Pに翼/OAR ◆7pf62HiyTE


PART.1 対決

 エターナルのセンサーは伝える。後方で今も響く戦いの音を。
 その仮面の下で響良牙は考える。

「(マズイぜコイツは……)」

 後方では突如襲撃してきたゴ・ガドル・バと同じ未確認生命体の狼の怪人と花咲つぼみ及びダークプリキュア改め月影なのはが交戦中なのだ。
 その真の実力は不明瞭、だがガドルに匹敵する力を持つと考えて良い。
 自分達が総力を挙げても倒せない相手であるガドル、それと互角並と考えるならば、幾ら仲間、友人あるいは家族から受け継いだ4人分もしくはそれ以上のプリキュアの力を持つ2人といえども楽観視は出来ない。

 やはりここで戦力を分断されたのは非常に痛い事態だ。

「(今すぐにでもコイツを振り切って戻りてぇが……)」

 そう、良牙にはそれが出来ない理由があった。それは 方 向 音 痴 である。
 筋金入りの方向音痴である良牙、彼は例え家の中であっても迷子になるという致命的なレベルな方向音痴なのだ。
 故に、すぐ近くの戦場といえども戻れる可能性は低い。実際、この地でもそれで仲間達に多大な迷惑を掛けたのを自覚している。

「(となると……)」

 そう言って、青き翼を持つ怪人の方に意識を傾ける。
 突如として戦場に現れ、自身を連れ去ったその怪人へと。
 何故か頭を抱えて苦しんでいるその怪人へと。

 その正体が自身が探していた少女、天道あかねだという事を知らぬまま――


「おいテメェ、あの狼野郎の仲間か!?」
「ううっ……アイツの仲間……ガドル……そんなわけないでしょ!!」
「ガドル? ちょっと待てアイツはガドルじゃね……いや、そんな事は今は関係ねぇ、だったらここは一時休戦しねぇか?」
「は?」

 突然の提案にクエスチョンマークを浮かべる青き怪人ナスカ・ドーパントである。

 良牙は考えた。何故青き怪人は自分を真っ先に狙ったのか?
 戦力を分断した上で各個撃破を狙うのは有用な手法だ。だが何故その相手として自分を選んだのか?
 普通に考えるならば、つぼみの変身したキュアブロッサムあるいはなのはの変身したキュアムーンライトの方が外見的には弱い。
 故に標的はそのどちらかだろうが青き怪人が狙ったのは良牙の変身しているエターナルだ。
 プリキュアの力を知っているとしても迷うこと無くエターナルを選ぶ理由にはなり得ない。
 だが、良牙はその理由に推測が付いていた。

「大方、あの2人じゃなく俺を狙ったのは……コイツ、エターナルに恨みでもあるんだろう」

 かつてのエターナル大道克己は殺し合いに乗っていた。ならば彼に襲撃された事を根に持ったという事は想像に難くない。

「だったら、あの狼野郎を倒した後で幾らでも相手してやる。あの狼野郎はテメェ一人じゃ勝てる相手じゃねぇ、俺達が力合わせなきゃ……」
「何よ……バカにしないでよ!!」

 実の所、数度ナスカ・ドーパントの攻撃に対処した時点で大体の実力は把握出来ていた。
 単純な格闘技術だけならば恐らく自分や早乙女乱馬以上、しかしエターナルに変身した今となっては相手が幾ら怪人の力を持っていると言えど全く負ける気がしなかったのだ。
 正直な所、良牙は弱い相手を嬲る様な趣味は無い。しかもその言葉使いから正体は女性、そんな相手に本気で戦う気など起きなかった。

「バカにしているわけじゃねぇが……大体、そんな調子で優勝出来ると思ってるのか?」
「……何か悪いものでも食べたの? ……さっきと全然キャラが違うけど……」
「ちっ……やっぱりそういう事か……テメェがさっき会ったエターナルは俺じゃねぇ」
「ウソツキ、どうせみんな同じ機械に決まっているわ」

 天道あかねは致命的なまでに鈍い。頭は決して悪くはないがそれはイコール察しが良いという事にはならない。
 それは少し前に佐倉杏子が『知り合い』の話として口にした話を他の連中は杏子自身の話だと気付いていても彼女自身は最後までその事に気付いていなかった事からも明らかだ。
 故に、エターナルの中身が違う事など全く想像出来ていない。いや、確かに声は違う――だがあかねはそれを振り払った。
 だからこそ中身が同じ『機械』だと断じたのだ、声が微妙に違うのも故障しただけなのだろう。

「機械? 何言ってやがる……?」
「どうしてアンタがプリキュア2人と組んでいるかまでは知らないけどあの2人だって人間じゃ無い……只の機械よ……だから壊しても……」

