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失恋
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dannocomachi
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放課後まで
翌朝。
私は鏡の前で黒い髪をお団子にまとめ、花飾りを留めました。
いつもと同じ制服。
いつもと同じ登校時間。
ですが、今日は放課後にフロランタンさんと話す約束があります。
髪を整え終えても、鏡の前からすぐには離れられませんでした。
「お姉ちゃん」
部屋の扉から、ミントちゃんが顔を出します。
「もう出る時間だよ」
「はい。今行きます」
「緊張してる?」
隠しても仕方がありません。
「少しだけ」
「昨日、言うことは決めたんでしょ?」
「はい」
私は鏡から目を離しました。
二人で出かける約束はしていないこと。
自分の予定も、髪型も、自分で決めたいこと。
そして、フロランタンさんが私へ何を伝えようとしているのか、きちんと聞くこと。
「なら大丈夫」
ミントちゃんは、私の花飾りを一度だけ確認しました。
「曲がってないよ」
「まだ聞いていません」
「今、聞こうとしてた顔だった」
「……ありがとうございます」
「終わったら連絡してね」
「はい。行ってきます」
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
玄関を出る前に、ミントちゃんと一度だけ手を合わせました。
何か特別な意味があるわけではありません。
小さい頃から、大事な日によくしてきたことです。
それだけで、少し落ち着きました。
学校へ着くと、校門ではシュトレンさんが待っていました。
「おはよう、チョコちゃん」
「おはようございます」
一緒に教室へ向かいます。
私がいつもより静かなことに気づいているはずですが、シュトレンさんはすぐに放課後の話をしませんでした。
昨日見つけた焼き菓子のこと。
次にKirscheで決めるキャンプ場のこと。
フィナンシェさんが、夜遅くまでアウトドア用の服をグループへ送り続けていたこと。
いつもと同じ話をしてくれます。
「フィナンシェさん、寝袋まで見ていましたね」
「日帰りなのにね」
「フェタさんに三回止められていました」
「でも最後には、枕まで見てたよ」
「止まっていませんね」
二人で笑いました。
教室へ入ると、フィナンシェさんがこちらへ手を上げます。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます」
「チョコちゃん、放課後の話、今日だよね」
「はい」
「私たち、教室で待ってるから」
「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ」
「別に、ずっと心配して待つわけじゃないよ。キャンプ場を見ながら待つだけ」
フィナンシェさんはDPo-Xを見せました。
すでに候補が三つ並んでいます。
「それなら、かなり長く待てそうですね」
「話が終わる前に、場所が決まってるかも」
「勝手に決めないでくださいね」
「チョコちゃんが帰ってきてから、最後に選ぶよ」
その言い方に、少し安心しました。
話を進めるのが早いフィナンシェさんでも、私の返事を待ってくれます。
授業が始まる前。
DPo-Xに短いメッセージが届きました。
送り主はみた先輩です。
<放課後、教室で待ってる>
私はすぐに返します。
<はい。授業が終わりましたら伺います>
少しして、もう一通。
<緊張しても、急いで来なくていいからね>
画面を見ながら、自然に笑っていました。
「みた先輩?」
シュトレンさんが聞きます。
「はい」
「少し、顔が柔らかくなったね」
「そうでしょうか」
「うん。よかった」
予鈴が鳴ります。
私はDPo-Xを閉じました。
放課後まで。
いつもどおり授業を受ければよいのです。
私は鏡の前で黒い髪をお団子にまとめ、花飾りを留めました。
いつもと同じ制服。
いつもと同じ登校時間。
ですが、今日は放課後にフロランタンさんと話す約束があります。
髪を整え終えても、鏡の前からすぐには離れられませんでした。
「お姉ちゃん」
部屋の扉から、ミントちゃんが顔を出します。
「もう出る時間だよ」
「はい。今行きます」
「緊張してる?」
隠しても仕方がありません。
「少しだけ」
「昨日、言うことは決めたんでしょ?」
「はい」
私は鏡から目を離しました。
二人で出かける約束はしていないこと。
自分の予定も、髪型も、自分で決めたいこと。
そして、フロランタンさんが私へ何を伝えようとしているのか、きちんと聞くこと。
「なら大丈夫」
ミントちゃんは、私の花飾りを一度だけ確認しました。
「曲がってないよ」
「まだ聞いていません」
「今、聞こうとしてた顔だった」
「……ありがとうございます」
「終わったら連絡してね」
「はい。行ってきます」
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
玄関を出る前に、ミントちゃんと一度だけ手を合わせました。
何か特別な意味があるわけではありません。
小さい頃から、大事な日によくしてきたことです。
それだけで、少し落ち着きました。
学校へ着くと、校門ではシュトレンさんが待っていました。
「おはよう、チョコちゃん」
「おはようございます」
一緒に教室へ向かいます。
私がいつもより静かなことに気づいているはずですが、シュトレンさんはすぐに放課後の話をしませんでした。
昨日見つけた焼き菓子のこと。
次にKirscheで決めるキャンプ場のこと。
