荻原浩

押入れのちよ


 この人の短編集は初めて読むかもしれない。いろんなジャンルのものが入っていたような気がする。最初はなんとなしに読んでいたが、途中の「老猫」が無性に怖く気持ち悪くて、しばらく読むのをやめてしまった。長編の人だと思ってたので、短編も面白いことは嬉しい誤算。というか長編が面白い人は、やっぱり短編も面白い。あれ、でも短編が面白い人は長編も面白いのか?
 今回のは長編とはまた違いホラー風味のものが多いので、荻原浩っぽくはないなぁと思った。ほんと、引き出しの多い人です。私の好きなのは「神様からひとこと」みたいなやつなので、ホラーが苦手な人は駄目かも。(もちろんそれ以外のもあるけど)

 ここから先はちょっと本編に触れます。
 『お母様のロシアのスープ』…ロシア人母娘2人が中国に亡命し、持ち込んだ財産でなんとか生きていた家族を娘視点から見たお話。子供目線でのサスペンスかと思いきや、娘'sにも事情がありました。そっちかーと思った。
 『コール』はドリカム編成の一人が死ぬ話。どっかで読んだ気がする話。叙述トリック?
 『押入れのちよ』はあるアパートに出る幽霊のお話。全然怖くなかった。むしろほんわかしたなぁ。こういうお話は好き。
 『老猫』怖い。気持ち悪い。こういうの駄目。猫嫌いになりそう。でもこれ猫じゃないと成立しないよなー、長生きした猫って確かに何かありそうやし。
 『殺意のレシピ』普通な感じ。
 『介護の鬼』人間怖い。介護現場で本当にありそうな話やし。こんなことする位なら、外部委託した方が絶対ましやのになぁ。なぜ家族だけで介護させようとするんやろ。
 『予期せぬ訪問者』ドタバタを狙ったのかもしれないけど、なんか不発って感じ?
 『木下闇』得体が知れないけどちゃんとオチがついていて秀逸。これが表題作でも良い。
 『しんちゃんの自転車』ファンタジーなのに妙にリアル。ほんわかしていて良い。しんちゃん、男前だ。
 ちよと木下闇、しんちゃんが良かったように思う。ちよは長編になって帰ってこないかな。
(2009/05/01)

ハードボイルド・エッグ


 面白かったです。ハードボイルドを気取るけど、全然様になっていない探偵(浮気調査2割、ペット探索8割)のお話。フィリップ・マーロウが好きで(マーロウよう知らんけど)美人秘書を雇おうとするけど、応募してきたのは80をいくつか過ぎたお婆さん。どこまでも決まらないこの二人が、ある事件に巻き込まれるお話。
 ハラハラもするし、イライラもするし、笑えるし、ホロリともくる、面白いお話でした。この作者は本当に外れがないなぁ。何も知らなくても面白いし、ハードボイルドに詳しければもっと楽しいと思います。冒頭の、あくまでもハードボイルドを通そうとする探偵と、年増のおばさんのかみ合わないやりとり(「何か飲む?」「ウイスキーソーダを。氷を3つ。できればレモンを搾って。なければ水でいいです」水道水を持ってきた。ってくだり)なんて、笑ってしまいました。

 ここから先はネタバレです。
 犯人探しをしようと思って読んでなかったので、犯人は柴原夫妻であるとわかっても、意外でも予想通りでもありませんでした。騙し甲斐のない読者だ。翔子が我を忘れて二人を殺そうとする様は、その豹変振りを実写で見てみたいなと思いました。
 綾ばーさんはもちろん、ゲンさんやJら脇役も、超人的な活躍をするわけでなく小市民だけどとてもいい味出していました。結局綾は車の運転もできないし、経歴はほとんど嘘だったし、会計士でもなかった。ゲンさんはわけありの電話をするのかと思いきやHコールだった。この力の抜けた厭世観らしきものがこの作者の魅力なのかもしれません。
 最後は反則だと思いました。「もうちょっとだけ優しくしてあげたのに」とか「どのくらい時間をかけて通っていたんだろう」(共にうろ覚え)とか、ベタだけどやられた。むしろやられたい。綾を疎ましく思っていたのになんだかんだで切り捨てられなかった探偵が、ストレートに悲しみを表さないところに泣けました。「綾!」って呼び捨てすることころもなんだかよかったです。
(2007/05/18)

