スライ(MtG)

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スライ(MtG) - (2016/05/22 (日) 04:18:42) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2011/02/08(火) 11:39:40
更新日:2023/10/13 Fri 23:25:25
所要時間:約 12 分で読めます




あるカードをめくり、ポール=スライはこう言った。

「鉄爪のオーク?HAHAHA!灰色熊より明らかに弱いじゃないか!」


~カード紹介~
鉄爪のオーク/Ironclaw Orcs (1)(赤)
クリーチャー オーク
鉄爪のオークはパワーが2以上のクリーチャーをブロックできない。
2/2


灰色熊/Grizzly Bears (1)(緑)
クリーチャー 熊
2/2


隣でデッキを調整していたジェイ=シュナイダーは笑って返す。

「確かにな」

カードを束ねて調整を終え、彼はそれを切り直した。

「それじゃあ、このデッキと一戦しないか?」

そう言った彼はその束へ、
これ見よがしに4枚の鉄爪のオークを挿し込んだ――。



スライは、M:tGのデッキタイプの一つ。デッキカラーは赤/Red

広義的には火力と軽量クリーチャーが織り成す高速ビートダウンデッキであり、
狭義的にはマナ1点、カード1枚を可能な限りダメージに変換することを狙う、
極限まで効率を突き詰めたデッキである。



〇スライの誕生とその経緯

M:tGの黎明期に存在したクリーチャーデッキは以下の色

騎士道、集団戦の色であり、多くの優秀な小型クリーチャーを有し、
十字軍による強化やゲドンによるマナ・ロックを組み込みながら戦う

自然、成長、クリーチャーの巨大さを美徳とし、
他の色が羨むようなスペックのクリーチャーを恒常的なマナ加速によって連打しながら戦う

白と対になる悪の騎士や死霊・ゾンビ・悪魔を、得意の単体除去・手札破壊とスーサイド要素でバックアップし、
暗黒の儀式による一時的な爆発的マナ加速から展開し、常にリスキーな戦いに身を置く

のいずれかであった。

残る色は青と赤だが、対抗呪文で知られるは当時から既に「妨害最高!長期戦万歳!」という地位を確立しており、クリーチャー戦とは縁遠い色。
(余談だがそれから10数年後、青が最強のウィニー色だなどと言われるようになるとはこの時誰も知る由がなかった。)

そして残されたのは……

「赤?ああ稲妻と大型ドラゴンの色ね。軽量クリーチャー?知らんな」

~カード紹介~
稲妻/Lightning Bolt (赤)
インスタント
クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。稲妻はそれに3点のダメージを与える。


Shivan Dragon / シヴ山のドラゴン (4)(赤)(赤)
クリーチャー ドラゴン(Dragon)
飛行
(赤):シヴ山のドラゴンはターン終了時まで+1/+0の修整を受ける。
5/5


シヴ山のような高コストなドラゴンとダメージ呪文。
活躍する赤単色デッキは、それらとどの色でも使える汎用カードを用いた、クリーチャー主体とは言えないものばかり……。
早い話が、赤の軽量クリーチャーはクズカード同然と思われていたのだ。


「おい、もっと良い構築しろよ」


しかし、シュナイダーは赤の軽量クリーチャーデッキを作った。

見向きもされないクリーチャー達を使って。

冒頭のようなやり取りが本当に有ったかどうかは分からないものの、シュナイダーがデザインし、ポール=スライが使用した特徴的な、

いやはっきり言おう

ギャグ寸前としか思えないデッキがなんとプロツアー予選突破を果たし、一躍話題をかっさらったのである。

当時、あまりにも斬新だったその戦術は表現できる言葉が見当たらず、使用者の名、『スライ』として広まったのだ。

(本来ならシュナイダーの名前を冠するべきだろうが、シュナイダーは後にシュナイダーポックスで名前を残している為、結果的にこの方が分かりやすかったということになる)


こうしてスライという、現在に至ってもなおMtGを語る上で欠かせないデッキタイプが誕生したのだった。



○スライの構築理論

スライの戦術を極端に表せば

『使用できないカードは無駄』

ということになる。

これに関しては少々説明が必要だろう。これだけを言われても、
「いやいやw使えないカードなんてデッキに入れ無いっしょwww」
…とまではいかないにしても、
「言っていることは分からないでもないが、実感が沸かない」
と、思われても仕方がないためだ。


さて、では次のような場面を考えてみてもらいたい。
場面はゲーム開始直後、貴方の手札はこうだ。
手札:《平地》《平地》《平地》《平地》《平地》《神の怒り》《セラの天使》

一見すると4ターン目に《神の怒り》を撃ち、5ターン目に《セラの天使》出して場を制圧する、という実に頼もしい手札だ。

対して、目を覆うような土地事故の末ダブルマリガンを選択した対戦相手の手札はこうであった。
手札:《山》《山》《モンスのゴブリン略奪隊》(ただの1マナ1/1)《鉄爪のオーク》《稲妻》

