を剥く。

 バヅンッ!!と。

 自分達がこのフロアに踏み込んだ際に潜った出入り口から何かが千切れる音が聞こえた。
 嫌な予感にクウェンサーの顔がみるみる青ざめていく。

「しまっ……!今のでエレベーターが……!」

 急いで扉へと赴いて脇にあった非常用のボタンを押し、手動で引いて左右に開く。
 広がっていたのは無機質な人工の断崖絶壁と縦に貫く底の見えない暗闇のみであった。

「チクショウ……」

 籠は地上へと真っ逆様に落ちていた。
 おまけに吊るしていたワイヤーは破断してプラプラと頼り無く揺れている。
 これではレスキュー隊のように伝って降りることも出来ない。
 更にここは一般には秘匿されている空間なため、非常階段で他のフロアへの行き来は不可。
 つまりは一階に繋がる唯一の脱出ルートがたった今失われたことを意味していた。

「こんなのどうやって降りれば……!?」
「…………………………」

 思わぬアクシデントにより狼狽えるクウェンサーを他所に無言のままアドレイドは徐ろにどこかへ向かって早足で歩き出す。
 その足取りは闇雲な迷走では無く、何か明確な目的意識を感じさせていた。

「おい、どこに行くんだよ!?」
「知りたければついてきて!」
「?」

 もう昇降機の役割を果たせないエレベーターの前で立ち尽くしていても仕方が無い。少年は追従することを選択する。
 女スパイが何を目指していたかは直ぐに明らかとなった。
 無造作に転がっていたドミニークの遺産。
 即ちもう動かない『キャロライン』の残骸の元へと近づき、出入り口の方へ回ると潜り込んで中身を物色する。
 狭過ぎて一緒に入れないクウェンサーはただ眺めているだけしか出来なかった。

「えーと、これでもない……これもちがう……」
「一体何をやって……」
「ほぉら、やっぱりあった」

 成果は直ぐに現れた。
 アドレイドは脱出孔から手だけを伸ばして折り畳まれたナニカを相方に見せ付けるように掲げる。
 掴んでいたのは折り畳まれたリュックサックのような合成繊維で編まれた物体。
 クウェンサーにとって見覚えのある物であった。
 軍では特に珍しくもないアイテムに加えて、オブジェクト設計士志望の彼はコックピットにそれが備え付けられているのを知っている。
 その正体は。

「パラシュート?」
「ドミニークがエレベーターいがいのほうほうで出入りできないこのフロアで万が一つかえなくなったときのことをそうていしていないとおもう?そんなわけないわよね。なにかしらの対策をこうじているとかんがえているのが自然じゃないかしら」

 これで袋小路の状況から抜け出すピースは揃った。生きて帰るための頼みの綱はまだギリギリで繋がっている。
 ──────のだが。

「たった一つきりか……」

 切符は一枚しか用意されていなかった。
 考えてみれば当たり前か。
 この執務室を利用するのはドミニーク=G=ラスティネイルのみ。他の者のことなど考える必要は無かったのだから。

 故に生き残れるのはどちらか一人。

「しかたないわね」

 ──────とは必ずしも限らない。
 徐ろに何かを決断した様子のアドレイドはクウェンサーの手を引いて駆け出す。

「こっちへ!」
「突然何するんだよ!?俺はてっきりどっちがパラシュートを使うか話し合い譲り合い奪い合いフェーズだと……!」
「時間がないんでしょう?そんなことくだらないことで浪費しているヒマがあったらどちらも生きのこるためにつかいましょ!」
「まさかアンタ……!?だとしたらこっちは心の準備が……!」

 止める間も無くダッシュした先にあるのはフロアの端一面を覆っていたガラスを失った窓枠。
 何となくアドレイドの意図を察したクウェンサーは瞼が裂けんばかりに目を見開いた。
 つまり彼女が何をしようとしているのかというと──────。

「『何をする』ですって?当然ふたりなかよくとびおりるにきまっているでしょ!ほら、死にたくなかったら私の胴につかまって!」
「やっぱりかよこの女スパイはああああああああああああぁぁぁぁっっ!!」

