―――オオオォォォォン―――
それは、獣の唸り声にも似た、サイレンの残響音。
魔笛の音は、空の果てから響き渡り、学園都市を覆い囲むように鳴り続ける。
サイレン。危険を知らせる警笛装置。
その語源は、西洋の伝説に登場する人魚、セイレーンであるとされる。
岩礁の上から美しい歌声で船を呼び寄せ、難破させる妖怪の類だ。
かつての人々は、そのセイレーンの危険な声になぞらえて、危険を知らせる警笛をサイレンと名付けた。
サイレン。
本能に危険を知らせる警笛。
人を惑わせる人魚の歌声。
一方通行「クソ、クソ、クソクソクソクソッタレェェェェェェェェェッ!!!!!!」
第二学区の一角、とあるビルの軒下で、一方通行(アクセラレータ)は叫んだ。
その両手の上には、苦しげな表情を浮かべる打ち止め(ラストオーダー)が眠っている。
一方通行「ふざけンなよチクショウが! このイライライライライライラさせやがる音は何なンだっつーンだよォォッ!!!」
そのサイレンが鳴り始めたのは、およそ十分ほど前のことだった。
突然、何の脈絡も無く響き始めたサイレンの音に呼応するように、眠り続けていた打ち止めが、苦悶の表情で呻き始めたのである。
大粒の汗が額に浮かび、小さく首を振る打ち止め。
――――それはさながら、人魚の呼び声を拒んでいるかのような。
建物の中に隠れても、耳を塞いでも、挙句には空気振動のベクトルを『反射』しても、サイレンの音は、止まらなかった。
聞こえる筈の無い、届く筈の無い音は、苦しむ打ち止めを嘲笑うように、鳴り続ける。
一方通行がそのサイレンの音を聞いたのは、これが二度目である。
ちょうど、正午の頃にも、同じように謎のサイレンが鳴っていたような記憶があった。
その時は、打ち止めにも何ら異常は無く、学園都市側の鳴らした警笛だろうか、と軽く考えていた。
だが、これは、違う。これはきっと、そんなものじゃない。
一方通行は、今になってようやく確信する。
一方通行(『反射』してる筈の音が、聞こえるワケがねェ。
それでも聞こえてるってのは、そもそもこれが『音』じゃねェか、或いは……)
或いは、『反射出来ない』、音なのか。
この世界には、『能力』とは次元を異にする『何か』が存在する事実を、一方通行は知っている。
一方通行の能力でも、操り切れないベクトルが存在するという事実を。
一方通行が為す術なく打ち止めを見守っている内に、次第とサイレンの音は薄れ、やがて完全に聞こえなくなった。
打ち止めの苦しげな表情は僅かに安らいだものの、やはり依然として苦痛の色が見て取れる。
一方通行(どうすりゃいい、どうすりゃいいンだよ、クソ!!
考えろ、考えろ、考えろ考えろ考えろ!!
テメェの最優(アタマ)は何の為にある、テメェの最強(チカラ)は何の為にあンだよ!
このアタマは、このチカラは、飾りの為に付いてンじゃねェだろォが!!)
冥土返し(ヘヴンキャンセラー)も、芳川桔梗も、およそこの事態を解決できそうな人間は皆、見つけることができなかった。
それどころか、そもそも朝目覚めた後、打ち止め以外のマトモな人間に、一方通行はまだ出会っていない。
一方通行(コイツが苦しんでる原因は何だ!?
銃撃を受けた後も、傷跡はすぐに塞いだし、血液もさほど流れちゃいねェ。
他にダメージを受ける要素があったってのかァ!?)
先ほどから打ち止めの身体に触れ、その体内のベクトルを観測していたが、異常は見当たらない。
あるとすれば精々、血圧がほんの少し高まっている位のもので――――
一方通行(――――血圧?)
