タイヤ(モータースポーツ)

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&font(#6495ED){登録日}:2021/10/24 (日曜日) 1:01:30
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&font(#6495ED){所要時間}:約 6 分で読めます

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タイヤ。
それは自動車や自転車、バイクなどで動力を地面に伝える車輪のことである。
何も知らない一般人にとっては、単なる部品のひとつに過ぎないだろう。

しかし、これがモータースポーツの話となると一変する。
千分の一秒を争う音速の世界を駆け抜けるモータースポーツにおいて、タイヤというのは特に走りに直結する、重要なファクターとなる。
今回はそんなモータースポーツ専用のタイヤについて触れていこうと思う。


ラリーもモータースポーツなのに触れないのか?と思った人もいるだろうが、&bold(){ラリー用のタイヤは普通に購入しようと思えば購入できる}。
一般の人がラリーに参加する機会があるため、そのためにタイヤメーカーも販売している。(知りたい人は「ラリー タイヤ 購入」で検索するといいだろう。結構値段はするが、それでも買う人は買う。)
後は「Sタイヤ」と呼ばれる&bold(){一般公道を走れるようには出来てるけど、実質的には溝掘っただけのレース用タイヤ}も一般人が購入可能。
ここではこれらは除外して&bold(){競技用に作られた舗装路レース用のタイヤ}に限って述べていく。


●目次
#contents



*《一般的なタイヤとの違い》
まず、タイヤといっても一般のものとモータースポーツのものとどう違うのか、ぴんと来ない人も多いだろう。
その違いについて述べる。

一般的なタイヤは先ほども述べたとおり、エンジンなどの動力から発生したエネルギーを伝える部品である。ただ伝えるだけならぶっちゃけ素材は何でもいいのだが、やわらかく、調整の利くゴムを主成分としたものが普通だろう。
ゴムといってもその構造は複雑で、カーボンブラックを混ぜたゴムを主成分とし、

・地面に接する「&bold(){トレッド}」
・タイヤの構造を保持する「&bold(){カーカス}」
・ホイールに取り付ける部分を保持し、空気を逃さない役割を持つ「&bold(){ビードワイヤー}」
・カーカスを保護し、伸びを防いだりタイヤから発生する熱を分散させる「&bold(){サイドウォール}」や「&bold(){ショルダー}」

などなど、今あげた一例以外にもさまざまなもので構成されている。これらの基本構成はどんなタイヤでも大きく変わることはないが、構成物の素材や形状、頑丈さはタイヤにどんな性能が求められるのかで変わってくる。

一般のタイヤに求められるのは用途により振れ幅はあるものの「耐久性と全天候性」である。
つまり、夏の暑い日でも冬の寒い日でも、晴れても雨であっても、数年単位の長い年月と数千~1万キロを超える長距離を走ってもトラブルを起こすことなく走れることが求められるのだ。そのため、トレッドには排水用の溝が切られ、カーカスやビードワイヤーなどタイヤの「骨格」に当たる部分もある程度の耐久性の高いものが用いられている。

しかし、モータースポーツ専用となると役割はガラッと変わる。
それは「&bold(){無駄なく動力のパワーを地面に伝え、なおかつ常に最適な速度でサーキットを周回するため}」である。
まず、タイヤの質から変わる。一般だと耐久用に固めに作られることが多いが、モータースポーツ用はとにかくやわらかい。どのくらい違うかというと、ものによっては&bold(){タイヤの表面に手を置くと吸い付くくらいにやわらかい}。
なぜここまでやわらかくするのかというと、レースにおける重要なファクター「&bold(){&color(#F54738){グリップ}}」に一番直結するからである。
グリップとは単純にいうと「粘り」であるが、これは強ければ強いほどクルマのタイヤは滑りにくくなり「走る(加速)」「止まる(減速)」「曲がる(旋回)」の自動車に必要な3大性能を全て向上させてくれる。
高いグリップを持つタイヤは、地面を蹴る力が強くなり、ホイールスピン(タイヤの空回り)によるパワーロスが発生しにくくなる。ゆえレーシングカーの高性能なエンジンから発生する大きなパワーに負けることなく、加速力としてそのスペックを十分に発揮できるようになるのである。((逆を言えば、それだけ一般車はパワーが少なく、タイヤのグリップもそこまでいらないのである))
また、サーキットの直線でスピードが出たレーシングカーは、直線後のコーナーを通過できるように、マシンを適切なスピードまで減速させなければいけない。しかし、速く走るためにはできるだけ直線でアクセルを踏み続け、ブレーキを踏んで減速を始めるタイミングは可能な限り遅くしたい。
しかし、自動車はブレーキを踏むことで発生する制動力がタイヤの限界を超えると、後述する「ロックアップ」という現象が発生してしまう。ロックアップはマシンを減速させる上で障害となるだけでなく、マシンそのものを壊してしまうこともあるため、避けなけばならない。
グリップが強いタイヤほどロックアップは起こりにくく、それゆえ強くブレーキを強く踏むことができる。これは言い換えれば直線でアクセルを踏む距離をそれだけ伸ばせるということであり、減速の性能がレーシングカーにとって重要であり、そこにタイヤが深くかかわっていることがよくわかるだろう。

