第一関門の川を渡りきってから、真紅たちの行程は概ね順調であった。
それというのも、捕虜にした3人の盗賊たちが思いのほか協力的だったためである。コモン・ゲートウェイ一家のテリトリーに入ってからは、彼らを縄で縛り付けるわけにもいかず、逆に真紅たちが捕虜になったように見せかけていたため、その気になれば脱走したり、途中で何人か出会った見張りたちに対して騒ぎ立ててもよかったのだが、彼らは一切そのようなことをせずじまいであった。
彼らの協力的な態度に免じて、現在既に3人中2人は解放し、残るはアジトの本部近辺に詳しいという、ストラッツという男のみを連れている。ご丁寧にも、真紅たちは、一瞬にして解ける結び方であったが、両手をロープでくくられ数珠つなぎになっているという念の入れようであった。
ガフンダルは、彼らのあまりの従順さにいささかいぶかしさを感じており、何か裏があるのではないかと考えていたが、自分と真紅とパイソンの3人であれば、少々厄介なことになってもなんとか切り抜けられるのではないかと楽観視していたのである。
そこらじゅうに仕掛けられているトラップをストラッツの案内で避けながら、木々の間を分けて、ほとんど獣道といっていいほどの道なき道を進んでいくうち、視界がいきなり開けた。そこには、コモン・ゲートウェイ一家のアジトが山の斜面一杯に広がっていたのである。家屋のようなものが大小とりまぜて点在し、それらが吊り橋のような足場で結ばれている。ちょうど地中にある蟻の巣が、そのまま地表に現れたようなものであった。家屋の窓には、弓矢やボウガン、槍などを携えて行ったりきたりしている者達の姿も見える。
「どうだい、立派なもんだろう?これが俺達コモン・ゲートウェイ一家自慢のアジトだよ。ま、アジトっていうより要塞といってもいいかも知れねえ」ストラッツが自慢げにそういった。「これまで何度も討伐隊が攻め込んできたけどもよ。大軍であればあるほど、この山の中じゃあ身動き取れなくなるのさ。まずここまで来るだけでひと苦労だろ。で、やっとここまで辿り着いたと思ったら、弓矢や槍をいかけられてあっというまに壊滅状態ってわけさ」
「確かに難攻不落のようじゃな。だが我々は別にお前さんたちを退治しにきたわけではないのでな。実はワシとお前達の首領、おっと、先代の首領といわねばならぬのう。アパッチとはまんざら知らぬ仲でもないゆえ、ちと挨拶がしたくてのう」
ガフンダルがそういうと、ストラッツの顔がピクッと引き攣った。
「せ、先代のおカシラの名前は今じゃあ禁句になってんだ…」
「ほう。何故じゃな?先代首領のアパッチといえば、世間からつまはじきにされたお前達ならず者を纏め上げ、面倒見ておったのだろう。いわば大恩人ではないのか?それが名前を呼ぶのも許されないというのは、なんとしたことじゃ?」
「アパッチは、俺達を権力者に売ろうとしていたんだ。コモン・ゲートウェイ一家を解散し、俺達を奴らに引き渡そうと画策していたらしいんだよ」
「ほう。そんなことをしてアパッチに何の得があるというのじゃ?」
「聞くところによると、自分が国の要職に就くのと引き換えだったらしいよ。どんどん勢力を拡大している俺達を恐れて、やつらは首領のアパッチを懐柔しようとしたのさ。まあそれに乗ってしまったアパッチもアパッチなんだがよ。そこで決然とたったのが、今のオカシラ、トムキャット様って寸法よ」ストラッツはだんだんと興奮してきたようで、顔を真っ赤に高潮させている。
「はて。ワシの記憶が確かなれば、アパッチは己の出世や栄華のために同胞を売るような人間ではなかったような気がするのだがのう」
「人間ってあれだからよ。普段善人ぶってたって、鼻先においしそうなニンジンをぶら下げられりゃあ、一発で考え方が変わるってもんなんだよ」このストラッツという男は、身もフタもない人間観をもっているようだ。
