美琴「んー……黒子のヤツ、朝っぱらからどこ行ったのかしら」
制服のブレザーを羽織りながら、御坂美琴は溜息をついた。
朝起きると、ルームメイトである白井黒子の姿が無い。
元々、風紀委員(ジャッジメント)の仕事で忙しい身ではあったが、流石に早朝から出かけるということはまず無かった。
美琴「……ま、アイツにもプライベートとか、色々あるわよね。
単に風紀委員(ジャッジメント)の緊急呼び出しなのかも知れないし」
更に、御坂を心底慕っている白井が、何も言わずに早朝の部屋から抜け出すということも、前例が無かった。
その疑問を無理矢理納得して、御坂は身支度を整えていく。
いつも通り、登校する為に。
寮を出る。
妙に静かな外の空気。
いや、妙に静か、どころの話ではない。
美琴「……?」
誰もいない。辺りに人の気配が無い。
部屋を出てから今まで、寮の中でも、街路に出てからも、誰にも会っていないのだ。
美琴(……今日って、もしかして日曜日!?)
慌てて携帯電話で日付を確認するが、そういうわけでもなかった。
金曜日。祝日でもない、平日だった。
美琴(何よこれ……何で誰もいないの……?)
そして。
銃声。
更に、悲鳴。
空気を裂くような、女性の悲鳴。
美琴「ッ!!!」
御坂の脚は、無意識の内に、銃声と悲鳴が聞こえた方向に駆けだしていた。
やがて、御坂の意思で、脚は更に速さを増す。
美琴(事件!? 能力者が暴れてるのかしら!)
普段は事件と聞けば好奇心と興味本位で首を突っ込む性格の御坂だったが、
今回は流石に訳が違った。
女性の悲鳴。それも、恐怖に怯えた必死の絶叫。
それを見過ごせない程度には、超能力者(レベル5)第三位、『超電磁砲(レールガン)』はお人好しだっただけの話。
走る。
音はかなり近かった。学区内であるのは間違いないし、精々数百メートルの距離だろう。
更に走る。
学園都市内で僅か7人しかいない、超能力者(レベル5)。
最新鋭の陸軍一個大隊とも肩を並べる、一人の人間。
走る。
ふと路面をみると、うっすら濡れている。僅かに雨が降っているようだ。
科学技術による気候管理すら可能な学園都市で、雨は珍しい。
空はうす暗く、雲がかかっている。
御坂の予想通り、現場はすぐ近くだった。
美琴「警備員(アンチスキル)……誰かと、戦ってる……?」
教職員達による学園都市の自衛組織、警備員(アンチスキル)の面々が、『何か』と銃撃戦を行っている。
大仰な重火器もちらほら見えており、相当厄介な相手らしいことが伺える。
御坂は辺りを見回した。
先ほどの悲鳴の主を探そうとしたのだが、一般人らしき人影は見当たらない。
警備員(アンチスキル)の悲鳴だったのだろうか。
ジャリ。
唐突に。
御坂の背後で、靴を踏み締める音がした。
御坂は、振り向かない。
美琴(……接近に気付かなかった?
いや、違う。今、コイツは、『何もない場所から突然現れた』……!)
御坂は、体から無意識的に発せられるAIM拡散力場(電磁波のような形態をしている)により、
レーダー探知のような能力を発揮出来る。
その御坂が、不意の接近に気付かないはずはない。
そして、学園都市には、三次元上の移動制約を無視して、空間を跳躍出来る能力者も存在する。
空間移動能力者(テレポーター)と呼ばれる能力者だが、希少価値も高く、学園全体でも58人しか存在しない。
美琴「動かないで。変な真似したら、シビレるくらいじゃ済まないわよ」
銃撃戦を覗く御坂の背後に空間移動(テレポート)してくる不審者。
当然、警戒しないはずもない。
美琴「まず、名前を名乗りなさい。あなたは誰?」
御坂は振り向かないまま、背後の人間に問う。
背後の人間は、動かない。
しかし、返答はあった。
――――おねえさま。
小声だったが、よく知った声だった。
その呼び方も、その声も、御坂には馴染みのあるものだ。
御坂の体から緊張が解ける。
御坂「なーんだ、黒子。やっぱりアンタ風紀委員(ジャッジメント)の仕事で―――」
御坂は振り向いて、
白井「お゛ね え さ ま゛ぁー」
――――絶句、した。
血。赤い液体。赤い水が。
目から。鼻から。口から。
血が。血が、噴き出して。
白井黒子の。馴染みの後輩の。
引き攣った笑顔を。満面の笑みを。赤く染めていた。
御坂「―――ヒ、ッ」
心臓が止まるかと思うほど、実際に一瞬止まるほど、その光景は、残酷だった。
控えめに見ても十分可愛らしいと言える白井黒子の顔は、完全に人間以外のソレに変わっていた。
