アルカ格詞は元々純粋に格を表すalのようなものと、普通の言語では接続詞に分類されるmanのようなものがある。更に、ha(上)のように一般名詞を転用したものがある。転用が原因でとかく格が多いが、転用した格は普通名詞と同形なので覚えるまでもない。数は多いが普段使う格詞は10個程度であり、多いとはいえない。

格というと一般には斜格能格絶対格だというよく分からない単語を想像する。学者にとってでさえ具格に比べ、これらの格のほうが説明が難しい。これらの格は要するにその言語の文法を整理する際にできた文法格だ。一方、具格などは文法的な概念というよりは、そのまま意味を表す格だ。

言語学者は格の研究に熱心で、特に文法格が大好きだ。よくもまぁと思うくらい執心している。中には文法格の起源まで論じる学者がいる。言語学上では主流ではないが、このような論考も面白い。

近藤健二(2005)『言語類型の起源と系譜』松柏社能格は具格から始まったというような論考に始まり、環太平洋の諸語について延々論じ、最後は日本語とタミル語で閉じている。基本的に格について書かれている。前半はほぼ純粋に格の話だ。タイトルよりも本に付いている帯のほうが中身を正しく示している。それにしてもよく格だけで500ページも書けるものだと思う。和書なので読みやすい。喩えも多く、文は平易だ。

アルカは文法システムが整っている。格組が単純明快で、どの動詞も2項述語になり、かならず1項目が主格になる。それ以外の統語操作がないので、「これは同じ主格でも能格で……」などと細分化する必要がない。つまり文法格が要らない。アルカの格はほぼ全て意味格で、それゆえ非常に理解しやすい。

そのくせ格システムは厳密に決められていて曖昧さが少ない。数が多いことの利点だ。英語のon,to,in,forなど、どの前置詞を使えばいいか分からないことはままある。数が少なすぎるのだ。少ない前置詞を使いまわしすぎるので、個々の用例ごとに前置詞とのコロケーションを覚えねばならない。しかしアルカの場合、なまじ格詞が多いので、どの格詞を使えば良いかは理屈で考えられる。普及型や、母語が食い違う言語集団の中で広める符牒型には「考えれば一様な答えが出る」システムは不可欠だ。

格詞リスト一部

tol:従事格/tel:対立格
~に賛成して、~に従って/~に対して、~に反対して
[ ova ]ke-a tol la(彼に従って行った)

tot:関係格/tet:無関係格
~に関係して、~について、~にとって/~と関係なく
[ ova ]ti na-i kax tot davi tu?(この昼食で満足した?)
[ ova ]ke-o tet jent(天気に関係なく行こう)

sle:主観格
~にとっては、~的には
[ ova ]tu et xep sle an (これは私にとっては難しい)

ist:代用格
~の代わりに
[ ova ]an ke-a ist la(私は彼の代わりに行った)

ale:性質格
~として
語が持つ様々な性質の中からある性質を抜き出して、その性質を持つものとして行為を行ったのだということを表す。 ulの性質や特性を表わす。実質的には動詞より、ulを補うような格。
[ ova ]an ku-a ale lae(私は父として言ったのだ)

lex:同格格
~という、~と~する
aleと意味は同じだが、ulでなくonの性質や特性を表わす。やはり動詞より、実際にはonを補っているので接続詞との境界線上にある。 [ ova ]an anx-e la lex tikno (私は彼をティクノと呼ぶ)

daz:相当格/diz:不相当格
~に値する/~に値しない
[ ova ]an lets-a axk daz vast (私は合格に値するほど巧くピアノを弾いた)

dam:適切格/dim:不適切格
~に適した/~に適さない
[ ova ]la sool-e dam daiz (彼は王にふさわしい行動をとる)

ento:到達程度格/ente:非到達程度格
~したくらい/~するくらい
[ ova ]an na-a jo al la ento baos-i (私は殴るくらい彼を怒った→殴った)
enteだと殴ろうとしただけ。

fina:利益格
~のために。利益を受ける相手を表す。利益か損害かが中立的な場合はalになりやすい。
[ ova ]mio lad-a bel fina lae(娘は父のために料理を作った)

fini:損害格
~に利害があるように。損害を受ける相手を表す。finaよりもalになりにくい。
[ ova ]la ku-a fini an(彼は私が不利になるような発言をした)

salm:積極条件/silm:消極条件
恐らくこうなるだろう。そしてもしそうなら~する/恐らく起こらないだろうがという予測。
[ ova ]an ke-o salm la ke-i(彼も行くだろうから私も行くだろう)
[ ova ]an ke-o silm la ke-i(恐らく彼は行かないだろうが、もし行くなら私も行こう)

man:原因格、理由格/min:結果格
原因や理由を表す/結果を表す。
[ ova ]an as-i esn man esk(雨が降っているので傘をさしているのだ)
[ ova ]esk-it min an as-i esn(雨が降り出したので私は傘をさした)

dos:内側格/des:外側格
三次元体の内外の面を指す。たとえば箱なら、箱のウチとソトの面を指す。ソトがdesである。二次元体の場合は表と裏の面を指す。警察の張るkeep outの黄色いテープの場合、事件現場側から見たほうがdosになる。
[ ova ]fi xa-i dos kov?(箱の内側の面に何かへばりついてる?)