地上数百mから決死のダイブ。
 床に支えられていたことで得ていた安定感は一瞬で消え失せ、二人は抱き合う形で重力に従って錐揉み状に落ちていく。
 直後、回る世界の中で先程までいた執務室に連合軍から放たれた砲撃が直撃して、フロア全体を致死の熱波で満たす光景を彼は視界の端で目撃した。
 あと10秒あそこに留まっていたら物言わぬ炭と化していただろう。
 しかし、安堵の息を吐いている暇など無かった。

「傘をひらくわ!しょうげきでふりおとされないように備えて!」

 何故なら一つの死を躱してもまた次の死が絶え間無く訪れるのだから。

「だからまだ心の準備がああああああああああああぁぁぁぁっっ!!」
「それって地面にげきとつするまでまたなきゃダメかしら?」

 果たしてあと何回乗り越えれば「もう大丈夫」だと判断していいのか。
 安全とはどこに存在するのか。
 答えは出せないが今は取り敢えず眼前に迫る命の危機から逃れるべく少年はしがみつく両の腕に力を込めるのであった。

17

 何とか空中で他勢力の兵士や『ネバー』のドローンによって撃墜されずに着陸することが出来た。
 一人用のパラシュートに対して二人分の荷重がかかっていたため思ったよりもかなり降下のスピードは速かったものの、アドレイドがあえて街路樹に突っ込んで減速するようにコースを誘導したおかげで両者共に負傷は擦り傷だけで済んだ。
 背負っていたパラシュートを脱ぎ捨てて身体中にくっついている木の葉や枝の破片を手で払いつつ、クウェンサーとアドレイドは互いの無事を確かめ合う。

「生きた心地がしないけど一先ず『アンナマリー』からの脱出には成功したな。どこか身体が痛む所はないか?」
「全身、とこたえておこうかしら。それでもまだうごけはするから心配しなくてもだいじょうぶ。先をいそぎましょう」
「おいおい、ここまで来たのに途中で倒れてリタイアとかマジでやめてくれよな……。──────それにしても」

 クウェンサーが周囲を見渡すと倒れた連合軍の兵士達の死体と破壊された無人兵器の残骸を残して動く物体は確認出来なかった。更には銃撃や爆発といった交戦する音も心なしか徐々に街の中心から遠ざかっているように聞こえる気がする。

「誰もいないな……」
「えぇ、ひょっとすると私たちがドミニーク抹殺とサーバーの破壊をなしとげたのをさっちして、かれらもひきあげようとしているのかも」
「成る程な。通りでバカ目立ちながら呑気に上空を漂っていても撃ち落とされずに済んだのか」

 と、その時。
 自分達が今生きている理由に納得している彼らの元に聞き慣れた声が耳に入る。

「いたいた!ほら、見まちがいじゃなくて言ったとおりだったでしょ!わたしがさいしょにみつけたんだからね!おーい!」
「ハイハイスゴイスゴイ。ったく、あんなド派手な大脱出かましてりゃ誰だって気付くっつーの」

 暫く離れ離れになっていた仲間達。
 ヘイヴィア=ウィンチェルとノエル=メリーウィドウがこちらへ駆け寄って来た。
 どうやら二人共ここまで辿り着くまでに目立つ怪我を負うことは無かったようだ。

「よぉ、生きてたのか貧乏貴族。相変わらず悪運だけは強いみたいだな。調子はどうだ?俺がいなくて寂しかっただろ?」
「へっ、開口一番気色悪ぃこと抜かしてんじゃねぇ。それに『だけ』は余計だもやし野郎。まったく天才運動神経抜群貴族たる俺様の大活躍をてめぇに拝ませてやれなくて残念だったぜ」

 久方振りの再会に早速ドラゴンスレイヤーコンビは軽口を交わす。
 それより少し離れた位置で、女子組はその様子を呆れながら眺めていた。

「あらあら、あいかわらず青くさいわねあの子たちは。ノエルはどうおもう?」
「わたし知ってる。アレっていわゆる『ツンデレ』ってヤツでしょ。うーん、二次元なら大好物だけどリアルの男どうしだとしょうじきキツいかも……」