傷は付いていない。相変わらずの白い肌と、大きな瞳。
けれどそれ以上に、その壊れた笑みと、顔を流れる赤い液体が、御坂に恐怖と吐き気を催した。
軍隊とも互角以上に戦える超能力者。
音速を超える弾丸を作り出す発電能力者(エレクトロマスター)。
しかし、御坂美琴は、中学生だった。
14歳の、子供だった。
仲の良い後輩の、変わり果てた顔を見て、何も思わない訳が、ない。
御坂「――ぁ――ぅ――っ」
口をぱくぱく動かしても、呼吸が出来ない。息が吸えない。
頭の中は真っ白で、何も考えられない。
動き出した心臓も、いつまた止まるか分からなかった。
白井は、ゆっくりと御坂に近付いていく。
いつも通りの、足取りで。
白井「 お ね え゛ さ まぁー ?」
白井の手には、細い、鉄の矢が―――
美琴「―――ッ!!」
瞬間、御坂が動いたのは、恐怖からだったのか、もしくはAIM拡散力場の揺らぎを感じ取ったのか。
思いっきり地面を蹴って、体を横にずらす。
そのずらした体の右肩を、鉄の矢が抉り抜いた。
美琴「アアアアアァァ―――ッ!!」
激痛に頭が揺れる。
しかし、横に跳ぶ前に肩があった場所には、首があった。
テレポートで『跳躍』した物体は、その場にあったモノを押しのけて移動する。
動いていなければ、確実に御坂の首に穴が空いていただろう。
無様に地面に転がる御坂。
鉄矢は細いとは言え、完全に貫通している。右肩はとても動かせそうにない。
美琴「く……ろ、こ……」
白井「うふ」
御坂の呼びかけに、僅かに反応する白井。
白井「うふふふ」
しかし。
白井「うふふへふへふうふううふううううううああああアアアアア――――」
白井は、まるで人でなくなってしまったように、御坂には思えた。
御坂には、何が起きているのか、全く分からない。
これが何者かの『能力』によるものなのか、と考えたが、こんな能力は見たことも聞いたことも無い。
まして、魔術(オカルト)の世界を知らない御坂に、この事態を理解しろと言うのは無理だろう。
御坂「ぅ、ぅ、ぅっ、うっ」
御坂の両目に、涙が溜まる。
突然異常な世界に放り込まれた恐怖と絶望が、御坂の心を深く傷つけていた。
白井の手に、再び鉄矢が握られる。
今度は、三本。
白井「い゛ぃっしょに゛ぃー、な゛ぁりましょお゛ー」
防御は不可能。
空間上の制約を無視して、直接御坂の体に打ちこまれる攻撃には、磁力の盾も効果を成さない。
御坂「……っんじゃ…わょ…」
御坂は頭を垂れて、白井を見ていない。
白井は、満面の笑みを浮かべて、御坂を見つめている。
バチ。バチバチ。
空気が、揺れる。
御坂「ふざけんじゃないわよッ!!」
白井の手から鉄矢が消えるよりも早く、御坂と白井の間に、黒い壁が現れた。
砂鉄。
周囲の地面の土壌部分から膨大な量の砂鉄を巻き上げ、壁にした。
電気を操る御坂の能力は、同時に強大な磁力をも生み出せる。
だが勿論、それでテレポートが止められる訳もない。
いくら硬く大きな壁があろうと、それを乗り越えるのが空間移動(テレポート)なのだから。
白井の手から、三本の矢が消える。
御坂の居た場所へと、空間を飛び越えて。
カラン。カランカラン。
乾いた音。鉄矢が、地面に落ちる音。
砂鉄の壁が崩れ落ちた時、そこに御坂はいなかった。
ただ、御坂の持ち物が入った通学バッグと、『御坂が居た場所』にテレポートした三本の鉄矢が残るだけ。
空間移動(テレポート)能力は、十一次元上の座標軸を元に演算し、空間を飛び越える。
無論、演算さえ出来るならば、能力者本人の目の届かない場所でも正確に移動することが可能である。
しかし、それは『目標物』が無い場合の話。
目標物に重ねて移動させようとした場合、しかも目標物が視界の外にあり、更に動くモノだった場合。
正確に目標物目がけて空間移動させるのは、非常に困難である。
御坂は、そのことを知っている。
見えない場所への正確な空間移動(テレポート)がどれだけ困難であることか、知っている。
だから、砂鉄のカーテンを作り、白井の狙いを外させた。
後に残された白井は。
白井「お ね゛ え さ゛まぁ」
御坂の通学用バッグを引っ掴むと、一心不乱に内容物を漁り始めた。
御坂「……はっ、はっ、はっ」
御坂は、走っていた。
今度は逃げる為に。
どうしてこんなことになったのか。白井はどうなってしまったのか。
何も分からない。分からないけれど、逃げる。逃げ続ける。
最終更新:2010年11月07日 05:23