アットウィキロゴ
真紅たち一行がゲドナンへ到着したのは、もう日もとっぷりと暮れたころであった。

竜の都、ドラゴナールの皇子と皇女は、アパッチの親友である地回り暴力団の頭目、タービンの元に匿われているという。

タービンは、生業こそヤクザであるものの、義侠心に富み、曲がったことが大嫌いな性格であり、皇子と皇女の身柄を預けるにはうってつけの人材であるとアパッチが太鼓判を押した。

真紅たちは、アパッチから紹介状を受け取って、モジラ山のアジトを辞し、山麓に放置してあった馬車のところまで、アパッチの手下に送り届けてもらったのである。

真紅は馬車に乗ることに難色を示したが、パイソンが、真紅に馬車の運転を任せてみようと発案し、真紅がそれに興味を持ったので、補佐役としてパイソンが御者台の横に乗り、ガフンダルが馬車の中に入るという布陣でゲドナンを目指したのだ。

真紅は終始、

『うぎゃぁー』

とか、

『ちょぉっとまったぁー』

とか、

『もうだめ、一生このまま走り続けるしかないわ。だって止められないんだもん。うきゃきゃぁー』

などと、物騒なことを叫び続けていたので、彼女の乗り物酔いは発症しなかったものの、横でサポートしていたパイソンはほとほと疲れ切り、馬車の中にいたガフンダルは恐怖と緊張で、両の頬がげっそりこけてしまうという事態になってしまったのである。

「ルビイよ。もうワシは金輪際お前の御する馬車には乗らん!」


フラフラになりつつ馬車から降りてきたガフンダルは、それだけ言うと、がっくり地面に膝をついてしまった。

「ワタシだって、今後一切ワタシの運転する馬車には乗らないわよ!ええ、乗ってたまるもんですか!」



真紅がわけのわからないことを叫び返した。

「まあ、とにかく無事ゲドナンまで到着したんだ。それでよしとしようよ。途中で馬車がバラバラになるんじゃないかとヒヤヒヤした」パイソンが柄にもなく長いセリフを口にした。

真紅たちはゲドナンの南のはずれにいたが、もう日も暮れているというのに、人々が激しく行きかっている。しかし、大騒ぎをしている真紅たちに気を止める者は少なかった。

皆忙しくそれぞれの目的地に向かって早足で歩いているのだ。これがマリーデルなどの小さな都市であれば、何事かとワサワサ見物人が集まって来そうなものだが、さすがはノルゴー大陸屈指の大都市である。この程度の騒ぎは日常茶飯事というわけであろうか。

「おーい。ちょっと話を聞いてくれねえかな」突然、真紅のバッグの中から長七郎の声が聞こえた。真紅は面倒くさそうにバッグのチャックを開けてやると、中からポーンと長七郎VAIOが飛び出してきた。

「何よ。ここはアンタの出番じゃないわよ」馬車と格闘してまだ血が煮えたぎっているのか、真紅はほとんどケンカ腰である。

「オイラ、おめえの父親から伝言を預かってるんでぃ!」

「パパがどうかしたの?」

「おめえの父親は、アメリカから急遽日本へ帰るんだってよ。洋子さんの容態が気にかかるってんでな。だから、丸一日ほど、こっちには出てこれねえってさ」

「なんで日本に帰るの?仕事忙しいんじゃなかったっけ?大体パパが帰ったって、お義母さんが元気になるわけないじゃない。暗黒のオーブをカチ割らなきゃならないんだからさ」

「オイラに聞くなよオイラに!理由を知りたきゃ、後で自分で聞きな。じゃ、オイラもう寝るからよ」長七郎はそれだけ言って、自分から真紅のバッグに飛び込み、フッと気配を消してしまった。

「なんと、健一郎殿が丸一日こちらへは来られないじゃと。うーむ。その間に問題が発生せねばよいがのう」ガフンダルが顎の無精ひげを撫で回しながらそう呟いた。

「大丈夫よ。パパの力なんて借りなくても」真紅は相変わらず強気である。というか、プログラムの力をまだまだ認めたくないようであった。

「さて、アパッチの話によると、ドラゴナールの皇子と皇女は、タービンの経営するマンモスキャバレー『ゲドナンスキャンダル』という店に匿われているらしい。とりあえずはそこへ行ってみようではないか。えーっと」ガフンダルはそう言って、道行く男に声をかけた。

「もしもし、おたずねしますのじゃが、『ゲドナンスキャンダル』へは、どう行けばよろしいかな?」

ガフンダルに声をかけられた男は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて、「なんだよ。田舎から出てきたのかよじいさん。ゲドナンであの店をしらねえやつァモグリだからな。しかし隅におけねえナァ、スケベじいさんよぉ。ゲドナンスキャンダルだったら、この大通りを市の中心部に向かってどんどん歩いていきゃあいいんだよ。まあ天国へ行く予行演習ってやつだな。ゲハハ」と答えた。