フィナンシェさんが、夜遅くまでアウトドア用の服をグループへ送り続けていたこと。
いつもと同じ話をしてくれます。
「フィナンシェさん、寝袋まで見ていましたね」
「日帰りなのにね」
「フェタさんに三回止められていました」
「でも最後には、枕まで見てたよ」
「止まっていませんね」
二人で笑いました。
教室へ入ると、フィナンシェさんがこちらへ手を上げます。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます」
「チョコちゃん、放課後の話、今日だよね」
「はい」
「私たち、教室で待ってるから」
「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ」
「別に、ずっと心配して待つわけじゃないよ。キャンプ場を見ながら待つだけ」
フィナンシェさんはDPo-Xを見せました。
すでに候補が三つ並んでいます。
「それなら、かなり長く待てそうですね」
「話が終わる前に、場所が決まってるかも」
「勝手に決めないでくださいね」
「チョコちゃんが帰ってきてから、最後に選ぶよ」
その言い方に、少し安心しました。
話を進めるのが早いフィナンシェさんでも、私の返事を待ってくれます。
授業が始まる前。
DPo-Xに短いメッセージが届きました。
送り主はみた先輩です。
<放課後、教室で待ってる>
私はすぐに返します。
<はい。授業が終わりましたら伺います>
少しして、もう一通。
<緊張しても、急いで来なくていいからね>
画面を見ながら、自然に笑っていました。
「みた先輩?」
シュトレンさんが聞きます。
「はい」
「少し、顔が柔らかくなったね」
「そうでしょうか」
「うん。よかった」
予鈴が鳴ります。
私はDPo-Xを閉じました。
放課後まで。
いつもどおり授業を受ければよいのです。
いつもどおり待っている人
最後の授業が終わると、教室の空気が一気に緩みました。
部活へ向かう人。
友達と帰る人。
机を囲んで話し始める人。
私は帰り支度を整えました。
「行ってきます」
シュトレンさんとフィナンシェさんへ声をかけます。
「うん。いってらっしゃい」
「終わったら戻ってきてね」
二人は必要以上に心配そうな顔をしませんでした。
それが、ありがたく感じます。
二年生の教室へ向かうと、扉の近くにフェタさんがいました。
私を見つけると、教室の中へ顔を向けます。
「みた、チョコちゃん来たよ」
「うん」
みた先輩が、すぐに席を立ちました。
机の上に広げていた資料を閉じ、こちらへ歩いてきます。
「来たね、チョコ」
「はい。お待たせしました」
「待ってないよ。今、授業が終わったところ」
みた先輩は私の顔を見てから、少しだけ首を傾けました。
「朝より緊張してる?」
「朝の私を見ていないでしょう?」
「連絡の文章が、いつもより二行くらい固かったから」
「文章でわかるんですか?」
「長い付き合いだからね」
カフェでも、同じことを言われました。
どうやら私は、自分で思っているよりわかりやすいようです。
「行こうか」
「はい」
フェタさんが、私たちの後ろから声をかけます。
「みた、戻ってくる?」
「チョコを送ってから戻るよ」
「わかった。チョコちゃん、またあとでね」
「はい」
みた先輩と並んで廊下を歩きます。
フロランタンさんと待ち合わせているのは、東棟の裏にある小さな庭です。
人通りは少ないですが、完全に誰もいない場所ではありません。
みた先輩が選んでくれました。
「昨日、ミントちゃんに猫の写真を頼まれてたんだよね」
歩きながら、先輩が言いました。
「はい。撮り忘れてしまいました」
「じゃあ次に行った時、僕が撮るよ」
「猫だけでいいですよ」
「チョコと猫も撮る」
「私もですか?」
「昨日の猫、かなり懐いてたから。証拠を残しておかないと」
「先輩より先に懐かれた証拠ですね」
「そこは残さなくていいかな」
「では、ミントちゃんに見せるために残しましょう」
「チョコ、ちょっと楽しんでるでしょ」
「少しだけです」
話しているうちに、庭へ着きました。
木々の間に小さなベンチが二つ。
少し離れた場所には、自動販売機と休憩用のテーブルがあります。
フロランタンさんは、まだ来ていません。
みた先輩は庭を見回したあと、自動販売機の近くを指しました。
「僕は、あっちにいるね」
近すぎず。
それでも、こちらから姿を確認できる距離です。
「声は聞こえないくらい離れる。でも、チョコが戻ってきたらすぐわかる」
「ありがとうございます」
「言葉が詰まったら、昨日決めたことだけでいいよ」
私は、ゆっくり頷きました。
「私は、まだ二人で出かける約束をしていません」
「うん」
「自分のことは、自分で決めたいです」
「うん。それで十分」
みた先輩は、私の肩を軽く叩きました。
「相手が何を言っても、一度決めた答えを相手に合わせて変えなくていいからね」
「はい、先輩」
「終わったら、あそこにいるよ」
「行ってきます」
「いってらっしゃい、チョコ」
みた先輩は自動販売機の方へ歩いていきました。
入れ替わるように、庭の入口からフロランタンさんが現れます。
部活へ向かう人。
友達と帰る人。
机を囲んで話し始める人。
私は帰り支度を整えました。
「行ってきます」
シュトレンさんとフィナンシェさんへ声をかけます。
「うん。いってらっしゃい」
「終わったら戻ってきてね」
二人は必要以上に心配そうな顔をしませんでした。
それが、ありがたく感じます。
二年生の教室へ向かうと、扉の近くにフェタさんがいました。
私を見つけると、教室の中へ顔を向けます。
「みた、チョコちゃん来たよ」
「うん」
みた先輩が、すぐに席を立ちました。
机の上に広げていた資料を閉じ、こちらへ歩いてきます。