モータースポーツのタイヤは&bold(){桁違いの走行速度ゆえ要求される摩擦力が半端ではなく、走行中の摩擦熱で&font(red){タイヤの表面を溶かして粘着する}ことにより強力なグリップを発生させる仕組みになっている}。低速では摩擦熱が足りないためタイヤの温度が上がらず、本来の性能が発揮できなくなり、タイヤが空転して加速できなかったり、コーナーを曲がる際にグリップ不足でコースアウトする可能性ができてしまうほど。
そこでカテゴリーによってはタイヤウォーマーなるタイヤ専用の電気毛布があり、&bold(){レースで使用する前に暖めておく}等して、少しでも性能を発揮しやすくするよう気を配る。
また、F1などでフォーメーションラップ(レース開始直前にグリッドと呼ばれるスタート位置に着くために参加マシンが隊列を組んでコースを一周すること)中にマシンを蛇行させたり頻繁に加減速するのも摩擦でタイヤの温度を上げるためであり、文字通りタイヤのウォーミングアップである。
さらに、このグリップは加速だけでなく、減速にも関わってくる。
このように、モータースポーツにおいてタイヤとはエンジンや[[空力>ダウンフォース]]に次いで需要になっており、これらの管理が勝敗に直結することもあるのだ。


*《モータースポーツでのタイヤの扱われ方》
では、使い方についても述べていく。
基本モータースポーツ用のタイヤは使い捨てが基本であり、いかに高性能であっても、いや高性能だからこそ&bold(){耐久性はほとんどない}ことが多い。
例えるなら、&bold(){一般的な疲れにくい靴と陸上用の極端に軽く薄い靴の違い}である。
なので、走行距離だと100数十キロ、時間でいえば1時間も走ればタイヤの性能は使用できないほど落ちてしまう((耐久レース用のタイヤだとルマン13周×2スティント=約350km程度の耐久性を持たせてはいるが、それでも4~5万kmは余裕で使える一般車用のタイヤと比べたら明らかに短命である。))。
そのため、ほとんどのレースカテゴリーではタイヤ交換が必須であり、またそれを強制するところもある。
有名なところではやはりF1だろうか。タイヤがむき出しな上に高速で走り続けるフォーミュラーカーでは特にタイヤへの負担が厳しく、&bold(){晴れの日の場合は2種類のタイヤを使うよう交換義務を設けている}。(一度無交換を義務化していたが、タイヤトラブルを頻発させたために一年で取りやめになった)
さらにその晴用タイヤもドライバーごとに使用できる本数をレース前から公式に発表されている。
このためどのチームのどのドライバーがどのタイヤを何本用意しているのかは全てのチームが把握しており、そこからライバルチームのピットインのタイミングや回数、使用するタイヤの種類といった戦略を予測できるのかも、レースを勝つうえで重要となってくる。

インディカーでも2種類のタイヤを使うことを義務付けているのは同じ。

交換義務は下記にもある「固さの違いでラップタイムと連続周回数に差を出して、ピットインのタイミングや速度差で駆け引きをさせよう」という意図もあるが、結局トップチームはほぼ同じ戦略に落ち着くことが多く、機能を果たさないケースも少なくない。
一応雨が降った場合は交換義務がなくなり、無交換ギャンブルに出るチームも存在する。
[[SUPER GT]]でもタイヤ交換はあるが、上位カテゴリーのGT500クラスにはタイヤ交換義務はなく、下位カテゴリーのGT300には交換義務が2021年から義務付けられた。
と、どのレースカテゴリーでもタイヤのレギュレーションは厳しく細かく設定されており、
いかに重要な立ち位置かを少しでも理解していただけるとうれしい。



*《モータースポーツ内でのタイヤの違い》

では、ここからはより深く、より細かいタイヤの違いを説明する。
先ほども述べたとおり、タイヤには晴れ用のタイヤでも種類があり、さらには雨用のタイヤすら存在する。
各状況において常に最高の状態で走るためだが、マシンセッティング、天気や相手との駆け引き、そして何より自分のレーシングテクニックでタイヤはどのようにも変わり、
時にタイヤに救われ、時にタイヤに裏切られることがある。
さすがに比較対象が多すぎるので、多く使われているタイヤの種類を述べる。

**・ドライタイヤ
いわゆる晴用のタイヤ。基本多くのレースカテゴリーでは溝のないスリックタイヤ((厳密にはスリックタイヤはタイヤの特性を指すため、溝の有無がスリックか否か分けるわけではない))が使われている。
これは&bold(){接地面積を少しでも稼ぐためのもの}であり、特に高速で走る上で一番必要なグリップがあるのがこのタイヤである。一般的にイメージするタイヤの多くがこれであり、イベントや写真、ニュースなどでも溝がなくつるつるしたタイヤが見えていると思う。
しかし、&bold(){雨が降ると途端に使い物にならなくなる}。
グリップの件で話したとおり、タイヤの温度が低下するとグリップが低下し、さらに一般車用タイヤにはある溝がないため排水機能がなく、路面とタイヤの間に水が挟まってしまうと摩擦がゼロになり(ハイドロプレーニング現象という)、氷の上で滑っているような状態になってしまう。
当然危険なので、そうなった場合はすぐさま雨用のタイヤに交換することが推奨されている。

特例として、グルーブドタイヤという縦方向にのみ溝が入ったタイヤがF1で使われていた時期がある。想像しにくいが、一本のゴムのベルトに細いタイヤが何本も連なってくっついているような感じだと想像してもらえればいい。
1990年代、F1マシンのスピードがあまりに速くなってしまったため、スリックタイヤの幅を狭めて意図的に接地面積を減らしてスピードダウンを図る規則が作られた。しかし、接地面積が減る一方で空気抵抗まで減ったために直線での最高速度が上がってしまい、望んだほどのスピードダウンができなかった。
おまけに、タイヤメーカーが複数参戦するようになったために熾烈な開発競争が起き、落ちたはずのタイヤの性能を、メーカはあっという間に取り戻してしまった。
そこで、&bold(){タイヤの幅を狭めずに接地面積を減らす策}としてグルーブドタイヤがやむを得ず導入された。
この規則を制定してもなお、タイヤメーカー間の開発競争はそれをあっさり超えていき、あっという間に以前のスリックタイヤを超える性能に達してしまったが、スリックタイヤを野放しにしていればマシンは更に速くなっていただろうことや、一時的ではマシンのラップタイムを落とせたことを考えると、マシンのスピードアップにブレーキをかける効果は確実にあったと言えるだろう。
その後、F1にタイヤを供給するメーカーが一社のみになり、開発競争がなくなったこと。安全基準やエアロパーツ、エンジンといったタイヤ以外の部分の規則にメスが入り、スピードダウンとマシンの安全性確保がある程度できるようになったことなどから、特殊な溝が入ったタイヤをわざわざ製造する必要がなくなり、現在はF1でもスリックタイヤが復活している。
溝付きだからウェットでもそれなりのペースで走れるのでは?と思われつつ、実は「コンパウンドがそれなりに硬いので、結局雨が降ると使用温度範囲から外れてしまってグリップしない」というわかりにくい特徴もあったりする。

