―――ォォォォォォ―――
十分ほど前から鳴り続けていたサイレンのような音が、ようやく収まり始めた。
それに合わせて、ステイル・マグヌスは身体を起こす。
ステイル「一体、何なんだ、この音は……!」
サイレンが鳴っている間中、ステイルは激しい頭痛に襲われて、走るどころか立っていることさえ難しい。
渋々、近くのビル陰に身を潜めて、サイレンが鳴り止むのを待っていたのだった。
ステイルは、第七学区に辿り着いていた。
アレから、暫くの間、前進と後退を繰り返しつつ、『歩く教会』を持った少年を追跡していたのだが、
ステイルがようやく第七学区に入ったところで、不注意ながら『変わってしまった』人間達に見つかってしまい、
思いがけず時間を食ってしまった。
そして、逆に追跡されていたところを、何とか逃げ切って身を隠した途端、あのサイレンが鳴り響いたのだった。
サイレンの音は完全に止まったようだ。
ステイルは、慎重に辺りを見回しながら、街路へ出る。
雨脚は朝より激しくなっている。
ビル陰に隠れている際、ついでに雨避けの魔術を施しておいたので、コートが濡れる心配は無いのだが。
ステイル「くそ、雨も激しくなってきたし、あまり無駄な行動をしてる場合じゃ……
………?」
ステイルは、街路に出来た水溜りに目を奪われた。
激しい雨に波紋を立たせながら、拡がっていく水溜り。
その水溜りが。
心なしか。
赤いような気がした。
ステイル「…………気のせいじゃ、ないみたいだな」
水溜りは、赤かった。紛うことなく、深紅の色で染まっている。
水溜りが赤いという事は、つまり、この雨が、赤い色をしているということだ。
ステイルは、考える。
赤い水。血ではない。
朝から降り続けていた雨。赤い雨。
変わってしまった人々が、顔から流す赤い液体。アレは、本当に血なのか。
ステイル(……この『赤い水』に、何かカラクリがありそうだね)
ステイルは、ぼんやりと空を眺める。
分厚い雲に覆われ、陽光はほとんど無い。
赤い雨がアスファルトの路面を叩く。
どこかで、見た事のある風景だ。
何度か、見た事のある風景だ。
ステイル(っと、こんなことをしてる場合じゃない。
早くあの少年を探さなければ……!)
思考を打ち切り、慌てて駆けだそうとしたステイルだが、数歩走ると、また立ち止まってしまった。
ステイル(待てよ、そもそも第七学区は、『あの子』が現在住んでいる場所でもある。
ならばわざわざ『手がかり』を追わずとも、直接住居へ行って確認してみれば良いんじゃないか……?
……あのフードが奪われている以上、まさか住居には居ないだろうが、何らかの手がかりはあるかもしれない。
同じ手がかりなら、どこにいるかも分からない少年を探すよりは、確実だ)
ステイルは、再度考える。
歩く教会のフードを持った姿を見て、思わず反射的に追跡してきたが、よくよく考えれば、
そもそも少年を捕まえたところで、あのザマでは話を聞くことすらできないだろう。
そのフードをどこで手に入れたのか、それが聞きたいのだ。
脳髄から直接記憶を取り出す事も出来るが、それなりの準備と道具が必要になる。
しかし、かと言って、あの少年の重要性が低いわけではない。
魔術で少年のたどった足取りを洗い出すなり何なりすれば、そこからインデックスに繋がる情報が出てくる可能性もある。
無理矢理に道具と準備を揃えて、脳髄から記憶を抽出する方法も、無いわけではない。
ステイル(さて……どうしようかな)
→1、『インデックス』の住居(上条当麻の住居)に向かう
2、<『少年』を追う>
終了条件1:『首』を見つける
ステイル「……」
やはり、まずはインデックスの現住居に行ってみるか、とステイルは結論した。
あの少年の重要性は低くはない、低くはないのだが、決して高くもない。
しょせんはインデックスのフードを携えていただけ。
ならば、まずは逃げも隠れもしない住居から手をつけるというのも、間違いではないだろう。
ステイル(そして何より、気に入らないことではあるけど……
『幻想殺し』の力を引っ張り出してくるのも、悪くない)
ステイルは、今度こそ走り出した。
かつて、辛酸を嘗めさせられた戦いの場へ。
そのマンションはすぐに見つける事が出来た。
というより、覚えていた道順通りに来たのだから、見つけられないはずもない。
土砂降りの雨で、分かりにくくはあるが、それでも見間違える事はない。
ステイルは、何も言わずにマンションを見上げる。
あの少女を追い詰める為に訪れ、あの少年に殴り飛ばされた場所。
ステイル「……ついでに、建物中のスプリンクラーを全部ぶっ壊しとくのも、悪くないかな」
自嘲するように薄く笑ってから、ステイルは建物に足を踏み入れた。
―――ォォォォォォォ―――
ステイル「!!??」
サイレン。
またサイレンが鳴り始めた、とステイルは思った。
事実、ステイルの頭には、サイレンの残響音がこだましている。
だが、実際には、雨音以外の音など無かった。
ステイルの頭の中だけで、あのサイレンが、鳴り響いている。
数秒遅れて、ステイルはその事実に気がついた。
ステイル(幻聴……!? く、そ、また、頭痛か!)
―――ォォォォォォ―――
耳からは、何の音も聞こえてきていない。
ただただ、頭の中だけに響くサイレンの音響。
それに呼応するように軋みをあげる脳髄。
だが、その頭痛も先刻のものほどではなかった。
我慢さえすれば、走る事ぐらいなら出来そうだ。
ステイル(何なんだ、このマンションに入った途端……!