「来たね、チョコ」
「はい。お待たせしました」
「待ってないよ。今、授業が終わったところ」
みた先輩は私の顔を見てから、少しだけ首を傾けました。
「朝より緊張してる?」
「朝の私を見ていないでしょう?」
「連絡の文章が、いつもより二行くらい固かったから」
「文章でわかるんですか?」
「長い付き合いだからね」
カフェでも、同じことを言われました。
どうやら私は、自分で思っているよりわかりやすいようです。
「行こうか」
「はい」
フェタさんが、私たちの後ろから声をかけます。
「みた、戻ってくる?」
「チョコを送ってから戻るよ」
「わかった。チョコちゃん、またあとでね」
「はい」
みた先輩と並んで廊下を歩きます。
フロランタンさんと待ち合わせているのは、東棟の裏にある小さな庭です。
人通りは少ないですが、完全に誰もいない場所ではありません。
みた先輩が選んでくれました。
「昨日、ミントちゃんに猫の写真を頼まれてたんだよね」
歩きながら、先輩が言いました。
「はい。撮り忘れてしまいました」
「じゃあ次に行った時、僕が撮るよ」
「猫だけでいいですよ」
「チョコと猫も撮る」
「私もですか?」
「昨日の猫、かなり懐いてたから。証拠を残しておかないと」
「先輩より先に懐かれた証拠ですね」
「そこは残さなくていいかな」
「では、ミントちゃんに見せるために残しましょう」
「チョコ、ちょっと楽しんでるでしょ」
「少しだけです」
話しているうちに、庭へ着きました。
木々の間に小さなベンチが二つ。
少し離れた場所には、自動販売機と休憩用のテーブルがあります。
フロランタンさんは、まだ来ていません。
みた先輩は庭を見回したあと、自動販売機の近くを指しました。
「僕は、あっちにいるね」
近すぎず。
それでも、こちらから姿を確認できる距離です。
「声は聞こえないくらい離れる。でも、チョコが戻ってきたらすぐわかる」
「ありがとうございます」
「言葉が詰まったら、昨日決めたことだけでいいよ」
私は、ゆっくり頷きました。
「私は、まだ二人で出かける約束をしていません」
「うん」
「自分のことは、自分で決めたいです」
「うん。それで十分」
みた先輩は、私の肩を軽く叩きました。
「相手が何を言っても、一度決めた答えを相手に合わせて変えなくていいからね」
「はい、先輩」
「終わったら、あそこにいるよ」
「行ってきます」
「いってらっしゃい、チョコ」
みた先輩は自動販売機の方へ歩いていきました。
入れ替わるように、庭の入口からフロランタンさんが現れます。
私が決める距離
「ごめん。待たせた?」
「いいえ。私も今来たところです」
フロランタンさんは、少し離れた場所にいるみた先輩へ一度目を向けました。
「みたらしっぽも一緒なんだ」
「ここまでは、先輩と来ました」
「話す時もいるの?」
「いいえ。近くで待っていただいています」
「そっか」
声の調子は、いつもより少しだけ静かでした。
私たちは、ベンチの前で向かい合います。
すぐに座る気持ちにはならなかったので、二人とも立ったままでした。
「メッセージ、ちょっと驚いた」
フロランタンさんが言いました。
「俺、そんなに変なことしたかなって」
「変な方だと申し上げたいわけではありません」
「うん」
「ですが、困っていました」
私は、昨日まで何度も考えた言葉を一つずつ口にします。
「私は、フロランタンさんと二人で出かけるお約束をしたつもりはありません」
「俺が先に進めすぎた?」
「はい」
はっきり答えました。
フロランタンさんの表情が、少しだけ固くなります。
それでも、話を止めずに聞いてくれました。
「予定が空いている時に、とお答えしたことはあります。ですが、それはお出かけすることを決めたという意味ではありません」
「ごめん。俺は、日を決めれば来てくれるって思ってた」
「髪を下ろしてきてほしいと言われたことも、少し困りました」
「似合いそうだと思っただけで……」
「そう言っていただけること自体は、嫌ではありません」
私は花飾りへ伸びかけた手を止めました。
今は触らなくても、言葉を続けられます。
「ですが、どうするかは自分で決めたいです」
フロランタンさんは、すぐには答えませんでした。
少しして、視線を下げます。
「俺、チョコちゃんのこと、ちゃんと見てるつもりだった」
「模擬戦の話をしてくださった時は、そう感じました」
「でも、それ以外は?」
「私が答えるより先に、フロランタンさんの中で決まってしまうことが多かったです」
静かな庭に、遠くの運動部の声が聞こえてきます。
フロランタンさんは、小さく息を吐きました。
「そっか。俺が見てたの、俺が思ってたチョコちゃんだったのかも」
その言葉を聞き、胸の奥にあった違和感が、少しだけほどけました。
わかっていただけた。
少なくとも、今は私の言葉を待ってくれています。
「急いで仲良くなりたかったんだ」
フロランタンさんが、こちらを見ました。
「模擬戦の決勝を見た時、すごいと思った。普段は柔らかい雰囲気なのに、戦うと真っすぐ前へ出るところも」
「ありがとうございます」
「話してみたら、思ってたより冗談も言うし。真面目だけど、堅いだけじゃないし」
今度の言葉には、以前ほどの引っかかりを感じませんでした。
私が伝えたことを、少しずつ受け取ってくれているように聞こえます。
「それで、もっと近くなりたいと思った」
フロランタンさんは一度だけ深く息を吸いました。
「俺、チョコちゃんのことが好きなんだ」
やはり。
想像はしていました。
それでも、直接言われると、心臓が少しだけ速くなります。
「付き合ってほしい」
先ほどまでとは違い。
私が答えるまで、フロランタンさんは何も言いませんでした。
ようやく、返事を待ってくれています。