**・レインタイヤ
別名ウェットタイヤとも。近年ではこちらのほうが通用する。文字通り雨用のタイヤである。ドライタイヤとは違い溝があり、雨天でも走ることができる(下記のインターミディエイトスリック除く)。
え?それなら一般車のタイヤをつけても変わらない?そうではない。
このタイヤ、低温でも作動できるよう、ドライタイヤよりもかなりやわらかく設定されているのだ。
ゆえに今度は晴れてくると摩擦が強すぎてタイヤがすぐに痛み、別の意味でグリップがなくなってしまう。というかタイヤ自体がだめになる。
一般車でも真夏にスタッドレスタイヤを付けて走るのが推奨されないのと同じだ。
雨が上がるとあえて水の上を走り出すのはタイヤを冷やすためである。
なので、路面が乾いてきたら状況を見極めてドライタイヤに交換する必要がある。
このレインタイヤとドライタイヤの間のタイヤ(インターミディエイトとも呼ばれたりする)があることもあり、小雨程度ならそちらを使って対応する。

基本的にレインタイヤには溝が掘られているは先述の通りだが、実は例外も存在する。ミシュランが世界耐久選手権で使用している「魔法のスリック」と呼ばれるインターミディエイトスリックは、構造がスポンジ的になっていて、水を吸い込みながら走るのでちょっとした雨の中でも走れるのだが、ドライ用のスーパーソフトタイヤ以上の柔らかさとなっているため、各種Gでタイヤ自体が動いてしまうらしく、ドライ並のペースで走れるという訳では無い。
コース全長が長いルマンやスパで頻発する「コースの一部だけ濡れている」というシチュエーションでは抜群に強く、ドライ部分での数秒のロスをウェット部分で余裕で帳消しにする速度で走行可能。

**・ドライタイヤの種類
そして、ドライタイヤでもタイヤの固さの違いがあり、それによって走りに違いが出てくる。
ちなみにミシュランは伝統的に固さではなく「低温~高温」という言い方をしているが、言いたいことはだいたい同じ。

:・ソフトタイヤ|
いわゆる&color(#F54738){&bold(){柔らかめ}}のタイヤ。すぐに適正温度になりやすいほか、&bold(){グリップが強くキレのある走りを可能}にする。
しかし、それゆえに耐久面で劣り、ものによっては急激にグリップが落ち、ペースが遅くなってしまうので長く走るには不向き。予選など一発の速さを求められるときや、きびきびと直角に曲がるコーナーの多いテクニカルコース向けのタイヤである。
:・ハードタイヤ|
&color(#3B4EF0){&bold(){固め}}のタイヤ。ソフトに比べるとグリップが弱く、攻めた走りをするには向かない。
しかし、逆を言えば&bold(){安定したグリップを得られる}ため、長期戦にはもってこい。
特に高速コースでの走りではトップスピードを生かしやすく、加速しながらの高速コーナリングにも耐えれるので総じて高速向け。
:・ミディアムタイヤ|
カテゴリーによっては扱ってないところもあるが、一応記載。
&color(#60EE3C){&bold(){ソフトとハードの中間}}の性能で、基本どのコースでも一定の性能を発揮する「&bold(){かもしれない}」。
正直な話、ミディアムこそ一番難しく、コースによってソフトよりの性能になるか、ハードよりの性能になるか微妙である。
2種類以上のドライタイヤの使用義務があるカテゴリーでは、たいていこのタイヤが2番目に使われることが多いが、&bold(){このミディアムがしっかり生かせるかで勝敗が分かれることがある}。


**・カテゴリーによるハードとソフトの取り扱い
レースカテゴリーによってソフト~ハードの差がかなり異なるのも特筆すべき点であろう。
:・F1では|
F1ではタイヤは硬い方からC1-C5と5種類用意されていて、サーキット毎に3種類をハード・ミディアム・ソフトと言い分けている。
昔はコンパウンド1つに1つの言葉が当てられていて、サーキットによっては「スーパーソフト、ソフト、ミディアム」のようにソフトが2種類になったりしていた。
これだとピットクルーも混乱するし視聴者にもわかりにくいという事で、そのサーキットに持ち込まれるタイヤの中でハードミディアムソフトという言い分けとなった。
そのため同じC3の固さでも、モナコ&footnote(C3-C5)ではハードタイヤとして使われているタイヤが、イギリスGPを開催するシルバーストーン&footnote(C1-C3)ではソフトタイヤとして使われている。
コンパウンド固有の名称か、割当のどちらが分かりやすいかは微妙なところだが、サーキット別でコンパウンドを比較する必要もあまりないので、後者の割当式の方が概ね好評である。

