リアリズム殺人事件(エスパー魔美)

登録日:2019/10/23 wed 03:59:11
更新日:2019/10/25 Fri 22:33:04
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『リアリズム殺人事件』は藤子・F・不二雄作品『エスパー魔美』のエピソードのひとつ。
現在は新装版第9巻及び藤子・F・不二雄大全集5巻に収録されている。

黒い手」「サマー・ドッグ」に続く救いのない話3作目。連載時系列的には最終回から2つ前というかなり後期の作品である。

リアリティのある芸術に憑りつかれてしまった映画監督・竜王寺の物語。芸術を求める彼の狂気的な姿勢はエスパー魔美の中でも特に話題に上がる。

何気に(流石に直接的な描写はないが)明確に死人が出た数少ない回でもある。

そしてパパは出番こそ少ないが相変わらずかっこいい。

【ストーリー】


今から1年前のこと。

ある日の深夜、魔美はどす黒い非常ベルを聞いて駆け出していた。しかもベルの発生源は自殺の名所と言われている高平山団地。
僅かな差で飛び降りた少女を救うが、それでももう一度飛び降りると言って話を聞いてくれない。

飛び降りようとする少女を、突然現れた老人が止めようとした。

どんなことしても死ぬんだから!!」と叫ぶ少女に老人は「止めはせん。現にこれまでこの屋上から四人の自殺者が飛び降りるのを黙って見過ごした」と淡々と言う。

一気に蚊帳の外になった魔美は見過ごしたことに驚いていた。

少女だけ止めたのは、老人にとって求めていた人材が見つかったからであるらしい。


死ぬのはかまわん。だが、その前に……せっかく生まれてきたんだから、この世に一つ、足跡を残していかんかね?

足跡を?

しごとをひとつたのみたいのだ。それによってきみは……死後も永遠に生きることになる

死後も生きる? できるわけないでしょ

できる! いや、きみでなければできんしごとなのだよ


そして死ぬのであればもう恐れるものはないだろうと説得し、彼女をどこかに連れて行った。
魔美は意外な説得法に舌を巻きながら家に帰るのだった。

しかし魔美は僅かな違和感を覚えていた。


それから1年後。
魔美はその話を高畑にしていた。
なんでも今朝の新聞にあの老人が写っており、ちょうど思い出したのだ。
新聞には「鬼才カムバック! 竜王寺監督久びさの新作」と記されていた。

あの老人は映画監督だったそうだ。だからあの少女もその映画関係の仕事をしているのではないかと魔美は推測していた。

さらに新聞によると竜王寺監督の作品は「元禄血笑記」以来ほぼ半世紀ぶりのものになるとのこと。
好奇心をくすぐられた魔美はこっそりロケ地を覗きに行くことを提案する。

今から行くと帰りが遅くなることを危惧する高畑だが、魔美の超能力は最近強化されており、今からでも十分に間に合うらしい。
実際彼女が豪語する通りテレポートを一度で雲の上まで到達し *1、念力飛行はジェット機並みの速度を出すことができた。そうして難なくロケ地までたどり着くのだった。

ロケ地は何もない山奥にあり、まるで平安時代をそのまま移したような御殿であった。
こっそり見学していた魔美たち。そこにひとりの女性が現れる。
それはメイクで別人のようにこそなっているものの、昨年自殺しようとしていた少女だった

あれから少女は女優にさせられたらしい。竜王寺監督曰く死ぬ気になればできないことはないと。
少女は生きがいを見つけたこともあってか、1年前と比べすっかり明るく前向きになっていた。

竜王寺監督の熱意は素晴らしく「映画はかぎりなく写実に近づくべき」という考えのもと、休憩時間も含めて少女たち俳優はずっと撮影用の衣装でいるらしい。少女は絵師の娘役らしく華美な着物姿だった。
さらに監督はこの映画に全てを賭けるつもりらしく、先祖から受け継いだ山林を売り払いこの御殿だけでも30億円はかけている。
そのどこまでもリアリティを求める姿勢に魔美と高畑は驚かされるのだった。