だから私も。
曖昧にせず、自分の言葉で答えます。
「お気持ちを伝えてくださって、ありがとうございます」
私はフロランタンさんをまっすぐ見ました。
「ですが、私はそのお気持ちにお応えできません」
フロランタンさんの笑顔が、静かに消えました。
「……そっか」
「ごめんなさい」
「みたらしっぽが好きだから?」
すぐに否定も肯定もせず。
一度、自分の中の言葉を確かめました。
「先輩は、私にとって大切な方です」
フロランタンさんが、わずかに視線を動かします。
「ですが、今のお返事は、先輩と比べて決めたものではありません」
「じゃあ――」
「私は、私の気持ちでお断りしています」
言葉を重ねる余地を残さず、はっきりと伝えました。
「私は、フロランタンさんとお付き合いしたいとは思っていません」
少し長い沈黙がありました。
フロランタンさんは、庭の木々へ目を向けます。
風が吹き、制服の裾が小さく揺れました。
「ちゃんと振られたな、俺」
声は笑おうとしていました。
ですが、いつもの明るさはありません。
本当に、傷つけてしまったのだと思います。
胸が痛みました。
それでも。
その痛みをなくすために、答えを変えてはいけません。
「模擬戦のお話をするのは、楽しかったです」
私が言うと、フロランタンさんは少しだけこちらを見ました。
「それは、本当?」
「はい」
「じゃあ、これからもAグループで会ったら、普通に話していい?」
「もちろんです」
私は続けました。
「ただ、私がまだ決めていないことは、返事を待ってください」
「わかった」
今度の返事に、迷いはありませんでした。
「それから……今まで、距離を詰めすぎてごめん」
「はい」
「そこは『気にしてません』って言わないんだ」
「気にはしていましたから」
フロランタンさんは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑いました。
「やっぱり、思ってたよりはっきり言うんだね」
「今日は、そうすると決めてきました」
「みたらしっぽが近くにいるから?」
「それも、少しはあります」
私は正直に答えました。
「ですが、答えているのは私です」
「うん。そうだった」
フロランタンさんは、もう一度先輩のいる方を見ました。
それから私へ向き直り、軽く頭を下げます。
「今日はありがとう、チョコチップさん」
呼び方が変わりました。
遠くなったというより。
今度こそ、私が望んでいた距離へ戻してくれたように感じます。
「こちらこそ、お話を聞いてくださってありがとうございました。フロランタンさん」
私も頭を下げました。
「それじゃ、また授業で」
「はい。また授業で」
フロランタンさんは、庭の反対側の出口へ歩いていきました。
すぐには振り返りませんでした。
最後まで、少しだけ背中が寂しそうに見えます。
私はその背中を追いませんでした。
断ることは、相手を嫌いになることではありません。
けれど。
傷つけずに断ることも、きっとできないのだと思います。
フロランタンさんの失恋をなかったことにはできません。
それでも、嘘の返事をするよりは。
今の答えの方が、二人にとって正しかったはずです。
「いいえ。私も今来たところです」
フロランタンさんは、少し離れた場所にいるみた先輩へ一度目を向けました。
「みたらしっぽも一緒なんだ」
「ここまでは、先輩と来ました」
「話す時もいるの?」
「いいえ。近くで待っていただいています」
「そっか」
声の調子は、いつもより少しだけ静かでした。
私たちは、ベンチの前で向かい合います。
すぐに座る気持ちにはならなかったので、二人とも立ったままでした。
「メッセージ、ちょっと驚いた」
フロランタンさんが言いました。
「俺、そんなに変なことしたかなって」
「変な方だと申し上げたいわけではありません」
「うん」
「ですが、困っていました」
私は、昨日まで何度も考えた言葉を一つずつ口にします。
「私は、フロランタンさんと二人で出かけるお約束をしたつもりはありません」
「俺が先に進めすぎた?」
「はい」
はっきり答えました。
フロランタンさんの表情が、少しだけ固くなります。
それでも、話を止めずに聞いてくれました。
「予定が空いている時に、とお答えしたことはあります。ですが、それはお出かけすることを決めたという意味ではありません」
「ごめん。俺は、日を決めれば来てくれるって思ってた」
「髪を下ろしてきてほしいと言われたことも、少し困りました」
「似合いそうだと思っただけで……」
「そう言っていただけること自体は、嫌ではありません」
私は花飾りへ伸びかけた手を止めました。
今は触らなくても、言葉を続けられます。
「ですが、どうするかは自分で決めたいです」
フロランタンさんは、すぐには答えませんでした。
少しして、視線を下げます。
「俺、チョコちゃんのこと、ちゃんと見てるつもりだった」
「模擬戦の話をしてくださった時は、そう感じました」
「でも、それ以外は?」
「私が答えるより先に、フロランタンさんの中で決まってしまうことが多かったです」
静かな庭に、遠くの運動部の声が聞こえてきます。
フロランタンさんは、小さく息を吐きました。
「そっか。俺が見てたの、俺が思ってたチョコちゃんだったのかも」
その言葉を聞き、胸の奥にあった違和感が、少しだけほどけました。
わかっていただけた。
少なくとも、今は私の言葉を待ってくれています。
「急いで仲良くなりたかったんだ」
フロランタンさんが、こちらを見ました。
「模擬戦の決勝を見た時、すごいと思った。普段は柔らかい雰囲気なのに、戦うと真っすぐ前へ出るところも」
「ありがとうございます」
「話してみたら、思ってたより冗談も言うし。真面目だけど、堅いだけじゃないし」
