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  • 怒らぬ慶之助

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怒らぬ慶之助

最終更新:2019年11月01日 04:47

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
怒らぬ慶之助
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)御堂慶之助《みどうけいのすけ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)父|鬼鞍《おにくら》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]
-------------------------------------------------------

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

 御堂慶之助《みどうけいのすけ》は薩摩守家久《さつまのかみいえひさ》の臣、禄高《ろくだか》は三百石の小身だが、島津家としては年寄格に準ぜられる家柄であった。
 父多左衛門は慶之助十七歳のおり諫死《かんし》し、続いて母を失ったので、叔父|鬼鞍《おにくら》庄兵衛後見となり、十九歳の冬家督をした。剣もよく遣うがことに大心流の弓術に達し、二十五歳にして藩の師範格に補せられたくらいである。
 この慶之助、気風の荒い薩摩武士のなかにあって珍しく胆《きも》の練れた若者だった。へその緒切って以来、まだ一度も怒ったことがない。寡黙《かもく》で、不愛想で、いつも老杉《ろうさん》のようにむっつりとかまえているが、そのくせ何かことに当ると驚くほど俊敏な才を発揮する。
 慶之助十七歳の春。
 父多左衛門が諫死する半年前のある日、父とともに庭で土いじりなどしていた時、隣家の多田|内蔵介《くらのすけ》邸でにわかにただならぬ物音がして、
「覚えたか、覚えたか」
 と叫ぶ声がした。
「ちょっと見て参ります」
 慶之助はそういうと、大刀を取って引返し、門の外へ出て行った。すると、ほとんど同時に隣家の潜門《くぐり》が明いて、血刀をひっさげた下郎の藤三というのがとび出して来た。
「藤三ではないか」
 慶之助が声をかけると、ぎくっとした下郎は慌《あわ》てて血刀を後へ隠しながら、
「は、はい」
「どうしたのだ」
 慶之助が何気なく近寄る。藤三は狂ったような顔で後退《あとずさ》りながら、
「だ、旦那を斬《き》りました。旦那を」
「どうして斬った」
「わたくしの言い交したお米《よね》(下婢《かひ》)を、旦那が手籠《てごめ》になさいましたのです。お米はそのためにわたしを見棄《みす》てて……」
 慶之助は、みなまで聞かず、
「して、これからどうする」
「へえ、どうせ主《しゅ》殺しの罪を犯しました藤三、逃げ隠れはいたしません。これから横目へ自訴して出る覚悟でございます」
「そうか」
 慶之助は頷《うなず》くと、
「では行け」
「へい」
 藤三が踵《きびす》をかえす、刹那《せつな》! 慶之助は一歩出て抜討ちに脾腹《ひばら》へ一刀、
「えいっ!」
「あっ!」
 五六歩つっ走ったが、前のめりに顛倒《てんとう》してそのまま、口からおびただしく吐血しながら死んだ。鍔音《つばおと》を聞きつけて出て来た多左衛門が、
「どうした」
 と訊《き》く。
 慶之助は刀を拭《ぬぐ》って鞘《さや》に納めながら、
「なに、この下郎め、内蔵介殿を斬って逃げようとしましたので、仕止めたまでのことです」
「仕止めた……?」
 父は眼を剥《む》いた。
「ばかめ、主殺しの大罪を犯したやつ、みだりに斬って何とする。十七歳にもなって順序を知らぬ致しかた、申し訳相立つか!」
「これで良いのです」
 慶之助に平然として、
「多田殿はこの下郎が言い交した下女に手をつけられたのです。下郎は恋の恨みから主人を斬ったのですから、表|沙汰《ざた》になれば内蔵介殿の家内|紊乱《びんらん》が知れずにはすみませぬ」
「…………」
「出頭の武士が下郎の女を偸《ぬす》んだ始末、もし世に弘《ひろ》まる時は多田のみならず、同藩一統の不面目でございましょう」
 多左衛門は黙って頷いた。
「斬るは不便《ふびん》とも存じましたが、すでに下郎は恨みを晴らしております。いずれにしても死罪を免れぬやつゆえ、これを仕止めて両臭を除きました――いかが」
 多左衛門は怒り声で、
「きさま、どうしてまたさような仔細《しさい》を存じおる」
「飛耳長目《ひじちょうもく》と申しますが、私のは俗に地獄耳とか云われる、あれでございましょう。半年も以前からかようなことにならねばよいがと、案じておりました」