その言葉に、何か、引っかかるものがあった。
血圧。血液。
それは、確か。
???「――――ギャギュゥゥゥゥーッ!!!」
その思考を遮るように、またしても一方通行の前に、『敵』が現れる。
思考に気を取られて、接近に気が付かなかったのか。
空にかかる薄雲と、陰り始めた夕陽のせいで、既に周囲は暗い。
『敵』の姿もやや見え難く、うっすらともやがかかっているかのようだ。
一方通行「――――」
けれど。
その『敵』は、その顔は、一方通行には、ハッキリと見えた。
見違える筈も無い。
忘れる筈も無い。
その姿は、昏い、暗い、闇夜の中で、何度も、何度も、目にしてきた。
その『敵』を、何度も、何度も、壊してきた。
亜麻色の短髪に乗せられた軍用ゴーグル。
感情の無い虚ろな瞳。
『常盤台中学』の制服に、やや時代錯誤の白いルーズソックス。
一方通行と一万回戦闘し、一方通行が一万回殺戮した、彼の為の『実験用動物(モルモット)』。
『超電磁砲(レールガン)』の量産型クローン、通称『妹達(シスターズ)』。
一方通行「――――カ、ハァッ」
相も変わらず無機質的な表情を、赤く流れる液体が飾り付けている。
そして、その『人型』を留めた一体の妹達の後ろから。
カサカサカサカサと、獣のように、蟲のように、次から次へと、変わり切った妹達が湧いて出てきた。
芳川の研究所で出会ったような、犬のように四つん這いの個体や、巨大な粘土細工のような個体。
或いは、ここ数時間、屋外で多く見かけるようになった頭部から羽根を生やした個体も。
人間を逸脱し、異形となった妹達は、一方通行の眼前を覆いつくすように現れ続ける。
一方通行「カハ、カハヒ、ケヒ、ヒヒヒヒヒヒャヒャヒャヒャッ
ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ」
一方通行は、歪な笑みで、それらを見据える。
狂ってしまいそうな声を出して、狂ってしまいそうな脳髄を抑えつける。
誰よりも――或いはお姉様(オリジナル)の御坂美琴よりも――、一方通行にとって、この光景は、地獄そのものだ。
妹達「ギュヒ、サカハミサカハ、ギャ」
妹達「ミサカハミサカハ」
妹達「天シサマガ」
妹達「緋イ」「イノッテミマス」「アクセラレー」「トミサカハ」「ゲヒヒ」「サカハ」「キリトヤ」
妹達「ソラカラ」「海ニカエ」「赫」「ッテミマス」「オネエサ」「レンゾ」「インフェ」「ミサカ」「ソンナコ」
「虚母ロ主ヲ」「ケヒ」「ギュギュ」「キリト」「エイエン」「ミサカハ」「ミサカハ」「トヤエレンゾ」
「ンゾ」「キレイ」「ウフフフ」「ギャギィ」「ミ坂ハ」「シマス」「キリトヤ」「エレンゾ」「フフフ」
「紅ク」「カミジョウ」「キリトヤエレ」「カギ」「上イ個タ」「ミサカハ」「カーゴーメ」「ギャヒヒィ」
「キリトヤ」「エレンゾ」「ミヲ」「ウツロ」「御サカハ」「テンシサマ」「ミサマガ」「クルヨ」「カミサ」
「パライゾニ」「赤イ」「赤」「マウズ」「レンゾ」「シノダ」「サヨナ」「タノシイ」「ミサマ」「フヒ」
「キリトヤ」「エレンゾ」「カミサ」「キリトヤエレンゾ」「マガ」「キリトヤエレンゾ」「ハヒヒヒヒヒヒヒ」
「サマガクル」「キリト」「カミサマ」「エレンゾ」「ミサカ」「キリトヤエレンゾ」「カミサマガ」「レンゾ」
「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレン」「カミサマガ」「トヤエレンゾ」「クルヴォ」「キリトヤエレンゾ」
「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」
「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」
「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」
「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」「キリトヤエレンゾ」
思い思いに呟く妹達の言葉は、一方通行には届いてない。
否、一方通行の耳には、何の音も届いていなかった。
届いてはいるだろうが、聞こえてはいなかった。
彼の沸騰した脳髄には、空気の振動を音として認識するだけの余裕すら、なくなっていたのだから。