:・WEC(FIA世界耐久選手権)では|
WEC用だとタイヤの固さは「路面の温度によって使い分ける」物であり、適正温度であればどれも大体同じタイムが出て、同じ距離を走れるようになっている。
記録的に寒かった年は「昼からソフトを履かざるを得ず、夜にはソフトタイヤを使い切ってペースを上げられなかった」なんてトラブルもあったり。

:・SUPER GTでは|
SUPERGTは他のシリーズと違い「タイヤメーカーが1社ではない」事から、タイヤにの開発競争がが非常に激しく、1レースのために1つのメーカーが何種類ものタイヤを開発・製造している。
SUPERGTにおいて、サーキットに持ち込めるタイヤは、ソフトタイヤとハードタイヤ2種類のみ。しかし、同じメーカーを使用していても「AチームのソフトとBチームのソフトが異なるタイヤ」という、非常にややこしいケースが起きることがある。
これは、タイヤメーカーが先述のように多種多様なタイヤを開発していて、各チームがその中から2種類を選んで持ち込んでいるためである。
これを先程上げたF1のC1-C5式に当てはめると、F1の場合は「このサーキットではC2-C4を使うよ」とタイヤメーカーが決定するが、SGTの場合はチームが「うちはC2とC4にする」と決めている…というように説明できる。
そのため2セットのうち相対的に柔らかい方をソフト、硬い方をハードと呼んでいるが、実はソフトが他のチームのハードと同じという事も制度上起こり得るのだ。

:・インディカー・シリーズでは|
インディカーのロードコースやストリートコースのレースでは、ソフトとハードの2種類、ソフトタイヤはタイヤウォールが赤く塗られている事から「レッドタイヤ」、ハードタイヤはゴムそのものの色なので「ブラックタイヤ」とも呼ばれる。
決勝中に両方のタイヤを履く必要があるが、レッドはブラックに比べ本数が少ない事から、「新品レッド→新品ブラック→予選で使った中古レッド」という繋ぎ方が多い。
予選上位が見込めないチームは予選をブラックで走って新品レッドを決勝で2度使うギャンブルに走る事もある。
ただしオーバル戦ではペースに大きな差が出ると危ないのでブラックタイヤのみ。その代わり、右のタイヤの直径が左のタイヤより大きくなっている。これは、左コーナーしかないオーバルコースにおいて外側である右側のタイヤの方が、走る距離が長いうえに負荷が大きいゆえ。またタイヤ径違いゆえにステアリングをセンターにしても勝手にマシンが左方向に走っていくため、直線では右にステアリングを切らなければいけない代わりに、コーナーを曲がりやすくなるメリットもある。&footnote(このタイヤに合わせて、ディファレンシャルはロックされている上に、アライメントも左右非対称という特殊なセッティングがマシンには施されている)

:・motoGPでは|
バイクだが、motoGP用のタイヤは他と違って強烈な特性があり、なんと「タイヤの左右でコンパウンドが1段階違う」。
サーキットの構造上コーナー数が左右異なるための処置で、コーナーが少ない方が冷えやすい→グリップしづらい→滑ってコケる→ドライバーの生命に直結する。
という安全上の問題でこうなっている。
このタイヤを持ってしても右コーナーが5つ続いた後の左コーナーとなるミサノのターン15や、左→長いストレート→左左→右コーナーとなるバレンシアのターン3等、転倒のメッカとなっている箇所が存在する。


*《主なレーシングタイヤメーカー》
現在、多くのタイヤメーカーが様々なレースにタイヤを供給している。
一度は聴いたことのあるメーカーばかりなので、知っているメーカーや今自分の車に履いているタイヤがそのメーカだったりすることもあるだろう。
もちろん広告も兼ねてはいるが、それ以上にメーカーによって性能が異なっていたりするので、それによってマシンの性格や作戦を変えたりする。
ここでは、代表的なタイヤメーカーを紹介する。

:・ブリヂストン(BRIDGESTONE)|
日本産タイヤの中ではトップシェアを誇るタイヤメーカー。
スポーツタイヤにも使われている「ポテンザ」がレースでは使われている。
1997年からF1にもタイヤを提供し、翌年は供給先のマクラーレンがダブルタイトルを獲得。その後は短いワンメイク期間を経て後述のミシュランと開発競争を繰り広げ、2000年代初頭のフェラーリ黄金期を支えた。ミシュラン撤退後もワンメイクのサプライヤーとして全チームにタイヤを供給し続けたが、F1がピレリタイヤへの転向を機に2010年限りで撤退した。
現在では日本国内のSUPER GTや全日本ロードバイク選手権タイヤを供給。
海外子会社であるファイアストンも同じくレーシングタイヤを製造しており、インディカーシリーズにタイヤを供給している。

:・グッドイヤー(GOOD YEAR)|
アメリカでのトップタイヤメーカー。
社名の由来は発明家のチャールズ・グッドイヤーから。
1964年からF1にタイヤを供給し始め、1998年に撤退するまでに368勝するなど、昔からの実績が大きい。
現在は主にNASCARが大きな供給元で、そのほかではWECの下位カテゴリーにも提供している。

:・ミシュラン(MICHELIN)}|
フランスが誇る最大級のタイヤメーカー。実は世界で始めてラジアルタイヤを作ったのもミシュランで、ミシュランマン(ビバンダム)というマスコットで有名でもある。
かつてF1にもタイヤを供給しており、参戦初年度の1977年は、バイアスタイヤ主流だったF1に初めてラジアルタイヤを持ち込んだことでも注目を浴びた。1979年には供給先のフェラーリがダブルタイトルを獲得し、1984年にもマクラーレンのダブルたイトルに貢献すると、その年限りで撤退。
2001年に復帰し、2005年には供給先のルノーが、当時連戦連勝を重ねていたブリヂストンとフェラーリの牙城を崩しダブルタイトルを獲得した。
しかし、同年に起こしたとある事件を機に2年後に予定されていたタイヤメーカーワンメイク化の選考から外れてしまい、翌年に再び撤退した。
それでもSUPER GTのほかにWRC、WEC、フォーミュラE、Moto GPなど、現在もタイヤを供給しているレースは多岐に渡る。

