登録日:2026/08/24 Mon 00:48:28
更新日:2026/08/24 Mon 04:05:31NEW!
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スプリンターズステークスは、日本中央競馬会が主催するG1レース名。
概要
中山競馬場で1967年以降、毎年開催されている芝1200mの馬齢3歳以上限定のレース。
距離に関しては一貫して1200mと短距離なのは変わらず、高松宮記念が1996年開催に短距離になるまで国内で唯一の短距離G1レースで、当初は3歳以上が出走できる唯一のスプリント重賞だった。
開催時期は時代によって非常にばらついており、第1回開催が7月なのに2回目は5月で3回目は9月とこの時点で安定しない。
4回目以降はおおむね9月下旬~10月上旬で安定していたが、15回目で2月下旬に移動。
と思ったら1984年にG3レース認定の18回目以降は3月中旬開催となり、京王杯スプリングカップと併せて安田記念のステップアップレースに位置付けられる。
1987年のG2レース格上げを経て1990年にG1レースへの格上げがされると、一年を締めくくる短距離レースとして有馬記念の前週となる12月中旬に設定。
だが香港競馬との兼ね合いもあってか、2000年の34回目から9月末~10月頭開催に戻り、以降ようやくこのシーズンで定着する。
なので2026年現在では、単体としては「秋のG1戦線の開幕を告げるレース」として、高松宮記念と併せて「春秋スプリントG1レースの双璧」としてファンから認知されている。
コースの特徴
中山競馬場の1200mは外回りコースを使用する。
スタート地点は2コーナーあたりから開始し、序盤300mまでは下り坂で、その後300mは急カーブの4コーナーへと差し掛かる。特に上り坂は設定されていないので前半ラップは激しい競走になりやすく、それ故に前半ペースは非常に速い数値が記録される事が多い。
一方で後半600mは高低差2.2mの上り坂が待ち構える直線コースに突入するので馬群が詰まりやすくなり、後方で脚を溜めていた馬が一気に前方に駆け出す様相も見られる。
この前半と後半のコース設定の変貌により、ただ序盤の加速で勝負がつくという訳でもなく、後半の坂を駆け上がるだけのパワーと持久力も必要とする。しかし直線の短い中山競馬場にあって逆転劇というのも年々減少傾向にあり、特に追込勢は脚が間に合わず力を余して負けるケースも見られるようになった。
出走権
出走資格はサラ系3歳以上。
JRA所属馬は下記のトライアル競走で1着に入線した馬に優先出走権が与えられる。
| G2レース |
セントウルステークス |
阪神競馬場 芝1200m |
| G3レース |
キーンランドカップ |
札幌競馬場 芝1200m |
それ以外の馬は獲得賞金順で出走枠が確定していく。
傾向としては、G3レースCBC賞や北九州記念などの夏競馬で好成績を収めた馬が選択しやすい。
歴代優勝馬
| 回 |
開催日 |
優勝馬 |
優勝騎手 |
管理調教師 |
馬主 |
備考 |
| 1回 |
1967年7月9日 |
オンワードヒル |
牧野三雄 |
中村広 |
樫山純三 |
|
| 2回 |
1968年5月3日 |
スズハヤテ |
増田久 |
佐藤正二 |
ワイ・エス・エス |
|
| 3回 |
1969年9月28日 |
タケシバオー |
吉永正人 |
三井末太郎 |
小畑正雄 |
|
| 4回 |
1970年10月11日 |
タマミ |
中島啓之 |
坂本栄三郎 |
坂本栄蔵 |
牝馬三冠・桜花賞勝利馬の同年制覇は初 |
| 5回 |
1971年9月26日 |
ケンサチオー |
藤本勝彦 |
藤本冨良 |
長山善建 |
騎手・調教師の親子タッグで制覇 |
| 6回 |
1972年10月8日 |
ノボルトウコウ |
森安重勝 |
加藤朝治郎 |
渡辺喜八郎 |
|
| 7回 |
1973年9月30日 |
キョウエイグリーン |
東信二 |
境勝太郎 |
松岡正雄 |
|
| 8回 |
1974年10月6日 |
サクライワイ |
小島太 |
高木良三 |
㈱さくらコマース |
|
| 9回 |
1975年9月27日 |
