だんのこまち@wiki
珍しいお客
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dannocomachi
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家へ帰ってから
今日は、学校からまっすぐ家へ帰りました。
玄関を開けると、台所の方から包丁の音が聞こえます。
「ただいま戻りました」
「おかえり、お姉ちゃん」
ミントちゃんが、切りかけの玉ねぎから顔を上げました。
制服から部屋着へ着替え、すでに夕食の準備を始めてくれています。
「今日は早かったね」
「はい。寄り道はせずに帰ってきました」
「いつもより元気ない?」
「そう見えますか?」
「ちょっとだけ」
ミントちゃんは私の顔をじっと見たあと、まな板の横へもう一本の包丁を置きました。
「一緒に作る?」
「もちろんです」
手を洗い、隣へ並びます。
今日の夕食は、野菜と鶏肉のスープ。
私は鶏肉を切り、ミントちゃんは玉ねぎと人参を担当しました。
学校でフロランタン先輩と話したこと。
返事をしていないメッセージ。
そして、自分でもまだ説明しきれない違和感。
話そうと思えば、ミントちゃんは全部聞いてくれます。
実際、昨日も少しだけ相談しました。
けれど今日は、もう一人、話を聞いていただきたい方がいました。
「ミントちゃん」
「何?」
「夕食のあと、少しバーチャル世界へ行ってきます」
「FoF?」
「いいえ。だんのこまちです」
「ギルドじゃないんだ」
「カフェへ行こうと思っています」
ミントちゃんは、すぐに気づいたようです。
「みた先輩がよく行く猫カフェ?」
「はい。カフェのんびりひっそりです」
「チロルさんのお店だよね」
「そうです」
「お姉ちゃんは行ったことあるの?」
「きちんとお客として行くのは、初めてです」
チロルさんとはFoFで何度も会っています。
団ノ子のギルドハウスでも話しますし、簡単な依頼へ一緒に行ったこともあります。
ですが、チロルさんが経営するカフェへは、まだ足を運んだことがありませんでした。
「相談しに行くの?」
「はい」
「そっか」
ミントちゃんは、それ以上詳しく尋ねませんでした。
代わりに、切った人参を鍋へ入れます。
「帰る時間だけ教えてね」
「もちろんです」
「猫の写真も」
「相談が目的ですよ」
「でも猫いるんでしょ?」
「余裕があれば撮ってきます」
「約束ね」
私は少し笑いました。
「では、約束します」
夕食を食べ。
食器を片づけ。
明日の学校の準備を済ませます。
視界の端には、フロランタン先輩から届いたメッセージが残っていました。
まだ返事はしていません。
今は、相手が喜びそうな答えを探すのではなく。
自分が何を感じているのかを、先に確かめたかったのです。
接続スペースへ座り、行き先を選びます。
<だんのこまちサーバー>
確認ボタンを押しました。
玄関を開けると、台所の方から包丁の音が聞こえます。
「ただいま戻りました」
「おかえり、お姉ちゃん」
ミントちゃんが、切りかけの玉ねぎから顔を上げました。
制服から部屋着へ着替え、すでに夕食の準備を始めてくれています。
「今日は早かったね」
「はい。寄り道はせずに帰ってきました」
「いつもより元気ない?」
「そう見えますか?」
「ちょっとだけ」
ミントちゃんは私の顔をじっと見たあと、まな板の横へもう一本の包丁を置きました。
「一緒に作る?」
「もちろんです」
手を洗い、隣へ並びます。
今日の夕食は、野菜と鶏肉のスープ。
私は鶏肉を切り、ミントちゃんは玉ねぎと人参を担当しました。
学校でフロランタン先輩と話したこと。
返事をしていないメッセージ。
そして、自分でもまだ説明しきれない違和感。
話そうと思えば、ミントちゃんは全部聞いてくれます。
実際、昨日も少しだけ相談しました。
けれど今日は、もう一人、話を聞いていただきたい方がいました。
「ミントちゃん」
「何?」
「夕食のあと、少しバーチャル世界へ行ってきます」
「FoF?」
「いいえ。だんのこまちです」
「ギルドじゃないんだ」
「カフェへ行こうと思っています」
ミントちゃんは、すぐに気づいたようです。
「みた先輩がよく行く猫カフェ?」
「はい。カフェのんびりひっそりです」
「チロルさんのお店だよね」
「そうです」
「お姉ちゃんは行ったことあるの?」
「きちんとお客として行くのは、初めてです」
チロルさんとはFoFで何度も会っています。
団ノ子のギルドハウスでも話しますし、簡単な依頼へ一緒に行ったこともあります。
ですが、チロルさんが経営するカフェへは、まだ足を運んだことがありませんでした。
「相談しに行くの?」
「はい」
「そっか」
ミントちゃんは、それ以上詳しく尋ねませんでした。
代わりに、切った人参を鍋へ入れます。
「帰る時間だけ教えてね」
「もちろんです」
「猫の写真も」
「相談が目的ですよ」
「でも猫いるんでしょ?」
「余裕があれば撮ってきます」
「約束ね」
私は少し笑いました。
「では、約束します」
夕食を食べ。
食器を片づけ。
明日の学校の準備を済ませます。
視界の端には、フロランタン先輩から届いたメッセージが残っていました。
まだ返事はしていません。
今は、相手が喜びそうな答えを探すのではなく。
自分が何を感じているのかを、先に確かめたかったのです。
接続スペースへ座り、行き先を選びます。
<だんのこまちサーバー>
確認ボタンを押しました。
珍しいお客
視界が戻ると、だんのこまちの夜の街が広がっていました。
大通りには、まだ多くのアバターが行き交っていました。
飲食店の看板。
雑貨店の立体広告。
広場で演奏している人たち。
学校ともFoFとも違う、だんのこまちの日常です。
地図を開き、カフェの位置を確認しました。
大通りから少し外れた横道。
にぎやかな店の並びから離れるにつれ、周囲の音が静かになっていきます。
