――――気が付くと、上条当麻は其処にいた。
地獄のように紅く、天国のように朱い、異界の中に。
上条「此処は……」
足元には、どこまでも続く草原。
所々に点在する三角錐形の岩のような物体を除けば、視界を遮るものは見当たらない。
三百六十度、どの方向を見渡しても、地平線まで見通せる。
頭上には、曇天の空。
赤く染まった雲が、今にも落ちてきそうなくらい、不穏な模様を描いて浮かんでいた。
上条「……ああ、そうか。そういうコト、か」
何かを納得し飲み下すように、頷きながらひとりごちる。
彼は、思い出す。
此処が何処なのか。どうして自分が、此処にいるのか。
・ ・ ・ ・ ・ ・
自分が何をしたのか。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
自分は此処で、何をすべきなのか。
そして。
上条「――――また、会えたな。インデックス」
目の前に凝然と佇立する、少女を見る。
少女と、その胸に抱えられた、『首』を、見る。
禁書「――――」
彼女もまた、虚ろな瞳のまま、上条を見返す。
『首』もまた、無機質な瞳で、上条を見つめる。
上条「今度こそ、絶対に、救けてやるから」
改めて、その覚悟を口にする。
すると不思議に、上条の全身に力が漲った気がした。
錯覚に過ぎないと解っていても、上条にはそれが有難く思えた。
上条当麻は、この少女を、この世界を、救わなければならないのだ。
例え何があろうとも。
そう、その為に、彼は――――
禁書「――――ォ、ォ」
その時初めて、ひたすらに沈黙を保っていた禁書目録の口が、厳かに開かれた。
禁書「――――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ―――」
それは、始まりを告げる音。
サイレンのような、咆哮。
その音は、世界を揺らすように。
少女の口から。
少女が、その両手に抱えた、『首』の造形物から。
鳴り響く。啼き喚く。
上条当麻は、右手を握る。
上条「来いよ、禁書目録(インデックス)。
お前も、『呪い』も、この世界も、そのサイレンも。
こんなふざけた幻想、全てまとめて――――」
神浄討魔は、右手を握る。
上条「――――俺のこの手で、ぶち殺してやる――――!!」
終了条件1:『禁書目録』を倒す
禁書目録は咆哮する。
その小さな口から、この世全ての呪怨を吐き出すように。
上条「インデェェェェェェェェェェェェェェェェェェックスゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!」
己を鼓舞するかのように雄叫びを上げて、上条は走り出す。
立ち尽くす禁書目録の下へ。
狙いは、禁書目録が胸に抱えた、『首』。
理由は無い。理由は無いが、上条はそれが、その『首』こそが、真に打破すべきモノである事を直感していた。
全てを壊す為の、要の楔。
それが恐らく、あの首だ。
一体、それが何であるのか、どのような魔術的意味を持つのか、何も分からない。
だが。
上条(どんなモノだろうが関係無ぇ――――俺の右手で、ぶち壊す!!)
上条は走る。
しかしそれを、禁書目録が拒絶する。
禁書「ォォォォォオオオオオオオオオオオォォォォゥゥゥゥゥゥォォォォォオオウウウウウゥゥ」
鳴り続けるサイレンの音に、僅かな変化が起きた。
歌のトーンを変えるように、禁書目録の声がうねる。
魔術――――それも恐らくこの異界でのみ通用する、異形の魔術、だったのだろう。
駆ける上条の足元の地面が、突如塔のように隆起して、上条の身体を貫こうと襲い掛かる。
上条「ッッ!!」
無論、その攻撃は『幻想殺し』が掻き消す。
突き上げる土の塔に右手が触れた瞬間、塔は弾けるように崩れ去った。
上条の脚は止まらない。
更に、禁書目録へと迫っていく。
禁書「ゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥォォォォォオォウウウウゥゥゥゥォォォオオオオオ」
サイレンの音は更に調子を変えて、異界の摂理を歪めていく。
空間がガラスのような音を立てて歪み、罅割れる。
しかしその歪みも罅割れも、『幻想殺し』は全て打ち殺す。
音を立てて壊れていく異界を背景に、上条は走る。
その脚を止める事は、出来ない。
もうあと数歩で、禁書目録に手が届く距離だ。
禁書「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」
一際大きなサイレンと共に、禁書目録の目がカッと見開かれる。
空間の歪みは、最高潮に達している。
今にも、異界そのものが崩れて無くなってしまいそうな程に。
禁書「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
禁書目録は、己の全てを、世界の全てを絞り出すように、吠えた。
その呪いは形を成し――――禁断の魔術へと、昇華する。
バキィン、と鋭い音がして、彼女の目の前の空間に、巨大な亀裂が現れた。
上条「――――っ!!!」
その亀裂に、上条は見覚えがない。
『今の上条』にとって、それは初めて目にする魔術である。
しかし、上条の身体が、そこに刻まれた本能が、その亀裂に、強大な危険を感じ取っていた。
上条(亀裂の中に、『何か』いる……!!)