「怪《け》しからぬやつ」
 多左衛門、不快げにいった。
「十七ばかりで、さような他家の情事に気を使うなど、きさまろくな者にならんぞ」
 心の中では舌を巻いているのだ。
 はたしてこの事件は慶之助の扱いかた神妙であるということで落着した。横目の陣座主税《じんざちから》というのはことに、多田内蔵介とは縁辺に当るので、慶之助のために多田一族の名が汚されずに済んだことを感謝した。
 家督して三年目、すなわち慶之助二十一歳の夏のことであったが。
 大隅《おおすみ》国|姶良《あいら》郡西国分村に大隅|正八幡《しょうはちまん》という大社がある。神武天皇|御宇《ぎょう》の創建と伝えられて、毎年八月十五日が大祭に当っていた。家久は在国でさえあればかならずこの大祭に参って自ら祭粢《さいし》を献ずるのを習いとしていたが、その年の参詣《さんけい》に当って、例のとおり供揃《ともぞろ》いをして城を出ると間もなく、道筋に斃死《へいし》者ができた。先手頭《さきてがしら》は驚いて宰領の国老にこの由《よし》を申して、順路を変えるように願い出た。その日、何かあって朝から不機嫌だった家久は、それを聞くとますます面色を損じて、
「道を変えるか、きょうは帰城するか」
 と不興を発した。
 宰領もとみに案がでない、御道筋を変えるもよいが、三里余の廻りになるうえにきわめて嶮《けわ》しい峠を越さねばならぬ、といって例年の大祭に参詣中止ということもはばかり多い――。
「どうだ」
 と家久が重ねて訊いた時、
「恐れながら」
 といって、供の中から御堂慶之助が進み出て、
「御行列、このままお進めあって差支えなしと存じまする」
 と云った。
「なに差支えないと?」
 家久が振返って、
「死者の穢《けが》れをかまわぬと申すか」
「は、武家として忌《い》むべきものは他にござります。死者の穢れを嫌って戦場の駈退《かけひき》がなりましょうか。正八幡はもとより軍神に在《おわ》します。何ぞ忌みはばかることがござりましょうや」
 平然として申し述べた。
「そうか」
 家久は微笑とともに頷いて、
「道を変えるに及ばぬ、行くぞ」
 行列はどうどうと八幡に向って発し、無事に祭祀《さいし》を終った。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 寛永四年(一六二七)の秋十月のことであった。
 慶之助が城に上って詰めていると、使番の者がやって来て、
「殿のお召だ、すぐに御馬場へ」
 と知らせた。
「御馬場へ――?」
「騎乗の仕度で、弓の用意をして来るようにとの御意《ぎょい》だ」
「心得た」
 即座に仕度をして立つ。
 城中二ノ丸の馬場では、その時賓客として滞在中の黒田侯(忠之《ただゆき》)のために、犬追物《いぬおうもの》を催していた。これに用いる猛犬五頭、これは弓組の射手がいずれもみごとに射斃《いたお》したが、別に一頭、かねて飯盛山で捕えておいた巨《おお》きな狼《おおかみ》、最後の一番として埒《らち》の中へ放った。ところが身丈五尺に近く、俊敏風のような餓狼《がろう》、自由に埒の中を駆廻って誰一人これを斃すことができない。師範役佐藤周三でさえ、三本の矢を射尽して不首尾に終った。
「どうした」
 さすがに賓客の前で面目を失った家久、縁先近く出て来て怒声を発した。
「は!」
 周三は平伏して、
「おそれながら、このうえは御堂慶之助をお試みくだされたく」
 と云った。
「慶が弓をするか」
「彼なれば仕《つかまつ》ろうかと存じまする」
「呼べ!」
 そして慶之助が呼ばれたのである。
 御前へ出た慶之助、この始末を聞くと、即座に手だれの弓、矢を一筋だけ持って立上った。家久はこれを見るより、
 ――師範でさえ三筋の矢を持つに、ただ一筋しか持たぬなんど、相変らず不敵なやつよ。
 と膝《ひざ》を乗出して見戍《みまも》っている。
 馬上、埒近く乗進んだ慶之助、狼は埒の向うの端をだく足で走りながら、ちらりちらりとこっちへ眼を向けている。慶之助は緩く馬をうたせながら、ややしばらく狼の足並、身ごなし、眼の動きを仔細に覓《みつ》めていたが、やがて――
「うん!」
 頷くとともにばっと駈《かけ》をくれた。
 砂塵《さじん》をあげて疾駆にでた慶之助、と見て狼もぐんぐん足を早める。埒の内と外、初めは遅速調わず、両者の距離あるいは近くあるいは遠く――やがて三回りあまりもする。やがて、馬と狼との速度がぴったり合った。
「――――!」
 慶之助、疾駆する馬上に鐙《あぶみ》を張る、とみた刹那! 弓に矢を番《つが》えて引絞るや、
「えい!」
 眼にもとまらず射て放った。
「やった!」
 と、一同が身を乗出す。狼は――首を射抜かれて、砂塵の中に転倒したが、ぱっと跳おきると狂ったように、
 ――ぎゃぎゃ、ぎゃあーん――
 悲鳴をあげて、二三間横さまに跳んだまま、うち倒れてしまった。
 わあっ!
