きっちり1ノルゴル(2分)の間固まってしまった、真紅、ガフンダル、そしてキャプテン・ハック三人の呪縛をといたのは、さすがは亀の甲より年の功であるガフンダル、ではなく、真紅のバッグに入って、今まで静かに成り行きを見守っていた、吟遊パソコン長七郎であったのだ。

彼は真紅の鞄の中からミサイルのように飛び出してきて、ガフンダルの頭の上にちょこんと着地、ではなく着頭した。

「あちちちちー。こうりゃ!なんという熱いボディをしておるのだ?長七郎殿よ。早うそこをどかぬか。ワシの頭の皮がズルムケになってしまうではないか!」

「へん。ノートパソコンは発熱するモンなんでぃ。なあ、ガフンダルさんよぉ。あんた痩せても枯れても大魔道師なんだろ。情けねえ声出してんじゃねえや。チキショーめ」

「いくら大魔道師でも、熱いモンは熱いのじゃ!」

「大体、なぁにトリオ漫才やってんだよ。おめえたちはよぉ。ほんと黙って聞いてりゃ、話が全然前に進んでねじゃねえか。やっぱ、最後はおいらが出馬しないと駄目ってことなんだよなあ」

キャプテン・ハックは、ぽかんと開いた口をさらに大きく開いて、ついでに眼もまんまるにし、ガフンダルの玉虫色コートの袖をクイクイ引っ張りながら、頭に乗っかっている長七郎をつんつんと指差す。

「おえはあんあ?」どうやら「これはなんだ?」と聞きたいらしい。

「おう。偉大なる七つの海の王、キャプテン・ハックよ。紹介しておこう。彼こそ我が旅の仲間、吟遊パソコンの松平長七郎殿だ。以後見知りおかれよ」

「こら!ガフンダルさんよ。勝手に苗字をつけねえでくれ?オイラ、『まつでえら』なんて苗字じゃねえよ」

キャプテン・ハックはやっと開いた口を閉じて、「ガフンダル。なんか、ちっちゃい、ただの箱みてえじゃねえか?なんでこんなもんが喋るんだ?」とガフンダルに疑問をぶつける。

「お前さんが驚くのも無理はない。長七郎殿は、もともとこのルビイが住んでいた世界のものでな。かの世界では、ノルゴリズムより数段科学技術が進歩しておって、このように、人間の代わりに考えてくれる便利な機械があるのじゃ。まあ、かの世界においても、さすがにここまで人間臭く、自分の意思で喋りはしないが、ノルゴリズムの世界に来て、ある種の次元的振動が加わり、長七郎殿をしてこのように変貌させたとワシは睨んでおるのじゃ」

「俺の紹介なんてどうだっていいんだよ。そもそも、このキャプテン・ハックさんとやらには、ここから、氷の魔女ゲルダが住んでいるイーレン島までの往復をお願いするだけであって、最後まで付き合ってもらう予定はねえんだろ?じゃあ、誰が光と暗黒のオーブを勝ち割ろうが、この人にゃあ関係ねえじゃねえか。そしたら、一刻も早く船を出してもらうのが正解だろ?それがビジネスってもんだよ」

ガフンダルとキャプテン・ハックの会話が始まってから、口出しできずに黙っていた真紅は、ここぞとばかりに叫びだす。

「いくら手伝ってもらうのが少しの間だからって、キャプテン・ハックにだって、アタシ達がなにをしようとしているのかを知る権利が・・・けん」

と、喋りかけたが、またしてもキャプテン・ハックが手で真紅を制した。いきなり黙り込む真紅。真紅はどうもキャプテン・ハックにだけには弱いようである。今のところは。

「わかったよ。確かにこの箱野郎の言うとおりだ。俺は俺で忙しいから、あまり面倒なことには関わりたくねえ。そのためには、まあ物事を詳しく知らないままでいた方がいいだろうな」

「箱野郎言うな!箱野郎!」

「すまん。えーっと。なんだっけ?チョーヒチローさんか。よしわかった。じゃあ俺が、とにかく責任を持って、イーレン島まで連れて行ってやろう。ただな・・・」

「ただ、なんじゃ?報酬のことを聞きたいのか?」

「違うよ。おう、玉虫色のガフンダルさんよう。あんたいつからそんなに、物を知らなくなっちまったんだ?確か、『今日中にあの島まで行って、こっちに帰ってきたい』とかなんとか、ネゴト言ってたな?」