:・ピレリ(PIRELLI)|
イタリアのタイヤメーカー。
現在のF1タイヤメーカーで、最初期にも供給していたが、撤退と復帰を繰り返していた。
そのほかにF1の下位カテゴリーであるF2、F3にも提供しており、現状F1への登竜門には必ずピレリを使うことになっている。
GTワールドカップもピレリが担当していて、GT3車両のハンデはピレリタイヤ前提で制作しているので日本だと合わないと悲喜こもごも。

:・ヨコハマタイヤ}|
キャラクターが謎に怖いことで有名な会社。
現在はスーパーフォーミュラにワンメイクタイヤを提供、SUPERGTにもGT500へ2チーム、GT300へ15チーム提供。
GT300の方は他メーカーを押さえ最大勢力になっている。
以前はWTCCにも提供していた。

:・ハンコックタイヤ|
韓国のタイヤメーカー。
市販品はともかくレース用としてはそれなりのタイヤを作るメーカー。
2020年までDTMのワンメイクタイヤを提供していた他、2021年からはスーパー耐久でワンメイクタイヤを供給している。


*《タイヤに関するトラブル》
そして、タイヤは地面に接するがゆえにいろいろなトラブルが起こりやすい。
走りによるものだったり、クラッシュによるもの、果てはタイヤ自体のトラブルなど種類はさまざま。そしてそれが勝敗に直結することは間違いない。
ここでは代表的なタイヤに関するトラブルを上げていく。

:・パンク|
一番わかりやすく、そして頻発するトラブル。
&bold(){タイヤの内圧が抜けてしまい、それによって走行が安定しなくなってしまう}。
ひどいものだとタイヤ自体が破裂し、その破裂したゴムが鞭のようにマシンを傷つけてしまうことがあり、そうなってしまうと被害は甚大。
ウィングなどの空力パーツめちゃくちゃになる上に、サスペンションなど重要な部品を壊してしまうなど、&bold(){場合によってはリタイアになるトラブル}である。
無茶なドライビングによるタイヤの限界、またはマシン同士の接触やそれにより飛散したパーツを踏んだりして、が主な原因である。
現在でもそういった事態を避けるべく改良が重ねられてはいるが、それでも起きるときは起きる、タイヤを代表するトラブルである。
タイヤが原型をとどめたままエアが抜ける場合はパンク、タイヤが破裂した場合バースト、針状の物が刺さってゆっくり抜けていく場合はスローパンクチャーと分類されるが、
いずれもエアによるトラブルでまともに走れなくなるという事には変わりない。

:・グレイニング|
ささくれ磨耗ともいう。これは路面温度やタイヤの温度が低いまま走り続ける、もしくは高速コーナーでスライドさせるような走りを続けると発生し、
表面のゴムだけが溶ける→カスのようにまとまる→でも路面が冷えててすぐに固まる→また摩擦でそこが溶ける→…を繰り返すと、&bold(){タイヤの表面が荒れていき、サメ肌のように荒れてしまう現象}である。
表面積が減ってしまうためグリップが低下し、&bold(){加速やコーナリングに著しく悪影響が出る}。
原因としてはセッティングが合わず、オーバーステア(曲がりすぎる)やアンダーステア(曲がらなさすぎる)だと発生しやすい。タイヤの温度が上がれば基本的には解決するが、ドライバーによってはなかなか解決しないこともある。

:・ブリスター|
高い路面温度によってタイヤがオーバーヒートし、&bold(){タイヤの内部の成分が気化し、表面に穴が開いてしまう現象}。発生した箇所は気泡が発生するほか、その発生するときに表面が膨張し、変形したまま走ることになってしまう。
こうなってしまうとタイヤの性能がガクッと落ちてしまい、&bold(){本来の性能を取り戻すことは不可能}。どれだけがんばっても性能は低いままだ。
当然こんな状況でソフトタイヤなんて使えないが、これがハードタイヤでも発生するようならばそれだけ路面が厳しいか、セッティングがタイヤに厳しすぎるかの2択である。
またチームのマシン設計自体がそうなる傾向にあることもあるため、その場合はあきらめて走るしかない。&footnote(わざとタイヤを痛めつけるセッティングにするのは、タイヤのグリップを早く引き出す目的があるため、一概に間違ったセッティングではない。たまたまそのコースでは合わないことがほとんどである。)

:・ロックアップ|
これはタイヤのトラブルかというよりはドライバーのミスではあるが、一応記載。
&bold(){ドライバーがハードブレーキングをした際にタイヤががっちりと止まってしまい、そのまま惰性で走ってタイヤの表面を傷つけてしまう}ことだ。
一見たいしたことがないように感じるが、実はとてもやばいことになりかねない。
ロックアップした部分は当然平らになっており、真円のはずのタイヤに角(フラットスポット)ができてしまう。
そうなると走る際に振動が発生し、マシンががたがたと震えてしまう。
さらに&bold(){一度ロックアップすると再度その箇所で発生しやすくなる}ため、どんどんひどくなっていき、最終的にはサスペンションが振動を吸収しきれずに破損、リタイアということにつながってしまう。
これ自体はセッティングやドライバーの腕次第で何とかできる問題のため、これをしないドライバーはそれだけ技量が高い証である。