 その言葉を聞いて、良牙の中で何かが切れた。

「……!!」
「何……?」

 良牙はそれを容認する事が出来なかった。
 大道にしろなのはにしろ(普通の人間とは言い難いが)機械では無いと言いたいわけじゃない。
 良牙がこの地で出会った男、村雨良、彼は全身がほぼ機械化された改造人間だ。彼はある意味『機械』と言っても差し障りは無い。
 だが、短い付き合いだったとはいえ彼は彼なりに怒り哀しみそして最期には笑顔で逝ったのを良牙は知っている。
 そして偶然が重なり出会ったマッハキャリバー、彼はいわゆる魔術師を補佐する為のデバイス、まさしく『機械』でしかない。
 だが、彼は自らの冒した罪に嘆き哀しみ苦しんだのを良牙は知っている。
 『機械』であっても彼等が必死に足掻き生き続けていたあるいは生きている事に違いは無い。
 そして『機械』ではなくても作られた生命であるダークプリキュアも創造主いや父親あるいは家族の為に殺人を犯し苦しみながらも最期には奇跡が起こり新たな生命を得て月影なのはとして転生しその罪を胸に生きようとしている。
 また、人ならざるクウガの力を得た五代雄介、そしてそれを受け継ぎ笑顔を守る為に戦い散っていった一条薫
 そして一度命を失い人としての感情や記憶を失いつつもあがき続けた大道克己と泉京水

 彼等はある意味『機械』と言えるだろう。だが、彼等の生き様は人間となんら遜色の無いものである事もまた事実。
 それを『機械』だと断じて壊す? そんな事が許されるわけが――

 いや、良牙はそんな難しい事など全く考えていない。そう、上述の説明など存在していないのと同じだ。
 良牙が考えたのはたった1つのシンプルな事、

「なのはや良……あいつらに対する暴言、許さーん! 殺す!」

 そう、彼等に対する暴言が許せない。それだけの話だ。それだけで倒す理由は十分だ。

 その言葉と共に一気にナスカ・ドーパントへと間合いを詰める。

「そう……ようやくやる気になったのね……でもあの時と同じだと思ったら大間違いよ!!」




PART.2 続・対決

 ――マッハキャリバーは左翔太郎に問う。

『響が変身したエターナルと、天道あかねが変身したナスカ・ドーパント、実際に戦ったらどっちが勝つかって?』
『Yes』
『……そうだな、まずエターナルの力自体はエクストリームの力を得たWよりも圧倒的に上だ。そして、赤いナスカもエクストリームでも手を焼く程のパワーとスピードを持つ……そういう意味じゃどちらも敵に回したら厄介な相手だ』
『Which wins?(では、どちらが?)』
『勿論、並のドーパントならエターナルと勝負にすらならねぇが……赤いナスカなら勝機もあるだろう……だがな』
『What?』
『戦いなんてのはな、メモリの力だけで決まるわけじゃねぇ。天道あかねの変身したナスカは伝説の道着のお陰で冴子や霧彦以上の戦闘力を発揮している……
 そして響の変身したエターナル……もし、響の格闘能力を合わせた上で、エターナルの力を最大限に発揮できたならば……もしかすると大道以上のエターナルになるかも知れねぇ……
 勿論、エターナルの力を発揮出来なきゃ、当然俺達の知るエターナルと比べものにならない程弱くなるだろうがな……』
『It is a difficult(難しい話ですね)』
『戦いなんてそんなもんだ。何か1つ変われば幾らでも変わる、俺とフィリップの変身したWだってシュラウドに言わせりゃ本物のWじゃ無かったらしいからな……』



 一見すると戦いはナスカ・ドーパントがその手数の多さから押している様に見えた。
 しかしエターナルはその攻撃をエターナルローブやエターナルエッジを駆使し上手く裁いていく。
 しかも、

「獅子咆哮弾!」

 時折、獅子咆哮弾を織り交ぜる事でナスカ・ドーパントの猛攻の流れを寸断していく。攻撃こそ紙一重で回避しているが猛攻が途切れる事で態勢を整える時間を与えてしまっている。

「ううっ……」

 ナスカ・ドーパントことあかねは頭痛で苦しんでいた。
 あの技に見覚えがあるのだ。何故エターナルがあの技を? いやそれ以前に、あの技はなんなのか?
 そう、その答えに近づくにつれあかねは苦しんでいるのだ。だが、それを口にするわけにはいかない。
 エターナルの正体が○○○であることなど無いのだ。
 そもそも○○○とは誰なのか?

「ぐっ……」
「ちっ、まだやるつもりか……」

 一方のエターナルこと良牙は違和感を覚えていた。
 目の前の怪人の正体は誰なのか?

「(あの口調……女なのは間違いねぇが誰だ……声が妙に篭もっているから正体がわからねぇ……いやそれ以前に似た声の奴かも知れねぇし……)」

 既視感があったのだ、ナスカ・ドーパントの中身に。しかし良牙はそれにきづかない。
 気づけない理由、それは良牙自身、時折女性化した乱馬(らんま)に騙される事からも騙されやすいバカという事もある。
 しかし、ここではもう1つ理由があった。そう、ナスカ・ドーパントの正体とあかねを結びつける事ができなかったのだ。
 その理由はあかねの装備している伝説の道着にある。伝説の道着はその道着に選ばれた者を達人級にまで引き上げる効果がある。
 つまり今のあかねの実力は格闘の達人レベルという事だ。
 しかし、実は良牙自身はこの伝説の道着の一件に関わっていないのだ。つまり、伝説の道着を着たあかねの実力を知らないのだ。