裂けた空間の向こう側。自分たちの知る世界でも、異形の住まう異界でもない、何処か。
その向こうに座す、想像及ぶべくもない、『何か』が、上条を、見ていた。
瞬間。
巨大な光の柱が、亀裂の中から放たれた。
上条「ッッ!!!??」
上条は咄嗟に右手を突き出し、その光を打ち消そうとする。
だが。
上条「打ち……消せない……っ!?」
光の柱と『幻想殺し』は、互いに拮抗したまま、動かない。
柱の勢いに押され、上条の足が初めて止まった。
『堕辰の殺息(ドラゴンブレス)』。
呪を帯びた竜の咆哮。
全てを殺し、全てを壊す、禍つ魂の波。
上条「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」
目一杯に右手を押し込むが、光の柱には打ち勝てそうにも無い。
同時に、上条の体力にも限界が見え始めていた。
ギリギリと、波が右手へめり込んでいく。
それでも、上条当麻は諦めない。
上条「この、程度で」
光の向こう側。
そこからでは見えない少女の姿を、頭に描く。
いつも隣にいた彼女の顔を。
虚ろな目をした彼女の顔を。
とても大切な、彼女の顔を。
上条「絶望してられねーんだよオオオオオオオオォォォォォッッ!!!」
バチィィッ!!と、火花が散るような音。
上条は、迫る光の柱を『かわして』、柱の右側面へと躍り出た。
上条の右側、十数センチスレスレを、抑えを失くした光の柱が貫いていく。
『堕辰の殺息』と『幻想殺し』が拮抗しているというのなら、少なくとも『幻想殺し』をかざす間は、直接光を受ける事は無い。
押し飛ばされそうな圧力を耐えつつ、あえて『横』へと移動する事で射線を外したのだ。
だが勿論、こんなものは、ただ一瞬攻撃を凌いだだけに過ぎない。
狙いが外れていることを知った禁書目録は、間髪置かずに、光柱を真横に薙ぎ払おうとするが……
上条「遅いッ!!」
そこで再び、『幻想殺し』に阻まれる。
斜め前方に突き出された右手が、しかと光柱の攻撃を防いでいた。
そして同時に、上条は光柱から離れ、禁書目録へと近付くように、斜方に走る。
一度逃れても、再び照準を合わされれば、結局は同じ事の繰り返し。
故に、禁書目録が照準を定められぬように、横軸への動きを入れつつ、近付く。
しかし、身体全体で回避する上条とは違い、『堕辰の殺息』は禁書目録の顔向きだけで照準を合わせる事ができる。
ほんの数秒もあれば、再び正面に捉えられることは間違いない。
だが、その数秒の猶予を、上条は与えない。
元より、『堕辰の殺息』が放たれた時点で、歩数にして二、三歩ほどの距離しかなかったのだ。
――――既に上条の拳は、禁書目録へ届く位置にある。
上条「――――これで、終わるんだな」
力を込めて、大きく一歩、踏み込む。
禁書目録の懐へ。
上条は覚えていない、いつかの時と同じように。
そして、その右手に、ありったけの力を込めて。
『首』を、殴り飛ばした。
首は大きく宙を舞い、そのまま空中で弾け散った。
まるで空気を入れ過ぎた風船のようだ、と益体も無い事を上条は思う。
サイレンの咆哮は止み、世界の綻びが少しずつ修復されていく。
禁書目録は、目を見開いたまま、身動き一つしない。
上条「――――」
上条の膝が、ゆっくりと地に付いた。
力は出し切った。全てやり切った。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
これで、自分のした事は無駄ではなかった――――そう、言えるだろうか。
そんなことを考えながら、禁書目録を見る。
呆然と、ただその場に立ち尽くす、少女の顔。
それが、突然。
ギョロリ、と。
・ ・ ・ ・
禁書目録の目が、裏返った。
上条「え――――?」
禁書「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」
上条の驚きは、いつのまにか再び現出した『堕辰の殺息』に塗り潰される。
再び歪み始める世界。再び鳴り響くサイレン。
気付けば、目の前には既に、光の波が迫っていて。
もう、遅い。
――――上条当麻は、その右手だけを残して、跡形も無く消滅した。
終了条件1達成(エピソードクリア)
最終更新:2011年05月05日 12:22