やがて、小さな看板が見えてきました。
<カフェのんびりひっそり>
看板の下には、丸くなった猫のマーク。
窓からは、柔らかな明かりが漏れています。
私は一度だけ深呼吸し、扉を開けました。
小さなベルが鳴ります。
「いらっしゃいませー……あ」
店の奥から出てきたチロルさんが、途中で声を止めました。
「チョコチップさん?」
「はい。こんばんは、チロルさん」
「こんばんは。今日は珍しいお客さんですね」
チロルさんは少し驚いたあと、すぐにいつもの柔らかな笑顔へ戻りました。
カウンターの方から、コハクさんも顔を出します。
「団ノ子からのお客様です」
「出張のような言い方ですね」
「ギルドハウス以外で会うのは珍しいので」
「確かにそうですね」
店内は、想像していたよりも静かでした。
木目調の床。
低めのテーブル。
壁際には猫が移動するための細い足場があります。
白い猫が棚の上で眠り、灰色の猫はカウンターの下から尻尾だけを出していました。
BGMも、話を邪魔しないくらいの小さな音です。
「好きな席へどうぞ」
チロルさんが言いました。
「ただし、猫が先に座っている席は交渉が必要です」
「本当に交渉するんですね」
みたらしっぽさんから聞いてはいましたが、冗談ではなかったようです。
「三番席は、現在半分だけ空いています」
コハクさんが窓際を指しました。
白い猫が、椅子の中央で丸くなっています。
確かに、端の方だけなら座れそうです。
私は猫の前へしゃがみました。
「少しだけ、隣へ座ってもいいですか?」
猫は目を開け、私の手の匂いを確かめます。
しばらくすると、体を少しだけ横へずらしました。
「許可されました」
コハクさんが言います。
「完全には譲ってくれないんですね」
「半分は猫の席です」
「では、半分お借りします」
猫を起こさないように、椅子の端へ座りました。
メニューを開くと、紅茶やコーヒー、ケーキ、軽食が並んでいます。
<本日の紅茶:のんびりしたい時におすすめ>
<小さなチーズケーキ:ひっそり甘い>
以前、みたらしっぽさんから聞いたことのある説明です。
「みたらしっぽさんがよく頼むのは、どちらですか?」
私が尋ねると、チロルさんが少し笑いました。
「本日の紅茶と、小さなチーズケーキですね。最近は注文を聞く前に出すこともあります」
「では、私も同じものをお願いします」
「好みまで一緒かもしれませんね」
「食べてみないとわかりません」
「それもそうですね」
注文を受けたチロルさんが、カウンターへ戻ります。
コハクさんはカップを用意しながら、こちらを見ました。
「相談ですか?」
「どうしてわかったんですか?」
「初めてのお客様は、普通もう少し猫を見ます」
私は反射的に、隣で丸くなっている白い猫へ目を向けました。
「見ています」
「今、思い出して見ました」
「……少し、相談したいことがあります」
正直に言うと、チロルさんが紅茶を持って戻ってきました。
「今日は落ち着いているので、ゆっくり聞けますよ」
テーブルへ紅茶とケーキが置かれます。
紅茶から、柔らかな湯気が上がっていました。
「話したくなったところからで大丈夫です」
チロルさんは、向かいの椅子へ腰を下ろしました。
「話したくないところは、猫を見ていれば大丈夫です」
「店長も、猫基準なんですね」
「うちでは猫が強いので」
少しだけ肩の力が抜けました。
私は紅茶を一口飲み、学校であったことを話し始めました。
大通りには、まだ多くのアバターが行き交っていました。
飲食店の看板。
雑貨店の立体広告。
広場で演奏している人たち。
学校ともFoFとも違う、だんのこまちの日常です。
地図を開き、カフェの位置を確認しました。
大通りから少し外れた横道。
にぎやかな店の並びから離れるにつれ、周囲の音が静かになっていきます。
やがて、小さな看板が見えてきました。
<カフェのんびりひっそり>
看板の下には、丸くなった猫のマーク。
窓からは、柔らかな明かりが漏れています。
私は一度だけ深呼吸し、扉を開けました。
小さなベルが鳴ります。
「いらっしゃいませー……あ」
店の奥から出てきたチロルさんが、途中で声を止めました。
「チョコチップさん?」
「はい。こんばんは、チロルさん」
「こんばんは。今日は珍しいお客さんですね」
チロルさんは少し驚いたあと、すぐにいつもの柔らかな笑顔へ戻りました。
カウンターの方から、コハクさんも顔を出します。
「団ノ子からのお客様です」
「出張のような言い方ですね」
「ギルドハウス以外で会うのは珍しいので」
「確かにそうですね」
店内は、想像していたよりも静かでした。
木目調の床。
低めのテーブル。
壁際には猫が移動するための細い足場があります。
白い猫が棚の上で眠り、灰色の猫はカウンターの下から尻尾だけを出していました。
BGMも、話を邪魔しないくらいの小さな音です。
「好きな席へどうぞ」
チロルさんが言いました。
「ただし、猫が先に座っている席は交渉が必要です」
「本当に交渉するんですね」
みたらしっぽさんから聞いてはいましたが、冗談ではなかったようです。
「三番席は、現在半分だけ空いています」
コハクさんが窓際を指しました。
白い猫が、椅子の中央で丸くなっています。
確かに、端の方だけなら座れそうです。
私は猫の前へしゃがみました。
「少しだけ、隣へ座ってもいいですか?」
猫は目を開け、私の手の匂いを確かめます。
しばらくすると、体を少しだけ横へずらしました。
「許可されました」
コハクさんが言います。
「完全には譲ってくれないんですね」
「半分は猫の席です」
「では、半分お借りします」
猫を起こさないように、椅子の端へ座りました。
メニューを開くと、紅茶やコーヒー、ケーキ、軽食が並んでいます。
<本日の紅茶:のんびりしたい時におすすめ>
<小さなチーズケーキ:ひっそり甘い>
以前、みたらしっぽさんから聞いたことのある説明です。
「みたらしっぽさんがよく頼むのは、どちらですか?」
