概要
戦闘に至るまでの背景
▲698年3月における勢力図
遅れてきた英雄というものがいる。
類稀な才能を持ちながら、戦乱の時代に身を乗り出した時、既に国の大勢が決まり、自らの才能を持て余す者、または評価されない者、そして才能を開花させつつも結果を出すには時間があまりにも限られた者たちのことである。
シャリアル国の若き将
ルーは、後に登場する
リディと並んで「遅れてきた英雄」の代名詞となるが、その彼が始めて歴史に登場したのがこの戦いの序盤戦である。
2月26日、
フェルス城を任されていた
ゾルデスクは、若き将
ルーから「
レイディックは国境に軍勢を向けると見せかけて、この城を狙いに来る」と告げられて衝撃を受けていた。
ルーは、
レイディックが長期的な準備をして軍勢を派遣した割には、兵站の拠点がない事に疑問を持ち、国境軍は囮で本命はこの城である事に気付き、さらにその目的が拠点確保である以上、下手に城から打って出ず、篭城して時間を稼ぐべきだと進言した。
ゾルデスクは、まだ実績のない若き
ルーの進言を採用するが、更に
ゾルデスクを驚かせたのは、城主たる彼の決断を待たずに、
ルーは既に軍勢を集結させていたのだ。
こうして
レイディックと
ルー、二人の対決は実現しなかった。
だが、この作戦変更により、手柄を独占しようと焦って予定よりも早く進軍していた
アルヴァドスは、国境で孤立し部隊にかなりの損害を出しながら後退する。
これまでも
レイディックとの間にいくつかの遺恨を残していた彼は、これがきっかけとなり
レイディックへ怨嗟の感情を持つ。
だが、運命の歯車は、このときゆっくりと、しかし確実に廻りはじめていた。
両軍の戦力
アルヴァドスの乱
3月25日午後1時30分、先の戦いで軍勢を失っていた
アルヴァドスは、本陣から大量の兵を補充すると、更に
アルガード、
ファルザスの二将を呼び寄せた。
この報告を聞いた
アレスは、軍勢全体が扇状に広がってしまい、どこか一箇所でも破られれば本陣まで一気に攻め込まれる事を懸念して、若干の不安を感じていた。
シャリアル国境守備部隊は、数を集めたものの総兵力では
ロードレア国軍が圧倒していた為、副官の
ルガッツにも考え過ぎではないかと指摘され、
アレス自身もその自覚はあったが、これは実戦を潜り抜けた者が本能的に感じる直感であったのかもしれない。
結果的に彼女の直感は最悪の形で的中することとなるが、危険性の内容は大きく異なっていた。
アレスは自らの軍勢を大きく動かして部隊を後退させ、扇状の中心点に移動し、どの部隊に急変が起きても駆けつけれる体勢を維持した。
午後3時38分、
ロードレアの若獅子と呼ばれる
アルガード、
ファルザスが武功を上げていた頃、
アルヴァドスはこの若き二人に戦線を任せて、軍勢を立て直すために一旦後退すると告げる。
レイディックの旗揚げから従ってきた大先輩に最前線の戦線を任され、若い彼らは感動にも似た感情で奮戦した。
午後4時17分、
アレスは自らの軍勢から兵800を裂いて、副将
ルガッツに本陣への増援に向かわせた。
慎重を通り越したこの命令に、これまで一度も
アレスに逆らったことのない
ルガッツが、はじめて「そこまでする必要がありますか」と反論するが、
アレスの必死の形相を見て、兵を率いて本陣へと向かった。
同じ頃、本陣へと向かう
アルヴァドスの脳裏に、様々な過去が流れては消えていく。
691年の反乱鎮圧事件、それは小さな地方反乱の鎮圧作戦であった。
アルヴァドスは先発隊を率いて反乱軍と戦ったが、一向に
レイディック率いる後続部隊が到着せず、彼の部隊は壊滅した。
ラディアが独断で援軍を送った為、
アルヴァドスはかろうじて生還したが、この戦いで二人の弟も戦死し、父
ヴォレンとの間に確執がうまれた。
実際は情報伝達が機能しなかったことから発した不幸な事故であったが、反乱軍の将が
アルヴァドスと同郷だった事から自分も反乱に加担していると疑い軍勢を送らなかったと
アルヴァドスは思い込み、自分を見殺しにしようとした
レイディックに不信感を覚えていた。
696年の
エスデリアの戦いにおいては、
レイディックの命令により捕虜を虐殺するという不名誉な任務を実行し、彼は未だにその時の悪夢にうなされていた。
今回の遠征においても、作戦の突然の変更により、彼は国境で自らの部隊を半壊させた。(ただし、これは彼自身が独断先行した為でもある)
一度生まれた不信感は胸中で増幅され、もはや彼が仕えるべき国主は、怨嗟と憎悪の対象となっていた。
午後5時42分
軍勢を大きく迂回させ、本陣を見下ろす位置についた
アルヴァドス。
「自らが仕える主を誤り、そのために自らの生涯を貶めることは本意にあらず……」
そう呟くと、
アルヴァドスは、
レイディック本陣に自らの軍勢を突撃させた。
