雨空の昴星 第6話『操り人形』
槍状に変形させた右腕を私に向け、まるで一切の感情を失ったかのような無表情の男。彼は、かつて私の父親だった人。でも今は、『PleiaDeath』という組織が掲げる偉大なる計画とやらに加担している私の敵だ。
「これ以上皆を傷つけるつもりなら........私は、お前を倒す........!!」
『隻翼』を握りしめ、私は迷いを捨ててそう宣言した。たとえ自分の父親でも、罪のない子ども達を傷つけているなら.....絶対に許してはおけない。
「..........ふッ!」
男は槍を振るい、再び旋風を引き起こした。鉄の壁をも斬り裂く程の鋭い風が迫ってくる。
「負けるか.....!押し返せッ!!」
私も、《言羽》を使って同じくらい強い風を生み出した。二つの旋風はぶつかり合い、しばらく揉み合った後に相殺された。
「はぁああああッ!!」
その合間を潜り抜け、男の眼前で私は拳を振り上げる。
「吹き飛べッ!!」
『言羽』のエネルギーをその拳に集中させ、男の顔面目掛けて勢いよく振り下ろす。しかし、男も負けてはいなかった。今度は両腕を盾状に変形させ、私の拳を防ぎきる。
「くっ......そう簡単にいかないか........」
私は再び距離を取り、相手の出方を待った。
「.............」
男は腕を剣に変形させる。当たれば一撃で何でも真っ二つにしてしまいそうな、鋭く研ぎ澄まされた刃だ。攻撃の手を止める気配がない男に、私は思わず問いかけた。
「.......ねえ........何でこんなことに協力するの.......?自分の研究で人を笑顔にしたいっていうあの言葉は、全部嘘だったの?」
物陰に隠れているユーマの方を一瞬だけ振り向き、唇をグッと噛み締める。
「何の罪もない子ども達を犠牲にしてまで......二度とまともな姿に戻れなくさせてまで!そこまでして成し遂げたいお前達の計画って何なんだよ!!」
「...............」
男は無表情を崩さないまま、剣を振るい私目掛けて斬撃を飛ばしてきた。
「くっ!!」
その場で身を伏せつつ、ローリングして斬撃を避ける。男は相変わらず、冷たい声で答えた。
「お前がそれを知ったところで、どの道意味はない。」
「何だと.........」
「計画に必要な七人の符号所有者、お前はそれに選ばれた。お前に残された道は、計画の礎になるか....それとも、此処で死ぬか。どの道死に行く者が、『PleiaDeath』の偉大なる計画を知って何になる。」
「...........ッ」
ふざけるなよ。舐めやがって。
「........私が.........此処で死ぬ.......?そんなわけないでしょ...........私は生きて戻るんだ、ユーマと二人で......クラスの皆のところに!!」
背中に片翼を出現させ、瞳を黄金に輝かせる。翼から放たれる光、その凄まじい熱が、鋼で出来た壁をじわりと溶かしていく。
「私の道は私が作る!!お前らの計画を全部潰して、皆の元に笑顔で帰る......それが私の行く道だ!!」
男の足元に魔法陣が出現する。『隻翼』を口元に当て、私は叫んだ。
「《加速符号奥義・堕天ノ鎮魂歌》!!!」
「ッ!」
男は脱出を試みるが、何処からともなく伸びてきた鎖がその四肢を拘束する。
「私の道を........開けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
徐々に粒子化し始める男の身体。だが、男は拘束された四肢を刃に変形させ、魔法陣諸共鎖を断ち斬った。
「なっ!?」
「無駄だ.........Dr.アトラに改造されたこの私を、そう簡単に倒せると思うな!」
男は両腕を合体させ、巨大なキャノン砲を生成する。そして、砲口からフロア全体を埋め尽くす程のレーザービームを撃ち出した。
「ッ!!」
駄目だ、避けきれない!
「初ちゃん!!初ちゃああああん!!!」
...........................
............
「確認。皆さん、ついて来れていますか?」
後ろを振り向きながら、杏が問いかける。
「ああ、余裕だぜ!.....って、旭と久乱は?」
「ま、待ってよ二人ともー!久乱ちゃんが大変なんだからー!」
汗だくになった旭が二人の後ろから叫ぶ。その背中には、ぐったりと脱力した久乱を負ぶっていた。
「.......質問。綾川 久乱は体力が著しく乏しいのですか?」
「やっべ!!お、おい久乱!大丈夫か!?」
美奈が慌てて駆け寄り、旭の代わりに久乱を背負ってあげた。
「..........おとうさ.....おかあ....さ..........」
「だからやめとけって言ったのによ....!ったくしゃあねぇ、あとちょっとだから頑張れ!」
「計測。目的地、P.D.ラボまで残り20kmです。」
「け、結構あるけど大丈夫.....?」
「任せろ!こんなもんは気の持ちようだ!」
「さすがみっちゃんだなぁ.....」
四人は鬱蒼とする森の中を歩いていた。辺りには濃い霧が立ち込め、時折獣の吠え声が遠くから聞こえてくる。
「な、なんか不気味なところだね.....ほんとにこの先にそのなんとかラボがあるの?」
「肯定。この一帯、半径およそ40km内はDr.アトラによる化学実験によって汚染された地域です。」
「は!?おま、そんなとこに無防備で飛び込んでアタシ達大丈夫なのか!?めちゃくちゃ今更だけど..........」
「肯定。私の持つ能力により、我々に害を及ぼす毒素は全て《断絶》してあります。」
「な、なら良かった.....」
「ねえ、さっきもカレンちゃんと戦った時に断絶って言ってたけど......それって、あなたの女児符号だったりするの?」
「否定。我々『墨桜』の団員が持つ能力の名は《絶-ゼツ-》。命有るもの、無きもの問わず、あらゆるものの活動を絶やすことが出来る力です。対象を《断つ》ことで活躍を停止させる力.....それが私の持つ《絶》、即ち《断絶》です。」