一方通行「――――」
――――絶対ェに、許さねェ――――
その言葉は、当然の如く妹達に向けられたものではなく。
どこの誰とも知らない、『敵』へと向けたものだった。
ギチギチギチギチギチと、一方通行の奥歯が震えてがなり立てる。
怒りのあまりひとりでに動く身体を、僅かに残った理性で抑えて、打ち止めの震える身体を強く抱きしめた。
打ち止め、或いは『最終信号(ラストオーダー)』。二万体の妹達を統べる、上位司令系統個体。
本来なら、打ち止めの下す命令で、妹達を否応無く退けることも可能だろうが、衰弱して意識の無い打ち止めに、無理はさせられない。
仮に打ち止めが意識を戻したとしても、こうまで変わってしまった妹達に、果たして以前と同じく命令が通じるのか、という問題もある。
打ち止めの力は借りられない。
一方通行自身の力のみで、この現状を切り開かなければならないのだ。
さきほどから打ち止めの体内ベクトルを観測していた手前、能力行使のスイッチは切り替えている。
しかし、果たしてこれをそのまま使い続けて良いものだろうか。
勿論、能力を使えば、大した苦も無く、打ち止めを傷付ける事も妹達を殺す事も無く、この状況を切り抜ける事ができるだろう。
だが、一方通行の能力行使時間には限りがある。
朝から断続的にではあるが、充電無しで能力を使っている為、恐らく電極の残りバッテリーは半分以下。
能力行使モードにすれば、およそ十分程度の時間しか持続しないだろう。
ならば、少しでもバッテリーを節約するため、この場は能力行使モードを解除して乗り切るべきなのではないか。
当然、能力を使用しない状態では相当の危険が伴う。
しかし、決して乗り切れないほどの危険ではない。
一方通行という人間の凶悪性――強さ、と言い換えても良い――はその能力ではなく、より本質的な部分にこそ存在するのだから。
むしろ、今、『この程度』の状況で能力を無駄遣いする方が危ういという見方も出来る。
より大きな危機に瀕した際、ベクトル操作能力どころか、思考能力さえ失った状態になってしまう可能性すらある。
能力を使うか、使わないか。
この選択が、一方通行、ひいては打ち止めの命に関わる重要なモノになるのは、自明の理であった。
そして、一方通行の取った選択は――――
→2、能力を使わずに、この場を脱出する
終了条件1:『妹達』を撃退する
一方通行「だァれがテメェの思い通りになるかってんだよオオオォォォォォッッ!!!!」
一方通行は大きく吠え、同時に電極のスイッチを切り替える。
ふっ、と身体から力が消えていく感覚と共に、ベクトル操作能力は消失した。
多勢による包囲網で時間を浪費させ、力を削いでいく。
いかにも、洗脳趣味(パペットマスター)のやりそうなことではないか。
能力は使わない。それでも、打ち止めは護る。妹達も、殺しはしない。
それが、一方通行の選択だった。
能力を失ったことによって身体のバランスが崩れるが、あらかじめ右手で持っておいたアサルトライフルで体勢を保つ。
幾度か続いた戦闘の中で、既に銃器は十分確保している。
これだけの妹達を相手取っても、何とか逃げ切れるくらいは出来るはずだ。
一瞬、動こうとした犬型の妹達の前脚(?)に、銃弾を撃ち込む。
杖代わりのアサルトライフルで強く地面を突き、右半身の重心を浮かせた状態で発砲、即座に元の位置へ銃を戻す。
まるで曲芸のような早撃ちだが、しかし一方通行は当然のように身につけているスキルだった。
一方通行「まァずは、不意打ち一発、ってなァ!」
僅かに怯んだ妹達全体の隙を見計らって、左手で懐から更に武器を取り出す。
左腕の中に抱えた打ち止めに気を遣いながら、慎重に、素早く。
取り出したのは、スタングレネード。
安全ピンを口で取り払い、軽く前方に投げる。
そして即座に、左手を電極のスイッチへと近付ける。
爆発。
眩い閃光と、耳を劈く爆音が周囲に撒き散らされる。
妹達「ギャギャギャゥッ!!!?」
大きく怯む妹達。
いくら姿形は変わっても、感覚器を直接的に攻撃されるのは堪えるようだ。
対する一方通行は、間近のビルの中へと飛び込んでいた。
グレネードが爆発する瞬間、一秒だけ能力をオンにして、自分と打ち止めに向けられた光と音を『反射』。
同時に地面を蹴り、ビルの玄関ガラスを突き破りながら内部へと入り込んだ。