:・デグラデーション|
これもトラブルではないが、正直、タイヤにとって一番悩ましいのがこのデグラデーション、磨耗である。
当然だが地面に接する以上磨耗し、ペースが落ちていく。しかもパンクやブリスターのように&bold(){明確にペースダウンにならない}ので、タイヤの余力を推し量った上で、どこでタイヤ交換するか、どれだけタイヤを使って相手との差を広げるか、という駆け引きの材料になる。
同じ距離を走るにもかかわらず相手のほうがまだグリップが残っていたり、走れなかったりするという事態が起きるため、レースにおいての見えないタイヤのトラブルであるといえる。

:・ピットクルーのミス|
これもタイヤのトラブルというよりはヒューマンエラーだが大きくかかわることなので記載する。
そして、&color(#ff2200){&bold(){ドライバーにとって一番あってはいけないことでもある。}}
ピットに戻ってタイヤ交換するのはいいが、その際にホイールナットが締まらず脱輪したり、もしくはホイールナットがエアレンチの不具合によって外れず大幅なタイムロスとなり、今後のレースのためにあきらめてリタイアする事態に追い込まれたりする。
せっかくドライバーががんばって走っているというのに、味方であるピットのミスで台無しにされてはたまったものではない。
そんなことがないようにピットクルーは何度も訓練をし、工具の点検を欠かさない。
&s(){それでも起きてしまうときは起きてしまうが。}

:・ピックアップ|
摩耗したタイヤのカスはコース場に飛び散る。
カスといってもレース用タイヤから発生するタイヤカスはもはや「塊」といっていい程大きいものになる。
よってこれを踏んでしまうとタイヤにくっついてしまい、グレイニングと同じような現象が起こる。
特に追い抜きの時に踏みやすく、いかに踏まずに抜くか、もし踏んだらうまいこと運転してカスを削り飛ばすかがポイント。
直接のピックアップでは無いが、このタイヤカスはいろいろ悪さをする。
緊急用の電気系統シャットダウンスイッチ(通称キルスイッチ)にタイヤカスが直撃して、いきなり全電源が落ちてリタイヤとか、
タイヤカスがブレーキの冷却ダクトに飛び込んでしまってブレーキがオーバーヒート、止まりきれずにクラッシュなんてのもまれに良くある。


*《タイヤがもたらすレースへの駆け引き》
タイヤの違い、トラブル、そしてそれらをカバーするためのドライビングにより、レースは大きく白熱する。
最後に、タイヤによってでるレースへの影響、駆け引きを大まかに記載する。

:・同じタイヤでの我慢比べ|
スタートでほかのマシンと同じタイヤを選んだ場合、その条件は言わずもがなイーブンとなり、セッティングやマシン特性、ドライビングスタイルでどれだけタイヤを持たせ、ハイペースを維持できるかによってレースの有利不利が決まる。
タイヤを持たせられる=ピット回数を減らすことにつながるため、その分タイムロスをなくすことになり、セッティングを含め最適な状態をフリー走行で確認する。
近年ではフリー走行に当てられる時間が減少させられていく傾向にあり、最適なセッティングをいかに素早く見つけられるかがレース勝利への鍵である。

:・アウトラップでの立ち回り|
タイヤウォーマーがあってもなくても、タイヤ交換をしてすぐの周ではタイヤは作動温度領域に達してないことが多く、ピットを出てすぐでは本来のペースに戻せないことがある。
これが&bold(){アウトラップ}と呼ばれ、特にハードタイヤだと顕著に出る。
そうなると磨耗してはいるが暖まってパフォーマンスで分のある自分のタイヤを使って少しでもタイムを縮め、ピット勝負で逆転を狙うことも可能になる。予定ピットよりも遅らせることを&bold(){オーバーカット}という。
また、逆に早めにピットを行うことでタイヤがしっかりと機能した状態を作り、むしろ相手のアウトラップで逆転を狙うことを&bold(){アンダーカット}といい、技術の向上によって相手のピット戦略やアウトラップを推測し、それに合わせた作戦を読みあうことも駆け引きにつながる。

:・相手の意表をつく作戦変更|
とはいえ、レースでは予想外の状態も起こりやすい。
突然の雨やクラッシュにより予定外のピットを余儀なくされたり、セーフティーカー&footnote(クラッシュなどによって競技続行が危険と判断されたときにコース内に入り、安全な状況になるまでマシンを先導する車)により強制的に前後のマシンとの差をリセットさせられたりと、たとえ先ほどまで自分に有利な展開だったとしても、一瞬で相手が有利になりかねない事態に陥ってしまうことだってありえる。
しかし、逆も然り。セーフティーカーが入ったタイミングでピットに入り、新品のタイヤに交換すれば競技再開時に有利に立つことができ、
雨でもぱらつく程度でまだ路面が完全に濡れる前ならば、
我慢してすこしでもペースの速いうちに相手との差を広げる、
もしくはその逆で雨が激しくなると予想してすばやくレインタイヤに交換して雨に備えるなど、ピットが非常に慌しくなる。
普段トップチーム勢が勝つことが多くても、誰も予想しなかったドライバーやチームが上位に食い込むことがあるため、タイミング、運が絡むが、レースの展開が読みにくくなりファンにとっては白熱する要素となる。


*《タイヤによって起きたモータースポーツの事件》

**・2005年F1世界選手権アメリカGP
通称インディゲート。先述したミシュランがF1を去るきっかけとなった事件である。
2005年、F1において大きなタイヤの規則変更があった。それは「金曜日の練習走行から、日曜日の決勝レースまで、1セットのみのタイヤを使用する」というものだった。それまで練習走行と予選と決勝で異なるセットのタイヤを使用し、決勝でも2回以上のタイヤ交換が当たり前だったF1において、レース中も含めてタイヤ交換を原則禁止するという、異例とも言えるレギュレーションの改革だった。