「(格闘の実力だけで言えばおそらく乱馬や俺以上……当然シャンプーよりも上の筈だ……)」

 流石に口にはしないがあかねの格闘の実力は良くてシャンプーと互角前後、つまりそれよりも圧倒的に強い故にあかねではないと判断してしまったのだ。
 せめてこの一件に絡んでいれば推測の可能性もあったが接点が無い以上、結びつけようが無いのも道理だろう。

「(だが正体がなんであれ関係ねぇ、さっさとコイツをぶちのめしてつぼみ達の所に連れて行って貰う!!)」

 そう、重要なのは早々に決着を着けて、今も戦っているつぼみ達の所に案内して貰うのだ(注.方向音痴なので単独で向かうという考えは抹消した)

 何にせよ、一気に間合いを詰め1本のメモリを装填し、

――Luna――

「(ルナ……メタルやウェザーと違っていまいち意味はわからねぇが……京水のあの姿から察するに……)」

――Luna Maximum Drive――

 どことなく狼の怪人の声を彷彿とさせる音声と共にその力を発現させる。
 必殺の一撃が来るとナスカ・ドーパントは高速で後退するが

 ルナ、その意味は月、月の神秘的な力がエターナルの全身を巡る。
 そして、その拳は通常よりも伸びナスカ・ドーパントを捉える。
 ナスカ・ドーパントは翼を展開し上方へと逃げ様とする、しかし、
 エターナルの拳は大きくカーブしナスカ・ドーパントへと――

 幻想の力によりエターナルの肉体は現実的ではあり得ない程の伸縮を見せ、そのエネルギーを保ったまま変幻自在な動作で標的を捉えるのだ。
 そしてマキシマムドライブのパワーは強大、幾らナスカ・ドーパントといえども決まればメモリブレイク、決まらずともメモリ排出させる事は可能だ。
 そう、決まれば――

「はぁぁぁっ!!」

 あかねはエターナルの発動した技に覚えがあった。
 Wと交戦した時、Wはルナの力を使っていた。逃げても逃げても追撃するその力、単純なスピードだけでは逃げる事は不可能。
 ならば、単純では無い通常を超えるスピードを出せば良い。
 制御出来るかどうかは関係無い、レベル3つまり赤いナスカとなって高速で回避したのだ。
 そして光弾を何発もエターナルへと乱射する。

「ちぃっ!! 何処だ!?」

 エターナルはエターナルローブを翻し光弾を防ぐ。エターナルローブの防御能力、そして良牙自身の耐久力のお陰でダメージは殆ど無い。

 だが、突如色を変えスピードを上げたナスカ・ドーパントを見失い動揺する。
 しかし常人ならばともかく良牙は歴戦の格闘家、エターナルの力もあり微かではあったがその姿を視界に捉える。

「だが、早すぎる……しかもさっきよりもスピードが……」

 そう言っている間にナスカ・ドーパントが光弾を乱射しながら急速に接近し間合いを詰めていく。

「だったら……!!」

 エターナルはエターナルローブに闘気を注ぎ込み丸めて1本の棒にする。そしてそれを振り回して光弾を全て弾き返していく。
 しかしナスカ・ドーパントとてそれを予測していないわけではない。

「見えた……!」

 おおよそあかねにとってはイマジネーションにより勝利のイメージが見えていたのだろう。
 一気に懐に入り込み、エターナルの力を司るドライバーを破壊しようとブレードを――

 だが、彼女は忘れていた。少し前に同じ手段を使って敗れていた事を――故に、

 あかねが見たのは、ブレードで貫かれるドライバーのイメージではなく、
 ブレードが粉砕されている現実だった。

「爆砕……点穴」

 そう、良牙はエターナルの弱点がドライバーである事を知っていた。というより自身もそれを狙って仕掛けた事があった。
 だからこそ、ナスカ・ドーパントの狙いがそれだと気付いた良牙は全神経を集中してエターナルエッジでナスカブレードのツボを突き、ブレードを文字通り完全粉砕したのだ。
 (ちなみに通常は指一本で突くわけだが、原理的にはツボを付ければ良いわけなのでエターナルエッジでも理論上は可能)
 そしてそのまま闘気を解き元のローブに戻したローブを翻し軽やかに回避した。

「爆砕……点穴……ううっ……ああ……」

 いつの間にかナスカ・ドーパントの色が青に戻っている。
 攻撃が不発に終わったショックよりも、エターナルが使ったあの技を見て全身の震えが止まらなかった。
 『爆砕点穴』や『獅子咆哮弾』、聞いた事の無い技の筈なのに何故か覚えがあった。
 何故それを覚えているのだろうか?
 いや、何故それを『知らない』と言っているのだろうか?