メリーゴーランド


 「神様からひとこと」「僕たちの戦争」に次いで3冊目。どちらかというと「神様~」に近いノリで面白かったです。読み応えあります。
 主人公は妻子ある地方都市の公務員。一般企業の激務に嫌気が差して転職し、故郷に帰って公務員になります。帰ってきてから知り合った妻との間に一男一女をもうけ、仕事も全然忙しくなく、またその忙しくない具合に日々疑問を感じつつも自分をだますことができる、順風満帆な男性と言えましょう。
 さて、雲行きが変わるのは、アテネ村という市民の税金を注ぎこんだ非常に無駄なテーマパークを再建すべく、ペガサスリゾート開発という企業に出向を命じられるところからです。役所ではないとは言えそこは公務員の天下り先の企業、莫大な赤字を気にすることなく、再建しようというやる気がまったく見られない年寄り狸達が燻っています。前例がないと何もできない、市民の税金を使っているという意識が感じられない、責任回避には長けている奴らに、アテネ村のお祭りの采配をしろと押し付けられます。さて、この公務員、どう立ち回る?というお話。
 物語中至る所で、公務員が如何に仕事をしないかという表現がでてきます。多数決をとる時無記名投票にするかどうか、というところから議題が始まり、それが決まらないままに一日が終わり、終業時間30分前から帰り支度を始めるので仕事の予定は入れられない。開発室の名前の語呂が悪いから名前を変えるだのなんだのかんだの、多少の誇張があったとしても、残業当たり前の業界にいる私としては、軽く殺意が沸きました。「この税金泥棒!」と叫びたくなります。まぁそれが真実かどうかは誰にも分からないのですが。
 この人のお話は読んでいて溜飲が下がる、とか気持ちいいとか、そういうことはあまりないように思います。どちらかというと憤りをぐっと我慢して飲み込むことのほうが多い。周囲を変えるより自分を変えることを選ぶ人が出てきて、仕事ができて性格がよくて権力もあって、というスーパーマンは出てきません。それぞれに弱いところがあり、それ故にすっきり爽やかにはなりません。ただところどころで、小さい「すっきり」があるんですよね。それが面白い。

 ここから先はちょっとネタバレです。
 結局微妙なハッピーエンドで消化不良でもあるんですけど、実際そんなどこも丸く収まるような綺麗な結末にならないことを私たちは知っているので、本を読んで「面白かった」とつぶやけるんだと思います。明日に対する意欲が湧いてくるようなお話ではないけれど、「理不尽なことは沢山あって、それをどう消化するかで幸せが決まるんだよ」と教えてくれているような気がします。皆ほとんどが不幸で、でもちょっとだけ譲れないものを持っている。主人公の頑張りは次期市長によって消えてしまったけど、メリーゴーランドを本当は動かしたかっただろうけど、全てを飲み込む主人公を、私は大人だと思いました。
(2007/03/28)

僕たちの戦争


 この人の本を読むのは、「神様からひとこと」に続いて二作目です。えらい感じが違っていました。タイムスリップもので約50年の時を越えて、少年が一人入れ替わります。片方は第二次世界大戦の終戦間際、空軍で飛行機に乗っていた吾一。片方は現代、茨城の海でサーフィンをしている無職19歳の健太。彼等の目から見たそれぞれの時代を描いています。
 面白かったんですけど、「普通に面白かった」って感じでした。読みやすかったんですけどね。タイムスリップてのもありがちっちゃーありがちですし。「神様からひとこと」が面白かっただけに肩透かしをくらいました。このテーマを選んだのはなぜだろう?
 吾一は戦争まっただ中の所からいきなり現代に来てしまった訳ですが、吾一の目から見る現代は堕落しきったものでした。現代人として非常に申し訳なく感じました。そりゃ命をかけて守ろうとした日本がこんなになってるって知ったら、絶望するわな。お年寄りに「今の若いもんは…」って言われるよりこたえました。もしかして作者はこれを狙っていたのかな。「戦争は悪いものだ」と教えられた私達は、今の日本がどれだけのご先祖様の犠牲の上に成り立っているのか、かなり無頓着だと思います。あー、「戦争」というものを個人レベルに落とし、一個人から見た「戦争」というものを描いて、私達に「もう一度考え直そう」と呼びかける為に描かれたのかもしれませんね。それなら納得です。
 あの時代の日本人が特別だったわけじゃない。大きな流れの中で個人の想いは弱いものだ。戦いたくて、死にたくて、戦争をしたわけじゃない。今、過ぎたことを偉そうに「正しかった間違っていた」とやいやい言うものではないと思いました。客観的に学ぶ機会が欲しかったなぁ。ここ何年間は微妙な時代じゃないでしょうか。戦争はそう遠くない昔なはずなのに、もう風化しつつあるように感じます。確実に戦争を知る人たちは減っています。あと何十年かで恐らく戦争を経験した人はいなくなるでしょう。それまでに私達は聞いておかなくてはならないのではないか?それぞれの戦争の経験を、思想や政治的なものは横に置いて残しておかなくてはならないのでは?おじいちゃんやおばあちゃんがどのように青春を過ごしたか、今のことをどんな風に思っているのかを。説教・愚痴なんて思わずに、聞いておけば良かったと後悔しても遅くなる前に。

