「さあみんな。ここじゃよ。大賢者ルートッシ・モデンナの隠れ家へと続く洞窟の入り口は」

ガフンダルは爽快な顔をしてそういったけれども、真紅とパイソンはへとへとに疲れた顔をしており、かつ全身擦り傷やうちみだらけの姿であった。

それというのも、真紅たち一行は、火の山の麓に広がる原生林の中を無理やり突っ切ってきたからである。

火の山の麓は、地熱の影響なのか、周囲とは全く違う生態系が形成され、大陸中央部の高地でであるにも関わらず、ジャングルに覆われていたのである。その道なき道を邪魔をする枝や葉、気持ちの悪い虫や軟体動物を払いのけながら進んできたのであるから、傷だらけになって当然であった。さらに、間断なく地鳴りがし、ユサユサと地面が揺れているため、全く生きた心地がしない。揺れに弱い真紅などは、真っ青な顔色をしていた。

ルートッシの居住地への道を地下の溶岩流が妨げているとガフンダルが説明していたが、そもそもまず、この地下道の入り口まで無事たどり着ける人間自体がほとんどいないと思われた。

「もう帰る……。もう帰るもん」真紅が消え入りそうな声で、ボソッと呟いた。口の周りは食べ物のカスが付着してパリパリになってしまっている。洞窟の入り口に到達するまでに、食べたものを全て吐いてしまっていたからだ。思わず噴出しそうになるのをぐっとこらえるパイソン。

「ほう。どこへ帰ろうというのかな?」ガフンダルが意地悪げに質問する。

「おうち」

「はて?おうちって、ルビイよ。この世界には確かお前のおうちなどなかったのでは?別の世界にあるのであろうが。そうじゃ。考えようによっては、お前はいつなんどきでも、帰宅の途にあるといってよいのだ」ガフンダルが、理論上正しいけれども、現実的にはとてつもない暴論を展開する。

「そりゃそうなんだけど、キモチ悪いんだもーん。薬ちょうだいよ」

「何度飲めば気が済むのだ?もうとっくに一日の服用量を越えておるぞ。あの薬は、予防薬ではなく、治療薬なのだから、治った瞬間にまた酔ってしまうお前には効かぬわ」

「だいたいパイソンが悪いのよ!ノームナイトって大地の精霊でしょ?もしかすると、問題を解いたご褒美に、大地の揺れを治めるスペシャルアイテムをくれたかもしれないのよ。それを地下大河に蹴り落としちゃってさぁ」真紅が、とんでもない言いがかりをパイソンにつけだした。

「これ。そのような無茶をいうでないわ」ガフンダルがたしなめた。当のパイソンはというと、真紅の言に取り立てて腹を立てている様子もない。

「なんにせよ、キモチ悪くて、もう歩けないんだからね!」とうとう真紅はその場にしゃがみこんでしまった。

「やれやれ。パイソンよ。申し訳ないが、このわがまま娘をおぶってやってくれないか。洞窟の中は割りと平坦な道が続くからのう。目的は、ルートッシに会ってオーブのありかを尋ねるだけだから、ワシ一人で行ってきてもよいのだが、氷の水晶はゲルダが使用許諾を出した者だけにしか使えないので、どうしてもルビイを連れていかにゃあならんのよ」

「わかった」パイソンは一言そういうと、ごねている真紅をひょいと抱え上げ、背中に背負い込んだ。

「では行こうか。洞窟の中は暗いから足元に気をつけるようにな」そういってガフンダルは洞窟の中へ入っていく。パイソンもそれに続いた。

「ちょっと待っておれよ。今明かりをつけるから」ガフンダルが、こうもり傘に明かりをともす。

ガフンダルとパイソンが、洞窟内を黙々と進んでいると、パイソンの背中から、クークーという寝息が聞こえてきた。

「寝てしまったよ」パイソンがあきれたようにいう。

「安心しておるのじゃろうて。同じ揺れ具合でも、おぬしにおんぶされている時は別のようじゃな。ルビイが心から落ち着ける場所は、このノルゴリズムでただ一箇所。パイソンよ、お前の背中だけかもしれぬなあ。むふふ」

