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三浦皇成

登録日:2026/08/24 (月曜日) 22:07:00
更新日:2026/08/24 Mon 23:43:00NEW!
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三浦(みうら)皇成(こうせい)は日本中央競馬会(JRA)・美浦所属の騎手。
日本騎手クラブの関東支部長でもある。
既婚者で女児を1人儲けており、妻は女性タレントのほしのあき。

来歴

1989年12月19日に東京都で誕生。
家系に競馬関係者のいない一般家庭で育ったが、5歳の頃に大井競馬場で騎手の格好をしてポニーの騎乗イベントに参加した際に騎手を志すようになった*1
以降は日々を修練に費やし、体力強化のために毎日ランニングを欠かさず、視力低下を避けるためゲームにも一切手をつけなかった。
小学校に入ると勝負勘を養うために剣道を習い始めたが、これは中学卒業まで9年間続けており、最終的には2段の取得や全国大会出場までの腕前になった。その他にも身体の固さを解すため4年生から器械体操をやったり、トランポリンや水泳にまで手を出すなどストイックさに磨きがかかっている。
このストイックさは体重管理にまで及んでおり、後述の馬術競技の練習後に他の子どもがお菓子を食べる中、三浦少年は茹でたキャベツという子どもらしからぬ食事を選択していた。

当の競馬は小学5年生の頃に乗馬に手を出し始め、3年後に全日本ジュニア馬場馬術大会でファイナル進出を果たすまでに熟達。
そして同年に三浦は自身が左手を怪我しているにも関わらず、電車で1人の女性の孫娘に席を譲った。その女性は三浦に感心し、彼が騎手を目指していると知ると自分の所有馬がプリントされたQUOカードを手渡し、将来騎手になったら乗ってくれと告げた。後年、騎手となった三浦はその女性―原禮子*2に挨拶し、原は三浦のバックアップを約束。その証左に、三浦が初重賞を制したフィフスペトルを管理する加藤征弘に紹介している。

そして三浦は兼ねてからの願望通り、騎手学校へ入学。
優秀な成績を収め、当時はなんと首席で合格しアイルランド大使特別賞も受賞した。
卒業時の同期は伊藤工真と大江原圭のみで、当時としては3名という極少の卒業生だった*3*4
そうして三浦は美浦の河野通文厩舎所属で2008年3月にデビュー。初騎乗こそ掲示板外になったが、同日の3戦目に初勝利を飾った。さらに一か月後の4月20日にはJRA競馬学校卒業生初となる新人騎手による1日全12レース全騎乗という記録も達成。
そして8月10日の函館2歳Sにはフィフスペトルに騎乗し、デビュー5か月目で重賞初勝利。9月28日には騎乗機会8連続連対達成するという実力の高さも見せつけた。
そして10月5日にはG1レースのスプリンターズステークスに初騎乗。結果は負けてしまったが、デビュー当年の騎手が乗るのは空前の出来事であった。
最終的にこの年の三浦は生きる競馬界の伝説・武豊の持つ新人騎手年間最多騎乗回数と新人年間最多勝記録を更新。2026年現在でもこの記録を超えた者はいない。
この順風満帆とも呼べる駆け出しには河野通文調教師の真摯な教育によるところが多く、先輩騎手からの悪影響を避けるべく三浦を厩舎の二階に住まわせたり、アメリカ遠征に付き合わせたり、自身が遠方に向かう時には馬主に三浦を紹介し騎乗機会を貰えるようにしていたという。

この飛躍には多数のメディアが飛びついて三浦に取材をし、「武豊を超える天才」として持て囃しさえした。
そしてその当人たる武豊にもインタビューで三浦について質問されたが、「この世界はメディアを含め、飛びつくのは早いがソッポを向くのも早い。今は新鮮だから騒いでくれるが、決して流行り者とならないよう地に足つけて頑張れ。今後3年間が勝負!」と、デビュー当時から様々な修羅場を潜り抜けた者だからこそ言える忠告で答えている。
そしてその言葉は翌年の三浦や後年に不祥事をしまくる若手騎手らに重く圧し掛かる事となった……。

