カーテンからこぼれる朝陽と、小鳥のさえずりで目を覚ました。このような目覚めを体験するなど、本当に何年ぶりのことであろうか。体に生気が満ち溢れてくる感じがする。生気が満ち溢れたからといって、すぐに退院できるわけではなく、まだまだ私は病人なのだが。

システムエンジニアの道を選んでからというもの、とにかく忙しい毎日であったからなあ。特にアメリカに来てからというものは、睡眠時間など平均3時間、連日作業場所に泊まり込み、朝陽が差し込んできた頃から仮眠を取るなどということが日常茶飯事であったから。目覚まし時計を3重4重にかけないと、起きることが叶わぬ状態であった。

結局その努力はまったく報われなかったわけだが。

このように自然に目覚めるのも、何ヶ月ぶりのことだ。目覚めというものが、これほどすがすがしいものであるということを永らく忘れていたような気がする。以前は、起床時間がきたことを呪い、いっそ目覚めねば楽になるのにと、幾度思ったことかしれない。

先ほどメールをチェックしてみたが、真紅からのレスはまだない。これはどう考えても異常事態だ。

私が過労で倒れ、妻が原因不明の病気で意識不明となり、そして一人娘の真紅が行方不明。まさに不幸を3Dポリゴングラフィックスでレンダリングしたかの状態だ。

もしかして、これというのも、私が愚かにも再婚のみちを選んだからであろうか。前妻が天国へ召されて、2年ほどしかたっていない。私にも、真紅にも、まだ前妻の記憶が色濃く残ったままの状態で再婚を強行した私に対する罰なのだろうか。

いったい誰が罰を与えているのだ?前妻?まさか。彼女は私、そしてもちろん真紅の幸せを心から願っているはずだ。真紅は13歳だ。まだまだ母親が必要な年齢であると判断し、新しい妻すなわち洋子であれば、真紅の新しい母親にふさわしいと思い、再婚を決意したのだが、『真紅のために』というのは本心ではなく、やはり私自身が寂しかったのだろうか。自分の気持ちを韜晦していたのか。私のエゴが招いた今回のこの状況だとでもいうのだろうか。

誰か答えてくれ。

と、問いかけたところで、誰が答えてくれようはずもない。なぜならこの私は、遠い異国はアメリカ合衆国の病院に、たった一人で幽閉されている、魂の虜囚なのだから。

だがそのようにうじうじと考えていても、物事は何ひとつ前へ進まないのだ。

仕方がない。ここはスクリプト言語Rubyのことでも考えていよう。なぜこのような非常事態に、のんきにスクリプト言語のことを考えねばならぬのかということは、どうか皆さん聞かないでほしい。スクリプト言語Rubyこそ、実装寺家の窮状を救ってくれる唯一のものだという気がするのである。私の直感だ。

まず、あるプログラミング言語を知る場合、おっと、ここでいっている『知る』というのは、そのプログラミング言語の開発者の名前や、生い立ちや、どのプログラミング言語の影響を受け、逆にどのような言語に影響を与えているか、有償であるか無償であるかというようなことではなく、ただ純粋にどのような言語仕様であるかということなのだが、それを知る場合、いくつか抑えておくべきポイントがある。

  1. どの世代のプログラミング言語であるのか
  2. どのような環境で動作するのか
  3. 変数の種類および取り扱い
  4. 演算子
  5. 制御構造
  6. コメントの書式

とまあ、以上のようになるであろうか。今は、これらの項目について、ざっと概観を眺めてみよう。だが、来るべき時には、実際にコードを作成しつつ、詳細に解説することになると思う。この予測は、私の直感に頼るところが大きいわけだが、ほぼ100%の確率で現実のものとなるはずだ。
最終更新:2008年12月15日 08:47