「そんな恥ずかしいことを真正面からいわないでくれ」パイソンは顔を真っ赤にしている、ようだ。洞窟内は暗いからよくわからなかった。

他愛もない言葉を掛け合って、ガフンダルとパイソンはまた黙々と歩き出した。この一行は、真紅がいないと極端に無口になるようだ。

「それにしても暑いな」また口を開いたパイソンは、額に汗をためている。ガフンダルは、いつもの通り涼しげな顔をして、一粒の汗もかいていない。ガフンダルは、真紅と相対していないとき、ふと近寄りがたい、威厳に満ちた雰囲気を漂わせるときがある。どちらが本当の姿なのだろうとパイソンは思ったが、そのようなことをくどくど考えてみても仕方ない。

「この洞窟の奥から時折熱風が吹き寄せてくる」パイソンは、顔をしかめながら洞窟の奥を見やった。

「そろそろ、ルートッシの居住する場所が近づいているということじゃよ。あと少し歩くと、大きなホールがごとき場所にでる。そこを溶岩が河のように流れているのじゃが、中洲になっている岩のほこらにルートッシが住まいしているというわけじゃ。そろそろルビイを起こしてくれんか」

「わかった。おいルビイ。起きろよ」

「もうさっきから起きてるわよ。暑くってさあ」真紅も汗をいっぱいかいている。

しばらく歩くと、ガフンダルのいった通り、巨大な風蕨が出現した。床は河のようになっているが、流れているのは水ではなく溶岩流であった。溶岩の河は幅100ノルヤーン(100メートル)は優にありそうだ。河の中央には中州のように岩が突き出ている。その岩には、何やら入り口のような穴があった。

溶岩自体が光を発しているため、ガフンダルの傘によるあかりももう不要になっていた。

「おお。あそこじゃ。あれがルートッシの住まいだぞ!」ガフンダルが岩の入り口をこうもり傘で指す。

<別に、そんな感動することもないじゃん。ルートッシの隠れ家を目指してきたんだしさ。ガフンダルも昔一度きたことがあるっていってたから、道だって覚えてるはずだしさあ。ところで、朝食べたものを全部戻しちゃったから、おなかすいたなあ。でもさすがに、今この状況でお弁当にしましょなんていえないわね。あーあ。なんか元の世界の食べ物が恋しくなっちゃったな。ファストフードとかさ。今は、オーブのことなんて、どうだっていいって感じよ>

常に真紅はのんきである。

「ではルビイ、その氷の水晶で、いっぱつこの河を凍らせてくれんか」

「わかった」横着にも、パイソンの背中に負ぶさったまま、氷の水晶を高く掲げて叫んだ。

『ダヤノイツアァー!』



真紅が叫ぶと、氷の水晶がまばゆいほどに光りだし、やがて、猛烈な冷気の塊が溶岩流に向かって撃ちだされた。一瞬にして凍りつく溶岩流。

「す、すごい威力…」魔力を解き放ったのは真紅自身なのであるが、あまりのすさまじさに、自分自身で驚いている。

「じゃが、永久に溶岩流を凍らせておくまでの力はないぞ。見よ。上流の方は、新しく流れてくる溶岩流によって、徐々に溶け始めておる。さ、早く中州まで渡るのじゃ。ルビイよ。お前もいいかげん自分の足で歩け」