 とあがる歓声。
「いかが?」
 家久にやにやしながら黒田侯に振返った。
「凄《すさま》じい見物でござった」
 黒田忠之も微笑して、
「ただ一筋の矢、よほど心得ある者でござろうな」
「されば」
 家久うかうかと、
「当藩の弓術師範を仕るよ」
 と答えた。
 慶之助が詰所へ退《さが》って来ると、叔父鬼鞍庄兵衛がやって来て、
「でかしたぞ慶!」
 と白髪首を振立てながら、
「殿にはことのほかの御満足じゃ。黒田侯にの、あれは当藩弓術師範だと申されておった」
「軽々しいことを仰《おお》せらるる」
 慶之助、苦い顔をした。
「余計なことを申すな。殿には殿の御思案があるのだ。ま、よい、何にしてもよくやった。今宵《こよい》、わしの家で祝いをやるから来いよ」
「――――」
「またさように不愛想な面《つら》をする。かね[#「かね」に傍点]のやつも梢《こずえ》も、ついぞきさまが顔を見せぬので怒っておるぞ。今夜は来いよ」
「しかし、どうも雨が降りそうで……」
「黙れ、降ったら傘をさして参れ」
 庄兵衛は足早に引返して行った。
 慶之助は仕度を解きながら、娘梢の姿をふと眼の前に描いてみた。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

 その夜、鬼鞍庄兵衛の宅には、昵懇《じっこん》の若侍四五名が招かれて来た。これらはいずれも庄兵衛が娘の婿《むこ》にと選んだ人物で、中にも伊能源八郎《いのうげんぱちろう》という若者は梶派の剣を執って屈指の勇名があり、しかも、女にしても美しい端麗な容姿をもっていた。そのとき慶之助と同年の二十五歳。家久が江戸で召抱えた新参で百石の小身だが、将来を嘱望されている男だった。
「おまえ、まあ……」
 庄兵衛の妻かね[#「かね」に傍点]は、娘の部屋へ入って行って驚いた。
「どうおしだえ、まだ着換《きがえ》もしないで」
「わたくし着換はいたしませぬ」
「でも、もうお客様はみんなおいでなされているよ。そんな仕度でお給仕ができますか」
「お給仕はこれでいたします」
「またそんなわがままを、――いいえ、いけません、それでは皆様に失礼に当ります」
「いやでござります」
 梢は美しい眼を振向けながら、
「だって慶之助さまがお出《い》でなさるのでしょう」
「慶も来ますよ」
「だからいやでございます」
「まあ、呆《あき》れた」
 かね[#「かね」に傍点]は分らぬというふうに、
「慶が来てはどうしていやなのです」
「あたくしが着換をしたり、化粧をしたりしていれば、慶之助さまは、きっと自分が来たので梢がお洒落《しゃれ》をしたのだと思います」
「…………」
 かね[#「かね」に傍点]はもう一度呆れた。
「あたくし、あのかたにはうんと苦いお茶をあげるつもりですの」
「おまえ――」
「源八郎さまは来ておいでですの」
「いらしってます」
 梢は悪戯《いたずら》そうに微笑《ほほえ》んで、
「では伊能さまに一番良い手前をみせて差上げましょう。あのかたにはお茶が分りますもの」
「…………」
 かね[#「かね」に傍点]は無言だった。
 慶之助とは幼馴染《おさななじみ》で、ずいぶんわがままの云い合いをして育ったあいだがらではあるが、このごろの疎音《そいん》に加えて、美男の伊能源八郎が出入するようになってからは、どうも娘梢のようすが変ってきたように思われる。庄兵衛の腹がどうあるかは知らず、かね[#「かね」に傍点]のつもりでは慶之助こそ娘の婿と定めていたから、これは胸を痛めずにはいられないことだった。
「かね[#「かね」に傍点]、かね[#「かね」に傍点]はいるか」
 襖《ふすま》の向うで庄兵衛が喚《わめ》いた。
「はい」
「何をぐずぐずいたしておる、茶を持たぬか」
「はい、ただ今」
 早々に娘を急《せ》き立ててかね[#「かね」に傍点]は起った。
 梢が茶をたてて客間へ出てみると、慶之助の姿が見えない。かね[#「かね」に傍点]がそっと庄兵衛に訊《たず》ねてみると、
「いま使いをやった」
 と不機嫌に答える。
