元気にエイエイオーした真紅とガフンダルは、翌日の出発に向けて、準備を整えているところであった。といっても、真紅の場合、自分の荷物といっても通学用のバッグひとつきりしかない。部屋の隅っこに座って、ガフンダルのしもべ達が右往左往して支度しているのをボンヤリと眺めていた。
ガフンダルの荷物といっても、玉虫色をした小さなカバンに、なにやら旧くてボロボロになっている本とか、不思議な形をした草花、毒々しい色の丸薬が詰まった瓶などがどんどん詰め込まれているだけであって、明らかに一般人が旅行へいくときの身支度とは様相を異にしている。大体、真紅の持っているカバンより小さいのに、モノがいくらでも入っていくのには驚きである。異次元世界の荷物置き場につながってでもいるというのだろうか。
「怪しさ爆発だわね。なんか、インチキおきぐすりの行商親子、じゃなくって爺ちゃんと孫ムスメね、これじゃあ」と、真紅は溜息をつきながらひとりごちる。
「うーむ。ルビイよ。明日マリーデルの商店街に立ち寄り、お前の服を買わねばならんな。その不思議な格好はちょいと目立つゆえな」
「だって、これは普通の女子中学生の格好だよ。ブラウスとスカートってさ」真紅は憮然としてそういった。
「お前の世界では普通であろうが、このノルゴリズムでは頓狂な格好なのだよ。お前の場合、それでなくともこの世界に存在するはずのないパワーが満ち満ちているのだぞ。なんというのか、お前さんが動くとその場のパワーバランスの調和が崩れるのだ。そのような者が、そのような怪しげな風体で、あっちうろうろ、こっちうろうろしてみろ。気の小さい腹黒地方領主なんぞに、一発で捕らえられてしまうぞ。あやつらは、己の保身のみ考えて、異分子と見ると排除したがるからのう」
「ふーん。そんなもんなの?」
「そうとも。それから、食料も買っておかなくてはならん。えーと。ちょっと待ってくれよ」ガフンダルは、玉虫色のカバンに手を突っ込んで、なにやらごそごそさぐり、と小さな瓶をつかみ出してきた。それを真紅に見せながら話を続ける。瓶の中には、どこからみてもウ○コ色の丸薬が入っている。
「この『ハラフ・クルール丸』をひとつ呑めば、どれだけ空腹な状態であってもたちどころにお腹一杯となり、以後三日間は食べ物を見るのも嫌という状態になるわけだが、食事というものは、ただお腹がくちくなればよいというものではなゆえな」
「当たり前じゃない。女子中学生は食べ物にうるさいのよ。そんな怪しくてマズそうな薬、絶対飲まないからね、ワタシ」
「ほう。この薬が不味いとな。呑んだこともないくせに、どうしてそんなことがわかるのだ?」
「だって、色からして不味そうじゃない。ウ○コ色よ。ウ○コ色。絶対ウ○コみたいな味がするに違いないわ」
「ほぉーう。なにやらウ○コを食べたことがあるようなくちぶりじゃな」
「そんなことあるわけないじゃない!」真紅は真っ赤になって叫んだ。
「冗談じゃよ、冗談。ちょっと待ってくれよ」そういって、ガフンダルはまたバッグに手を突っ込んでごそごそと探っている。
「お、あったあった」と、小さな瓶が六個ほど並んで納まっている木の箱を取り出して、満面の笑みをたたえながら真紅に見せた。
「じゃじゃーん。そんなアナタには、これじゃよこれ」ガフンダルはそういいながら、真紅に箱を手渡した。
「じゃじゃーんて、ファンファーレなんか必要ないって。いったいなんなのこれは?」箱の中から瓶をひとつ取り出して、しげしげと眺める真紅。
「お、それはステーキ味じゃな」
「なによ。ステーキ味って?」真紅は怪訝そうな顔をしてガフンダルに訊ねる。
「『ハラフ・クルール丸』は、我々魔道師の間では、空腹を抑えるための定番アイテムなのじゃが、そのマズさも定番となっておってのう。修行を積んだ魔道師達をして『こりゃちょっといただけませぬなあ』といわしめるものなのじゃよ。もう本当に何か食べなきゃ死ぬるというギリギリの極限状態となり、とっくに味覚も何も喪失してしまわないと、とてもではないが食えぬシロモノでな。『良薬は口に苦し』という古来の格言を万人に納得させうるマズさというわけよ」
「ちょっと、例えが違くない?」