 兎にも角にも。
 紆余曲折を経て合流を果たした一行は上官より言い渡された撤退に移行することとなった。
 のだが──────。

「とっととズラかるぞ。今の俺達がこの街で出来ることはもうありゃしねぇ。取り敢えず先ずは車かバイクといった足を確保しねぇとな」
「うん、それはわかったけど……」

 ヘイヴィアの指示を聞きながらもノエルはとある方向を眺めていた。
 彼女の視線の先にあるのは砲火に晒されて煙を上げる『アンナマリー』。
 『ネバー』の象徴。
 そして、口にはすまいと抑えていた想いがボソリと零れ出る。

「けっきょく、この街を見すてるかたちになっちゃったね。わたしたち」
「っ……。せっかく頭の隅に追いやっていたってのに態々クソッタレな現実を思い出させんじゃねぇよアホ」
「ご、ごめん……」

 思わず漏れてしまったといった風なヘイヴィアの忌々し気な舌打ちにノエルは萎縮して押し黙る。
 彼らだって気にしていないはずは無かった。

 ドミニークを始末してサーバーを破壊すれば全て終わるはず。

 そう信じて幾つもの死線を潜り抜けて来たのに。
 その果てに迎えるのが連合軍のオブジェクト達によって『ネバー』が蹂躙される結末だったことを。

「「「「…………………………………………」」」」

 今となっては無駄なのかもしれないがこの場にいる全員が考えずにはいられないのだ。

 もっと早く。
 もっと慎重に。
 もっと手際良く。

 もっと上手く作戦を遂行していればこのような事態は回避出来たのではないかと。
 幾つもの「もしも」が脳裏に浮かんでは過ぎ去っていく。しかし、そのどれに対しても結局答えが出ることはない。
 だから、彼らは背を向けるしかない。
 例え納得が得られないまま、飲み込んだふりをして無理矢理折り合いを付けることとなっても。

「ゴチャゴチャ考えていても仕方が無ぇ。さっき言った通り、もう俺達に出来ることなんざ何もありゃしねぇんだ。だから、……行くぞ」
「……あぁ」

 罪悪感が重くのしかかり足を取られそうになる。
 それでも振り払い、見据えている方向を前だと信じて歩み進め

『はいストーップ』

 ──────ようとした一行の元に。

『そこのあやしげな四人組、ちょーとおはなしきかせてもらえるかなー?』

 最後の関門が現れた。

「お前は……っ!」
『ハァイ、ひさしぶり!アリュメイヤ=キングスバレイちゃんリターンズ!おぼえててくれたかなー?』

 『ネバー』を守護する番人の片割れは『キャロライン』は10機近い『キャロライン』を率いてクウェンサー達を取り囲む。
 合流してからの短時間でこちらの居場所を突き止めていたというわけか。
 だが、これは好機だ。
 彼女がこの街の戦力の一翼を担っているのならば、直接話し合えばまだ間に合うかもしれない。
 圧倒的な戦力差を前にしながらも、クウェンサーは対話を試みる。

「こっちも話がしたかったんだ!聞いてほしい!」
『うん?』
「投降してくれ!もう戦う必要は無いんだ!これ以上争ったってお前達自身が守ろうとしている街が傷付くだけだろ!」
『ムリ。わるいけどこっちにも「ネバー」のエリートとしての矜持があるからさ。ごめんね』

 即答で突っぱねられた。

 命より金が重い『資本企業』だからこそ金で結んだ契約は死んでも守る。

 そんなアリュメイヤの覚悟を少ない言葉から理解しておきながら、クウェンサーは悲痛な声で最終確認を問いかけることしか出来なかった。
 例え結果が分かり切っていたとしても。
 見つかった時点で最初からこうなるような予感がしていたとしても。
 それでも絞り出さずにはいられなかったから。

