高野和明

13階段


 読まずに売って気づかずに再購入しました。アホか。読まずに食べた黒ヤギさんか。見たことあるなぁと思ったんですよ。でも「きっとどっかの書評で見たんやわ。ってことは面白いはず」と思い買ったわけです。そんで家の本置き場にセットしてみるとすごくしっくりくる。デジャビュ?運命?そこで記憶が甦りました。最近まで家にあったな、と。おかんが買って「読む?」って言われたな、と。放置していたら「売る本置き場」に移動されてたな、と。あーあーやってもうたー。105円の損です。また売るけど。こういうのなんて言うのやろ?金は天下のまわり物?輪廻転生?江戸の敵を長崎で討つ?(全部違うな)
 と長い前置きは置いといて。この人の本は恐らく初めて。これがデビュー作だそうです。この「13階段」は死刑を扱ったミステリです。昔から死刑囚が上る階段は13段あると言われていますよね。本当のとこは知りませんが。
 主人公は酒場での諍いから人を殺してしまった青年、純一。刑務官の南郷が「ある死刑囚が無罪である証拠を探して欲しい」という弁護士事務所からの依頼を受け、調査の相棒に仮釈放中の純一を引き込みます。殺人犯の純一と死刑を執行する側の南郷は、果たして無実かもしれない死刑囚を救うことができるのか、というお話です。
 死刑を扱っているだけあってどよ~んと全体的に暗いです。生きる希望が湧いたり、後味のいい作品ではありませんでした。なんか…こう、もうちょっと救いが欲しいかも。ただその雰囲気は題材上しょうがないので置いとくとして、ミステリとしては非常によくできているように思います、偉そうですが。話がスムーズである上に、登場人物の心理描写も深くて、特に死刑を執行する南郷が抱える苦悩はとても考えさせられました。
 私は深い考えは無い「死刑賛成派」でした。日本の無期懲役は本当の無期ではなく、20年程で出て来られると聞いたからです。一生出られないか、アメリカのように懲役300年とかにできるなら、死刑は無くしてもいい。私は「死」よりも「一生外に出られない生」の方が辛いと思っていました。
 この本では死刑に関する色々な問題定義をしています。死刑を執行する側の苦悩。被害者から減刑嘆願が出ても採用されない、司法の手に渡ったら被害者はもう関われないこと。死刑囚が「いつ死刑になるか、今日か、明日か」と強烈なストレスに苛まされること。私は「加害者擁護なんてとんでもない、悲しみにくれる被害者家族のことを考えろ」とは思っていましたが、それ以外は全然考えていませんでした。物事は単純ではないと思い知りました。
 南郷は死刑制度について深く考えます。私達は簡単に「死刑にせよ」と言いますが、実際に絞首刑のボタンを押す人のことまで考えていないと思います。それが仕事なのだからと言えばそれまでですが、押す人も押される人も同じ人間です。今回お話の中で出てくる死刑囚は、罪を犯した前後の記憶が全くなく、状況証拠から犯人だと断定されてしまいました。覚えていないのだから反省も出来ず情状酌量もできないのです。この当たり、(嫌な見方ですが)この作者の設定はとてもうまいなぁと思いました。極悪人なら死刑とするのに躊躇はいらない。かといって彼が犯人かどうかは記憶が戻らない限り分からない。確実なのは被害者がいること。そして彼かもしくはその他に犯人がいること。この状態で、「死刑にせよ」と断罪できる人間は少ないと思います。
 どんどん考えていくと「罪とは何か」まで辿りつくのではないでしょうか。そもそも司法とは何のためにあるのだ?被害者の変わりに制裁を下すため?私的制裁をなくすため?平穏な社会のため?加害者の更生のため?差し迫った事情があって罪を犯して心から悔いている人を、死刑にする必要はあるのか?被害者が制裁を望んでいない場合は?「死ぬより他にない」と言い切れる芯からの極悪人は一体どれほどいるのか?
 私は「目には目を、歯には歯を」が一番良いと思っていました。死刑のボタンを押すのは、被害者か被害者家族ならどうだろうとも思いました。加害者の罪を断罪するのは被害者であるべきかもしれませんが、その場合被害者に何らかの圧力がかかったり、加害者側からの報復も考えられます。だからやはり司法は必要なのでしょうか。「目には目を~」とはやられたら同じだけやり返すと解釈されていることが多いと思いますが、実はやられたこと以上の仕返しをしてはいけないという意味である、と昔聞いたことがあります。憎しみの連鎖を、そこで断ち切らなければならないと。その断ち切る役目を司法が負うことは、理にかなったシステムなのだと思います。でもそのシステムにも人の心があるんですよね。そして司法が断罪したからと言って、被害者の溜飲が下がるわけでもない。
 死刑制度の問題、司法の問題、いくつも問題定義がされている社会派ミステリでした。暗いけど、あまり救いは無いけれど、いろんな人に読まれるべき本なのかもしれません。堅苦しい言葉で説明されるよりも、何倍も心に入ってきます。結論を出すのはとても難しいけれど、問題の種を読者の心に蒔いた、という点では作者の勝ちだと思います。
 どのエピソードも無駄なものはなく、また回収されていない伏線もなく、よいミステリだと思いました。ハッピーエンド大好きなので、どこかほっとするお話であれば言うこと無いのに、と思ってしまいます。
(2007/08/07)

名前:
コメント:

[カウンタ: - ]
最終更新:2007年08月08日 02:44
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。