2日目『玲亜と子猫』
「こんにちはー!」
「いらっしゃい玲亜、どうぞ上がって。」
日曜日、玲亜が家にやってきた。玲亜は前に一度子猫だったちゃばには会っているけど、人間になってから会うのは今日が初めてだ。
「電話でも聞いたけど、ちゃばちゃんほんとに人間になっちゃったの?」
「うん、未だに信じられないけど....でも、ちゃばなのは間違いないよ。」
そんな話をしながら、私は玲亜を部屋に案内した。すると。
「んにゃ〜」
ベッドの上で子猫のように丸まりながら、人間の姿になったちゃばが玲亜を出迎えた。
「........!か、か...........」
玲亜は一瞬息を飲み、次の瞬間、
「可愛い〜〜〜〜っ!」
と言ってちゃばの方に駆け寄っていった。
「わぁ....!ちっちゃい....おめめおっきい.....!ちゃばちゃん、私のこと覚えてる?」
ちゃばは玲亜の顔をじっと見つめ、少しずつ顔を近づけてきた。
「わわ.......」
「みゃぁぅ」
そして、しばらくして玲亜だと分かったのかすりすりと身体を寄せて甘え始めた。
「待って.....ほんとに可愛いんだけど........よしよし、良い子良い子......♪」
「みゃぁ〜....」
ちゃばは結構人見知りする子だけど、玲亜には初めから懐いていた。人間になってもそれは変わらないらしく、頭を撫でられ気持ちよさそうにしていた。
「みゃぅみゃぅ」
「んー?どうしたのかにゃ〜?」
「遊んでほしいのかも、猫語は私にも分からないけど。」
「そっか、まだ言葉は話せないんだね。よーし、今日はお姉ちゃんがいっぱい遊んであげる♪」
玲亜は子どもとの関わり方が私よりも遥かに上手だ。玲亜自身も妹だということは本人から聞いているから、きっとお兄さんかお姉さんの影響を受けて育ったんだろう。
「ほらちゃばちゃん、こっちだよ!」
「みゃ、みゃ....みゃうっ」
玲亜が揺らす猫じゃらしに飛びつくちゃば。心なしか、私がいつもやっている時より食いつきが良いような気がする。
「ふふふ、可愛いねぇ....♪そうだ、ちゃばちゃんってお菓子食べられるっけ?」
「うん、人間になってからは色々食べられるようになったみたい。」
「良かったー、じゃあ今日持ってきたお菓子も大丈夫そうだね♪」
そう言って、玲亜は鞄からお菓子の袋を取り出した。ビーンズ状の砂糖菓子で、味はイチゴ、レモン、ブドウ、リンゴの四種類だ。
「はい、ちゃばちゃんにはイチゴ味♪」
「にゃ...む....むぐむぐ......」
「美味しい?」
「みゃぁっ」
「ふふ、美味しそうだね♪次はー....ブドウ味とかどうかな?」
「はむっ、はむっ」
「よしよし、いっぱいあるから沢山食べてね♪」
結果、レモン以外の味は全部食べていた。レモンは匂いの時点で苦手だと分かったらしい。
「猫ちゃん酸っぱいもの苦手だもんね〜、せっかくだし初ちゃんが食べる?」
「うん、貰おうかな。」
「じゃあ口開けて♪あーんって♪」
「な.....あ、あーん........」
言われるがまま、私は玲亜に食べさせて貰った。何だか気恥ずかしい......口で受け取りながらも、僅かに頬が熱くなるのを感じる。
「ふふ、初ちゃん可愛い♪」
「か、可愛くなんか......調子狂うなぁもう.....」
「みゃぁ〜」
「ちゃばちゃんも可愛いって言ってくれてるよ?」
「いつの間に猫語を理解したのさ....」
鏡を見なくても自分で分かるくらい赤くなった顔を冷ましつつ、私は玲亜とちゃばが遊んでいるのをしばらく眺めていた。
....................
....................................
気がつくと、時計の針は17時半を過ぎていた。本当ならそろそろ玲亜は帰らなければいけない時間なんだけれど........
「みゃぁぅぅ.......」
「は、離れてくれない......」
ちゃばはすっかり玲亜に懐いてしまい、べったりと抱きついて離れようとしなかった。
「ちゃば、そろそろ玲亜帰らないとだから....」
「んにゃあっ!みゃぁぅ....」
「あはは、気にしないで。急がなくてもそんなに門限厳しくないから。」
「でも、いずれは帰らないと....ちゃば、今日はもうおしまいだよ?」
「みゃ.....うぅ.........」
突然、ちゃばの目に大粒の涙が溢れてきた。人間になった影響で、感情表現も人間のそれと同じになったのかもしれない。
「ちゃば.......」
沢山遊んで貰った分、玲亜と別れるのがより寂しいんだろう。流石の私もこれ以上強くは言えず、思わず押し黙ってしまう。すると、玲亜がちゃばの涙を拭いながら優しい声で語りかけた。
「ちゃばちゃん、大丈夫だよ。今日はもうお別れだけど、必ずまた会えるから。」
「みゃ......」
「ちゃばちゃんはまだ言葉が話せないんだよね。それじゃあ、私が一つ教えてあげる。また会う為の魔法の言葉。」
玲亜はにっこりと微笑み、ちゃばの顔をまっすぐに見つめながらこう言った。
「またね、ちゃばちゃん.....♪」
「.......!」
ちゃばはゆっくりと目を見開き、小さな唇を動かして喉を震わせ始めた。...........そして。
「......ま..............た..............ね.................」
辿々しく、しかしはっきりと、ちゃばはそう言った。私も、玲亜も、確かにこの耳でちゃばの言葉を聞き届けた。
「うん、上手に言えました♪また会おうねちゃばちゃん、約束だよ♪」
「みぁぁ....」
ちゃばは小さく頷き、ようやく抱きつく力を緩めた。
「ありがとう玲亜。....ごめん、ほんとは私が教えてあげないといけなかったのに......」
「ううん、私もちゃばちゃんの為に色々教えてあげたいから。一緒にこの子を育てていこうね、初ちゃん♪」
「....そうだね、一緒だからこそ出来ることもあるだろうし。そうしよう、玲亜。」
玄関先まで玲亜を見送りに行く途中、またちゃばが口を開いた。
「....ぇ、あ..........」
「ん?」
「.......え......ぁ........えぁ............れ、あ」
「........!今、玲亜って.........!」
「凄い........玲亜の名前、覚えたんだ......」
「....れ、....あ....また......ね..........」
「うん.......っ!またね、ちゃばちゃん.....♪」
ちゃばの小さな身体を抱きしめ、嬉しそうに微笑む玲亜。本当はお別れが寂しかったのか、その瞳には薄らと涙が浮かんでいた。
「それじゃ.....ほんとに帰るね。今日はありがとう♪」
「うん。.....此方こそありがとう、玲亜。」
玲亜のお陰で、今日一日の間にひと回りもふた回りもちゃばは成長出来た。私はそう感じながら、帰っていく玲亜の背中に向けてお礼を言った。