翌2009年にNHKのトップランナーという番組に出演した時、新人年間最多勝記録の境目となる69勝から70勝にかけての9戦で武豊に全て先着されている事をMCから問われ、「武豊さんの馬に乗れば自分が9回先着する自信がある(要約)」と発言し炎上してしまう。
これは三浦としては、それくらいのつもりでないと駄目だという精神論の話でしたつもりだったのだが、TV側の悪意のある編集で切り取られてしまい、物議を醸す事になってしまったのだという。
またこの年に最速で通算100勝を達成した事で減量特典が無くなった事、フィフスペトルの調教で加藤調教師と認識の齟齬からトラブルが発生し重賞レースを回避。更に13歳年上のアイドル・ほしのあきと熱愛報道が出た事で河野調教師が激怒し、10月にフリーに転換したのもあって戦績が一気に伸び悩んでしまった。*5
翌2010年には、1月11日にノボプロジェクトに騎乗したレースで史上最悪の9頭落馬事故を引き起こしてしまい、彼の評価は下落の一途を辿る事となった。

一時は勝利数も下落していたが、2011年には兼ねてからの恋仲であったほしのあきと結婚。
2012年には鹿戸雄一厩舎へ所属を移し、この年から年間60勝はマークできるくらいにコンスタントに勝ち星を重ねていけるようになっていった。
2014年にはディアドムスでJpn1レース全日本2歳優駿を初勝利。
2016年8月に札幌競馬場で騎乗していたモンドクラフトが故障で落馬。三浦は地面へ投げ飛ばされ全治1年を要する長期休養を余儀なくされてしまった。
翌2017年8月に復帰すると、2019年には自身初の年間100勝を達成。2021年には史上44人目にして史上最速かつ最年少でのJRA通算10000回騎乗を達成。2022年11月のJpn1レースJBCスプリントをダンシングプリンスで制覇。2023年にはJRA通算1000勝も達成した。
ここまで多数の記録を打ち立ててきた三浦だが、どれだけ足掻こうとも中央G1レース勝利という最大目標だけは達成できていなかった。

その運の無さは極まっており、2014年の安田記念では当時最強馬だったジャスタウェイ相手に最低人気のグランプリボス*6で迫るも、写真判定の末に僅か9cm差で敗北。
鹿戸厩舎所属のエフフォーリアに騎乗するチャンスもあったのだが、当日に新潟競馬で先約があったために横山武史に流れてしまう。
2020年のホープフルステークスではラウンドオブリバティに騎乗。2番人気という絶好のチャンスで道中も先頭に立ち勝利も間近という所で馬が逸走し外ラチに三浦は叩きつけられた。
これらの事から「三浦は中央G1を勝てないのではないか」「G1の三浦は軸にしてはいけない」というのがファンの共通認識にすらなり、後輩騎手が次々とG1レースを制していき、他の記録を打ち立てていくに比例して真実味が増していった。

だが、競馬の神様は三浦をウインカーネリアンという馬と巡り合わせた。

このウインカーネリアンはコントレイルと同世代の馬で、2021年スプリンターズS覇者ピクシーナイトの祖父スクリーンヒーローの産駒なのだが、中々勝ちきれないうえに気性難で扱いづらい、更に蹄葉炎を患った事で成長著しい時期を休養に当てられてしまうなど騎手と同じく不運に見舞われている。だが厩舎所属として鞍上を任されていた三浦は諦めず、蹄葉炎から復帰後の調教も付き添って奮闘し、2025年のメイダン競馬のG1レース、アルクオーツSPではハナ差2着まで追い込んだ。
さすがにここまでのチャンスを掴めなかったのは精神的に堪えたのか、ここで悔しさを顔に滲ませた三浦だが、国内に戻り迎えたスプリンターズステークスで、遂にその日は来た。

当日は全16頭立てで内前有利というのもあり、大外枠に配置されてしまった影響か11番人気という下位で評価されていた。だがレースがスタートすると果敢に前へ出た三浦は、そのまま先頭を奪うと一気に後続を突き放して駆け上がる。
……が、その隣には、かつて自分が超える存在として持て囃され、そして諫言を貰った競馬界の生きる伝説・武豊の乗る13番ジューンブレアが最後に立ちはだかる相手として隣に並走していた。
その激走は最終直線に至るまで変わらず、2頭の他にはナムラクレアが何とか追い縋ろうとするのが精一杯で、一騎討ちの様相を見せた中でゴール板を最初に超えたのは……