私が尋ねると、チロルさんが少し笑いました。
「本日の紅茶と、小さなチーズケーキですね。最近は注文を聞く前に出すこともあります」
「では、私も同じものをお願いします」
「好みまで一緒かもしれませんね」
「食べてみないとわかりません」
「それもそうですね」
注文を受けたチロルさんが、カウンターへ戻ります。
コハクさんはカップを用意しながら、こちらを見ました。
「相談ですか?」
「どうしてわかったんですか?」
「初めてのお客様は、普通もう少し猫を見ます」
私は反射的に、隣で丸くなっている白い猫へ目を向けました。
「見ています」
「今、思い出して見ました」
「……少し、相談したいことがあります」
正直に言うと、チロルさんが紅茶を持って戻ってきました。
「今日は落ち着いているので、ゆっくり聞けますよ」
テーブルへ紅茶とケーキが置かれます。
紅茶から、柔らかな湯気が上がっていました。
「話したくなったところからで大丈夫です」
チロルさんは、向かいの椅子へ腰を下ろしました。
「話したくないところは、猫を見ていれば大丈夫です」
「店長も、猫基準なんですね」
「うちでは猫が強いので」
少しだけ肩の力が抜けました。
私は紅茶を一口飲み、学校であったことを話し始めました。
猫の距離
最初にフロランタン先輩から声をかけられた時のこと。
模擬戦について話すのは楽しかったこと。
私の動きをよく見てくれていたこと。
それから少しずつ、返事をする前に予定が決まるようになったこと。
髪型。
休日。
二人で出かける場所。
みた先輩と付き合っているのかと尋ねられ、違うと答えると、
「それならよかった」
と言われたこと。
「悪いことをされたわけではないんです」
話し終えた私は、最初にそう付け加えました。
「親切にしてくださいますし、模擬戦の話も楽しいです。きっと、私と仲良くなろうとしてくださっているのだと思います」
「そうかもしれませんね」
チロルさんは否定しませんでした。
「ですが、仲良くなりたいなら、すべて受け入れなければいけないわけでもありません」
「それは、わかっているつもりです」
「つもり?」
「断るほどのことなのか、判断できなくて」
私が少し迷いながら言うと、チロルさんは紅茶のカップへ目を落としました。
「相手が悪い人かどうかと、チョコチップさんが困っているかどうかは、別の話ですよ」
「別の話……」
「相手に悪意がなければ、我慢しなければいけないわけではありません」
隣にいた白い猫が、ゆっくりと顔を上げました。
私の膝の近くへ前足を置きます。
コハクさんが、カウンターの向こうから言いました。
「猫へ触る時も、猫が近づいてくるのを待ちます」
「はい」
「猫がまだ考えているのに、人間が勝手に抱き上げると逃げます」
「場合によっては引っかかれます」
チロルさんが付け足しました。
「人間同士では、引っかくわけにはいきませんけどね」
「そのために、言葉があるんです」
コハクさんは、いつもと変わらない真面目な顔でした。
「まだ決めていません、と言うための言葉です」
私は紅茶の水面を見つめました。
まだ決めていない。
私は何度も、そう伝えたつもりでした。
ですがフロランタン先輩の中では、私の言葉は次の予定へ進むための途中のように扱われていました。
「その方は、チョコチップさんのことが好きなのではないでしょうか」
コハクさんからそう聞いてから、少し恥ずかしくなりました。
チロルさんは、必要以上に驚きませんでした。
「その可能性はあると思います」
「そうなんですか?」
「ただ、それをチョコチップさんが先回りして決める必要もありませんよ」
「先回り?」
「相手が何を思っているかは、相手が話すことです。チョコチップさんが考えるのは、自分がどうしたいかだけでいいと思います」
「私は……」
すぐには続きませんでした。
嫌いではありません。
ですが、二人で出かけたいとは思っていない。
髪型を指定されることも。
私とみた先輩の関係を確認され、安心されることも。
やはり、落ち着きませんでした。
「好意なら、受け取らなければ失礼でしょうか」
「贈り物は、受け取る側にも選ぶ権利があります」
チロルさんは、穏やかに答えます。
「好意なら、なおさら返事を待ってほしいですね」
白い猫が、私の膝へ片方の前足を乗せました。
少しして、もう片方も。
そのまま、ゆっくりと膝の上へ移ってきます。
「乗りました」
私が小さく言うと、コハクさんが頷きました。
「猫は、今ならよいと判断したようです」
「私、何もしていません」
「待っていたので」
膝の上の猫を、そっと撫でます。
最初から抱き上げようとはしませんでした。
猫が近づくのを待ち。
触れてよい距離になるまで、こちらから動かなかった。
人同士でも、同じなのかもしれません。
「私は、もう少し自分の返事を待ってほしかったんですね」
言葉にすると、胸の中にあったものが少しだけ形になりました。
「たぶん、それが一番近いです」
「では、そう伝えてよいと思います」
チロルさんが言いました。
「嫌いだと決めなくても。相手を悪い人だと決めなくても」
「私はまだ約束していない、と」
「はい」
「私のことは、私が決めたい、と」
「それで十分です」
その時、入口のベルが鳴りました。
模擬戦について話すのは楽しかったこと。
私の動きをよく見てくれていたこと。
それから少しずつ、返事をする前に予定が決まるようになったこと。
髪型。
休日。
二人で出かける場所。
みた先輩と付き合っているのかと尋ねられ、違うと答えると、
「それならよかった」
と言われたこと。
「悪いことをされたわけではないんです」
話し終えた私は、最初にそう付け加えました。
「親切にしてくださいますし、模擬戦の話も楽しいです。きっと、私と仲良くなろうとしてくださっているのだと思います」
「そうかもしれませんね」
チロルさんは否定しませんでした。
「ですが、仲良くなりたいなら、すべて受け入れなければいけないわけでもありません」