真紅はなにか文句をいいたげに身を乗り出してきたが、ガフンダルが黙ってそれをさえぎった。こういうときのガフンダルは妙に威厳があるので、真紅も逆らえない。
「フォフォ。おぬしの鋭い人間観察力には、ひとまず敬意を表させていただこう。敬意を表させていただいたところでお尋ねさせていただくが、ズバリ本営はどこじゃな?」
「あれだよ」ストラッツが指差した先には、他のものよりふた周りほど大きくて異様な建物があった。他の建物は概ね木造であったが、その建物は石か、コンクリートのようなものでできていた。
その建物の異様さは、全体のちょうど後ろ半分が、山の斜面に埋まっているということもあったが、大きくて頑丈そうな両開きの鉄扉があるばかりで、窓が全くないということが原因のようであった。さらに、扉の両側には屈強そうなふたりの大男が立っている。彼らは東大寺の南大門にある仁王像のようで、真紅はのんきにも、小学校の楽しかった修学旅行を思い出して、うふふと思い出し笑いなどしている。
<えー?これが本部なの。なんか陰気臭い建物ね。ワタシが盗賊の首領だったら、こんなとこ絶対本部にしないわ。本部にするならえーと。あのいちばん高いところにある建物ね。見晴らしもいいし。で、この陰気臭い建物は…。まああれね。捕虜を閉じ込めておく牢屋にするわね>
真紅はとりとめもなくそのようなことを考えていたのだが、ほどなく、彼女の感性もそうまんざらではないということが判明することになるのだった。
真紅たちが建物の扉の前に到着すると、ふたりの男が共同して扉のかんぬきを外し、ゆっくりと扉を開いていく。ギギィーと、きしんだ、重そうな音がした。
「ストラッツ殿、おぬしはわりと権力者であるとみえるのう」
真紅たちは、並んで建物の奥を覗き込んだ。猛烈な悪臭がする。
「な、なにここ、くっさぁーい!。ほんとにここが本部なの?」
「ウリュウにサリュウ、この方達を首領にお引き合わせするのだ。おっと間違った。『元首領』にな」
「はい、”おかしら”」
「ぬ。おかしらだと!?では貴様がトムキャットか!?」ガフンダルが叫ぶよりも早く、真紅とパイソンは、ウリュウとサリュウと呼ばれた屈強の男に突き飛ばされて、部屋の置くへと転がされた。3人をつないでいたロープを振りほどいて抵抗しようとしたガフンダルに正面から、大きな黒い塊がぶつかった。ふいをつかれたガフンダルは、たまらず、もんどりうって建物の中に押し戻された。
その瞬間、音を立てて扉が閉められた。まさに電光石火、あらかじめ計画されていたかのごとき迅速さであった。扉が閉まりきると同時に、一寸先も見えない完全な暗闇となってしまった。
「うーむ。ぬかったわい。これは、ヨコロテ村襲撃から綿密に練られたトムキャットめの罠だったのじゃ。この建物は、どう考えても牢屋じゃよ。ふふふ。このワシを罠にかけるとは、敵もなかなか…」
「ちょっとガフンダル。敵のわるだくみに感心するんだったら、ちょっと明かりつけてからにしてくれる。真っ暗で、なあんも見えないわよ!」真紅があきれて叫んだ。
「おう。すまんすまん」ガフンダルがそういうと、小さくボッと明かりが灯った。それと同時に天井の一部にすっと筋が入ったかと思うと、それが徐々に開いていき、まばゆいばかりの陽光が差し込んできて、真紅は思わず手で眼を覆った。どうやら天井にスライド式の天窓があるようだ。しかし天井までは優に10ノルヤーン(10メートル)ほどもあって、到底中の人間が空けられるものではありえない。ということは、閉じ込めた側が、中の様子を探るためにある覗き窓と考えた方が自然である。
窓に人影が見えた。どうやらその人影はストラッツ、ではなくコモン・ゲートウェイ一家の新首領、トムキャットのようであった。
わはははは。まんまとたばかられおったな。ガフンダル、パイソン、そしてルビイよ!捕まえちゃったよぉーん♪と」