サクライワイ |
小島太 |
高木良三 |
㈱さくらコマース |
当レースにおける初の連覇 |
| 10回 |
1976年10月10日 |
ジャンボキング |
的場均 |
久保田金造 |
醍醐幸右衛門 |
|
| 11回 |
1977年10月9日 |
メイワキミコ |
増沢末夫 |
鈴木勝太郎 |
鬼嶋力也 |
|
| 12回 |
1978年10月8日 |
メイワキミコ |
増沢末夫 |
鈴木勝太郎 |
鬼嶋力也 |
連覇 |
| 13回 |
1979年10月7日 |
サニーフラワー |
岡部幸雄 |
伊藤雄二 |
山本慎一 |
|
| 14回 |
1980年9月27日 |
サクラゴッド |
小島太 |
久保田彦之 |
㈱さくらコマース |
|
| 15回 |
1981年2月22日 |
サクラシンゲキ |
東信二 |
境勝太郎 |
㈱さくらコマース |
|
| 16回 |
1982年2月28日 |
ブロケード |
柴田政人 |
高松邦男 |
伊達秀和 |
|
| 17回 |
1983年2月27日 |
シンウルフ |
飯田明弘 |
松元省一 |
林幸雄 |
|
| 18回 |
1984年3月18日 |
ハッピープログレス |
飯田明弘 |
山本正司 |
藤田晋 |
|
| 19回 |
1985年3月17日 |
マルタカストーム |
菅原泰夫 |
本郷一彦 |
鈴木隆雄 |
|
| 20回 |
1986年3月16日 |
ドウカンテスコ |
田村正光 |
田中朋次郎 |
新井興業㈱ |
|
| 21回 |
1987年3月22日 |
キングフローリック |
田村正光 |
久保田敏夫 |
青木啓二朗 |
|
| 22回 |
1988年3月20日 |
ダイナアクトレス |
的場均 |
矢野進 |
㈲社台レースホース |
東京競馬場での代替開催 |
| 23回 |
1989年3月19日 |
ウィニングスマイル |
田村正光 |
矢野照正 |
白井フサ |
|
| 24回 |
1990年12月16日 |
バンブーメモリー |
武豊 |
武邦彦 |
竹田辰一 |
G1昇格初年度。騎手・調教師の親子タッグで制覇 |
| 25回 |
1991年12月15日 |
ダイイチルビー |
河内洋 |
伊藤雄二 |
辻本春雄 |
|
| 26回 |
1992年12月20日 |
ニシノフラワー |
河内洋 |
松田正弘 |
西山正行 |
タマミから22年ぶりの牝馬三冠・桜花賞との同年制覇。サクラバクシンオーが短距離で唯一負けた相手でもある。 |
| 27回 |
1993年12月19日 |
サクラバクシンオー |
小島太 |
境勝太郎 |
㈱さくらコマース |
|
| 28回 |
1994年12月18日 |
サクラバクシンオー |
小島太 |
境勝太郎 |
㈱さくらコマース |
ラストラン。レコード(1:07.1)で連覇。 |
| 29回 |
1995年12月17日 |
ヒシアケボノ |
角田晃一 |
佐山優 |
阿部雅一郎 |
2026年8月現在、JRA史上最高馬体重でのGI勝利(560kg) |
| 30回 |
1996年12月15日 |
フラワーパーク |
田原成貴 |
松元省一 |
吉田勝己 |
エイシンワシントンとのハナ差1cmの決着。後にJRAのCMにも選ばれた名勝負。 |
| 31回 |
1997年12月14日 |
タイキシャトル |
岡部幸雄 |
藤沢和雄 |
㈲大樹ファーム |
|
| 32回 |
1998年12月20日 |
マイネルラヴ |
吉田豊 |
稲葉隆一 |
㈱サラブレッドクラブ・ラフィアン |
|
| 33回 |
1999年12月19日 |
ブラックホーク |
横山典弘 |
国枝栄 |
金子真人 |
|
| 34回 |
2000年10月1日 |
ダイタクヤマト |
江田照男 |
石坂正 |
中村和子 |
単勝オッズ257.5倍は歴代最大。 |
| 35回 |
2001年9月30日 |
トロットスター |
蛯名正義 |
中野栄治 |
高野稔 |
|
| 36回 |
2002年9月29日 |
ビリーヴ |
武豊 |
松元茂樹 |
前田幸治 |
新潟競馬場での代替開催 |
| 37回 |
2003年10月5日 |
デュランダル |