 それでもあかねは振り払う。今重要なのはそんなことじゃない。どうにかして目前の永遠の怪物を破壊しなければならないのだ。
 だが、レベル3をもってしてもまだ届かない。それだけエターナルの力は圧倒的だったのだ。

「(どうしたらいいの……エターナルの口ぶりだとガドルはエターナルよりも……)」

 そう、そのエターナルよりもガドルは強いのだ。仮にエターナルを倒せても先は無いという事だ。
 つまり今のあかね自身にとってはナスカすらもガドルやエターナルにとっては非力だという事だ。
 ならばどうする? いくら何でもそんなポンポン相手を倒せる力なんてない。そんな都合の良い必殺技など――

「(………………あるわ……1つだけ……)」

 脳裏にはある技のヴィジョンが浮かんだ。
 何故そんな技を自分は知っているのか?
 しかしそんな事は今はどうでも良い、道ちゃんとNちゃんの力を借りれば十分に発動は可能だ。

「急に弱くなった様だが関係ねぇ……さっさと終わらせる……」

 そう言って一気にエターナルはナスカ・ドーパントへと間合いを詰めていく。
 しかしナスカ・ドーパントは反撃を仕掛ける事無く後方へ跳び回避していく。

「どうした、防戦一方じゃねぇか! もう終わりか!?」
「そっちこそ、さっさとトドメを刺したらどう!?」

 挑発するエターナルに対し挑発仕返すナスカ・ドーパント、
 その挑発に乗り猛攻の勢いを強めるエターナルに対しナスカ・ドーパントは見事な動きで防御を回避を続けていく。

「(何だこの違和感……)」

 その最中、エターナルこと良牙は違和感を覚えていた。あれだけ猛攻を仕掛けてきたナスカ・ドーパントが急に防戦一方になったのだ。
 単純に消耗しただけ、そう解釈しても良かったがどうにも奇妙さは拭えない。
 そう、ここでマキシマムドライブなり獅子咆哮弾なり撃ち込めば確実に勝てるだろう。

――Heat――

 そう熱い一撃を撃ち込めば、力を失い冷めたナスカなど簡単に倒せるだろう。

「(待てよ……まさか……)」



 だが、それに気付いた瞬間、エターナルの中で急速に熱が冷めていくのを感じ――



「はぁぁぁぁぁぁ!!」



 飛竜昇天破――
 熱い闘気を持つ敵を冷たい心を以て螺旋のステップに巻き込み、闘気の渦を発生させ竜の如く竜巻を巻き起こしその一撃を叩き込む技だ。
 その性質上、相手が強い程、自身が弱い程、その威力は増大する技だ。故に決まりさえするならば何の力を持たない一般人でも凶悪な怪物を仕留める事は理論上は可能だ。
 あかねはそれを狙ったのだ。スピード以外のナスカ・ドーパントの力を最小限に抑え、その上でエターナルの猛攻を誘い伝説の道着のサポートを駆使し螺旋のステップに巻き込む。
 平時のあかねでは難しくても伝説の道着の力があれば螺旋のステップもそう難しいことではない。
 そして、エターナルの必殺の一撃が繰り出されるタイミングでアッパーを放ちエターナルを竜巻で仕留めるという事だ。決まれば撃破する事も出来ただろう。



 決まればの話だが――



「はぁ……はぁ……」



 眼前にはローブで全身をガードしているエターナルが平然と立っていた。



 そう、技は発動せず只のアッパーにしかならなかったのだ。多少の風は巻き起こったがエターナルを吹き飛ばす竜巻とは到底言えないものだ。



「そんな……」
「くっ……」



 だが目の前のエターナルも何処か震えていた。それどころか――



「え……赤く……」



 いつの間にか、エターナルの炎が青から赤に変わっておりローブも消失していた。だが、エターナルはそれを気にする事無く、



「その技……飛竜昇天破……」



 飛竜昇天破……それはかつて乱馬が八宝斎により貧力虚脱灸で弱体化した時に、八宝斎を倒す為にコロンから教わった女傑族の技である。
 参加者中でその技を使えるのは乱馬だけと考えて良い。勿論女傑族であるシャンプーなら使えるだろうが実例が示されたわけではない為、今回は考慮に入れない。
 だがその理論だけならば会得するための特訓に付き合った良牙も知っている。とはいえ、良牙には螺旋のステップを描いて巻き込む事など方向音痴ゆえにまず不可能。だから教える事は出来ても使う事はまず無理だろう。
 しかし、その理論を知るものがもう1人いる。そう――



「まさか……貴方だったんだな……あかねさん……」



 天道あかね、彼女もその理論を知っている筈なのだ。使用するとは思っていなかったが使ってきた以上、幾らバカで騙されやすい良牙でも流石にわかる。



「え……?」



 ナスカ・ドーパントの反応に構わず、エターナルはドライバーからメモリを抜き取り元の姿に戻る。
 それが無謀な行為なのは理解している。
 だが認めたくは無いがあかねの性格上、幾ら口で説明しても自身のエターナルと大道のエターナルが同一人物だと決めつけ頑として聞いてくれないだろう。
 ならば実際に正体を晒すしか方法は無い。



「俺だ……良牙だ……」



 かくして、遂に響良牙は天道あかねと再会を果たしたのだ。



 だが――



「………………だれ…………貴方……!?」



 あかねの反応は余りにも残酷だった。



「なっ……違うのか……いや、そんなわけは……」

 自身の推測は外れていたのか? だが先程までの言動、それに飛竜昇天破の存在を知っていた事から最早正体はあかね以外にはありえない。
 いや、心の何処かではそれを否定したかったのだろう。