「それは、わかっているつもりです」
「つもり?」
「断るほどのことなのか、判断できなくて」
私が少し迷いながら言うと、チロルさんは紅茶のカップへ目を落としました。
「相手が悪い人かどうかと、チョコチップさんが困っているかどうかは、別の話ですよ」
「別の話……」
「相手に悪意がなければ、我慢しなければいけないわけではありません」
隣にいた白い猫が、ゆっくりと顔を上げました。
私の膝の近くへ前足を置きます。
コハクさんが、カウンターの向こうから言いました。
「猫へ触る時も、猫が近づいてくるのを待ちます」
「はい」
「猫がまだ考えているのに、人間が勝手に抱き上げると逃げます」
「場合によっては引っかかれます」
チロルさんが付け足しました。
「人間同士では、引っかくわけにはいきませんけどね」
「そのために、言葉があるんです」
コハクさんは、いつもと変わらない真面目な顔でした。
「まだ決めていません、と言うための言葉です」
私は紅茶の水面を見つめました。
まだ決めていない。
私は何度も、そう伝えたつもりでした。
ですがフロランタン先輩の中では、私の言葉は次の予定へ進むための途中のように扱われていました。
「その方は、チョコチップさんのことが好きなのではないでしょうか」
コハクさんからそう聞いてから、少し恥ずかしくなりました。
チロルさんは、必要以上に驚きませんでした。
「その可能性はあると思います」
「そうなんですか?」
「ただ、それをチョコチップさんが先回りして決める必要もありませんよ」
「先回り?」
「相手が何を思っているかは、相手が話すことです。チョコチップさんが考えるのは、自分がどうしたいかだけでいいと思います」
「私は……」
すぐには続きませんでした。
嫌いではありません。
ですが、二人で出かけたいとは思っていない。
髪型を指定されることも。
私とみた先輩の関係を確認され、安心されることも。
やはり、落ち着きませんでした。
「好意なら、受け取らなければ失礼でしょうか」
「贈り物は、受け取る側にも選ぶ権利があります」
チロルさんは、穏やかに答えます。
「好意なら、なおさら返事を待ってほしいですね」
白い猫が、私の膝へ片方の前足を乗せました。
少しして、もう片方も。
そのまま、ゆっくりと膝の上へ移ってきます。
「乗りました」
私が小さく言うと、コハクさんが頷きました。
「猫は、今ならよいと判断したようです」
「私、何もしていません」
「待っていたので」
膝の上の猫を、そっと撫でます。
最初から抱き上げようとはしませんでした。
猫が近づくのを待ち。
触れてよい距離になるまで、こちらから動かなかった。
人同士でも、同じなのかもしれません。
「私は、もう少し自分の返事を待ってほしかったんですね」
言葉にすると、胸の中にあったものが少しだけ形になりました。
「たぶん、それが一番近いです」
「では、そう伝えてよいと思います」
チロルさんが言いました。
「嫌いだと決めなくても。相手を悪い人だと決めなくても」
「私はまだ約束していない、と」
「はい」
「私のことは、私が決めたい、と」
「それで十分です」
その時、入口のベルが鳴りました。
いつものお客
「いらっしゃいませー」
チロルさんが席を立ちます。
「いつものですか?」
「まだ何も言ってないのに」
聞き慣れた声でした。
入口へ目を向けると、みたらしっぽさんが立っています。
こちらの姿を見つけた瞬間、目を丸くしました。
「チョコ?」
驚いた声が、そのまま嬉しそうなものへ変わります。
「こんばんは、みたらしっぽさん」
「こんばんは。すごい偶然だね。ここでチョコに会うと思わなかった」
みたらしっぽさんは、迷わずこちらのテーブルへ歩いてきました。
膝の上の猫を見て、さらに驚きます。
「その子、もう乗ってるの?」
「先ほど来てくれました」
「僕は猫用おやつまで使ったのに」
「みたらしっぽさんより、好かれるのが早かったですね」
「ちょっと悔しい」
その言い方がおかしくて、思わず笑いました。
「三番席、今日は珍しいお客さんに取られています」
コハクさんが言います。
「チョコならいいよ」
みたらしっぽさんは、私の隣の椅子へ手をかけました。
「ここ、座っても大丈夫?」
「もちろんです」
「相談中ですけど」
チロルさんが伝えると、みたらしっぽさんはすぐに私を見ました。
「僕、別の席へ行こうか?」
気を遣ってくださったことがわかります。
ですが今は、離れてほしいとは思いませんでした。
むしろ、みたらしっぽさんにも聞いてほしい。
「いいえ」
私は首を横へ振りました。
「みたらしっぽさんにも、聞いていただきたいです」
「うん」
みたらしっぽさんは、それ以上確認せずに隣へ座りました。
「じゃあ、聞くよ」
チロルさんが、紅茶と小さなチーズケーキを運んできます。
「いつものです」
「本当に注文してないけど、合ってる」
みたらしっぽさんは、私の前にある皿を見ました。
「チョコも同じものにしたんだ」
「みたらしっぽさんがよく頼むと聞いたので」
「どうだった?」
「本当に、ひっそり甘かったです」
「でしょう?」
なぜかチロルさんが嬉しそうに答えました。
みたらしっぽさんは小さく笑い、紅茶を一口飲みます。
「それで、何があったの?」
声は柔らかいままです。
私は先ほどチロルさんへ話したことを、もう一度説明しました。
みたらしっぽさんは、途中で口を挟みませんでした。
フロランタン先輩の言葉。
返事をする前に進む予定。
髪を下ろしてほしいと言われたこと。
そして、みたらしっぽさんとの関係を尋ねられたこと。
「僕とチョコが付き合ってるのか、聞かれたんだ」
「はい」
「それで?」
「違います。大切な先輩です、と答えました」
みたらしっぽさんの表情が、少しだけ柔らかくなりました。
「そっか」
「そのあと、違うならよかった、と言われました」
「なるほど」
先ほどまでの笑顔は薄くなりました。
