ポセイディーン神社の酉の市に出かけた真紅たち一行、真紅と長七郎、パイソン、ガフンダル、ヒマワリであるが、さぞかし皆楽しく和気あいあいと露店などを冷やかしていると思いきや、真紅がいきなり、露店商の親父を相手に、一触即発の状態となっていた。
パイソンに後ろから抱きとめられていなければ、今にも飛び掛っていきそうな剣幕である。どうやら真紅は、行く先々で騒動を巻き起こす星の元に生まれているようだ。さすがはビャーネ神に見込まれただけのことはある。
経緯はこうだ。その親父の店は、あるゲームをして、客が勝てば並んでいる骨董品のような商品を貰えるが、負ければプレイ代金を巻き上げられるものだった。真紅の眼にはどれもガラクタのようであったが、親父の口上を聞く限りは、どれもちょっとやそっとでは手に入らないレアものらしい。
ゲームの内容は、3つの皿に数個ずつおかれた木の実を順番に取っていって、最後の1個を取った方が勝ちになるというものである。
客の中には、全く勝つことができず、頭に血が上って、20ペノほども巻き上げられている料理人風の男もいた。ガフンダルの説明によると、労働者の1日の平均賃金が3ペノ程度らしい。従って、その料理人風の男は、都合1週間ほどの収入をスッてしまったことになる。一緒にいた女性、多分奥さんだろうが、に、頭をペンペンと叩かれながら、ずるずると引きずられて近くにある店の中に消えていった。
さて、その客の中に8歳ぐらいの少女がいて、どうしても、賞品の小さい男の子の人形が欲しいようだった。
他の客がボソボソと喋っている内容を総合すると、少女の名前は、ナデシコ。2年ほど前に死んだ弟がおり、賞品の人形が彼とそっくりであるらしい。
ゲームは1回5ペノン(1ペノンは1ペノの10分の1)であったが、少女にとっては大金だ。その様子をみて、露店の親父は、その少女が肩に乗せているネズミのような小動物を賭けるならゲームをさせてやると提案したのである。
そのネズミは、少女にとって大事なペットであるようで、彼女は長い時間逡巡していたが、意を決してゲームをやりたいと宣言したのだ。よほどその弟の面影がある人形が欲しかったのだろう。
だが、結果は少女の負けであった。当然である。こういったゲームは、必勝法を知らなければ絶対に勝つことができないのだ。
少女は、うずくまって『カピチュー、カピチュー』と泣きじゃくっている。どうやらネズミの名前はカピチューというらしい。隣では、ヒマワリが『あのこ、かわいそですぅー』などといいながら一緒になって泣きだした。そのような状況の中で、我らが真紅が黙っていられるはずもないのである。
「だからぁ、私が替わりにお金を払うから、そのネズミを返してあげなっつーの!このクソオヤジ!」真紅が吼える。
「そうはいかねえんだよ嬢ちゃん。申し訳ないんだがこのネズ公はよぉ、デラスカパリスカ穴ネズミっていってよぉ。めちゃくちゃ貴重な種類なんだよ。持ってくとこに持っていきゃあお前、もしかすると家1軒建つほどの金になるかもしれねえんだ。悪いが返せねえな」露店の親父が平然とした顔でそういう。
「最初からそれが目的で、この子に、ネズミを賭けるなら遊ばせてあげるって言ったんでしょ!?このインチキ野郎!どうせそんな人形1ペノもしないくせに!こいつ、もう許せないわ。ちょっと、パイソン!離してよ!離してったら!」真紅はさらにヒートアップする。
「気の強い嬢ちゃん。大体博打なんてもんは、みなインチキ臭くていかがわしくて、不条理なもんなんだよ。嬢ちゃんはまだ若いからそこらへんのことがわかってねえんだなぁ」さすがは修羅場を幾度も踏んできた海千山千の露店商である。もしくは真紅の恐ろしさを知らないのか。とうとう説教を垂れだす始末である。
「お金を払うからネズ公を返してくれってのは聞けねえが、どうだい?嬢ちゃん。ゲームで取り返すってんなら話は別だよ。たった今このネズ公を賞品にするから、5ペノン払ってゲームに挑戦してみるかい?」
さすがの真紅も、例の石取りゲームで散々な目に遭って、こういったものは必勝法を知らないと絶対に勝てないことを学習済みであるから、うかうかと親父の口車に乗せられることはなかった。真紅は、そっとパイソンに耳打ちする。
「ねえパイソン、あなた、石取りゲームの必勝法知ってたでしょ?これはどうなの?」
パイソンは首を横に振って、ボソッと「すまない。このゲームの必勝法は知らないんだ」と言った。ガフンダルはと見れば、あらぬ方を向いて、ヒューヒューと口笛などを吹いている。
― まったく、200年以上生きてきて、こういったことにはからきしなんだからこの爺さん! -
最後の頼みとヒマワリを見てみたが、顔を真っ赤にして、うつむいてモジモジしているばかりであった。
― またしても大ピンチよ。殺し屋に襲われたって平気なのに、こういったことに関しては、一気に絶体絶命になるんだわ。私たちって。 -
「ルビイよ。ここは一番、父上のお力を拝借してみてはどうかなぁ」とうとうガフンダルが、禁断の一言を口にしてしまった。
「駄目だって!パパの力を借りたって、どうせろくなことにはならないんだからさぁ!」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪」
VAIOが突然ふわっと宙に浮かび、真紅の台詞が全部終了しない間に、とうとう、『群青色の健一郎』が降臨してしまった。
「でたぁー。もうヤダぁー!」
かくして、ポセイディーン神社の境内に、真紅の悲痛な叫びが響き渡ったのである。
最終更新:2008年12月30日 23:21