今度の言葉には、以前ほどの引っかかりを感じませんでした。
私が伝えたことを、少しずつ受け取ってくれているように聞こえます。
「それで、もっと近くなりたいと思った」
フロランタンさんは一度だけ深く息を吸いました。
「俺、チョコちゃんのことが好きなんだ」
やはり。
想像はしていました。
それでも、直接言われると、心臓が少しだけ速くなります。
「付き合ってほしい」
先ほどまでとは違い。
私が答えるまで、フロランタンさんは何も言いませんでした。
ようやく、返事を待ってくれています。
だから私も。
曖昧にせず、自分の言葉で答えます。
「お気持ちを伝えてくださって、ありがとうございます」
私はフロランタンさんをまっすぐ見ました。
「ですが、私はそのお気持ちにお応えできません」
フロランタンさんの笑顔が、静かに消えました。
「……そっか」
「ごめんなさい」
「みたらしっぽが好きだから?」
すぐに否定も肯定もせず。
一度、自分の中の言葉を確かめました。
「先輩は、私にとって大切な方です」
フロランタンさんが、わずかに視線を動かします。
「ですが、今のお返事は、先輩と比べて決めたものではありません」
「じゃあ――」
「私は、私の気持ちでお断りしています」
言葉を重ねる余地を残さず、はっきりと伝えました。
「私は、フロランタンさんとお付き合いしたいとは思っていません」
少し長い沈黙がありました。
フロランタンさんは、庭の木々へ目を向けます。
風が吹き、制服の裾が小さく揺れました。
「ちゃんと振られたな、俺」
声は笑おうとしていました。
ですが、いつもの明るさはありません。
本当に、傷つけてしまったのだと思います。
胸が痛みました。
それでも。
その痛みをなくすために、答えを変えてはいけません。
「模擬戦のお話をするのは、楽しかったです」
私が言うと、フロランタンさんは少しだけこちらを見ました。
「それは、本当?」
「はい」
「じゃあ、これからもAグループで会ったら、普通に話していい?」
「もちろんです」
私は続けました。
「ただ、私がまだ決めていないことは、返事を待ってください」
「わかった」
今度の返事に、迷いはありませんでした。
「それから……今まで、距離を詰めすぎてごめん」
「はい」
「そこは『気にしてません』って言わないんだ」
「気にはしていましたから」
フロランタンさんは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑いました。
「やっぱり、思ってたよりはっきり言うんだね」
「今日は、そうすると決めてきました」
「みたらしっぽが近くにいるから?」
「それも、少しはあります」
私は正直に答えました。
「ですが、答えているのは私です」
「うん。そうだった」
フロランタンさんは、もう一度先輩のいる方を見ました。
それから私へ向き直り、軽く頭を下げます。
「今日はありがとう、チョコチップさん」
呼び方が変わりました。
遠くなったというより。
今度こそ、私が望んでいた距離へ戻してくれたように感じます。
「こちらこそ、お話を聞いてくださってありがとうございました。フロランタンさん」
私も頭を下げました。
「それじゃ、また授業で」
「はい。また授業で」
フロランタンさんは、庭の反対側の出口へ歩いていきました。
すぐには振り返りませんでした。
最後まで、少しだけ背中が寂しそうに見えます。
私はその背中を追いませんでした。
断ることは、相手を嫌いになることではありません。
けれど。
傷つけずに断ることも、きっとできないのだと思います。
フロランタンさんの失恋をなかったことにはできません。
それでも、嘘の返事をするよりは。
今の答えの方が、二人にとって正しかったはずです。
待っていた場所へ
振り返ると、みた先輩は自動販売機の横にあるベンチへ座っていました。
こちらを見つけると、すぐに立ち上がります。
急いで駆け寄ってくるのではなく。
私が自分から戻るまで、その場で待ってくれていました。
近くまで行くと、先輩が小さなペットボトルを差し出します。
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
受け取ると、温かい紅茶でした。
「冷たい方がよかった?」
「いいえ。こちらがいいです」
「そっか」
みた先輩は、すぐには何があったのか尋ねませんでした。
私の隣へ並び、庭の外へ向かって歩き始めます。
そのまましばらく、二人で歩きました。
「告白されました」
私から口を開きます。
「うん」
「お断りしました」
「そっか」
みた先輩は、先ほどと同じ歩幅のままでした。
驚きすぎることも。
すぐに相手を悪く言うこともありません。
「ちゃんと、自分の答えを言えたんだね」
「はい」
「よく頑張ったね、チョコ」
その一言を聞いた途端。
張っていた力が、少しだけ抜けました。
「フロランタンさんを傷つけました」
「うん。たぶん、傷ついたと思う」
みた先輩は、曖昧に慰めませんでした。
「でも、傷つかなかったことにするために付き合ったら、あとでもっと傷つくよ」
「そうですね」
「チョコもね」
「はい」
廊下へ入ると、外よりも少し暖かく感じました。
「先輩のことも聞かれました」
「やっぱり?」
「先輩が好きだから断るのか、と」
みた先輩が一瞬だけこちらを見ました。
「何て答えたの?」
「先輩は大切な方です、と」
「うん」
先輩の口元が、少しだけ緩みました。
「ですが、お断りする理由は先輩ではないと伝えました」
「それでいいよ」
「自分の気持ちでお断りしました」
「うん。それが一番いい」
みたみたみた先輩はペットボトルを持っていない方の手で、私の肩を軽く叩きました。
「大切って言ってくれたのは、普通に嬉しいけどね」