「むむ。ワシやパイソンならばまだしも、ルビイの名を知っている貴様は何者だ!?おそらくゴメラドワルの手の者であろう?」ガフンダルが誰何する。
「わははははは。ダークナイトの野郎はちとアタマが足りぬゆえ、まんまと貴様らにしてやられたが、このダークマージ様はココが違うからな」そういって、トムキャットは自分の頭を指差した。
「ダークマージ!我らを罠に陥れるために副首領のトムキャットに憑依したか?」
「こやつは表面的にはアパッチに従順であったが、権力欲に取り憑かれておったからな。取り入るのは簡単だったぞ。まあ貴様らがそんなことを知ったところで、もうどうにもならぬのさ。なぜなら貴様らはここから脱出できぬからだよ。永遠にこの牢獄をさまよって朽ち果てるのだ」
「さて、それはどうじゃろうかな」ガフンダルが不敵な笑みを浮かべてそういった。
「玉虫色のガフンダルよ。強がりはよすがよいぞ。貴様のことだからもう薄々感じておるかもしれんが、この牢獄の周りには我輩の結界が張り巡らされておる。先ほどより貴様の発する魔力でチクチクとむず痒いが、我輩の結界を突破することは叶わぬぞ」
「ガフンダル、あいつあんなこといってるけどホントなの?」真紅が心配そうにガフンダルにたずねた。その横ではパイソンが扉にガンガン蹴りをくれている。
「うーむ。残念ながらそのようじゃ。ダークマージの輩は己の結界などと偉そうにいっておるが、9割9分がゴメラドワルのパワーじゃな」ガフンダルの表情は暗い。
「ふーん。『捕らぬ狸の皮算用』ってやつね」真紅はふんふんとうなずきながら、わけのわからないことをいいだした。
「ルビイよ。それもいうなら『虎の威を借る狐』ではないじゃろうか?」
「どっちだっていっしょよ!」
「い、いっしょかなあ?」
「ではさらばだ諸君!ぐわはははははははははは」
天井の窓が徐々に閉まっていき、最後はダークマージの笑い声だけが聞こえてきた。
「窓閉まっちゃったね」ルビイがポツリとつぶやいた。
「閉まっちゃったのう。ふぅー」ガフンダルも、大きなため息をひとつつきながらそういった。
「まあ、なんとかなるんじゃないのか。あっちに洞窟のようなものがある。こんなところにいて途方に暮れていても仕方ないから、とりあえず行ってみようよ」パイソンは何も心配していないようだ。
パイソンの意見に従って、トボトボ歩き出した真紅たちであったが、洞窟内の道はいたるところで四方八方に分岐しており、完全に迷路状態になっていて、何度も行き止まりに出くわしたり、同じところをくるくると回っているだけであった。
「おや。先ほどまで同じところをくるくると回っていたが、この場所は初めて来たのではないかな?」行き止まりのようではあるが、少し広めの部屋のような空間にひょっこりと出て、ガフンダルがそう叫んだ。
「確かにここは初めてみたいね。ほら、奥のほうに鉄格子みたいなのがあるよ」そういって真紅が駆け出した。鉄格子の前まで走って、中の様子を探っていたかと思うと、ガフンダルたちの方に向かって手招きしている。
「ちょっと。格子の中に人がいるわよ。動いてるみたい。早く来て!」真紅に呼ばれて、慌てて駆け出すガフンダルとパイソン。
鉄格子の中は狭い空間となっていて、そこには、両腕を壁に埋め込まれた鉄鎖で戒められた人間が壁にもたれかかぐったりとうなだれていた。衣服もボロボロで、体も傷や火傷だらけだ。相当にひどい拷問を受けたようである。しかし、胸部が小刻みに上下しているところをみると、まだ息はあるようだ。
男は、真紅たちの気配に気がついたのか、ゆっくりと顔を持ち上げた。髯は伸び放題でげっそりとやつれていたが、眼は死んでおらず、その眼光は威厳すら感じさせる。
その男の顔をみて、ガフンダルが叫び声を上げた。
「お、おぬし!もしや、アパッチか?アパッチなのか!?」
最終更新:2009年02月27日 01:09