ではこのデュエルがどうなるのかを見てみよう。
~1ターン目~
相手の先攻。
相手は《山》から《モンスのゴブリン略奪隊》をプレイ、貴方は思う「こんな弱小カード使ってるなんて楽勝だな、と」

貴方のターン。貴方は引いたカードを見て天を仰ぐ。
なんと2枚目の《セラの天使》を引いたのだ。序盤少しくらダメージを受けるかもしれないが、
《神の怒り》と《セラの天使》2枚があれば勝てるに違いない。
もちろん貴方は《平地》を置いてターンエンドだ。

~2ターン目~
相手は《モンスのゴブリン略奪隊》で殴りかかる。1点のダメージ。正直蚊に刺されたようなものだ。
さらに《山》をプレイして2マナから《鉄爪のオーク》をプレイ。やれやれ、相手はこちらを舐めているのだろうか。

貴方のターン。貴方は自分の引いたカードに仰天する。
なんと《ハルマゲドン》!今日はなんてツイてる日なんだ!!と貴方は《平地》を置いてターンエンドする。

~3ターン目~
相手は《モンスのゴブリン略奪隊》《鉄爪のオーク》で殴りかかる。残りライフは16まで減ったが、軽い軽い。
どうやら相手は『そこそこ』引きが良かったらしく、《ミシュラの工廠》を置き、2枚目の《鉄爪のオーク》をプレイした。


~カード紹介~
Mishra's Factory / ミシュラの工廠
土地
(T):あなたのマナ・プールに(1)を加える。
(1):ミシュラの工廠はターン終了時まで、2/2の組立作業員(Assembly-Worker)アーティファクト・クリーチャーになる。それは土地でもある。
(T):組立作業員クリーチャー1体を対象とする。それはターン終了時まで+1/+1の修整を受ける。


貴方のターン。素晴らしい、引いたのは《白騎士》。最高のブロッカーだ。
そのまま《平地》をセットし《白騎士》を出してターンエンド。

~4ターン目~
相手は《白騎士》に《稲妻》を打ち込む。
そして《ミシュラの工廠》をクリーチャー化すると、全員で殴ってきた。残りライフは9となった。
さらに手札からセットされる 《露天鉱床》。
こうして《平地》が破壊され、《神の怒り》が間に合わなくなった貴方は特にカードも引けずに2ターン後敗北した。
(次ターン7点のダメージと次々ターンミシュラの2点ダメージがあるため)


~カード紹介~
Strip Mine / 露天鉱床
土地
(T):あなたのマナ・プールに(1)を加える。
(T),露天鉱床を生け贄に捧げる:土地1つを対象とし、それを破壊する。


虫のいい話に聞こえるだろうか?いや、まぁ実際虫のいいように書いているのだから仕方がないとして、
実は最初期のスライの強さは上記の鮮やかすぎるサクセス・ストーリーに集約されている。
神の怒りだろうがセラの天使だろうが、撃たせなきゃor出させなきゃいい。
もっと言うなら撃たれてor出されてもその返しでプレイヤーの方を焼き殺せばいいのである。
そのために、自身はいつ引いても唱えられる低コストカードばかりを採用し、
相手がカードを使い切れていない内に決着を目指すこと、それがスライの基本理念であり、
上述の『使用できないカードは無駄』の意味である。

そして、このスライの強さの影には、「自分だけが殴れる時間」を作り出す《露天鉱床》の姿があった。
(後述するスライの黄金期においても、スライが活躍の影には《不毛の大地》の存在があったのは言うまでもない)

よくスライの強さはスライのマナカーブにあるとされ、
マナカーブへの着眼が弱っちいカードをトーナメントレベルにまで押し上げたと信じる人がいるが、
それは半分正解で半分間違っている解釈といえる。
毎ターン余すこと無くマナを使えるように構築することがマナカーブ理論の強みだが、
マナを全てダメージに変換してノーガードで相手を殴り殺す攻撃力には常に打たれ弱さが隠れている。
その打たれ弱さを《露天鉱床》というカードで補って、出来る限り相手にはサンドバッグつまり永遠の序盤を演じてもらう必要がかつては存在したのだ。

もちろんだが、クリーチャーおよび火力の質の向上とともに絶大なるの強さを手に入れたのは周知の事実だ。
しかし、そのような進化の前にはこのような歴史があったこと、スライの強さはマナカーブによるものだけではないという事をどうか念頭に置いておいてもらいたい。



○スライ最初期のカード達
Dwarven Trader (赤)
クリーチャー ドワーフ
1/1

フラーグのゴブリン/Goblins of the Flarg (赤)
クリーチャー ゴブリン・戦士
山渡り(対戦相手が山をコントロールしているかぎり、このクリーチャーはブロックされない)
あなたがドワーフをコントロールしているとき、フラーグのゴブリンを生け贄に捧げる。
1/1