「おおー!なんかかっけえな!!」
「光栄。では、その力の一端をお見せ致します。」
杏がそう言うと、茂みから異様な姿をした生物がぞろぞろと湧き出てきた。
「何だこいつら!?」
「説明。彼らは汚染物質により突然変異した動物です。こうなっては最後、元の姿には戻れません。」
「じゃ、じゃあ......」
「《断絶》、するしかありません。」
腰に装着した鞘から、杏は二対の刃を引き抜いた。
「覚悟。我が刃《蠍-サソリ-》の錆となれ。《断絶》ッ!!」
そう言うと、杏は宙返りをして異形と化した動物達に躍りかかった。目にも留まらぬ速さで《蠍》を振り回し、動物達を次々と《断絶》していく。
「す、すごい........」
「おい!ボーッとすんな、アタシ達も手伝うぞ!」
美奈は久乱を木の傍に寝かせ、刀身の長い両手剣を出現させて立ち向かった。
「おりゃあああああっ!!」
勢いよく振り下ろされた刃は、たった一薙で動物達を殲滅してしまった。
「........!」
「へへっ、どーよ!アタシも負けてねーだろ?」
「驚愕。水無月 美奈、相当な実力者と見ました。」
「だよなー!よっしゃ、燃えてきたぜ!死にてえ奴からかかって来やがれーーー!!」
軽々と剣を振り回し、美奈は森の奥へと走り去っていった。
「みっちゃん!もー、また一人で突っ走って!」
「.........クス」
「えっ?杏ちゃん、今笑った?」
「失敬。あんなにも戦いを楽しむ方は初めて見たもので。行きましょう。」
「う、うん!久乱ちゃんも大丈夫?」
「.....へ、平気です........」
三人も美奈の後を追い、P.D.ラボに急いだ。
.................................
...................
力が、入らない。
起き上がらなきゃいけないのに。こんな所で、倒れてる場合じゃないのに。
「................」
薄ぼんやりとした視界に映る一人の男。とどめを刺すでも、手を差し伸べるでもなく、ただじっと佇み、私を見下ろしている。
「............私と来い。収容所に戻れ。」
ようやく口を開き、男はそう言った。私は返事を返すことなく、僅かに唇を震わせる。
「.......立て。今なら手荒な真似はしない。あまり傷をつけると、私がDr.の怒りを買うことになる。」
そう言われても、自分で立つことすら出来ないんだけどな。私は心の中でそう呟く。
「........................もう一度だけ言う。立て。」
だから..................
「.........うる....さいんだよ............」
やっと声が出た。立ち上がる力は残っていないけど、顔だけなら辛うじて動かせる。男の方を睨むように、私は視線を向けた。
「さっきから......ごちゃごちゃごちゃごちゃと.........偉そうなことばっかり言って、結局そのDr.とかいう奴の操り人形なくせに........」
そう言った直後、私は腹部に激痛を感じた。身体が一瞬宙に浮き、壁に叩きつけられて初めて、私は男に蹴り飛ばされたことに気がつく。
「私が操り人形だと...........?ふざけるな.....私は私の意思で、Dr.に.....『PleiaDeath』に忠誠を誓っているのだ!!」
「!」
男は声を荒げて叫ぶ。その瞬間、私はある違和感に気がついた。
声が僅かに震えている。一瞬気のせいかとも思ったけど、今までの声とは明らかに違っていた。
これは焦り?動揺?それとも逆上?
違う。
男の言葉は、嘘だ。
自分が思ってもいないことを、男は無理矢理絞り出している。
男には..........お父さんには、
まだ自我が残っている。
「そういう....ことだったんだ..........」
私は自分の身体に鞭打ち、よろけながらも立ち上がる。口角を上げ、ニッと笑みを浮かべつつ、私はお父さんの顔を見た。
「何が....そういうことだと言うんだ.......」
「......さぁ.........ね。けど、これだけは言っておくよ。」
私が小さい頃、お父さんはよく夜遅くに家に帰ってきた。私を不安にさせまいと笑ってはいたけど、たまに疲れでとても辛そうな時もあった。そんな時、私は決まってお父さんにこう言ってあげていた。
「........あんまり、無理しないで。」
「!!!」
私がそう言った途端、お父さんは頭を抱えて苦しみ出した。
「うっ......グ、アア.........!!アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「お父さん!」
蹲り、もがき苦しむお父さんに駆け寄り、私は落ち着かせるように抱き抱える。
「グゥ....ウウウッ.......!!」
「お父さん........ッ!?」
その時、突然頭の中に何かが流れ込んできた。それはどんどんはっきりと、まるで映像のように脳内で形作られていく。
「何.....これは.........っ!!」
ほんの一瞬、視界が真っ白になる。
そして、気がつくと、私は知らない場所に居た。
「此処は..........?」
薬品や道具が至る所に置いてあり、机には書類が散らばっている.....まるで実験室のような場所。壁にかけられたカレンダーは今から三年前のもので、11月7日を示している。この日付は、私の誕生日の前日だ。
「!」
しばらく部屋を見回していると、私の目にあるものが留まった。診療台の上に横たわる、一人の女の子。白い素肌に金色の髪、私と同じ歳くらいの見た目。今は眠っているのか、静かに目を閉じている。私はその女の子に、確かに見覚えがあった。
「.......荊姫..............カレン................?」
続く