「さて。それでは、光のオーブ、そして暗黒のオーブのありかを教えて進ぜよう」
大賢者ルートッシ・モデンナは、なりふり構わずメガマックにかぶりつく真紅を横目で見ながら話し始めた。さしものガフンダルも、若干緊張気味であった。
「まずは、暗黒のオーブのありかだが……」ルートッシが少し間をおく。
「既に、ゴメラドワルの手中にある。残念ながらのう」
「やはり、そうであったか……」ガフンダルがため息をつきながらそういった。「して、光のオーブのありかは?」
「西域のゴマクラカン砂漠……」
「ゴマクラカン砂漠?もしや、伝説の竜騎族!?」ガフンダルが驚愕する。
「さよう。ゴマクラカン砂漠内を常に移動し続け、常人には場所を見つけることすらかなわぬ伝説の竜の都。浮遊都市ドラゴナールに光のオーブはある!」
「なるほど。そこならゴメラドワルも簡単には手出しできまい。フッ。しかし逆に、こちらとしてもドラゴナールに光のオーブがあるとなると、ちと厳しいものがあるわい」ガフンダルは、顎に手をあて瞑目して考え込んでしまった。
「ねえパイソン。ゴマクラカン砂漠って遠いの?」さすがの真紅も、ルートッシとガフンダルの会話の中に入っていけず、しかたなくパイソンにたずねてみた。
「ここからだと、ゴマクラカン砂漠の東端まで、馬車で最低1週間はかかるんじゃないだろうか」パイソンはそう答えた。
「いっしゅうかぁーん!?月重紀まであと2週間ほどしかないのよ。そんなの間に合わないよ!」思わず口からメガマックのバンズの粉を吹き飛ばしながら真紅が叫んだ。
「ルビイのいうとおりです、ルートッシよ。我々にはあまり時間が残されておらんのです。何かよい手立てはないものか……」ガフンダルも焦燥の色を隠せない。
マクドナルドのおねえさんはにっこりと笑った。そういえば、いつまでマクドナルドのおねえさんに化けているのだろうか。案外気に入っているのかもしれない。
「そう悲観したものでもないぞ、ガフンダル。実は、竜の都では今、ちょっとした騒動が勃発しておってな。疲弊した王政を打倒するとかいう名目で、軍部の首班、ドラストロ将軍がクーデターを起こしたのだ。国王夫妻は捕えられたが、皇子と皇女はすんでのところで脱出したようだぞ」
「なんと。ドラストロといえば、高邁英傑な魂を持つ不世出の大将軍と聞いておりますぞ。然るになぜそのような変心を……」
「魔が差したのじゃよ」
「ゴメラドワルに魂を取り込まれた!」
「さすがに察しがよいのう、ガフンダルよ。であるから、皇子たちと共同してドラストロ将軍をゴメラドワルの制御から切り離すのじゃ。さすれば、光のオーブを手にすることが叶うであろうさ」
「なるほど。してその皇子たちは今どこに?」ガフンダルはやや興奮気味にルートッシにたずねた。
「ゲドナンに身を隠しておるよ」
その言葉を聞くなり、ガフンダルは、真紅とパイソンの方へ向き直った。
「よし、すぐさまバクーハンへと取って返し、馬車を調達してゲドナンへ向かうぞ!」突然話を振られた真紅とパイソンは、ただこくこくとうなずくのみであった。
「ねえパイソン。ゲドナンてどこにあるんだっけ?なんか一度聞いたことがあるような気もするんだけど」真紅はまたパイソンを突っついてたずねている。
「ゲドナンは、ノルゴー大陸の東海岸にある大商業都市だ。とにかくノルゴー大陸中から人間が集まって、人で溢れかえっているし、大都市だから、住民同士干渉しあうこともない。皇子達が隠れるのには好都合なんじゃないかな。そんなところへ、竜騎族が竜に乗って出現したら大騒ぎになってしまうから、辺鄙なところよりかえって安全なのかもしれないよ」
「ふーん。なるほどね」
「ガフンダルよ。ゴメラドワルの居場所は聞かなくともよいのか?まあ、おぬしの考えておる通りなのじゃが。ゴメラドワルとの戦いは、おぬしにとって辛いものになるかもしれぬが、まずはこの世界の平安を第一優先に考えるのだぞ」ルートッシがなにややら謎めいたことをガフンダルにいった。
「承知しております。ではルートッシ殿。我々は早々にここを辞することといたします。ルビイ、パイソン、ルートッシ殿にご挨拶せよ」
「どうもありがとうございました。大賢者ルートッシ」パイソンが深々と頭を下げながら挨拶する。
「ゴチソウさまでした。ルートッシさん。えーっと、その……」珍しく真紅が語尾を濁している。
「なんじゃな?なんでも申してみよ」
「えーっと。できればコーラが欲しいんですけど。ありますかぁ?のどが乾いちゃって…っと、なにすんのよ!?ガフンダル!」
ガフンダルは、こうもり傘の取っ手を真紅の襟首に引っ掛け、ずるずると引っ張っていた。「何がコーラだ愚か者!ルートッシよ、この世間知らずの馬鹿娘をどうかお許しくだされ」
