コトノハ 第10話『大いなる隻翼』
「遊びは終わりだ、全員死ね!!」
もう一人の初は、全身に漲る闇を解き放ち学校全体を覆い尽くした。
「そういうこと、簡単に言っちゃ駄目だよ!...『人を傷つけるようなことを言わないようにしよう』.....あなたが本物の初ちゃんなら、あたしが考えた今月の標語の意味も分かるよね!?」
旭がそう叫ぶと、他の生徒達も「そうだそうだ!」と口癖に叫び始める。
「チッ........ガヤガヤうるさいんだよ!!黙りやがれッ!!」
苛立った初が『言刃』を発すると、旭と丸菜以外の全員が闇の中へと飲み込まれていった。
「「「わあぁああああああ!!」」」
「皆!!」
「お前ら二人は他のザコに比べて骨がありそうだから残してやったよ........お友達を返して欲しいなら、二人同時にかかってきな。」
初は邪悪な笑みを浮かべ、人差し指をクイクイッと動かして二人を挑発する。
「いこう、丸菜ちゃん!初ちゃんが戻ってくるまで時間を稼ぐんだ!」
「う、うんっ!ちょっと怖いけど......やるしかないよね!」
旭と丸菜は頷き合い、初の前に立ちはだかった。
「《加速符号・暁天•胎動-アクセルコード・ライジング•アクティベート-》!!」
「《女児符号・純真の創造-ガールズコード・イノセントクリエイター-》!!」
「ッハハハハ......!!来い!!まとめてブッ潰してやるよ!!!」
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「はぁ、はぁっ.......もう少しで........」
止まることなく走り続け、私はようやく学校の目前まで辿り着いた。もう一人の私による強襲が既に始まっているのか、黒い闇のオーラが学校を覆い尽くしているのが見える。
「っ、皆待ってて!すぐ行くから!」
さっき手に入れたマイクを上着のポケットに仕舞い、私は走るスピードを上げようとした。
しかし。
「おーっとっとっと!これ以上は行かせないっスよ!」
その声と共に、私は突然誰かに身体を押さえつけられた。
「っ!?離して!急いでるの!」
「そうはいかないっス、アナタを足止めすることがワタシの任務っスからねぇ。」
私の身体を片腕で抱き抱えながらその人は言った。まずい、このままじゃ間に合わない。
「離せって.....言ってるでしょ!!」
私は『言刃』を使い、痛みを感じる程度の電流を相手に喰らわせた。
「うわっちちち!?」
「しめた!」
相手が身動ぎした隙を狙い、私は腕の隙間から脱出してすぐに距離を取る。
「君は一体.....どうして私を止めようとするの?」
「....ふへへ、流石は『言刃』の使い手.......ただでは捕まらないっスねぇ。」
私を捕まえようとしていたのは、白いブレザーを女の子だった。歳は私と同じくらいで、金色の短い髪に狐のような細長い切れ目。瞳は綺麗な青色で、唇の端からは八重歯が見えている。
「何で私が『言刃』を使える事知ってるの?』
「そりゃあ、ワタシはアナタをよ〜く知ってまスから。........音羽 初サン?」
「!!」
女の子は屈託のない笑顔を浮かべ、首をコテンと傾けてみせる。私には、その様子が何故か物凄く不気味に感じられた。
「どういうこと.......君は誰!?」
「あれれ〜?忘れちゃったんスか?酷いなぁ、毎日遊んでくれたじゃないっスかぁ〜。」
ぴょこぴょこと片足で跳ね回りながら、女の子は私をじっと見つめてきた。私は何処かでこの子と会ったのか?少しだけ彼女の顔を見つめ返してみるが、どうしても思い出せない。
「...........ごめん、覚えてない。そんなことより、早く先に行かせて。」
「それは駄目っス、初サンの力を覚醒させるわけにはいかないんスよ。」
「私の力を?どうして?」
「アナタはさっき、新しい力を手に入れた.....そのポケットに入っているものが証拠っス。」
私は女の子にそう言われ、ポケットに仕舞っていたマイクを取り出した。
「これのこと?」
「そうっス!それは強大な力を秘めたとんでもないものなんでス、アナタの『言刃』と合わされば、アナタはこの世界にとって忌むべき脅威になりかねないんでスよ。」
「忌むべき.....脅威........」
以前の私なら、既に自分の力は脅威だと塞ぎ込んでいたかもしれない。だけど、私は既に答えを見つけている。自分に与えられた力、その使い方の答えを。
「........確かに、この力は恐ろしいものかもしれない。だけど、私はもうこの力の本当の使い道を知ってる。......だから、大丈夫。」
「大丈夫じゃないっス!アナタの力を覚醒させてしまったら、ワタシが上から怒られるんでスよ!?」
「それはごめん。だけど、私には助けなきゃいけない人が居る。君の頼みは聞けないんだ。」
そう言い残し、私は再び走り出した。後ろから女の子の呼び声が聞こえたけど、耳を傾けている暇はない。私は学校まで残り数メートルの道を一気に駆け抜けた。
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....................