怒っているわけではありません。
けれど、私の話を軽く扱っていないことが伝わります。
「チョコが引っかかるの、わかるよ」
「みたらしっぽさんも、そう思いますか?」
「うん。チョコの返事を聞くためじゃなくて、自分が入れる場所が空いているか確認したみたいに聞こえる」
チロルさんが言っていたことと、よく似ています。
「フロランタン先輩、Aグループの練習でチョコへ何度か声をかけていた人だよね」
「見ていたんですか?」
「チョコの指導ペアだからね。ちゃんと見てるよ」
当然のように言われ、胸が少し温かくなりました。
みたらしっぽさんは、私の髪にある花飾りへ視線を向けました。
「それにチョコ、困ってる時は花を触る回数が増えるから」
「そんなに触っていましたか?」
「学校でも、さっきからも」
「数えていたんですか?」
「数えてないけど、長い付き合いだからわかる」
チロルさんが、私たちを見比べます。
「本当に仲がいいんですね」
「はい」
私は、迷わず答えました。
みたらしっぽさんも、同時に頷きます。
「うん。中学校より前から一緒だからね」
否定も。
ごまかしもされませんでした。
それが、嬉しく感じます。
「でも、チョコ」
みたらしっぽさんが私へ向き直りました。
「こういう時は、もっと早く言ってよ」
責める声ではありませんでした。
心配している時の声です。
「言うほどのことなのか、わからなかったんです」
「チョコが何日も考えて、返事が止まるくらい困ってるなら、言うほどのことだよ」
「ご迷惑ではありませんか?」
「迷惑なわけないでしょ」
返事は、とても早いものでした。
「学校でもFoFでも、チョコが僕のところへ来るのを迷惑だと思ったことはないよ」
みたらしっぽさんは少し笑います。
「むしろ、放課後に来ない日は、今日はどうしたんだろうって思うくらい」
「本当ですか?」
「フェタにも『今日はチョコちゃん来ないの?』って聞かれるよ」
「フェタ先輩にまで、そう思われているんですね」
「かなりよく来るからね」
「みたらしっぽさんに会いに行っていますから」
口に出してから、少し恥ずかしくなりました。
ですが、事実です。
みたらしっぽさんは驚くこともなく、嬉しそうに目を細めました。
「うん。知ってる」
その一言で、さらに恥ずかしくなります。
私は猫の背中を撫でました。
「花を触らなくなりました」
コハクさんが言います。
「代わりに猫を撫でています」
「観察しないでください……」
店の中に、小さな笑いが広がりました。
チロルさんが席を立ちます。
「いつものですか?」
「まだ何も言ってないのに」
聞き慣れた声でした。
入口へ目を向けると、みたらしっぽさんが立っています。
こちらの姿を見つけた瞬間、目を丸くしました。
「チョコ?」
驚いた声が、そのまま嬉しそうなものへ変わります。
「こんばんは、みたらしっぽさん」
「こんばんは。すごい偶然だね。ここでチョコに会うと思わなかった」
みたらしっぽさんは、迷わずこちらのテーブルへ歩いてきました。
膝の上の猫を見て、さらに驚きます。
「その子、もう乗ってるの?」
「先ほど来てくれました」
「僕は猫用おやつまで使ったのに」
「みたらしっぽさんより、好かれるのが早かったですね」
「ちょっと悔しい」
その言い方がおかしくて、思わず笑いました。
「三番席、今日は珍しいお客さんに取られています」
コハクさんが言います。
「チョコならいいよ」
みたらしっぽさんは、私の隣の椅子へ手をかけました。
「ここ、座っても大丈夫?」
「もちろんです」
「相談中ですけど」
チロルさんが伝えると、みたらしっぽさんはすぐに私を見ました。
「僕、別の席へ行こうか?」
気を遣ってくださったことがわかります。
ですが今は、離れてほしいとは思いませんでした。
むしろ、みたらしっぽさんにも聞いてほしい。
「いいえ」
私は首を横へ振りました。
「みたらしっぽさんにも、聞いていただきたいです」
「うん」
みたらしっぽさんは、それ以上確認せずに隣へ座りました。
「じゃあ、聞くよ」
チロルさんが、紅茶と小さなチーズケーキを運んできます。
「いつものです」
「本当に注文してないけど、合ってる」
みたらしっぽさんは、私の前にある皿を見ました。
「チョコも同じものにしたんだ」
「みたらしっぽさんがよく頼むと聞いたので」
「どうだった?」
「本当に、ひっそり甘かったです」
「でしょう?」
なぜかチロルさんが嬉しそうに答えました。
みたらしっぽさんは小さく笑い、紅茶を一口飲みます。
「それで、何があったの?」
声は柔らかいままです。
私は先ほどチロルさんへ話したことを、もう一度説明しました。
みたらしっぽさんは、途中で口を挟みませんでした。
フロランタン先輩の言葉。
返事をする前に進む予定。
髪を下ろしてほしいと言われたこと。
そして、みたらしっぽさんとの関係を尋ねられたこと。
「僕とチョコが付き合ってるのか、聞かれたんだ」
「はい」
「それで?」
「違います。大切な先輩です、と答えました」
みたらしっぽさんの表情が、少しだけ柔らかくなりました。
「そっか」
「そのあと、違うならよかった、と言われました」
「なるほど」
先ほどまでの笑顔は薄くなりました。
怒っているわけではありません。
けれど、私の話を軽く扱っていないことが伝わります。
「チョコが引っかかるの、わかるよ」
「みたらしっぽさんも、そう思いますか?」
「うん。チョコの返事を聞くためじゃなくて、自分が入れる場所が空いているか確認したみたいに聞こえる」
チロルさんが言っていたことと、よく似ています。
「フロランタン先輩、Aグループの練習でチョコへ何度か声をかけていた人だよね」
「見ていたんですか?」
「チョコの指導ペアだからね。ちゃんと見てるよ」
当然のように言われ、胸が少し温かくなりました。
みたらしっぽさんは、私の髪にある花飾りへ視線を向けました。
「それにチョコ、困ってる時は花を触る回数が増えるから」
