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「暗殺者」

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第9章・『暗殺者』

9-1 「暗殺者」

卒業試験。
それは『相手を殺し、生き残ること』だった。
闇の中で、相手が気配を殺しているのが分かる。

幼い頃にギルドに拾われ、生きる為には覚えなければならなかった。
基本的な武器の扱い、様々な野草、毒草の把握、身分を偽るための一般常識、笑顔の作り方、人体の壊し方・・・躊躇ったり、遅れれば容赦ない制裁が待っていた。
死にかけたのは五本の指では間に合わないくらいだ。
それでも今まで俺が生きてこられた、いや、死ななかったのは彼女がいたからだろう。

俺と同様に拾われたであろう、少し年上の少女。
うっすらと漂う花のような香。
蜂蜜色の柔らかそうな髪、彼女自身が気にしているという僅かに残るそばかす。
こんな狭くて暗い世界の中でも、彼女の笑顔は自然だった。
いつだったろうか、彼女の笑顔だけが生きる目的になっていたのは。
感情が麻痺したかのように何も感じなくなりそうな時、血を流し死にそうになった時、彼女の笑顔は俺を救ってくれた。

そして俺は、『暗殺者』としての卒業試験を迎えていた。
暗殺者として認められれば、ある程度の自由は認められる。
ある程度の自由が認められれば、俺はギルドからも逃げ切る自信があった。
幼い頃得ることが出来なかった幸せを手に入れる。
普通に生きて、普通に笑って、普通に死ぬ・・・。

だから、人を殺すのはこれが最初で最後だ。

自分にそう言い聞かせる。
腕の中にあるナイフを確認する。
今のところナイフは俺の言うとおりに動いてくれている。
訓練通り、自分の意志で動く。
・・・だが、意外だったのは相手の技量だ。
俺はギルドの訓練生の中でも上位にいた。
決してうぬぼれではない。
自分と相手の力量を正確に把握することは、生き残る為の最低条件だから。
だが、その俺と互角かそれ以上に戦える相手とは、予想外だった。
さすがに卒業試験、というわけだ。
高まる意識とは逆に、感情はひどく冷めていた。
今の俺は鋭敏な感覚を有する暗殺者なのだ。
余計な感情は排除するように訓練されていた。

感覚を研ぎ澄ませ。
ナイフは俺の体の一部だ。
いや、ナイフだけじゃない。
周囲の空気までも俺の体の一部だ。
敵の間合いに入る前に、俺の間合いに入れてやる。
そうすれば、勝つのは俺だ。
卒業する為の、最後の関門、自由を得る為の最初の敵・・・
その動きを俺が先に認識出来たのは、運が良かったとしか言いようがない。
通常の確率で言えば、おそらく俺の方が先に見つかっていただろうが、今回は俺の方が早かった。

闇の中を黒い影とナイフの白い刃が滑る。
常人であれば、俺の影すら見ずに首は胴体とお別れしている。
だが相手も、俺と同じ闇の住人。
即座にナイフの軌道を見切って、避けて、受けて、流して、反撃に転じる。
黒い闇の中、刃の白い軌跡だけが煌めく。
刃と刃が互いに噛み合い、絡み合う。

暗殺者の用いる武器には、往々にして毒が塗られている。
無論、俺のも、そして相手の武器にも。
かすり傷だけであっても、それは命取りになる。
つまり勝負は一撃で決まる。
「・・・・・。」
「っ・・・・。」
一見しただけでは戦士たちの闘いのように派手ではないが、見る者が見ればそれは派手な闘いだったろう。
互いの技量が均衡し、互いの練られ、卓越した殺しの技術がそこにあったから。

力は俺の方が上だが、剣速は相手が上だった。
だが、永劫に続くかと思われた死の剣舞は、呆気なく終わった。
腕が痺れ、速度の鈍った相手の隙を俺が突いた。
驚くくらいにすんなりと、刃は相手の急所を貫いた。
その時、互いの距離が肉薄した。
そして気が付いた。

うっすらと漂う花のような香り。
蜂蜜色の柔らかそうな髪、彼女自身が気にしているという僅かに残るそばかす。

ギルドの連中は知っていた。
俺が彼女に好意を持っていることを。
そして恐らく、彼女も同様に思ってくれていたことを。

ゆっくりと、ゆっくりと彼女の体が崩れ落ちる。
それは彼女の体であり、俺の最後の良心。

何も感じなくなった。
自由だとか、生き残る理由だとか。
なぜなら、それらは今失われたのだから。



卒業試験が終わり、俺は暗殺者となった。
偽りの笑顔を張り付かせ、心を失った暗殺者に・・・。

どれくらいの時が経っただろうか・・・「今回のターゲットはこいつだ・・・」
ギルド幹部の声だけが虚しく聞こえていた。
・・・俺は暗殺者だ。

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