これは、当時F1にタイヤを供給していたメーカーの一つだったミシュランの提案によるもので、タイヤの使用本数を減らすことで、製造や運用のコストを下げ、タイヤメーカーの負担を減らすことと、タイヤに求められる耐久性上げることで、タイヤの絶対的な性能(主にグリップ)を下げてマシンのスピードを落とそうという狙いがあった。
シーズンが開幕する前は、「それだけの耐久性があるレーシングタイヤを本当に作れるのか?」という疑念が関係者やファンの間では少なからず囁かれていたが、シーズンが始まると、提案したミシュランは無論、当時F1用タイヤを製造供給していたもう一つのタイヤメーカーであるブリヂストンもこの規則に順応した安全なタイヤを供給し続けていた。&bold(){そう、このレースが開催されるまでは…}

迎えた第9戦アメリカGP。インディアナポリスモータースピードウェイ(IMS)で開催されたこのレース。金曜日の練習走行で事件は起きた。
セッション中、トヨタのラルフ・シューマッハが最終コーナーで突然スピンし、コース外側の壁に激突。これで負傷したシューマッハはその後の予選と決勝を欠場することが決まった。
このクラッシュがあまりに大きなものだったことと、クラッシュしたマシンのタイヤが完全に壊れていたことから、トヨタにタイヤを供給しているミシュランによって事故の原因調査がおこなわれた。その結果、マシンに使われたタイヤが、IMSの最終コーナーを全開走行するさいの負荷に耐えられず、破裂してしまったことが事故原因だったと発覚。さらに、ミシュランを使用している他のマシンにも、同様の現象が起きる兆候が見られた。
ミシュランはこのことをFIA((国際自動車連盟の略称。F1を始めとする4輪モータースポーツを統括し、規則を決めている))に報告し、タイヤを10周以上使用することは危険だと話し、今回使用しているものとは異なるタイヤを使用させてほしいと訴えた。FIAは「1レースで1セット」という規則に抵触することから、最初はこの訴えを認めることに難色を示したが、何らかのペナルティを受けることを条件に最後は承諾する。
しかし、問題が解決することはなかった。&bold(){この後ミシュランが新たに持ち込んだタイヤにも、同じ問題があったのである。}
土曜日の予選後、万策尽きたミシュランは、アクセル全開で走ることができる最終コーナーに減速用のシケインを設け、スピードを落とすことでタイヤにかかる負荷を小さくできればタイヤを使用できるとFIAに提案。しかし、この提案はFIAに拒否されてしまう。
FIAが拒否した理由は大きく分けて3つ

①ミシュランの都合でコースを変えるのは、本来のコースを想定してタイヤを用意したブリヂストンに対して不公平である

②シケインを設けた場合、IMSは規則に沿って承認されたコースのレイアウトではなくなり、FIAが認めたレースを開催することができない

③チームやドライバーはIMSのコースにシケインが設けられることを想定した用意はしておらず、シケインが却って危険を招くことになりかねない

FIAは、天候変化((この記事の解説にあるよう、レーシングカーのタイヤは晴れ用と雨用で性能が全く異なるため、晴れ用から雨用、逆のタイヤ交換は認められていた))やタイヤのトラブル((いくらタイヤ交換禁止でも、パンクしたマシンをそのまま走らせるのは危険であるため、パンクしたタイヤを交換することは認められていた))など、安全を理由としたレース中のタイヤ交換は例外的に認めていることから10周ごとにタイヤを交換することや、最終コーナーでミシュランのタイヤを使用しているマシンのみ安全な速度までスピードを落とすこと、制限速度が存在するピットレーンを通ることで最終コーナーを避けることを提案した。

しかし、いずれかの提案を飲んだ場合、ミシュランが勝機を失ってしまうことは明らかであり、ミシュランはそれらを受け入れることはできなかった。

そして、いよいよ決勝レース。ミシュランタイヤを履くマシン14台と、ブリヂストンタイヤを履く6台のマシン、計20台がフォーメーションラップを始めた。本来なら、1周後に全車スターティンググリッドにつき、レースがスタートする…はずだった。

しかし、レース直前に観客たちが目にしたのは、&bold(){ミシュランタイヤを履く14台のマシンが全てピットインし、ブリヂストンタイヤを履いた6台のマシンだけが、スターティンググリッドにつき、そのままレースがスタートするという異様というほかない光景だった。}

ミシュランとそれを使用するチームが最後に選択したのは、レースのボイコットだった。FIAが自分たちの要求を飲まず、かといって自分たちがFIAの指示通りレースをすることもできない。彼らが選んだのはレースへの出走そのものを拒否することだったのだ。

観客席からはブーイングの嵐がコース上に降り注ぎ、FIAの会長であるマックス・モズレーを非難、侮辱する横断幕が掲げられた他、観客が抗議としてサーキットにペットボトルを投げ入れる事態まで起きた((これは300km/hのマシンが走る場所に異物を投げ込むのは事故の原因となる危険行為であるため、気持ちは理解できると前置きしつつも、この行為に及んだ観客を非常識と批判する声も多くあった))。

レースは結局、6台全車が無事完走。ブリヂストンタイヤを使用した6台は一度たりともタイヤのトラブルに見舞われることはなかった。優勝したのはフェラーリのミハエル・シューマッハ。何の因縁か、練習走行でクラッシュし、一連の騒動の発端となったラルフの兄だった。

ミシュランはレース後にプレスリリースを発表、ボイコットに関して観客やファンに謝罪する一方で「我々は安全を第一に考えたが、FIAがシケイン設置を拒んだことからボイコットに繋がった」と批判。しかし、ミシュラン自身も「安全を第一に考えるのなら、なぜ安全なタイヤを最初から用意できなかったのか?」という批判を浴びることになった。