「……どうしてもやるしかないのか?『わるいけど』ってことはあんたも戦いを続けること自体は不本意なんだろ!?」
『アハハ、連合軍がみんなあなたたちみたいだったらこうはならなかったかもしれないんだけどね。でも、かなしいことにそうはならなかったの。だから、これからするのはただのやつあたり。てかげんはしてあげない。アタシとしてもそれなりに享受させてもらってた平穏をぶちこわしてくれたあなたたちにはけっこうムカついてたりするんだから。そのお礼、たぁっぷりかえさせてもらうわよん♪』

 宣告と共に『キャロライン』達は装甲表面のキューブ装甲が不気味に蠢動する。
 当然の如く説得は決裂した。最早衝突を避ける術は無し。
 グロテスクに形を変える死神が襲い来るのを合図に生き残りをかけた最後のチェイスが今、始まった。


18

 アリュメイヤ=キングスバレイが手繰る『キャロライン』を前にして、まずクウェンサー達4人が取ったのはやはり逃げの一手であった。

 疲弊し切った状態で怪物兵器の群れに挑んだとしても敵うはずも無く。

「振り落とされんなよクウェンサー!」
「ノエル、私につかまって!」

 発見される直前から既に目星を付けていたバイクに二組に分かれて跨った。

 ヘイヴィアとクウェンサー。
 アドレイドとノエル。

 それぞれのコンビの運転役はフルスロットルでアクセルレバーを捻り大通りへと躍り出る。
 勿論、ヘルメットなんてお上品な物など被っている暇などない。
 おまけに路上には乗り捨てられた車両の他に戦いの跡を物語る瓦礫や無人兵器の残骸が散乱している有り様であった。
 僅かでもハンドル捌きを誤れば容易に事故へと繋がり、骨折以上の重傷を負うのは確実。そうなってしまえば身動きが取れなくなっている所を『キャロライン』に追いつかれてトドメを刺される末路を迎えるのは想像に難くない。
 そのようなたった一つのミスすら許されないデスロードを。

 疾走る(はしる)。時に並み居る障害物を躱して。
 遁走る(はしる)。時に段差を利用し跳んで。
 却走る(はしる)。時に隙間を掻い潜り。

 風を切り裂くように2台は駆け抜けて往く。

『アハハ!またオニごっこ?いいね!こんどはどんなふうにどこまで逃げてくれるのかなぁ!』

 対するアリュメイヤは『ネバーの番人』としての最後の使命、そして遊びを存分に楽しまんとする口振りと共に愛機達をけしかける。
 『キャロライン』の群れはクウェンサー達とは対照的に自らの重量と勢いに任せて自動車や瓦礫を蹴散らしながら獲物の背中を追う。

 逃走者と追跡者。

 前者は何度もジグザクに走行する際に減速を挟むため、発生するロスにより勢いを阻まれる。
 一方で後者は力任せに最短距離を最高速度で突き進む。
 故に着々と両者の距離は縮められていく。
 背後から感じるプレッシャーに晒されている焦りから、クウェンサーはしがみついている相棒へ声を張り上げた。

「このままじゃ捕まるぞ!もっとスピードは出ないのか!?」
「うっせぇなぁ!てめぇに言われなくてもとっくに限界までアクセル捻ってるっての!それより『アイツら』までこっちのルートで合ってるんだろうな!?」
「あぁ、間違い無い!段々と『音』が近くなってきている!」

 アシを手に入れただけでは『キャロライン』を振り切ることなど不可能ということは最初から分かり切っている。
 だから、一行は行く充ても無く闇雲に逃げていたわけではなかった。
 では、彼らは何を目指していたのか。
 答えは路面にタイヤ痕を残しながらビルの一角をドリフト気味に曲がった先にあった。

「いた!」
「おうおう、この期に及んでまだ派手にやってやがるぜ!」

 即ち、撤退に移行しつつある連合軍兵士達と彼らを追撃する無人兵器の群れ。
 『外』のオブジェクト同士の戦いとは異なるもう一つの最前線がそこに存在していた。

 轟く爆音と銃声を頼りに辿り着いた2台は鉄火場のど真ん中を貫いて車輪を走らせる。
 一見態々更なる危険地帯に自ら足を踏み入れていく愚行にしか見えないが違う。
 その危険地帯こそが彼ら4人を『キャロライン』から守る障壁となることを見込んで駆け込んだのだ。
 つまり狙いは、