衰え知らずの8歳馬!
更には三浦皇成!
18年目、師匠の管理馬で悲願のタイトル獲得です!
カンテレ競馬実況内容より

アタマ差でジューンブレアを振り切り、遂に三浦皇成が中央G1レース勝利をもぎ取った。
中央G1レース127回目の挑戦という中央騎手でも断トツの回数であり、2026年8月現在では鮫島克駿がG1未勝利最多記録を譲られているが、それでも49回であり、とんでもない回数差がそこにはある。だが126回もG1レースに挑めたのは、間違いなく三浦が改心し研鑽を重ねてきた結果であり、彼を信じ寄り添ってきた馬主や調教師が数多くいたからであろう。
多くのファンが自身の負けより三浦の勝利を祝福し、その功績から「勝利までの道のりが史上一番長かったであろう短距離戦」と評されているが、実は三浦の初G1レース出走は何を隠そう2008年のスプリンターズステークスであり、当時10番人気の馬で14着と凡走していたのだった彼は、遠回りに見えた一番の近道を通った事で11番人気の馬で1着を掴んだのだった。
そして会場では割れんばかりの「コーセー・コール」が巻き起こっていた。コーセーって誰だ……?

ちなみに妻・ほしのあきは当日レース会場には来ておらず、後日インスタグラムにてしれっとお祝いの投稿をしていた。
ファンからは「もうちょっと夫を信じろ」と言うコメントと、対して「126回も負けてるのに来るわけないだろ」というツッコミがされていた。