「わかったわよ」

「氷の上は滑るから気をつけるのじゃぞ」ガフンダルが注意している傍から、真紅はきゃあきゃあいいながら、氷で滑って遊んでいる。

3人が中州まで渡りきった頃には、氷もほとんど溶け去っていた。

「やれやれ。ではいよいよ大賢者、ルートッシ・モデンナとご対面じゃ」

岩に開いた入り口は、予想より小さかった。高さは1ノルヤーンもない。ガフンダルを先頭に、一人ずつ、腰をかがめながら入り口をくぐっていく。

「いらっしゃいませこんにちはぁー♪」

「へ?」

そこにはなんと、マクドナルドのおねえさんが立っていた。

「ルビイよ。このおねえさんはどなたかな?」なぜか、ガフンダルが真紅にたずねた。

「何でワタシに聞くわけ?知らないっつーの」

「ワシがたずねておるのは、このおねえさんの固有名詞ではなくて、一般的にどういうカテゴリーに属するおねえさんなのかということを聞いておるのだが……」

「マクドナルドハンバーガーのおねえさんよ!」真紅は半分切れそうになっている。

「ルビイよ。さてはお前、めちゃめちゃハラをすかせておるであろう?」ガフンダルがニヤニヤしながらいった。

「げ、なんでわかるの?」

「ルートッシ殿は、既に一千歳を超えている。従って肉体などはとっくの昔に滅び、意識体となられておるのじゃ。であるから、どのようなものにも姿を変えられるぞ。ルビイ、お前がもうオーブのことなどどうでもよいくらい、マクドナルドハンバーガーのことを強く念じていたため、その想念を受けて、かくなるおねえさんの姿を構築し、遊んでおられるのじゃよ」

「久しいのうガフンダル。ぐわはははははははは」マクドナルドのおねえさんは、突然そういって笑い出した。「ご一緒にポテトもいかがですかぁ?」

「ポテトは必要ありませぬ。いやあ、実に200ノン(200年)ぶりになりますかなあ。私が銀色の魔道師の位階を剥奪され、魔道連合に追われていたおりに、ここにかくまっていただいて以来でございます」

「そうか。もう200ノンにもなるのかよ。ときに、ゲルダも達者でやっておるようだの」

「はい」ガフンダルの表情がやや曇る。

「ガフンダル。おぬしも不運な男よのう。30歳代で銀色の魔道師の位階まで到達したおぬしのこと。かの事件がなければ、今頃は魔道連合の長、白のガフンダルと呼ばれておったであろうになあ」

「もう過ぎ去ったことでございます。魔道の塔に篭っていれば、絶対に見えなかったものを随分と見聞きしてまいりましたゆえ」

<なんか、マクドナルドのおねえさんが、あんな年寄り臭い喋り方をすると違和感ありまくりよね。ところで、あそこまでリアルに化けたんなら、魔法でメガマックでも出してくれないかなあ>

ルートッシとガフンダルの会話を聞いていて、暇をもてあました真紅は、とりとめもなくそんなことを考えていた。

「ルートッシよ。この娘がルビイです。これ、ルートッシ殿に挨拶せんか」

<ちょ、ちょっと。突然振らないでくれる?>

「えーと。あの。こんにちは。ま…じゃなくてルビイです」バネ仕掛けのように、ぴょこぴょことお辞儀する真紅。

「ほう。あんたがルビイかね。外見は普通の女の子ではないか。このような若い娘を選ぶとは、ヴャーネも物好きなやつよ」

<よ、呼び捨て!神様を呼び捨てにしてるわこの人。ツレなの?ねえ、神様がツレ?>

「とはいえ、腰には物騒な短剣をぶら下げておるし、首にはウンディーネの首飾りがかかっておるし、手には氷の水晶を無造作に掴んでおるとは、まあ只者でないことは確かじゃな。よいか、あんたの発散している強烈なパワーは、たとえ1000ノルヤード(500km)離れていてもビンビンと感じるぞ。気をつけろよ。当然ゴメラドワルも感じているということだからのう」

<それはまあガフンダルから聞いたりして、わかってるんだけど、かといってどうしようもないし…>

「ゴメラドワルに居場所を知られたところで、本人にご足労願わぬ限り、この娘をどうにかできるものでもありませぬよ」ガフンダルが、自信ありげにそういった。

「フフフ。ダークナイトの一件は見事であったのう。ま、きゃつは、ゴメラドワルの手下の中でも屈指のバカだからのう」

「ブッ」真紅は、思わず噴出してしまった。

「ときにルートッシ殿。我々がここにまかりこしましたのは他でもないのです。実は……」

「みなまでいうな。ガフンダル。光のオーブと暗黒のオーブ、それぞれのありかを聞きたいのであろう。そんなことお安い御用だとも。ガフンダルよ。おぬしにもおおよその見当はついておるのであろうが。確証を得るためにここまで足を運んだのであろう?」

「暗黒のオーブのありかはなんとなくわかるのですが、光のオーブの場所がどうにも…」

「そうか。では教えて進ぜるとするか。しかしその前に…」

そういって、ルートッシは真紅の前に歩み寄り、彼女の目の前で、握っていた右手のこぶしをぱっと開いた。

そのてのひらには、メガマックが乗っていたのである。


竜の都(2)へ続く
最終更新:2009年01月25日 17:35