 ラストは微妙だなぁと思いました。帰ってきたのは健太ですよね?読解力不足なのでしょうが、そんな分かりづらくする必要あったのかな。
 ミナミの妊娠もどうなんだろう。帰ってきたのが健太なら、それを受け入れられるのかな。健太は吾一に会ってない訳だし、嫌な言い方するとミナミは他の男の子供を身籠もっている訳ですよね。しかも一年近く、自分と他の男との区別がついていなかった訳じゃないですか。帰ってきた健太はわけわかんないんじゃないでしょうか。え?子供?なんで?って。これをハッピーエンド、美しい終わり方として描いているのなら疑問が残るなぁ。その後の展開を読者に任せる終わり方なだけに、考えれば考えるほど「元に戻れるのかな」と思います。それとも死ぬ想いして帰ってきたから健太は受け入れるよ、二人はそっくりで同じ人間みたいなものだし、とでも言いたいのでしょうか。
 ちゃらんぽらんだった健太が次第に軍隊に馴染んでいくところ、他の兵達につられて「国のため」と流されそうになるところ、流されなかったところ、でも結局ミナミのために回天に乗る(逃げるつもりだけど)ところは面白かったです。「ミナミ、ミナミ」って続くところはちょっとだけ泣きそうになりました。吾一の墓に刻まれていた享年は昭和20年。二人が元の時代に戻って、そのまま吾一は死んだのでしょうか。それは悲しい終わり方ですね。
 二人の男が「ミナミ、ミナミ」って言ってるところに涙し、心のどこかで「でも吾一が生きてるとミナミのおばあちゃんは吾一に惚れてるわけだから、なんだかそれはまずいよね」とか思っちゃったりすると、自分が感動してるんだか冷静なんだかわからなくなります。それから「健太が死なないまま昭和で生きてて、後で産まれてくるミナミのところへ行ったりしたらややこしいから、やっぱり死ぬのが一番なんかな」とか。こういの考えるたびに、ひねくれてるなぁと思います。
(2006/11/21)

神様からひとこと


 この人の本は初めて読みました。あまり期待せずに読み出したせいか、面白くて嬉しい誤算でした。
 ストーリーは大手広告代理店からある食品メーカーへ転職した主人公涼平が、転職のきっかけとなった喧嘩っ早い性格の為、販売促進部からお客様苦情係へ飛ばされ、そこに馴染んでいくのが大まかな流れです。ドラマにすると面白そうだなぁと思いました。読みながらずっと映像が浮かぶんです。
 登場人物は割といるのですが、個性的で面白かったです。ただ最初の方は読んでいて誰が誰かわからなくなりました。名前覚えるの苦手なんですよね。
 私が読む本は時代が違うとか、日本人を扱っているけどファンタジー要素ありとか、非日常的な世界であるとか、波瀾万丈であるとか、とにかく現実にはなさそうなお話が多いのですが、この本はどっぷり現実的でそれ故に面白かったです。お客様相談室の実態や、会社ってこんなとこだって内容が、リアルに書かれています。きっとこんな会社その辺にあるんだろうなぁと思わせてくれました。部下を攻撃する上司や、現実の見えてなさそうなぼんぼんや、オタクな新入社員。「おりそうやな」って思いながら読み進めるのが楽しいです。
 涼平にはそれぞれ、「会社での涼平」「同棲していた彼女が出ていった涼平」「夢を忘れた涼平」があり、それらが絡み合い最後涼平の成長を促します。公園でギターをかき鳴らす涼平が出会う謎の人物が、ドラマっぽいなぁと思った所以ですね。
 はっきりした勧善懲悪物ではないものの、ストーリーはドラマチックですし、「すごく」ではなく「ちょっと」ハッピーエンドってとこも好きです。他の本も読みたいと思います。
(2006/09/01)

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最終更新:2009年06月07日 17:43
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