G1レース戦績

JRA_G1レース戦績

開催日 レース名 騎乗馬 人気 着順 備考
1回 2008年10月5日 スプリンターズS プレミアムボックス 10番 14着
2回 2008年10月19日 秋華賞 アロマキャンドル 14番 16着
3回 2008年11月16日 エリザベス女王杯 ビエンナーレ 8番 14着
4回 2008年12月21日 朝日フューチュリティ ケンブリッジエル 13番 15着
5回 2009年2月22日 フェブラリーS サンライズバッカス 8番 15着
6回 2009年4月19日 皐月賞 モエレエキスパート 14番 15着
7回 2009年5月17日 ヴィクトリアマイル ブーケフレグランス 10番 10着
8回 2009年5月24日 優駿牝馬 サクラローズマリー 11番 12着
9回 2009年5月31日 東京優駿 アーリーロブスト 18番 16着
10回 2009年6月7日 安田記念 リザーブカード 16番 14着
11回 2009年10月4日 スプリンターズS キンシャサノキセキ 4番 12着
12回 2009年10月18日 秋華賞 パールシャドウ 10番 13着
13回 2009年11月1日 天皇賞(秋) スマイルジャック 13番 11着
14回 2009年11月22日 マイルチャンピオンS スマイルジャック 4番 6着
15回 2009年12月13日 阪神ジュベナイルF ジュエルオブナイル 8番 11着
16回 2009年12月20日 朝日フューチュリティ キョウエイアシュラ 9番 7着
17回 2009年12月27日 有馬記念 マイネルキッツ 12番 5着
18回 2010年5月23日 優駿牝馬 ステラリード 18番 16着
19回 2010年6月6日 安田記念 スマイルジャック 5番 3着
20回 2010年10月17日 秋華賞 ベストクルーズ 14番 12着
21回 2010年10月31日 天皇賞(秋) スマイルジャック 13番 8着
22回 2010年12月26日 有馬記念 トーセンジョーダン 7番 5着
23回 2011年2月20日 フェブラリーS ビクトリーテツニー 16番 10着
24回 2011年5月15日 ヴィクトリアマイル エーシンリターンズ 10番 14着
25回 2011年5月22日 優駿牝馬 バウンシーチューン 5番 17着
26回 2011年5月29日 東京優駿 ショウナンパルフェ 14番 6着
27回 2011年6月5日 安田記念 スマイルジャック 3番 3着
28回 2011年11月20日 マイルチャンピオンS スマイルジャック 13番 11着
29回 2012年5月13日 ヴィクトリアマイル グランプリエンゼル 12番 17着
30回 2012年5月20日 優駿牝馬 ダイワズーム 8番 6着
31回 2012年10月21日 菊花賞 ダノンジェラート 12番 7着
32回 2012年10月28日 天皇賞(秋) ネヴァブション 17番 14着
33回 2012年11月11日 エリザベス女王杯 アカンサス 11番 8着
34回 2012年12月9日 阪神ジュベナイルF レッドセシリア 10番 3着
35回 2012年12月23日 有馬記念 エイシンフラッシュ 3番 4着 M・デムーロが鞍上予定だったが、尿管結石により当日急遽代打騎乗をしている。
36回 2013年4月7日 桜花賞 クラウンロゼ 5番 16着
37回 2013年4月14日 皐月賞 クラウンレガーロ 12番 8着
38回 2013年5月5日 NHKマイルカップ アットウィル 15番 15着
39回 2013年5月19日 優駿牝馬 クラウンロゼ 16番 18着
40回 2013年5月26日 東京優駿 クラウンレガーロ 15番 16着
41回 2013年11月10日 エリザベス女王杯 アロマティコ 5番 3着
42回 2013年11月24日 ジャパンカップ ホッコーブレーヴ 16番 12着
43回 2013年12月15日 朝日フューチュリティ テイエムキュウコー 16番 16着
44回 2014年2月23日 フェブラリーS ダノンカモン 15番 7着
45回 2014年3月30日 高松宮記念 アースソニック 16番 6着
46回 2014年5月11日 NHKマイルカップ タガノブルグ 17番 2着
47回 2014年5月18日 ヴィクトリアマイル ゴールデンナンバー 12番 9着
48回 2014年5月25日 優駿牝馬 クリスマス 15番 12着
49回 2014年6月8日 安田記念 グランプリボス 16番 2着
50回 2014年10月5日 スプリンターズS グランプリボス 4番 4着
51回 2014年11月2日 天皇賞(秋) アスカクリチャン 18番 18着
52回 2014年11月16日 エリザベス女王杯 アロマティコ 9番 8着
53回 2014年11月23日 マイルチャンピオンS グランプリボス 7番 6着
54回 2015年2月22日 フェブラリーS サトノタイガー 15番 16着
55回 2015年4月19日 皐月賞 ベルラップ 13番 14着
56回 2015年5月24日 優駿牝馬 アースライズ 13番 4着
57回 2015年5月31日 東京優駿 ベルラップ 14番 15着
58回 2015年11月1日 天皇賞(秋) ダコール 18番 14着
59回 2015年12月13日 阪神ジュベナイルF アットザシーサイド 4番 5着
60回 2016年2月21日 フェブラリーS パッションダンス 14番 16着
61回 2016年4月10日 桜花賞 ブランボヌール 10番 8着
62回 2016年5月1日 天皇賞(春) ファントムライト 15番 14着
63回 2016年5月8日 NHKマイルカップ ブランボヌール 15番 6着
64回 2016年5月15日 ヴィクトリアマイル ウリウリ 13番 13着
65回 2016年5月22日 優駿牝馬 ダイワドレッサー 17番 8着
66回 2017年10月1日 スプリンターズS フィドゥーシア 13番 9着
67回 2017年10月15日 秋華賞 ポールヴァンドル 11番 9着
68回 2017年12月24日 有馬記念 ブレスジャーニー 12番 12着
