ガフンダルと真紅は、眠っているパイソンの横に腰掛け、今回の襲撃事件について話し合っていた。
「さて、パイソンを襲った連中は一体何者であったのだろうか?さすがのワシにも皆目見当がつかぬ」ガフンダルは、あごの無精ひげをさすりさすりそう言った。
「・・・」真紅は黙ってパイソンの寝顔を眺めている。
「いよいよ本格的に行動を開始した我々に対し、出鼻をくじいてやろうという意図でもって、ゴメラドワルの手下どもが襲ってきたと考えるのがまあ、順当なところなのだが・・・」
「じゃあどうして直接ワタシを襲わないわけ?卑怯だわこんなの。ワタシだったらいつだって受けて立ってやるのに!今度会ったら許さないからね、あいつら」真紅はもう、心の底から腹を立てているようである。
「そうなのじゃよ。そこがちと腑に落ちぬところでな。わざわざルビイよ、お前さんと別行動したときを見計らってパイソンを襲っておるのだからのう」
「パイソンが目を覚ましたら聞いてみれば。あいつらの顔もはっきり見てるはずだし、心当たりがあるかもしれないわ」真紅は、なんとなく面倒くさそうにそう言った。「誰がどんな目的でパイソンを襲ったかなんて関係ないわよ。とにかく今度会ったら、足腰立たなくなるほどボコボコにしてやるだけ!」そう言って、真紅がホリハレコンの短剣の柄を掴むと、短剣がいきなり強い光を放ちだした。真紅の剣幕に恐れをなして、ガフンダルは、思わす椅子ごと、つつっと距離を取る。
「コホン。ではワシは、ちょっと町へ出て、パイソンの武器でも調達してくるかのう。パイソンは丸腰だからな。いくら格闘技の心得があるといえど、今回のように武器を持つ連中には分が悪かろうから。では、しばしパイソンを頼むぞルビイ。何かあったらチョントゥー殿を呼びなさい」そう言って、ガフンダルは立ち上がった。
「はいはい、わかりましたぁ」
「はいは一回でいいんだ」などとボソボソ呟きながら、そそくさと表へ出て行くガフンダルに一瞥をくれて、真紅はまたパイソンに向き直る。「ねえパイソン。ぜったいこの仕返しはしてあげるからね」そう呟いて、そーっとパイソンの手を握る。するとパイソンの体がぴくっと震えた。どうやら眼を覚ましつつあるようだ。
― なんか、ワタシが手を握ろうとすると眼を覚ましちゃうんだわこの人。タイミング悪いわね。こんなに背が高くて男前でかっこいいのに、道理で彼女がいないワケよ。うん ― 変なところで変な納得をする真紅。
「パイソン。起きたの」見ればわかるのだが、ほかに喋ることが見つからなくて、真紅はつまらない問いかけをしてみた。
パイソンは真紅が横にいるのを見ると、お前は200ワットの電球か?と突っ込みを入れたくなるほど明るい笑顔になったが、表情とは裏腹のくぐもった声で「ああ」と答えた。その後、1ノルゴルン(2分)ほど沈黙が続く。耐え切れなくなった真紅が「もう痛みはなくなったの?」と聞くと、パイソンはただ「ああ」とだけ答える。そしてその後また、3ノルゴルン近く沈黙が続く。
― やっぱ、カレにするには最低だわこの人。でも、ダンナにすれば、ぎゃあぎゃあ煩くなくていいかも ―
真紅の中では、既にパイソンのことに関しては、あばたもえくぼ状態になっている様子である。特に話すこともない二人は、しばらくお互いにみつめ合っていた。
― パイソンって、吸い込まれそうなくらい青くてきれいな眼をしてるのね。でもなんかちょっと悲しそう ―
「あのう。もしもし。すみません。あのう」
真紅の背後から、か細い声が聞こえてくる。「なによぉ!今、とりこみちゅうなんだからね!」真紅は後ろを振り向きざま怒鳴りつけた。
「きゃあ」
見ると小柄な看護師が、子ウサギのように震えながら立ち尽くしている。
「あ!ごめんなさい。ワタシつい・・・」
「いいええ。いいんですぅ。あのぉー。私、チョントゥー先生から言われたんですぅ。パイソンさんのガーゼと包帯を取り替えてきなさいって」小柄な看護師は、眼に涙を溜めて今にも泣き出しそうであったが、気丈にも、何とか用件を話し終えた。
「そうなの。じゃあお願いします」
