「18歳だってぇー!?そ、そりゃあいくらなんでもサバよみすぎじゃねえのか?」キャプテン・ハックが、天を仰ぎながら、オーバーなアクション付きで叫ぶ。
「わ、ワタシに文句を言わないでくれる?」口先を尖らせて抗議する真紅。
「うーむ。百五演算のアルゴリズムの正しさは保証できるし、ゲルダも本当のことを言っているとしたら、18歳で間違いないはずだ。そうだ。こうは考えられないかね。彼女は氷の魔女だろう。であるから、長い間冬眠、というか仮死状態になっていたのだ。だから、生きて活動していた年月を合計すると18年くらいになるのでは?」健一郎が、すこし無理のある理論を主張する。
「しかし、年齢っていうのは、おぎゃあと生まれた年から何年間経過してるかで決まるわけだろ。個人の事情は考慮されねえと思うけどな」と、キャプテン・ハック。
「あ。もしかして、この世界にもうるう年みたいなのがあって、たまたまゲルダはそのおまけの日に生まれたのかもしれないぞ。 2月29日みたいな」健一郎はなおも無茶な論理で抵抗を試みる。
「もういいわよ。もし18歳が間違いだとしたって、どっちみちゲルダの年齢はわからないんだから、なんだっていっしょよ。もう18歳でいくから」真紅は、なんとなく面倒くさくなったのかそう断言して、ゲルダの前につかつかと歩み寄った。そして、まず右手で天を指差し、ゆっくりと腕を前に下ろしながら、ゲルダに向けてびしっと静止させた。この動作はガフンダルゆずりである。
「ゲルダ!アンタの年齢は、年齢は、えーとえーと。
じゅうはっさいよ!
」
真紅はもうゲルダを正視できなくなって、顔を横に向けて眼を閉じてしまっている。そして、ゲルダ自身も大きな口を開けて一瞬固まってしまう。
「わ、わらわが18さぁーい!?わらわはガフンダルの妻ぞ。それが18歳か?本気で申しておるのか、こなた?」
「本気よ。アンタはどっからどう見たって、18歳にしか見えやしないわ!」
「ファイナルアンサー?」
「ふぁいなるあんさぁぁぁぁぁー!」真紅はもうやけくそになって叫ぶ。
ゲルダは、ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、間を持たしている。
― 早くしろっつうのー。みのもんたか?お前はみのもんたか!え?! ―
「んー、ざぁんねえーん!」
― あーあ。やっぱし!大体、ガフンダルのじいちゃんの奥さんが18歳なわけないっつーの。ひーひーひーひーひー孫ぐらいじゃない?18歳って。これで私たちの冒険はおしまいね。はゃぁ!終わるのはゃぁ!つい今朝方出発したばっかりだってのにさあ ―
「じゃあ、じゃあ、アンタのほんとの歳はいくつなのよ!?」
「わらわの年齢は228歳じゃ」
「そうか!道理で。んなるほどぉ♪何しろ百五減算は、104歳までしか適用できないのだ。そうか。道理で」
健一郎のVAIOは、 NumLock、CapsLock、ScrollLockの各ランプに加えて、ハードディスクアクセスランプまで派手に点滅させながらそう叫んだ。
「なんですってぃ!?104歳まで!?ねえパパ、それどゆこと?なんでそんな中途半端なアルゴリズム採用するのよ?」
「だってまべ・・・じゃなくてルビイ、江戸時代に百歳を超えて生きる人間などおらんし。そんなに生きたら仙界の人だよ。人魚の肉を喰らったりしなきゃ、そんなに長生きできないよ・・・」おろおろと、かぼそい音声で健一郎が答える。
「ちょっと気を利かせて、ファンタジー世界に適合するようにカスタマイズできなかったの!?この、この、役立たず!」
真紅は、VAIOをむんずと引っつかんで、大きく振りかぶった。壁か柱にVAIOを投げつける腹積もりである。
「きゃぁー。ぶん投げないで!落ち着くんだルビイ」健一郎の声は完全に裏返っている。
「をーっほほほほほほほほ♪待ちや小娘。気に入った!そのこたえ、わらわはおおいに気に入ったぞよ。褒美として、そなたに氷の水晶を貸与して進ぜようぞ」
「へ?」真紅は、VAIOをぶん投げようとする姿勢のまま固まって、眼をぱちくりさせながらゲルダを見る。
「さようか。どっからどう見ても18歳にしか見えぬか。フンフンフーン♪」
ゲルダは、氷製の手鏡を取り出し、自分の顔を映して悦に入っている。鼻歌なども唄いだす始末だ。「ほれ、小娘。氷の水晶だ。受け取るがよい」ゲルダがそう言うと、真紅の真上あたりに突然きらきらと光る石のようなものが出現し、ゆっくりと降りてきた。真紅はVAIOを掴んでいた手を離し、両手でそっとその光る石を包み込む。