69回 2017年12月28日 ホープフルステークス ロードアクシス 13番 9着
70回 2018年2月18日 フェブラリーS インカンテーション 6番 3着
71回 2018年3月25日 高松宮記念 ナックビーナス 10番 3着
72回 2018年4月1日 大阪杯 シュヴァルグラン 4番 13着
73回 2018年4月29日 天皇賞(春) クリンチャー 4番 3着
74回 2018年5月20日 優駿牝馬 ウスベニノキミ 12番 8着
75回 2018年12月2日 チャンピオンズカップ インカンテーション 10番 13着
76回 2018年12月28日 ホープフルステークス マードレヴォイス 13番 10着
77回 2019年4月7日 桜花賞 ルガールカルム 9番 18着
78回 2019年4月14日 皐月賞 メイショウテンゲン 9番 15着
79回 2019年4月28日 天皇賞(春) クリンチャー 4番 10着
80回 2019年5月12日 ヴィクトリアマイル フロンテアクイーン 9番 15着
81回 2019年5月26日 東京優駿 クラージュゲリエ 7番 6着
82回 2019年6月23日 宝塚記念 クリンチャー 9番 8着
83回 2019年9月29日 スプリンターズS リナーテ 5番 9着
84回 2019年10月13日 秋華賞 フェアリーポルカ 8番 16着
85回 2019年12月22日 有馬記念 レイデオロ 9番 7着
86回 2019年12月28日 ホープフルステークス ディアセオリー 11番 8着
87回 2020年5月17日 ヴィクトリアマイル トロワゼトワル 12番 4着
88回 2020年5月31日 東京優駿 ヴァルコス 6番 14着
89回 2020年6月7日 安田記念 ダノンスマッシュ 8番 8着
90回 2020年10月4日 スプリンターズS クリノガウディー 9番 5着
91回 2020年11月29日 ジャパンカップ マカヒキ 11番 9着
92回 2020年12月6日 チャンピオンズカップ クリンチャー 5番 11着
93回 2020年12月26日 ホープフルステークス ランドオブリバティ 2番 競争中止 4コーナーで逸走し外ラチに叩きつけられた。
94回 2021年4月4日 大阪杯 ブラヴァス 10番 8着
95回 2021年4月18日 皐月賞 シュヴァリエローズ 13番 11着
96回 2021年5月9日 NHKマイルカップ シティレインボー 17番 14着
97回 2021年5月16日 ヴィクトリアマイル プールヴィル 11番 17着
98回 2021年10月3日 スプリンターズS タイセイビジョン 11番 12着
99回 2021年10月31日 天皇賞(秋) ラストドラフト 14番 8着
100回 2021年11月28日 ジャパンカップ ロードマイウェイ 18番 15着
101回 2021年12月28日 ホープフルステークス グランドライン 11番 9着
102回 2022年2月20日 フェブラリーS ダイワキャグニー 13番 15着
103回 2022年4月17日 皐月賞 グランドライン 17番 15着
104回 2022年5月1日 天皇賞(春) ヴァルコス 17番 8着
105回 2022年5月22日 優駿牝馬 ニシノラブウインク 14番 8着
106回 2022年10月30日 天皇賞(秋) カデナ 15番 12着
107回 2022年11月20日 マイルチャンピオンS ウインカーネリアン 9番 12着
108回 2022年12月25日 有馬記念 ラストドラフト 16番 13着
109回 2022年12月28日 ホープフルステークス ガストリック 4番 16着
110回 2023年4月16日 皐月賞 ウインオーディン 15番 8着
111回 2023年5月7日 NHKマイルカップ ドルチェモア 4番 12着
112回 2023年5月14日 ヴィクトリアマイル サブライムアンセム 11番 13着
113回 2023年5月21日 優駿牝馬 キミノナハマリア 17番 18着
114回 2023年6月4日 安田記念 ウインカーネリアン 13番 8着
115回 2023年10月22日 菊花賞 ウインオーディン 13番 13着
116回 2023年11月12日 エリザベス女王杯 マリアエレーナ 7番 15着
117回 2023年11月26日 ジャパンカップ インプレス 14番 13着
118回 2023年12月28日 ホープフルステークス シリウスコルト 9番 6着
119回 2024年3月24日 高松宮記念 ウインカーネリアン 11番 4着
120回 2024年4月14日 皐月賞 シリウスコルト 13番 14着
121回 2024年4月28日 天皇賞(春) ワープスピード 8番 5着
122回 2024年5月19日 優駿牝馬 サンセットビュー 15番 7着
123回 2024年6月2日 安田記念 ウインカーネリアン 9番 14着
124回 2024年12月1日 チャンピオンズカップ テーオードレフォン 14番 14着
125回 2024年12月22日 有馬記念 プログノーシス 6番 11着
126回 2024年12月28日 ホープフルステークス デルアヴァー 9番 9着
127回 2025年9月28日 スプリンターズS ウインカーネリアン 11番 1着 悲願の中央G1レース初勝利。
128回 2025年11月2日 天皇賞(秋) エコロヴァルツ 13番 11着
129回 2025年12月7日 チャンピオンズカップ ラムジェット 7番 3着
130回 2025年12月21日 朝日フューチュリティ スペルーチェ 7番 14着
131回 2025年12月27日 ホープフルステークス メイショウハチコウ 14番 16着
132回 2026年2月22日 フェブラリーS ラムジェット 4番 8着
133回 2026年3月29日 高松宮記念 ウインカーネリアン 7番 3着
134回 2026年5月10日 NHKマイルカップ ハッピーエンジェル 17番 18着
135回 2026年5月24日 優駿牝馬 スタニングレディ 17番 18着