 梢は源八郎の前に茶をすすめながら、男の光のある美しい眸子《ひとみ》で覓められると、我にもなく頬の熱くなるのが感じられて、胸の顫《ふる》えるのを抑えかねた。
 源八郎は作法正しく喫して、
「けっこうなるお手前、お見事に存ずる」
 と云ってふたたびじっと梢を見た。
「お恥かしゅう」
 梢が居退るのと同時に、
「ただ今戻りました」
 と使いに行った若者が襖|際《ぎわ》へ手をついた。
「どうした」
「は、御堂様には、一|刻《とき》余も前にこちらへと仰せられて邸《やしき》をお立出でなされましたそうにござります」
「なに、でかけたと云うか」
 庄兵衛の額に癇癪《かんしゃく》筋が現れた。――と、ちょうどその時庭先から縁へ、ぬっと上って来た者がある。燈火の中へ入ったのを見ると、御堂慶之助だ。
「やあ、いずれもはやお集りか」
 と平気な顔である。
「お集りかではない。どこをうろうろして参った。半刻余も皆々を待たせ申して、怪しからぬではないか」
「それは失礼」
 慶之助空いている席へ坐った。
「もうさっき来たのですが、裏庭で六平《ろくべい》のやつが薪《まき》を割っておりましたので、ちょっと手伝っていたのです。あの手斧《ちょうな》はもう新調せぬといけません」
「…………」
「や、いずれも御容赦」
 庄兵衛怒鳴るわけにもいかず、恐しい眼で慶之助を睨《にら》みつけていたが、妻へ振返って、
「酒宴《さかもり》のしたくをせい」
 叱《しか》りつけるように命じた。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

 酒やや進んだ頃である。
 一座の者が口を揃えて、ただ一矢《いっし》に猛狼を射止めた慶之助の功を賞していると、伊能源八郎が、静かに盃を措《お》いて、
「なるほど、きょうの弓一番のお手柄でござる。しかし一言お訊ね仕るが」
 と慶之助のほうへ向いた。
「その節は御堂氏、矢をただ一筋のみお持ちなされたと承わるが、事実でござろうか」
「されば」
 慶之助は酒を嗜《たしな》まぬのでさっきから、山薯《やまいも》の煮付ばかり三度もお代りをしている。源八郎の質問など気にもかけぬようすだ。
「ほう」
 源八郎は微笑して、
「それがし承知仕るに、弓射には命箭《いのちや》と申して、二の矢を添えて持つを弓道の習いと聞及びまするが、何ぞ御心得あって一筋のみ持たれたのでござるか」
「されば」
 慶之助眼もあげずに、
「一矢で射止めることができると存じたゆえ、一筋のみ持ったのでござる」
「なるほど」
 源八郎の眼が光を帯びてきた。
「しかし、たとえ一矢にて射止むることができるといたしても、命箭を控えるこそ、武道の心得ではござるまいか」
 鋭い皮肉だ。暗に――貴公の振舞は高慢ではないか、と云わんばかりである。慶之助はそれには答えず知らぬ顔で薯を喰べる。
「慶!」
 庄兵衛が苛《いらだ》って、
「伊能氏の申されることもっともとは思わぬか、返辞をせい返辞を」
「はい」
 慶之助は神妙に答えて、
「叔父上のお言葉ゆえ、いま一度申上るが一矢にて仕止め得るのに、何の必要あって二の矢を用意仕ろうぞ、武道の心得とは……二の矢を控えることでなく、一の矢にて仕止ることだと存ずる。叔母上、はばかりながらこの薯をもう一皿」
「しかし万一射損じたら」
「いや!」
 慶之助はきっぱりと、
「万一にも射損ずるようでは、五の矢十の矢を持つとも甲斐《かい》なき業でござるよ」
 源八郎の唇がひき歪《ゆが》んだ。
「狼を相手にはさようにも申されようが、もし相手が拙者であったならどうあろうか」
「――――」
「それがしも剣にはいささか心得がござる。御堂氏の矢面に立って、一の矢を切って落した時、二の矢を持たずしていかがなさるか」
 慶之助は声音も変えず、
「さよう、二の矢の必要はござるまいよ」
「なに!」
 源八郎は袴《はかま》の膝を掴《つか》んだ。
「では一の矢、拙者に切って落せぬと申されるか」
「されば」
