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神裂9:52:45  >  第二学区

神裂は、未だ第二学区に居た。
 送電塔からの俯瞰を終え、すぐに第七学区へ向かおうとしたのだが、
 群がってきた警備員(アンチスキル)の集団が、それを許さなかった。


 アサルトライフルのフルオート射撃が、神裂が陰に隠れた建物を激しく狙い撃つ。


神裂(くっ……モタモタしている暇は無いと言うのに……!)


 聖人の圧倒的な力を解放すれば、銃撃の雨を潜り抜け、警備員全員を数瞬で殺害する事も出来る。
 しかし、神裂は決してそうしない。


神裂(あの『変わってしまった』人たちも、いずれ元に戻せるかもしれない……
    安易な考えで命を奪うような真似は、できない!)


 『Salvare000(救われぬ者に救いの手を)』。
 それが、神裂の掲げる魔法名である。
 神に見放された者を、運に見放された者を、神裂が救い取る。


 その為に、ココで警備員達を殺す事は、神裂には絶対に出来ない。


神裂(……人数は7人。一列横隊で一斉射撃、ですか。
    『七閃』では上手く気絶させる事は難しいでしょうし、やはり接近して直接打撃を入れるしかありませんね)


 神裂は、覚悟を決め、物陰から飛び出した。


 踏み込みに体重を乗せ、一足で10メートルを移動する。
 警備員達が並んでいる場所にではなく、アサルトライフルの射線から外れるように、警備員の斜め前方に。
 突然飛び出した神裂に動揺した警備員を尻目に、二足目。
 今度こそ、警備員の一人に肉迫する。


 一人。
 拳で、警備員の腹を殴打する。殴られた警備員は映画のように軽々と吹っ飛び、近くの街頭に激突した。
 そのまま、踏み込みの勢いを殺さずに足を滑らせる。警備員達は未だ反応出来ていない。
 二人、三人。
 腰に差した七天七刀を鞘ごと振るい、警備員二人を纏めて薙ぎ払う。
 もう一足踏み込む。残る警備員が神裂に銃口を向ける。
 四人。
 鞘の先端で近くの警備員の喉を突く。内臓を絞り出すような喉音。骨は折れていない。
 五人。
 向けられた銃の一つを左手で握り潰し、右の掌底で警備員の顎を打ち抜く。


 残り二人。
 その二人が、銃のトリガーに手を掛ける。
 しかし、そのトリガーは引かれることなく、二人の警備員は、崩れ落ちるようにその場に倒れた。


神裂「?」


 しかし、神裂は何もしていない。
 もちろん、銃が撃たれたところで、その銃口の向きと手の震えまで見切れる神裂には全く効果は無いのだが。


 一瞬首を傾げた神裂だが、聞き覚えのある声によって、すぐに疑問は解けた。


五和「女教皇(プリエステス)! ご無事ですか!?」


神裂「五和?! あなたも学園都市内に居たのですか!?」


 フリウリスピアを手に持った黒髪の少女が、そこにいた。
 顔から血を流すこともなく、いつものようにオドオドした表情で。
 その表情を見て、神裂は僅かに安堵した。どうやら、五和はまだ無事のようだ。
 運が良かったのか、はたまたコレが五和程度の力があれば乗り切れる『異変』なのか、どちらの理由なのかは分からないが。
 しかし、すぐに思考を切り替える。


神裂「五和、雨避けの呪(まじな)いは知っていますか?」


五和「え? は、はい。知っていますけど……」


神裂「なら、今すぐ自分に呪いをかけなさい。この雨に濡れ続けるのは、危険です」


五和「? わ、分かりました」


 よく分からない顔で、五和は懐から呪いに必要なモノを探す。
 それを見ながら、神裂は続ける。


神裂「五和、貴女はここに来るまで私以外に『変わっていない』人間を見かけましたか?」


五和「いえ、女教皇が、初めてです」


神裂「そうですか……何はともあれ、無事で何よりです」


五和「……ありがとうございます」



 口を動かしている間も、五和はテキパキと呪いの準備を終えていた。
 そして、雨避けの呪いを自身の全身にかける。


五和「……これで、大丈夫でしょうか」


神裂「ええ、ひとまずは。ですが、雨だけではありません。
    今、この世界に満ちている『赤い水』には、気を付けてください」


五和「この世界……って、どういうことでしょうか?」


 五和は怪訝な顔で尋ねる。
 突然そんな事を言われて、分かるはずもない。
 あの『赤い海』を見た神裂ですら、自分の考えを疑いたくなるほどなのだから。


神裂「信じられるかどうかは分かりませんが……
    この場所……恐らく、この学園都市全域が、昨日までいた世界とは違う、どこか別の世界に隔離されてしまったようです。
    事実、今この学園都市の外は赤い海に覆われていて、完全に外界とは連絡が取れません。
    雰囲気としては、黄泉の世界にでもいるような気分ですね」


五和「よ、黄泉の…!?」


 その言葉を聞いて青褪める五和。


神裂「ええ。黄泉戸喫(よもつへぐい)は知っていますね。赤い水を取りこむという事は、アレと同じことを意味するのでしょう」


 黄泉戸喫。
 日本神話における用語で、黄泉の国の食物を口にすることを指す。
 黄泉の食物を食べる事で、その人間は黄泉の住人とみなされ、黄泉から還ることが出来なくなる、というものである。


五和「でも……だとしたら、どうやったら元の世界に……」


神裂「……まだ、はっきりとしたことは言えません。
    ですが、一つ、突破口があるとすれば……」


五和「?」


 神裂は、少しだけ言い淀む。


神裂「このような大規模な魔術的変異が、自然に起こるとは考えられません。
    恐らく、コレを仕組んだ術者が存在するはず。ならば、その者から術式の構造を聞き出すなり出来れば……」