地方・海外競馬のG1(Jpn1)レース戦績

開催日 レース名 騎乗馬 人気 着順 備考
2008年12月17日 全日本2歳優駿 リスペクトキャット 5番 7着
2009年5月5日 かしわ記念 アジュディミツオー 7番 8着
2013年7月10日 ジャパンダートダービー アルムダプタ 12番 9着
2014年12月17日 全日本2歳優駿 ディアドムス 3番 1着
2015年1月28日 川崎記念 ランフォルセ 7番 7着
2015年7月8日 ジャパンダートダービー ディアドムス 4番 11着
2017年12月29日 東京大賞典 インカンテーション 4番 7着
2018年5月2日 かしわ記念 インカンテーション 1番 3着
2021年12月15日 全日本2歳優駿 アイスジャイアント 2番 9着
2022年7月13日 ジャパンダートダービー アイスジャイアント 8番 12着
2022年11月3日 JBCスプリント ダンシングプリンス 3番 1着
2023年11月4日 サンタアニタパーク ウインカーネリアン 9番 11着
2024年6月5日 東京ダービー ラムジェット 1番 1着
2024年10月2日 ジャパンダートクラシック ラムジェット 2番 4着
2024年12月29日 東京大賞典 ラムジェット 4番 3着
2025年2月22日 サウジC ラムジェット 6番 6着
2025年4月5日 アルクオーツスプリント ウインカーネリアン 9番 2着
2025年4月5日 ドバイワールドC ラムジェット 7番 9着
2025年7月2日 帝王賞 ラムジェット 3番 6着
2025年12月14日 香港スプリント ウインカーネリアン 6番 11着
2026年7月1日 帝王賞 ラムジェット 5番 5着

騎乗スタイル

安定したスタートの出方と仕掛け所のタイミングの良さが特徴。
先行策が得意で、短距離から長距離、芝・ダートに関わらず大きな偏りが無い。
つまりは万能タイプ寄りの技術持ちで、特に長期休養明けからは身体のしなやかさを使った柔軟なフォームを取り入れているので馬への負担軽減にも力を入れている。

G1レースこそ勝てていなかったが年60勝前後をキープする実績はまさしく騎乗スタイルの良さによるものが大きく、勝てないという風説があっても騎乗依頼をよこす陣営が多かったのは三浦の実力を買っての事だろう。

余談

  • 騎手で目標にする人は卒業当時は田中勝春を挙げていたが後年はいなくなっており、頭の回転が速くて面白いという理由から明石家さんまを尊敬している。

  • 三浦がG1を勝利する前年の2024年には、菱田裕二(テーオーロイヤル)、津村明秀(テンハッピーローズ)、菅原明良(ブローザホーン)、岩田望来(アルマヴェローチェ)とG1初勝利が相次いでいた。彼もまた、1年越しでその流れに乗れたということだろうか。


追記・修正は中央G1レースに何度も、何度でも挑んで勝利を掴んだ天才になってからお願いします。

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最終更新:2026年08月24日 23:43

*1 幼稚園の文集から既に騎手を目指すと書いているほど。

*2 オメガの冠名馬を所有する馬主。

*3 入学同期は他に5名いたが留年や退学などで離ればなれになっている。

*4 後年の2026年には卒業生無し=0名という年もあり、この年が際立って少ないという訳でもなくなっている。

*5 その河野師だが、後に反社との繋がりが発覚して競馬界を追放されており、結果論だがこの件は一概に不運とは言い切れなかったりする。

*6 サクラバクシンオー産駒。2010年の朝日杯FSや2011年NHKマイルカップを制した立派なG1馬だが、とにかく調子にムラがあり激走のタイミングが掴みづらい。