 慶之助にやりと笑いながら、梢の運んで来た薯の皿へ箸《はし》をやる。伊能源八郎は膝を乗出して、
「お相手仕ろう」
 と叫ぶ。
「御堂氏の一の矢、切って落せぬかどうか、このうえは実地に試むるより他いたしかたあるまい」
「まあ待たれい」
 庄兵衛が制しにかかったが、
「武道の試合でござる。お止《とめ》だて御無用」
 がんと断って、
「御堂氏、御異存はござるまいな」
「されば」
 と口の薯をのみこんで、
「御所望にまかせましょう」
「よろしい、では拙者から日と場所を申す。城外秦野ヶ原、明日四つまでに、おいでくだされ」
「心得た」
「御同座の諸兄には、そのおり介添として御入来、お願い仕る」
 どう仲裁しようもない始末となった。
 胸を躍らせながらこの諍《いさかい》いを見ていた梢、源八郎の怒りが、どうやら自分にかかわりのあるようすらしい、自分と慶之助とが縁続きであるところから、あるいは嫉妬《しっと》して慶之助に試合を挑んだのかも知れぬ、そう思うと――何か、頭がかっと熱くなって、座にいたたまれぬような、心の乱れを感じてきた。
 座が白けたままに酒宴は終った。
 客がみんな帰り去ると、梢は父の前へやって来て、明日の試合を中止させてくれるようにと、言葉を尽して頼んだ。しかし庄兵衛は、
「武士が武道の論を実地に試るに何の止める必要がある。源八、慶ともに心得のあるやつだ。端から口出しをしたからとて後に退《ひ》くような者ではない。まあ見ておれ」
 と取り合わなかった。

[#5字下げ]五[#「五」は中見出し]

 翌朝のこと。
 父母の眼を辛くも※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《のが》れて、梢はただ一人御堂の邸を訪れた。慶之助幼少のおりから忠実に仕えている老僕直助は梢の顔を見るより、
「やあこれはお嬢さま」
 と急いで迎えて、
「旦那様も御一緒でござりまするか」
「いいえ」
 梢は気を急《せ》いて、
「あの、慶之助さまは――?」
「たった今の先お出かけなされましたよ。もし叔父御様がみえたなら、先に参りましたからと、そう申し上げてくれと仰せられてな」
「ああ遅かった」
 呟《つぶや》くとその足で、挨拶《あいさつ》もそこそこ、秦野ヶ原のほうへ急いだ。
 原にはすでにみんな集っていた。
 庄兵衛は勿論《もちろん》、介添として四名、宇野宗五郎、長谷部大蔵《はせべたいぞう》、林田久良、波木井甚弥《はぎいじんや》、そして少し離れた雑木林の中に娘梢が胸おどらせて立っている。
「したくはよろしいか」
 庄兵衛が進み出て、
「武道の試合は、勝敗とも後に遺恨を含んではならぬ。承知であろうな」
「は」
 源八郎は頷《うなず》いた。
「矢頃は三十歩、勝負は矢一筋、射当るか、切って落すか、それまで!」
「承知でござる、いざ」
 源八郎はそう答えて静かにその場を退る。慶之助は弓に、木で造った鏑《かぶら》の鏃《やじり》をうった矢一筋を持ち矢頃をはかって立った。
 庄兵衛はじめ四名の介添に、両人の中間にややさがって瞬《まばた》きもせず見戍《みまも》っている。
「いざ」
 慶之助は位取《くらいどり》をすると、弓に矢を番《つが》えてきっと見る。源八郎は静かに大刀を抜いて青眼《せいがん》鋩子《ぼうし》あがりに構えた。
 しばらく源八郎の構えを覓《みつ》めていた慶之助、つと弓をあげるや、きりきりと引絞った。と――その時、雑木林の中に、眼を放たず見ていた娘梢が、低い声で、
「あ! 慶さま、お弓が」
 と呟く、刹那《せつな》! 弦《つる》が鳴って、光のように飛ぶ矢。
「えい!」
 鋭い叫びとともに、源八郎の頭上に、剣光がとんで、矢は美事に切って落された。
「おう!」
 と思わず呻《うめ》く人々。
「あっぱれ、お美事!」
 波木井甚弥をはじめ四名の介添は、手を挙げて源八郎へ歓呼の声を送った。
「伊能氏の勝」
 庄兵衛はそう宣告すると、平然とこちらへやって来る慶之助に向って、噛付《かみつ》くように、
「昨夜の高言は何とした、慶!」
「いや」
 慶之助はそっぽを見ながら、