そんな時ほら貝の音が鳴る。この音が撮影開始の合図だ。移動する少女に魔美たちも続く。

俳優たちが集まり、竜王寺監督がまず口を開いたのは良秀役の男性への糾弾だった。

「え、いやあ、ほんの軽くですよ。いくらなんでも、断食五日はきついですからねえ」

自分の役がわかっているのか! いいかね、良秀はどうしても思い通りの絵が描けないのだ。寝食も忘れてゲッソリやつれきって現れる場面を、これからとるんだよ

気分を悪くした監督は今日の撮影を中止にするのだった。
帰ろうとしていた竜王寺監督は、部外者である魔美たちを見つける。
邪魔はしない、ちょっと見せてもらうだけでいいと言う魔美と高畑だが、部外者の立ち入りは厳禁らしく、撮影用の槍で追い出されてしまった。

監督の頑固さに呆れるが、とりあえずしかたがないので映画の公開を待つことにした。



でもよかったわ。あの娘さん生き生きしてた

二度と死神にとりつかれることもなさそうだね

とにかく竜王寺監督は、自分が復活すると同時に、一人の女性をもよみがえらせたわけだ



感心する高畑の傍らで、魔美は異常なまでの秘密主義について考えていた。


それから数日後、高畑は竜王寺監督が何の映画を撮ろうとしたか分かったらしい。
映画の正体は芥川龍之介の『地獄変』
ロケ地で集めた断片的な情報を合わせ、記憶を辿った結果が『地獄変』だった。

『地獄変』は王朝もの。
主人公は良秀という傲慢で独善的だが天才的な絵師。そんな彼だが自分の娘だけは溺愛していた。そんなある日彼は堀川の大殿様から地獄変の屏風を書くように命じられる。
それから数か月後8割ほど出来上がって筆が止まる。ただひとつ、どうしてもかけない部分があるという。牛車に乗った美しい上臈が猛火に包まれて空から落ちてくるその図柄だけがどうしてもかけない。
そこで良秀は大殿に願い出た。「若い娘の入った檳榔毛の車に、私の目前で火をかけてください」と。大殿は聞き入れてくれたが、牛車と共に焼かれたのは彼が愛していた娘であった。


それで!? 良秀はどうしたの!? 娘を助けたの?

いや、りっぱに絵を完成させたとさ

しごとに打ち込むきびしさという点では、良秀と竜王寺さんは通じる点があるね



その頃ロケ地では撮影が終わりスタッフたちは撤収していたが、少女と監督だけはまだ話があると残っていた。仮には撮影は終了したが、監督にとってはまだ残っている者があるらしい。
それは娘、つまり少女が牛車とともに焼かれるシーンだった


あれもすんだはずですわ! 吹き替えの人形を使って……

あれは、みんなを納得させるためのカモフラージュだ。あんなごまかしを使っては、この映画全体がうそになってしまう!!
あくまでも生身の女が火に焼かれ、もだえ苦しむ姿をありのままにとらえねばならん!!

そんなことしたら死んじゃうわ!! あたしに生きる力をあたえてくださったのは、先生じゃありませんか!!

そんなものあたえた覚えはない!! わたしは死にたがっている人物を探していたのだ。
どうせ死ぬなら意義ある死をあたえたいと!! そして、君を見つけた。よろこんで死んでくれるべきじゃないか!!

お断りします!! 帰らせていただきます!!


怒って部屋を去る少女だが、その足取りがふらつく。竜王寺監督はこの事態を見越しており、お茶に薬を入れていたのだ。


殺人罪に……なる……わよ……

わたしはね、ガンを宣告されているんだよ。余命は半年もない……。だからこそ、この『地獄変』にすべてを注ぎ込んだのだ!! きみの心変わりは残念だが……、いずれにせよ、今夜、わたしは『地獄変』を撮了する



その夜、魔美はパパに竜王寺監督について聞いていた。
有名ではあったが半世紀近く前ということもあり、パパもあまり覚えていないらしい。だが観たなかで「元禄血笑記」の殺陣のクオリティの高さだけは記憶に残っている。
なんでも入り乱れての斬りあいに、刃を落とした真剣を使わせるという危険なことをしたらしい。そんな豪快な作風は一貫しており、竜王寺監督については賛否両論で評価が定まらない。

さらに彼が映画界を去ったことについてもうわさがあるらしい。
映画会社がもみ消したが実は例の真剣の立ち回りで本当に死傷者が出てしまったという噂が……。

そんな不気味な話を聞かされたこともあり魔美は夜中牛車に焼かれる少女の夢を見て目を覚ましてしまった。
不吉な胸騒ぎがするので一応ロケ地に赴くことにする。



竜王寺監督は牛車に少女を閉じ込めていた。

うらむなよ。この一作で……きみとわたしは、映画史上不滅となるのだ

カメラが設置されちょうど少女が目を覚ます。それと同時に竜王寺監督は牛車に火をくべた。苦しさで少女が悶え、牛車が揺れる。鎖に縛られ少女は抜け出すことができなかった。


いいぞ!! もっともだえる!! もっともっと激しく!!


