第一教区聖都ロンバルディアの第四区画。
この地区はロンバルディア駅の裏側に位置する倉庫街である。
倉庫以外にも、アスガルド鉄道により半島各地から送られたコンテナが、その発着内容を示すプレートと供に、城壁を思わせる規則正しさで積まれている。
そのコンテナの城壁に巨躯を潜めながらも、アムンゼンは朱色の防火塗料の塗られた中規模の倉庫の様子を観測していた。
「二頭立ての大型貨物馬車が倉庫入り口についた。黒の絹服に見を包んだデブでハゲのおっさんが降りた。ちなみに笑いを堪えるのが辛いくらい似合っていない。・・・間違っても貨物の搬入のために着た訳ではなさそうだ」
半身を乗り出す姿勢ながらも、気配を完全に殺したその姿は、正規の軍所属の偵察兵といっても通用するかもしれない。
「馬車の材質は分りますか?」
アムンゼンの報告を聞きながら、コンテナの城壁に身を隠していたキルシェは、手にした茶表紙の手帳を確認しながら、アムンゼンに対し視覚による情報提供を要求する。
「鉄のようだが、違うな。鉄にしては光の反射がくすんでいるし、色も赤みがかっている」
「ナタリア鋼ですね。特徴としては、鋼より軽く弾力があるので、アスガルド鉄道や一部のアーティファクトにも使われています。・・・軍用以外にそんな高級品を所有できる人物は、聖都と言えども限られます。馬車から降りた男性の容貌といい、ラテシール商会の最高経営者、グルド・ラテシール会長に間違いないでしょう」
アムンゼンからの情報が、商工ギルドへの聞き込みによる情報と一致する事を確認すると手帳を閉じた。
「おっさんは、非常用の入り口から中にはいったぜ。馬車は裏に回ったようだ。・・・へへ、‘主催者’の登場だな。ラテシール商会独占の‘期間限定闇市場’会場は、ここで間違いないようだな」
不精髭の浮いた頬を吊り上げると、アムンゼンはポケットからラジスの実を取り出すと、口に放り込んだ。
乾葡萄に似た形状だが、味は無いに等しい。
‘闇市場’の情報を入手するため、アムンゼンが中央広場の古買屋から定価の十倍と‘ちょっとした脅し’で購入したものだ。
「‘聖アンティヌ祭’当日というのが、警備の盲点かもしれませんね。確かにロンバルディアの外壁は、衛兵だけではなく聖騎士まで動員されて厳重な警戒態勢が敷かれますが、その反面、市外の警戒は手薄になります。都市建造物台帳上では、‘不稼動’と記入された個人所有の倉庫なら、なおさらでしょう。・・・五千人を越える礼拝者、各教区からの大量の貨物、そして普段から大量の品物を取り扱う聖都指折りの大商会。‘禁制品’を扱うには十分な好条件です」
手にした手帳を、神跡記録官のみが着用が許された‘斜襟’の学生服の内ポケットにしまうと、キルシェはゆっくりと立ち上がる。
「後は、ラテシール商会主催の‘特別オークション’に掛けられる‘白杖’を、回収すればいいだけです。・・・イミテーションと入れ替わってからは、独自の臭いを放つ‘ステレアの葉’と同じ木箱に入れられていた用ですから、オルティアさんの‘超嗅覚’を持ってすれば、高い確率で探し出せますよ」
「・・・そうね」
キルシェよりさらに奥まった位置に身を潜めたオルティアは、不安げな相槌を打った。
成功を確信したかのような、キルシェとアムンゼンとは対象的だ。
「繰り返しますが、僕たちはあくまで‘盗難された聖遺物奪還のため、調査隊への独自協力’を遂行している訳です。・・・‘全ての病を癒す聖パトリシアの白杖’奪還後は、‘聖ベネディクト治療院’を経由して法王庁へ返却します」
キルシェは、オルティアの姉であるセフィリアが入院している‘聖ベネディクト治療院’を強調したが、それでもオルティアの反応は鈍かった。
「・・・分ってるわ」
再び焦点の定まれない相槌をうったオルティアに、アムンゼンが巨体を反転させ向き直る。
「おい小娘、分ってるのか? コイツは他人のためでも、法王庁のためでも、信仰や理想のためなんかじゃねえ、お前と、お前の姉貴のためなんだぜ? 今でなくて、いつ本気を出すっていうんだ?」
「・・・分ってはいるけど」
先程から感情と理性、二つの対立が続いていたオルティアに、珍しく真摯な表情でアムンゼンは語りかけた。
‘考えるな、今は走れ!’
言葉こそ違うが、アムンゼンの言いたい事は分った。
だからこそ、オルティアは俯いていた顔をあげ、真正面から反論した。
「なんであたしが、こんな恰好をしなくちゃいけないのよ!」
「似合っているじゃねえか」
「ええ、似合っています」
「どこがよ!」
同時に頷いたキルシェとアムンゼンに、オルティアは両手を広げると自分の服を見せた。
ウエストの絞られた薄緑のセミ・ドレス。
袖口と襟元には、裏地にレースが使われアクセントを添えている。
胸元には鮮やかな刺繍が施されているが、そこを強調するには残念なことに若干ボリュームが足りていなかった。
フローレ調スカートの裾は、標準よりやや短い。
‘細い足首’が見えたほうが清潔感がでる、というのはコーディネート担当者の説明だ。
陽光を模した控えめな髪飾りは、月型のイヤリングと対になり。丁寧に梳かれ艶やかな輝きを放つ黒髪を引き立たせる。
化粧は殆どしておらず薄く口紅を引いた程度だが、強い輝きを放つ瞳が、人工的な加工では及ばない魅力を放っていた。
普段の旅装束や皮服姿で、クセの強い黒髪をのばすオルティアとは、全くの別人といってよい。
「いやいや、立派なもんだ。御世辞抜きで素晴らしい。・・・大したもんだな、ラーセル服飾店の技術は」
真顔のままアムンゼンは、オルティアを着飾った中央通りの女主人を褒めたが、明らかに笑いを堪えている。
中央広場で連れまわした借りを、倍返ししているつもりだろう。
‘ほどほどにね、オルティア’
出かけ間際の‘姉の忠告’を聞かなかったことが悔やまれる。
「成功のための、追い風は吹いていますよ。聞きこみ中に無料でここまでやってくれる人に出会えたのですから。それにしても、相当オルティアさんを気に入ったみたいですね。どれも有名デザイナーの手によるものですから時価だったら手がだせませんよ。・・・‘ラテシール商会のオークション’に参加するには打ってつけです。‘白杖’探索もやりやすくなりましたね」
一方のキルシェは、素でそう思っている分だけ性質が悪い。
いつものように、代替案を期待したが甘かったようだ。
生まれて初めての珍妙な恰好で、今後の人生を左右する行動をとる。
「・・・初めて、‘神様’に祈りたくなったわ」
三度目の溜息を吐くと、オルティアは僅かに身を屈め、跳躍する。
コンテナの城壁にフワリと着地すると、倉庫に潜入するタイミングを見計らう。
選択が出来るほどの状況ではない。
オルティアの顔に、決意の表情が浮かぶ。
やるしかない。
「最後にアドバイスをしてやる」
下から掛けられたアムンゼンの声は、相変わらず真面目なものだった。
「‘金持ちのおっさん’という種族は、例外なく性欲旺盛だ。‘白杖’を盗む事はあっても、操は奪われないように気をつけろ」
「百回くらい死ね!」
心の底からの罵りの言葉を残し、オルティアは跳んだ。
今夜起こる‘奇跡’に向って。