「伊能氏は達人でございますな」
 と云うとそのまま、
「いずれも御無礼|仕《つかまつ》った。さらば」
「待て!」
 庄兵衛が声をかけるのに振向きもせず、さっさと原を横切って立去って行く。
「さすがは梶派達者の腕前、よき勉強を仕ったよ」
「じつにお美事」
 人々が寄って褒めるのを、源八郎は静かに刀を鞘《さや》へ納めながら、女のように上気した頬へにっと微笑をみせて、
「お恥かしゅう存ずる。ほんの座興にて」
 と答えたばかり。
 不愛想でむっつりした慶之助に比べて、源八郎の作法正しい慇懃《いんぎん》な振舞は、試合に勝った後だけ余計に、みんなの好感をかった。
「や、梢どの」
 源八郎の声に、一同が振返ると、雑木林の中から、小走りに梢がでて来た。
「なんだ」
 庄兵衛が眼を怒らせて喚く。
「お父さま」
 梢は傍へ来ると、源八郎が魅するような眸子《ひとみ》でじっと覓めるのには眼もくれず、
「わたくし先日の御返辞を申し上げまする」
「何だ、先日の返辞とは」
「縁談のことでございます」
 源八郎がちらと見る。庄兵衛は、
「ばか者が、かような場所で、何を申す。はしたない真似をいたすな」
「いいえ、ただ今の勝負を拝見いたしましたゆえ、わざとここで申し上るのでございます」
「…………」
 庄兵衛はちらと源八郎を見た。源八郎は微笑しながら、そ知らぬふうで足許《あしもと》を見下している。梢はきっぱりと、
「お父さま、梢は御堂へ嫁に参ります」
「え……?」
 と庄兵衛。源八郎も驚いて顔をあげた。梢は臆《おく》したようすもなくもう一言、
「あたくし慶之助さまへ参ります」
 と云うと、呆《あき》れている人々を後に、踵《きびす》をかえしてその場を去った。

[#5字下げ]六[#「六」は中見出し]

 家へ帰った庄兵衛。
「場所柄もわきまえぬ振舞、何としたことだ」
 と膝詰《ひざづめ》に叱りつけたが梢は同じことを繰返すばかり。ことさら勝負に負けた慶之助の嫁になろうという所存も、いくら訊《き》いても答えない。
「仔細《しさい》はその内に申し上るおりもございましょう。どうぞ何も仰《おお》せられず慶之助さまのところへ嫁にやってくださいませ」
 と梃《てこ》でも動かぬ決心である。
 すでに十九にもなっている娘、何か考えるところあってのことと、庄兵衛もついに根負けがして、この由《よし》を慶之助に通じた。勿論、慶之助のほうに異存はない。その年十一月、正式に家久へ縁組のことを申達して梢は慶之助と婚姻の式を挙げた。
 納まらぬのは伊能源八郎である。
「なんだあの娘は、面当《つらあて》がましく、試合の場で負けたやつを選ぶなど……」
 梢のそぶりで、かねてから自分に思いを寄せているものと信じていただけに失望も大きく怨《うら》む心も深かった。
「御堂も御堂、高慢の鼻をへし折られながら、耻《はじ》るようすもなく押廻っている。こんな田舎だから済むようなものの、もし江戸ででもあったら、面目にかけても腹くらい切らねばならぬところではないか、……それを城中で会っても、平気の平左で、ろくな挨拶もしおらん」
 不平はもう一つあった。
 慶之助の矢面に立って、見事に源八郎が勝をとったこと、一時は藩の評判にのぼって、どこへ行っても伊能は晴がましい讃辞を浴びせられたが、慶之助と梢が婚姻の式を挙げる頃には、いつか噂《うわさ》は泡のように消えてしまった。
「殿のお耳に達すれば、御加増は間違なしでござろう」
 そういう取沙汰《とりざた》も、噂とともにあとかたもない望みとなってしまった。
「眼のあるやつは一人もいないのか」
 不平に不平がつのってきた。
 ある日、……城中で慶之助と顔を合せた源八郎、近くに人々のいるのを承知で、
「やあ、御謹直でござるな。その後弓術のほうはいかがめされた」
 と大声に呼びかけた。
「されば」
 慶之助はにやりともしない。
「精々お励みなされい。殿には黒田侯に貴殿を当藩の弓術師範役だと仰せられたそうな。お言葉に対してもいま少し上達せねば、他藩に聞えて耻《はず》かしゅうござるからな」