「そこだけ拾わないでください」
「大事なところだから」
少しだけ恥ずかしくなり、私は紅茶の蓋を開けました。
「先輩が近くにいてくださったから、言えたのだと思います」
「僕はベンチに座ってただけだよ」
「それがよかったんです」
「じゃあ、待ってた甲斐があった」
みた先輩が笑います。
私も、ようやく自然に笑えました。
「次も頼っていいからね」
「次がない方がよいと思います」
「確かに」
「ですが、別のことで困った時はお願いします」
「うん。何でもどうぞ」
階段の前へ着きます。
「シュトレンさんたちが、教室で待ってくださっています」
「そっか。じゃあ、一年生の教室まで一緒に行こう」
「先輩は、教室へ戻らなくても大丈夫ですか?」
「フェタには連絡した。チョコを送ってから戻るって」
「そこまでしていただかなくても」
「僕が一緒に行きたいから行くの」
昨夜。
フロランタンさんから同じように話を進められた時は、違和感がありました。
けれど、今の言葉にはありません。
みた先輩は私が嫌だと言えば、すぐに止まってくれます。
そのことを、もう知っているからです。
「では、一緒にお願いします」
「うん」
並んで階段を下りました。
こちらを見つけると、すぐに立ち上がります。
急いで駆け寄ってくるのではなく。
私が自分から戻るまで、その場で待ってくれていました。
近くまで行くと、先輩が小さなペットボトルを差し出します。
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
受け取ると、温かい紅茶でした。
「冷たい方がよかった?」
「いいえ。こちらがいいです」
「そっか」
みた先輩は、すぐには何があったのか尋ねませんでした。
私の隣へ並び、庭の外へ向かって歩き始めます。
そのまましばらく、二人で歩きました。
「告白されました」
私から口を開きます。
「うん」
「お断りしました」
「そっか」
みた先輩は、先ほどと同じ歩幅のままでした。
驚きすぎることも。
すぐに相手を悪く言うこともありません。
「ちゃんと、自分の答えを言えたんだね」
「はい」
「よく頑張ったね、チョコ」
その一言を聞いた途端。
張っていた力が、少しだけ抜けました。
「フロランタンさんを傷つけました」
「うん。たぶん、傷ついたと思う」
みた先輩は、曖昧に慰めませんでした。
「でも、傷つかなかったことにするために付き合ったら、あとでもっと傷つくよ」
「そうですね」
「チョコもね」
「はい」
廊下へ入ると、外よりも少し暖かく感じました。
「先輩のことも聞かれました」
「やっぱり?」
「先輩が好きだから断るのか、と」
みた先輩が一瞬だけこちらを見ました。
「何て答えたの?」
「先輩は大切な方です、と」
「うん」
先輩の口元が、少しだけ緩みました。
「ですが、お断りする理由は先輩ではないと伝えました」
「それでいいよ」
「自分の気持ちでお断りしました」
「うん。それが一番いい」
みたみたみた先輩はペットボトルを持っていない方の手で、私の肩を軽く叩きました。
「大切って言ってくれたのは、普通に嬉しいけどね」
「そこだけ拾わないでください」
「大事なところだから」
少しだけ恥ずかしくなり、私は紅茶の蓋を開けました。
「先輩が近くにいてくださったから、言えたのだと思います」
「僕はベンチに座ってただけだよ」
「それがよかったんです」
「じゃあ、待ってた甲斐があった」
みた先輩が笑います。
私も、ようやく自然に笑えました。
「次も頼っていいからね」
「次がない方がよいと思います」
「確かに」
「ですが、別のことで困った時はお願いします」
「うん。何でもどうぞ」
階段の前へ着きます。
「シュトレンさんたちが、教室で待ってくださっています」
「そっか。じゃあ、一年生の教室まで一緒に行こう」
「先輩は、教室へ戻らなくても大丈夫ですか?」
「フェタには連絡した。チョコを送ってから戻るって」
「そこまでしていただかなくても」
「僕が一緒に行きたいから行くの」
昨夜。
フロランタンさんから同じように話を進められた時は、違和感がありました。
けれど、今の言葉にはありません。
みた先輩は私が嫌だと言えば、すぐに止まってくれます。
そのことを、もう知っているからです。
「では、一緒にお願いします」
「うん」
並んで階段を下りました。
レンちゃんとフィーちゃん
一年二組の教室には、二人だけが残っていました。
シュトレンさんは机へ頬杖をつき、フィナンシェさんはDPo-Xでキャンプ場の写真を眺めています。
私たちが教室の前へ着くと、二人が同時に顔を上げました。
「チョコちゃん」
「おかえり」
「ただいま戻りました」
みた先輩が私の隣から、二人へ軽く手を上げます。
「チョコ、送ってきたから」
「ありがとうございます」
シュトレンさんが頭を下げました。
フィナンシェさんも先輩を見ます。
「ずっと近くにいてくれたんだよね」
「待ってただけだよ」
「それが大事な時もあるでしょ」
「フィナンシェさん、今日は素直だね」
「いつも素直だよ」
みた先輩は少し笑いました。
「じゃあ、僕は戻るね」
「はい」
「また明日、チョコ」
「はい、先輩。また明日です」
先輩が廊下を戻っていきます。
姿が見えなくなると、シュトレンさんが隣の椅子を引きました。
「座って」
「ありがとうございます」
席へ着くと、二人はすぐに質問を重ねませんでした。
フィナンシェさんが、机の上に小さな袋を置きます。
「プラリネちゃんのお店で買ってきたパン」
「いつの間に行ったんですか?」
「待ってる間。シュトレンちゃんと交代で」
「一人で待たなくてもよかったのに」
「私たちが待ちたかったの」
フィナンシェさんが袋を開けました。