魔美が山にたどり着くと、遠目からでも御殿が赤く照らされているのが分かった。近づいてみると牛車の中で少女が苦しんでいる。
焦りながらも部分テレポートを発動し、牛車の中から少女を救うことに成功する。
しかし少女を救ったことで安心してしまったのか、テレポートで牛車は御殿まで吹き飛ばされ、御殿まで燃え移ってしまった

フィルムが!! このセットには撮影ずみのフィルムが!!

竜王寺監督は、わき目も降らず燃えさかる御殿の中に走り去る。

そしてその姿は崩れ落ちる御殿の中に消えていった……。

燃えていくわ……、セットもフィルムもなにもかも……



それから数日後、魔美はまたパパに問いかけていた。


ねえパパ、もしも……、たとえばジャンヌ・ダルクの火刑を描くとしたら……、モデルに火をつけてみたほうが、いい絵をかけると思う?


なにをバカなことを!! モデルは素材にすぎん。

それからイマジネーションを広げるのが画家のしごとじゃないか!!


そうなのね。それがほんとの芸術家なのよね!

竜王寺さんにパパの言葉をきかせてあげたかったわ。



しかし、その言葉をかけるべき人物は、もうこの世にはいない……。

【登場人物】


◆佐倉魔美
ご存じおせっかいな超能力者。
今回はやたらと勘がさえわたっており、ほとんど直感だけで事件を解決させた。
……流石に非常事態だったので責めるのは酷であるが、牛車を吹き飛ばした先が御殿でなければ多少結末は変わっていたのかもしれない。
何気に超能力がとんでもなく強化されていることも描写されている。今後の伏線かと思ったがそんなことはなかったぜ!*2

◆高畑和夫
ご存じ天才少年。
ロケ地での僅かな情報だけで『地獄変』であると言い当てるさまは流石である。
クライマックスでは珍しく魔美に呼ばれなかったこともあり、今回は微妙に影が薄い。

◆竜王寺監督
ある意味今回の主役。
リアリズムに固執するあまり、人殺しまでしかけた狂気の芸術家。そしてエスパー魔美の数少ない劇中で死亡した人。
一応死期が近づいたことにより、殺人を犯してでも芸術を完成させようと狂ったことになっているが、半世紀前にも撮影で死人を出しているらしいなどいつからこんな人間であったのかはあいまいにされている。まあ元から狂っていたのがガンでさらに狂ったというべきか。
ちなみに作者が意図したものかは分からないが、彼は少女を縛るために鉄の鎖を使用していた。当然平安時代には存在しない代物であるし、確実に映像に映りこんでいる。リアリズムのためにリアリズムが失われたのは皮肉である。

◆少女
皮肉にも竜王寺監督から生きる希望を与えられた少女。彼のことは本気で慕っているらしく、言葉の端々に敬愛している様子がうかがえる。
……しかしそれは全くの勘違いであり、恩人である竜王寺監督に殺されかけることになる。
死の淵から救われたはずが、その張本人は最初から殺すために生かしていたというエスパー魔美でも屈指の悲惨な目に遭っている。こんな彼女であるが、その後どうなったのかは不明。
……生きているかも不明。

◆佐倉十朗
魔美のパパ。
出番こそ少ないが、ラストシーンで竜王寺監督の考え方を真っ向から否定するなど独特の存在感を見せている。確かに彼の言葉は全くの正論である。

【アニメ版】


第91話として放映された。原作エピソードとしてはまたも原作版最終回『パパの絵、最高!』を差し置いて最後から2番目に放映されている。

タイトルが微妙に変わっており、『リアリズム殺人事件』から『リアリズム殺人事件!?』になっている。わずかな2文字。
……しかしこの2文字が物語の結末に大きく関わることとなる。

竜王寺監督のキャラデザが変わっており原作では白髪の不気味な老人だったが、アニメ版では黒髪で妙に目力が強い芸術家然とした老人となっている。
ちなみに声優は柴田秀勝。やたら強キャラ感がある。