『うっわきたなっ。味方じゃないからってべつの敵をおしつけるとかなかなかに鬼畜じゃん!他力本願ここにきわまれりってかんじ!恥とかしらないの?』
「何とでも言え!そして、余所見している隙に流れ弾のミサイルにでも当たってぶっ壊れてろ!」

 アリュメイヤからの戦場では全く役に立たない正論を跳ね除けてクウェンサー達は尚も前へと進む。
 あちこちを飛び交う銃弾に投げ放たれてばら撒かれるグレネード。
 一つであっても人体に致命的なそれらは『キャロライン』にとってもまた無視出来るものでは無く。

『ふ〜む、こりゃうっとおしい。たしかに気をつけないといけないかも』

 当たり所によってはキューブ装甲の上から本体にダメージを与える携行ミサイルを横から撃ち込まれないよう慎重に操縦せざるを得なくなっていた。自ずと追跡の手は緩み、速度は落ちていく。

「よし!今のうちに振り切っちまうぞ!」
「えぇ!おたがい流れ弾にきをつけて!」

 行き当たりばったりの運試しではあったが、時間稼ぎという意味であれば効果は確かな形で表れた。
 この機に乗じたヘイヴィアとアドレイドは更にアクセルレバーに力を込める。
 車体の限界スレスレの負荷によってモーターとエンジンが悲鳴を上げてもお構い無し。
 おかげで『キャロライン』との距離を引き離して、遂には後方へと置き去った。
 このまま何事も起きなければ『ネバー』外部へと辿り着き『ベイビーマグナム』と合流を果たせるだろう。

 ──────そう、何事も起きなければ。

 連合軍と無人兵器。
 どちらから放たれた物かはわからない。
 いっそ照準を通して明確に狙われてさえいれば事前に殺気を感知することで対応出来たかもしれない無作為で無造作な一発。
 即ち、突如飛来した流れ弾のミサイルがアドレイドとノエルが乗るバイクの直ぐ近くに着弾した。

「っ!」
「わぷぁっ!?」

 偶然であったがために僅かに回避挙動が遅れた。
 直撃や横転こそ免れたがバランスを崩し、車体が激しく揺さぶられる。
 その拍子にアドレイドにしがみついていたノエルの腕から力が数秒間だけ失われた。

「え──────?」

 しかし、そのほんの数秒が致命的だった。
 いっそ間抜けにも聞こえる声と共にノエル=メリーウィドウはそのまま後部座席からあっさりと転がり落ちる。
 度重なる無茶によって既に限界を迎えつつあったサイボーグ化している彼女の両腕。
 いつか訪れると知りながら騙し騙し誤魔化して見ないフリをしてきた時限爆弾がよりにもよって最悪のタイミングで起爆したのだ。
 ノエルの落車に他の3人は直ぐ気付けたものの、フルスロットルで駆け抜けていたせいでかなりの距離を空けてから一時停止することとなってしまっていた。

「やべぇぞ落ちやがったぜノエルの奴!」
「でも、戻るにも……!」
「…………………………………………」

 思わぬアクシデントにドラゴンスレイヤーコンビは狼狽えるがモタモタしている暇は無い。
 こうしている間にもせっかく稼いだ『キャロライン』との距離が縮められている。

 救援に向かうか見捨てるか。

 最も早く決断を下したのはアドレイドだった。

「わたしがあの子をひろいに行くからあなたたちはさきに行ってちょうだい!」
「はぁ!?マジかよっ!?」
「おい!待てって!」

 少年達の制止も聞かずにミイラ取りがミイラになる危険を顧みず、アドレイドはバイクを翻して逆走を開始する。

 ──────一方で取り残されていたノエルはというと。

「いっ、つつぅ……」

 猛スピードで疾走するバイクから落ちたにも関わらず無事であった。
 幸いにも固いアスファルトではなく、クッションのようにふかふかの土が盛られた花壇の上に投げ出されたおかげで掠り傷だけで済んだのだ。
 しかし、その程度の幸運は置かれた状況からしてみれば所詮些細なことでしかなく。