 あの天道あかねが殺し合いに乗り、他人を『機械』だと決めつけ平然と殺人を続ける、そんな現実認めたくは無かったのだ。

『……お前が知っているあかねが、もうどこにもいないとしたら?』

 翔太郎はそう言った、翔太郎は薄々気付いていたのだろう。その最悪な現実が起こっている可能性に。
 確かにあの時はそう問われても取り戻すと力強く応えた。しかし実際に突きつけられて冷静でいられる程割り切れる人間では無い。

 そう、目の前の相手が天道あかね以外の何処かの知らない悪女であればそれはそれで良かった――

 と、そう諦める事が許される状況では無い。



「あ……あ……ああぁ……!」



 何故かナスカ・ドーパントが頭を抱えて苦しんでいる。



「!? どうしたんだあかねさん!? 一体何が……!?」



 そして再びナスカ・ドーパントの色が赤く変色しそのエネルギーを放ち高速で動こうとしていた。



「!! まさか……」


 その瞬間、良牙の脳裏にフラッシュバックしてしまったのだ。
 なのはを守る為に、その身を挺してガドルの攻撃を受けて死んだ明堂院いつきの姿を――
 そう、自分のミスが無ければ避けられた筈の事態を――

 それだけではない、自身のミスで多くの仲間達を死なせてしまっている。
 もし方向音痴が無ければ五代雄介、それに美樹さやかは死ぬ事は無かっただろう。
 もし自身の力が及んでいればティアナ・ランスターは死ぬ事は無かっただろう。
 もし自身の力で強化する事が無ければ一条薫は死ぬ事は無かっただろう。
 もし自身が俯いていなければ明堂院いつきは死ぬ事は無かっただろう。
 もしこのまま動かなければナスカ・ドーパントはどう動く?

 自分ならばまだ良い。だが仮にすぐ近くで戦っているつぼみとなのはの所に向かうとしたら?
 今度は花咲つぼみ、あるいは月影なのは、もしくはその両方を死なせるというのか?

 自身のミスで誰かを殺させるのか?
 自身のミスで惚れた女性に罪を重ねさせるのか?



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 最早思考なんて消え失せていた。無我夢中だった――



PART.3 けがはなくとも

『闇の力よ、消え失せろ……ッッ!! そうだ、……俺は……俺は、ダークメフィストなんかじゃない……ッッ!! 俺は、暗黒騎士ガウザー、黒岩省吾……!! 超光戦士シャンゼリオン──涼村暁のライバルだ!!』




「はぁ……はぁ……」

 良牙の周囲に巨大なクレーターが形成されている。そして、その中にはナスカ――いやあかねが胴着姿のまま倒れ込んでいた。

 自身のミスでまたしても誰かを死なせる。その重い負の感情が最大級の獅子咆哮弾を放たせてくれたのだ。
 上方に放たれた重い気はすぐさま下へと落ちる。例えどれだけ高速で動こうとも関係無い、射程範囲から抜け出せなければ直撃は免れない。
 あのエターナルとてその重力地獄のお陰で一時的な戦闘不能に陥ったのだ。ナスカ・ドーパントのメモリを排出するほどのダメージを与える事が出来てもおかしくはない。
 ちなみに良牙本人は一種の放心状態に陥る為、その直撃によるダメージを受ける事は無い。



「やっぱり……あかねさんだったんだな……」



 戦いには勝った、だが達成感はない。唯々空しさと悲しさが感情を埋め尽くす。



「メモリか……そうかあかねさんもガイアメモリの所為で……」



 そう回収しようと手を伸ばしたが――



 ピクリとあかねが動き出したのだ。



「!! 気が付いたのか……いや……」



 何やら様子がおかしい。そう、あかねの躰が変貌しているのだ。黒い複眼と赤と黒の模様を持つ銀色の――



「ちょっと待て、こいつは……さやかと同じ……」



 良牙はその姿に覚えがあった。そう、確か美樹さやかも突如として同じ姿になったのだ。



「ファウスト……だがどういう事だ、溝呂木の野郎はとっくに死んだ筈だよな……それ以前にどうしてあかねさんが……」



 疑問符だけが駆け巡る。だが考えている余裕などあるわけない。ファウストはゆっくりと立ち上がり視線を良牙へと向ける。

「ぐっ……」



――Eternal――


 ドライバーにメモリを装填


――Eternal――



 すぐさまエターナルへと変身した。だが白き躰が纏いし炎は青では無く赤だった。それでも生身で戦うよりはまだマシだ。
 しかしファウストの様子がおかしい。何故か再び動きを止めたのだ。