「そこで開発されたのがこれら粉末エキスでな。これを『ハラフ・クルール丸』にパラパラとふりかけるとあら不思議、化学反応を起こして、美味しい食べ物の味に変化するのだよ。いまお前が手に取っているのが、人気の一、二を争う『ステーキ味の素』というわけよ。そりゃあ、ほっぺが落ちるほどおいちいよ。後、『特選、五つ星ホテルディナー味』、『行列のできるラーメン味』、『ギャル絶叫、一流パティシエ・スイーツ味』など、バリエーションには事欠かぬぞ」
「カラダに悪そうだから遠慮しとく。ガフンダルも、あんまりそういう化学薬品っぽいやつ食べないほうがいいよ。長生きしたいならさあ」真紅は、もうばかばかしいといった風情でそう吐き捨てた。
「ワシの如き者の健康を案じていただいてまことにありがたいけれども、魔道師というのもなかなか厳しい商売でな。ちょっとあれだろ。どっちかといえば神秘的な雰囲気を漂わせる必要があるからのう。魔道師がお前、ちとハラが減ったからというて、立ち食いソバや、吉牛に駆け込むわけにはいかんだろ。そういうときに必要なのさ」
「ふーん。まあいいわ。ねえガフンダルところで準備はもう終わったの?まだ準備があるなら、先に寝ていい?なんか今日疲れたからさ」真紅は、生あくびをかみ殺しながらいった。毛布を掴んで、その場にごろっと横になる。
「わかった。では明日朝いちにこの洞窟を出立し、港へ向かう。港の市で必要なものを買い出しし、船をチャーターする。我輩の知り合いにキャプテン・ハックというのがおるから、そやつに頼むつもりだ。というか、もう既に、伝書鳩にて連絡はしておるがな。取り立てて急ぎの用事がなければ、港で待っていてくれるだろうて」
「ちょ、ちょっと待ってくれる?船には乗らないんでしょ?ここから北上して、地下大洞窟へ行くんでしょ。もう忘れちゃったの?もしかしてボケてんの?」
「ボケてはおらぬよ。この港町マリーデルは、ノルゴー大陸の南端に位置するのだ。ここより船にてしばし南下すれば、極地に近くなり、流氷などもチラホラ見えてくるぞ。氷に閉ざされた島々もいくつかあって、その中のひとつ。イーレン島に、氷の魔女ゲルダというのが住み着いておる。ま、ワシの元妻なのだが。こやつから、『氷の水晶』というのを借り受けようと思うてな。だから、大洞窟に行く前にちょっと寄っておきたいのじゃ」
「聞いてないヨォー、そんなハナシ!」
「そりゃそうだろ。まだ言ってないもん。よいか、火の山の大賢者ルートッシの居住地は、地下溶岩流に囲まれておって、まず普通の人間だと近くによることもかなわん。何故ルートッシがそのような暑苦しいところに住んでおるかはわかるであろう。もし交通の便がよいところに、そのような伝説の大賢者が居住していてごらん。連日ツアー観光客で、おすなおすなの大騒ぎとなるぞ。そのために、まあ普通の人間なら好き好んで来ぬだろうというところに居を定めておるわけだ」
「ははーん。わかったわ。その溶岩流をガフンダルの別れた奥さんが持っている『氷砂糖』の力で凍らせて道を作るわけね」
「『氷砂糖』じゃなくて、『氷の水晶』!わし一人であれば、そのようなもの必要ないのだ。ワシの『溶岩渡りの術』を使えばな。だがルビイ、お前がおるからそういうわけにもいかん」
「どんな技なの。その『溶岩渡りの術』って。ガフンダルにできて、ワタシにできないなんて、ちょっと悔しいわ」
「ふふふ。聞いて驚くなよ。まず溶岩流に片足を一歩踏み出すじゃろう。そのままその足を放置すれば当然熱いわけじゃが、脳に熱さが伝達される前に、前方へと跳躍し、別の足で着地するのじゃ。そして、その足に熱さが伝達する前に再度前方へ跳躍する。これを繰り返せば、熱さを感じることなしに溶岩流を渡れるというわけなのじゃ。どうじゃな?お前にそれができるか?」
「やっぱ氷の水晶貰いにいこ。じゃ、もうワタシ寝るから。おやすみなさいガフンダル」真紅は、心底疲れた様子でそういうと、毛布を手繰りよせて、ガフンダルに背を向けるやいなや、すぐに寝息を立てだした。
後には、溶岩渡りの術のジョークに突っ込んで欲しかったのに、それが叶わなかったガフンダルが、一人ポツンと、寂しく残されたのであった。
最終更新:2008年11月30日 21:48