当然、ビルの中に入ると即座に電極を切り替えて、能力行使を断つ。
無駄遣いを避ける為に切り捨てた能力を、そう長い間使っていれば本末転倒だ。
一方通行「後は、このまま逃げ切るしかねェか……!」
少なく見積もっても二十体以上はいたであろう妹達と、開けた場所で面と向かうのは馬鹿馬鹿しい。
出来る限り、狭く、見通しの悪い屋内へ逃げ込むのが得策なのは間違い無いだろう。
スタングレネードを受けた妹達がこのまま諦めてくれれば良いが、十中八九、そうはいかない。
割れたビルの玄関ガラスを見て、中へ飛び込んでくるだろう。
そうなれば、致命傷にならない程度の傷を負わせて退けるか、或いは隠れてやり過ごすか、どちらかしかない。
一方通行は、杖代わりの銃で地面を突き、必死でビルの階段を駆け上がる。
打ち止めを抱える腕が、疲労で痺れかけている。
一方通行「チッ、チビガキの、クセに、随分と、重てェじゃ、ねェか……ッ!」
打ち止めの小柄な軽い身体でも、元より身体能力の低い一方通行には、ウェイトトレーニング並の負荷になる。
それを抱えて、早足で歩いているのだから、一方通行の体力は見る見る間に失われていった。
妹達「テキヲハッケンシマシタ、トミサカハ」「ギャギュィー!!」
一方通行「!? クソ!」
背後から聞こえてきた妹達の声。
見れば、先ほど集団の先頭にいた人型の妹達と、頭から羽根を生やして飛び回る妹達が、二体並んで一方通行達へと飛びかかってくるところだった。
一方通行は半ば転がるように前方へ身を投げ出し、階段に寝そべって、右手のアサルトライフルで二体の妹達を銃撃する。
まず、間近まで迫っていた飛行個体の頭部の羽根目掛けて、連射する。
四枚羽ばたいている羽根の内の、上下に並んだ二枚を撃ち抜くと、飛行個体はバランスを崩し、階段の床へ激突した。
続いて、やや後ろの人型個体の脚を撃ち抜く。
暗闇で狙いが付け辛いが、フルオート機構のアサルトライフルなら、ある程度狙いを絞れば勝手に命中する。
一方通行(コイツらは確か、脳波ネットワークで情報を共有してたハズだ。
オレの能力が生きてるってことは、それは今でもまだ機能してる……!
つまり他のヤツらにも全員、オレ達の居場所がバレたってコトか!)
急いで立ち上がり、残り少ない階段を上り切る。
ビルの三階。どうやらこのビルは、どこかの商社のオフィスビルのようだった。
一方通行(ひとまず、このフロアで隠れる場所を探すンだ)
階段の近くにあった部屋へと入り、身を隠せる場所を探す。
その部屋は、事務室だったのだろうか。
あちこちに積まれたダンボールと、汎用電子演算機器が幾つか置かれた長机。
部屋の隅には、業務員用らしきロッカーがあった。
一方通行(あのロッカー、オレと打ち止めぐらいなら入れそうだな)
ロッカーへと近付き、中を確認する。
幸運にも中は空っぽで、二人が入れるスペースは十分にあった。
急ぎ、その中へ身を滑らせる一方通行。
そしてロッカーを閉め、息を潜める。
ちょうど顔の高さの位置に、外を確認出来る程度の穴があったので、そこから外を窺う。
ロッカーへ身を隠してから、僅か数秒後。
部屋の入り口から、妹達が現れた。
妹達「ニゲバハアリマセン、ト」「ケイコクヲ」「ミサカハ」「デテキナサーイ」
四体。犬型が二体と、粘土塔型、羽根型が一体ずつ。
出来る事なら、相手にしたくない数だ。
殺さずに行動不能に出来る自信が、無い。
妹達は、部屋の中を探し始めた。
ダンボールを叩き壊し、机をひっくり返す。
知性の欠けた、まるでだだをこねる子供のような振る舞いで、周囲を手当たり次第に捜索する。
そして、その手が、部屋の隅に並ぶロッカーへと向けられる。
ガン、ガン、ガゴン!!とロッカーの扉を打ちつける音。
しかし、それは一方通行達の入っているロッカーではない。
ガン、ガン、ガゴン!!
また、別のロッカーが叩かれる。これも一方通行達の入るロッカーではない。
ガン、ガン、ガゴン!!ガン、ガン、ガゴン!!
また別のロッカー。更に別の。もう一つ別の。
一方通行「――――ッ」
隠れ切れるだろうか。
音から察するに、妹達はロッカーの扉を叩くだけで、中まで確認してはいない。
それならば、このまま息を潜めていれば――――
しかし、その考えは、甘かった。
――――ガン!! ――――ガン!!
