アットウィキロゴ
「ようこそおいでくださいましたな、私は…」

好々爺然とした老人、おそらく地回りヤクザの親分タービンなのだろうが、彼が挨拶を始めた途端、ガフンダルは「しばしお待ちくだされ…」と制して、机の周りを改め始めた。

「ふーむ。ここじゃな」ガフンダルはしゃがみこんで、高そうな木製の机の脚元をゴソゴソと探っている。やがて小さくパコッと音がしたかと思うと、脚元の一部が外れ、小さな空洞が現れた。ガフンダルはそこから、小さな物体を取り出した。もそもそ動いているので虫かもしれない。

「さすがはノルゴー大陸一の大都会ゲドナンですなあ。ほれ、タービン殿。これは『盗聴虫』ですじゃ。ワシも噂には聞いておりましたが、実物にお目にかかるのは初めてじゃわい」

「『盗聴虫』ってなんなの?ガフンダル」

「ふむ。ワシもなぜこのような奇怪な虫が生まれたのかは知らぬが、こやつはそうさな、おおよそ5ノルゴルン(10分)程度、周囲の音をこの硬いシワだらけの表皮に記録するのじゃよ。その後、細い針で引っかいて、その音を増幅させると記録された音を聞くことができるのじゃ」そういいながら、ガフンダルは暴れる盗聴虫を掴んで窓際まで行き、ガラガラと窓を開け放って、盗聴虫を外に放した。

「そぉーれい。もう二度と人間に捕らえられるでないぞ」

「ふーん。レコード盤みたいなもんね。でもなんでここにそんな虫がいるわけ?」真紅がしきりに不思議がっていると、タービンがいきなり笑いだした。

「うわははははははは」

びっくりしてタービンの方へ眼をやる真紅。

「それを仕掛けたのはおそらく支配人のジャカルタでしょう。極道の世界も情報戦になってまいりましたからなあ。昔のように腕ずくでの切ったはったの世界ではなくなりつつあるということです。これぐらいのことをやってのけるヤツでなければ、幹部は務まりませぬわ。ふはははは」

<ちょっと卑劣なような気もするけど…。まあ、なんとなく嫌なヤツだったわよね、あのイロハカルタ!>

ジャカルタである。

「聞き耳を立てている者もいなくなったところで、ご挨拶をさせていただきましょうか。私はタービン。そしてこちらにおられるのが、竜の都のティーケー皇子とティクル皇女です」

タービンに、ティーケー皇子と紹介された男は、真紅たちに軽く会釈をしたが、皇女は硬く口を一文字に結び、眼は宙の一点を見つめたままピクリとも動かない。真紅たちを完全に無視しているようだ。

真紅は皇女の態度にカチンときたが、それより彼らの容姿に興味を惹かれていた。ふたりとも、肌の色はありえないほど白い。ガフンダルの妻ゲルダも色白ではあるものの、うっすらと血管なども見え、命というものを感じさせたが、彼らは完全に真っ白、まごうかたなく純白で、到底生物とおもえない。眼の色も非常に薄い青で、強い日差しの中では一瞬たりとも眼を開けていられないのではないかと思われた。それより真紅の眼を惹いたのは、かれらの耳である。異様に大きくて、上部が尖っている。

「ね、ねえガフンダル…?」真紅はガフンダルを突っつきながらそう言った。

「ルビイよ。お前さんの聞きたいことはわかるよ。このティーケー殿とティクル殿は、というよりも竜騎族の方々は、エルフの血を引いておられるのじゃ。で、我々とは一味違うお姿をなさっておられるのじゃよ」

「え、エルフ…」

「ま、早い話が妖精じゃな。妖精と人間が契って生まれた者達が築いた王国こそ、ドラゴナールと聞いておるわい」

「ふーん」

<もしこの二人をアキバに連れて行ったら、オタクやフジョシが大騒ぎするかもね。エルフだってさぁ。ふーん>

真紅は眼をつぶって、オタクやフジョシが、ソフマップアミューズメント館のイベント会場に集合し、雄叫びをあげながら彼らの姿をデジカメに納めているところを詳細に想像してみた。

で、思わず噴出してしまう。「うぷぷっ」

「お前、なにがおかしいのか!私たちを愚弄するつもりか?返答次第によっては許さぬぞ!」


ティクルの怒声が聞こえ、真紅がはっと気付くと、フェンシングのサーベルのような細身の剣の切っ先が真紅の鼻先に突きつけられていた。

<げ。いつの間にこんな近くに来てたんだ?この人。気配も何も感じなかったわ。なかなかやるわね>

「ご、ごめんなさい。別にワタシは…」ここで、アキバのオタクと実在するエルフの因果関係について説明しても仕方なく、変なところで笑ってしまった自分が全面的に悪いような気がしたので、真紅はとりあえず謝罪の意を表した。

「申し訳ございません殿下。この娘はちと無駄にしあわせいっぱいなところがございましてな」ガフンダルがとりなした。

「ふん。頭がおかしいのなら仕方ないわ」そう言って、ティクルは剣を納める。

<どんなフォローなのよ。それで納得して剣を納めないでよちょっとぉ>

「ティーケー殿、そしてティクル殿。お初にお目にかかります。私はアパッチの旧友、ガフンダルと申す魔道師めでございます。そしてこのしあわせいっぱい娘がルビイ、そしてこちらにのそぉーっと立っております男がパイソンと申しまして…」ガフンダルが適当に挨拶をした。

「ガフンダル?もしや、ノルゴリズム屈指の大魔道師、玉虫色のガフンダル殿ですか」ティーケーが始めて言葉を発した。女性のように優しい声である。真紅は、眼鏡をかけさせたら、ペ・ヨンジュンに似てるんじゃないかな。などと考えている。

<オタクだけじゃなくて、韓流オバサンたちもアキバに集結かあ…。んぷぷぷっ。だめだめ、笑っちゃいけないわ>

「ガフンダルっていったら、あの性悪魔女ゲルダと組んで、魔導連合に追放された魔導師ね。で、そこの女、ルビイっていったっけ。お前はホビット庄の出身か?」

ぶちぃ!


