滝のように降り頻る豪雨の中。
神裂火織は、刀を振るっていた。
次々と襲いかかる『警備員(アンチスキル)』と学生達を、刀の峰で昏倒させていく。
狙うのは急所。手加減こそしているものの、神裂の手に込められる力は次第に強まっていた。
身の丈以上の長さがある七天七刀も、もう鞘に納められてはいない。
抜き身のまま、妖しく輝く刀身を晒している。
神裂「~~~ッッ!!」
神裂は、歯を食いしばり、ただひたすら『屍人』を薙ぎ払う。
薙いでも薙いでも、払っても払っても、倒しても倒しても、屍人達は、光に集る蟲のように、神裂へと襲いかかる。
神裂が刀を振るうそのすぐ傍に、五和の体が横たえられていた。
ピクリとも動かず、目は閉じられている。
そして、その額には、大きな銃痕が――――
神裂「アアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
神裂が一際狂ったかのように叫び、刀を握っていない左手を大きく振りかぶった。
すると、周囲のアスファルトの地面が音を立てて罅割れ、破砕し、屍人達はその破片を受けてたじろいだ。
『七閃』と名付けられた、神裂の戦闘技術。
周囲に張り巡らせた極細の鉄糸を操るものだ。
殺傷能力は高い。それ故に、神裂は今まで使用を控えていたのだが、その余裕も、今はない。
倒しても、立ち上がってくる。
倒しただけでは、安心出来ない。
五和が撃たれた時のように――――
神裂の表情が歪む。
先刻、倒れた五和へ追い撃ちの銃弾を浴びせたのは、他でもなく、『神裂が最初に倒した警備員』だった。
既に倒していたから、地に伏せていたから、油断していた。
もう起き上がっては来れないと、タカをくくっていた。
その油断が、五和を。
殺した。
神裂「っ!!」
僅かな思考の隙にも、屍人からの攻撃は止まらない。
『七閃』で体勢を崩せたのは、せいぜい周囲5メートルにいた屍人だけだ。
その射程範囲外から、神裂には見えない遠隔攻撃―――『念動力(サイコキネシス)』や『精神感応(テレパシー)』―――が飛び込んでくる。
無論、見えないからと言って攻撃を受けるほど、神裂火織は脆くない。
『念動力』は原理こそ分からないものの、術式を施した刀で防御できるのは確認出来たし、
『精神感応』も、信仰による精神防壁がある神裂には効果が薄い。
それら全てを払い除ける。
五和の体へと向けられた攻撃も含め、全てを。
五和は、動かない。
脳に銃弾を受けているのだから、当然だ。
五和は、動かない
死んでいるのだから、当然だ。
五和は、動かない。
――――まだ、雨除けの呪いが働いているのだから、当然だ。
五和の体を早く動かさなければ、『赤い水』の及ばない場所へ運ばなければならない。
でも、それはどこだ。
建物の中。否、屍人達が押し寄せる。
土の中。否、雨は土に浸透して辿り着く。
結界の中。否、外敵の侵入を許さない結界を張るには、それなりの下地が必要だ。
神裂は焦っていた。同時に、悩んでいた。
けれど、彼女には、そんな時間すら、残されていなかった。
五和の顔が。体が。服が。
いつの間にか、濡れている。
赤い雨に晒されて、赤く濡れている。
体中の傷跡は、いつのまにか無くなっていて、額の銃痕も、半分ほど『埋まって』いた。
神裂がそれに気付いた時には、もう遅く。
五和は、ゆっくりと、起き上がった。
いつもの朝を迎えたかのように。
穏やかな表情で。今にも笑い出しそうなほど、穏やかな表情で。
顔から、赤い水を垂らしながら。
起き上がって、神裂を見た。
神裂「――――い、つわ」
五和「プーリえースてぇぇェェェぇぇーす♪」
→2、逃げる
終了条件1:『第二学区』からの脱出
神裂「う、う」
神裂は。
神裂「うううう、うううううううう」
神裂は、堪え切れず、五和から目をそらした。
どうしようもないくらいに、変わってしまった少女。
嬉しそうに歪んだ笑顔からは、狂気と狂喜が滲み出る。
いずれ、元に戻せるかもしれない。
安易な考えで命を奪うことはできない。
そんな理由で、そんな自分本位の思考で、結果、目の前の少女は、こうなってしまった。
薄々分かっていたはずなのに。
認めたくなかった。救いたかったのだ。
――――『屍人』は、恐らく、元に戻らない。
黄泉戸喫(よもつへぐい)。
一度黄泉の住人になった者は、決して現世には還れない。
黄泉還ることは、出来ない。
呪いを解くと言っても、これほどの強力な呪いを、果たして解呪出来る者が、本国にさえ何人もいるかどうか。
こういう事に滅法強い、あの『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の少年も、今回ばかりは、恐らく無力だろう。
あの力が『右手に触れたモノ』だけを打ち消すのなら、屍人の体内を流れる『赤い水』には、触れる事が出来ないのだから。
神裂「うううううううううううううううううう」
だから、『これ』は、自分の責任だ。
神裂は自責する。
救われぬ者に救いの手を。
その名を掲げておきながら。
救われていた筈の少女でさえ、救えていない――――!
五和は、傍に落ちていたフリウリスピアを拾い上げ、戦闘態勢を取る。
切っ先は、当然、神裂の方向へ。
神裂「ううううううああああああああああああああっっっ!!!!!」
その気配を感じて、神裂は、ついに逃げ出した。
屍人となった五和に背を向けて、全力で。
警備員からの銃撃も、学生達の能力も、五和の魔術も、弾き飛ばし、払い除け、幾つかはその身に受けながらも、神裂は逃げた。
聖人の圧倒的な脚力は、群がる屍人をものともせずに、その包囲網を突き破る。
数十秒ともしないうちに、屍人の群れは見えない場所まで遠ざかっていた。
それでも、神裂は逃げ続けた。赤い雨の中を、冷たい汗に濡れながら。
間違っていたのか。それとも正しかったのか。
屍人になった彼らを、彼女らを、それでも救いたいと希望を持った事は。
屍人に止めを刺さず、五和を見殺しにした事は。
間違っていたのか。正しかったのか。
神裂が止めを刺さなかった屍人達は、今は倒れている者も直に起き上がり、他の人間を襲い始めるだろう。
それは、神裂の責任だ。屍人を完全に『殺し切る』事が出来たのに、そうしなかった神裂の責任だ。
屍人を救いたいと言っておきながら、人間を見殺しにする。
今、神裂がしていたのは、つまりそういうことだった。
神裂は、少しの間、考えるのを止めた。
そして、逃げ続ける。
終了条件1達成(ミッションコンプリート)
最終更新:2010年11月07日 05:45