「そんなに触っていましたか?」
「学校でも、さっきからも」
「数えていたんですか?」
「数えてないけど、長い付き合いだからわかる」
チロルさんが、私たちを見比べます。
「本当に仲がいいんですね」
「はい」
私は、迷わず答えました。
みたらしっぽさんも、同時に頷きます。
「うん。中学校より前から一緒だからね」
否定も。
ごまかしもされませんでした。
それが、嬉しく感じます。
「でも、チョコ」
みたらしっぽさんが私へ向き直りました。
「こういう時は、もっと早く言ってよ」
責める声ではありませんでした。
心配している時の声です。
「言うほどのことなのか、わからなかったんです」
「チョコが何日も考えて、返事が止まるくらい困ってるなら、言うほどのことだよ」
「ご迷惑ではありませんか?」
「迷惑なわけないでしょ」
返事は、とても早いものでした。
「学校でもFoFでも、チョコが僕のところへ来るのを迷惑だと思ったことはないよ」
みたらしっぽさんは少し笑います。
「むしろ、放課後に来ない日は、今日はどうしたんだろうって思うくらい」
「本当ですか?」
「フェタにも『今日はチョコちゃん来ないの?』って聞かれるよ」
「フェタ先輩にまで、そう思われているんですね」
「かなりよく来るからね」
「みたらしっぽさんに会いに行っていますから」
口に出してから、少し恥ずかしくなりました。
ですが、事実です。
みたらしっぽさんは驚くこともなく、嬉しそうに目を細めました。
「うん。知ってる」
その一言で、さらに恥ずかしくなります。
私は猫の背中を撫でました。
「花を触らなくなりました」
コハクさんが言います。
「代わりに猫を撫でています」
「観察しないでください……」
店の中に、小さな笑いが広がりました。
僕のところには遠慮しなくていい
笑いが落ち着くと、みたらしっぽさんは少しだけ真面目な顔へ戻りました。
「チョコは、その先輩と二人で出かけたい?」
「今は、そう思っていません」
今度は、すぐに答えられました。
「なら、それを伝えていいと思う」
「でも、先輩は親切にしてくださっています」
「親切にしてもらったお礼と、二人で出かける返事は別だよ」
みたらしっぽさんは、紅茶のカップをテーブルへ戻します。
「チョコが誰と出かけるかも。チョコが決めることだから」
「はい」
「それに、僕のことを理由にしなくていい」
「みたらしっぽさんのことを?」
「僕と仲がいいから断る、じゃなくていいってこと」
みたらしっぽさんは、自分と私の間を軽く指で示しました。
「僕とチョコが仲いいのは、本当だよ。学校でも、現実でも、バーチャル世界でも一緒にいる。それは隠すことでもない」
「はい」
「でも、その先輩へ返事をする時は、チョコがどう思っているかだけで十分だから」
「私が、行きたくないから」
「うん」
「まだ、そこまでの距離ではないと思っているから」
「それでいいよ」
チロルさんも頷きました。
「断ることは、相手を否定することではありませんからね」
「自分が望む距離を伝えることです」
コハクさんが続けます。
膝の上の白い猫は、いつの間にか目を閉じていました。
完全にくつろいでいます。
「明日、話すつもり?」
みたらしっぽさんが尋ねました。
「まずはメッセージで、二人で出かける約束をしたつもりはないと伝えます」
「うん」
「それから、先輩が何を伝えたいのか、きちんと聞こうと思います」
「一人で話せそう?」
少し考えます。
フロランタン先輩を怖いとは思っていません。
ですが、また私が答える前に話が進んだ時、きちんと止められるかは不安でした。
「少しだけ、不安です」
「じゃあ、明日は僕の教室へ来て」
みたらしっぽさんは、ごく自然に言いました。
「話す場所まで一緒に行くよ。話している間は離れているけど、終わるまで近くで待ってる」
「そこまでしていただいても、いいんですか?」
「チョコに頼られるの、嫌じゃないよ」
みたらしっぽさんは笑いました。
「もっと頼ってほしいくらい」
「先輩に、みたらしっぽさんとの関係を誤解されませんか?」
「僕とチョコが仲いいことは、誤解じゃないでしょ?」
迷いのない言葉でした。
「それに、相手がどう思うかより、チョコが一人で困らない方が大事だよ」
胸の奥に残っていた不安が、ゆっくり小さくなっていきます。
私は猫の背中から手を離し、みたらしっぽさんを見ました。
「では、お願いします」
「うん。任せて」
「答えるのは私ですけど」
「わかってるよ。僕は近くにいるだけ」
それが、今の私には一番ありがたいことでした。
自分で返事をしたい。
けれど、一人ですべてを抱えなくてもよい。
「相談へ来て、よかったです」
私が言うと、チロルさんが柔らかく笑いました。
「珍しいお客さん、大歓迎ですよ」
「次に来た時も、珍しいお客ですか?」
「三回来たら常連です」
「判定が早いですね」
「うちは、常連判定もひっそり早いので」
みたらしっぽさんが笑います。
「チョコも、すぐ常連になりそう」
「みたらしっぽさんが来るなら、また来たいです」
「じゃあ、今度は最初から一緒に来ようか」
「はい」
隣で、白い猫が小さく鳴きました。
コハクさんが言います。
「猫も了承しました」
「何をでしょうか」
「次回来店です」
「猫が予約を受けるんですね」
「うちでは猫が強いので」
来た時よりも、ずっと自然に笑うことができました。
「チョコは、その先輩と二人で出かけたい?」
「今は、そう思っていません」
今度は、すぐに答えられました。
「なら、それを伝えていいと思う」
「でも、先輩は親切にしてくださっています」
「親切にしてもらったお礼と、二人で出かける返事は別だよ」
みたらしっぽさんは、紅茶のカップをテーブルへ戻します。
「チョコが誰と出かけるかも。チョコが決めることだから」
「はい」
「それに、僕のことを理由にしなくていい」
「みたらしっぽさんのことを?」
「僕と仲がいいから断る、じゃなくていいってこと」