「あちゃー、これはちょっとヤバいかも……」

 ガシャガシャガシャ!と『キャロライン』達が奏でる無機質な足音が直ぐ近くから聞こえて来る。
 おそらく30秒後には接触し、その次の一瞬で挽き肉へと変えられるだろう。
 徒歩では逃げるにも隠れるにも圧倒的に時間が足りず、また抵抗するにも武器は無し。
 要するに完全な手詰まりに陥っていた。

(そっか)

 しかし、

(おちたのがわたしだけでよかった)

 それでもノエル=メリーウィドウは特に取り乱してはいなかった。寧ろこのような絶望的な状況に陥っても彼女の心は奇妙な安堵感を覚えていた。

(まぁ、こんなもんだよね。だって、わたしはわたしだから)

 いつもここぞというタイミングでしくじる自分が大嫌いだった。
 世間では「選ばれた存在」と持て囃されている操縦士エリートに抜擢された後も周囲に迷惑をかけてばかりか、挙句の果てにまんまと機密データを盗まれて最悪の独裁者を誕生させかける始末。
 今回の作戦でも度重なるドジのせいで他の3人を何回危険に晒したことか。

 無能。
 役立たず。
 足手まとい。

 自分のような人間はこう呼ばれるに相応しいと知っている。
 とはいえ、これでも幾らかマシな結末か。

(わたしがいないならきっとあの3人はにげきれるよね)

 初めて「仲間」と呼べそうな彼らを最後の最後で巻き込まずに一人で終われるのだから。
 それに何やかんや世界を救ったんだ。
 ゴール目前でのリタイアとなったがポンコツエリートにしては上出来だっただろう。
 そのように考えつつ、

(ここでおわりかぁ。わたしの人生。でも、まぁいいk
「ノエル!」

 諦観に呑まれようとしたその時。
 ノエル=メリーウィドウの瞳にバイクに跨ったアドレイド=”エンプレス”=ブラックレインが映り込んだ。

「──────なんで?」

 疑問に脳内を埋め尽くされて呆気に取られる少女を他所に駆け付けた女スパイは乗機から飛び降りると着地の衝撃を和らげるように転がって受け身を取りながら、流れるような動きで拳銃の引き金を複数回引く。
 狙うはつい先程まで騎乗していたバイクの燃料タンク。

「伏せて!」

 無茶な体勢で撃ったというのに、放たれた弾丸は正確に目標へと突き刺さる。
 散らされる火花がガソリンに着火をさせ、激しい爆炎と目を眩ませる閃光が派手に炸裂した。
 直ぐ側まで迫っていた『キャロライン』数機を巻き込む形で。

「いまのうちに!ほら、はやく!」

 バイクを犠牲にして数秒間生まれた隙。
 ノエルはアドレイドに手を握られて、されるがままに引っ張られていく。

「かんいっぱつだったわね。敵は私たちを見うしなっているわ。とはいってもわずかな時間稼ぎにしかならないでしょうけど」
「………………………………」

 裏路地の物陰にて二人揃ってしゃがんで身を隠す。余程焦って戻って来たのか、アドレイドは深呼吸をして息を整えていた。
 彼女の示す通り、多少の爆風を浴びようとも『キャロライン』達は依然として健在であることは変わらなかった。キューブ装甲を分裂させて索敵でもされれば直ぐにでも獲物がどこに潜んでいるか見つけてしまうだろう。
 一時凌ぎには成功したものの、置かれている事態は当に四面楚歌と言った所か。