池添謙一 |
坂口正大 |
吉田照哉 |
|
| 38回 |
2004年10月3日 |
カルストンライトオ |
大西直宏 |
大根田裕之 |
清水貞光 |
「行ってしまうぞ!行ってしまうぞ!カルストンライトオが逃げるぞ!」 |
| 回 |
開催日 |
優勝馬 |
優勝騎手 |
管理調教師 |
馬主 |
備考 |
| 39回 |
2005年10月2日 |
サイレントウィットネス |
F.コーツィー |
A.クルーズ |
A.A.ダ・シルバ&B.ダ・シルバ |
国外(香港)による初勝利 |
| 40回 |
2006年10月1日 |
テイクオーバーターゲット |
J.フォード |
J.ジャニアック |
J.ジャニアック |
同一調教師・馬主による勝利 |
| 41回 |
2007年9月30日 |
アストンマーチャン |
中舘英二 |
石坂正 |
戸佐眞弓 |
勝ちタイム1:09.4は国際G1格付け後では同レース最遅記録。 |
| 42回 |
2008年10月5日 |
スリープレスナイト |
上村洋行 |
橋口弘次郎 |
㈲サンデーレーシング |
騎手の上村洋行はこれが初G1レース制覇 |
| 43回 |
2009年10月4日 |
ローレルゲレイロ |
藤田伸二 |
昆貢 |
㈱ローレルレーシング |
|
| 44回 |
2010年10月3日 |
ウルトラファンタジー |
H.ライ |
P.イウ |
T.ラム |
騎手のH.ライはこれが初G1レース制覇 |
| 45回 |
2011年10月2日 |
カレンチャン |
池添謙一 |
安田隆行 |
鈴木隆司 |
|
| 46回 |
2012年9月30日 |
ロードカナロア |
岩田康誠 |
安田隆行 |
㈱ロードホースクラブ |
勝ちタイム1:06.7は同レース最速記録。 |
| 47回 |
2013年9月29日 |
ロードカナロア |
岩田康誠 |
安田隆行 |
㈱ロードホースクラブ |
連覇。「世界のローーーーードカナロア!」 |
| 48回 |
2014年10月5日 |
スノードラゴン |
大野拓弥 |
高木登 |
岡田牧雄 |
新潟競馬場での代替開催 騎手の大野拓弥はこれが初G1レース制覇 |
| 49回 |
2015年10月4日 |
ストレイトガール |
戸崎圭太 |
藤原英昭 |
廣崎利洋HD㈱ |
|
| 50回 |
2016年10月2日 |
レッドファルクス |
M・デムーロ |
尾関知人 |
㈱東京ホースレーシング |
|
| 51回 |
2017年10月1日 |
レッドファルクス |
M・デムーロ |
尾関知人 |
㈱東京ホースレーシング |
連覇 |
| 52回 |
2018年9月30日 |
ファインニードル |
川田将雅 |
高橋義忠 |
ゴドルフィン |
|
| 53回 |
2019年9月29日 |
タワーオブロンドン |
C.ルメール |
藤沢和雄 |
ゴドルフィン |
|
| 54回 |
2020年10月4日 |
グランアレグリア |
C.ルメール |
藤沢和雄 |
㈲サンデーレーシング |
騎手・調教師の連覇 |
| 55回 |
2021年10月3日 |
ピクシーナイト |
福永祐一 |
音無秀孝 |
㈲シルクレーシング |
曽祖父から続く父系4代連続G1勝利。 |
| 56回 |
2022年10月2日 |
ジャンダルム |
荻野極 |
池江泰寿 |
前田幸治 |
ビリーヴとの母子制覇。騎手の荻野極はこれが初G1レース制覇 |
| 57回 |
2023年10月1日 |
ママコチャ |
川田将雅 |
池江泰寿 |
金子真人ホールディングス㈱ |
ママコチャはソダシの全妹。 |
| 58回 |
2024年9月29日 |
ルガル |
西村淳也 |
杉山晴紀 |
江馬由将 |
騎手の西村淳也はこれが初G1レース制覇 |
| 59回 |
2025年9月28日 |
ウインカーネリアン |
三浦皇成 |
鹿戸雄一 |
㈱ウイン |
騎手の三浦皇成はこれが初G1レース制覇(後述)。 |
三浦皇成という騎手
日本中央競馬会に所属する騎手に、三浦皇成という人物がいる。
この騎手は2009年のデビュー初年度から、「初勝利が初騎乗日と同日」「デビュー5か月目で重賞初勝利」「武豊が持っていた新人騎手年間最多騎乗回数と新人年間最多勝記録を更新」と