同時期の白や緑には1マナ2/1や1マナ1/1メリット能力持ちなど、比べると悲しくなる性能のカードも珍しくなかったが、
上記のカードはシュナイダー作のスライに採用された。

1マナでパワー1で赤ならとりあえず合格という辺り、泣けてくる。


『一枚あたりの強さで劣っていても実際に使った枚数で勝てば、本質的には優位に立てる!』

と言ったところで流石にこれでは性能が低く、相手が高コストのカードを使えるようになるまでにライフ20点を削りきるのは難しい。

それをカバーするのが前述の稲妻に代表される、火力と呼ばれるカード群だ。


火葬/Incinerate (1)(赤)
インスタント
クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。火葬はそれに3点のダメージを与える。これによりダメージを与えられたクリーチャーは、このターン再生できない。

一般的に火力はクリーチャーにもプレイヤーにも撃つことが出来る。

この性質は無駄を極力省きたいスライには大いに合致しており、
序盤は自軍の攻撃を邪魔する敵クリーチャーを焼き払い、相手が高コストのカードを活用し始める中盤以降では、
盤面で負けていようが関係なく対戦相手を攻撃出来る手段として大変重要であった。

というか黎明期はデッキを赤単色にするメリットなんぞ『火力を存分に撃てる』以外に存在しなかった。いや、マジで。


だが時代も変われば変わるもので……



○スライ黄金時代のカード達

これから紹介するのは、
往時を知る人ならばいろんな意味で思い出深いスライ黄金期のカードである。

モグの狂信者/Mogg Fanatic (赤)
クリーチャー ゴブリン
モグの狂信者を生け贄に捧げる:クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。モグの狂信者はそれに1点のダメージを与える。
1/1

最強の1マナクリーチャーと謳われる、切り込み隊長。
たかが1点?と甘く見た者は、スライ相手のライフ1点が何よりも重いのだと知ることになる。


ジャッカルの仔/Jackal Pup (赤)
クリーチャー 猟犬
ジャッカルの仔にダメージが与えられるたび、それはあなたにそのダメージに等しい点数のダメージを与える。
2/1

みんな大好きスライのわんこ。昔と比較すれば、凄まじいダメージ効率は推して知るべし。デメリットも推して知るべし。


投火師/Fireslinger (1)(赤)
クリーチャー 人間・ウィザード
(T):クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。投火師はそれに1点のダメージを与え、あなたに1点のダメージを与える。
1/1

派手さは無いが活躍したカード。タフネス1のクリーチャーを完封する。自分のライフ?知らんがな!


ボール・ライトニング/Ball Lightning (赤)(赤)(赤)
クリーチャー エレメンタル
トランプル(このクリーチャーが自身をブロックしているクリーチャーを破壊するのに十分な戦闘ダメージを割り振る場合、あなたはその残りのダメージを防御プレイヤーに割り振ってもよい。)
速攻(このクリーチャーは、あなたのコントロール下になってすぐに攻撃したり(T)したりできる。)
終了ステップの開始時に、ボール・ライトニングを生け贄に捧げる。
6/1

なんと場に出たターンに死ぬというステキなクリー……そもそもクリーチャーとして数えていいのか?
赤使い「あれは使い捨て6点火力だ」
その燃え燃えなテキストは、今でも多くの赤使いのハートをわしづかみなのだ。


火炎破/Fireblast (4)(赤)(赤)
インスタント
あなたは、火炎破のマナ・コストを支払うのではなく、山を2つ生け贄に捧げることを選んでもよい。
クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。火炎破はそれに4点のダメージを与える。

撃つ方も撃たれる方もタダでは済まない、火力。
撃てばその後はまともに行動出来ないものの0マナ4点は魅力的で、主にとどめとして使われる。

以上の他にも火力カードを加え布陣を完成したスライは、「命の価値はカード一枚」と嘯き、最有力デッキにまで登り詰め
『ライフ10点から瞬殺された』『MtG最強カードは山』『1ターン目で相手が投了』
といったオカルトじみた伝説を残すまでに至ったのだ。



○スライ、その後

黄金期のスライが暴力的な隆盛を誇ったため、その後数年の赤はクリーチャーも火力も弱体化、以後スライの系譜に連なるデッキは火炎舌のカヴー登場まで現れず、ひとまずはその役目を終えることになる。

また、レガシーなどの環境においてもマナカーブ理論に則るよりも、単純に強くてアドが取れるカードを使ったほうが強いという認識のため、
「スライ」というデッキ自体は割と廃れつつある。(もちろんスライ的な「毎ターンカードを使い切る」という発想が様々なデッキに根付いているのは言うまでもない)

今でこそ「スライ」は、あらゆる色における
ウィニーの指標
クリーチャーの尽きないデッキ
などと認識されているが、


我々は忘れてはならない。

かつて哀愁を誘うほど弱かったクリーチャー達を理論によって纏めあげ、

使い道のないカードはないのだと後進に道を示した、初期型スライを……




山を二つタップして追記、山を二つ生け贄に捧げて修正をお願いする。

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