「こりゃまたかたじけない」

男が去っていった後、ガフンダルはプンプンと怒りをあらわにして「ふん、なにがスケベじいさんだ!失敬な!」と毒づいている。

真紅とパイソンは笑いをこらえられず、プっと噴出す。

「だって、バッチリスケベじいさんに見えたんだからしょうがないんじゃないの?ねえパイソォーン」パイソンも、激しくウンウンとうなずいている。

「フン。いつの間にそのような合体技を繰り出してくるようになったのじゃ?このバイオレンス夫婦めが」ガフンダルはそう吐き捨て、男に教わった通り、大通りをひとりでずんずんと歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよぉ」

真紅が慌てて呼び止めたが、ガフンダルは立ち止まる様子もない。何を思ったか、暇そうにのんびりと歩いている男を呼びとめ、今まで真紅たちが乗っていた馬車を指差しながら何か話している。玉虫色のコートからお金を取り出し、男に渡したりなどもしている。男は大きくうなずいて、馬車へ駆け寄り、御者台に飛び乗って走り去っていった。ガフンダルは手を振って馬車を見送っている。

真紅が、「ちょっと、ガフンダル。あの馬車どうしたのよ?」と訊ねると、「あの男が、暇そうで且つ金が欲しそうにしていたのでな、パスカルのところへ馬車を届けてもらうように頼んだのじゃ。ちょうどパスカルの隊商が逗留している場所を知っているともうすのでな」と、ガフンダルはこともなげに答えた。

「見ず知らずの人に頼んでどうすんのよ。あのままどっか行っちゃうかもしれないじゃない」真紅はすっかり呆れている。

「まあそれはそれで仕方あるまい。パスカル殿はもうあの馬車のことなど諦めておるぞ。とにかくあのまま放置するわけにもいかぬじゃろうが?可能な限りの手を尽くさねばのう。まあ、無事パスカル殿の所へ届けば儲けモノじゃて。ではまいろうか」

そう言ってガフンダルはまた大通りをスタスタ歩き出す。

真紅たちは慌てて彼の後に続いた。

<じいさんのクセになんて早足なんだろ。あ!もしかして早くキャバレーに行きたいんじゃあ?やっぱスケベじいさんだわ。サイテー>

真紅はそう考えつつ、ガフンダルの後を小走りで追いかけたのである。

※※

大通りを5ノルゴルン(10分)ほども歩くと、もう誰に訊ねるのも不要なほど、マンモスキャバレー『ゲドナンスキャンダル』の場所がはっきりしてきた。

なぜならば、遠めにも毒々しい色の電飾で覆われた、城のような建物が見えてきたからである。こんなところに本物の城が建っているはずもないから、おそらくあれが『ゲドナンスキャンダル』なのであろう。どう考えても趣味が悪い。

派手なネオンサインがあって、様々な文字が浮かんでは消えしていた。真紅はノルゴリズムの字が読めない。しかし、どうせ『美女と貴方のゴージャスな夜』とか『1ノルゴ(2時間)1ペノポッキリ』などと、ろくでもないことが書いてあるのだろうと想像していた。

真紅はそこでふと気付いた。

<ふーん。この街には『電気』があるんだ!他の街はみなランプローソクややガス灯ばかりだったけど。さすがはノルゴー大陸一の大都市ね>

近くまで来てみると、その建物は余計に下品さ爆発に見えた。店の入り口では、ガラガラ声のおじさんが呼び込みをしているし、真っ赤な顔をした男たちがしきりに出入りしているし、派手な衣装を身にまとい、それだけ装着してよく動けるなといいたくなるほどの宝石貴金属を身につけた女性と、小金がありそうな親父が腕を組んで仲良く店の中に消えていったりする。

そうか、ノルゴリズムの世界でも同伴出勤があるのだ。

と、これはヒロインである真紅が思ったのではなく、筆者のモノローグである。

ガフンダルは、ふたことみこと入り口の呼び込みに声をかけて、店の中に入っていった。なかなか堂に入ったものである。200年以上も生きていれば、このようなところにも幾度か足を運んだであろうと推測される。

<あーあ。なんか嫌な予感がするなあ。ここはガフンダルに任せて、ワタシとパイソンは外で待ってた方がいいような気がするわ>

と真紅が考えていると、店の奥からガフンダルが、早く来いとばかりに手招きしている。

<しょうがない。気が進まないけど、とりあえず当たって砕けろよ>

そう考えて、真紅はこれまたモジモジと逡巡しているパイソンの腕をむんずと掴み、店の中へと突入したのである。


竜の都(13)へ続く
最終更新:2009年03月15日 23:09