「アシはなし。手持ちの残弾はほぼからっぽ。おまけにからだのほうは満身創痍。うふふ、いったいどうしたものかしらね」
「……ふざけないでよ」

 絶望的とも呼べる状況であるにもかかわらずどこか真剣味を欠いた態度のアドレイドに対してノエルはボソリと呟く。
 その声に覇気は無い。
 未だに諦めモードに囚われているようだ。
 「余計なことしやがって」と言わんばかりに虚ろなジト目で救いの手を差し伸べてきた相手を睨み付けている。

「どうしてわたしなんかのためにひきかえして来たのさ?おきざりにしていれば逃げられたでしょ?こっちはあなたたちを道連れにしなくてすんでほっとしていたくらいなのに」
「えぇ、まったくそのとおりね。でも、しょうがないじゃない。からだが勝手にうごいたんだから」
「なにそれ。れいてつな女スパイのクセに」
「おもえばその『れいてつな女スパイ』のじぶんがイヤだったから、以前なら優先していたはずの『合理性』だの『効率』をかなぐりすてて『感情』とやらにしたがってあなたのもとに来てしまったのかもしれないわね。──────さてと」

 一息つき終えたアドレイドはスクリと立ち上がってノエルに背を向ける。
 そして、告げる。

「私があいつらをひきつけるから、そのあいだにあなたは逃げなさい」
「は?」

 突然の提案にノエルは再び呆気に取られる。
 一方のアドレイドは自ら死にに行くも同義の発言をしたというのにいつも通りの軽い調子を崩していない。
 それでもはっきり分かる。
 この女、本気で命を投げ出そうとしている。
 その意図とは果たして。

「じつを言うとね。ドミニークを始末できたじてんでもうけっこう満足しちゃってたのよ。私の人生。だから、一番めいわくをかけたあなたのために命をつかわせてもらうわ。あぁ、そうそう。すべて私の意思だからあなたは気負わないでちょうだい」

 正直な所、『アンナマリー』のエレベーターの中で新しい人生の為に生き残ると誓っていたものの、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインはスパイでなくなった自分はどうしたら良いのか、つまりは「これから」を見失ってしまっていた。
 ただ只管虚ろだった「これまで」を清算した結果、残ったのは漠然とした不安とやはり拭い切れなかった罪悪感。
 命令されていたとはいえ、今まで成してきた非道が果たして許されていいのか。
 結局「世界を救うため」とそれらしい大義を掲つつ、「贖罪」と称して引き起こした一連の騒動はただの復讐心に身を任せた自己満足でしかなかったのではないか。

 自分は生きるに値する人間なのか。

 仇敵を倒してから今この瞬間まで自問自答を繰り返して来たが、未だ結論には辿り着けていない。
 そして、答えを出せないまま事の発端となった最初にして一番の被害者の命の危機を目の当たりにしてしまった。
 そんな中でふと過ってしまったのだ。

 ケジメをつけるとしたここではないか。

 自らの命と引き換えに本当に救いたい誰かを庇って終わる結末を迎えるのもアリなのではないか、と。
 だから彼女は、アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインは囮を買って出た。 
 恐怖は無い。
 自分の死が誰かの未来に繋がるならそこに意味は生まれる。
 無駄ではないとすればこの汚れ切った命を懸ける価値は十分に有る。

「ダメ。そんなのぜったいにゆるさない」

 そのような自己犠牲精神に囚われていたアドレイドの腕を即座にノエルは掴んで引き止めた。
 決して行かせはしまいと。
 そして、目を潤ませながら自分の人生を滅茶苦茶にした女を真っ直ぐに見据えて啖呵を切る。

「なにかってに燃え尽き症候群になってるのさ。このまま死なれたら勝ちにげじゃん。『残される側』のきもちを全無視してるじゃん。わたしの人生をくるわせたせきにんをそんなかんたんに放りださないでよ……。生きるいみが見つからない?ならわたしがあげる!ほんとうにわるいとおもっているなら!あたらしい人生をわたしへつぐなうために生きてよ!そのかわりわたしももうちょっとがんばって生きてみるからさ!」