実はその直前のヨーロッパGPにおいても、ミシュランを使用するマクラーレンのキミ・ライコネンがフラットスポットを原因とするサスペンションの破損が原因で大きなクラッシュを喫しており((これに関しては、フラットスポットができた危険なタイヤを交換せずにそのまま走り続けるという危険をチームとドライバーが冒していたため、一概にミシュランの責任とは言えない))、このレースを受けたFIAはブリヂストンとミシュランの双方に「タイヤはあらゆる状況において安全なものを用意するように」という書簡を送っていたという。このことも上記にあるミシュランへの批判を助長した。

ミシュランの要請に応じなかったレースを台無しにする要因となったことから、FIAにも少なからず批判に集中した。モズレーはそれに対して、上記にあるシケインの要請を拒否した理由やミシュラン側に代替えとして提案した内容を説明した上で、レースに安全に出走する方法があったにもかかわらず、それを拒んだミシュランを批判した。また、ミシュランの提案を受け入れてレースをしたことが原因で重大な事故が起きた場合、誰もFIAを擁護できなかったはずだと自らの正当性を主張した((シケインの設置が原因で重大事故が起きた場合「FIAが自分たちが作った規則を無視してコースレイアウトを変えたことでドライバーや観客を危険に晒した」という事実が残るため、この主張は至極真っ当である))。

結局、ミシュランはレースを走るために必要なタイヤを用意できなかったことや、不当にレースへの出走を拒否したことが、FIAやF1関係者の間で結ばれてばれている協定に違反するとして有罪判決を受けることとなった。また、翌年のアメリカGPのチケットを自費で購入し、このレースの観客に配布することで事件の補償をおこなうことを決めた。

ミシュランはこの年開催された19レースのうち、このアメリカGPを除く18レースで勝利を上げることになるが、唯一敗北したこのレースの一連の出来事により、F1での信用を大きく失墜。2007年から予定されていたワンメイクタイヤにも、ブリヂストンが選ばれることとなった。

そして、このレースの影響を受けたのか、「1レース1セット」のタイヤ仕様レギュレーションはこの年限りで廃止となり、翌年からはレース中のタイヤ交換も復活することになった。



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以上がモータースポーツのタイヤである。
このほかにも調べるともっと奥深いことが書かれているサイトや本が多数存在するので、気になる人はそちらを熟読することをお勧めする。
少しでもモータスポーツに興味を持ってくれたなら幸いだ。

追記・修正はタイヤのグリップを維持しながらお願いします。


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- 締まらないのってピットのミスか?タイヤヒットしたせいで歪んだりとかありそうだが  -- 名無しさん  (2021-10-24 01:56:53)
- 接触なら接触したって分かるはず。故障してないにも関わらずタイヤが外れるのは間違いなくピットのミスだよ。関わらず最近だとモナコのボッタスなんかがいい例。  -- 名無しさん  (2021-10-24 02:05:47)
- ロックアップってABSがあれば防げるんだろうが、モータースポーツは一部を除いて車両へのABS搭載を禁止してるからな  -- 名無しさん  (2021-10-24 10:00:28)
- 離タイヤ  -- 名無しさん  (2021-10-24 11:16:57)
- ↑タイヤの問題でリタイヤなんてしたらシャリんならんな なんちて  -- 名無しさん  (2021-10-24 15:05:54)
- ↑グリップ無ぇな……  -- 名無しさん  (2021-10-24 15:34:59)
- 何かの実験とかで溝無しタイヤのハイドロプレーニングでどこまで滑るかとかやってないかなぁ  -- 名無しさん  (2021-10-24 16:44:14)
- スリックでも温まっていれば、ある程度の雨でも対応出来る。ソースはSGT2013年  -- 名無しさん  (2021-10-24 17:04:29)
- 途中送信すまぬ。ソースはSGT 2013年SUGO  -- 名無しさん  (2021-10-24 17:05:07)
- 書いた奴は相当なモータースポーツ好きなんだろうな。愛が伝わってくるぜ。  -- 名無しさん  (2021-10-24 19:05:04)
- 直近のトラブルだと、今年のF1モナコGPでボッタスの右フロントタイヤを外す時にインパクトレンチのソケットが斜めのまま回してホイールナットをなめちゃったってのは印象深いな。結局外すのに約70時間もかかって世界一長いピットストップって言われたのは笑ったなぁw  -- 名無しさん  (2021-10-24 21:04:32)
- 柔らかいタイヤほど摩耗しやすいというのは、要するに消しゴムと同じ。消しゴムも柔らかいほど小さくなりやすいからね  -- 名無しさん  (2021-10-24 21:14:32)
- ↑映像でもわかるくらいにねじ山削れてたからな  -- 名無しさん  (2021-10-24 21:33:07)
- ↑5路面が完全に乾いていなくても、タイヤと路面の摩擦熱で水分が蒸発する程度の水量ならインターミディエイトよりスリックの方が有利だな  -- 名無しさん  (2021-10-24 21:41:42)
- あまりにも速いとむしろ溝はなくなるのね…  -- 名無しさん  (2021-10-25 11:00:11)
- 昔のF1だと給油と平行してやってたんだよな。だから交換に5秒くらいかかってもあまり気にしなかった。  -- 名無しさん  (2021-10-25 21:24:10)
- タイヤのグリップ力が高いほど、加速が早くなるし減速も早くなる。これをチョロQ3で初めて学んだ。  -- 名無しさん  (2021-10-26 04:46:37)
- いやぁ、ちょくちょく様子は見てたりコメント打ったりしたけど、ここまで内容が濃くなるとは…みんなすげぇわ。  -- 名無しさん  (2021-10-26 20:27:31)
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