「うわぁあっ!!」
「きゃあぁっ!?」
学校に辿り着くと同時に、旭と丸菜さんが私の目の前で地面に叩きつけられた。
「二人とも!」
「やっと来たね.........初。」
頭上から声がして、上空をを見上げると漆黒の翼を携えた初が居た。その翼は、彼女が持つ闇のオーラで形成されているようだ。
「待ちくたびれたよ、こいつら全然相手にならなくってさ。」
旭と丸菜さん以外の姿は見当たらない。恐らく、みっちゃんや玲亜のように初の闇に取り込まれたんだろう。
「よくも二人を........皆を........!」
「.....だ、大丈夫...........」
よろめきながらも立ち上がる旭。丸菜さんも割れた眼鏡を掛け直す。
「わたし達だって、負けないよ.....!この身体が動く限り!」
「丸菜ちゃんの言う通り.....!初ちゃん、一緒に戦おう!」
「で、でも.......!二人とも無理しないで!」
「チッ、茶番は他所でやれッ!」
初が翼を広げると、今度は巨大な腕に変形した。その腕は二人を掴み上げ、ゆっくりと飲み込んでいく。
「「うわぁああああああ!!」」
「旭!!丸菜!!」
二人を完全に飲み込むと、初は地上に降りてきた。
「これで残りはお前だけだ........一騎討ちだね、初。」
「...............ッ」
怒りで爆発しそうになる心。でも、此処で負けちゃいけない。私は決めたんだ。
深呼吸して、気持ちを落ち着ける。決断の時だ。
「.........初。いや、私が恐れている私。」
「何さ、殺し合いの前にお喋り?随分余裕だね。」
自分の恐れを。
「..............君を」
自分の欠点を。
「......弱い自分を............!」
「....おい、お前......何考えて.........」
自分に与えられた、この力を!
「私は、全部受け入れる!!」
そう叫んだ瞬間、手に握ったマイクが金色に光り輝き始めた。
「ッ!?何だ、この光は!?」
初の身体を覆う闇が、光に遮られて弱まっていく。すると、闇の中から声が聞こえてきた。
「初!待ってたぜ!!」
「この声は.....みっちゃん!」
「なッ!?完全に取り込んだ筈じゃ!?」
いつもの元気なみっちゃんの声に、初は焦りの表情を見せた。
「おいニセモノ!アタシはな、やられたふりして此処から脱出するチャンスを狙ってたんだ!」
「くッ、大人しくしてろ!!」
「へっ、やなこった!んっ....ぐ、うぅ〜〜〜ッ!!」
闇の中からみっちゃんの手が伸び、弱まっていく闇の隙間を押し広げていく。
「おい!!やめろ!!」
「やめて....たまるかぁああああああッ!!」
闇の隙間が広がる度に、皆の声が重なって聞こえてくる。
「初ちゃん、一人にさせてごめんね!今行くから!」
「残念だったね、せっかく閉じ込めたのに!」
「皆.......!」
「くそッ!!やめろよ!!やめろぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
初は瞳を真っ赤にして必死に叫ぶ。でも、皆の声の方が何倍も大きくて、その声は掻き消されてしまった。
「皆を.......返せぇええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!」
皆の声と重ねるように、私も更に大きな声で叫ぶ。それと同時に、銀色だったマイクが金色に変わり、パーツの一部が片翼を模ったレリーフに変化した。
「皆!!今だ!!!」
そして、遂に闇は完全に晴れた。飲み込まれていた皆が次々と飛び出してきて、光に包まれながらゆっくりと地面に降り立っていく。
「あ、あれ?私、今まで何して......」
「うぅ.....ま、眩しい........」
「ふぃー、助かった〜。」
その中には、有葉さんと久乱さん、月那さんも居た。私が居ない間に三人も取り込まれていたらしい。
「皆!無事で良かった.....!」
光がおさまると、私は皆の元に駆け寄った。
「おう初!久しぶぐぇッ!?」
「こんの大バカ!!あんな無茶するから真っ先に飲み込まれるんだよ!」
みっちゃんに腹パンを喰らわせながら玲亜は怒鳴る。でも、その顔は嬉しそうに笑っていて、目には涙が浮かんでいた。
「初ちゃん!」
「旭!......皆も、ありがとう。私が来るまで時間稼ぎしてくれたんだよね。」
「全く、全滅間近までワタシ達を待たせた罪は重いわよ?まあでも、助かったから良しとするわ。」
「うんうん!みんな無事なら何よりだよ!」
「エフィさん、九さん....!」
「......ごめんなさい、貴女を疑ったりして。」
「良いんだよ、アリアさん。今までずっと恐れてたこの力で、皆を助けられただけで......私は.......」
金色に光り輝く、片翼を携えたマイクを見て私は微笑む。これこそが、私が本当に欲しかった力だ。
「...........ゆる........さない............」
「!!」
ゆらりと起き上がった初の身体が、再び闇を纏う。怒り、憎悪、様々な負の感情で、闇はどんどん増幅していく。
『おマエらだけは!!!ゼッタイにユルさない!!!ヒトリノコらずブッツブしてやる!!!!!!!』
もう一人の初は......いや、私の“恐れ”は、巨大な闇の怪物へと変貌を遂げた。
「......させないよ。『隻翼-ルシファーズ・ウィング-』!!」
私は金色のマイク『隻翼』を握って叫び、再び光を放つ。すると、髪の毛先の一部分が電撃に似た光を帯び、もう一人の私と同じ白色に変化した。それと同時に瞳も金色に輝き、背中には大きな光の片翼が現れる。
『なんだ....そのスガタは!?』
「.....天使と悪魔、正義と悪、美点と欠点........自分の中で対を成す二つのもの。良いものも悪いものも、全部受け入れて力に変える。それが私の選んだ道........私の、力の使い方だ!!」
私の言葉は、誰かを傷つける為の刃なんかじゃない。片方しかなくて不完全だけど、それでも大切な人を救う為に羽撃く大きな翼。
これが私の、新しい力..........
「《加速符号-アクセルコード-》!!」
『言羽-コトノハ-』だ!
続く