登録日:2009/08/06(木) 21:58:45
更新日:2026/03/15 Sun 17:43:11
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マット・ウィーターズ(本名:マシュー・リチャード・ウィーターズ)は
メジャーリーグのボルティモア・オリオーズ→ワシントン・ナショナルズ→セントルイス・カージナルスに所属していたベテラン捕手。
現在はチームに所属しておらず(2020年より)FAの状態のまま数年が経過しているものの、40歳近くになっても現役引退は表明していないようである。
サウスカロライナ州チャールトン生まれ。
生年月日…1986年5月21日
身長…196cm
体重…104kg
背番号…32
右投げ両打ち
マイナー時代から将来の殿堂入り選手に成長すると言われているスーパールーキーである。
ウィーティーという愛称で呼ばれている。
ジョージア工科大学時代は捕手と投手(抑え)を兼任し、最速96マイル(154.5km)を記録するなど、強肩強打のスイッチヒッターとして活躍。
そして2007年のドラフトで当時は暗黒期真っただ中でもあったオリオールズから1巡目(全体5位)の指名を受け、プロ入りした。
この時点で将来の殿堂入りが有望視されていたキャッチャーとして世間の目から煌びやかに映っていたという。
◆オリオールズ時代
1年目(2008年)は1A+(日本でいう3.5軍)と2A(3軍)でプレーし、合わせて打率.355、27本塁打、91打点と大活躍。アメリカの野球情報誌によるマイナーリーグ最優秀選手に選ばれた。
2年目(2009年)も開幕メジャーも期待されたが、球団の方針によってシーズンは3A(2軍)スタートとなる。5月29日にメジャーデビュー。この時はスタジアムが満席になるほどのすさまじい熱気だったという。残念ながら1試合目はヒットを打てなかったものの、2試合目の第2打席に初ヒットとなる3塁打を放った。最終的な今季の成績は96試合出場し打率.288、9本塁打、43打点とあまり大きな結果は残せていなかったものの、周囲の評価に変化はなかった。
続く3年目(2010年)には130試合に出場し打率.249、11本塁打、55打点とデビュー時を記録を超えることが出来なかったものの、(開幕前の話ではあるが)スポーツ・イラストレイテッドの表紙を飾る等未だに周囲からの期待や信頼は高い状態であった。監督が代わったことで捕手として投手との綿密な連携を取るような方針に変わったことで守備面では大きく向上したとも言われている。
2011年には長打の期待出来るキャッチャーとして初めてオールスター入りを果たし、打率.262、22本塁打、68打点を記録しさらにゴールデングラブ賞に選ばれた。
2012年は自身初となる満塁ホームランを放つなど開幕から活躍し、この年もオールスター入り。さらにディフェンス面も冴えわたり盗塁阻止などでチームの失点を防いで活躍し、それに呼応するようにチームも躍進し15年ぶりとなるレギュラーシーズンで勝ち越し、ワイルドカード枠としてポストシーズンにも進出を決めた。最終的にヤンキースに敗れてしまうものの、これまで暗黒期として低迷していたオリオールズを押し上げた選手としては間違いなく貢献していたと言われており、この年もゴールデングラブ賞に選ばれることに。この辺りがまさに絶頂期であっと言えるかもしれない。
しかし2013年にディフェンス面に陰りが見られ(打者としては前年並みに打ってはいたが)、続く2014年4月に右肘の靭帯を損傷し、トミージョン手術を受ける為に以降のシーズンを全休し離脱することになる。一方のチームはこの年に地区優勝を果たすがその中心にいることが出来ずに歯がゆい想いをすることとなった。
2015年には打線としてはまずまずだったが、守備面に関してはなかなかいい成績は残せない状態が続く。
2016年には全シーズン出場し、3回目となるオールスター入りを果たし、チームもポストシーズンへ進出するも自身の成績は思うように向上することなく、最終的にこの年に球団側から契約延長の打診はなかったことでFAを選択しオリオールズから去ることになる。
たしかに成績は残していたものの、最初期の期待されていた面からすると思われていたよりも活躍出来なかった選手という結果になってしまった。
しかし最終的には低迷していたオリオールズをプレーオフ進出まで導く等、チーム内で貢献した功績はかなり大きく、2020年に行われた各チーム史上最高の捕手ランキングのオリオールズにて4位に選出されるほどだった。
★豆知識★
①ウィーターズの出身校、ジョージア工科大学のOBには、
松坂大輔の女房役でお馴染みのジェイソン・バリテックがいる。
大学時代にあたる2005年前後レッドソックスで活躍していたジェイソン・バリテックがこの大学出身だったことから(一応)先輩後輩に当たることになるので、上記の活躍から「バリテック2世」と呼ばれていた。
②本来はドラフトで全体1位指名を受ける力を持った選手だったが、
代理人が”あの”スコット・ボラスであったこと、そしてボラスが1000万ドル(約10億円)の契約金を狙っていた事などが重なったため指名を敬遠する球団が出て、
結果的に全体5位指名となった。
さらに契約金に関して多少揉めていたものの最終的にウィーターズ側が妥協して入団に至ったという。
【余談】
2009年からMLBに挑戦している上原浩治(元巨人)がオリオールズに所属している為、ウィーターズが日本でも多く見られるようになると思われていたが、
当の上原が怪我ばっかりするせいでオリオールズ戦の放送が無くなってしまい、日本のファンがウィーターズを見る機会が激減してしまった。
新しい情報をお持ちの方、追記・修正よろしくお願いします。
最終更新:2026年03月15日 17:43