看護師は、真紅より頭ひとつ半ほど小さかった。まだ小学生ぐらいのようである。真紅の世界では、ランドセルを背負って、その辺を走り回っていてもおかしくないほどだ。頬も真っ赤だ。話し方も、コーヒーに角砂糖を5個ほどぶち込んで、さらにガムシロップをかけたように甘ったるく、かつたどたどしい。
― やれやれ。こんな小さな子供に、看護師なんてつとまるのかなあ。―
小柄な看護師が、パイソンの方へすたすたと歩み寄っていく。それを見たパイソンは、自分の力でベッドから起き上がろうとした。
「あ。大丈夫ですぅ」そう言って看護師は、右手をパイソンの背中の下、左手を両足の関節の下へ潜り込ませる。
「ハイ!」看護師が掛け声をかけると、あら不思議、手品のようにパイソンの体が起き上がる。
― わ。パラマウントベッドみたいだわこの子 ―
「ハイ、ハイ、ハイ、ハーイ」後は眼にも留まらぬ速さで、見る見るガーゼと包帯が取り替えられていく。『少林なんとか』の映画を見ているようだ。
「や、やるわねアナタ・・・」真紅は、思わず賞賛の言葉を口にしてしまう。
「私、ドジで間抜けだから、他のことうまくできないんですけどぉ、ホータイの取替えだけはいつも褒められるんですぅ」真紅に褒められたのがよほど嬉しかったのか、真っ赤な頬をさらに上気させて看護師がそう言った。
「あのー。私、ヒマワリっていいます」
― べ、別に名前は聞いてないんだけどナ・・・ ―
「かわいい名前ね。ヒマワリちゃん、どうもありがとう。ほら、パイソンもお礼いいなさいよ」真紅にそういわれて、パイソンがぺこりと頭を下げた。
「ねえヒマワリちゃん。アナタいくつなの?そんな小さいときから看護師の仕事なんて大変ね。学校は?行かなくていいの?」
真紅からそうたずねられたヒマワリは、にっこりと微笑んで「私、もう15歳ですからぁ、学校は卒業したんですよぉ。ここでは、女の子は15歳になったら、家のお手伝いをするかぁ、私みたいに外で働くかぁ、それとも、それとも、およめさんになるんですぅ。きゃぁー、きゃぁー」と答える。
― げ。じゅ、じゅうごさぁい?ワタシより年上じゃん? ―
「そ、そうなんですかぁ。ヒマワリさん」真紅は、こっそり『ちゃん』から『さん』に敬称を切り替えた。
「ルビイさんって、ビャーネ神に選ばれて、今、ゴメラドワルを倒す旅の最中なんでしょぉ?かぁっこいいー。ねえ、私ファンになっていいですかぁー?公式サイト立ちあげますぅ」
― な、なんでこの人がそんなこと知ってるわけ?さてはガフンダルね!なんでもかんでも喋りゃあいいってもんじゃないのよ。まったく ―
いきなり、ヴャーネ神やゴメラドワルの名前を出されて、一瞬どぎまぎした真紅であったが、そこは平静を装ってヒマワリにたずねてみる。
「ねえヒマワリさん。誰から聞いたの?その話」
「あそこの不思議なハコさんですぅ」そう言って元気よくヒマワリが指差した先には、テーブルにちょこんと乗ったVAIOがあった。
「長七郎!こら不気味なハコ!あんたなにベラベラしゃべってんのよ?!」
「うるせぇや!そこのひめえりちゃんのような民間人に、おめえのその、どっからみても男みてぇな活躍を話して聞かせて、ファンの裾野を広げるのも、吟遊パソコンの立派な仕事なんでぇ!」
― な!? ― いきなり頭に血が上ってしまった真紅であったが、長七郎の言うことは、論理的に筋が通っている。ような気もする。
― むむむむ。どうすればいいのこの怒り? ― 真紅が次の言葉を捜していると、いきなり部屋の奥から女性の怒声が聞こえてきた。
「あんたたちそこでなにやってんの?!」
声の主はチョントゥー医師であった。両の腰に手を当てて、仁王立ちしている。眼には恐ろしいほどの怒気をたたえていた。
― あれぇ?なんかワタシたち、チョントゥー先生に怒られるようなことしたっけ? ―
そう考えながら、真紅は、恐る恐るチョントゥーの様子を伺ってみる。すると、どうやら彼女の視線は、真紅たちに向いているのではなく、その先の入り口に向いているのであった。
真紅が入り口のほうへ眼をやると、そこには、二人の下品そうな男達が、これまたヘラヘラと下品な笑いを浮かべながら立っていた。
最終更新:2008年12月24日 15:36