ティクルの言葉は、触れてはいけない真紅の逆鱗に触れまくったようだ。いきなり真紅の堪忍袋が弾け飛んだ。

別に音がしたはずはないが、パイソンがギョッとして真紅の方へ眼を向けた。

真紅が電撃的に動いたかと思うと、次の瞬間にはホレハレコンの短剣の切っ先がティクルの喉元に突きつけられていた。ティクルはあまりのことに言葉を発することもできない。

「こらやめんかルビイ!」ガフンダルの叱責が飛ぶ。

「ゲルダさんとガフンダルのこと何も知らないくせに、テキトーなこと言ってんじゃないわよこのバカ女!」


ロードオブザリングの映画を見たことのある真紅は、『ホビット庄の出身』というのが、野暮ったいとか、足に毛が生えているとかの悪口であることはちゃんと認識してはいたが、それよりもゲルダの悪口が真紅の堪忍袋を弾け飛ばさせたようである。

ホレハレコンの刀身が徐々にどす黒くなって、周りの光を吸収し始めた。それにつれて、真紅の瞳が光を失い始める。

「まずい。黒の魔剣になるぞ!こりゃルビイ!気をしっかり持て」


その瞬間、パイソンが真紅の近くまで駆け寄り、手刀で真紅の手からホリハレコンの短剣を叩き落とした。ぐらっと真紅の体が揺れてその場に倒れこむところをパイソンが抱きとめた。

「うう。ゲルダかわいそう。ゲルダかわいそう…」真紅はうわごとのように同じ言葉を繰り返している。思わず真紅の体を強く抱きしめるパイソン。パイソンはそのまま真紅を抱きかかえ、ぐるっと部屋の中を見渡して、ふかふかのソファーを見つけると、黙って近くまで歩み寄り、ゆっくりと真紅の体をソファーに横たえた。

「ふん。制御できない力を持とうが、せんないこと。やはりホビット庄の出だわ」ティクルは憎まれ口を叩いたが、一連の出来事にひどく衝撃を受けたようで、胸を手で押さえ、声が上ずっていた。

「ガフンダル殿、どうか許していただきたい。妹はまだまだ世間知らずでございますゆえ」ティーケーがガフンダルに謝罪した。ティクルはあらぬ方向を向いて膨れている。

「私めなどは別によろしいのじゃ。なにせ通俗読み物などには無論そのようなことも書いてございますし、歴史書でありましても、魔道連合の編んだものでは、私はとことん悪者ですのでなあ」

「歴史的な記録は、権力者の都合のよいことだけが記されているということですね。玉虫色のガフンダル」

「まあ、一概にそうとも申せません。あれ(ゲルダ)が、闇の力と結託したのは事実じゃから。しかし一方的にあれを悪者にすると、ノームナイトのように、暗黒の地下大河に突き落とされしまうことになりますゆえ」ガフンダルはそういいながら、しきりに顎の無精ひげを撫でている。

「なんと。悠久の時を生きる精霊ノームナイトが、最近デラスカバリスカの地下大河にはまり込み、ついに消滅したと聞きましたが、あれは貴兄のなしたことでありましたか。ガフンダル」ティーケーは畏怖と驚愕の眼でガフンダルを見た。

「いや。私めのなしたことではなく…」ガフンダルはそこで言葉を切って、真紅とパイソンの方に眼をやり「あの二人がやらかしたことでな。ノームナイトの馬鹿者が、ゲルダの悪口を言いまして、あのルビイを怒らせた結果、最終的に地下大河に突き落とされることとあいなりましたのじゃ」と言った。

「なんと」ティーケーそして、今までそっぽを向いていたティクルまでが、真紅とパイソンをしげしげとみつめた。勿論真紅は気を失っているので自分が注目の的になっていることなどわからなかったし、パイソンはというと、ソファーの隅に腰掛け、うわごとを言い続ける真紅の頭を一心不乱に撫でていたので、自分たちが場の視線を集めていることにはまったく気がついていない様子であった。

「コホン。えー。申し訳ありませんが、わが盟友アパッチ殿からの紹介で、あなた方を皇子と皇女に引き合わせましたが、結局どのようなご用件なのですかな?」今まで、黙して成り行きを見守っていたタービンが、おずおずと口を開いた。

「おうそうじゃ。我々が皇子と皇女のおん前にまかりこしました理由でございますが……」

ガフンダルはそこで一旦言葉を切り、一瞬何事か考えているようであったが、やがて、いきなりそんなことを言って大丈夫なのかと心配になるぐらい単刀直入に用件を述べた。

「短刀直入に申し上げますと、我々は『光のオーブ』が欲しいのです。ちょうだい!」

最終更新:2009年03月15日 23:01