 安易な美化されるだけの死への逃避など認めない。認めてたまるものか。
 気弱なはずの少女の頑なな主張。
 力で勝るアドレイドにとってやろうと思えば振り解くのは容易かった。が、そうすることの出来ない「凄み」が確かに宿っていた。
 だから、珍しく目を丸くして問い掛ける。
 まさか、こんな風に引き止められるとは思ってもみなかったのだから。

「意外ね。あなた、私のこと憎んでいるはずじゃなかったの?」
「もちろんいまだって憎いよ。たしかにさっきはわたしも『もういいやー』ってかんじだったけど、他人のそういうムーブ見てたらなんだかぎゃくに腹たってきて……。……そ、それにみすみす死なれたら胸くそわるくなるくらいにはあなたのことを『惜しい』とおもうようになっちゃってたんだからさ!わるいっ!?」
「フッ……!」

 恥ずかし気に目を逸らして頬を赤らめるノエルを見てアドレイドは思わず息を吹き出した。決壊した笑いのツボはかつてスパイだった女の決意を解かし、腹筋を止めどなく揺さぶっていく。

「くっ、フッ……!ハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!」
「ちょっと!なにがおかしいのさっ!?」
「クッ、フフフ……!いや、ごめんなさいね。そんなふうにパッショナブルに想いをつたえられたのはハジメテで」
「な……っ!さっきのあれはそういう意味じゃないったら!カンチガイしないでちょーだい!」

 自分の発言に「そういう意味」だと誤解させかねないニュアンスを含ませているのだと自覚してしまっている時点でノエルの方も大概である。
 口にしたら拗れそうなのでアドレイドはそれ以上は何も追及しなかったが。 

「と、とにかく!あなたのしたことをすぐにはゆるせないけど、いつかそうじゃなくなるかもしれない。そのときが来るまでじぶんの命をそまつにするようなマネは禁止!はい、いまノエル裁判長が判決をくだしました!被告はぜったいに遵守すること!ぜっっっったいに!以上!わかったっ!?」

 照れ隠しで塗り潰すような勢い任せの早口。
 生きるか死ぬかの瀬戸際だというのにこの期に及んで緊張感ゼロな雰囲気が二人の間で漂う。
 だけど、居心地は悪くない。

 「罪」を背負って生き続けることこそが課せられた「罰」。

 アドレイド=”エンプレス”=ブラックレインはきっとこれからいつ終わるかも分からない贖罪の日々の中で罪悪感に苛まれ続けるだろう。
 いっそ死んでしまった方が楽に思えるある意味で残酷な道程。
 だからこそ、逃げてはいけないのだ。
 いつか訪れるかも知れない「許された日」を迎えるまでは。
 何も罪人だけに当て嵌まることでは無い。
 人間誰もが皆、彼方で輝く「希望」に手を伸ばし歩み続ける。
 遠くとも。偶に見失うおうとも。例え届かずして終わったとしても。
 痛くて、苦しくて、ままならなくて。──────だけど、どうしようもなく眩しくて。
 きっとそれが「生きる」ということなのだろう。
 だから。

「──────まったく」

 せめてその始まりの一歩は笑顔で踏み出すとしよう。

「恋愛のマネゴトはそれなりに経験してきたけれど、こんな熱烈なオネガイをされて死んだらいよいよバカバカしいわね。いいわ。やぶれかぶれの特攻はやめ。私はあなたに生きてほしくて、あなたは私にいきてほしい。りょうほう実現するようにあたらしい打開策をかんがえてみましょう」
「むぅ、おもいとどまってくれたみたいだけどなんか腑におちない……」

 こうして二人は共に生き残る覚悟を決める。
 然らば独りよがりな玉砕作戦がパスとなった今、早急に代替案が必要だ。
 互いに『改造』により頭脳を人為的に研ぎ澄まされた操縦士エリート同士。
 知恵を絞れば何か思い付くはず。 
 何か、何か、何か──────。

「ねぇ、だったら」

 そして、数分後。
 ノエル=メリーウィドウがとある発案を掲示する。

「『アレ』、つかえそうじゃない?」

 彼女が指を差す方向に無造作に転がっていたのは──────。

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