みたらしっぽさんは、自分と私の間を軽く指で示しました。
「僕とチョコが仲いいのは、本当だよ。学校でも、現実でも、バーチャル世界でも一緒にいる。それは隠すことでもない」
「はい」
「でも、その先輩へ返事をする時は、チョコがどう思っているかだけで十分だから」
「私が、行きたくないから」
「うん」
「まだ、そこまでの距離ではないと思っているから」
「それでいいよ」
チロルさんも頷きました。
「断ることは、相手を否定することではありませんからね」
「自分が望む距離を伝えることです」
コハクさんが続けます。
膝の上の白い猫は、いつの間にか目を閉じていました。
完全にくつろいでいます。
「明日、話すつもり?」
みたらしっぽさんが尋ねました。
「まずはメッセージで、二人で出かける約束をしたつもりはないと伝えます」
「うん」
「それから、先輩が何を伝えたいのか、きちんと聞こうと思います」
「一人で話せそう?」
少し考えます。
フロランタン先輩を怖いとは思っていません。
ですが、また私が答える前に話が進んだ時、きちんと止められるかは不安でした。
「少しだけ、不安です」
「じゃあ、明日は僕の教室へ来て」
みたらしっぽさんは、ごく自然に言いました。
「話す場所まで一緒に行くよ。話している間は離れているけど、終わるまで近くで待ってる」
「そこまでしていただいても、いいんですか?」
「チョコに頼られるの、嫌じゃないよ」
みたらしっぽさんは笑いました。
「もっと頼ってほしいくらい」
「先輩に、みたらしっぽさんとの関係を誤解されませんか?」
「僕とチョコが仲いいことは、誤解じゃないでしょ?」
迷いのない言葉でした。
「それに、相手がどう思うかより、チョコが一人で困らない方が大事だよ」
胸の奥に残っていた不安が、ゆっくり小さくなっていきます。
私は猫の背中から手を離し、みたらしっぽさんを見ました。
「では、お願いします」
「うん。任せて」
「答えるのは私ですけど」
「わかってるよ。僕は近くにいるだけ」
それが、今の私には一番ありがたいことでした。
自分で返事をしたい。
けれど、一人ですべてを抱えなくてもよい。
「相談へ来て、よかったです」
私が言うと、チロルさんが柔らかく笑いました。
「珍しいお客さん、大歓迎ですよ」
「次に来た時も、珍しいお客ですか?」
「三回来たら常連です」
「判定が早いですね」
「うちは、常連判定もひっそり早いので」
みたらしっぽさんが笑います。
「チョコも、すぐ常連になりそう」
「みたらしっぽさんが来るなら、また来たいです」
「じゃあ、今度は最初から一緒に来ようか」
「はい」
隣で、白い猫が小さく鳴きました。
コハクさんが言います。
「猫も了承しました」
「何をでしょうか」
「次回来店です」
「猫が予約を受けるんですね」
「うちでは猫が強いので」
来た時よりも、ずっと自然に笑うことができました。
帰り道
店を出ると、夜の大通りの音が少しずつ戻ってきました。
みたらしっぽさんも一緒です。
「このままログアウトする?」
「はい。明日の準備もありますので」
「じゃあ、転送口まで一緒に行くよ」
「ありがとうございます」
二人で並んで歩きます。
先ほどまで猫が膝に乗っていた感覚が、まだ少し残っている気がしました。
「本当に、僕へ相談してくれてよかったのに」
みたらしっぽさんが言います。
「みたらしっぽさんへ話したら、心配をかけると思ったんです」
「心配はするよ」
「やはり」
「でも、知らないままチョコが一人で困ってる方が嫌だな」
歩く速度を少しだけ合わせてくれます。
私が考えながら歩いている時、自然にゆっくりになることを知っているようでした。
「みたらしっぽさんは、私のことをよく見ていますね」
「チョコも、僕のことよく見てるでしょ?」
「そうでしょうか」
「バーチャルポッドの試験でも、去年のデュエルを見ただけで、今年は最後まで戦ってほしいって言ったし」
「途中で勝つのをやめたことが、わかりやすかったので」
「ほら」
「それと、これとは違います」
「そんなに違わないよ」
みたらしっぽさんは笑いました。
確かに、私はみたらしっぽさんの様子をよく見ています。
授業中に考えごとをしている時。
FoFで無理に前へ出ようとしている時。
疲れているのに、まだ一つだけと言って作業を続ける時。
見つければ、声をかけます。
心配します。
それと同じことを、みたらしっぽさんもしてくれているのでしょう。
「お互い様ですね」
「うん。お互い様」
転送口の近くへ着いたところで、DPo-Xを開きました。
フロランタン先輩とのメッセージ画面。
最後に届いたのは、
<明日の昼休み、空いてる?>
という一文です。
入力欄を開きます。
何度か書き直し。
最後に、自分の言葉で文章を整えました。
<ご連絡ありがとうございます。ですが、私はまだ二人で出かけるお約束をしたつもりはありません。明日の放課後、少しお話しさせてください>
送信。
すぐに既読がつきました。
少しして、返事が届きます。
<わかった。放課後に話そう>
短い返事でした。
「送れた?」
みたらしっぽさんは、画面を覗かずに尋ねました。
「はい」
「そっか」
「明日の放課後に、お話しすることになりました」
「じゃあ、授業が終わったら僕の教室へおいで」
「いつもどおりですね」
「うん。いつもどおり待ってる」
その言葉が、とても心強く感じました。
「今日は、会えてよかったです」
「僕も」
みたらしっぽさんは、少し楽しそうに笑います。
「珍しい場所でチョコに会えて、得した気分」
「私も同じです」
転送口の前で、互いに手を上げます。
「また明日、チョコ」
「はい。また明日です、みたらしっぽさん」
みたらしっぽさんも一緒です。
「このままログアウトする?」
「はい。明日の準備もありますので」
「じゃあ、転送口まで一緒に行くよ」
「ありがとうございます」
二人で並んで歩きます。
先ほどまで猫が膝に乗っていた感覚が、まだ少し残っている気がしました。