この時代の兵士はそれほど教育されてはおらず、部隊の将がここを攻撃しろと言えば、そこにいるのは敵だと信じ込んでいた。
そのため、
アルヴァドス部隊のほとんどの兵士が、反乱に加担していることを知らないまま
レイディック本陣へと強襲した。
兵と違ってこれが反乱だとわかった
アルヴァドス部隊の将も、表立って反抗すればその場で殺される異様な雰囲気に逆らえず、また、戦乱の時代においては国主よりも自分の直属部隊の将に忠誠を誓う者も多く、彼ら名もなき将にとって、国主の栄達は直接自分に関わる部分が少ないが、直属の将軍が栄達すれば、それはダイレクトに自分に見返りが返ってくるという見返りもあった。
アルヴァドス本人も部隊内でそれなりの人望があった為、部隊は一斉に
レイディック本陣へと攻撃を仕掛けた。
レイディック部隊は総兵数こそ6000であったが、それは大部隊の合計兵数であり、いくつかの小部隊に分散して外敵から本陣を守る様に配置されていた為、
レイディックが自ら引き連れた兵はおよそ1000であり、後方から攻め込んできた
アルヴァドス軍9000の前では一瞬にして崩壊していった。
アレスの命令によって本陣防衛に駆けつけた
ルガッツも討ち取られ、本陣は崩壊する。
アルヴァドスは、
レイディックが逃げ込んだ森に火を放ち退路を断った上で、
シャリアル国に伝令を送る。
シャリアル国軍は、
フェルス城から援軍を引き連れて到着した
ルーが異変に気付くと、自分の名前を隠して、「本国からの援軍」と偽装して、
ゾゥド、
フォールたち歴戦の勇士たちをまるで自分の部下の様に一瞬にしてまとめあげ、
ロードレア国軍を一気に追撃していく。
本陣の異変もあり、最前線で戦っていた若き将たちは苦戦を強いられ、退路も援軍もなき
レイディック。
覚悟を決めた彼は「思えば、人の人生など瞬きのようなもの」と自嘲の笑みを浮かべると、「
アルヴァドス、貴様如きに我が剣をやる訳にはいかない」と言い残して、自ら炎の中に身を投げた。
この時代、名のある将を討ち取った証として、その将の剣を掲げる風習があった為、
レイディックは自らの愛剣と共に炎の中に姿を消した。
アレスの撤退戦
気を失っていた
アレスが目を覚ました時、すでに闇夜が辺りを包み込んでいた。
包囲網を敷いた
シャリアル国軍が総攻撃にうつるのは翌日の朝とみた
アレスは、しばらく思考した後に決意を決めると、兵士達に皆を必ず故郷へ帰すと約束し、その証として自らの美顔に護身用の小刀で傷をつけた。
アレスの左頬の傷はこれ以後消えることはなく、彼女の代名詞となる。
3月26日深夜0時、
アレスはまず
ファルザスに兵700、
メネヴァに兵460を与えて、それぞれ
アルヴァドス部隊と
シャリアル国軍へと向けさせる。
包囲網を敷き、早朝の攻撃開始を待ちわびていた彼らは、
ロードレア国軍の突然の攻撃に一瞬は戸惑うものの、夜の闇を利用しての脱出は想定の範囲内だった為、落ち着いて迎撃体勢をとる。
この時、
ファルザス、
メネヴァ部隊は素早く部隊を四つにわけ、そのまま引き返していく。
シャリアル国軍と
アルヴァドス軍は、お互いを敵軍と誤認して攻撃を開始、闇夜の同士討ちを始める。
しばらくたち「
アレスの同士討ちに仕掛けられたのが気付かないのか、既に
アレスは南へと落ち延びたぞ!」と将が叫びはじめ、この声に漸く同士討ちに気付いた
アルヴァドスは、ここで
シャリアル国と問題を起こせば、
ルーの気が変わり、まだ
ロードレア国軍として認識されている自分達も一瞬にして殲滅の対象になるという恐怖もあり、急ぎ軍勢を南へと派遣する。
こうして、まさか同士討ちを教えてくれた者が
アレスの手のものとは気付かないまま、
アルヴァドスは包囲網を開けてしまう。
後は手薄となった北側から
アレスは部隊をまとめて本国へと帰国した。
アレスの撤退を知った
アルヴァドスは、
ルーの報復を恐れて自らも
ロードレア国方面へと撤退していく。
その報告を聞いた
ルーは「彼はこのまま歴史の表舞台から消えるべきだろう、もし再び天下取りの野心を持てば、一年と持つまい」と呟き、自らも軍勢を引き上げさせた。
ここではじめて
ゾゥドたちは、自分たちを操っていた指揮官が
ルーだと知って驚愕する。
これが初陣とはとても思えない、熟練の名将の如き采配であった。
戦いの結末
4月12日
流浪の末、ようやく
ヴェリアの元へ辿り着いた
アレス一行。
ナッシュ部隊に発見された
アレスは、まずは
ヴェリアの元へと赴き、事の真相を伝えた。
その
アレスを
ヴェリアは涙を流しながら殴り、
レイディックを守れなかった事を責める。
天才軍師の名を欲しいままにした彼が感情をむき出しにした珍しい光景ではあったが、やがて涙を止めると、自らが
レイディックの遺志を継ぐと宣言、
ロードレア国国主を巡る戦いへと身を投じることとなる。
最終更新:2024年08月17日 18:42