中には、小さなミルクパンが三つ入っています。
「食べながらでいいよ」
私は一つ受け取りました。
柔らかな生地を一口食べると、少しだけ気持ちが落ち着きます。
「告白されました」
私が言うと、シュトレンさんの表情が少しだけ真剣になりました。
「それで?」
「お断りしました」
「ちゃんと言えたんだね」
「はい」
「先輩、怒った?」
フィナンシェさんが聞きます。
「いいえ。謝ってくださいました」
「そっか」
フィナンシェさんは、それ以上相手を悪く言いませんでした。
「チョコちゃんは、今どう?」
シュトレンさんが尋ねます。
「少し、申し訳ない気持ちはあります」
「うん」
「ですが、答えを変えたいとは思いません」
「なら大丈夫だよ」
「それに」
フィナンシェさんが続けます。
「断ったあとに申し訳なく思えるのは、チョコちゃんが相手を雑に扱ってないからでしょ」
「そうでしょうか」
「どうでもよかったら、今そんな顔してないよ」
「私、どのような顔をしていますか?」
「パンを食べながら、ちょっと泣きそうな顔」
言われて初めて、目の奥が熱くなっていることに気づきました。
悲しいわけではありません。
緊張が終わり。
先輩が待っていてくれて。
二人も教室に残っていてくれたことに、安心したのだと思います。
「ありがとうございます、レンちゃん」
シュトレンさんの動きが止まりました。
「フィーちゃんも」
今度はフィナンシェさんが止まります。
二人で顔を見合わせたあと、同時に私を見ました。
「今、レンちゃんって言った?」
「フィーちゃんも聞こえた」
「……嫌でしたか?」
「逆だよ!」
レンちゃんが、ぱっと笑顔になります。
「もう一回呼んで」
「今は言いません」
「どうして?」
「要求されると、少し恥ずかしいので」
フィーちゃんが、楽しそうに笑いました。
「チョコちゃん、そういうところあるよね」
「フィーちゃんに言われたくありません」
「今、普通に呼んだ」
「あ」
「もう一回聞けた」
レンちゃんも嬉しそうに笑っています。
「二人とも、反応しすぎです」
「だって、ずっと待ってたから」
「いつからですか?」
「最初に呼び方を提案した時から」
入学式の日です。
あの頃の私は、二人とここまで仲良くなるとは想像していませんでした。
「それでは、これからもよろしくお願いします。レンちゃん、フィーちゃん」
「うん。よろしくね、チョコちゃん」
「よろしく」
三人でパンを食べました。
失恋した人がいる日に。
私たちは新しい呼び方を一つ増やしました。
誰かと近くなる時には。
今日のような緊張ばかりではなく。
こうして、自然に笑えることもあるのだと感じました。
シュトレンさんは机へ頬杖をつき、フィナンシェさんはDPo-Xでキャンプ場の写真を眺めています。
私たちが教室の前へ着くと、二人が同時に顔を上げました。
「チョコちゃん」
「おかえり」
「ただいま戻りました」
みた先輩が私の隣から、二人へ軽く手を上げます。
「チョコ、送ってきたから」
「ありがとうございます」
シュトレンさんが頭を下げました。
フィナンシェさんも先輩を見ます。
「ずっと近くにいてくれたんだよね」
「待ってただけだよ」
「それが大事な時もあるでしょ」
「フィナンシェさん、今日は素直だね」
「いつも素直だよ」
みた先輩は少し笑いました。
「じゃあ、僕は戻るね」
「はい」
「また明日、チョコ」
「はい、先輩。また明日です」
先輩が廊下を戻っていきます。
姿が見えなくなると、シュトレンさんが隣の椅子を引きました。
「座って」
「ありがとうございます」
席へ着くと、二人はすぐに質問を重ねませんでした。
フィナンシェさんが、机の上に小さな袋を置きます。
「プラリネちゃんのお店で買ってきたパン」
「いつの間に行ったんですか?」
「待ってる間。シュトレンちゃんと交代で」
「一人で待たなくてもよかったのに」
「私たちが待ちたかったの」
フィナンシェさんが袋を開けました。
中には、小さなミルクパンが三つ入っています。
「食べながらでいいよ」
私は一つ受け取りました。
柔らかな生地を一口食べると、少しだけ気持ちが落ち着きます。
「告白されました」
私が言うと、シュトレンさんの表情が少しだけ真剣になりました。
「それで?」
「お断りしました」
「ちゃんと言えたんだね」
「はい」
「先輩、怒った?」
フィナンシェさんが聞きます。
「いいえ。謝ってくださいました」
「そっか」
フィナンシェさんは、それ以上相手を悪く言いませんでした。
「チョコちゃんは、今どう?」
シュトレンさんが尋ねます。
「少し、申し訳ない気持ちはあります」
「うん」
「ですが、答えを変えたいとは思いません」
「なら大丈夫だよ」
「それに」
フィナンシェさんが続けます。
「断ったあとに申し訳なく思えるのは、チョコちゃんが相手を雑に扱ってないからでしょ」
「そうでしょうか」
「どうでもよかったら、今そんな顔してないよ」
「私、どのような顔をしていますか?」
「パンを食べながら、ちょっと泣きそうな顔」
言われて初めて、目の奥が熱くなっていることに気づきました。
悲しいわけではありません。
緊張が終わり。
先輩が待っていてくれて。
二人も教室に残っていてくれたことに、安心したのだと思います。
「ありがとうございます、レンちゃん」
シュトレンさんの動きが止まりました。
「フィーちゃんも」
今度はフィナンシェさんが止まります。
二人で顔を見合わせたあと、同時に私を見ました。
「今、レンちゃんって言った?」
「フィーちゃんも聞こえた」
「……嫌でしたか?」
「逆だよ!」
レンちゃんが、ぱっと笑顔になります。
「もう一回呼んで」
「今は言いません」
「どうして?」
「要求されると、少し恥ずかしいので」
フィーちゃんが、楽しそうに笑いました。