「本当に、僕へ相談してくれてよかったのに」
みたらしっぽさんが言います。
「みたらしっぽさんへ話したら、心配をかけると思ったんです」
「心配はするよ」
「やはり」
「でも、知らないままチョコが一人で困ってる方が嫌だな」
歩く速度を少しだけ合わせてくれます。
私が考えながら歩いている時、自然にゆっくりになることを知っているようでした。
「みたらしっぽさんは、私のことをよく見ていますね」
「チョコも、僕のことよく見てるでしょ?」
「そうでしょうか」
「バーチャルポッドの試験でも、去年のデュエルを見ただけで、今年は最後まで戦ってほしいって言ったし」
「途中で勝つのをやめたことが、わかりやすかったので」
「ほら」
「それと、これとは違います」
「そんなに違わないよ」
みたらしっぽさんは笑いました。
確かに、私はみたらしっぽさんの様子をよく見ています。
授業中に考えごとをしている時。
FoFで無理に前へ出ようとしている時。
疲れているのに、まだ一つだけと言って作業を続ける時。
見つければ、声をかけます。
心配します。
それと同じことを、みたらしっぽさんもしてくれているのでしょう。
「お互い様ですね」
「うん。お互い様」
転送口の近くへ着いたところで、DPo-Xを開きました。
フロランタン先輩とのメッセージ画面。
最後に届いたのは、
<明日の昼休み、空いてる?>
という一文です。
入力欄を開きます。
何度か書き直し。
最後に、自分の言葉で文章を整えました。
<ご連絡ありがとうございます。ですが、私はまだ二人で出かけるお約束をしたつもりはありません。明日の放課後、少しお話しさせてください>
送信。
すぐに既読がつきました。
少しして、返事が届きます。
<わかった。放課後に話そう>
短い返事でした。
「送れた?」
みたらしっぽさんは、画面を覗かずに尋ねました。
「はい」
「そっか」
「明日の放課後に、お話しすることになりました」
「じゃあ、授業が終わったら僕の教室へおいで」
「いつもどおりですね」
「うん。いつもどおり待ってる」
その言葉が、とても心強く感じました。
「今日は、会えてよかったです」
「僕も」
みたらしっぽさんは、少し楽しそうに笑います。
「珍しい場所でチョコに会えて、得した気分」
「私も同じです」
転送口の前で、互いに手を上げます。
「また明日、チョコ」
「はい。また明日です、みたらしっぽさん」
私の返事
現実へ戻ると、ミントちゃんが隣の部屋から顔を出しました。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま戻りました」
「猫、いた?」
「いました」
「写真は?」
「撮り忘れました」
「約束したのに」
「相談へ夢中になってしまって」
「じゃあ、仕方ないかぁ」
ミントちゃんは残念そうにしながらも、私の表情を見ると少し笑いました。
「行く前より、すっきりした顔してる」
「はい。お話を聞いていただけました」
「チロルさんに?」
「チロルさんと、コハクさん。それから、偶然みたらしっぽさんも来ました」
「みた先輩もいたんだ」
「はい。帰りも一緒に来てくださいました」
「よかったね」
「とても」
迷わず答えると、ミントちゃんは嬉しそうに目を細めました。
「明日、その先輩と話すの?」
「はい」
「みた先輩も一緒?」
「話すのは私一人です。でも、近くで待ってくださいます」
「それなら安心だね」
「はい」
私はミントちゃんの隣へ座りました。
「相手が悪い方なのか、ずっと考えていました」
「うん」
「ですが、悪い方かどうかを決めなくても、私は自分の望んでいる距離を伝えてよいそうです」
「お姉ちゃんは、どうしたいの?」
今なら、答えられます。
「二人で出かけるつもりはありません」
「うん」
「髪型や予定も、自分で決めたいです」
「うん」
「それから、先輩が私に何を伝えたいのか、きちんと聞きます」
ミントちゃんが、私の手を握りました。
「明日、終わったら連絡してね」
「もちろんです」
フロランタン先輩から届いた返事を、もう一度だけ確認します。
明日の放課後。
私は、相手が求めている答えを探すのではなく。
私自身の返事を伝えることになります。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま戻りました」
「猫、いた?」
「いました」
「写真は?」
「撮り忘れました」
「約束したのに」
「相談へ夢中になってしまって」
「じゃあ、仕方ないかぁ」
ミントちゃんは残念そうにしながらも、私の表情を見ると少し笑いました。
「行く前より、すっきりした顔してる」
「はい。お話を聞いていただけました」
「チロルさんに?」
「チロルさんと、コハクさん。それから、偶然みたらしっぽさんも来ました」
「みた先輩もいたんだ」
「はい。帰りも一緒に来てくださいました」
「よかったね」
「とても」
迷わず答えると、ミントちゃんは嬉しそうに目を細めました。
「明日、その先輩と話すの?」
「はい」
「みた先輩も一緒?」
「話すのは私一人です。でも、近くで待ってくださいます」
「それなら安心だね」
「はい」
私はミントちゃんの隣へ座りました。
「相手が悪い方なのか、ずっと考えていました」
「うん」
「ですが、悪い方かどうかを決めなくても、私は自分の望んでいる距離を伝えてよいそうです」
「お姉ちゃんは、どうしたいの?」
今なら、答えられます。
「二人で出かけるつもりはありません」
「うん」
「髪型や予定も、自分で決めたいです」
「うん」
「それから、先輩が私に何を伝えたいのか、きちんと聞きます」
ミントちゃんが、私の手を握りました。
「明日、終わったら連絡してね」
「もちろんです」
フロランタン先輩から届いた返事を、もう一度だけ確認します。
明日の放課後。
私は、相手が求めている答えを探すのではなく。
私自身の返事を伝えることになります。