「おう言ったともさ。何か問題があるか?」

「大ありだよ。本気でここからイーレン島まで、日帰りでいけると思ってんのか?」

キャプテン・ハックは、もう全然お話にならないとでも言いたげに、お手上げのジェスチャーをした。だが、ガフンダルは依然済ました顔をしている。

「思っているさ。確かにいくらお前さんのハッキング丸が高速だといえども、普通に考えれば一日では無理じゃろうな。だから普通ではない方法を使うのじゃよ」

「普通じゃない方法って?ガフンダル、あんたまさか・・・」

「さよう。暗黒海域を通ってもらいたいのだ」キャプテン・ハックの顔色は、徐々に蒼白になっていくが、逆にガフンダルは、かすかに笑みさえ浮かべている。

「正気かよ?あの海域にゃあ、入ったっきり出てこれねえ奴がごまんといるんだ。自殺しに行くようなもんだぞ」

「しらばっくれてはならんぞ、キャプテン・ハック殿。あの海域には、『次元の渦』が巻いておるだろうが。ん?ん?『次元の渦』に巻き込まれた船は、”どう考えても、瞬時に空間を移動したとしか考えられぬ海域の次元の渦”に出現するというではないか?船乗り連中の間では有名であろう?だいぶと研究も進んでいるのではないか?どの進入角度から『次元の渦』に飛び込めば、どの海域の次元の渦にワープすることができるかをな。ま、多くの船が犠牲になってのことだろうが。確か、イーレン島付近に出る進入角度もあったと聞いておるぞ。お前さんほどの男が、それを知らぬはずはあるまいよ」

「わかったよ、ガフンダルのじいさん。ただし、風っていっても俺のハッキング丸にゃあ関係ねえが、潮の流れがきつかったりして、進入角度が微妙にずれりゃあ、永遠にこの世とおさらばってこともありえるんだぜ。それでもよけりゃあ行ってやるよ。勿論報酬はたんまりと弾んでもらうがな。何しろ、これは一世一代の大博打だぜ」と、キャプテン・ハックは苦笑いを浮かべながら言った。

「おう、金か?それとも宝石かね?好きなものを言うがいいさ。しかしな、一番の報酬は、このノルゴリズムの救世主であるヒロインを助けた勇者として、お前さんの名前が永遠に語り継がれることだぞ。キャプテン・ハックよ。セゾンカードの永久不滅ポイントのようにな。えーっと。長七郎殿。なんだっけ?ほら、この度のルビイの大冒険の記録の名前は?」

「『ルビイ・サーガ』だよ」

「そうそう、その『ルビイ・サーガ』にキャプテン・ハックの名前が刻まれるのだ」

「『ルビイ・サーガ外伝・長七郎天下御免』にゃ、絶対載せてやらねえ」

「なんだそりゃ?まあいい。なにを貰うかは後で考えとくよ。では船に乗りな。無謀なる船出と洒落込もうぜ。なあ、お嬢さん」キャプテン・ハックが、真紅の方へ向いて軽くウインクする。

真紅は、たちまち顔をまっかっかにし、しどろもどろになる。

「えと。は、はい」

「なんなんだよぉ!一体全体よぉ。やりとりが大仰かつ大時代的過ぎるんだよまったく。『急ぐので次元の渦を使って時間を短縮してください』『はいわかりました』の二行で済む話を、なにダラダラやってんだか。だからファンタジー物語は嫌えなんだよ!」

長七郎は、 NumLockとCapsLock、ScrollLockランプを忙しく点滅させながら、ガフンダルの頭の上でぴょんぴょん跳ねながら毒づく。

真紅は、そんな長七郎を完璧に無視して、「ねえ。キャプテン・ハックさん」

「そんな、他人行儀な呼び方はやめてくれよ。ハックでいいよ、ハックで」

真紅は、さらに顔を上気させ「じゃあ、ハック。お願いがあるんだけど、私にナイフ投げ教えてくない?」と、おねだりしだす。

「ああいいとも。次元の渦に飛び込む時以外なら、船を流してるだけだから暇だ。いつでも教えてやるぜ」

「うれしー」真紅は、彼女に可能な限りの媚態を込めて、一気にキャプテン・ハックの腕に、自分の腕を絡ませる。

「へん!へん!へん!へーん!デレデレしやがってよぉ!見ちゃいられねえよまったく。見損なったぜルビイ。あんなキザなインチキ野郎にいかれちまってさあ」長七郎は、さらにヒートアップして、ガフンダルの頭の上で跳ね回りながらそう叫んだ。

「これ長七郎殿。いい加減、ワシの頭の上からどいてくれんかのう。熱いし痛いし。なにやら先ほどから焦げくさい臭いもしてきおったでな。ときに、長七郎殿。おぬしゃあ、もしかして妬いておるのか?あのキャプテン・ハックに?ん?ん?ん?」

「ぶわ、ぶわっけやろー。そんなワケねえじゃねえか!こいつぁーお笑いだぜ。は。はははは」

ああ、このようにノンキなパーティで、果たして見事邪悪な魔王ゴメラドワルを打倒し、アルゴリズムに平和をもたらすことができるのだろうかと不安に駆られるのは、ひとり、語り手である作者だけなのであろうか。

旅立ち(4)へ続く
最終更新:2008年12月03日 16:44