3-5・悪魔
■ 背景:
夕方から降り始めた雨が、ひときわ強くなり、崩れかけた小さな教会に叩きつけた。
錆び付いた扉が開き湿気を交えた風が入り込むのを感じると、礼拝堂の中央で聖母像を見上げでいた神父服の男は、静かに口を開いた。
「・・・まさかこんな場所にご招待されるなんて思っても見なかったぜ。お前はここのことなど、トウの昔に忘れちまったと思っていたからな」
黒い外套の内側から煙草を取り出し、咥える。
火は、まだつけない。
「ふふ、君が育った思い出の教会だ。少しくらい感傷に浸る機会を与えてあげたんだよ。この世で最後の晩餐を向える君への、僕からのささやかな贈り物だよ」
「‘異端者’の分際で、誰に向かって言っているんだよ?俺は、‘異端審問官’だぜ。」
振り返ると同時に、男は銃を抜き、礼拝堂の入り口にたつ金髪の男に剣呑な光を放つ銃口を向けた。
雷光が、金髪の男が浮かべた穏やかな笑みを照らし出す。
「これで三度目だ。ベウナルドの『聖杯』事件、第7教区の『審問官狩り』。どちらも裏にいたのはお前だったよな?・・・こっちは商売繁盛で忙しいんだ。あまり、手間を掛けさせないでくれ」
‘異端審問官’に向けられた銃口を前にして、‘異端者’は穏やかな笑みを浮かべたまま懐かしむように答えた。
「そう、二回との完璧な計画のはずだった。しかし君は止めた。・・・それだけじゃない、この教会で過ごした子供の頃から、君は、僕が越えられないと思う壁を、全て越えてきた・・。」
「・・・それだけ分かっているなら十分だろ。もう終わりにしようぜ。」
「でも、今日、僕は、君を・・」
最後まで言い終わる前に、銃口から放たれた銃弾が、‘異端者’の額を貫いた。
「それ以上は、聞きたくないぜ。」
銃を神父服の内側に収めると、代わりに取り出したサングラスをかけ、倒れた男に歩み寄る。
誰もいないが、目元をさらしたくはなかった。
「祈りの言葉くらいは、贈ってやるか・・」
「君自身にかい!?」
床に倒れた男の金髪がざわめく。
身体が、いびつに歪み、膨張する。
「僕は、変わった。‘彼ら’に、この身体を、提供する事でね。」
「てめえ、まさか!?」
「そう、『異端』の中でも君たちが最も畏れ、嫌悪する、『悪魔』と契約をしたのさ。僕自身の意思によってね」
既に金髪の男の体は異形へと変化し、‘悪魔’と化した体が雷光によって照らされた。
「全く、頭のいい奴はこれだから困るぜ!」
吐き捨てるように呟き、異形と成り果てたかつての友に、銃口を向け撃鉄を弾くが、今度は乾いた音を立て、銃弾は弾かれる。
「効かないよ!人の法で『悪魔』を裁くことなどできやしない! 今度こそ、君も、法王庁も、神でさえも、僕を止められない!」
毒花を連想させる赤い爪が煌く『悪魔』の掌から放たれた衝撃波が、異端審問官を襲う。
「チ!そういうことかよ!だがよ、もう一度言うが、俺は‘異端審問官’なんだぜ!?」
かろうじて避けると、首から提げた異端審問印から一発の銀色に輝く弾丸を取り出す。
「第一種封印弾。法王聖下の使用許可が出なければ使えない特殊弾。俺のアーティファクト『ケルベロス』もこいつを使うのは、初めてだ。・・・お前のために使うんだぜ」
弾層から通常弾を排出すると、手にした一発を込め、‘かつての友’に向かって銃口を向ける。