「なんだ……?」



 そして再びファウストは姿を変える――



「!? コイツは……溝呂木の野郎が変身した……」



 そう、ファウストとは違う銀色と黒と赤の模様を持つ闇を体現した存在、メフィストであった。



「いったいどういう事だ……何故あかねさんがファウストになったり溝呂木の野郎が変身した姿になったり……!?」



 立て続けて起こる異常事態に理解は最早追いつかない。だが、思考している余裕など無い。
 次の瞬間にはメフィストはエターナルへと一気に間合いを詰めていたのだから。



「ぐっ!」



 エターナルは両腕を構え防御の姿勢を取る。しかし――



 ほんの一瞬、僅かな衝撃を感じた程度でメフィストはエターナルの横を掠めていく。



「!?」



 すぐさま振り返りメフィストへと向き直ろうとするが、



――Nasca――



 すぐ後方でガイアメモリの音声が響く、



「何ぃ!? 誰が……」



 思わず振り向くが後方には誰もいない。しかし、次の瞬間にはガイアメモリが超高速で飛んでくる。



「え゛え゛え゛え゛ーっ!?」



 だが、ガイアメモリもエターナルの真横を掠めていく――



「!! まさか……」



 異常事態の連続ではあったがこの後起こる事を予見し急いで振り返る。そこには――

 赤いナスカ・ドーパントが超高速で飛び去っていくのが見えた。
 そう、エターナルが振り向く前に既にメモリはメフィストつまりはあかねの体内へと装填されていたのだ。



「そんな……待ってくれ、あかねさん……!」

 良牙は気付いたのだ、この一連のあかねの謎の行動、それは全てこの場からの離脱の為、
 それが彼女自身の意志によるものか、それとも暴走状態によるものか、あるいは邪悪な意志に操られているのか、それは良牙には知り得ない。
 だが確かな真実はたった1つ、

 良牙はあかねを止める最大の機会を逃したという事だ、

「ダメだ……あかねさん……そんな事してもあの野郎は絶対に喜ばねぇ……なびきやかすみさん、それにおじさん達だって絶対に望まねぇ……!!」

 どれだけ口にしても赤き翼は小さくなっていくだけで届く事は無い。
 追跡しようにもスピードが違いすぎる、方向音痴の良牙ではまず追い切れない。
 幸いつぼみ達の戦っている位置や街の方とは真逆なのが幸いだがそんなのは救いにすらなりはしない。

「くっ……」



 夜の闇、深い森、赤い光が消えるのにはそう時間はかからない、十数秒程度の事だ。



「あかねさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっっっっ!!!」



 唯々、無力な迷い子の慟哭だけが響き渡った――


 気が付いたら変身は解除していた、無意識のことだったのだろう。

 過ぎてしまえばほんの数分程度の出来事だ。少し離れた所では今でも狼怪人と2人のプリキュアは戦っているだろう。
 だが良牙は動けなかった。項垂れたまま地面を叩き続ける。


「俺は……俺は……!」


 あまりにも無力だった。
 いや、エターナルの力はあまりにも十分だ、良牙の素の力を合わせればナスカ・ドーパントを撃破する事については全く問題は無い。
 そしてメモリさえ排出してしまえばゾーンの力で回収出来るからもう悪用される事も無い。
 つまりこの場での最善は短期決戦での撃破だったのだ。

 だが良牙にはそれが出来なかった。ナスカ・ドーパントの正体があかねだと気付いた瞬間、そのまま仕掛ける事など出来なくなっていた。
 甘いと言えば否定は出来ない、だがそれを非難などできようか?
 想い人の余りにもあり得ない豹変を目の当たりにして、何かあったのかと問いかける事の何処がおかしい?
 知り合いを知らずに襲っている者の誤解を解くために変身を解除した行動はリスクがあると言えど完全に否定出来るものでもない。
 正体を知らずならばともかく、正体を知ってしまえば、下手に攻撃して大切な物を壊してしまうと思い躊躇する事など人として当たり前な感情だ――

 だが現実は甘くは無い、その甘い決断が最悪な結果を現在進行形で引き起こしているのだ。
 きっとあかねはこの後も人々を襲い続ける、哀しみが広がり続けていくだろう。
 それを止められなかったのは誰だ、他でも無い良牙自身だ、他の誰の責任でも無い。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 後悔だけが強く残る。結局自分は同じ事を繰り返してしまうのか、誰も守れず、命が奪われるのを唯々見ている事しか出来ないのか――



 そんな時だった。



 ハーモニカの音色が響いてきたのは――



「!? なんだ……?」



 何故ハーモニカが? そういえば持ち物の中にそんなのもあった気がする。だが重要なのは誰が吹いているのかだ。



『あぁ……まさか再び吹く事になるとはな……』



「その声……テメェ、何のつもりだ」



 ゆっくりと立ち上がっていく、



『理由はわからんがこの曲を聞くと妙に落ち着くんでね……あんたに聞かせてやっただけだ……』



「……なんでテメェが此処にいる……」



 そう言いながら声の方向へと視線を向ける。



『生きているくせに死人みたいな顔をしてるあんたにな……響良牙……!』



「おい……質問に答えろ……大道克己!!」



 良牙の眼前――そこにはハーモニカを持った大道克己がいた。




PART.4 OAR

『ふっ……不甲斐ないあんたの姿を見て笑いに来た……とでも言っておこうか?』
「何ぃ……」
『冗談だ。安心しろ、今更そんな悪趣味な事をするつもりはない』
「まさか……エターナルを取り返しに来たんじゃねぇんだろうな?」
『何言ってやがる、そいつにとってはもう俺は過去の存在だ、エターナルは俺を必要としていない……』

 克己の言葉に違和感を覚える。普通逆では無かろうか? 『大道はもうエターナルを必要としていない』ではないのか?