五和「こんな、大規模な魔術を……」


神裂「勿論、一人だとは限りませんし、何か想像もつかない霊装や宝具を使っているのかも知れません。
    ですが、これが人為的なモノだということは間違いない筈です」


 喋るたび、神裂の顔が僅かに曇っていくことに、五和は気付かなかった。
 五和の頭の中は、他の事で埋め尽くされていたのだから。


五和「ほ、他の人達は無事なんでしょうか!? そ、その……」


 青褪めた顔で必死に尋ねる五和に、神裂は微笑む。


神裂「上条、当麻ですね。私も、向かおうとしていたところだったのです。貴女も―――」


 そうなのでしょう、と言おうとした時。


 突然、五和の身体が弾かれたように宙を舞った。
 真横から、何か強い衝撃を受けたように。


五和「が…っ…!?」


神裂「!? い、つわっ!」


 神裂は、吹っ飛んだ五和の身体に空中で追いつき、そのまま受け止める。
 傷は、アバラが数本折れているものの、命に関わるものではない。外傷も無く、出血も口から逆流した内出血だけだ。
 だが、頭部にもダメージがあるのか、意識が朦朧としている。これでは、暫く戦闘はできそうにない。


 神裂は、『攻撃』が飛んで来たと思われる方向へ視線を向ける。
 その50メートルほど先に居たのは、顔から赤い液体を流す、数人の学生だった。
 ごく普通の、学園都市の学生達。それはつまり。


神裂「『能力者』……ということですか……!」


 神裂は、魔術のエキスパートである。
 しかしそれ故に、科学について、能力者についての知識は、さほどではない。
 『学園都市の学生は超能力が使える』ということこそ知ってはいるが、
 それがどのようなものなのか、どのように対処すれば良いのか、となるとサッパリだ。


 五和を『何かの力』が吹き飛ばしたのは分かるが、それが何なのかは分からない。
 少しでも能力についての知識があれば、大能力(レベル4)相当の『念動力(サイコキネシス)』によるものだということは明らかなのだが。


五和「ァ……女教皇(プリエステス)……」


神裂「大丈夫。大丈夫ですよ、五和。あなたは、しばらくここでじっとしていなさい。
    彼らとは、私が勝負をつけます」


 神裂は、そう告げて、五和の身体をその場に寝かせる。
 そして、七天七刀を鞘ごと構え、顔を赤く染める学生達を見据えた。



神裂「―――三秒」



 踏み込み。
 左足で地を蹴って、右足で地を踏みつける。その一動作だけで、神裂は50メートルの距離を詰めた。
 学生達は、驚く暇すら与えられない。
 そして、攻撃に移る。
 七天七刀の鞘で、学生達の急所を順々に打突する。
 頭部、咽喉、心臓、睾丸、向脛。
 意識と戦意を奪い、けれど命は奪わない。


 計四人の学生の意識を刈り取るまで、三秒。
 だが、その三秒で、全て終わったわけではなかった。



神裂「ふ…ぅ。早く五和の傷を―――っ!」


 背後から、殺気。
 咄嗟にその場を飛び退く神裂。数瞬後、飛び退いた場所が、音を立てて燃え上がった。
 『発火能力(パイロキネシス)』。


 更に、別の殺気。
 周囲から飛来した弾丸を、全て七天七刀の鞘で弾き飛ばす。


 いつのまにか、神裂の周りは警備員と学生に囲まれていた。
 勿論、全員が顔から赤い液体を流している。


神裂「次から次へと……」


 神裂は軽い溜息をつくと、それ以上何も言わず、戦闘態勢に入る。
 時間をかけている余裕はない。


 爆発的な脚力による踏み込みで距離を詰め、七天七刀の鞘で意識を奪う。


 ただそれだけの戦法だが、根本的な身体能力の差が、神裂の勝利を決定付けていた。
 学生の能力も、警備員の銃器も、当たりさえすれば神裂にダメージを与えることは出来る。
 だが、警備員も、学生も、誰も神裂の動きについていけない。動きを目で追う事すら困難だ。
 単純にそれだけの理由で、警備員と学生達は次々と意識を奪われ倒れていく。


 だから、神裂は気付かなかった。
 圧倒的な能力差があるからこそ、勝負はすぐに終わる。
 圧倒的な能力差があるからこそ、危険も無い。



 だから、いつのまにか起き上った警備員が、倒れる五和の頭に銃口を向けているのに、気付かなかった。



神裂「!!!?」


 神裂の視界に、それが映った時は、もう遅かった。
 全力で、音速にも及ぶ踏み込みを以てして五和の元へ跳んだ時には、既に遅かったのだ。


 パァンッ


 風船が割れるような、軽い音だった。
 学園都市製の、軽反動小銃。


 神裂は、銃を構える警備員を薙ぎ払う。音速に至る踏み込みに、音速に至る鞘薙。加減が出来たかどうかも、分からない。
 これ以上無いくらい、最高のスピード。


 しかし、既に、弾丸は、五和の眉間に。 


神裂「――――――ぃ」


 この警備員は、一体いつから居たのか、神裂は思い出せない。
 何故、こんな油断をしたのか、何故、こんな事態を見逃したのか。


 五和は助かるのか。助かる方法は、あるのか。治癒魔術。治癒能力。神裂はどちらも使えない。
 赤い水。ふと、頭をよぎった、赤い水。
 それは、ダメだ。でも、このままだと。


神裂「い、つわあああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!」


 神裂の叫びが、第二学区に響いた。
最終更新:2010年11月07日 05:09
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