「されば」
 水のように静かな慶之助だ。
「もっとも……」
 源八郎は皮肉に唇を歪《ゆが》めて、
「新妻のもちたて、うかうかと心が弾んで、修行どころではござるまいが」
「さよう」
 慶之助が初めてにやりと笑って、
「新妻はよきものでござるよ」
 と云うと、そのまま行き過ぎようとする。源八郎は思わずかっとなった。
「待たれい」
「…………」
「挨拶もせず行き過るは伊能を新参と侮《あなど》ってのことか、源八郎小身なりとも、弁口をもって禄《ろく》を偸《ぬす》む弱法師《よろぼうし》とは違うぞ。武士は武芸の優劣をもって先後の順序とする。いささか過日お教え申した武道の作法、まだ御得心が参らぬとみえるな」
 声が烈《はげ》しかったので、詰《つめ》の間《ま》にいた二三人が立って来た。慶之助はべつに気にするようすもなく、半歩退って、
「挨拶をせぬが作法でないと申されるなら、改めて挨拶仕ろう。御無礼仕った」
「…………」
「これでよろしいか、では御免」
 さっさと立去ってしまった。
 突かかって来たら先日の試合のことを持出して、辱《はずかし》めてやろうと思っているのに、案外慶之助が平然として行ってしまったから、源八郎の胸の炎はますます猛《たけ》るばかりだ。いらいらと自分の詰の間へ戻ろうとすると、小姓の一人が走って来て、
「伊能殿、お召でござる」
 と知らせた。
 絶えてないお召、何であろうと、小姓に案内されて行くと、書院の縁先に榻《とう》を持出させて、ゆったりとかけていた家久が、
「源八か、近う寄れ」
 と振向きもせずに云う。
「御機嫌うるわしゅう」
 縁に平伏する源八郎。家久はしばらく庭先を見やったまま黙っていたが、
「先日、慶と珍しい試合をしたそうだな」
「は」
 源八郎は面をあげて、
「いささか手練を試みてござります」
「うん」
 家久は頷いた。

[#5字下げ]七[#「七」は中見出し]

「仔細は余も聞及んでおるが、酒興の戯《たわむ》れに等しいこと、いつまでこだわっておるでもあるまい。いい加減に忘れるがいいぞ」
「恐れながら」
 源八郎は強く、
「酒興の戯れとは心得ませぬお言葉、武芸の立合は生命をかけて仕るが本来、源八郎戯れに剣は抜きませぬ」
「生命をかける?」
 家久は振返って、
「ほう、そのほう余に士官する時、余の馬前に死すと誓ったではないか。酒の上の意地づくて、家久にくれたはずの生命をかけるとは聞捨《ききずて》ならんぞ」
「しかし武道のためには」
「黙れ!」
 家久はいきなり呶鳴《どな》った。
「ものを知らぬやつ、矢一筋二筋、切って落したが何だ。ただ今も通りかかって聞けば、慶之助を捉《とら》えて悪口雑言、あれが武道を識《し》る者のいたしかたか。座興も同じ立合の二度、三度で、真の優劣が知れるものではない、慎まぬと後悔するぞ」
「…………」
 源八郎無言で唇を噛む。
「慶之助はかの試合の翌日|叱《しか》っておいた。きさまは新参ゆえ沙汰なしにしてあったのだ。以後わがままな振舞はならんぞ、退ってよろしい」
 源八郎むっとしたまま退出した。
 家へ帰ったが胆《きも》が煮えてかなわぬ。生来それほどの愚物でもなかったのだが、一度ひねくれ始めた心はどうにも取返しようがない。その夜一夜考えたうえ、翌朝早く、
[#2字下げ]当藩士を見るの人無し、武をもって禄を食《は》むに足らず。[#地から2字上げ]伊能源八郎
 と筆太に大きく書認《かきしたた》めた紙を、門扉《もんぴ》へぴたりと貼付《はりつ》け、旅装もそこそこに出奔した。その朝、慶之助は早出仕で、ちょうど御前へ出ていると、近侍の倉持勇助というのが、伊能源八郎の貼紙を持参した。
「伊能め、かようなものを書遺《かきのこ》して出奔仕ったようすでござります」
「見せろ」
 手に取って読むより、
「うむ、怪しからぬやつ」
 家久怒りを発して、
「墨の乾きより見るに遠くは行くまい。追手をやって斬《き》ってしまえ」
「はっ」
 倉持が立とうとする。
「しばらく」
 慶之助が進み出た。