序盤の変更点は少ない。少女の自殺場所が駅のホームになったこと、竜王寺監督の見殺し発言がカットされたこと、絵師の娘役と聞いて魔美が親近感を覚えること、高畑が少女にやたらとデレデレして魔美が不満を抱くことなどが変更点。
そして少女が女優となった後も何か不安を抱えているようなしぐさをしている
このように序盤の変更点は少ない。……序盤は


そしてクライマックス。魔美の願いが通じたのか、単純に放送できなかったのか、『リアリズム殺人事件!?』は原作とは真逆の展開を迎えることになる。

高畑と共に魔美はロケ地に向かったが、時すでに遅く牛車は赤々と燃え盛っていた。
少女を救出しようとする魔美を高畑が止め、問いかける。非常ベルは鳴っているかと。魔美は耳を研ぎ澄ませるが鳴っていなかった。よくよく目を凝らすと、牛車の中にあったのは人形だった

地上に降りると竜王寺監督、そして少女と鉢合わせる。監督は部外者がまた入ってきたことを咎めようとするも、既にクランクアップしているからかとやかくは言わなかった。

そして少女は竜王寺監督に自身の想いを伝える。少女はずっと撮影のために監督に殺されるのではないかと不安を抱いていた。


あたしはいちど死のうとした女です。先生はそんなあたしが必要だったんじゃないか。映画のなかで実際に死んでくれる女。
映画のリアリズムのために意義のある死を選ぶ女。そんな女を求めていたんじゃないか


それを聞き、竜王寺監督は大きく笑いだす。


なるほど。だからわしがずぶの素人の君を絵師の娘に抜擢し牛車とともに焼き殺してしまうだろうと。そしてこの映画の良秀のようにそれを撮影するのだろうと。思っていたんだね

……ええ

ハッハッハ! つまりわしの作戦は大成功だったというわけだな!

作戦!?

そうとも! 君はこのわしに殺されるかもしれないという不安を抱きながらこの館にとどまり
父の絵を完成させるために殉死する良秀の娘を演じ続けた! 
その現実とドラマの中の精神的緊張感の一致! それがわしの求めたリアリズムだよ! そして君はそれに見事に応えてくれた! ありがとう

映画におけるリアリズムは、何も事実を撮影することじゃない。つくられた映画がいかに人間の感情にリアルにせまっていくかということなんだ。
わしは役者の感情を引き出すためならあらゆる策を弄するがね。

映画は所詮まやかしだよ。そのまやかしが素晴らしいんだ! 

そのまやかしが人を感動させ、涙させる!

そしてそのまやかしが芸術というものなのさ!


……このように真逆のハッピーエンドを迎えている。要するに少女が殺されるかもしれないという疑惑を抱いていたことが『リアリズム殺人事件!?』というわけ。
竜王寺監督が原作とは180度反対の芯のある芸術家となっているが、言っていること自体は原作でパパの言葉と一致しているというのがポイント。原作の狂気的な結末からテーマをそのままに改変している。
まあ映画監督が映像のために殺人を犯すというのはいろいろな意味でテレビでは放映できないものであろうので、この改変はやむなしと言えるだろう。
原恵一監督の理念である「原作の味をそのままに」が見事に発揮された回と言える。


え? 結局人殺そうとしていなかっただけで、やっていることはアニメ版も十分悪辣? まあ、うん。
というか不安にさせるのを笑って「作戦」と言う辺りこっちもこっちで割と狂人。

【余談】



☆竜王寺監督の考え方は思想で言えば芸術至上主義と言われる。『地獄変』の作者である芥川龍之介もこの思想だったらしい。割と賛否両論の思想であり、酷いものだと「芸術家である自分に酔っているだけ」とも批判される。

☆現実版『地獄変』と言われているのはトルーマン・カポーティの『冷血』。実際にあった凶悪殺人事件を基としたノンフィクション小説である。取材の中で事件の犯人が悲劇的な生い立ちであり、かつ自身によく似ているということで必要以上に感情移入してしまう。しかしいち作家であるカポーティにどうにかできるわけもなく犯人は死刑となる。そして死刑になる部分も含めてきっちり小説に書ききった。
その後カポーティは精神に異常をきたしアルコール・薬物依存に陥っている。




追記修正はイマジネーションを広げてお願いします。
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