「うわー。きれい。吸い込まれそうな輝きね」
「ほぉー。その水晶を素手で掴めるのか?普通の人間がその水晶を触ろうものなら一発で凍傷、分厚い手袋をいくえにはこうとも、シモヤケになるというに。やはり只者ではないようじゃのう小娘。その水晶があれば、ルートッシが居住地への道をさえぎる溶岩流など、ひとたまりもなく凍りつくぞ。よいか小娘、その水晶の使い方はな、凍らせたい対象に向かってその水晶をかざし、『ダヤノイツアァー』と唱えるのじゃ」
「ダヤノイツァー、アツイ、アツイノヤダ!なにそれ。賢者ルートッシ・モデンナにしても、その呪文にしても、ネーミングセンス悪いわね、この世界」
事の成り行きを見ていたガフンダルが、つつとゲルダに歩み寄り、口を開いた。
「ゲルダよ。かたじけない。この通り礼を言うぞ」ガフンダルは深々とお辞儀をする。
「なにしにさような水臭いことを。愛しの君の頼みごとをわらわが断るとでも思うたかえ。はなから貸し与える所存であったとも。クイズを出題したのは、ちとその生意気な小娘をからこうてやらんと企てたることゆえ」
「重ね重ね礼を言う。さてゲルダよ。われらはもう発たねばならん」
「なんと。一晩ぐらいゆっくりしていかれぬのか?」またしても洞窟内の気温が10度ほど下がる。
「先ほども話したように、我々には時間がないのじゃ。今すぐここを発てば夜半にはマリーデルに戻れるじゃろう。ワシの住処でしばし休息し、明日早朝には火の山へ向けて出立せねばならん」
「さようか。仕方ない。だがガフンダル。先ほどの約束、ゆめゆめ違うてはならんぞ。事が成就すれば、わらわの元へ戻るという約束じゃ。もし違うてみよ。ビャーネ神が許しても、わらわが許さぬ。氷漬けにして、髑髏環礁の暗く冷たい水底に沈めてみしょうほどに」
「わかっておる」
「ではささと行きやれ。見送りはせぬぞ。未練が残るゆえ」ゲルダはそう言い放って、くるっときびすを返し、洞窟の奥へとゆっくり歩き出した。毅然とした後姿であったが、肩が小刻みに震えている。おそらく泣いているのであろうか。しばらくすると、氷の粒がバラバラバラバラと、際限なく転げ落ちてきた。
「が、がぉぉぉぉーう。がががががぁーおう」
なにやら、静寂をつんざくように怪獣のような鳴き声がした。
「だ、誰?」
「がぉぉぉーう」
泣き声はVAIOから聞こえてくるようだ。「だって、気の毒じゃねえか。ゲルダのねえさんはよう。せっかく旦那と再会できたてぇのに、すぐさまお別れなんてさぁ。オイラ、涙もれえタチなんだ。んがぉぉぉーう」
「あれ?もしかして長七郎なの?パパは?」どうやら怪獣の鳴き声と思われたのは、長七郎の泣き声だったようだ。
「おめえさんの親父?こういう悲しいシーンは病気に障るからといって引っ込んじまったぜ。けど、ルビイがピンチに陥ったら、また出てくるってよ。がぉぉぉぉーう」
「いつまで泣いてんのよ。ねえ長七郎。パパにメール頼んでいい?」
「なんだ?」
「もう出てこなくていい。あんまし役にたたないんだもん。これからは、私たちでなんとかするからって」
「は?はあ」
ゲルダの洞窟を早々に辞したズッコケ三人組プラス多重人格パソコン一行の姿は、既にハッキング丸の船上にあった。
次元の渦に突入するまでの自動運行時間ということで、デッキでは、真紅がキャプテンハックにナイフ投げを指南してもらっている。かわいそうな長七郎は、木製の椅子の背もたれに縛り付けられ、上にリンゴを乗せられたりしている。ナイフ投げの的にされているようだ。長七郎に当てることなく、リンゴにナイフを貫通させる訓練なのかもしれない。よしんば長七郎にナイフが当たっても、硬いから大事には至らないであろうという計算がみてとれる。
その傍らでは、ガフンダルがデッキの手すりによりかかり、イーレン島の方を眺めつつ、深いため息をついていた。そのガフンダルの様子を見て、真紅とキャプテン・ハックは稽古をやめ、傍に寄ってきた。
「よぉガフンダル!やっぱかあちゃんが恋しいのかよ。あんたも人の子だってことだな」キャプテン・ハックが、勤めて陽気にガフンダルに話しかける。
「ワシはあれが不憫でのう」ガフンダルがしみじみと呟く。
「不憫?不憫ってなんだよ?この大仕事が片付きゃあ、アンタ彼女の元へ帰ってやるんだろ。このこのぉ」