「まるでメモリの方が主人みたいな言い方じゃねぇか」
『案外そうかもな……あんたは自分がエターナルを選んだと思っている様だが……実際はそうじゃねぇ、エターナルの方があんたを選んだ……他の連中やあんたがどう思っているかは知らねぇが俺はそう思っている……』

 克己の言葉を良牙は正直理解出来ないでいる。
 そもそも、良牙がエターナルを手にしているのは大道という主を失った事による半ば成り行き的なものだ。
 良牙自身は正直な所悪人以外ならば誰が所有しても構わなかったが、変身能力が無い事やつぼみからの勧めもあり良牙が結果的に所持する事になったというだけの話だった筈だ。

『信じられない顔をしているな。だが、さっきのメモリの動きを思い出してみろ……アレはあのメモリがあの女……あんたの彼女か知らないがソイツを選んでいるから起こった現象だ……』
「言われてみりゃ……だがアレは只のメモリじゃ……」
『さぁな、俺に言わせりゃ運命を感じたとしか言いようが無い……まぁその辺りは専門家にでも聞くんだな』
「ちっ……だがだからといってコイツもそうだとは……」
『そうか? だったら何故エターナルは俺の仲間だった京水の所に向かわずあんたの手元に在り続けた? 単純に強いだけなら他に相応しい奴など幾らでもいる……にもかかわらず何故あんたを選んだ?』
「偶然じゃねぇのか?」
『なぁ……覚えているか? 俺とZX……村雨良との最初の戦いにあんたが乱入した時の事を……』
「忘れるわけがねぇ」

 あの時、大道が変身したエターナルは良牙を仕留めようとしたが、その際に良牙自身が放った獅子咆哮弾を(ZXの援護込みではあったが)エターナルは受け一時的に動きを封じられたのだ。

『今にして思えば……あの戦い、俺がZX……村雨良に運命を感じていた様に……エターナルもあんたに運命を感じていたのかも知れねぇな……
 NEVERでもない改造人間でもない只の人間がエターナルを一度は地に伏せさせたわけだからな……』
「俺にはそれも偶然にしか思えねぇが……」
『かもな、だが偶然も重なれば運命と同じだ……まぁ信じる信じないはあんたの勝手だ……どちらにしてもあんたがエターナルの力を引き出せている事に違いは無い……』
「ちょっと待て、だが時々テメェが使った様な青じゃなく赤になる時があるぞ、アレは一体どういう事だ?」
『それぐらい自分で考えろ、船を漕ぐオールぐらい自分で探せって事だ』


 そう言って再びハーモニカを吹き始める


「おい、話を聞きやが……」
『良牙……』



 と、背後から声が聞こえる。



「この声……まさか……良か?」



 振り返るとそこには村雨良の姿があった。だが彼の死体は遠く離れた場所にあった筈、恐らく消滅した筈の大道が現れたのと同じ理屈なのだろう。
 しかし、良牙の知る彼の表情とは大分違って見えた。
 今までは何処か近づきがたい雰囲気があったが今の彼はどことなく穏やかでそして儚げな表情をしていたのだ。



「ああそうか……記憶……戻ったんだな……」



 良牙はその理由が先程彼の躰にメモリーキューブを収めたからだと察した。死んでからも効果があるかは半信半疑だったが効果があったらしい。

『ああ、良牙につぼみ……それに一条のお陰だ』
「一条……」

 良牙の表情は暗い、その一条の死には自身のミスが致命的に関わっているからだ。
 そして、今またあかねを逃した事も良牙の中で暗い影を落としている。

『助けられなかったんだな……』
「あぁ……どういうわけか知らねぇが、俺や乱馬の技は覚えているのに俺の事はまるで覚えていない感じだった……そういやアイツの名前も何故か言ってなかった気がする……」
『奪われた……か』
「ああ殺し合いに乗ったのはそれが……もう俺の声なんて届いてねぇ……ふっ……良の言う通りだったな……」
『………………そうだな……もう40人以上も奪われているんだったな……その上、今更エターナルの力があっても奪う者1人も止められない……ムチャかもな……』


 意外にも良牙の発言を素直に認める村雨である。そして、


『……じゃあ、やめるか』


 穏やかな顔で優しそうな笑顔でそう言い放った。しかし良牙には、


「………………何言ってやがる……良……記憶が戻ったら……嘘もつける様になりやがって……心にも無い事を……」


 それが嘘だとすぐにわかった。


『なぁ、良牙……他の奴等はどうか知らないが少なくとも俺はお前に救われた……』
「おいおい、俺が何時お前を救ったって……」
『お前がいなかったら俺は何もわからず、唯々奪われまいとたった一人この地を彷徨い続けていただろう……もし五代達と出会っても一緒に行く事は無かっただろうな……』