flo:期間格
~間、~の間
[ ova ]an xa-a koa flo keti(私は夏の間中ずっとここに居た)

ha:上格/hi:下格
上に、上で/下に、下で
[ ova ]kets xa-i ha elen(ネコがテーブルの上に居る)

hal:表格/hil:裏格
~の表に/~の裏に
[ ova ]hac it axt hal lei(本の表に字が書いてある)

lio:手前格/lie:奥格
lio:ある行き止まりがある空間において、自分から行き止まりまでの距離をtとしたとき、あるものがtの半分以内にある状態を示す。
lie:tの半分より向こう側にある状態を示す。
[ ova ]kov xa-e lio ez(箱は部屋の手前にある)

kefa:南格/kefi:北格/kefo:西格/kefe:東格
[ ova ]felka xa-e kefa ra(学校は家の南にある)

mes:周辺格/mos:中心格
mes:周辺を表す。~の周りに。中心は含まないので、近くにとかこの辺りにという意味にはならない。
mos:中心を表す。~の真ん中に
[ ova ]laz lu lef-as mes lu(その少女は彼の周りを走っていた)
[ ova ]lei xa-i mos ez(部屋の真ん中に箱がある)

mox:接触格/mex:非接触格
くっついている/離れた
[ ova ]parm et mex alkit(日本はユーラシア大陸に接していない)

atn:近格/itn:遠格
~の近くに、~のそばに/~の遠くに
[ ova ]felka xa-e atn ra(学校は家の近くにある)

pa:右格/pi:左格
右にあることを示す/左にあることを示す
[ ova ]laz xa-i pa lu(その少女は彼の右に居る)

sa:前格/si:後格
空間的な前、時間的に過去を示す/空間的な後ろ、時間的に未来を示す。
[ ova ]lu xa-i sa la(こいつはあいつの前に居る)
[ ova ]fan lu vart-a sa fin la(彼女は彼より先に生まれた)

pet:外格/pot:中格
外を表す/中を表す
[ ova ]lent xa-i pot kov(人形が箱の中にある)

rak:超越格/rik:内在格
向こうに。ある境界を超越したことを示す/こちら側に。境界を越えないことを示す。
[ ova ]lat xa-e rak galt(入り口は門を越えたところにある)

kor:終点方向格/ker:起点方向格
~の方へ/~の方から
[ ova ]ke-is kor felka(学校のある方へ向かって進んでいるところだ)

var:経路格
~を通って
[ ova ]ke-a al felka var sokl(公園を通って学校へ行った)
時間を通して。floは単に期間を表すが、varはその間中ずっと休まず一心にというニュアンスがある。
[ ova ]fel-a var dev(一晩中勉強をした)

okn:交差格/ekn:平行格
~と交じって/~に沿って
[ ova ]eke tu xa-e okn eke le(この川はあの川と交わって流れている)

sov:間格
~の間に
[ ova ]ra xa-e sov klen/felka(家は銀行と学校の間にある)
中立的立場であることを示す
[ ova ]miir ku-a sov arxe/sorn(ミールはアルシェ寄りでもソーン寄りでもなく言った)
(時間的に)~の間。varはその間ずっとその行為をし、floは期間を表わすが、 sovはその範囲のどこかで最低一度はその行為をしていることを意味する。
[ ova ]ar-al xak sov keti(夏の間に絵を一枚完成させてください)

ras:回数格
回数を表す
[ ova ]baos-a ras 3(3回殴った)

tat:周期量格
周期を表す。~ごとに
[ ova ]itm-e psel tu tat soot(毎週この雑誌を買っている)

du:量格
量を表す。物質量だけでなく、時間量なども取れる。
[ ova ]vat-a du 1 fea(1時間待った)

ema:1回量格
~ずつ。1回ごとの動作量を示す。
[ ova ]xon-a ema di(少しずつ食べた)

ati:程度格
~の程度で
[ ova ]an baos-a la ati ye(私は彼を軽く殴った)

rax:副詞代替格
副詞は動詞の後に付けるものだが、忘れてしまって後で付け加えたいときに使う。 ayuinの場合はaraxiyuinの場合はiraxを使うが、特に区別しないときはraxで良い。
[ ova ]an lef-a yes rax tax tin(私はコースを走った、とても速く)

kalk/kilk/kolk/kelk
数学的には順に大なりイコール、小なりイコール、大なり、小なり、を意味する。日本語に訳すと「以上」「以下」「より上」「未満」である。数や量や時間などを表わすときに使う。
[ ova ]an xen-u veld kalk tiz(これからはもう酒を飲まない)
kalkは「以上」で、tizは「現在」。 kalk tizは現在以上、即ち現在を含んでそれ以降という意味なので、「これから」を指す。

最終更新:2007年11月12日 20:38