ステイルは、痛む頭を抑えながら、一歩一歩、階段を上って行く。
視界が赤く滲む。
何か、別の意識が、頭に入ってくるような錯覚さえ覚える。
ステイル「っ、ぅああああっ! う、るさいん、だよ、黙ってろッ!!」
ステイルはそう言いながら、階段の手摺りに、何度も何度も、自分の頭をぶつけた。
鈍い音が静かなマンション内に響き渡る。
―――ォォォォォ―――
ステイル「ぜっ、ぜっ、はぁっ、はぁーっ」
何とか呼吸を落ち着かせ、階段を上り続ける。
幻聴は鳴り止んではいないが、気力で頭痛を押し退け、ステイルは歩いた。
そして、ようやく、部屋の前まで辿り着く。
インデックスの住む部屋。上条当麻の住む部屋。
感傷に浸る余裕もなく、ステイルは勢いよく玄関のドアを焼き払った。
ステイル「悪いね、弁償費の請求はイギリス清教会・最大主教(アークビショップ)様に頼んでくれ」
部屋に踏み入る。
同時に、サイレンの幻聴が消えた。
頭痛も、初めから無かったかのように、あっさりと消えてなくなる。
ステイル「……?」
ステイルには、何が起こったのか、よく分からない。
恐らく、考えても分からないことだろう。
朝起きてから、非常識に慣れていたステイルですら驚く非常識の連続だったのだから、
今更分からない事が一つ二つ増えたところで、最早気にする風体もない。
ステイルは、キッチンとユニットバスを軽く見回し、それから中の部屋を見た。
漫画で埋め尽くされた本棚。
申し訳程度に隅に積まれている教科書と参考書。
ベッドの上にだらしなく広げられた布団。
こんなところでインデックスは生活しているのか、と思わずこの場に居ない家主に炎剣を投げつけたくなったが、
どうせ打ち消されることを思い出して、何とか思い留めた。
ステイル「……誰も居ないし……何もない、か」
見る限り、インデックスの手がかりになるようなモノは何もなさそうだった。
あの少年を追うしかないか、と諦めて部屋を出ようとした時。
ふと、妙なモノが目に止まった。
それは、部屋の隅、何も無い場所にポツンと置かれていた。
一目見ただけでは、それが何なのか、全く分からなかった。
よく見てみると、どうやらそれが何かのオブジェのようなモノであることは分かった。
更によく見てみようと、ステイルがソレを手に取った時――――
――――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォン――――
ステイル「ッッッ!!!!!!」
耳を劈(つんざ)くような、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
振動だけでマンションが倒壊するのではないかと思うほどの轟音。
そして、脳髄が頭蓋骨ごと砕け散りそうな頭痛。
ステイルは、余りの衝撃に、一瞬だけ気を失った。
――――人間達が、自分を見下ろしている風景。
――――人間達が、自分に手を伸ばす風景。
――――人間達が、自分を食べ尽くす風景。
ステイル「っ!!!??」
覚醒。
気がつくと、辺りは平穏な部屋の風景に戻っていた。
周囲には、誰も居ない。
ステイル(何か、とてつもなく恐ろしい幻覚を見た気がする……
何だったんだ……?)
サイレンも鳴ってない。何の変化もない、普通の部屋だった。
ただ一つ、ステイルの両手に乗せられた、ソレを除いて。
ステイルは、もう一度、近くでソレを目にした。
そして、ようやくソレの正体が分かった。
『オブジェ』ではない。
人為的に製造されたモノではなく、自然に作られたモノだ。
剥製。或いは、干物。
生き物の、頭部。
それも、見た事のない生き物だ。
人間ではない。魚のような、鳥のような、竜のような、不思議な生き物の、頭だった。
大きさは、人間の頭部と同じくらいだろうか。
表面は乾ききって、質の良い木材のような肌触りだが、
中身は詰まっているのか、見た目に反して少し重い。
コレをオブジェではない、と断言出来るのは、理由あってのことではない。
ただ、ステイルの中の何かが、コレを『生きていたモノ』だと判断した。
ステイル「…………こんなモノは、見た事がない」
率直な感想だった。
不気味で、薄気味悪い。
様々な曰くつきのアイテムを見て、触って、時には利用してきたステイルにとっても、
この『首』は初めて見る類のモノだった。
手に乗せているだけで、禁忌を犯しているような感覚すら覚える。
ステイル「問題は……どうして、こんなモノが、ココにあるのか、ということか」
上条当麻。幻想殺し。
インデックス。禁書目録。
その二人の住む部屋に、この『首』が造作なく置かれている。
途方もないくらいに、不気味で、底知れない空気を醸し出す、『首』。
インデックスからも、上条当麻からも、こんな『首』についての報告は一切受けていない。
少なくともインデックスなら、この『首』に付属する気配を察知できそうなものだが……?
インデックスの脳に刻まれた10万3000冊の魔道書に、この『首』について記述はあるのだろうか。
上条当麻の幻想殺しがこの『首』に触れれば、跡形もなく砕け散るのだろうか。
この『首』は何なのか。
今日の、この『異変』と、関わりがあるのか。
もし、関わりがあるとするなら――――
ステイルは、思考を止める。
それ以上は、考えない。考えても無駄だ。意味が無い。
ステイル「―――インデックスを、探さなければ」
ステイルは、今度こそ部屋を出る。
その懐に、大きな『首』を仕舞って。
終了条件1達成(ミッションコンプリート)
#mage
最終更新:2012年01月04日 20:52