「チョコちゃん、そういうところあるよね」
「フィーちゃんに言われたくありません」
「今、普通に呼んだ」
「あ」
「もう一回聞けた」
レンちゃんも嬉しそうに笑っています。
「二人とも、反応しすぎです」
「だって、ずっと待ってたから」
「いつからですか?」
「最初に呼び方を提案した時から」
入学式の日です。
あの頃の私は、二人とここまで仲良くなるとは想像していませんでした。
「それでは、これからもよろしくお願いします。レンちゃん、フィーちゃん」
「うん。よろしくね、チョコちゃん」
「よろしく」
三人でパンを食べました。
失恋した人がいる日に。
私たちは新しい呼び方を一つ増やしました。
誰かと近くなる時には。
今日のような緊張ばかりではなく。
こうして、自然に笑えることもあるのだと感じました。
次に会った時
数日後。
Aグループの合同訓練がありました。
私は木刀を呼び出し、先輩と足運びの確認をします。
「チョコ、今日は左肩上がってないね」
「意識していますから」
「でも、意識しすぎて右手が固い」
「一つ直すと、一つ増えますね」
「そうやって少しずつ減らすんだよ」
「先輩にも、直すところはあるでしょう?」
「あるよ」
「では、あとで私もお伝えします」
「チョコ、指導される側だよね?」
「見つけたものを黙っている必要はありません」
「それはそうだけど」
少し離れたフィールドでは、フロランタンさんが別の一年生と練習をしていました。
訓練が一度止まり、休憩時間になります。
フロランタンさんが、こちらへ歩いてきました。
私は少しだけ身構えました。
ですが、彼は必要以上に近づかず、二歩ほど離れた場所で止まります。
「お疲れさま、チョコチップさん」
「お疲れさまです、フロランタンさん」
「前回の練習ログ、先生から共有していいって言われたから送るね」
「ありがとうございます」
DPo-Xへ記録が届きます。
それだけです。
「次の二対二、同じ組になるかもしれないから、その時はよろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
フロランタンさんはみた先輩へも軽く頭を下げ、自分のフィールドへ戻っていきました。
少しだけ元気がないように見えました。
それでも、私との約束を守ってくれています。
「大丈夫そう?」
みた先輩が尋ねました。
「はい」
「そっか」
みた先輩は、それ以上何も言いませんでした。
私は届いた練習ログを開きます。
模擬戦の仲間として。
これからは、この距離で話すことができます。
しばらくして、演習室全体に学校からの通知が流れました。
<体育祭準備期間を開始します>
<各クラスは競技参加者、運営係、応援企画について確認してください>
演習室のあちこちから、声が上がります。
ついに、体育祭の準備が始まるようです。
「先輩」
「何?」
「今年は、途中で勝つのをやめないでくださいね」
「その話、今する?」
「デュエル大会もありますから」
「チョコも、途中で満足しないでね」
「もちろんです」
みた先輩は木刀を構えました。
「休憩終わり。続きやろうか」
「はい」
私はみた先輩の前へ立ち、木刀を構えます。
誰かの望む自分になるためではなく。
自分で選んだ場所で。
自分のまま、前へ進むために。
Aグループの合同訓練がありました。
私は木刀を呼び出し、先輩と足運びの確認をします。
「チョコ、今日は左肩上がってないね」
「意識していますから」
「でも、意識しすぎて右手が固い」
「一つ直すと、一つ増えますね」
「そうやって少しずつ減らすんだよ」
「先輩にも、直すところはあるでしょう?」
「あるよ」
「では、あとで私もお伝えします」
「チョコ、指導される側だよね?」
「見つけたものを黙っている必要はありません」
「それはそうだけど」
少し離れたフィールドでは、フロランタンさんが別の一年生と練習をしていました。
訓練が一度止まり、休憩時間になります。
フロランタンさんが、こちらへ歩いてきました。
私は少しだけ身構えました。
ですが、彼は必要以上に近づかず、二歩ほど離れた場所で止まります。
「お疲れさま、チョコチップさん」
「お疲れさまです、フロランタンさん」
「前回の練習ログ、先生から共有していいって言われたから送るね」
「ありがとうございます」
DPo-Xへ記録が届きます。
それだけです。
「次の二対二、同じ組になるかもしれないから、その時はよろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
フロランタンさんはみた先輩へも軽く頭を下げ、自分のフィールドへ戻っていきました。
少しだけ元気がないように見えました。
それでも、私との約束を守ってくれています。
「大丈夫そう?」
みた先輩が尋ねました。
「はい」
「そっか」
みた先輩は、それ以上何も言いませんでした。
私は届いた練習ログを開きます。
模擬戦の仲間として。
これからは、この距離で話すことができます。
しばらくして、演習室全体に学校からの通知が流れました。
<体育祭準備期間を開始します>
<各クラスは競技参加者、運営係、応援企画について確認してください>
演習室のあちこちから、声が上がります。
ついに、体育祭の準備が始まるようです。
「先輩」
「何?」
「今年は、途中で勝つのをやめないでくださいね」
「その話、今する?」
「デュエル大会もありますから」
「チョコも、途中で満足しないでね」
「もちろんです」
みた先輩は木刀を構えました。
「休憩終わり。続きやろうか」
「はい」
私はみた先輩の前へ立ち、木刀を構えます。
誰かの望む自分になるためではなく。
自分で選んだ場所で。
自分のまま、前へ進むために。