「討手の役、私に仰せつけくださりませ」
「やるか」
「は、波木井、林田、長谷部、宇野の四名、検視として同道の儀お命じくだされたく。源八郎は私|一矢《いっし》にて仕止めまする」
「よし、行け」
 即座に命が発せられた。
 馬上の五騎、疾駆して北上、炭屋峠にかかる五丁余り手前で、伊能源八郎に追い着いた。
「伊能氏待たれい」
 慶之助は馬足を緩め、矢頃を計って止めると大声に呼びかけた。源八郎は振り返って、
「おう、来おったな」
 早くも左手《ゆんで》に大刀の鯉口《こいぐち》を寛《くつろ》げる。
「上意だ、首を貰《もら》うぞ」
「小癪《こしゃく》なこと」
 源八郎が見ると、慶之助弓を構え、ただ一筋、十二束ある寸延《すんのび》の矢を手早く番《つが》えるようすだ。源八郎せせら笑って、
「こりもせずにまた一矢か、今度は切り落したばかりでは済まぬ。梶派一刀流の剣が貴公の首へとんで行くぞ」
 きらり抜く剣、慶之助は、
「きょうの一矢はちと違うから、心して受けるがよい」
 四名のほうへ振り返って「先日お立合のかたがた、慶之助の弓勢《ゆんぜい》改めて御覧に入れる。御免」
 と云って馬足二三歩退った。
 源八郎は大刀を青眼に取って、炯々《けいけい》と光る眸子《ひとみ》、ひたと慶之助の眼を覓める。慶之助は鐙《あぶみ》を踏張り構えをたてるや、きりきりと大きく弓を引き絞った。
 二息、三息、張り切った沈黙が続く。
 四名の検視役、思わず呼吸を詰め、手に汗を握って見戍った。……と、びゅん! と響く弦。光のように飛ぶ矢。
「か!」
 源八郎は身を沈めて、大刀を逆に振り上げたが、すでに矢は心臓を真上から射抜いていた。よろよろと後ろざまによろめいて倒れる。
「おう」
 検視役の面々が馬上にのび上る。
 源八郎は倒れるや、刀を杖《つえ》に立ち上ろうとする。慶之助は馬をとばして近寄り、跳下《とびお》りるや、抜討《ぬきうち》に一刀、肩から胸まで斬った。
 検視役四名は石のように、ものも得言わず立ち尽していた。
 源八郎の首級《しるし》と、始末のことを聴いた家久、ふと訝《いぶか》しげに、
「だが慶、過日の立合に敗《まけ》をとったのはどうしたわけだ」
 慶之助はにやっとして、
「は、じつは日頃の弓勢の三分の一に足らぬ、稽古《けいこ》用の弱い弓をもって試合をいたしたのでござります。でなければたとえ木の鏑矢《かぶらや》をもってするも、伊能の命はござりませぬ」
「うん」
 家久は惚々《ほれぼれ》と慶之助を見た。
「そうだったか、何ぞ仔細もあろうと存じたが、弱い弓とは気がつかなかった。心得のほど悦《よろこば》しく思うぞ」
「は、面目に存じまする」
 家久はそこにいる鬼鞍庄兵衛のほうへ振り返って、軽く笑いながら、
「介添の者四名、鬼鞍まで検分いたしながら、誰もそれに気付かなかったとは怠りだな」
「いや」
 慶之助が静かに、
「ただ一人、それを見抜いた者がおりまする」
「ほう、誰だ」
「私の妻、梢にござります」
 庄兵衛が膝を乗り出した。
「試合を見て、私の心遣いを知った時、慶之助の嫁になろうと決心した由、寝物語に白状仕りました」
「これ、御前だぞ」と庄兵衛。
「慶め、際《きわ》どいところで申しおる。赦《ゆる》さぬぞ」
 家久は晴々と笑った。
[#地から2字上げ](「富士」増刊号、昭和十年十月)



底本:「怒らぬ慶之助」新潮社
   1999(平成11)年9月1日発行
   2006(平成18)年4月10日八刷
底本の親本:「富士」増刊号
   1935(昭和10)年10月
初出:「富士」増刊号
   1935(昭和10)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※表題は底本では、「怒《いか》らぬ慶之助《けいのすけ》」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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