 これは仮定の話になる。もし、村雨が単身で五代雄介達と遭遇したならばどうなっていただろうか?
 五代自身は何事も無く村雨を受け入れるだろう。だが、あの時点では西条凪及び美樹さやかが同行していた事が問題になる。
 名簿に無いゼクロスと名乗る無愛想な全身が兵器の人間、そんな奴を凪やさやかはどう見る?
 恐らく完全な危険人物と警戒するだろう。五代が間に入っても凪やさやかは受け入れようとしないだろう。
 同時に村雨ことゼクロスから見てもむやみやたらと群れたりはしないのは想像に難くない。

 結果論にはなるが、良牙が同行していたお陰で、五代達と無事に情報交換を行う事が出来、溝呂木眞也によってファウストと化したさやかを巡っての凪との決裂こそあったが五代と行動を共にする事となった。

「そうか……?」
『ああ、そうして五代と行動を共にして、奴の死を看取らなかったら……ここまで奪う者から守ろうとは思わなかっただろう……そうでなければライダーマンからも敵視されていただろうな……』

 村雨は一度この地でライダーマンこと結城丈二と遭遇している。
 その時点では村雨は友の命を奪った結城達を敵視しており、一方で結城もまた村雨の連れてこられたタイミング次第では危険人物になり得ると認識していた。
 結城の推測通り村雨のタイミングはBADANを抜けた直後、それ故人々を守るという意味では信頼に値しないタイミングだった。
 更に状況的には村雨の同行者冴島鋼牙は結城の同行者涼邑零にとっての仇敵(当時はそう認識していた)、まさに一触即発の事態を引き起こしかねない状態だった。
 結果的に最悪の事態を避ける事が出来たが、その時襲撃してきたバラゴとの戦いでの村雨の立ち回り次第では結城は村雨を危険人物と断定していたかも知れない。
 そう、あの状況でバラゴよりも結城を優先したならば――
 そうならなかったのは五代達との出会いがあったのは言うまでも無い。勿論、それがなければこの状況すら起こりえなかっただろう。

『そして俺は憎んでいたその称号を受け入れ、最期にはエターナルと戦い……お前達に見送られて逝く事ができた……それが出来たのはお前達……特にお前のお陰だ……』

 そしてエターナルこと大道との決戦、仲間達の想いと共に村雨は戦い――相打ちという形で撃破、仲間達に見送られ『笑顔』で逝ったのだ。

「はっ……そんな大した事なんて……」
『いや、お前は俺に大事なものを与えてくれた……俺の名前を思い出せた……それで俺はZXではなく村雨良として戦えた……』

 それは『良牙』と『良』、同じ『良』という字が使われていたという小さな偶然に過ぎない。
 だがそんな小さな切欠がゼクロスだった村雨をほんの少し人間に戻せたと言える。

『なぁ良牙……覚えているか、確かあかねだったか……彼女が乱馬の記憶だけが奪われた時、彼女はどうやってそれを取り戻したか……』
「そうだ、あの時乱馬の野郎が暴言の数々を……」
『ああ、良牙……お前が言っていたんじゃないか……切欠さえあれば幾らでも思い出せると……俺だってメモリーキューブが無くても少しは思い出せたんだ、幾らでもチャンスは……』

 そう語る村雨は良牙達の知る村雨と違い何処か優しい。きっとこれこそが本来の村雨良なのだろう。

『良牙……判っていると思うが、あかね……彼女が恋人を生き返らせる為とは言え、その為に他人の命を奪う姿……それを見れば』
「乱馬……アイツは泣きはしねぇだろうが、きっと怒るに決まっている……」
『そう、お前にも話したが俺は時折ある女が見えていた……そう、俺にとって『大切な人』だった……姉さ……いや、あの人はずっと俺を止めようと……守ってくれていたんだろう……』
「そうだろうな……」
『だがな良牙、残念だがあの人には俺の行動を縛るだけの力は無い……目を背けるだけで簡単に振り切る事が出来る……恐らくあかねも同じだろう、その乱馬が泣いている姿を見ても目を背け続けている……』
「何が言いたいんだ?」
『彼女を本当に止められる……救えるのはあの人や乱馬の様な死んだ人間じゃない……生きている人間だけだ……わかるか、それが出来るのは良牙やつぼみ、鋼牙達といった生きている奴だけだ』
「出来るのか……俺に……」
『それは俺にもわからん……だが……何度も言う、お前は俺を救ってくれた……俺はそんなお前を信じている……』

 その言葉を最後に村雨は振り向く。

「行くのか?」
『ああ、正直恨むのも筋違いな気もするが……三影を殺された落とし前は付けなきゃならないからな……本郷と一文字、あいつらに一撃ぐらい入れてくる』
「今更復讐か?」
『そうじゃない……俺の中のケジメだ。正直あいつら相手にそうそう簡単に行くとは思え無いが……良牙、お前も負けるなよ』
「良、お前もな」

 そのやり取りを最後に良は去って行く。良牙は只、1人の盟友を見送った。


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最終更新:2014年04月25日 19:26