「それよ。ワシが不憫と言うたのは。あれとワシが知りおうた頃は、お互い将来を嘱望された、売り出し中の魔道師であり魔女でのう。ワシは魔道師連合の会頭、白色のガフンダルとなることが確実視されておったし、あれもまた、魔女組合の議長となるであろうといわれておったのじゃ」
ガフンダルは、キャプテン・ハックと真紅の方へ顔を向けることもなく、イーレン島の方角を眺めながら、独り言のように話し出した。キャプテン・ハックも真紅も、何も言わず、神妙に話を聞いている。
「あれは、力を求めすぎたのじゃ。強大な力を求めるがゆえ、魔の力と結託したのじゃよ。愚かなことじゃ。『氷の魔王・チベタアイン』とな。ワシはゲルダを止めることができなかった」ガフンダルは、デッキの手すりをがんがんと叩く。
「チベタアインと盟約を結んで、魔女組合を支配下に置こうとしたゲルダ、及び彼女率いる魔の眷属対魔女達との壮絶な戦いに魔道師連合も参戦し、未曾有の魔法大戦争が繰り広げられたのじゃ。ワシはといえば、ゲルダと通じているという嫌疑をかけられ、そのとき既に拝命していた『銀色の魔道師』の位階を剥奪され、敵か味方かわからぬ玉虫色の魔道師として、魔道連合から永久追放となったのじゃ。さしものゲルダも魔道師と魔女の大連合軍に屈し、ああして絶海の孤島に封印されたというわけじゃ。もうあれから二百年の歳月が流れたのじゃなあ」
ガフンダルは、突然真紅たちの方へ振り返り、さらに話を続けた。
「これはワシの推測なのじゃが、暗黒のオーブを破壊すれば、ゴメラドワル以下、魔の者どもは滅び去る可能性が高い。なぜならきゃつらは暗黒のオーブに蓄積された力をエネルギー源としておるからじゃ。エネルギーの供給がなければ動かぬのは物の道理というものだ。燃える化石が尽きれば、このハッキング丸が動かぬようにのう」
「で、魔王たちが滅ぶのと、ゲルダとなんの関係があるの?」なんとなく想像はつくのだが、真紅はとりあえず、おそるおそるたずねてみる。
「お前さんたち、あれの姿を見たかね。自然ではありえぬ姿であろう?あれは別に毎日エステに通っているわけでもなく、全身二百箇所を整形しているわけでもなく、ましてや冷凍されているから鮮度が保たれているわけでもない。チベタアインの魔力によってあのように若さを保っておるのじゃ。ワシとゲルダが袂を別ったときと全然変わらぬ姿じゃぞ。もし暗黒のオーブが破壊されてチベタアインが滅んでみろ。どうなると思う?」
「・・・・・」真紅とキャプテン・ハックとが、同時にゴクリと唾を飲み込む。
「今までの歳月が一気にあれの体を襲うだろうな。おそらくこの世に肉体をとどめておくことは叶わぬじゃろうて」
「それって、ゲルダ死んじゃうってことぉ?」
「あれも聡明な女じゃから、氷の水晶をお前に貸せば、もしかするとそのような結末に至るかもしれぬことは承知の上だろう。それでもあれは諾と従ってくれた。それが不憫でな」
ガフンダルは思わず目頭を押さえる。
「おっと。これは不覚。涙など遠の昔に枯れ果てたと思うておったが・・・」
「いやだそんなの」みるみる真紅の眼から大粒の涙が零れ落ちる。
「泣かないでやってくれるかルビイよ。よいか。人間の魂は、本来もっと自由なものでな。時間も空間も超越して飛翔する力を持っておる。だがこの世に生を受けるということは、一時期その魂が肉体の牢獄に閉じ込められるということなのだ。肉体はいつか滅ぶという事実がなければ、苦しくてやっておられんぞ。ゲルダの魂も、そろそろあの不老不死の肉体から解放してやらねばならんとワシは思うのじゃ。あれもおそらく、それを望んでおるのじゃろう」
「そうだ」真紅は急に明るい表情になる。
「まだ決まったわけじゃないでしょ。ゲルダが死んじゃうって。だって、ガフンダル。アナタだって、ゲルダよりももっと年寄りなんでしょ?でも生きてるじゃん。なんか方法があるはずよ。それを捜すのよ!ね、ね、ね。ねーってば」
「ルビイ。お前はよい子じゃな・・・」
「いい場面なんだけどよ。ちょっと待ってくれねえか」先ほどから、ガフンダルの話を上の空で聞きながら、ある方角を凝視していたキャプテン・ハックが、懐から望遠鏡を取り出して、その方角へ向け覗き込む。
「あの旗印。うーむ。やっぱり」
「どうしたのじゃ?」
「まずいことになったぜ。キャプテン・クラック一味と鉢合わせしちまった」
キャプテン・ハックは、デッキの手すりに一発、げーんと蹴りをくれながらそう吐き捨てた。
最終更新:2008年12月05日 13:35