「うわはははははは。よいよい。ではルビイよ。このノルゴリズムの未来はおぬしに託したぞ。これはワシからのはなむけじゃ」そういって、ルートッシは真紅に、コーラのLサイズを放り投げた。
ルートッシから貴重な情報を得て、バクーハンに真紅たち一行が戻ってきた頃には、太陽が西の空へ沈みかけていた。帰り道でも当然真紅の揺れに弱い体質が災いして大騒動になってしまったわけだが、そんなことをくどくどと書いてもしかたないので、割愛させていただく。
真紅たちは、先日宿泊した宿にまた部屋を取った。
真紅は、チョントゥー医師が勤めるバクーハン医療センターへの訪問を熱望したが、彼女に会えばまた別れが辛くなるからという理由で、ガフンダルから固く禁止されてしまった。拗ねて膨れ上がった真紅は、またぞろ部屋に閉じこもり、地面の揺れ酔いで体力を消耗したこともあって、早々に寝てしまったのであった。
残されたガフンダルとパイソンは、真紅のお守りを長七郎に託し、夜の町へと出かけた。当然目的は、馬車の調達である。
ガフンダルたちが滞在しているのは、バクーハンの中心部であるはずなのだが、非常に閑散としている。営業している飲食店もまばらだ。
「本当に寂しいところだな」パイソンが、あたりをキョロキョロと見回しながら嘆息した。
「バクーハン住民の8割は牧畜業だからな。夜遊びなどしている暇はないのじゃろうて。お、ちょっと待てよ」ガフンダルが目ざとく何かを見つけたようだ。
「あれを見てみよ。パイソン」ガフンダルが指差した先には、界隈では大きな部類に入るであろう旅館があった。そして、店先には何台か馬車が停車している。しかし、馬の姿がないところを見ると、別途厩舎に入れられていると思われた。
「あれはまさしく隊商じゃろう。ここで一夜の宿をとっておるのじゃ。もしゲドナン方面へ行く隊商であれば、いくらかお礼を渡して、便乗させてもらおうぞ」そういって、ガフンダルは宿の中へ足早に入っていった。パイソンも慌ててそれに続く。
「なるほど。それでは貴方は足がお悪くて、ここにいらっしゃる高名なチョントゥー先生の診察を受けるため、はるばるゲドナンからお見えになったと。それで帰りは、たまたまここに居合わせた我々の隊商に便乗したいと。まあこうおっしゃるわけですね」
「さようでございますのじゃ。ゲドナンがいくら大都市とはいえ、チョントゥー先生ほどの名医はおりませんからのう。先生がマリーデルからこちらへ移ってこられると風のうわさで聞きまして、是非にも診ていただこうと、こう思いましたのでございます。しかし、寄る年波には勝てませず、こうして孫夫婦に付き添いを頼んだほどでございましてなあ。いいえ、今ここにおるのはこのピアソンだけなのですが、妻のウビイは、ここの水が合わなかったのか、体調を崩しましてのう。既に旅館の部屋で休んでおりますのじゃ。いかがでございましょうかいのう、お礼はさせていただきますゆえ、なにとぞゲドナンまでご一緒させていただけませぬか?ああヨボヨボ」
隊商のリーダーは、名前をパスカルといい、40歳代半ばの褐色に日焼けした精悍な男であった。隊商がゲドナンへ向かう途中であると聞いて、ガフンダルは上記のごとく、部分的には真実が含まれてはいるものの、基本的には嘘八百を並べ立て便乗を願いでたのである。
「わかりました。人助けですから、お礼など必要ありませんよ。しかしこれだけは申し上げておきます。最近、バクーハンとゲドナンを結ぶ街道に盗賊団が出没するようになったのは、ご老体もご存知のことでありましょう。もし不運にも奴らと遭遇してしまった場合は、積荷と我々の命を守るので精一杯。とても皆さんをお助けすることはできませんよ。それでもよろしければ。まあ、こちらとしましても、男手が多いほうが何かと気丈夫ですから」パスカルはニコニコとしながら、パイソンを見ている。
「それはかたじけない。是非ご一緒させていただきましょうぞ。で、出立は?」
「翌朝3ノルゴ(午前6時)です」
「わかりました。それではよろしくお願い申し上げます。ああヨボヨボ」
交渉が成立して、ガフンダルとパイソンは、彼らが宿泊している旅館へと戻ってきた。
「ふーん。よくもまあとっさにあれだけの嘘八百を並べられるもんだ。笑いをこらえるのに大変だったよ。ピアソンにウビイか」
「さよう。なんとなく本名を出すのがためらわれてのう。明日一日、お前達はピアソンにウビイだ。ワシのことはおじいちゃんと呼べ」
「わかったよ」
「明日は早いぞ。パイソン、今夜はもう休もう」
「ああ」
そういって、2人は部屋の中へと入っていった。
最終更新:2009年03月11日 23:20