気がつけば、音はすぐ隣のロッカーにまで迫っていた。
一方通行は、覗き穴から外を見る。
――――ガゴン!!
そして、理解した。
黙って隠れ続けるのが、不可能だという事を。
ロッカーを叩いていたのは、粘土塔型の妹達だ。
芳川の研究所で戦闘した個体と同じく、細長い両手に、異形の身体。
違うのは、粘土塔の頂上に付けられた顔が、見知らぬ女生徒ではなく妹達のモノだということ。
その妹達は、長い手を使って、力の限りロッカーを叩いていた。
ロッカーの扉ではなく、ロッカーそのものを。
―――ロッカーを、真上から、叩き潰していた。
僅か三回の打撃で、ロッカーはゴム製の玩具のように、ひしゃげて潰れていた。
これでは、息を潜めて隠れるなど、ただ潰され殺されるのを待つだけの愚行にしかならない。
一方通行(ハ、流石に化物染みた身体してるだけあって、ヤることもイイ感じに化物してんじゃねえか)
一方通行は、ロッカーの背に身体を預け、銃を斜めにして、ロッカーの外へ向ける。
粘土塔型が目の前に来た時、ちょうど脚元を狙える向きへ。
そして、音を立てないようにして、その場にしゃがみ込む。
これで万が一、即座に動きを止められなくとも、ロッカーを壊す三撃の内、一撃は猶予ができるだろう。
遂に、粘土塔型が一方通行のロッカーの前へ姿を現した。
息を殺し、トリガーに指をかける。
狙うは、腕を振り上げる瞬間。
そして、粘土塔は腕を――――
一方通行(アァン!?)
――――振り上げることなく、後ろを向いて、立ち去ってしまった。
一方通行(ハァァァッ!? なンだそりゃ!?
なンでここまで来て止めンだよ、寸止め遊びにも程があンぞ?!)
声にこそ出さないものの、一方通行は心底動揺したまま、ロッカー内から去っていく粘土塔の姿を見送る。
ぺたり、ぺたり、と音を立てて、粘土塔は部屋からも出て行ってしまった。
見れば、粘土塔型以外の妹達も、いつのまにか部屋からいなくなっている。
一方通行は最大の注意を払いつつも、静かにロッカーから出た。
やはり、周囲から妹達の気配が消えている。
一方通行(……? 何だってンだよ、一体……)
或いは罠か、とも考えたが、そもそもあそこまで追い詰めておきながら、わざわざ罠を張る必要も無い。
となると、何か一方通行には予想出来ない事情でもあったのだろうか。
一方通行(ああなっちまったヤツにも、何らかの行動基準みてェなのがあるってことか?
……いや、考えても分かるワケねェか)
一方通行はそこで思考を打ち切って、腕に抱き続けていた打ち止めへと意識を移す。
狭い個室内で密着していた所為か、打ち止めの容体は芳しくなさそうだ。
額に浮かぶ玉のような汗と、乱れた呼吸が打ち止めの不調を明らかに示している。
一方通行(クソ、どうする……オレにやれるコトは全部試した。
かと言って、他にどうにかできそうな当てなンざ……)
ふと、一方通行の脳裏に、ある記憶が蘇った。
苦しみ続ける打ち止めと、何も出来ない自分。
その時現れた、一人の少年。
彼がその『右手』で打ち止めに触れると、打ち止めの表情は和らぎ、一時的に体調を取り戻した。
結局、それが根本的な解決とはならなかったものの、しかしその『右手』が、打ち止めを苦しめる何かを払い除けたのは間違いない。
ならば、今のこの状況も、もしかしたら。
あの『右手』なら、このどうにもならない何かを、ぶち壊してくれるのではないか。
一方通行(……はン、ああまで散々殺し合った相手に、今更助けてくれって土下座でもすンのか?)
その少年とは、並々ならぬ因縁がある。
出来る事なら、もう会いたくはない程の。
しかし例えそうであっても。
打ち止めだけは、絶対に、助けなければならない。
一方通行(――――そうだ、オレがどうだろうが、あのヤロウがどうだろうが、そんなコトは関係無ェンだ。
打ち止めを助ける可能性があるなら、天使を虐殺しようが、悪魔に命乞いしようが、そんなコトは、関係無ェ)
一方通行は、誰も居なくなったビルの中を、静かに歩き出した。
新たな目的と共に。
終了条件1達成(ミッションコンプリート)
最終更新:2010年11月07日 06:04