武豊を超える天才と評されるほどに実績を出していた。
この実力からG1レースを勝つのも時間の問題だろうと考える関係者やファンは多数いたのだが、
現実はそう甘くは無かった。
2年目からはメディア出演による悪意のあるコメント切り抜きでの炎上、調教でのトラブル、タレントのほしのあき氏と13歳差での熱愛報道などで一気に成績が下降。翌年には史上最悪の
9頭落馬事故の原因となるなど評価は地に落ちかける。
そして色んな人物から比較されてきた武豊自身が「この世界はメディアを含め、飛びつくのは早いがソッポを向くのも早い。今は新鮮だから騒いでくれるが、決して流行り者とならないよう地に足つけて頑張れ。今後3年間が勝負!」とコメント。
悲しいがこのコメントは当時の三浦皇成だけでなく、現在に至るまで多数の若手騎手の不祥事にも言える諫言となってしまった。
そうして評価が地に落ちかけていたが改心し、年間100勝をマークできる程度に復調。地方競馬のJpn1レース全日本2歳優駿を優勝するほどに成績を取り戻したが、2016年8月に落馬事故を経験翌2017年の8月まで長期休養に入る。
復帰後はコンスタントに勝利を重ねるが、どれだけ足掻こうとも
中央G1レースを勝つという最大目標だけは達成できなかった。
その運の無さは極まっており、2014年の安田記念では当時最強馬だった
ジャスタウェイ相手に最低人気のグランプリボスで迫るも
僅か9cm差で敗北。
エフフォーリアにも騎乗するチャンスはあったのだが、当日に新潟競馬で先約があったために横山武史に流れてしまっている。
2020年のホープフルステークスではラウンドオブリバティに騎乗。2番人気という絶好のチャンスで道中も先頭に立ち勝利も間近という所で
馬が逸走し外ラチに三浦は叩きつけられた。
「三浦はG1を勝てないのではないか」というのがファンの共通認識にすらなり、後輩騎手が次々とG1レースを制していく中、三浦は遂にウインカーネリアンという馬と出会った。
このウインカーネリアンは
コントレイルと同世代の馬なのだが、中々勝ちきれないうえに気性難で扱いづらい、更に蹄葉炎を患った事で成長著しい時期を休養に当てられてしまうなど
騎手と同じく不幸に見舞われている。だが三浦は諦めず、復帰後の調教も付きそって奮闘し、メイダン競馬のG1レース、アルクオーツSPではハナ差2着まで追い込んだ。
ここで悔しさを顔に滲ませた三浦だが国内に戻り迎えたスプリンターズステークスで、
遂にその日は来た。
全16頭立てで当日は内前有利というのもあり、大外枠に配置されてしまった影響か11番人気という下位で評価されていた。だがレースがスタートすると果敢に前へ出た三浦は、先頭を奪うと一気に後続を突き放して駆け上がる。
……が、その隣には、かつて自分が超える存在として持て囃され、そして諫言を貰った競馬界の生きる伝説・
武豊の乗る13番ジューンブレアが最後に立ちはだかる相手として隣に並走していたのだ。
その激走は最終直線に至るまで変わらず、2頭の他にはナムラクレアが何とか追い縋ろうとするのが精一杯で、縺れ込むように二頭が激走をした結果、
アタマ差でジューンブレアを振り切って遂に三浦皇成が勝利をもぎ取る事に成功した。
中央G1レース127回目の挑戦という中央騎手でも断トツの回数であり、2026年8月現在では鮫島克駿がG1未勝利最多記録を譲られているが、それでも49回であり、とんでもない回数差がそこにはある。
その功績から、ファンからは「勝利までの道のりが史上一番長かったであろう短距離戦」と評されているが、実は三浦の初G1レース出走は何を隠そう2008年のスプリンターズステークスであり、10番人気の馬で14着と凡走していたのだった。
ちなみに妻・ほしのあきは当日レース会場には来ておらず、後日インスタグラムにてしれっとお祝いの投稿をしていた。
余談
追記・修正は127回G1レースに挑戦して126回負けてからお願いします。
- これ建てた人、三浦さんのファンでしょうか?あとこうしてみると騎手の初GⅠが多いレースですね。 -- 名無しさん (2026-08-24 02:35:32)
最終更新:2026年08月24日 04:05