「じやあもうワタシ寝るからね。いよいよ明日出発でしょ。ワタシのような成長期にあるムスメは、最低8時間は寝なくちゃいけないのよ」

せっかく一所懸命に考えた父親に送るメールの文句を完全否定された真紅は、膨れ上がりつつ、ガフンダルと長七郎に対してそういい放った。一度眠りに入ったのに、長七郎の声でとんでもない悪夢を見て、その上起こされたため、非常に機嫌が悪いせいもあったのだ。

「そうか。ではゆっくり休むとよいぞルビイよ、なんだかんだいっても、今回この一連の出来事の主役はお前なのだからな。常に元気でピンコラしておいてもらわにゃならんからのう」

ガフンダルが、真紅の気持ちをしってかしらずか、フォローするようなことを言う。

「ふん。ほんとにワタシが主役なの?ガフンダル、アナタにしても、そこの長七郎にしても、濃いキャラが出てきすぎだわ。これからがホント思いやられちゃう」

真紅は、毛布を手繰り寄せながら、心底これからが思いやられるといったふうに首を振りつつ歎息する。

「おっと。真紅よ。なにやらお前の父親からまたぞろメールが来てるぞ」長七郎が派手にビープ音を鳴らしながらそういう。

「もう!メンドくさいわね。明日返事するから、明日ね。ところでアンタ、パソコンでしょ?自動で適当にあたりさわりのないメールをやり取りできないの?」真紅は、さも面倒くさそうに、手のひらで長七郎をシッシしながらいった。

「なにぬかしてやがるんだ!?テメェこのぉ!親不孝者が!お前の父親はお前のこと心配してメールしてきてんじゃねえかよ!それをなんだ!?メンドくさいとは、どういう了見でぃ!」長七郎は、テーブルの上でぴょんぴょんはねながら真紅にくってかかった。

「だって。そうやってチマチマメールをやり取りしたって、問題が解決するわけじゃないでしょ。時間のムダよ。時間のムダ!なにかこう大きな進展があったら連絡すればいいのよ」

「なんだとコンチキショー!」

「まあまあ、二人とも喧嘩をやめというに。まあ、ルビイのいうことも一理ある。あちらの世界におらっしゃるルビイの父上にしてみれば、娘がそのような別世界に来てしまったということ自体理解の範疇を超えていることなのだ。アウトオブハンチュゥという奴だぞ。ぷふふ。その父上に対し、こまごまとしたことを説明してみてもせんないことだ。何しろ根本的なところが理解できておらんのだからのう」ガフンダルは、ウンウンとうなずきながらそういった。

真紅も、長七郎も、何も言わずガフンダルの話を聞いている。

「という次第でな、長七郎さん。おぬし、父上殿からのメールを構文解析してだな。なるべく父上殿を心配させぬような内容を適当にジェネレィトして返信しておいてくれぬか。そのほうが、この作文能力崩壊娘に返事を考えさせるより話が早いというものだ。但し、長七郎さん。おぬしに判断がつきかねるような問い合わせなり用件なりが父上殿から送信されてきた場合は、真紅か、ワシにそのむね申告してくれればよい」

「わかったよ。これからそうする」長七郎は NumLockランプとCapsLockランプをチカチカ点滅させながら、ガフンダルの提案を承諾した。

「そうよ。最初からそういうハナシにしときゃいいのよ。じゃあワタシ寝るからね。おやすみなさーい」

そういうが早いか、真紅はすうすう寝息を立て始めた。その時間コンマ何秒の早さであった。このように一瞬で眠りにつくのは、ほとんどバカといっても過言ではないのだが、今日の真紅は本当に疲れていたのである。

真紅の寝顔を微笑ましそうに見ながら、ガフンダルは話を続けた。

「さて、長七郎さんよ。おぬしにもうひとつ頼みがあるのじゃが」

「なんだよ?」

「ふむ。この娘はいまでこそ、これこのようにバカ丸出しなのであるが、ビャーネ神に選ばれて、大いなる使命を託されたヒロインなのじゃ。この娘はなんだかんだいって、最後には必ずや大業を成し遂げるであろう。そうなると、この娘の冒険を誰かが記録し、サーガ(英雄譚)として後世に残さねばならん」

「サーガってガラじゃねえと思うけどこの馬鹿娘。まあいいや。その記録係をオイラにやれっていうのかい?」

「さよう。さしずめ吟遊詩人のようにな」

「オイラ、吟遊詩人じゃなくて、吟遊パソコンだぜ。おもしれーじゃねーか。いいだろう。引き受けたぜ。なんなら動画だって残せるんだぜ」

「残念ながらこの世界には動画を再生できる術がないでな。文章だけでよい。そうさな、タイトルは『ルビイ・サーガ』てなところでよいかな」

「ルビイ・サーガか。ち。まあしゃぁねぇや。ところでガフンダルさんよ。引き受けるにあたって、ひとつ条件というか、お願いがあるんだけどよ」

「なんじゃな?印税を前借りしたいのか?」

「そんなこっちゃねーよ。一緒に『ルビイ・サーガ外伝、長七郎天下御免』てのを書くから、それも後世に残してくれるかい?」

「あいわかった。好きにするがよいわ。ただそのなんだっけ?長七郎天下御免だっけ?それは、発行する前に、内容をチェックさせてもらうぞ。もし五千部いけそうになければ、共同出版または自費出版にしてもらうからな」

「ふん。シケタこと言ってんじゃねえや!」

「冗談だ。では我々も明日に備えて休むとしようか」

そういったガフンダルの体は、徐々に薄れていき、背後の調度が透けて見えるようになり、しまいに、ふっとかき消えてしまった。

部屋の中は急に静かになり、聞こえるのは真紅の静かな寝息と、長七郎が出しているファンの音だけになったのである。

「へん。魔法使いみたいなジジイだぜ。あ。本物の魔法使いだったっけ。奴はよ。よし、じゃあオイラも寝るとしようか。大分熱を持ってきたみたいなんでな。おっとその前に真紅のおやっさんにメールしとかなきゃいけないんだっけ。ち。なんか面倒臭くなってきやがったぜチキショーめ。適当でいいやな。適当で」

などといいながら、10ミリ秒で返事を生成し、送信したあと、吟遊パソコン長七郎は、自らシステムをシャットダウンし、電源をオフにしたのである。

最終更新:2008年12月12日 12:36